自分には何もないんじゃないかって思ってしまうと、そこからは沼みたいな人生だった。
妹より先に産まれたのに、妹の方が物事が出来るようになってくると、両親からの関心は妹に移った。
なにを言ってみても簡単に済まされて、そのくせ妹が困った状況になればこちらに押し付けて、断ろうとすればいつもの言葉。
貧乏くじばかりを引かされて、引いた先でだってろくなことがない。
上手くやれないからって悪く言われて、元々自分がやるべきことでもないのに文句を言われて。
そうなると、自分が関心を引きたい対象は、家族から知り合いへと変わった。
一番最初は友人に。次に教師に、近所の大人に。
けど、器用にこなせていたなら最初から親の興味だって自分に向いていた筈なのだ。
自分は上手く出来ず、上手く出来る妹ばかりが関心を引いて……やがて、陰口をたたかれるようになる。
先に産まれたくせに、出涸らし、だの。必要なものを母親の中に置き忘れた馬鹿、だの。
家に居ても学校に居ても辛いことばかりで、何度泣いたかわからない。
両親は、たとえ自分の子供が泣いていたとしても、もはや妹でなければ関わろうともしない。
ほうっておけば勝手に泣き止むでしょ、って……そんなものだ。
けど、そんな時だ。
妹が友達を連れて来た。
聞けば、近所に住む同い年の男の子らしい。
一歳年下の彼は、「ここお前の家だったのかー!」なんて言って驚いていた。
初対面になるその男の子は、自分に向かって無邪気に挨拶をしてくれた。
……。
人って単純だと思う。それだけで嬉しくなってしまうんだから。
家が近いということもあって、その男の子───
妹が気に入ったからなのか、親も文句を言わない。
別に彼が図々しく我が物顔で家に入ってくる~なんてことじゃなくて、どちらかというと彼も妹の我儘に振り回されている、といった感じだった。
それでも目が合うたびに普通に挨拶してくれるのが嬉しくて、彼がくるたびにわたしは笑顔で挨拶が出来た。
そして……そんなわたしを見て、ふふっと笑う妹がいた。
……妹は普段から欲しがりだ。
欲しいと思ったものは駄々をこねてでも手に入れる。
そしてその欲しがりは、家族のものにまで及ぶ。
言ってしまえば自分……わたしのものだ。
ねだられて、断って、親に言いつけられて、またあの言葉。
早く生まれたってだけで、あなた方がわたしになにをしてくれたというのか。
なんで早く生まれただけで、自分でお金を溜めてやっと買ったものをあげなければいけないのか。
何度も説明した。これは限定品で、お小遣いいっぱい貯めてやっと買ったものだからだめだと。
あげたらもう二度と手に入らないから、と。
けれど、親が言う言葉は変わらない。
母じゃ話にならないからと頼った父も、それくらいいいじゃないかと苦笑して言い聞かせるだけだ。
そして、この空気の重さが、さも“お前が悪い”と言いたげな目で見てくる。
そうじゃない。こんなのおかしい。何度、どれだけ、どれほど我慢しなくちゃいけないんだ。
欲しかったんならお金を溜めて買えばよかった。なんで今さら人のものを欲しがる。
どれだけ、なにを言っても取り合ってくれない。
やがて親は、駄々をこねる子供を見る目で叱りつけると、限定品を乱暴に掴んで妹に差し出した。
声をあげようとすると怒鳴られる。
その時だ。
わたしが、この親どもになにも、期待をしなくなったのは。
母は……そいつは言う。きっと大事にしてくれるから、なんて無責任に。
だから言った。「三日後にはそこらに落ちてるよ」と。
そしてそれは現実となった。
ばつが悪そうに取り繕おうとするそいつに、わたしは「だから言ったのに」と届けた。
子供は、一度取り上げられた宝物に、かつての輝きを絶対に……絶対に、見ない。見られない。
もう、それはただのゴミだった。
何かを言おうとするそいつに、ただ「捨てればいいじゃん。妹が要らなくなったんならただのゴミでしょ?」と言う。
もういい。もうわかった。
望んじゃいけなかった。出来の悪い自分がしていいのは、生きることで十分だ。
認められたいなんて、必要とされたいなんて───……褒められたいなんて、思っちゃいけなかったんだ。
心が冷えていくのがわかった。
もう、家族と思っていた存在の声が耳障りでしょうがない。
旅行に行くと言い出した親に、自分は行かないと言った。
またいつもの駄々が始まった、なんて顔をしたそいつらに、わたしは告げる。
告げた言葉に、そいつらは居心地悪そうに視線を逸らして、結局そいつらと妹とで旅行に行った。
広い家に自分一人。
一応セキュリティーっていうのが働いてるらしいから、来客にだけ気を付ければそれでいい。それくらいは知っている。
そんな時だ。また、妹の友達が来たのは。
正直、煩わしい。
居留守を使おうと思ったけれど、純粋な目で自分に挨拶をしてくれる数少ない存在を、邪険に扱いたくはなかった。それにどうせ、妹が遊ぶ約束をしておいて、その約束を忘れて旅行に行ったに違いないんだから、彼は悪くない。
だから、自然と玄関までを歩いて、得意げに笑う彼に、随分と戸惑った。
……ちょっぴり、話が出来たらなって思ったのも手伝って、拒む気持ちはそんなだった。
学校でも、ちょっと、イジメ……みたいなのが始まってる。
私が通ってる学校は、イジメって言葉にはかなり敏感だ。そんな中でもそういうことをするのは、かなりの馬鹿か度胸があるかのどっちか。今回の場合は馬鹿な方だと思う。主犯格の性格が相当アレだから。
イジメをする人ってどうしてああいう性格になっちゃったのかな。“出涸らし”、なんてシールを鞄に貼られて、喜べるわけがないのに。
だから……少し、新鮮な気持ちで話が出来た。
イジメを気にするでもなく、妹のこと、あいつらのことを気にするでもなく、随分と久しぶりに…………笑えた、気がする。
急に出てきた涙に戸惑う彼は、わたしの頭を撫でてくれた。
「なんか、つらいこと、あったんだよな。俺知ってるよ、つらいときにつらいって言える相手がいない人は、ためこんでためこんで泣いちゃうんだ」
言われた言葉を受け取るのに時間がかかった。
かかった分だけ無防備だったわたしを、一歳下の男の子が抱き締めてきた。
抱き締めて、っていうか……涙が止まらないわたしの頭を引き寄せて、胸に抱いて……頭をやさしく、やさしく撫でてくれた。
「ごめん、俺、あんまいい子じゃないからさ。母ちゃんに一度しか褒められたことないけどさ。してもらえてうれしかったことくらい、おぼえてるから」
「───」
「がんばったね。がまんしたね。えらいね。……強い子だね。たくさん泣いて、泣きおわったら……一緒に強くなろう? 明日からちょっぴりでもいいから今日より強くなるんだ。だから、今日は弱い自分でいっぱい泣いて、いいんだ」
「………………~……っひ……ひぃ、っぐ……う、うぁっ……あぁああ……!!」
一度嗚咽が漏れたら、もう耐えられなかった。
褒めてくれた。頑張ったねって言ってくれた。我慢したね、って……偉いね、って。
ずっと言われたかった言葉を、言って欲しかった言葉を……誰かに抱き締められたかった心を、撫でてほしかった頭を、いっぺんに叶えてくれた。
わたしは泣きました。それはもう、今まで辛かった分を、大して話してもいない年下の男の子にぶちまけて、その度に受け止められて、撫でられて。
泣いて泣いて、吐き出して吐き出して。
気づいたら、その子に甘えたくなっている自分が居た。
うん、そう、今日の自分は弱い自分で、弱いままいっぱい泣くって決めたから。
だから弱いままで、甘やかしてもらいたかった。
年下だから、なんて考えはこれっぽっちも湧かなかった。だって、今日の自分は弱いわたしだ。
弱い自分に年齢なんて関係ないし、明日強くなるために、今までの弱さを乗り越えるのが今のわたしの仕事なんだから。
なんていろいろ頭の中で言い訳してたんだけど。
清孝くんは驚くくらいにわたしを甘やかしてくれた。
や、今考えればわたしがやさしさに耐性がなかっただけなのかもしれないけど。
それはもううざいくらいに甘えたがったわたしを、言うままに抱き締めたり撫でてくれたり……。
はい、あの。
今までそんなやさしさに触れたこともなく、甘えたがったことのなかった小娘がそんなことをし始めて、ブレーキがかけられるでしょうか。
結論。無理でした。
わたしは甘えまくった。彼は受け入れてくれた。
無邪気な顔で嫌な顔ひとつせず。
心が満たされていくのを感じた。こんなことで、なんて笑う人もいるかもしれない。でも、わたしにとってはこんなことさえ当たり前じゃなかったんだ。
だから嬉しい。嬉しくて嬉しくて、ああ、これって幸せなのかな、って思えるくらい、わたしは力を抜いて、清孝くんに体を預けていた。……えっちな意味じゃなくて。
大きなお気に入りのクッションの上に座ってもらって、わたしも座って、そんな状態でくたーっと力を抜いて、背中を預ける。清孝くんには後ろから抱きしめてもらって、頭も撫でてもらって。
……これだけでいいんだ。わたし、これだけですっごい嬉しい。
時間がある時はそうしてもらって、それ以外は努力努力の時間だ。
褒めてもらいたいから頑張る。嬉しいから頑張って、難しい勉強だって笑顔でこなせた。
どうやらわたしは褒められて伸びるタイプらしくて、今まで全然上手く出来なかった勉強も運動も、段々と身に付いてきた。
清孝くんも勉強や運動は好きらしくて、元々彼がそうしていた早朝ジョギングに、わたしも付き合わせてもらうことになった。
彼と一緒に、笑顔でジョギングして、せっかくだからって二人で話し合って始めた新聞配達も合わせて、いい運動になってる。
運動を始めると、不思議と頭の中が透き通っていくような感じがして、勉強も捗って……成績が上がれば、親に報告するよりも清孝くんに報告して、目一杯褒めてもらって。
けど。わたしは結構ずるい女の子です。
このまま上がる一方じゃあ、褒めてもらう理由なんてすぐに無くなってしまう。そう思ったわたしは、一気に満点を取るようなことはせず、せこせこと少しずつ点数を上げて、褒めてもらう回数を増やした。
親にだってしたことがない、小さな嘘混じりのわがままだ。
そんなわがままを知ってか知らずか、笑顔で褒めてくれる清孝くんに、今日も体を傾けて幸せを感じる。
たぶん親の中ではわたしは出来の悪い子のままだ。
それでいい。面倒なことは触れないか、終わらせてしまうに限る。
勉強、運動が出来るようになってから、鈍臭いだの出涸らしだののイジメは少しずつ減って、いつしか完全に消えた。
元々がイジメ……いじりに対してでも厳しくなった学校だから、みんな止め時を探っていたのかもしれない。
……この学校には、イジメが原因で事故に遭って、足が不自由になって喋るのも大変になってしまった男子生徒が居る。そんなことがあった所為か、はたまたその子の親が学校関係者だったからか、イジメ等に敏感になったのだ。
お金払ってまで通わせてる場所が原因で息子が事故に遭うって、本当に冗談じゃないって思う。最悪だ。しかも原因が他の家の子とくるんだから、親としてみればふざけんなどころじゃないと思う。
ともかくそんなこともあって、この学校はイジメには敏感。それを知っている連中はバレないようにバレないようにとイジメをしてきたり、逆にバレるかもしれない、なんてスリルを味わうように行動に移ってはあっさり教師に通告され、親に知らされ、大激怒、なんて流れもある。
性質が悪いのが、イジメっこがイジメられっこにイジメをされた、なんて嘘の告発をすることだけど、そういう場合の大抵はそういうクズな生徒がクラスメイトに逆に告発されて、村八分状態になっていく。……まあ、中には図太すぎる性格の人も居るけれど。
そんな中にあって、自分の環境を変えられたわたしは運がいい方なんだろう。
現に“勉強を教えて”、なんて言ってくる子も出てきて、私生活に支障が出ない程度に付き合いを続けている。学年が上がった時に、イジメグループの大半が別クラスになったのも手伝って、わたしの環境は驚くほど穏やかになった。もちろん全員が別クラスになったわけじゃないから、何人かは苦手な子は居たけど、気が付けばばつが悪そうにしながら、おずおずと「わ、私も教えてもらっても、いい?」なんて声をかけてきて。驚いて固まっているわたしを見て、彼女は我慢出来なくなったのか、頭を下げて謝ってきた。ずるいなちくしょう。そっちはそれで誠意を見せたつもりなんだろうけど、大人数の前で頭を下げるのが誠意とか思ってるのは、イジメられた側には案外少ないんだぞ。だって許さなきゃこっちが悪いみたいな空気になるじゃないか。
のちにそんなことを、清孝くんに“ほんと、調子いい人たちだよね~”なんて感じで愚痴ってしまおうかなぁ、なんて思っていたら、復讐じゃなくて迎え入れられるなんてすごいね、なんて言われて、頭を撫でられて、ぎゅっとされて。
……あの、はい。む、迎え入れられたので、もっと褒めてください。褒めれば伸びます。あなたのためのわたしです。
褒められただけで、幸せいっぱいで、恨みもなにも消えてしまった。
だから気づけば笑顔でいた。
笑うことが多くなって、毎日が楽しくなって、幸せで、嬉しくて。
そんな幸せが心に満たされると、今度はなにかをしてあげたくなってしまう。
そんなわたしに、じゃあ、と彼が言って、提案したことは───とても、怖いものでした。
その日から、わたしの部屋ではぎしぎし、ばたん、と軋む音と人が動く音がよく響くようになった。
初めては痛くて、涙が出た。終わったあとには腰も痛くて、足もがくがくで。
でも、清孝くんが頑張ろう、と言ってくれたから、それからも毎日続けた。
呼吸が弾んで、怖いから彼にぎゅうっとしがみついて。でもやっぱり痛くて、それでも続けて。
こういう時は、うるさくしても気にも留められない自分でよかったって思う。
それか、まだあの限定品のことが尾を引いてるのか。
なんにせよわたしと清孝くんはお互いに抱き合いながら息を荒げて、今日も微笑み合った。
けど───そんな日々に陰りが入る。
ある日の放課後、校舎裏に呼び出された。
行ってみると、わたしをイジメた人たちの主犯格の男の子。
むすっとした顔つきでわたしを見てくる。
呼び出された時の対処法、いち。スマホを録音状態にしておこう。
清孝くんと話し合って決めたこと。イジメのことも辛かったから話したら、これでもかってくらい親身になって考えてくれて、なによりもまず自分が不利にならない状況を作ろうってことになって、とりあえずこれ。
そんなわたしに飛び込んできた主犯格さんの言葉が───
「お、おぉおおお前! 俺の女になれ!!」
…………死ねばいいのにこの人。
いつもぽやぽやしてるって言われるわたしだけど、なんだかひどく冷静にそう思った。
中学生だよわたしたち。つまりなに? 気を惹きたくてイジメてたの?
もちろんこういうことがあるかも、なんて清孝くんにも言われてた。男っていうのは気を惹くためにそういうこともするよ、って感じで。
だからってクラスメイトまで巻き込んでのイジメなんて、気を惹くどころか自殺するところだったんだけど。
清孝くんが居なかったら確実にそうなってた自信がある。
「好きな人が居るから嫌です」
「俺だろ!?」
「違います」
「はっ!? ふざっけんな俺以外に誰がお前みてぇな女、恋人にしてやると思ってんだよ!」
「だとしても人をイジメる人とは絶対に嫌です」
「はぁ!? イジメてねぇし! ぼっちでカワイソーだから遊んでやったんじゃねぇか! イジってやっただけだっつーの!」
「机に悪戯書き、ノートにも悪戯書き、机の中に濡れ雑巾を入れる、上履きにゴミを詰め込む、他にもありますが、これが遊びですか? わたし、その好きな人が居なければ自殺するところだったんですが」
「じさっ……!? は、はっ、弱っちぃ! そんくれぇで自殺とか馬鹿じゃねぇの!?」
「……やっぱり無理です。人の心の痛みをこれっぽっちもわからない人と、誰が一緒に歩きたいと思えるんですか。あなたは人として最低です」
「なっ、なんだと!? お前っ、出涸らしのくせに!」
カッとなった彼が、わたしに向かってズカズカと歩いて、乱暴に手を伸ばしてくる。
向かう先は髪。きっと髪を引っ張って怒鳴るつもりなんだろう。
けど、わたしはそんな手に自分の手を伸ばすと、力の向きを変えるように引っ張って、担いで、地面に叩き落とした。
「うぶげっ!?」
彼はなにが起こったのかわからない、なんて顔をして、空を見つめます。
わたしはといえば、毎日清孝くんとどったんばったんした甲斐もあり、護身術には自信ありです。最初は受け身から、ということで腰を痛めた初めての時が懐かしい。
そうして、呆然としている彼を録音モードを継続したまぱしゃりと激写して、「イジメてた女の子に敗けたイジメっ子の図」と言ってやると、真っ青になった彼が起き上がります。
「な、なにしやがる! なに撮ってんだよ! 消せよ!」
「嫌です。公表されたくなかったら、もうわたしに構わないでくださいね」
「なっ……ぐ、くっ……!」
「この学校がイジメには厳しいこと、知ってますよね? 今まで決定的な証拠がなかったし、誰かに言えばもっとイジメがキツくなると思ったから言いませんでしたけど、もう遠慮しないって……ああいえ、今すぐ報告しないだけ、遠慮してるんでしょうね……」
報告して、自分の環境が変わってしまうのが嫌なのだ。周囲が腫れものを扱いように接してくる先のことを考えると、大げさなことにはしたくない、ってどうしても思ってしまう。もっと我儘になってもいいだろうに、まったく、わたしは。
溜め息を吐きつつ移動する。後ろを見せるようなことはしない。常に視界に彼を入れたまま、わたしはその場をあとにした。
本当に、ひどい人だ。
わたしは誰とも付き合うつもりなんてないし、そもそもわたしを本気で愛してくれる人なんて───
「───」
清孝くんの顔が頭に浮かんだ。
ひぅ、なんて声が喉から漏れて、胸がきゅんとする。
…………まさか。まさか? まさかですよね。よくあるあれですよ、依存を恋と間違えているあれ。
いくらわたしが寂しい人生を送ってきたらかといって、年下の、ちょ~っとだけ甘えてしまった男の子にきゅんとしちゃうなんて。
「………………」
とにかくわたしはアレですから。恋とかではなくてそう、依存めいた……彼ならわたしを甘やかしてくれるという、最低な寄りかかり方を……ですね。
などと思いつつ帰路を歩み、通りがかった小さな電気屋さんにある大きなテレビで、芸能人を招いてトークをする、なんて番組がやっていた。
『恋が良くて依存がダメぇ? アンタ馬鹿なんじゃないの? 依存から始まる恋があってもいいじゃないの。その人の傍に居ると安心する、心が幸せになる、落ち着ける。そんな気持ちから恋が生まれないなんて、なんでアンタが断言出来んのよ』
テレビの中で、ウメコ・フルーガルさんがゲストさんの言葉にツッコミを入れる番組。
通り過ぎる筈だったわたしは、気づけば足を止めてふんふんと頷いていました。
ウメコさんは痩せ身で、普通体形のタケコ・スタンダードさん、巨体のマツコさんという人と三人で活動している辛辣系の相談役だ。
『そもそもアンタ、そんなこと言うからには依存出来るような相手、居たことあんでしょうね? 経験もないのにテキトーなこと言ってんならタダじゃおかないわよ』
「うんうん! ですよねですよね!」
それはもう、ふんふんと頷いていました。
そうです、あんなに傍に居て安心できる男性なんて居ません。
これが恋かなんてわたしにはまだわかりませんけど。でも……それでいいんだ。
よ、よし、なら行動しなきゃです。
行動───…………もし嫌われたらどうしよう。
『でもですよウメコさん。もし依存から恋が始まっても、その恋って成就しづらいにもほどがあるでしょぉ~?』
『フン。確かに相手は依存対象をペットみたいな感覚で見てるかもしれないわよ』
「ペット…………!?」
ざっくり来ました。胸が痛いです。いえあの。あ、痛い。これすごく痛いです。
そっ……そういえば清孝くん、まるでペットにそうするみたいに抱き締めて、なでなでしてくれて……それってつまり……!?
いえでもそれはわたしがそうしてくださいって甘えてるからであって。
………………え? …………え?
「わ、たし…………もしかして、清孝くんに…………飼われたい、とか」
───言った途端、顔が爆発したんじゃないかってくらいに顔が熱を持ちました。
ち、違う、違います! 飼われたい、とかじゃなくて、可愛がってもらいたいといいますか……そ、そう、甘やかして頭を撫でてくれて、褒めてくれて……そ、そして、時々でいいのでわたしを一番に考えてくれる日とかがあってくれれば……えへへ。
それでずーっと後ろからぎゅうってされて、いいこいいこされて……えへへへへ。
ど、独占欲とかじゃないんですよ? 清孝くんの人生ですから、わたしがそれを邪魔するなんてそんなことは許されません。
なので、つまり、人生の邪魔をしないようにするには。
「同じ人生を一緒に歩ければ───…………ッ!?」
灼熱再び。
涙が滲むほどの羞恥と顔の熱さにしばらく悶えて、けれど冷静に深呼吸。
そ、そうだ、まずは清孝くんのことを知っていかなきゃです。
わたしが一方的に知っていても仕方ないですし。
むむー……と唸りながらてこてこと帰路を歩みます。
そして……その時はやってきました。
「…………え?」
視界の先の道端で。家の傍の道で。
一人の男性の手を恋人繋ぎで握って引っ張る女性が視界に映った。
途端、硬直する体。
「…………やだ。ゃ…………やだ、やだやだやだ……! やめて……! やめてよぅ……!」
口が勝手に恐怖を吐き出す。
小さな声は誰にも届かない。
だから、笑顔の妹がその男の子を引っ張り、わたしが住んでいる家に入るのを止めることもなく。
「───? …………♪」
「───!!」
一瞬、わたしと目が合った彼女───妹は、わたしに向けてにこぉお……と笑った。
母だったあいつから、わたしが持っていた限定品を受け取った時のように。
「ぁ…………ぁぁあ……ぁぁぁぁああ……!!」
涙があふれた。
まただ。また、奪われた。
いや、違う。恋人にもなっていないなら、これは奪い奪われたの話じゃない。
彼女がわたしなんかより早く行動して、わたしなんかより早く……彼の心を射止めただけだ。
だからこれは……妹がただ、恋愛で勝っただけにすぎなくて。
わたしは……泣きながら来た道を戻って。夜が来るまで、公園のブランコで静かに泣いていました。
夜になって帰ったわたしに、妹が……彼と付き合うことになったとわざわざ言ってきた。
わたしは素っ気ない返事をすることしか出来なくて。
勝ち誇った顔で部屋を出ていく妹に、どうして奪うようなことばかりに興味が向くんだろう、とか、言いたくなったのに……いろんなことがどうでもよくなる───その前に、あることを思い出して、目を瞑った。
どうしようもない。関わろうとするだけ無駄だと思って、もう考えないことにした。
……わたしが幸せになれる日は、いつ来るのだろう。そんなことを思いながら。
-_-/重森清孝
───……彼女から呼び出しを受けて、校舎裏にやってきた。
「はぁ……それで、ゆかり? いったいなんの用なのかな」
ゆかり言うところの、一応の俺の彼女らしい、清水ゆかり(俺は認めてない。というか恋人になろうなんて言った覚えもないし、頷いた覚えもない)。子供の頃から現在の高校二年に到るまで関係が続いている、まあいわゆる幼馴染という存在。
学校ではまあ学校一の美少女~だとか勉強も運動も出来る子~だとか言われていたけれど、中身は超絶我儘女だ。
普段から猫を被っては八方美人の限りを尽くし、男子にはちやほや、女子には言葉巧みに取り入って人気者の仲間入り。
代わりに俺と二人きりになるとま~ぁぁあうざったい。
外面がいい所為でいろいろと騙されている人は多いけど、俺から別れることは出来ないのだ。理由があって、それだけは出来ない。出来ることならとっととしたいんだけど。
いっそイジメにでも走ってくれれば……いや、あの中学じゃない分、それも無駄か。中学時代にイジメにでも走ってくれてたなら、こいつのこと教師に報告していろいろ対処してもらえただろうに。
「遅い。この私を待たせるなんて、あなた何様のつもりなのかしら?」
「お前と同じ人間様だよ。で、なんの用? 用があるなら教室で言えばいいじゃないか」
「嫌よ、だってそんなことをしたら私の評判に関わるもの」
「そ。で? なんの用?」
「はぁああ……ねぇタカ? アンタ最近生意気じゃない? この私がせぇっかく恋人にしてあげたっていうのに、なんなのその態度」
「あのねぇゆかり? 俺にも人間関係ってのがあるんだよ。それを人が友達と話し合ってる時に、一方的にメッセで呼び出しとか。不機嫌にもなるよ。言っただろ? 人間様だって」
「恋人ならなによりもまず私を優先させるのが彼氏ってもんでしょ?」
「お前はちっとも歩み寄らないのに? わかってないなら言うけど、それ恋人の関係じゃないよ?」
まあ、恋人のつもりないけど。
「チッ……るっさいわねぇ……! もういいわ、アンタの悔いる様をじっくり見てあげたかったから前置きを作ってあげたけど、はっきりと言ってあげるわよ」
「ああ」
正直、俺は彼女に校舎裏や人気のない場所に呼ばれるたびに、ある期待をしていた。
それが叶ったことは残念ながら一度もないけど───
「アンタ、もう用無しよ。私、サッカー部のエースの竹沢先輩に告白されたの。アンタっていう一応の彼氏が居るけど、彼が自分の想いに蓋をしきれないって猛烈アタックしてくるから……♪」
───え?
「そ、そんなっ! なんで───」
「あらぁ? さっきまでの余裕の表情はぁ、どうしたのぉ? あははははははっ! そんな悲しそうな顔したってもう無理、もうだぁ~めっ♪ アンタはもう私の彼氏でもなんでもない、ただ家が近いってだけのクラスメイト♪ お呼びじゃないのよっ、ばぁ~かっ!」
「………………そ、」
「ん~? なぁにぃ~?」
「そんなに、その先輩がいいのか……!?」
「…………ぷふっ! あはははは! なに!? もしかしてヤキモチ妬いちゃったぁ!? 対抗意識燃やしちゃったぁ~っ!? 無理無理無理! アンタなんかが逆立ちしたってどうしたって、先輩の魅力には叶いません~♪ ていうかもう気持ち悪いから声かけないでくれる?」
「ゆかりっ……! お、俺はっ!」
「あと名前呼びもやめてよね。清水さん。そう呼ぶことだけなら許してあげる。彼氏ヅラとかもやめてよね、キモいから」
「……………わ、わかった。じゃあ……さ。最後にこれだけ、書いてくれないか」
「は? なにこれ」
こさり、と懐に常備していた紙を差し出す。
これは、俺の───
「俺の決意の表れっていうか……証明っていうか。いつかもしゆかりにこういう話をされたら、ちゃんと自分で諦められるように、ゆかりに迷惑かけないようにって用意しておいたんだ」
「ふぅん? ……“わたくし、重森清孝は、二度と清水ゆかりさんとは付き合わず、触れず、自ら話しかけず、他人同士として生きていくことを誓います”? あっははなにこれ! こんなの誓いにしてたの!? ……キッモ」
「…………」
「いいわよ、書いてあげる。これで二度と近づかないなら安いもんだし。はぁ~ぁ、アンタってつまんない男だったけど、ほんと最後までアレだったわ」
言いながらサインをくれる。ご丁寧にハートマークまでつけて。
「はい。じゃあ二度と関わらないでね。今まで尽くしてきてくれたことにだけはほんのちょっぴり感謝してあげるわ。でももう飽きちゃったから。いらないの。ごめんね?」
「……………」
そこまで言うと、彼女は今まで付き合った中で一番楽しそうな笑顔で、この場を去って行った。
そして俺は───
「………………~……っしゃああっ!!」
ここまで上手くことが運んでくれたことに、誰だか知らないなにかに感謝した。
「よく頑張った俺! 今まで! 今日までっ! あの日からよくぞここまでっ……!! ~……ぅおおおおおっ!!」
子供の頃から嫌なヤツだった。けれど周囲への愛想はマジでよく、猫を被りに被った悪女なあいつに嫌われること=己が青春の破滅だと幼いながらに知ってた俺。
ある日に強引に手を引かれ、あいつの家に無理矢理上がらされて、「アンタを私の恋人にしてあげる。言っておくけど拒否は許さないわ。はい、光栄ですって言わなきゃ、アンタのこと世間的に追い詰めるから」なんて言われて、仕方なく始まった関係。
……正直冗談じゃねぇって思った。何度こいつブン殴ってくれようかと思ったことか。
それでも耐えて耐えて耐え抜いて、その先に今がある。
飽きっぽいヤツだからどうせすぐに飽きるだろ、なんてタカを括ったこともあったけど、なにが楽しいのか嬉しいのか、あいつは俺の恋人って状況を何年も続けてみせやがった。
そういやかおりさん……あいつの姉の清水かおりさんの方を見て、なんかすっげぇニヤニヤしてたっけあいつ。なにがあいつをそんなに楽しませてたのやら。
けど、それももう終わった。
そもそも俺は、あいつじゃなくてあいつの姉、かおりさんのことが好きだったんだ。
あの人が中学卒業しちまう前に、勇気出して告白しようって思ってたらあんにゃろ、いきなり人の手を引っ張って家まで引きずり込んで、言うこと聞かなきゃ襲われたってパパとママに言うから、なんて言いやがった。
「はぁ~……姉と妹でどうしてああも性格が変わるかねぇ」
かおりさんは、なんというかこう……甘やかしたくなるんだ。
年上なのにどこかおどおどしてて、けれど真剣な時の目がすっげぇ格好よくて、甘えてくる時の不安と怯えと期待が混ざった目がすっげぇ可愛くて……!
控えめに言って超ドストライク。ああまで俺の好みをそのままに人の形にした女性が居るもんなんだなって驚いたくらいだ。
甘えられるがままに後ろから抱きしめた時なんて、ご立派様がご起立するの耐えるので精いっぱいな日々だった。……日々だった。だって度々お願いしてくるんだもん! 正直スエーゼン(男の恥)的な意味なのかってめっちゃドキドキしてました!
幼い頃に言った通り、いい子じゃなくてごめんなさい!
でも……
「~……でも、好きなんだ、よなぁ……!! ああもう……! 思い出すだけで頬が緩む……!」
おどおどした年上のおねーさんがさ? 俺だけにやわらかい笑みで甘えてくるんだよ。こうして? ってお願いしてくるんだよ。聞いてあげないと、ぷくって頬膨らませて拗ねるんだよ。……可愛いんだが!? でも諦めるのにも慣れちまってる所為で、すっげぇ寂しそうな顔をしながらも諦めるから……あああもう! 甘やかしたくなるだろ! だって誰に迷惑かけるでもなく、俺だけに甘えてくるんだもん!
「ここ数年に渡るあのタコとの付き合いは、ほんと人生においての無駄な時間だったと断言できる……! あいつが妙な気ィ起こさなきゃ、俺は今もおねーさ……かおりさんを抱き締めたままなでなでして……!!」
おぉんのれふざけんなよあの炸裂バカ! 俺の青春を返せ!
「……いやいやいや!」
今はそれよりもだ! かおりさんに悪い虫がついてないか、今すぐ調べなきゃ……!
あの人ほんと中学後半から化けたからなぁ……!! 笑顔がすっげぇ可愛くなったし、自覚ないんだろうけどいろいろ惹かれる部分が増えてきたっつーか……!
だってのにあの
「けど証明書は得た……! これで俺は自由になれる!」
そうと決まればと走り、途中で馬鹿も追い越して、ある場所を目指した。
後ろから馬鹿が何か叫んでたけど、もう関係ないから知らんし。
……。
そして……やってきました、清水家。
今日、彼女の両親が休日で休みなのは調査済みだ。
そして俺は一応、ゆかりの彼氏として二人に面通りは済んでいる。
ではその状態でなにをするか? そんなものは簡単だ。
まずはチャイムを鳴らします。出てきてくれたおばさんに丁寧な挨拶をします。
幼馴染でゆかりの彼氏だって認識のためにあっさりと上がらせてくれた二人に、さきほどサイン頂いたばかりの書類を出し、話を開始する。
開始っていってもすぐ終わるんだけど。
「はい、というわけで……ゆかりさんに一方的に別れを告げられたので、恋人関係を辞めにきました」
「「えぇええええええええっ!?」」
二人とも大驚愕! けれど録音していた先ほどの状況と、サインされた書類とを見せれば、二人は“うわー……”って顔に。
「な、なぁ清孝くん? 娘も、その……少しはずみで言ってしまったのかもしれんのだし……」
「いやです別れます」
「そ、そうよ清孝くん? 娘は……ゆかりはとてもいい子で───」
「いえ、既に新しい彼氏と付き合ってるそうなので別れます。ていうか別れると彼女が言ったので、俺の意思なんてどうでもいいんですよ。そうでしょう? ずっと、そうだったじゃないですか」
「「───」」
ぴしりと空気が凍った。
……ちなみに、ゆかりが成績優秀、周囲の期待に応えまくっていたのなんてほんの子供の頃の話だ。
高校生にもなれば成績なんて平均的なもんだし、むしろ勉強するより遊んでいる方が多くなった所為で成績は落ちたといっていい。
運動もそこそこだし、媚びを売ることばっかりを考えて、自分磨きを怠っているのが目に見えて分かるようになってきた。
逆にかおりさんがヤバい。
褒めて伸びるタイプだとわかってからは、怖いくらいにメキメキと力を伸ばしてきた。
容姿にも気を使うようになったし(俺の前でテレテレしながらいろんな髪型、いろんな服を着て見せてくれた)、運動だって頑張ってモノにした(ジョギングから新聞配達まで、随分と慣れた)。勉強もスラスラ解けるようになって(勉強会と称して、めっちゃお世話になった。俺? すごいね、って褒めただけ。気づけば教えられてた)、いつの間にか友達も出来たと聞いたし(地味に嫉妬した)、イジメも無くなった上に(そもそもイジメるほうがどうかしてる)、イジメグループのリーダーを投げたのを誰かが見ていたそうで、男子にも勝てる女子として、後輩から尊敬を孕んだ目で見られていたりもするのだとか。傍に居ることが出来れば、きっと頑張って胸を張って俺に報告したんだろうなぁ……くそ、あの馬鹿さえ居なければ、その時も、呼び出された時だって傍に居られたのに……!
「ちなみにそもそもゆかりと付き合ったのはあいつに脅されたからであって、俺が本当に好きなのはかおりさんです。ゆかりはどうせ、彼氏彼女の関係になってもすぐに飽きて捨てるって思ってましたし」
「そ、そんな、清孝く───」
「録音、聞かせましたよね? もう飽きたから要らない、とハッキリ言われましたよ? なんでも姉の限定品を親同伴の強制おねだりで奪っておいて、三日で飽きてそこらに捨てていたそうじゃないですか」
「───!! そ、それは……っ……!」
限定品の話をした途端、おばさんが泣きそうな顔で俯いた。
親として、その出来事は相当におばさんの中で後悔として渦巻いているらしい。
けれど放置しておいた分だけ、どう接していいかわからない……そんな感じなんだろう。
お節介でイイ奴的な主人公とかならここでいろいろ解決するんだろうけど、正直知るか!! 自業自得以外のなにものでもないわ!!
「というわけで、かおりさんと正式にお付き合いさせていただきます。……ゆかりと付き合わずにかおりさんに告白していたら、どうせゆかりのことだから嫌がらせを続けたでしょうから、付き合ったのはそれだけが理由です。……あっ。安心してください、そもそも頬にキスさえしない関係だったので、おじさんが心配するようなことは、全然、これっぽっちも、カス程度もありませんので」
「……っ……ね、ねぇ清孝くん? そんな態度が嫌で、ゆかりは別れを告げたとかは……」
「……あの、おばさん? もういっかい録音聞きます? 飽きたんですって。用済みなんですって。他になにが聞きたいんです? 他にも聞きたいですか? あいつが俺に下っ端扱い同然でいろいろ命令する録音集がありますけど聞きます?」
「い、いいっ、いいわごめんなさいっ!」
「歩み寄りもしなかったことに対して舌打ちまでくれたんですよ? 態度がどう以前に自分からなんにも行動せず、命令ばっかの関係が続くわけがないでしょう」
「でも、でもね? もしかしたら寂しくて気を惹きたかっただけ、とか……ほ、ほら、その付き合ってる男子とかとも本気じゃないのかも……! 清孝くんの気を惹きたかった、とか……」
「寂しかったの、を言い訳に使う全女子に言います。寂しいならまず彼氏に甘えてください。あの、真面目に訊きたいんですけど、なんで他人に走るんです? 彼氏っていう絶好の甘え対象が居るのになんで? 一緒の時間がなかなか取れないなら、取れた時に全力で甘えればいいじゃないですか。それをよくもまあ“あなただって悪いのよ?”とか口に出来たもんですよね、浮気女子って連中は。甘えられなくて、一緒にいられなくて寂しいのが自分だけだって思ってるですかね」
「だよな! 清孝くん! だよな!」
「あなた!?」
おじさんにとても頷かれた。共感をえられるなにかがあったのかもしれない。
もしやおばさん? ……違うか。おじさん、おばさんにベタ惚れだし。
「ふぅ。……だがしかしなぁ清孝くん。何故かおりなんだい? 言ってはなんだが───」
「ここ最近のゆかりの成績、知ってます?」
「「うぐっ……」」
「お察しの通りですよね。対してかおりさんはすごいですよ。実力伸ばしまくってます。褒めて伸びるタイプだったんですよ。ちゃんと褒めて、笑顔にさせて、頑張ってって言ってあげれば、うんって笑顔で言ってなんでも乗り越えちゃうような、素晴らしい人なんです」
「褒めて……? ばかな、そんな程度で解決するなら、我々が───」
「褒めたと? 労ったと? 妹と比較するばかりで、なにかを口にすれば“お姉ちゃんなんだから”を口にして黙らせたと聞いてますよ?」
「!! そ、それはっ! それ……………………それは……」
「あなた……」
「限定品の時もそうだったと聞いてます。なにを言っても聞いてくれなくて、それくらいいいじゃないかと苦笑されるだけだったと。お小遣いを貰えば、まずいろいろなものを買いたがる子供って存在が、いろんなものを我慢してようやく買えた努力の結晶を、お姉ちゃんだから、なんて理由で妹に問答無用で譲り渡されて、しかも三日で飽きられて捨てられたとか」
「───!! ………………ぁ…………」
おばさんの顔が真っ青になった。
限定品、なんてものがある時点で想像しなかったんだろうか。それは高かったんじゃないか、とか考えなかったんだろうか。……考えなかったんだろうなぁ。
「だ、だがな、清孝くん。揚げ足を取るようですまないが、成績のことは……べつにかおりの成績は上がっていないようだが……」
「そりゃそうですよ。かおりさん、テスト等の時は手を抜いてますから」
「へ……? な、なんで!」
「……たとえば今さらかおりさんが高得点を取ったテストを連続で持ち帰ったとして、今さらかおりさんがお二人に褒めてもらえるとか期待していると思いますか?」
「なっ……なにを言うんだ! そんなものは───! ……、……そ、そんな、ものは……」
「かおりさんは成績が残るようなものをコントロールできるくらい、実力を上げてます。現に俺とやってたテスト問題では全部満点でした。運動だって、やろうと思えば一位を取れるでしょう。でもしないのは、今さらお二人の関心なんて引きたくないからです」
「っ…………」
「きっ……清孝くん! なんてことを言うの! いくらゆかりの彼氏だったからって、言っていいことと悪いことが───!」
「じゃあ誰が今まで泣いてきたかおりさんの分を怒ってやれるんですか!!」
「!?」
感情任せに怒鳴ると、おばさんはびくりと震え、しゅんと俯いてしまった。
「……初対面の子供に挨拶されるだけで喜ぶような人だったんですよ? 悩みも辛さも、出会ってそんな経ってないガキにしかぶちまけられないような人だったんです。そんなガキに頭撫でられて、頑張ったねって言われたくらいで……! そんなくらいで号泣するくらい追い詰められてたんだよ!! 誰かが幸せにしてやらなきゃいけないんだって思った! そしてそれを誰にも譲りたくないって、ずっとずうっと思ってたんです! だから───」
「…………」
「……必ず幸せにします。清水かおりさんとの、結婚を前提としたお付き合いを認めてください」
「───!」
「っ……!? なななななにを言うの清孝くん! あなたまだ学生で───!」
「婚約です。認めてください。俺にはあの人しか居ません」
「……ぁ、あなたぁ……っ! 黙ってないで、なにか言って……! ねぇっ……!」
「………」
おじさんがおばさんに揺すられる。
おじさんは難しい顔をしたままだったけれど、ふぅ、と息を吐きながら俺を見ると……
「キミが娘を幸せにする保証は、なんて…………俺が言えた義理ではないんだろうな。幸せにするどころか、もう何年も……かおりの笑顔を見ていない。そんなことにさえ、今日まで気づかなかった」
「あなた……? なにを───」
「なぁ百合子。きみはどうだ? かおりの笑顔を最後に見たのはいつだい?」
「笑顔ってそんなの! ………………え? ………………そ、そんなの……え?」
「………………なぁ、清孝くん。俺達はね、結婚する前にある誓いを立てていた。俺も百合子も苦学生でなぁ。大学に苦労して通いながら卒業して、書類に名前を書くだけの結婚をして、働いて稼いで。そんな二人だから、産まれる子供は絶対に幸せにしようって笑い合ったもんだ」
「…………はい」
「あなた……」
「かおりが産まれた時は泣いて喜んだよ。産まれてきてくれてありがとう。幸せにしてあげたいから元気に一緒に育っていこう、なんて……そこでも誓い合ったんだ」
「はい」
「………」
おばさんはハッとした顔をすると、顔を逸らして……息を殺して震え出した。
「……かおりは物覚えがいい子だった。褒めるたびにきゃいきゃい嬉しそうにして、思いもつかないような行動を何度もして、俺達を驚かせたもんだ。その分心配も絶えなかったんだが……それが、いけなかったのかもしれない」
「………」
「ゆかりは逆だった。大人しくて言うことを聞いてくれて。先に産まれた子は後に産まれた子に嫉妬する、なんていうが、かおりは嫉妬というよりは……………………ああ。そうか。あれは……そうか、嫉妬、だったんだろうなぁ……」
「………」
「ある日から、かおりの妙な行動が増えていった。なにをやりたいのかもよくわからなくて、それでも必死に何かを訴えようとしていたんだろうな。今にして思えば、なにかしら……褒めてもらいたかったんだろう。今までの俺達なら、すごいな、なんて笑って褒めていたのかもしれない。だが……」
「落ち着きがあるゆかりが───」
「ああ。ゆかりが手がかからなければかからないだけ、いい子に見えてしまった。逆に手のかかるかおりが、なんでお姉ちゃんなのに大人しく出来ないんだ、なんてダメな方向への比較対象になってしまった」
最悪のパターンってやつですね。
そして妹が可愛ければ可愛いだけちやほやして、あの馬鹿が完成したと。
「……清孝くん。俺は正直、キミにはゆかりの相手になってほしかった。……これでも親だ、娘の我儘放題っぷりにも猫被りにもいい加減に気付いている」
「一年以上もあいつの傍に居て馬車馬の如く、いやむしろ奴隷レベルで振り回された俺に、まだ言いたいことでも? なにか願うことでも?」
「…………ゴメンナサイ」
「あなた!?」
いい雰囲気がゴシャーと逃げて行った。だってーしょうがなぁいじゃなぁい? あいつのことで遠慮なんてしてたら胃に穴が空くもの。
「ゴホンッ! ん、んんっ! ……清孝くん」
「あ、はい」
「…………かおりは、本当に……その、勉強も、運動も……?」
「本人、褒められるためにゆる~りと手ぇ抜いてるみたいなんですけど、バレバレなんです。テストに一度書いた正解をわざわざ消した跡とか残ってるくらいに」
「そっ……それって、清孝くんに褒められたいから……ということなの?」
「他に褒めてくれる人なんて居ない、って……そんなことを胸張って言えちゃう人なんですよ」
「「───!!」」
「甘えてきた時に膝枕したことがあります。昔、お母さんに耳かきしてもらった時が最後だったの、って言って……眠って。しばらくして寝言で言うんですよ。幸せになりたい、って。寂しいのはもうやだよぅ、って。……ほっとけるわけないじゃないですか」
「かおり……ぁぁ、かおりぃ……! わ、私……私、あの子になんてことを……!」
「…………清孝くん」
「はい」
おじさんが、どこかこう、フッ……と微笑むような、諦めるような笑顔で俺に言う。
「───“ゆかり”を、どうかよろしく頼む」
「嫌ですよなに言ってんですか」
それに真顔で返す俺。
「そこをなんとか! あの我儘娘に付き合っていけるのなんて、幼馴染のキミくらいなものだろう!! も、もはやわかっているんだ! あの娘はもうっ、なんというかそのっ……ヤバい! あの子はその内盛大にやらかす!!」
「あなた!? ゆかりにいったいなんの不満が!?」
「ゆぅちゃん。正直に。……不満、ない?」
「ひぅ!? ゆ、ゆぅちゃんなんてそんな、ゆーくんったら懐かしい呼び方……!」
……ゆぅちゃんゆーくんと呼び合う仲だったらしい。
そしてもじもじしていたおばさんだったけど、案外あっさり頷いた。不満たらたらじゃないですか。
「女の子だもの、おしゃれにお金を使うな、なんて言うつもりはないけど……なにをやってるのか、肌は荒れてきてるし、家であまりごはん食べなくなったし、お小遣いちょうだいなんてしょっちゅう言ってくるし」
「ていうかおばさん」
「なぁ、ゆぅちゃん」
「「あいつ、太
「女の子に対してそれは禁句です!!」
「いえいえいえ、まだ誤魔化せるレベルですけど、正直ヤバいと思ってます」
「外食ばっかしてるんだろうなぁ。そのくせ運動も大してしない。ちょいとつついてみれば、そりゃあもう激怒する。……うん、父さん正直もう手が付けられないと思ってる。ゆぅちゃん? このパターンに覚えはあるよね?」
「…………」
おばさん、涙を滲ませて顔を真っ赤にし、口は糸状になるまでぎううと食い縛るようにし、そっぽを向くの巻。
たまにする仕草がかおりさんみたいだ。こういうのを知ると、やっぱ……まあ、親子なんだなぁって。
「まあ、とにかく、俺がゆかりと、とかはもう絶対ありませんので。俺は元からかおりさん一筋なんで」
「……清孝くん、それっていつから?」
「いつって、初めて会った時です。や、挨拶した時は綺麗な人だなくらいでしたけど、挨拶した時に俺にむけてふわっと笑ってくれた瞬間、あ、俺この人のために生きよう、なんて思ったわけでして」
「よし認めよう」
「あなた!?」
「惚れ方が俺と同じだ。俺もゆぅちゃんの笑顔に心底惚れて、この人を幸せにしようって誓ったんだ。そして、たとえば産まれたのが息子だったら、いろいろ考えていたこともあったほどに」
「~……ゆ、ゆーくん? その、考えていたこと…………って……?」
「男の子供はすぐにおかーさんおかーさん言って母親を困らせるだろう? あれがないこれがない、あれはどこそれはどこ、この料理もう飽きたーとか美味しくないーだとか」
「ああ……言いますね。俺にも経験あります、お恥ずかしながら」
「俺ももちろんだ。けどな、どうしても許せないものが一つだけある。いや、突き詰めれば他にもあるんだが」
「……それって?」
「人が惚れた女を、やっと結ばれた大切な女性を、あろうことかババアだの死ねだの言ったり顎で使ったりすることだよ」
「───……あ、それは殴れますね」
「だろう!? 言っちゃなんだが俺のゆぅちゃん世界一可愛いからな!? かおりが産まれた時にも可愛いとは言ったが、世界一の座を譲ったことなどただの一度もないわ! 俺の! 嫁さん! 世界一ィイイ!!」
「あなたー!? あなっ……あなたぁああっ!? や、ややややめっ、やめめ……!!」
おばさん、真っ赤になってとろけそうな頬を両手で支え、目をぐるぐるにするの巻。
……はて、俺はいったいこの人たちになにを告げに来たんだっけか。
いや違う違う、かおりさんとの交際をだね。
あ、もう許可得てたわ。
「……ええっと。それじゃあその。改めて、これからよろしくお願いします。俺、かおりさんとは恋もしたいし愛し合いたいし、喧嘩もしたいし仲直りもしたいです。泣かせたりしませんなんて無茶な口約束なんて絶対嫌ですし、泣かせるなら幸せの涙、っていうのなら全力で頷きます。だから───」
「まどろっこしいのはよろしい。俺もお義父さんとの挨拶は叫ばされた。遠慮はいらない、真に愛しているのなら、叫びなさい」
「───! ……俺の惚れた女は! 世界一! 可愛いです!」
「はっはー! すげぇだろー! その娘を産んだの俺の嫁さんだから! あと百合子の方が可愛いし! ふざけろ俺の百合子が世界一だ!」
「大人気ないなこの人!」
「綺麗ごとばっかの大人のままで、いつまでも人を愛せるかっつーの! ……浮気をする馬鹿の気持ちなんざ俺にはわからん! 俺は生涯嫁を愛し続けるつもりだから、わかるつもりもない!」
「おお……す、すごいですね、その勢い。でもその愛の少しでも、なんでかおりさんに分けられなかったんですか」
「それは素直にすまん。自覚が出来ない感情の厄介さなんて、とうの昔に知っていたつもりだったんだがな……。今さらどう取り繕っても謝ろうとも、かおりが俺達に求めていた感情などとうに無くなってしまっているだろう。今さら与えたところでなにが変わるわけでもない」
「……話し合おうとも思わない……と?」
「俺が、親父相手にそうだったんだ。苦学生だった、と言ったろう? どれだけ自分を見てもらおうとも父は仕事の虫だった。長い間放置され、その中で妻と出会い、心の隙間を埋めて貰えた。……父が俺に声を掛けてきたのは、俺が家を出るその時だけだったよ。以降はなにもない。再婚もせず、今も田舎で暮らしているはずだ」
「───」
ゆかりは自分に祖母は居ないと言っていた。つまり、この人の父親は一人でこの人を、頑張って育てたんだろう。そして、仕事が忙しかったから、とはいえ放置してしまった子供にどう接していいのかわからなかった。とか……まあ、いろいろな“物語”を見たり読んだりしていれば、なんとなーく思い浮かべられる話。
実際はもちろん違うのかもしれないけど───
「あの。家を出る時、その人はなんて言ったんですか?」
「……? ああ、一言だけだったから、覚えているよ。“いいな、悔やむな”、だとさ」
「………」
ああ、なんて、なんとなく。
思い当たるものがあった俺は、それを頭に思い浮かべつつも、口にすることはなかった。それが合っているのかなんて俺には分からないし、余計なお世話になるかもしれないから。
「と……まあ、そういうわけだ。だから、というわけではないが……こうなったら仕方ない。かおりのことをよろしく頼むよ? あ、ただしかおりが頷いたらだ。どういうわけかいつからか元気がなくてなぁ」
どういうわけもなにもないじゃないですか。
「ちなみに、かおりとゆかりの仲が良くないのもなんとなく察している。……いや、かおりがなににも期待していないことを知ってしまった、と言ったほうがいいか。だというのにキミには甘えたがっているというのなら───そうだな。いっそゆかりと距離を取るために、清孝くん」
「はい?」
「かおりをキミの家に住まわせてみないか? まあ、いわゆる同棲というものだが」
「是非」
「あなた!? 清孝くん!?」
え、ちょっと待ってください、なんて言葉よりも本能が答えた。気づいたら是非とか言っていた。
そのくせこれっぽっちも後悔してない。
……長く離れてたんだ。毎日甘えてもいいかな、なんておどおどしていたあの人に、我慢をさせてしまった。
きっと自慢したいことも、聞いて欲しかったこともたくさんあっただろう。
だったら───そんな全部をいつだって聞けるように───
「あの。かおりさんってもう帰ってます?」
「いや、今日はまだだね」
「……? おかしいわね、いつもならもう帰ってる時間なんだけど」
「───」
こういう時って……なにかを決意した時って、大体いいことが起こらない。
嫌な予感がじわじわ頭の中を支配しようとする頃、俺は二人に一声かけたあとに駆けだした。
帰ってないなら迎えに行く。もう待つつもりなんてない。自分から突撃して、告白して、受け入れてくれたなら思いっきり甘やかすんだ───!!
と、走り出した俺のスマホに電話があったのは、家を出た直後だった。
そして、電話に出て───“こちらの言葉を聞く余裕もない声”が聞こえたところで、馬鹿者と遭遇した。
「は? ……ちょっと、なんで人ン家から───」
「人ン家? ここご両親の家だろ? なに勝手に自分のものにしてんだお前」
「はぁ!? うわウザッ……あんなの書かせといていきなり約束破るとか頭イカレ───」
「お前に関わるつもりはこれっぽっちもないし、もう目的果たしたしここに来る理由が皆無になったからその先はマジでいらない。ていうか喋るなうるさい。あ、あとフってくれてありがとな! じゃあ俺かおりさんと幸せになってくるから! もう両親にも挨拶したし、お前の悪事も全部暴露しといたから! わざわざいらない罵倒を何度も何度もありがとうな! 録音したやつ聞かせたらきっちり別れることにも同意してくれた上にかおりさんと付き合うことも了承してくれた!」
「へ? え? はぁっ!? 暴露っ……はぁあああ!?」
「いやー、俺お前のこと心の底から大嫌いだったよ! こんなにサワヤカに人が嫌いになれるってすげーよな! よっ、人間のクズ! お前にかおりさんと同じ血が流れてるとか嘘だよな! ていうかさ、お前らみたいな性格の奴らって人に好かれる気あるの!? 自分がやられて、きっと今めっちゃ嫌な気分してるよな!? だって言ってる俺が今滅茶苦茶ムナクソ悪いもん! でもお前笑いながら言ってたし、だから俺も頑張って笑顔で言うな! めそ───ぁ、やっば、お前なんかに構ってる暇ないんだった! じゃあな!」
「は? ……へ? ちょっ……めそってなに!? めそってなによちょっ……ふざっけんなあんたなんてこっちから───待っ……聞きなさいよ! ちょっとー!!」
走った。走って走って、スマホから俺の耳に届いていた声に本気の本気で焦りを感じたまま、全速力で目的地目掛けて走っていった。
-_-/清水かおり
───急に手を引っ張られて、態勢を崩した瞬間、カシュリ、と音が鳴った。
「───!? なに───」
「ひはははははは!! やった! やってやったぜクソがぁ! ウハハハハハ!!」
「……!? あなたは……!」
急に塀の陰に引っ張られて、人の顔が近づいてきて、目を瞑ったらさっきの音。
目の前にはイジメの主犯格の男が居て、笑いながら音の正体を見せてくる。
そこには、わたしと目の前の男がキスをしている写真が……!
……ち、ちがう、してない、口に感触なんてなかった、これはそう見えるだけだ。でも───
「はぁ~……♪ なぁ、おい、形勢逆転だぜぇ? お前よぉ、一個下の重森のこと好きなんだろ。弱点探るためにず~っと見させてもらったが、まぁ~ああああいつンこと見てること見てること。なに? 妹の恋人に恋しちゃったとか?」
「……!」
睨みつける。けど、彼はそんな視線も何処吹く風でニヤニヤ笑ってる。
「んじゃ、言いたいことはわかるな? これを大好きな後輩クンに見せられたくなかったらよぉ……俺の言うこと、聞けや」
「……そんなの、きっと清孝くんは信じない」
「あ? キヨタカっつーの。はぁ~ん? まぁどうでもいいけど。んで? 信じなくてもこんな写真があるわけだけど。どう思うかなぁ後輩クン。恋人のネーサンがよぉ、ガラが悪くて有名な俺とちゅーしてる、なんて。一度でも見ちまったら軽蔑すんじゃね?」
「……!」
「最低だ! そんな人だったなんて! もしかして不良連中にマワされてるんじゃねぇか!? なぁんて、ぎゃははははは!!」
「……、……」
「おやおやぁ? 顔が真っ青ですよぉ? 顔色なんて変えてねぇで、い~いお返事が欲しいなぁ~……───俺の家、来いや。そこでお願い聞いてくれたらよぉ、この写真は消してやっから」
「………」
「お、お? 震えてる? 泣く? 泣いちゃう? 大丈夫だぜ? ひどいことなんてしねぇから。ちょぉっと自分から行動して、服とか脱いでもらうだけだぜ? 俺が無理矢理することなんてなぁああああんにもないんだからよぉ!」
「っ……最低……! 人のっ……人の人生を台無しにしようとしてる自覚、あるんですか……!?」
「台無しだなんて人聞き悪いぜぇええ……! ちょおっと俺のお願い聞いてくれって言ってるだけだろ? だ~いじょうぶだって、お前さえ言うこと聞いてくれ続ければ、後輩クンが知ることも、全世界に公開されることもないんだからよぉ~……なぁ~?」
「───」
「だぁいじょうぶだってぇ! 俺ケッコー一途よ? 好きな男が居る女を自分のモノにしたら、ちゃぁんと愛し続けるぜぇ? 飽きたら捨てるかもだけど。だから飽きさせないようにご奉仕よろしくネ? ぎゃははははは!」
「~……おじさん、おばさん……っ……タカくんっ……! たすけてっ……!」
とっくに録音状態と通話状態だったスマホに向けて、わたしは震える声で助けを求めた。
場所も口にして、ぽかんとしている男の目の前で。駆けだしたかったけど、学校っていう教師が居るような場所じゃないためか、足が震えてしまっていた。
「…………は? ……おい、……おいっ!? てめぇなにっ……電話したのか!? はぁ!? はぁああっ!? お前なに考えてんだ!? こっ……公開だぞ!? 脅してんだぞ俺は! 愛しの後輩クンにこんな写真見せられてもいいんかよ!!」
「っ……馬鹿にしないでっ!! わたしはっ……わたしは大好きな人以外の言葉なんかどうでもいい! 甘えたい人の言葉以外なんてどうだっていい!! なにが公開だ! なにが脅迫だ! その人のためだけに生きたいっていう女の子の心を……馬鹿にするなぁあああっ!!」
「~……テンメッ! このクソがぁあっ!!」
男が手を伸ばしてきた。もう一度投げて───なんて思ったのに、恐怖で息が荒れて、上手く体が動かせなかった。
すぐに服を掴まれて、引っ張られて、強引に塀に叩きつけられた。
「いっ───!」
「ふざっ……ふざけっ……ふざけやがってふざけやがって! なにしやがってんだコラァ!! 黙って言うこと聞いてりゃあそれで済んだのにクソが!!」
「誰が言うことなんて聞くもんか! わたしはっ───」
「ああそうかよ! じゃあ愛しのタカくんが見る前に……! テメェの裸、俺が見てやるよ!!」
「っ!? やっ……やぁあっ!!」
男が服に手をかけ、強引に脱がそうとしてくる。
ボタンが弾け、恐怖が体を支配しようとして───いやだ。
いやだ、いやだいやだいやだ! なんで、なんでわたしばっかりこんな目に遭うの!? わたし、なにも悪いことしてない! ただ普通に生きて、親にさえ褒めてもらえなくなったわたしでも褒めてくれる人に出会えて、そんな人に褒めてもらいたくて、努力して、容姿にも気を使って……!
ちがう、こんな人に絡まれたくて綺麗になりたいって思ったんじゃない! こんな人に見られたくて、ドキドキしてたわけじゃない! わたしはっ……わたしはっ!
「はっ、ばぁ~かっ。怯えてる女が男の俺に勝てるかよっ……! いいからっ……とっととぉお……!」
「───! いっ……」
力を込めて抵抗すればするだけ、その反動で力が抜けていく。
対する男は全然余裕で、塀にわたしを押し付けるようにして一層の力を込めて衣服を剥ぎにかかる。
……もう、諦めるしかないのかな
ふと。
家族に期待を持たなくなったわたしが、そう呟いた。
諦めてしまえば。諦めちゃえば、全部楽になるよ、って。
だって、どうせ、見てもらいたい人は妹の恋人だ。
いくらわたしがアレに期待していたって、清孝くん……タカくん相手じゃそうならない可能性だって。ううん、タカくんが相手ならそうならない可能性の方が高い。
妹は飽きやすい。
妹がタカくんと付き合うことになった、とわざわざ言いに来た時、それを思い出してわたしは目を瞑った。
きっとすぐに飽きるに違いない。そのあとに、わたしが、なんて。
一番最初の彼女さんにもなれないわたしだけど、頑張ってみよう、って……妹が飽きるまで、精一杯頑張ってみようって、自分を磨いてたのに。
ほら、結局一年以上も続いてる。相手、タカくんだよ? 飽きるわけないでしょ。
力が抜けていく。
男がニタァって笑って何かを言う。
そうだ、どうせ、わたしがなにをしたって、報われることなんて───
【……いい? 頑張り屋のかおりさん。頑張れなくなった時は───】
───!
「っ……んぅうっ!!」
人を塀に押し付けて、震える足の間に自分の膝を割り込ませてこようとした彼のソコに、思い切り膝を持ち上げた。
ごちゃっ、って柔らかい感触。
「あひょぅ!?」
びくんっ、と跳ねる体から力が抜けた瞬間、彼を突き飛ばすのと同時に足を引っかける。
自分からわざわざ重心をこちらに預けてきていた男は、難しい動作も必要とせずに尻餅をついた。
あとは簡単。男に襲われた時のどったんばったん護身術講座。
男は尻餅をつくと、多くの場合M字開脚のようになる。足を引っかけて倒せば余計に。
【じゃあ復習。男の弱点は?】
「───!! ふんっ!!」
そして、そこへスタンプ。
柔らかいものを踏み付ける感触と一緒に、男はぎゃあ、なんて短く叫んで……股間を守るようにして、丸くなって動かなくなった。
「はっ、はっ、はぁっ、はぁ……!」
身体が震える。筋肉が恐ろしいくらいに緊張してから解放されたみたいに、びくく、びくびくって震えて、息も荒れて。
ここから離れて初めてやり遂げたって言えるのに、体が上手く動いてくれなくて。
「ひ、ひっ……! て、め……よ、よぐも……!!」
「!?」
男は口の端に泡をこぼしながらも、わたしを睨むように見上げている。
都合よく気絶、なんてことにはなってくれない。物語みたいにはうまくいってくれない。
そうなれば当然、都合よく助けなんてくるはずがない。
緊張に緊張を重ねたわたしの体は強張りすぎて、震えるだけで満足に動いてくれなかった。
恐怖に怯えるだけで体が疲れてしまうなんて、情けないにもほどがある。泣きたくなるくらいの不甲斐なさに、塀を伝ってでも逃げようとするけど、やっぱり体は上手く動いてくれなくて。
「は、は……はははは……! もう許さねぇ……! マジ許さねぇぞクソアマが……! 人がやさしくしてりゃあ付け上がりやがってよぉ……! もう段階踏むのはやめだ……! てめぇはここで、泣こうが喚こうがぐちゃぐちゃに犯してやる!」
「……!」
内股で、震えながら立ち上がるそいつに、体が余計に強張る。
もうやめて、わたしがなにをしたっていうんだ。心がどれだけ弱音を吐いても状況は変わってくれない。
逃げたいのに足が震える所為で、今度はわたしが地面に蹲っちゃって。その瞬間、男が欲望に満ちた顔でわたしに倒れ掛かって来て───!
「いやっ……やだっ、やだぁあああっ!!」
「ひふふへへへへ……! うるせぇなぁ叫ぶんじゃねぇよぉ! はぁ、はぁ……! そ、そうだ、まずはそうだよなぁ? 服引ん剝くのに夢中で忘れてたぜ……! ほら、腕どかせよクソが……! まずはそのデケェ胸とか触らせろよ……! なぁ、おらよぉ……!」
男の手がわたしの腕を掴んで、身を守ろうとする力を強引に削いでいく。
身体を守るのに必死で、段々と地面に倒されていくのに抵抗が間に合わなくて、やがて完全に組み敷かれてしまった頃。
「……お巡り、さん……! こいつ、です……っ!」
そんな、聞く人を心底怯えさせるような低い声が聞こえて、目の前に迫っていた顔が絶望に染まった。
次の瞬間にはわたしにまたがっていた男の股間がごちゃあと蹴り上げられていて、男はわたしの目の前で白目を剥いて、引っ張られて、立たされて、どしゃっ、ととある人に押し付けられていた。
「っ……、~……」
たす……かった……? 人が、人が来てくれて……ぁ、そ、そうだ、人が少ないからって、家がないわけじゃない。
誰かが見て、警察を呼んでくれたのかも。そんな期待がようやく心に届くと、今度はぽろぽろと涙がこぼれて……
「はぷっ!?」
そんなわたしが、今度はそっと抱き起こされて、ぎゅっと頭を抱き締められた。
誰───なんて体が拒絶しようとするのに、その匂いが鼻に届くと、体は勝手に力を抜いちゃって。
「は、は、ふぅ、はぁっ……! 遅く、なって……ごめん、ね……っはぁ、はぁ……!!」
それは、わたしがずうっと聞いていたい人の声で。ずうっと傍に居たい人の香りで。温かさで。どれだけ走ってくれたのか、その息は本当に絶え絶えで。
「タ、カ……く……」
「~…………ふぅ……っ……! ……ん、はい。頑張り屋さんのお供、キヨタカくんですよ」
さらり、と頭を撫でられた。……きゅう、と胸が締め付けられて、でも苦しくなくて。
今度は嬉しいって感情方向で力が抜けていくのを感じると、他人とは距離をとる自分なのに、安心しきってる事実に自分でもちょっぴり呆れる。そうして呆れる余裕が生まれると、今度は涙が止まらなくなった。
-_-/重森清孝
───……間に、合ったぁぁぁぁ……!!
深い深い安堵と一緒に、勢いでかおりさんの頭を抱き締めてしまったことに気づく───も、離したくないって意識が意識と勝負するまでもなく勝ってしまい、抱き締めたまま、その頭をなでりなでりと撫でてしまう。
幸い拒絶されることもなかったんだけど───やべぇ俺汗臭くないか!? ていうか頭とか抱き締めて、汗まみれになってないか!? 心配するとこそこかよ、な気持ちはあるものの、
「あー……キミ、相当エグいことしてるね。真面目に質問したいんだが……キミねぇ、人の人生潰しにかかって楽しいかい?」
「ぁ……ぃゃ、それは……」
「本番まではまだ、っていったところか。脅した女子高生を侍らせてハーレム気取りでもしたかったのかな? あーあー、このスマホだけで出るわ出るわ脅迫罪の物的証拠」
「ほっ、本番はまっ……し、してないっす! ほんとっす! ほ、本気じゃなかったっつーかっ、ほらっ、冗談! 冗談で言っただけでっ……」
「泣きながら下着姿にさせられてる女の子の写真、持っておいて? 冗談? ……女性ナメんのも大概にしろよクソガキ。女性は男のオモチャじゃねぇぞ。てめぇみてぇなクソどものために親は育てて来たわけでも、その子も育ったわけでもねぇんだよ」
「~……ぁ、で、でも俺、まだ未成年だし、逮捕とかは───」
「なに言ってんだお前。14歳以上なら未成年でも逮捕出来るぞ」
「え───で、でも少年法とか……」
傍でこんなポリスボイスを聞いてると、さすがに大人な方向に思考が向かうことはないっていうか。
ここまでの道のり、全力で、アホみたいに必死の形相で走っている俺を見て、ポリススクーターに乗った歳のいったオジサマポリスが仲間に加わってくれた。
大事な女性が危険なんですって言うと信じてくれて、でも既にそんな遠くもない距離だったから、こうして二人で……かおりさんに跨っているクズ男を捕らえることに成功した。現行犯逮捕って感じだ。状況的な証拠もそうだし、スマホを取り上げれば出るわ出るわの脅迫用の画像画像画像。
連絡先にまで【こいつはもう少し】とか【新しい獲物】とか書いて登録していたことから、もはや言い逃れが出来るはずもなく。
「キミら……はぁ。お前ら未成年者は、すぐ少年法が~とか言い出すけどな。今の時代、そんなものはなんの役にも立っちゃくれないよ」
「は、は……? 警察がなに言って───」
「たとえ逮捕出来なかったとしても、周囲がお前を今まで通りの目で見ちゃくれない。不良なんかはハクが付く、なんて言うだろうが……今の時代、付くのはハクなんかじゃない。逃げられないネット社会からの終わらない嫌がらせだ」
「───!!」
「誰が、とは言わないがね。キミの行動は撮影されて、有名な動画サイトに投稿されているよ。急に女の子を塀に押し付け、写真を撮り、脅迫。それからの汚い言葉もしっかりと」
「な、な、な……だ、誰、誰が───」
「誰だっていいだろう。キミは嫌がる女の子を下着姿にして、写真に納めただろう? そこに本人の同意はきちんとあったかい? 嫌がる様子がこれっぽっちもなかったって?」
「どっ……同意だよ! じゃなきゃ女が下着姿になんてなるわけっ……!」
「写真を撮ってもいいと?」
「そっ、そ、そう、だ! そうだよ! 俺は悪くねぇ!」
「───……本官には可愛い娘が居る。産まれてくるのが遅かった子でな、高校生になるまでを見守っていたら、こんなおっさんになってしまった」
「は、は……? それが───」
「そんな娘がな、一緒に食事を摂っていた時、急に泣き出したんだ。ぽろぽろと涙をこぼして、私と妻を見ながら。……娘の夢は、私と妻のような、いくつになっても仲睦まじい夫婦でなぁ。そんな私達を見て、娘は泣いたよ」
「だ、だから! それがなん───」
「───言わなきゃ分からんのか? この下着姿にされて泣いている女の子は、私の娘だ……!! 綺麗なお嫁さんになって、お父さんとお母さんみたいに笑い合える夫婦になりたいと言っていた、かわいいかわいい私の娘だ───!!」
「───、……ぁ」
さあ、とクズ男の顔が一気に蒼褪めた。
「正直私はお前を殴り殺してやりたいよ。今すぐここで、私が力尽きるまで殴り抜いてやりたい。顔面が潰れようが頭蓋が砕けようがだ」
「っ……ひっ……」
「キミは言ったな? 俺は悪くない、と。では何が悪い? キミにスマホを買い与えた親か? スマホにカメラ機能なんて付けた会社か? ……違うだろう、そんな行動に出たキミこそが悪だ。女性を自分の欲求を満たす道具としか思っていない、貴様こそが悪だ……!!」
「ふ、ふざっ、ふざけんなっ! 俺は誰もが思ってることをただ実行しただけだ! 誰もがやらねぇことをやってみせただけじゃねぇか! 同意さえ得られりゃ最初なんてどうだっていい! 日本の法律なんて所詮そんなもんじゃねぇかよぉ!!」
「───」
恐怖だの罪悪感だの、威圧感に負けた部分もあるんだろうけど、そいつは焦りのあまりに言っちゃいけないことを言った。
そいつは途端にハッとして、腰を抜かしたままにガタガタを震えながら後退ろうとして、失敗を続ける。
警察のオジサマの手が腰にゆっくりと動いたあたりで、“最悪”を予想したのだ。
「……たとえば。本官がここで銃を手に、キミに言うとする」
「は、ひ、ひ……っ……待……」
「本官は脅してなどいない、キミは本官に殴り殺してくれと懇願したと言え、と。キミはそれを法律だからで納得して、笑って死んでくれるのか? 本官に、キミを殴り殺させてくれるのか?」
「ぁ……ひ、ひぁああああっ!! ごめごめんなさごめんなさいごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさい!」
男は土下座のように蹲ると震え、アスファルトにこすりつけた頭の上で両手を組み、命乞いをした。そんな男を見て、警察のオジサマは無表情のままに、ぽそりとこぼす。
「娘を泣かせた男を見つけたというのに、その証拠も手にしたというのに、殴れもしないなんて……難儀な仕事だな。悔しすぎて涙が出てくる」
握られた拳は、ギチ、ギチ、と音を立てていた。
きっとここで俺が思い切り男を殴ったところで、彼の気は晴れないんだろう。俺だってきっと、殴った程度じゃ気が晴れたりしない。
だからせめて、と考えながら───かおりさんをぎゅう、と抱き締めながら、この場所が斜め上から見える家を探した。その先で───ぱたん、と二階の窓を閉める知り合いを見つけた。
「───」
クラスメイトの佐村くんだった。動画をUPしたのはたぶん彼だ。
車から幼馴染を助けたことで、喉と足を痛めてしまい、上手く声を出せず、歩くのも大変な彼が、誰より早くこのことに気づいて、取れる手段を考えてくれたのかもしれない。
……地元の人からしてみれば、身元バレとか簡単にされそうな場所なのに。そうじゃなくたって、“女が襲われてるのにのんびり撮影かよwww”なんて事情も知らない奴が書いたり、くだらない特定のために家まで来るかもしれないのに。
なんて思っていたら、近くの家の玄関扉がズバァンと開かれ、血管ムキムキで憤怒の表情をしたおっさんがズカズカと道路まで歩いてきて───
「マジで居やがったこのクソガキャアアアア!! 人様ン家の近くで女性に暴行とかなに考えてやがるオゥルァアアアアアッ!!」
「ぎゃびゅぅっ!?」
……遠慮無用の拳が、彼の顔面に真っ直ぐ突き刺さった。
すぐに警察のオジサマが止めるけど、その胸中は相当複雑なんだろうな……。
ていうか……あれ? なんか……なんかどんどん人増えてないか!?
「うわっ! マジであの男が居る! ……殴られてるけど。あっ、あっちのって動画の女の子じゃん!?」
「マジだ……急いできたけどカレシ間に合ってよかったわー……っはー、ムナクソになんなくてマジよかった……」
「てか動画UPした奴も止めに入るなり叫ぶなりできたんじゃね?」
「おま、それちゃんと*注あったっしょ? 事故で喉と足やられてて動けないっつってんじゃん」
「……あ、マジだ。うわー、勝手なこと言っちゃった、罪悪感ー……。あ、でもなんか投げたりとか───」
「そんでびっくりした男があの娘んことベツんとこ連れてったら? もう動画UPしても意味ないっしょが」
「……うわ、今俺投稿者クンマジリスペクト」
「なーっ! いい仕事だわー!」
……佐村クン、マジグッジョブ……!
でも、警察官さん声とかも拾った、って言ってたけど……そんな大声で騒いでたのか、あのクズ。や、お陰で俺も特定しやすかったっていうのはあったけどさ。馬鹿だね、何かに夢中になると声がデカくなるタイプだったのか。……や、考えるまでもないか。何よりも自分の意思ばっか通したいヤツって、誰かが喋ってても無理矢理声デカくして通そうとするヤツばっかだし。俺のクラスにも居たなぁ……はぁ。
「ぶはっ! おいおいあのガキションベンたらしてる! 女襲っておいて、殴られて漏らすとかっ……!」
「いやまあ、あのオッサン顔めっちゃ怖いからわからんでもないけど。とりあえず自分の欲望最優先で誰かに迷惑かけるヤツとか心底嫌いだから───……動画、撮っとこう」
「ほんとなー……ああいうヤツ、絶滅すりゃいいのに」
「あぁでも、恋する女の子を馬鹿にすんなーだっけ? あのJK、脅されてんのにマジ勇敢だったよな」
「あそこで刺激するようなことを言っちゃうのはちと無謀だったと思わなくもないけどな」
「や、それであの男の家行ってる途中で彼氏クンに偶然見つかっちゃってーとか、知り合いに見られちゃってーとか案外あるもんだろ。そうじゃなくても知り合いのおばさまが偶然見ちゃって、あんらあららーとか言って言い触らすのな」
「ぬむっ……それは、たしかに否定できないな。言って正解だったのか。……強いな、あの娘」
ヤジウマの皆様がいろいろ言う中、かおりさんは顔を真っ赤にして俯いている。
むしろ心配した様々な年代の女性が俺達の方に来て、かおりさんをめっちゃくちゃ心配してくれた。
「ひ、ひぃいいっ!」
「あっ! てめぇ! 逃げんじゃねぇ!」
そんな、俺達の視界が女性で囲まれた時、警察官に止められながらもおじさんにボコられていた彼は逃げ出した。「ちょっ……」と思わず声が漏れたところで、
「っ……お、おい! なに道塞いでんだよどけよデブ!」
その先を、二人のいかにもなオタクルックな二人が塞いで見せた。
「ぷふー……おやおや、某はただここに立っているだけでござる。強姦未遂犯殿の言うようにデブで、素早くなど動けないものでしてなぁ」
「ぷっふふ……! 人の見た目をすぐに罵倒文句に変え、無遠慮に叫ぶなどなんたる底辺思考……! 人を思いやる心がこれっぽっちもない証拠ですな……! とりあえず怒鳴っておけばいいなどと、人としての行動が下半身にばかり流れている証拠ですなぁ」
「っせぇなちょっ……どけよ! 道開けろってんだよ!」
「おお、ポリス殿こちらでござる。拙者今蹴られてるでござるよ」
「ご安心くだされ、某たちはこれっぽっちも相手に危害を加えておりませぬゆえ」
「ちっ───」
「おおっとぉ!? なんだか拙者、突然反復横跳びしたくなったでござる!」
「それは妙案! デブと面と向かって言われては運動をしないわけにはいきませぬなぁ!」
「「レペティション───サイドステップ!!」」
「は、はぁっ!? ちょっ……邪魔だっつってんだろうが! どっ……! テメどけよ! どけってんだよ!!」
「大海を知るがいい小僧……! 世にはいくらでも、太っていても呆れるほどに体力のある者や、体質としてそうなってしまう者も大勢いることを……!」
「ところで犯罪者殿は邪魔だと言われて退くのでござるか? 退かぬよなぁ? 自分がやらないことを平気で押し付け罵倒するなど、ぶふっぷふふ……! つくづくっ……!」
言われたことに顔を真っ赤にして叫び、無理矢理突っ込もうとするクズ男だったけど、その巨体を押し退けることすら叶わず、
「……おい、俺達も」
「んだな。オタクくんたちもケッコーやるじゃん」
「てか反復横跳びって……っくっはははは……! どれくらいぶりだよやるの……!」
さらにはヤジウマくんたちがクズ男を通せんぼするように道を塞ぎ、反復横跳びをし始めた。あくまで相手に危害を加えず、何を言うでもなく、リズムに乗って。
「なんでだよ……邪魔すんなよくそがぁああっ!!」
「邪魔ではないよ。強姦未遂犯を足止めしてくれてるんじゃないか」
「ヒッ!?」
叫ぶクズ男の肩を、グワシと掴んで押さえる警察官さん。その手には相当な力が込められているのか、クズ男の顔が一気に歪んだ。
「市民や通行人のご協力に、感謝します」
「ぷふー、いえいえ拙者らはそこの男に急にデブとか言われて傷つき、なんだか急に痩せたくなって運動を始めただけでござる」
「しかし自分の仕出かしたことに一切の責任も持たず、傷つけるだけ傷つけておいて逃げ出そうなどと……人の風上にも風下にも台風の目にも置けぬでござるな。相応しいのはギガティックサイクロンの中だけ、というやつでござる」
「「というか───」」
と、ここで格好が明らかにオタクですなふくよかな男性二人が、チャッ……と眼鏡の位置を変えると、声色を変えた。
「未遂で終わったのは人が来たからだろ?」
「誰も止めなけりゃ最後までいって、絶対に一層、あの娘を傷つけた」
「未遂なのはたまたまであって、てめぇは立派な犯罪者だよ。だから───」
「「てめぇでやらかしたことにはてめぇで責任持ちやがれよ」」
そこには、先程までのどこか芝居がかったような雰囲気はなく、本気で怒っている男二人の声色があった。
その雰囲気に飲まれてしまったのか、クズ男くんは「ぁ……ぅぁ……」なんて小さな声を漏らしただけで、抵抗もなく───いや。パトカーが来たあたりで奇声をあげて逃げようとしたが、その片腕はしっかりとオジサマに握られており、さらにはどこかチャラっとした男性にも片腕を掴まれ、ぁああああと叫んだ。
「お前さぁ、ほんといい加減にしろよ? てめぇみてぇなクズが格好ばっか真似て最低行為ばっかすっから、俺達までクズみたいに見られんだよ。さっきもあっちのオタ……いや。男二人が言ってたけどよ。てめぇでやらかしたことにはてめぇで責任持ちやがれよ」
「ぁ……」
髪は金髪、肌は焼けていて、ピアスとかもすごい。けど、細マッチョな彼は掴んだ腕を離すこともなく、というか片腕ずつ警察のオジサマとチャラ男さんに掴まってるから逃げられるわけもないんだけど、パトカーからポリスさんが降りてくるまでしっかりと掴まえたままだった。
……。
こうして、様々な誤解と面倒とが重なった騒動は終わりを告げた。
クズ男のその後は知らないし、かおりさんは知りたくもないってことで、実際にされたことを事細かに話し、俺は俺で通話録音状態だったからしっかりとクズ男くんの言葉等も証拠として持っていたため、クズ男くんが減刑されることはほぼないんじゃないかなぁと。
結局その後どうなったかはかおりさんが両親に丸投げして、頼られたことが嬉しかった両親さんは喜びと、そんなことが起こっていたとはという激怒でそれらを引き継ぎ───といってもこちらで出来ることなんて話を聞くくらいしかないため、より一層にモヤモヤと憤りを溜める結果になったみたいだけど。
「………」
「あ、あのー……かおりさん?」
で、現在。
俺の部屋にて、かおりさんは俺に抱き着いたまま離れないわけで。
あの事件から既に一週間が経った今でも、かおりさんからの抱き着き⇒スリスリコンボが止まらない。あんな奴に圧し掛かられてしまった体に、少しでもあの男の匂いや痕跡があるかもと思うと、吐きそうになるくらい嫌なんだそうで……その。あの日から今日までもうほんと、距離を零にしたスキンシップがすごい。
「あの。かおりさんの両親にはその……同棲の許可も貰ったし、なんなら父さんや母さんだって、俺に同棲を許可されるほどの彼女が出来た~とか喜んでたけどさ。なんならゆかりのことなんて一切話さなかったから、初カノか~とか言われたけどさ。許可されたからとかじゃなく、そうしろって言われたからじゃなくて。俺……ちゃんと、かおりさんのことが好きですから。ずっとずっと前から、あの日……あなたの家で初めて会った時から、あなたのことを俺が、幸せにしたいって思ってた。あ、いや、思って、ました。あ、過去形って意味じゃなくてっ! あ、あー……すいません、久しぶりで緊張しして、敬語みたいなのさえ上手くできなくて」
「………」
かおりさんはぎゅうっとしたまま離れない。
しかし緊張してるっていうのは本当で、好きな女の人にこうしてぎゅーってされて、緊張するなってのは無理だ。しかも自分の気持ちを吐露するなんて場面。無理です緊張します。でも伝えるべきは伝えるべきなので、ここで黙るは吉にあらず。
「ゆかりに付き合ってると思わせてたのは、あいつに“そうしなきゃ襲われたって両親に言う”って脅されてたんです。本当はあの日、かおりさんに告白するつもりで家に行ったのに、あいつに捕まって。……ゆかりは飽きやすいからすぐに終わると思ってた。一年以上も続くなんて思いもしませんでした。本当は……ずっと、かおりさんの傍に居たかったのに」
部屋を探して部屋の契約、学校への報告等をしている内に、気づけば一週間経っていた。その間中、俺と会えればギュムーと抱き着いてくるかおりさんは、それはもう甘えまくり状態……といっていいのだろうか。いいのだろう。はい、いいってことで。
ただ、婚約者という形に納まり学校に報告、不純異性交遊ではなく双方の家族同意の上での同棲であると知ってもらっているため、注意は受けない。むしろ俺が18になったら結婚することが確定している。
べつに結婚したからっていきなり働けとは言わんから、しっかり足元固めてゆっくりと大人になっていけばいい、なんて双方の親からは言われている。
「あの。かおりさん? 嫌なこととかあったら言ってくださいね? 俺、かおりさんに好かれる努力なら全然惜しみませんから。……俺、本当に、本気で、やばいくらいにかおりさんのこと、好きですからね? 学生だし社会の厳しさも知らない若造だから、暴走することなんてないようにしますけど。俺、本当は抱き締めて撫でまわして何度だって想いをぶつけたいくらい好きですから」
「…………べつに、いいよ?」
「……ホ?」
「抱き締めても、撫で回しても……いいよ? わたし……タカくんのこと、好きだし、好きでいてくれると、わたしも嬉しい……よ?」
「───」
ごぎん、と自分の理性を即座に鎖で雁字搦めに縛り付けた。
理性さんがもっと早く動かなければ、むしろ押し倒していたかもしれない。
それはだめだ。それは、信じて送り出してくれたかおりさんの両親や、俺の両親の信頼を裏切ることになる。
でも……でも、ああ、でも……!
「それとも……年上なのに、甘えたがりの女の子なんて……嫌い?」
鎖は俺の心に眠る益良雄がブチーンと引きちぎった。
髪の毛が三つ編みにされたモミアゲだけの、なにやらマッチョでパンツ一丁のオカマっぽい何者かがサムズアップしてたけど、きっと幻覚だろう。
だから、俺の理性を縛るものはひとつしかなかった。この人を幸せにしたい。それだけを理由に抱き締め、大切に、乱暴にしないように……ドチャクソ撫で回した。今まで出来なかった分を、離れていた分を、埋めるように縮めるように、それはもう褒めたし撫でたし抱き締めた。
かおりさんは、まるで愛猫家が猫の腹に顔を埋めて吸うかのように、すぅー……っと俺の胸の中で息を吸うと、ぼふー……! と、まるで俺の服の中に熱い熱を吐き出すかのように、息を吐いた。熱い。
で、ぷはっ、と胸から顔を持ち上げると、はたと俺と目が合って……にこー、と幸せそうな顔で笑ってくれるのだ。可愛い。
それから、ぐりぐりぐりぐりー……と胸に顔をこすりつけられ、体ごと寄ってくるように抱擁と体重移動が迫ってきて……気づけば、ぽすんとベッドに倒れる俺とかおりさん。
ベッドと男女。寝転がる。イコール───などと心がとってもドキンコしたものの、
「…………」
「………」
じーっと甘えるような視線……と言えばいいのか、安心しきった顔が俺の胸にあって、そんな彼女が穏やかなままにそこにあってくれる。慌てるでも申し訳なさそうにするでも、急に俺に男を感じて飛びのくでもなく……ただ、安心してくれていることが嬉しい。
「………」
「………」
たぶん、だけど。勝手な男の妄想かもだけど。ここで抱きたい、と言っても嫌がられなかったんだと思う。
でも、なんたることか。健全なる男子たる自分がまさか、それを選ばないとは俺も思わなかった。俺も男だ。そういったものには興味はあるし、むしろ強い興味は存在している。今だってそうだ。それに……漫画や漫画動画を見た時に、こういう場面になって手を出さない男になにやってんだーとか思った筈なのに……今はやさしさしか沸いてこない。
ベッドに二人、抱き合いながら寝転がって……掛け布団まで被ってもなお、俺はかおりさんを改めて抱き締め、時折好きだを伝えるだけだった。マイサンも反応しない。ただただ穏やかな心のまま、じゃれ合うように二人、布団の中でごろごろと抱き合った。
そうしてふと、かおりさんの顔を見て……ああ、なんて思った。
ようするに俺は、安心してほしかったのだ。大して知りもしない男に襲われ、怖い思いをしたかおりさんに。俺の傍でなら、俺って男なら、あなたが怖がるようなことはしないと……そう、確信を持ってほしかった。けど、杞憂にも程がある。一緒に居る間はぎゅうっと抱き着いて離れなかった彼女に、なにを今さら俺は、遅すぎる願いを抱いているのか。
「かおりさん」
「……うん? なにー……?」
声をかけると、ぽやーっとした返事が来る。どうにもおとろけあそばれているようで───ああちくしょう、腕の彼女がいとおしい。などと川柳っぽく思考を巡らせてないで。
「……好きです。改めて、俺と付き合ってもらえますか? …………あ、あー、その。同棲なんてことになってまで今さらなにを~とか思うかもですけど、こういうのはやっぱりちゃんと言っておくべきだって、そのー……」
告白。のあとの少しの沈黙にも耐えきれずヘタレな俺が産声をあげるともう止まらない。こういう時の男って弱くてダサいなーとか思うあたり、俺もやっぱり年頃男子なんだなーって思う。
けれどもかおりさんはそんな俺の口に人差し指を当て……ようと思ったら、タイミングが合わなかったのか俺の口の中に指を突っ込むことになってしまい、はぷり、とその指を銜えてしまう俺。
「………」
「………」
お互いに格好がつかない空気が流れた。うー、なんて目を閉じ口を波線にして顔を赤くしながらも、羞恥に耐えては言ってくれる。
「あの……うん。口にするって、大事なことだと思う。言わなきゃ届かないことって、きっといっぱいあるだろうし……好きって気持ちは、何度だって言って欲しいし言いたいなって思う。わたしはたぶん……何度だって言ってもらわなきゃわからなくなっちゃうような馬鹿な子かもだからさ。わたしも……好きだなぁって思ったら言うようにしたいな好きです」
語尾。ほんとはもうちょっと溜めて言いたかったんだろうけど、なんか勝手に漏れたみたいな好きですに、うあー、と余計に顔を赤くして唸るかおりさん。俺の口から指を抜くと、照れるみたいに、苦笑するみたいな顔をして。
「ごめんね。待ってないで、どんどん向かえばよかった。初めての彼女さんになれなかったわたしだけど、それでも……一緒に居てくれますか? 受け入れてくれますか? あの、わたし、たぶんす~っごくめんどくさい女だと思うよ? 寂しがりだし甘えたがりだし、嫉妬もすっごいしちゃうと思うし、こんなことで!? なんてことでいじけることもあるかもだけど……」
ああうん、そこはなんとなく、あいつの姉ではあるんだなー的な部分ではあるんだと思う。けど、あいつに比べたら絶対めちゃんこ可愛い。むしろいじけてみて、嫉妬してみて、少ししたら“あれ、大丈夫かな、嫌われないかな”って心配になって自分から寄ってくるような犬猫チックな人だと思う。それをいつか面倒と感じるか否か、なんだろうけど……なんだろう。ずっとずっと、抱き締めて頭撫でて背中撫でて、甘やかしまくりつつ好きだを伝える自分しかイメージ出来ない。
「……実は、ですね」
「? うん……?」
「俺、ゆかりに脅迫告白された時、付き合う、だなんて一言も言ってないんです」
「…………ほえ?」
「私の恋人になりなさい、って言ってきたあとにいろいろと脅迫文句を言ってきたから、“そんなことをされたらたまらない、ていうかそれパシリとか従僕みたいなのが欲しいだけだろ”って言ったらすっげぇ悪い顔していろいろ言ってきて。で、返事しないままに“あんたはあたしの言うことを聞いていればいいのよ”って言って、パシリ的従僕が完成したわけで」
「───…………え? じゃあ?」
「俺、あいつと恋人気分で居たこと、一切なし。ていうか返事してないし。むしろあんな言い方されて“やったー恋人できた~”って思える人が居るなら見てみたい」
「………」
「かおりさんのご両親には、奴隷契約……ごほん。一応の恋人もどきの関係をぶち壊すためにいろいろ言いましたけど。……俺は、相手に勝手に決められて、従わせるだけの行動に付き合わされるのは、恋人関係だなんて言わないと思う。だから───」
「う、うん」
「俺の、初めての恋人になってください、かおりさん。初恋が実らないなんて言うなら、何度だって好きになってください。何度だって好きになります。喧嘩したっていい、仲直りだって何度もしましょう。そのたびに初恋をもっとすごい恋に変えていきたいって思います」
「……学生の恋愛って、長続きしないって言うよ……? 恋に恋してるのが多すぎて、お互いがまだ子供な思考から抜け出せない所為で、思ってたのと違うって……そうして別れるって」
「直せるものは直していけばいいんです。苦手なものがあったら言ってください。苦手なものがあったら言います。直せるなら直して、好きで居続ける努力も、もっと好きになる努力もしましょう。それは、俺達二人が頑張らなきゃ続かないものだって思いますから」
「……!」
俺を見つめる瞳が、潤んだように輝きを増した気がした。直後、彼女の腕は俺の胴から外れ、首に伸ばされて。むぎゅー、って強く強く、逆に抱き締められた。こう、頭を胸に抱くように。さっきまでとは逆の体勢。そして、豊かなお胸の感触に、俺は───……あ、やばい、すっごい心穏やか。心地いい。なんだろ、この人を力強く穢したいとかそんな気持ち、ちっとも湧いてこない。それよりもただひたすらに幸せにしたい。
ここで男の欲望を
「……好き」
「はい」
「だいすき」
「はい」
「~……好きー」
「ふふふっ……はい」
ゆりかごを漕ぐように、俺の頭を抱き締めながら、ゆらゆら動くかおりさん。
その過程、何度も好きを届けてくれて、返事をするたびに照れるような雰囲気が声に混ざって、その度に声がとろけていく。それがおかしくて、いつしか笑いながら、はいと返事をしていた。それから俺が、返事をはいから好きですに変えるまでそう時間は掛からず。お互いに気持ちを確かめ合う方法を、早くも構築した俺達は……休日の間中は、布団の中でじゃれついては、好きを言い合う仲に落ち着いた。
……。
たまに人体ってどうなってるのやら、なんて思う時がある。
「清孝、お前どしたん? ここ最近やたら調子いいじゃん」
友人にそう言われて自覚した。最近、自分が随分と好成績を残せていることに。
勉強でも運動でもいい感じで、前より明るくなった、なんてよく言われる。いや、明るくなったのはあいつと別れたからなんだが。あくまで奴隷契約解除って意味だから、俺はちっとも傷ついてないし失恋だとも一切思っていないのだが。
「あー。ゆかりっていう束縛が無くなったからだろ。やっぱ幸福感情って人を強くするもんだと思うし」
「あー……ありゃひどかった。あそこまで人って猫かぶり出来るんだなって」
友人であるこいつ、岡崎総一郎には録音したブツを聞かせてある。めっちゃくちゃドン引きしてた。多少太ってきたものの、まだ一応は人気者であることは変わらんのだ、あの悪魔は。なので、あのゆかりちゃんが……! なんて思ってしまうのは仕方がなかったようで。
「けどほんとにいいのか? 今までされたことを暴露する~とかは」
「今が平和ならそれでいーよ。むしろあいつが女子とか味方につけて難癖つけてきた時にこそ、その味方につけた女子連中にアレを聞かせたい」
「……キキキ……! 重森の、そちも悪よのぅ……!」
「コココ……! いえいえお代官様ほどでは……!」
「いや俺がなにしたよ」
「それもそうだった」
こいつとの友人関係は昔からだ。よく言う男の幼馴染。ゆかりと関わる前からだから、かなり長い付き合いだ。
けれどもある日に出会ってしまったゆかりのことが好きだったようで、なにかっていうと俺に嫉妬を向けてきていたのだが……今回の件で、ゆかりと別れたってほんとか!? なんて言ってきた時に、俺は口の前に“静かに”、と促すように立てた人差し指を持っていき、録音したブツを聞かせた。もちろん、これまで俺がされてきた仕打ちに関する録音もだ。
そして彼はドン引いた。ドン引いて、俺に真剣に、本気で謝ってきた。そのマジっぷりに俺こそがドン引いた。つまり、根は本気でいいやつなのだ。なので、俺は最愛の女性と親友ってものを、あいつと別れたお陰で手に入れたってことになる。
雑誌の広告であるような胡散臭いネックレスの広告のように言いたい。下僕関係から抜け出したら恋人と親友が出来ました! とか。
そんな放課後の今に───
「あ、あの。タカくん───重森清孝くんをお願いします」
俺の恋人さんは、顔を赤らめて教室の引き戸前付近の男子にそう言うのだ。
引き戸付近の席の大前大吾くんは、そんなちょっと恥ずかしげに後輩の教室に来るかおりさんに、デヘヘどころかディェ~フェフェフェと劇場版ハート様のようなテレ笑いでゴリラ顔をテレテレさせつつ、俺を呼びに来るのだが。
「ちくしょう……! なんでお前ばっかり……!」
俺の傍まで来ると、大変悔しそうに、俺と総一郎にだけ聞こえるように羨ましさをこぼすのだ。
「やーめとけやめとけ大吾。嫉妬って、あとですっげぇ虚しくなるから。経験者は語る」
「だってよぅ……! ゆかりさんと付き合ったあとに、その姉の……! あんな年上美人とか羨ましいじゃねぇか……! ていうかゆかりさんと別れるとかお前なにかしたのか……!? あんな、後についていきまくりの、なんてーか恋人ってよりは従者レベルで付き従ってたのにさぁ……!」
かおりさんに気を使ってくれているのか、小声で叫ぶ、なんて器用な真似をしつつ、大前大吾くんは語る。
「わーお」
「ほれみろ清孝、分かる人にゃあ分かるんだよ」
「なるほどなー、まあむしろ隠しきれなかったのはあいつだと思うけどな。あー、大前くん? 俺べつにゆかりと恋人関係になったことなんて一度もないぞ? それだけは絶対に譲れない。俺の初恋は、その姉のかおりさんで、初の恋人もかおりさんだ」
「………………え? え、なに? どゆこと?」
「あー……大吾? 清孝はな? 清水ゆかりと付き合ってたことなんて一秒たりともないんだよ。あいつがね、清孝を下僕として従えてただけ。脅迫されてな」
「いや。いやいや、ははは、脅迫って、あのゆかりさんが?」
「はっはっは、俺も大吾と同じ反応したよ最初は。録音されたムナクソ悪い真実知らなきゃ、そりゃもう卒業後も騙されてただろーよ。……大吾、やめとけ。ここだけの話、あいつの本性すっげぇ汚ぇ。そこらの悪ガキどもの性根を腐ったドブ水で煮詰めて残ったヘドロみてぇな性格してる。あんなのを憧れの女子とか思うな、ダメージデカすぎるぞ。あ、古い言い方になるけど、命懸けてもいい」
「…………マジで?」
大前くんが俺に振ってくるので、しっかりと頷いてみせた。溜め息混じりに。
「ああうん。俺も命懸けられるよ。なんならマジじゃなかったら目の前で屋上から飛び降りてもいいくらい。俺最初からかおりさんが好きだったし、かおりさんから聞いた話じゃ、あいつかおりさんの持ってるもの、好きなのものを、自分のものにしなきゃ気が済まない性質だったんだとさ。そこで、かおりさんに告白しようとした俺を無理矢理自分の部屋に連れ込んで恋人になれ、なんて言ってきたんだ。断ったらパパとママに“俺に襲われた”って言う、なんて脅しと一緒に。録音してあるぞ? 聞く?」
「……そういや清孝? お前なんでそんな絶妙なもん録音してんのお前」
「なんで今、“お前”二回言ったんだ? あ、あー……まあいいや。えっとな、日々が脅迫だらけだったから。録音できる用意がないと、あいつの傍になんか居られないんだよ。だからあいつを発見するたび声をかけられるたび、録音スイッチ押すようにしてた」
「うわー……あ、そういえばお前、昔っからポケットに手ぇ突っ込んでたような……え? あれってそういうこと?」
「そういうこと」
「………」
大前くんはすごいヘンテコな顔をして固まり、「OK、確認しないで鵜呑みにするのは馬鹿者のすることだ」とだけ言って───ちらりちらりと教室を見渡した。
俺達が長々と話している内に他のクラスメイトは去ったようで、教室にはもう俺達だけしか居ない。そんな教室で……俺達は静かに長く、ほぉ~……と神経を使う行為を始めるかのように溜め息を吐いた。
しかしこうなればもう気にする必要もなし、と俺はかおりさんに手招きする。ぱあっと明るい笑顔で応えてくれて、とことこと真っ直ぐ俺のところに来る彼女さん。可愛い。
「───………………うーわ」
そして、その間にドグサレボイスを俺のスマホから伸びるイヤホンで聞いた大前くんは、絶望を知った男の顔でそう呟いた。
ついでにお別れ時のボイスも聞かせると、地獄を乗り越えた歴戦の勇者のような凛々しい顔で、「頑張れ。俺、お前の恋、応援する」と応援してくれた。
「俺もうぶりっ子信じねぇ……なんだこれ、あいつの内面ここまで激烈ドブスなのかよ……! い、いや、まさか美人はみんなそうなのか……!? そういや男だって、イケメンなんて女性はみんな自分に惚れるもの、なんて態度で居るやつ多いし、この前見たテレビ番組のイケメンもなにかっつーとヘンなポーズ取って……いやうん、あれ自分で格好いいって思ってるならケッコー激痛だよなぁ……って感想しか持たなかったからそれはまあいいんだけど」
「イケメンに嫌な思い出でもあるのか大吾」
「好きだった女の子が、顔だけって理由でイケメンに走った」
「……世界って優しくねぇよな……」
「やさしいだけで好きになってくれる女性に出会いたい……! お前に分かるか!? どうせこの子も俺のことは……なんて思ってたのにやさしいし笑顔向けてくれるしで、心惹かれていった先でその子にこそゴリラって陰口叩かれてた俺の気持ち! ちくしょうもう美人なんて信じねぇ! 美人はどうせイケメンにやさしくされなきゃ心を微動だにもしやがらねぇんだ! なぁああにが大前くんってやさしいよねだ! 都合のいいお手伝いが欲しかっただけじゃねぇかざっけんなよクソがぁああっ!!」
「……あ、あの?」
「ああうん、悲しき益良雄の絶叫だから、聞かなかったことにしてあげて、かおりさん」
そう言うと、こくこくと頷くかおりさんだけど、それでもあの、と大前くんに声をかけた。
「あのね、キミがやさしいのはとっても大切な、キミが育った環境を示すものだから、誰も信じない、なんてことをしたらだめだと思うの。そりゃ、やさしくしたらやさしさを返してくれる人なんてそんなに居ないと思う。わたしの知る限りでだって、とっても少なくて泣きたくなることばっかりだ」
「………」
「でもね。やさしさは、捨てちゃだめ。いつかきっと、そのやさしさで救われる人に出会えるから。やさしくしたんだから見返りを寄越せ、なんて期待するんじゃない。この人にこんな顔をさせたままでいたくないって……そう思えた時、そのやさしさが誰かの心を救ってくれる日が来ると思う」
「……そんなこと言ったって。ゴリラに助けられて、心向けてくれる人なんてどこに───」
「ゴリラじゃない。えっと、大前くん、だったよね。大前くんは人間で、人の心が分かって、ちゃんと人の心の醜さに怒れる人だから。醜さに寄り添って一緒に笑うような人じゃないなら……誰かの痛みに寄り添える人なら……顔なんて関係ない。内面を好きになってくれる人がきっと現れるから」
「…………! ───……女神……? 女神かな……? 俺の目、真っ直ぐに見てそんなこと言ってくれるなんて……! あ、あのっ! それで俺の内面好きになってくれたなら、俺、その人にどうしたらいいんでしょう!」
「? やさしくし続けたらいいと思うよ? だって、やさしいあなたを好きになってくれたのに、急にやさしさ以外が現れたらびっくりすると思うから」
「はうあっ!」
それもそうだと大前くんは大層驚いた。そしてなにやらメモを取り出すと、そこにゴシャーと文字を書き連ねていった。
「そうか……俺がゴリラ顔で産まれたのは、俺の内面を本当に好きになってくれる相手ときちんと出会うためだったのか……! そして利用しようとするだけのクズとは絶対にかみ合わないなら、こんな嬉しい最強防具はない! よっしゃあこうなりゃぶりっ子女子とかエセ清楚女子とかクソギャル女子からいろいろ学んで騙されない男子に成長してやる! ───ま、利用がどうとか考えてても土壇場で割り切れないから、所詮いい人どまりなんだろうけどな。いい人上等! やさしいゴリラでなにが悪い! ───えーと清水【姉】さん! ありがっざいやした! 俺、これから頑張ってみます! これまでも頑張って来てたけど、方向性が違ったみたいっすから!」
「うん、頑張ってね」
「押忍! うおおおおおお! 青春ンンン!!」
こうして大前くんは走っていった。素晴らしい一歩を踏み出せたのだろう、元気に、とてもとても威勢よく出ていった。……その後、鞄を忘れたらしく、顔を赤くして口を波型になるくらいギウウと引き締めながら取りに戻り、そのまま早歩きで帰っていった。
「ちなみに大吾は後輩女子にめっちゃ人気あるぞ。頼れる先輩だーって」
「分かる気がする」
「ただ、人気があるだけであって、恋愛方面でどうかって言われるとな」
「それ、大前くんの前で言っちゃいけないやつだな」
「頼れるなら、いつかそれが恋に変わることもあると思うよ?」
「うーん、かおりさんが言いたいのも分かるんだけどね」
大前くんの青春に幸あれ。出来れば、俺達みたいにおかしなクズに巻き込まれる、なんてことはないといいなと思うのだった。
「総一郎は好きな人とか居ないのか?」
「あー、俺はしばらくいいわ。ゆかりさんに憧れはあったけど、内面があれじゃあなぁ……俺も大吾に倣って、近くの女子とか観察しつつ、人の性格とかちょっと考えてみるわ」
「なるほど」
最低な人間、っていうのは結構居る。性格が悪かったり……ああいや、最低を唱えるならそれだけで片付くのだが。性格がいいのに実は性根が……ってやつも居るものの、大体は親が原因のやつが多い。
それは親が悪いんじゃないか~なんて言うやつも居るけど、親の言いなりになるんじゃなく、個を持つ余裕があるのなら持っていたほうが絶対にいい。その余裕があるのにそうしなかったのは、そいつに原因があると言ったって許されることだろう。
や、まあ、子供の頃に親に歯向かって、子供にどんな生き方が出来るのか、なんて考えてみれば、従わざるを得ない状況なんて腐るほどあるのだが。やってられない。
だから、いつまでも性格がガキのままの親なんかは一層に最悪なのだ。それがやさしい方面で子供っぽいなら全然かまわないんだけど、悪ガキがそのまま大人になった時、その子供の世界は地獄と化す。たまらない。
(……普通でよかった)
家は普通だ。普通に、仲のいい家族。
親と親戚の関係とか全てを知っているわけではないけど、喧嘩をしているところを見たことなんて一度もない。それはとても幸せなことだ。
「かおりさん」
「うん、なに? タカくん」
名前を呼ぶと、にへら、と表情が緩む年上彼女。
先ほどからちっこく服を摘まんでいた手が、今度は腕に絡まってきて、ぎゅー、と抱き着いてくる。
そんなことされると、言おうと思ってたことを忘れちゃうからやめてほしい。
「いいなぁ年上彼女……俺も年上の女の人に甘えられたい……」
「甘えられてるじゃん、芳乃さんに」
「アネキのは甘えっつーか命令だよ。指令だよ。顎で使ってるんだよ。俺はね、彼女に甘えられたいの。あんなの甘えじゃないやい」
「姉っていっても義理なんだろ?」
「親の再婚で出来た義弟を下っ端としか思ってない存在だぞあれ絶対」
「トキメいたりは?」
「最初はなー、こんな美人な人とひとつ屋根の下ァァァァとか喜んだもんだけど、実際に義理で結ばれた姉が出来るって、すっげー窮屈だぞ。今まで自由に動けた家で、その自由が無くなった気持ち、わかるか?」
「分かるよ!」
かおりさんが即座に頷いた。まあ、彼女なら分かりそう。
感激のあまりか総一郎がかおりさんの手を両手で握ろうとするけど、それをすかさず妨害。「ぬおっ!?」とか言って俺の顔を見てくるけど、ニマーと笑ってうんうんと頷いた。
「気を取り直して……清水【姉】さん! 分かってくれるか! そうだよそうなんだよ窮屈なんだよ! そのくせ親は仲良く~とか無責任なこと言うしさぁ! そりゃあ親父の幸せのために~って再婚了承したのは俺だよ!? でもあんな姉が出来るって誰が思うよ! 美人でも性格悪けりゃ全部台無しなんだよー! もー!」
「お前も苦労してんだ……」
「うう……ちくしょう。これで実は義理とはいえ家族になるんだから、俺のことを実は好きだけど嫌いになろうと努力してた~とかだったらもう愛せるのに……!」
「その線は?」
「自分の友人にスマホで電話して、俺のことめっちゃディスりまくってるのを見た。ありゃ無理だ。心底俺のこと下僕扱いしてるわ。照れ隠しとかじゃなくてガチ。そんな光景をもう何度も見た」
「あちゃー……」
「ま、そういう話とかもう……ほら、前にお前が言ってた秘密録音? で回収し続けたから、それを理由にいつでも離れられるんだけどな。ていうか親父にはもう話はつけてあるんだ。もうあのゲスとは一緒に居たくないから家を出る」
「行くアテとかあるのか?」
「おう。うちの親父、マンション経営してるんだよ。その一室を使わせてくれるっていうから、そこから通う。姉には絶対にマンションの場所とか部屋とか教えないでくれって言ってある。教えたら飛び降り自殺するからって念書書いた上で」
「怖ぇよ!!」
「親父はなんだかんだ、俺が年頃だから一人の時間が欲しいんだろうなぁとか思ってただけらしいけど、その念書見て固まってた。で、録音したブツ真面目に聞いて真っ青になって、応援してくれるようになった。……親父の前では猫被ってるから、親父は本気で信じてなかったみたいでさ。だからマジであることをしっかり伝えたってわけだ」
うわー……性格最悪な義理の姉とか、確かに急に家に住むことになった、なんてなったら地獄だ。
「マンションで平和に過ごして、いつか恋人が出来たら部屋に呼ぶのが今の俺のささやかな夢だよ……。あの姉に気づかれでもしたら、絶対に俺の部屋を自分のたまり場とかにするぞ? そんなことになったら俺は死ぬ。マジで死ぬ。もはや照れ隠しだとしてもそれだけじゃ済まされないほどストレスなんだよあいつの存在が……!! というわけで俺は一人暮らしを始めてからようやく、ニュー総一郎としてのスイッチを入れられるんだ」
マジというかガチだった。顔からヤバいくらいのスゴみを感じた。
「でも一人暮らしを始めて早々に女性を連れ込んだら、そんなことさせるために一人暮らしさせたんじゃない、とか言われない?」
「グ……グウムッ」
総一郎が、まるで“うるさい静かに見てろ!”と怒鳴られた男性のように息を飲んだ。ニュー総一郎としてのスイッチの切り替えはまだまだ先らしい。
……と、こんな話をしている中、かおりさんは俺をちらりと見てから……にこー、と幸せそうに微笑むと、抱き着いている腕をさらにぎゅーっと抱き締めてくれる。
「うう……いいなぁああ……! 年上の恋人と同棲生活~とかしてみて~……!」
トホホイと溜め息を吐く総一郎を前に、“それ、これから俺達がすることです”とはさすがに言えなかった。
……。
それからの話……まあ後日談みたいなことになるんだけど。
ゆかりはあれから順調にデヴり、彼氏になった相手に盛大にフラれた。“はぁ!? なんでよ!”と理由を問う彼女に、彼は「いや、俺初めての彼女って大事にしたいってずうっと思ってたけどさ、さすがに好き合う努力もしない奴とか無理。外見に頓着するつもりなかったけどさ、お前内面は激烈ドブスだし、外見は朝青龍だし。あの、な? 無理だよ。普通に無理。努力したのに無理だった」という言葉を返し、破局。
それまではデヴってもデヴっても諦めずにダイエットしよう運動しようと誘い続けたらしいんだけど、ゆかりはこれを断固として拒否。努力しない相手とか無理だ、とついに折れたエース先輩はゆかりをフったというわけだ。そしてその場面をたまたま見ていた女子がその噂を広め、ゆかりは朝青龍というあだ名で呼ばれるようになり、家に引きこもった。いや、悔しさをバネにダイエットするとかしろよ。
で、俺とかおりさんは───まあ、言った通り、互いの両親の許可を得て同棲を始めている。といっても一人暮らしのアパートとかではなく、両親と俺とで住んでいた家に、かおりさんが住むといったかたちでだけど……両親はそれはもう喜んでくれた。娘が欲しかったと息子の前で語る両親ってどう思います? や、母さんは娘に家庭の味を受け継いでほしかったとかで、俺に彼女が出来たなら絶対に連れてこい、とは昔っから言ってたけどさ。
父さんは距離を掴みかねているようで、「あぁああ母さん、俺はどうしたら……!」なんて母さんに泣きついている。母さんは母さんで、そんな父さんの情けない姿を見てうへへへへとだらしない顔をしていたりするんだが……ああうん、宅のお母さまは父さん大好き人間だから、今まで“頼りになる”ばかりだった父さんのそんな姿を見ることが出来て、大変嬉しいらしい。
そしてかおりさんは……なんかいつの間にか学校の相談役? みたいな立ち位置に立っていた。俺のクラス限定だけどさ。
苦労話だの、人に理解されない苦しみだのを半端に知っている所為で……所為で? いや、所為と言っていいのやらなんだけど、ともかくその影響で、いつの間にか人に話しかけられては相談に乗ってほしい、みたいな流れが出来ていた。
人に寄り添った受け取り方が出来る人だから、相談する方も相談しやすいんだとか。
そんな彼女に心を救われ、告白する輩や、連絡先を知ろうとする輩もおがったけれども、そこはすかさず「俺の婚約者になにか……!?」と俺が割って入ることで阻止。
なおもそんな奴より俺が~なんて言い出す奴も居たものの、「無理だよ?」と首を傾げたにっこり笑顔でばっさりと断った。
「いやでも俺の方が───」
「無理だよ?」
「お、俺の方が顔も───」
「好きじゃないから無理だよ?」
「これから好きになってくれれば───」
「他人の恋人さんを横取りしようとする人は、奪った人よりいい人を見つけたらきっとまた裏切るから絶対に無理だよ?」
「いや───」
「それ以前にわたしがタカくんじゃなきゃ嫌だから無理だよ?」
「OH……」
それはもう……ばっさりと。
学校でもこんな感じで、朝は一緒に登校。
「タカくんタカくんっ」
「はいはいー、おいでおいでー」
「んー♪ ぎゅー♪」
家を出る前に行ってきますのハグをすることを望んで、学校に着けば寂しそうに「またお昼にね」と自分の教室へ行って、昼になれば俺を呼び出して中庭で昼食。
「お義母さんのお弁当、美味しいよね。まだまだ学ぶことばっかりだよ。あ、タカくん? ちゃんと味わって、正当な評価してくれなきゃ怒るよ?」
「分かってますって。んむっ、ん、んー……んん、美味しい。けどもうちょい薄味が好みです」
「むむ、どれが?」
「厚焼き玉子ですね。いろどり野菜もちょっと火、通しすぎです」
「むう。じゃあ逆に、これぞ、っていうのは?」
「白米」
「それお義母さんが炊いたやつだよぅ! もうっ!」
「あっははははは……! はー……♪ でも幸せだー……! 毎日かおりさんにおべんと作ってもらえて、毎日かおりさんと登下校して、毎日かおりさんと一緒に夜まで勉強したり談笑したり……ほんと、幸せ~」
「………むうっ。嬉しいのに複雑だよぅ。でも嬉しい気持ちはちゃんと伝えます。うん、わたしもタカくんのこと、大好き」
「…………ちょい、ちょいちょい」
「? なに?」
「…………かわいらしいんでハグの刑に処す」
「はぷっ!?」
宅の婚約者が可愛い。胃袋なんてとっくに掴まれているし、掴まれた上でまだまだ発展なさるんだからたまらない。様々なものが俺の好みのドストライクとか、こう言っちゃなんだけど存在自体が俺限定で反則すぎる人だ。出会えてよかった、ありがとう。
そんなわけで昼が終わればまた別れ、放課後になれば教室へとやってくる年上彼女さん。たまには俺から行きたいんだけど、上級生の教室での威圧がすごいんだよな……こう、年下の分際でなに清水オトしとんのじゃゴラァって感じの……ねぇ?
「ご、ごめんくださ~い、タカくんは───」
「お、清水先輩来た」
「おーい重森~」
「前まで嫉妬してたのに、最近の大前、随分あっさりしてんのな」
「ふっ……俺はやさしいゴリラを目指すって決めたからな」
「ふぅん? よく分からんけど、重森なら今日掃除当番だぞ?」
「えっ───」
「あ、だいじょぶっすよ清水センパイ! 俺代わるっすから! おいSHIGEMORI! 清水センパイ待ってんぞ! 早よ仕度しろコラァ!!」
「えぇっ!? いや悪いだろ! こういうのは一度代わってもらうとクセみたいになって性格歪むもんだろ!? あ、あーすいません! 急ぐから待っててくださいかおりさん!」
「……ちくしょういい男じゃねぇか重森……! よっしゃあそういうことなら俺にも手伝わせろ! やさしいゴリラの大前大吾! お前の恋を応援すると決めたからにゃあハンパはしねぇ!」
「おっと、俺も忘れてもらっちゃ困るぜ……!」
「え……総一郎、いいのか?」
「やさゴリ大吾が手伝うって言ってんのに友人の俺が無視して帰るとかないだろ……」
「え? やさゴリって俺?」
「だ、大丈夫! わたしも手伝うよ!」
「いやさすがに先輩に掃除を手伝ってもらうわけには───」
「先輩! この教室は私達の教室です! 先輩に手伝ってもらう理由なんてありません!」
「お、お前は───」
「イインチョッフ!!」
「クラス委員長、
「総一郎……あんたあとで覚えときなさいよ?」
「……ちなみに家は俺、岡崎総一郎のお隣である」
「あーもーいいから掃除するぞ! 手伝いたい奴は手伝ってくれ!」
「まかせて!」
「任せられませんってば! ちょっと総一郎! あんたもこの先輩止めなさいよ!」
「あー、ひもりんが放課後デートしてくれるんなら考える」
「デッ……! 調子のいいこと言って! どうせあんたも私のことロリだのなんだのってからかうんでしょ! さっきだって10割子供のロリ委員長って言ってたし!」
「言った上で好きだ! 結婚しよう!」
「~……このロリコンがぁああ!!」
「おうさ胸を張ろう! 幼児体形が好きだと! だけどそれ以上にお前じゃなきゃ嫌だ!」
「ふざっけんなこのばか! こないだまでゆかりさんが~とか言ってたくせに!」
「憧れっつってたろーが! 好きなのはお前だ!」
「へー!? へーぇえええ!? じゃあこれからあたしのこと思いっきり好きだってこと証明し続けてみなさいよ! どぉ~せ三日も経たずに飽きるか諦めるでしょーけどっ!」
「え? マジ!? よっしゃあぁあああっ!! 清孝! 大吾! 清水【姉】さん! 俺、告白成功しました! 彼女が出来たよ!」
「へ? えぁえっ!? ちょっ……なに言って……」
「証明し続けるためにはお前が彼女じゃなくちゃどうしようもないじゃないか。彼女でもないのに彼氏ヅラして好きだ愛してるって言い続けろって? お前それ相当に極悪非道で悪逆無道でマガってドシューな最低行為だぞ」
「誰が最低よ! ていうかなに!? ど、どしゅー!? よく分からんけどそこまで言うなら彼女やってやろうじゃないの! ふんっ、どぉ~せすぐに音を上げるに決まってるんだから!」
「……なんなのこの放課後告白劇場。あ、あー……大前くん、かおりさん、とりあえず……掃除、しよっか?」
「うん」
「なんて男らしいんだソウの野郎……! 普通なら知られたくもないことをこともなげにあんなにハッキリ……! そうか俺に足らなかったのはあの思い切りの良さ……! 図体ばっかりデカくて、俺は好きな相手にどんなところが好きかを言うことすらできなかった……!」
掃除した。めっちゃ掃除した。
その日からイインチョッフがラヴってる俺とかおりさんになにか言おうとしてきたけど、そのたびに総一郎に告白されて、次第にそれが本気だと気づき始め、真っ赤になり、目をぐるぐるにして、やがては……告白を受け入れた。
とある日の夕日の差し込む放課後の教室にて、彼と彼女はぎゅっ……と抱き合い、好きだ好きだよを唱え会い、やがて背伸びと屈みを一緒にして、幸せなキスをした。
……。
学生時代の恋愛は成就しない。よく聞く話だと思う。
いつかかおりさんが言ったように、恋に恋する気持ちや、自分の気持ちを優先してほしいって人ばっかりだから、結局上手くはいかずに別れるのだ。
心が幼いままで、他人の心まで深く受け止めて許し合うのはとてもとても難しい。
でも、それが出来る人種ってのは案外居て、そういうのは大抵、子供の頃に辛い思いや悲しい思いをしている人が多かったりする。
それをやられると辛い、苦しいって気持ちを知っているからだ、とか言われている。
けど、それを理由になんでもかんでも押し付けていいわけじゃない。それを知ってなお、相手を思いやって支え合える人こそが、学生を越えてもまだ、一緒に居たいと思えるんだと思うのだ。
「いや、しっかし驚いたよなぁ。まさか大吾がさぁ」
「聞いた時、耳を疑ったもんだけど、相手が大吾にベタ惚れだっていうんだからな」
高校を終え、大学を卒業して、就職して……数年。
俺や総一郎は互いに学生の頃の恋を形にして結婚した。総一郎はもう子供も出来ていて、俺とかおりもそろそろ、なんて照れながら笑っている頃。いやまあ授かりもの云々の話になるけど、俺とかおりは一度たりともゴム先生のお世話にはなっていないわけだが、子供がとんと出来ない。不妊問題も調べてもらったものの、異常は無しとくる。やはり授かりものって意味で、たまたま危険日だろうと当たらないのだそう。不思議。
そんな関係を続けていたある日、やさしいゴリラこと大前大吾くんがついに結婚、という話が話題に出て、学生の頃からの大の親友となっていた俺と総一郎はそれはもう喜んだものだ。
相手と大吾との出会いは道端で、彼女が困っているところを助けたのがきっかけだったとか。
それから交流が続き、彼女から告白されて、耳を疑いつつも交際開始。彼女からの猛烈グイグイアッピールに骨抜きにされた大吾がプロポーズを受け、ついに……と。
その際に明かされた真実といえば───
「世界でも有名な殊戸瀬グループの社長令嬢だったってんだもんなぁ……」
「プロポーズ受けて婚約して、いろいろ決まって逃げられなくなってから告げられたらしいぞ? 俺のところに大混乱しながら電話してきた」
「俺のところには割と冷静になった状態でかかってきたから、やっぱ総一郎の方が話しやすかったんだろうな」
「年季が違うからな。まああいつ、金より相手を大事にって男だから、そこんところに惚れたんだろうなぁ雫さん」
「だろうなぁ」
そう───殊戸瀬雫さんは殊戸瀬グループの社長令嬢で、日本人で知らない人はまず居ないってレベルの会社の娘さん。彼女自身がかなーり優秀な人らしく、自分も会社を持っていると聞く。ただし、そういう環境で育ったからか、心が醜いイケメンは相当に嫌っているらしく……まあ、あとはお察し。
「っかし、俺達の中で、結局学生の頃からの恋を成就させたのは俺とタカだけかぁ」
「俺達に当てられて、学生恋愛してるやつは随分居たけどな」
「っへへー、まあ俺は日守以外は眼中になかったしな」
「俺だってかおり以外眼中になかったっての」
「いい結婚出来たよな、俺ら」
「そんな嫁さんほったらかしで、男二人で語り合ってる俺達だけどな」
「しゃーないだろー? 日守がかおりさんと話したいっつーんだから」
現在、俺の家。俺と総一郎と大吾と、かおりと日守さんで会社を起業。
社長を一応の年長であるかおりにしての起業は、最初こそ困難ばかりではあったものの、今では勢いに乗って随分と落ち着いたものになっている。社長がかおりなのは、裏切られることの怖さや辛さを知っているからだ。誰よりもそれを知っている人なら、仲間である俺達を裏切るようなことはしないだろうと、企画発起人である総一郎に相談された俺がみんなに言い出したから。
実際、グループ内で不満をこぼす奴なんか居なくて、全員が全員肩を組んで今日までやってこれた。ていうかかおりが普通に優秀すぎて、年長云々置いても社長であることに不満はない。その上で、俺達は社長なんて面倒そうな役職を押し付けたという奇妙な罪悪感みたいなものがあるため、日々をかおりを支えるように働いてきた。その結果が今の勢いに乗った会社の状態なわけで。
そうして肩を並べてやってきた会社だから、日守さんが産休や育児休を取ることになった時は、そりゃあもうてんやわんやで泣きたくなったもんだ。イインチョッフ……もとい、優秀な社員が一人抜けるだけで、場っていうのは随分と苦しくなるもんだ。それを知ればこそ、雇う際の人選には何よりも気を配った。そのお陰で今があると言っても過言じゃない。
そこに来て大吾が殊戸瀬グループとの縁を繋いだっていうんだからなぁ。大きい仕事が舞い込んでくる事態には危険が伴うとは言ったもんだし、それをアテにした営業はきっと破綻する。そんなことを大吾と相談し合えば、大吾と雫さんは馬鹿にすんなとばかりに怒った。
“お前らが殊戸瀬グループの影響力を利用しようだなんて考えてないことくらい分かるし、むしろ俺に気を使って距離取るつもりだろう! ふざけんなうざったいくらいに縁を繋いでやるからな!”
と大吾に言われてしまい、雫さんにも───
“さすが大吾さんのお友達です。そういう芯のある方はきっと伸びますよ。もちろん、殊戸瀬の影響などなくとも。といってもこれまでのお話は別室の父の耳にも通っていますし、そうでなくともわたしもこの会社が気に入ってしまったので、がっつり縁を繋がせていただきますが”
と、言われてしまい、俺達がなにをどうする間もなく殊戸瀬の力で我が社は随分と知名度が上がってしまった。
……まあ、知名度が上がろうが引くほど契約が取れようが、それを継続していくのは実力がモノを言う世界だ。俺達は頑張れている。それは紛れもない事実だ。
「「我が人生におつかれさんっと」」
ノンアルで乾杯しつつ、酒の肴を摘まんではわははと談笑する男どもの図。女二人は別の部屋でお話中だ。何故ノンアルかって? 俺達二人と、妻達二人、億が一にも間違いないように、他人がおわす時にはアルコールは禁止、としているからだ。そしてお泊りも無し。断固反対。俺達夫婦は互いに、夫と妻を愛しすぎるからこそ、1ミリの不安も残すことは許さないのだ。間違いってのは“きっと大丈夫”の“きっと”に宿るもんだからな。
「二人とも、どんな話をしてるんだろうなー」
「……体の相性とか? あ、俺と日守はとってもいいぞ?」
「俺だって最高だっての」
「じゃあ……趣味趣向の問題とか?」
「俺達は互いに支え合うため、って恥ずかしくても教え合って、未知なるものを認めることを受け入れていった仲だが」
「おうこっちも。俺の腕の中で果てる嫁がもう……こう、なあ……!」
「わかる……! する前に、やめてって言ってもやめないでね、ってお願いされた時は、それだけで脳汁すごかったよ俺……!」
「………」
「………」
互いに、歴戦の勇者のような顔をして、ゴッツァアと拳をぶつけ合った。
かたや、ロリを求めし者。かたや、年上女子を求めし者。
俺達は互いに惚れた女性に入れ込みまくり、幸せな家庭を築けている……筈である。
「…………………………もし。もし、そう思ってるのが俺達だけ、だったら……どうする?」
「……………………死にたい」
「……俺も」
妻が好きだ。それは、俺も総一郎も譲れない意思だ。
けど、もしもを考えると怖い。怖いからこそ、一緒に居られる今を閃光のようにともに……! と思うのだ。たまぁに“そんなに必死に好きを伝えてくれなくても、わかってるよ?”なんてちょっと照れくさそうに言ってくれる妻。
でも、違うんだ。愛すればこそ、一方的なんじゃないかって思うことはあるのだ。
「あ……そういやさぁタカ」
「ン? どした?」
「……ゆかりさんの話、聞いたか?」
「……むしろなんで姉が嫁の俺じゃなく、お前の方がそっちの話に詳しいのかが気になる」
「そりゃお前、かおりさんにゆかりさん情報を届けないためじゃないか?」
「なるほど納得。で? ゆかりの話って?」
「……ああ、結構前の話になるらしいんだけど、なんにもしない引き篭もり朝青龍にブチギレた両親さんらが、あいつを寺に押し込んだらしい」
「寺って……?」
「断食とかの方向の」
「あー……」
「そこで性根を叩き直されたらしくて、今じゃ学生時代より美人になったとかなんとか。性格も随分と落ち着いたとかで、今は社会復帰のために頑張ってるって話だ」
「何処情報の誰情報だよそれ」
「住職がさ、親の友人なんだよ。あー、中学高校の時、メイツで志場陽介って居たろ? あいつ」
「あー、居た居た。今の内に髪型ってものを堪能しとくとか言ってた……あ、そっか、髪型にヤケに拘ってたとは思ってたけど」
「そ。あいつ学生のうちしか髪キメられないからって、めっちゃ髪にこだわってたのな。この前久しぶりにあったらもう坊主だったけど」
「OH……」
「あ、で、話戻すけど───」
「いやあの、んー……あのさぁ総一郎? ぶった切って悪いけど、そいつゆかりじゃないんじゃない? もしくは本性隠してるとか」
「あ、やっぱりお前もそう思った? 今は受け取れるもんなんでも受け取って、あとで全力で自由を謳歌してやるって魂胆が見えるようだって俺は思ったね」
「断食ダイエット程度であいつの性根が治るもんかい」
「まぁなぁ。朝青龍からは脱却したみたいだけど、本性知ってる分、陽介も一切油断してないそうだ。てか心を入れ替えましたアピールが気持ち悪いとか普通に言ってた」
どんだけ美人でも、本性知ってりゃ騙されやしねぇよ、って総一郎は笑う。
けど、世の中には居るのだ。騙されてもいいから美人の恋人が欲しい、なんて思うヤツが。まあそいつがゆかりと幸せになってくれるんだったらなんにも言わん。不幸になるなら“踏み止まれィ!”くらいは言ってやりたい。
「なぁ……もし、だけどさ。奇跡的にゆかりさんが本気で改心してたとしたら、お前どうする?」
「へ? どうもしないけど? てか俺にどうしてほしいんだよ。することも割く時間もないぞ?」
「あー、まあ、そらそうだ。それよりもお前は社長をどう孕ませるか~だもんなぁ~?」
「……人の最愛の人のこと持ち出して孕ませるとか言うな。声帯潰すぞ親友」
「おおい怖い怖い怖いっての! 脅すにしたってマジ怖いから!」
「じゃあお前は今後いつ、二人目を作るために日守さん孕ませるんだよ」
「───あ、これ無理だわ、確かにむかつく」
「な?」
「おうすまんかった」
「おうすまんかった」
謝りつつも笑って、肩を組んでノンアルを呷って、ぷあっはぁーいとわざとらしい声を出す。
「でも……授かりもの。授かりものかぁ。かおりになかなか子供が出来ないの、まさか子供の頃のストレスが原因じゃないよなぁ……? ほら、そのー……ほるもんばらんす? とかの影響? で?」
「もうちょい自分の予想に自信持てよ」
「誤解でかおりを傷つけたくないんだよ……悪かったな」
「社会人になっても嫁のことになると弱いよなぁお前。誤解とかで連想すると、たとえば誤解でかおりさんが別の男と一緒に居る~とかだけで半狂乱しそうだよな、お前」
「? いや、それはないぞ? ちゃんと一緒に居た理由は聞くし、かおりの言葉が真実である証拠も集める」
「その上で、誤解じゃなかったら?」
「まず怒るな。俺以外を真剣に好きになるなとは言わないよ、かおりの人生だもん。でもその場合、まずやるのは不倫じゃなくて別れることだろ。それを間違えたことに、真剣に怒る」
「……怒るトコ、そこでいいのかよこの嫁馬鹿」
「うるせー嫁馬鹿。自分だって同じだろーに」
「ちくしょう言い返せねぇ」
くっくっと笑って、何本目かのノンアルを開けた。そして意味もなくプロージットと言い合って、缶をゴインとぶつけ合った。その時に弾けた泡が目に入って悶絶したり笑い合ったり。アルコールもないのに、俺達は酔ったみたいに騒ぎ合った。
そうしていると、かおりを連れた綿貫……もとい、岡崎日守が戻ってきた。
「おまたせ……って、また随分と楽しそうに飲んでるわね」
「ノンアルだからだいじょーぶ! 場に酔ったっていうか、たまにハジケたくなる部分を恥ずかしげもなく発揮してる最中! てか日守、話ってなんだったん?」
「あー、かおりが子供が出来る体位とかを紅蓮のフェイスで訊いてきただけ」
「ちょっ!?」
「や、ちょじゃないから。真剣な顔で相談があるって言われて別室連れられて、散々もごもして顔を赤くして悩みに悩んだ挙句に無理矢理話させたら、子供が出来やすい体位とか。どこまで純情してんのよ」
「言い方ぁ! だ、だって他の人の情事のことを好きな人の前で訊ねるとか、タカくんに失礼だなって思ったから……!」
「あのね、そういうのは隠された方が不安になるし、嫌な気分になるもんなの。ほんと学生の頃から芯はしっかりしてるのにシゲのことになるとぽんこつなんだから」
「ぽっ!? ……~……」
嫁が可愛い愛してる。しかしなるほど、子供が出来やすい体位についてを語り合っていたと。や……でもなぁ。
「誰に訊くまでもなく、タカなら四十八手コンプリートしてそうだけど。こいつ、真面目な顔してエロいし」
「失礼なことを言うなよ親友この野郎。俺はかおりにだけ自分の全力で愛したいって思ってるだけだ。好きで愛してて魅力的な女性が自分を好きだって言ってくれて、全力で愛さないなんてただのクズだろうが」
「あーぁはいはいごちそうさん。ていうかこの話、俺からかおりさんに話振るの、気まずすぎて辛い」
でも昔テレビかなんかで見たことがある気がする。
あの体位だと男の子が産まれる~とか、あの体位だと女の子が出来やすい~とか。
眉唾以外のなにものでもないけどね。
こんなのラブコメじゃないわ! ただの男女のいざこざよ!
だったら解決すればいいだろ!
そして未完で終わる。まあハッピーエンドで終わったようなもんですが。
蛇足が書ききれなかっただけ~みたいな終わりですね。
でも普通にUPするほどの内容じゃない気がしたのでこっち。