凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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ほーとらんらんらん♪
ウマ娘のマぱか話の続きってほどでもないなにか。


マぱか話の続き未満のなにか

12/ゴーゴーフトシ

 

 カィンッ───

 

キャアアアアアアアアアアアアアアアア!! ユタカーァアアアアアアッ!!

 

 マックイーンの叫びが俺の耳にまでよーく届いた。丁度用を足しに席を立ち、戻ってきたところへこの絶叫。うーん、元気だ。

 ……夏の暑い日、激しい日差しの中、野球をする選手には本当に頭が下がる。

 渇いた音が立てば、空を飛ぶ小さな点。大空に打ち上げられた野球ボールは誰もが落下地点に手を伸ばしたい、ホームランの証だった。

 歩き、落下地点を予測し、それを素手で見事にキャッチしてみせると、周囲は驚き、離れた位置で落下地点を見守っていたであろうマックイーンの顔が桜花爛漫レベルで花開くように笑顔になる。

 妨害判定もなくきっちりとした確定ホームランのものだったから安心して取りに行けた。いいことだ。熱心な観客の所為でアウト判定になってしまう、なんてとても悲しいことだからな。

 他の観客の皆様もそこらへんは分かっているのか、急に走り出す、強引に取ろうとすることもなく、安全にキャッチできた。

 むしろ「ナイスキャッチー!」「やるなぁ兄ちゃん!」と笑ってくれるファンの方々や、「素手で大丈夫だったかにーちゃん!」「いくら欲しいからって無茶すんなよー!?」と心配してくれる人たちに背や肩を叩かれながらマックイーンの隣に戻ると、彼女は目をきらっきら輝かせて迎えてくれた。

 そんな目を向けられつつ、大事に大事にホームランボールをポーチに仕舞う。

 

「お見事ですわ! お見事ですわトレーナーさん! はわあああ……! ユタカの……ユタカのホームランボール……!!」

「おっ、マックイーン、次の打者が構えたぞ」

「えっ? え、ええっ、そうですわねっ! …………、……、……」

 

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッドンッドンッ!

 ブップーブブーブブプープブー♪ ブーブプップープブブーブプー♪

 

「かっとーばせー! ウ・チ・ダー!! ほらっ、マックイーンも!」

「ほへっ!? あっ……ぁああああそそそうですわね! そうですともっ! ……、……、……!」

「………」

 

 ……見てくる。めっちゃちらちら見てくる。マックイーンが。主にホームランボールを仕舞ったポーチを。

 ちなみにホームランボールに選手がサインをくれるというのは嘘だとか聞いたことがある。

 マックイーンほど詳しいわけではないけど、まあ……機会があれば、ユタカ選手にサインをねだった時、たまたまこのボールを持っていた、なんてこともあるだろう。

 

「……あの投手、なかなかいい球投げるよな……。ユタカ選手もよく打てたもんだ」

「当然ですわ。そして……その。あの、サブ……ええと、トレーナーさん?」

「ん? どした? っと、投げたっ! ……あーっ、ストライク……!」

 

 ちなみに第一担当ウマ娘はビワハヤヒデになったけど、それから慌てるようにチームに入ったウマ娘が数人。いきなり複数のウマ娘を担当することになったんだが、そこはまあ理事長やたづなさん、主にリルがいろいろとサポートしてくれることになった。

 例の如くというか、テイオーが随分と騒いだわけだが……今度の休日、カッフェに行くことを提案され、それを条件に許してもらえることに……ていうか許すもなにも、キミらが申請してなかっただけでしょーが。そう言ったらぐうの音も出ないようだった。バッドだぜトウカイ、ノーサンクユー・トウカイ。

 しっかしほんといい腕してるなぁ相手の投手……!

 

  ドンドンドンッ! ドンッドンッ!

  ブーッププーッ♪ ップププブープッププー♪ プーッププー・プーッププーププー♪

  ブプー♪ プブププププープーププー♪ プーッププープーッププーブーッププー♪

 

「ゴーゴーフ・ト・シ! ファーイトファイトーフットッシ!!」

「ゴーゴーフ・ト・シ! ファーイトファイトーフットッシ!!」

「よしっ、いいぞ……! そうだ、お前はエースなんだから……! ゴーゴーフトシ! ファイトファイトフトシ!!」

 

 そんな投手を一生懸命に応援する男性を発見。

 フトシ……確か相手側の投手の名前だ。知り合いなのか? 応援に随分と熱が入っている。

 

「こりゃあ応援も負けてられないな……! よしマックイーン!」

「は、はいっ! トレーナさんっ!」

いや近いっ!? どどどーしたマックイーン!!」

「はっ!? ……い、いえ別にその……」

 

 なにやらすごい近かったマックイーンが慌てて離れるも、その目線はポーチにくぎ付けである。

 

「………」

「………」

「がんばれがんばれフトシ! ファイトファイトファイトファイトファイト・フートシ!!」

 

 ……結局。

 大接戦ののち、見事勝利を治めたのはビクトリーズ。

 

「キャアアアアアア! ユタカーユタカー! ありがとう! ありがとうユタカー! キャアアー!!」

 

 マックイーンの喜び様は尋常ではなく、しかしながら隣で見ていた俺も手に汗握る、本当に本当に大接戦の名勝負だった。いつしかホームランボールのことも頭から抜け落ちていたっぽいマックイーンは帰り際、いつまでもいつまでもビクトリーズの活躍を、興奮を冷まそうともせず語っていた。

 

「オオーオオーオオオー♪ 勝利ーのー……♪」

 

 ちなみに。

 その日の帰り、妙に小腹が空いた俺はウインナーカレーを食っていった。

 なんだか無性にウインナーカレーを食いたい気分だったのだ。

 何故か横でマックイーンがビクトリーズの歌を歌ってたけど、食っていった。

 

  で、後日。

 

 ある用事があって学園を離れていた俺が、偶然にもとある人と出会うことになり、交渉。

 彼は喜んで、むしろ誇らしげに、けれど照れくさそうに鼻を人差し指でこすりながら、了承してくれた。

 

  さらに後日。

 

 トレセン学園のロビーにて、観戦に行けなかった(行かなかった?)メジロライアンを捕まえ、その熱きを語りまくるマックイーンを見つけると、声をかけた。

 その際、廃村寸前の中、村を救ってくれた勇者を見たような顔で俺を見てくるライアンが、俺に礼をしたのち音も無くゴシャーアーと走り去っていくのを、視線を向けることはせず見送った。視線をマックイーンから動かすと、強引に追ってでも熱弁しそうだし。

 さて、そんなわけで。

 

「サブ……ん、こほっ。まだ慣れませんわね。トレーナーさん、おはようございます。もう遠出のお仕事は終わりましたの?」

「ああ。で、お土産があるんだけど……マックイーン? 食べ物と置物、どっちがいい?」

「あら。珍しいですわね、トレーナーさんが置物を買ってくるなんて。いつもはご当地スイーツなどではありませんか」

「ちょっと面白いことがあってね。で、どうする? マックイーンが食べ物にするんだったら、置物の方は別の誰かにあげるんだけど」

「……なにか、引っかかる言い方ですわね。今回に限って口にする置物……? どちらかを選ばせる理由───……ここしばらくで、置物になる、よう……な……置物ですわっ! 置物以外有り得ません!!

 

 長考していたマックイーンが、急にハッとして叫んだ。

 途端、何事かとロビーに居たウマ娘たちが一斉にこちらを見るけど、なんでもないよーと軽くアピールして、興奮気味にぐいぐい来るマックイーンを落ち着かせた。

 

「じゃ、はいこれ。開けるのはチームの部屋か、自分の部屋にしてくれな。じゃないと大変なことになりそうだ」

「大変なこと……? ……あ、あら。もしかしてわたくし、早とちりを……?」

「じゃ、今日のメニューまとめがあるから俺はもう行くな。……さてさて、テイオーとのカッフェの話、どうすっかなぁ……」

 

 プレゼント用の梱包をしてもらったそれをマックイーンに渡すと、次の予定についてを考えて、頭を悩ませた。なんでカフェなのかは知らんが、まあテイオーが行きたいって言って、それで機嫌ややる気が戻るなら。ていうかなんで意地でもカッフェって言って譲らなかったんだろう。謎だ。もしやそういう名前の店なのか?

 

「トレーナーさんからのプレゼント……気になりますわ……! 自分の部屋まで我慢するつもりでしたけれど、チームの部屋に行く用事もありますし、そこで───」

 

 ……。

 

 ……その数分後。新たにあてがわれたチーム部屋にて。

 以降はゴルシから聞いたものだけど、たぶんお前なんで知ってんのとか言っちゃいけないんだと思う。

 

「大きさはなかなかにありますわね……けれど軽い。まずはリボンを取って…………こういう時、乱雑に剥がしたくないと思うのはわたくしだけでしょうか……。うん、紙も綺麗に取れましたわ。さて、中身は……あら、緩衝材? いよいよ中が気になりますわね……想像通りのものであるならとてもとても嬉しいとは思いますけれど、ねだってしまったようで申し訳ありませんわ……なにせユタカのホームランボール……。い、いえ、けれどそうだと決まったわけではありませんし。そう、期待をさせておいて、小さな木彫りの置物とか───あら」

 

 ちなみに緩衝材であるあの小さな軽いマシュマロみたいな物体の先には、ひとつのケースが入っている。ルービックキューブよりはまあ大きいなって程度の、けれど結構高級なシロモノだったりするのだが。

 

「……! あ、ぁああっ……やはり……! ボールケースですわ……! となれば、中身はユタカのホームランボールで間違い…………え? …………え? え、え?」

 

 ボールケースに入っているのはもちろんユタカ選手のホームランボールだけど、ただのホームランボールじゃない。

 

「ユッ、ユタ、ユタカのっ……ホ、ホホ……ホッ……!? ホォオオオォォォーーーッ!?

 

 それを見たマックイーンの絶叫は、チーム部屋前を通った他チームのウマ娘に聞こえたらしい。前を通ったっていっても距離はあったし、普通の話し声なら聞こえない距離はあったらしいのだが。何故か『ウコム様と母ちゃんの呪いだ』とか言われて、チームの部屋が呪われてるとか噂されることにもなったんだけど……何故そうなった。ていうか誰だよウコム様。あと母ちゃん誰。

 ていうか数分しか待てなかったのかマックイーン。同室らしいイクノディクタスには悪いけど、部屋で開けてもらいたかったと今なら思う。今なら、というのは、その謎の悲鳴についての質問として学園長に呼び出しくらったからである。

 ……うん、そりゃあ新チームに振り分けられたばかりの部屋から悲鳴が聞こえれば、それを聞いたウマ娘さんも報告くらいするよなぁ……。

 そんなカタチでマックイーン絶叫疑惑は俺が知ることとなり、事実は知らんけど予想は立てられた俺は、そこにゴルシの話も合わせて理解をして…………まあ騒ぎになったのだから、当然……理事長にきっちりこれこれこういうことなのだと説明することになり───野球観戦中のマックイーンを知らない理事長とたづなさんを納得させるのにどえらい時間を要することとなった。

 

  ちなみに。プレゼントがなんだったかというと。

 

 俺が梱包してもらったのは、ユタカ選手のサインが刻まれた例のホームランボールだ。

 飾ってる中で日焼けしてしまわないようにと買った、UV加工でちょっぴりお高めのサインボール入れに、見栄えもよく閉じ込めた素敵な逸品。マックイーンのやる気が鰻登りしたのは言うまでもない。……俺のやる気は結構下がったけど。

 そう、出かけの用事の先でユタカ選手に偶然出会った俺は、盗難防止のために持ち歩いていたポーチからホームランボールを取り出し、ユタカ選手にサインしてもらったのだ。

 ユタカ選手は本当にナイスガイだった。急な申し出にも嬉しそうに誇らしそうに応じてくれて、自分の名前だけではなく、マックイーン宛として彼女の名前まで書いてくれた。

 好きな選手が打ったホームランボールで、さらにその選手のサイン入り……きっと嬉しいに違いないと思って贈ったのだが、まさかそうまで絶叫するとは。

 驚きの悲鳴をあげたりするのかな~くらいは思ってたけどさ。ご近所チームの迷惑になるからやめましょうね? そう思いつつも、喜んでくれたことは嬉しかった自分である。たまたま会ったトウカイにツッコまれるまで、自分の顔の緩みに気づけなかった。

 

 

 

13/ブラック・ザ・トウカイ

 

 トトトトトトトト……ドッゴォッ!!

 

ーーーウ!?

 

 ある日、駅前で待ち合わせをしていると、軽快な音ののちに背中と腰に衝撃。

 思わずカズマさんにタックル仕掛ける女オーク、ピッチピチの16歳のスワティナーゼさんみたいな声が口から出ると、勢いのために宙に浮いた体を何とか振るって着地し、タックルしてきたトウカイを迎えた。そう、本日一緒にソテーさんもとい茶店に行く相手は、外国人にはテイオーというよりもトウカイで知られるトウカイテイオーことトウカイである。しかし急なタックルは実にバッドだトウカイ、バッドコミュニケーション・トウカイ。

 

「そ、そんなに怒らないでよぉお……!」

「いきなりウマ娘の出せる速度で不意打ちタックルされてみろ! 腰吹き飛ぶかと思ったわ!」

「ちゃんと着地したじゃん! ボクはトレーナーを信じて───! ……ふへへ、トレーナー、ボクのとれぇ~なぁ~♪ えへへへへへ……♪」

「……はぁ。二番手だけどなー」

「むぅ……申請してなかったのはボクが悪かったけどさー、ビワハヤヒデに言われた時、先に専属になってくれって言ってくれてるウマ娘が居る~とか言ってくれたらよかったじゃん」

「サブからトレーナーに押し上げてくれた相手を無視してか?」

「むぐっく……! んむぅ~……やっぱりビワハヤヒデに言って、ボクだけの専属に……」

「はいはい、いつまでも言ってないで。カフェ行くんだろ?」

「カッフェだってば」

「りょーかいしましたよ、トウカイ」

「テイオーだってば!」

「テイオーって、カイザー的な帝王って呼ばれてるみたいで嫌じゃないか?」

「むー! それってイヤミ!? ボクじゃもう帝王の地位は似合わないーって言いたいのー!? ムヮァォワァアーッ!!」

「そういう意味はこれっぽっちもない、っていうか担当してるウマ娘にそんなこと思うわけないだろばかもの。個人性の問題だよ。や、カイザー的な呼び方が好きならカエサルとか呼ぶか?」

 

 ていうかムワァォワァってどういう唸りなんだ?

 

「なにさカエサルって……テイオーでいい」

「カイザーソゼ……カイザーソゼ!!」

「テイオーでいいってばー! もー!!」

 

 トウカイはおへそを曲げてしまった!

 ……とまあそんな感じで駅前から噂のカッフェへ、徒歩5分。

 何故にわざわざ駅前で待ち合わせ? なんて言葉は使っちゃいけない。ていうかさ、こういう時の漫画や小説などの男子はちったぁ頭働かせよう。女性が男性誘って、わざわざすぐに会える場所での待ち合わせじゃない方を選ぶこと───即ち。

 

(保護者同伴ショッピングとか思われたくなかったんだな……)

 

 あとそっちの方がデート感が増すとか。

 思うに、漫画や小説男子は疑問を投げかけるのが早すぎると思うのだ。特に鈍感男子。そのくせどうでもいいことで悩みまくる。あ、知ってる中で言うなら、ドクターとかその典型ね?

 ちらりと見れば、上機嫌ではちみーソングを歌っている上機嫌トウカイ。ウキウキトウカイ。

 こいつのことだから、リルが飲むブラックコーヒーに憧れを抱いた~とかで、秘密裏に飲めるようになって“スゴイデショーカイチョー!”とか言いたいに違いない。

 しかし? ブラックにもいろいろあることをご存知?

 ブラックを始めるならアメリカン♪ なんてよく言われているが、アメリカンは煎り方+出し方の名称のようなもので、豆の名前ではないのでご注意。

 推したい豆ももちろんあるけれども、それは店によって仕入れているものが違ったりするから“俺はこれが飲みたいんだ! これをよこせ!”っていうのは中々無茶な場合もある。

 コナとかモカとかコロンビアとかいいよね。個人的にはモカがいい。……ということを熱く脳内で語ってはいるものの、俺だってまだまだ初心者だ。コーヒーの道は険しい……俺がこういうことなんだ、と理解したつもりのものでも、もっと深い人の理解にはきっと到底及ばないに違いない……! なのであくまで出来るのは助言的なものや、経験からくるもの程度でしかない。この豆は苦いぞ~とか、まあそんなとこ。

 さて、そんなわけで訪れましたるは噂のカッフェ、カワンチャーノ。……カッフェって名前じゃなかったのかよ。どういうことなのトウカイ……。

 

「よ、よぅし……今日こそボクは、ブラックコーヒーを……制してみせる!」

「あ、すいません、ブラックの種類って決まってます? あ、選べます? じゃあモカ、コナ、コロンビア、ブルーマウンテンで。あとカルボナーラパスタをひとつ」

「トレーナー!? なに勝手に頼んでるの!?」

「コーヒーの基本。飲みやすいものから飲んで、これならまた飲んでもいいかも、から広げていくこと。いきなり一番苦いの飲んで、続くもんかいバッキャロー」

「うぅぐ……!」

 

 注文をしてしばらく。ブラックコーヒー各種と、カルボナーラパスタが届いた。

 ムワッ……と広がるブラックコーヒーの香りに、トウカイの顔が引きつった。

 

「ちなみに払いは俺がするから好きなだけ飲みなさい。ただし残したら絶対に許さん」

「えぇえええーーーっ!? ななななんで!?」

「ブラックを制するんだろ? まさかほんのちょっぴり飲んで、“ボクブラック飲めるしー”とかコーヒー好きの前でのたまう気じゃああるまいな」

「すっ……好きならさぁっ……ほらっ……ちょ、ちょこーっとだけ手伝ってくれる、とか……」

「だーれが間接キス案件の証拠なんぞ残すかばかもの」

 

 俺はあくまで機嫌が悪くなったザ・トウカイの気分を好調以上にするために来ただけなのだ。完全に自業自得なのに。しかしここでそれを言ってはいけません。余計にへそ曲げるので。

 

「ほれ、まずはコナからいってみろ」

「うー……ブラックなんてどれも一緒じゃ……」

「人によって受け入れやすいものがあるんだよ。同じ豆でも煎り方一つで随分変わる」

「……ねぇトレーナー? この中で一番濃いやつ、飲んでよ。間接キス案件じゃなければいいんだよね?」

「そうきたか……じゃ、これだな」

 

 言った通り、どれが一番濃く感じる、美味しく感じるかは個人によってバラつく。

 俺がこれだって選んだところで、トウカイにはそう感じられないかもしれんのだ。

 まあどうこう言ったところで俺は気にせずコーヒーを飲む。その上で、香りを楽しむように、飲んだ際に溜まった空気を鼻から通すようにゆっくりと吐き出していく。

 

「うわぁああ……ブラック飲んでるよぅ……! しかも美味しそうに……! トレーナー、大人だ……!」

 

 ブラックコーヒーを飲める=大人っぽいではないと思うんだが。

 このテの人の考えにはツッコんでやるのはよろしくない。なので思う存分あなたの思う大人に近づいてくりゃれ、トウカイ殿。

 ともあれシュルッ……と、おすすめしたブラックに口をつけるトウカイ。

 途端、「あれ? そんなニガくないかも」と安堵顔になり、ちらりとこちらを見ては……今度は多めに口に含み、それをこくんと飲んでみせて、ドヤァアアア……!! とドヤ顔をしてみせた。

 

「カイチョーが飲んでたコーヒーはガギガギにニガかったけど、これってホントにブラック?」

「言ったろー? コーヒーにもいろいろあるんだよ。ほら、次はこっち飲んでみろ。苦かったらあとでこっちのチョコも軽く摘まむ感じで」

「あ~っ、飲食店にチョコ持ってくるなんて、トレーナーってば悪いんだ~?」

「そうか。じゃあこれはやらん」

「わああ冗談! 冗談だってばー! 仕舞わないでよー!」

 

 まあどの道店を出てから渡すつもりだったから、ここで食べることにはならんのだが。

 というわけで俺が一番濃いブラックとカルボナーラパスタを楽しむ中、トウカイはちびちびとブラックを飲み比べては、そこまで苦くもないコーヒーを先に飲み干してはドヤ顔していた。

 

「ふふーん、これでボクも大人の女性だね! どうどうトレーナー! ボクから大人の女性のオーラとか滲み出てるっ?」

 

 ウキウキ気分で訊ねるトウカイは、黙って飲んでいた時の方がよっぽど大人びていた。

 

「……トウカイ」

「テイオーだってば!」

「あれ。あちらをご覧ください」

「? なに?」

 

 そっと別の席を促すと、そこには優雅にティーを嗜む女帝さんが。

 

「フォワァアア……!? な、なにあの大人の女性オーラしか出てない感じのあの、えっと、なにか」

 

 例える言葉が見つからなかったらしい。

 

「大人の女性は無理に嫌いなもんは飲まないし、ちゃんと自分ってものを理解した上で、余裕を以て自分の時間を楽しむもんだろ? ルドルフに憧れて、そうなるのが大人の女性への一歩だって思うなら、とりあえずは……」

 

 と、そこへ、トウカイがドヤ顔している内に頼んでおいた、この店で一番濃いとされるブラックコーヒーが届く。ダッチから湯煎して用意するらしいそれは、相当に濃い色なのに、香りはとてもやさしげだ。

 

「さ、テイオー」

「エ? ボクが飲むの?」

「大丈夫。苦味が出づらい方法で抽出されたコーヒーなんだ。慣れてなくてもほっとする感じにはなると思う」

「………」

 

 促されると、ごくりと喉を鳴らしつつも……ちらりと女帝殿を見て、足をシャキーンと組むと、どこか物憂げな表情を作ってコーヒーカップに手をつける。そして、漫画とかの表現だったらおっそろしくマツゲとか長くなりそうな表情のまま、しゅるっ……と音を鳴らしてコーヒーを口に運び、味わった。

 

「…………あれ? 思ったより濃くない、ていうか匂いとかそんなにキツくないし……」

「大人の女性を目指すなら、匂いじゃなくて香りって言おうな……」

 

 どうにもキマらない帝王様であった。

 

 

 

 

 

 

-_-/───

 

 走るために産まれてきた、と断言されて喜ぶ人ってどれくらいいるんだろう。

 ライスがその言葉を見た時に思ったことは、そんなこと。

 ずっとずっと昔の記憶で、今はもう思い出せないし……思い出そうとも思わない、遠い遠い記憶。

 

  夢を見た。

 

 あるレースを走る夢。

 ライスはその景色を初めて見る筈なのに、ライスはその景色を走っていた。

 お世話になったお姉さまに、精一杯の走りを見せようって、頑張っていた。

 見ているライスにも伝わってくるくらい、真っ直ぐで、でも必死な……流れる景色。

 きっと勝てる筈だった。きっと、ようやく、その先で、今までの辛さが歓喜と祝福になる筈だった。

 結局一緒に走ることが叶わなかったブルボンさんも見に来ていたその光景。

 応援してくれる人に。ライスをヒーローと言ってくれたあの人に。背を押し続けけて支えてくれたあの人に。関わってくれた全ての人に、笑顔を届けたかった。

 でも……そんな確信は夢でしかなくて。

 

  聞いたことのない音が、地面から聞こえた気がした。

 

 違う、そう思いたかっただけだ。

 気づけば目の前に地面が迫ってきていて、ライスは───肩から転げるようにして倒れた。

 どうして、って思った直後に、信じられないくらいの痛みに、我を忘れるほど叫んだ。

 自分の耳に届いても、とてもライスの声だなんて思えないほどの絶叫。

 痛くて、痛くて痛くて……痛くて。

 靴を履いているのに、その靴の内側が、雨が降ったわけでもないのにびちゃびちゃと濡れていく。

 お姉さまが叫ぶ。叫んで、ライスの足の方を見て、真っ青になって、涙混じりの声で誰か、誰かって叫んで。

 

  大丈夫だから。心配させちゃってごめんなさい。

  ライス、大丈夫だから。

  走れるよ? ほんとだよ?

  見てて……まだ───ライスは……

 

 ブルボンさんが見たこともない表情をして走ってきた。

 まだ満足に走れない筈なのに、びしょ濡れになった足を引きずるようにして立ち上がった、ライスへと。

 

  だめ、だめだよ、触れられたらライス、失格になっちゃう。

  見てて、ブルボンさん。ライスは、まだ───

 

 ぶぢゅっ、て音が鳴った。靴はとっくに液体で溢れていた。真っ赤な、真っ赤な濡れたなにかを吐き出した。

 勝てる筈だったの。

 違うんだ、きっと、ライスは、ようやく…………ここで……。

 やっと、認めてもらえる、って…………誰かを笑顔に…………!

 ライスなんかでも、誰かを照らせるなにかになれるって───……!

 

  ブルボンさんが、走ろうとするライスを抱き留めた。

  足を浮かせるようにして、ライスのことを寝かせようとする。

  ……知らず、泣き声が漏れた。駄々っ子みたいに暴れて、走っていってしまうウマ娘さんたちに必死に手を伸ばした。

  いやだ、まだ走れる、ゴールすれば、1着に届けば、きっと、今度こそみんなが認めてくれるんだ。

  ごめんなさい。

  ライスと一緒になったから言われちゃったこと、いっぱいあったよね。

  ごめんなさい。

  ライスと一緒だったから悲しくなったこと、たくさんあったよね。

  今、それを拭うから。今、その先に届くから。

  だから、だから───!!

  おねがいです、はしらせてください……!

  まだなにも……っ……ライス、まだなにもかえせてない……!

 

 届いたはずなのに。届くことが出来たはずなのに。

 走っていってしまう、最後尾のウマ娘さんの姿を見つめながら、滲んだ世界は真っ黒に閉じていった。

 

 …………そこに。その先に。

 

 歓喜と祝福なんて未来のお話は……

 

 めでたしめでたし、なんて童話みたいな幸福は……

 

 ありは、しなかった。

 

 

───……。

 

 

……。

 

やぁああああああああっ!!

 

 自分の悲鳴で目が覚めるのと一緒に、跳び起きた。

 

「ライス!?」

「やぁあっ! やぁっ! やぁあああああっ!!」

「ライス落ち着け! ライス! どうした!? なにがあった!? 怖い夢でも見たか!?」

「~……ひっ……、ひっ……! やだ……や、や……ゃぁぁぁ……!」

 

 ただ、頭の中には怖かったって気持ちしかなかった。

 それが頭の中をいっぱいにしちゃって、どんな夢を見たのかなんて思い出せない。

 頭を抱えて震えて、けれど“自分の足がどうなったのか”が急に怖くなって、涙に滲んだ目で自分の足を見る。

 そこには、ジュリアンを終えた後のままの素足があった。

 赤くなんてない。靴だって履いてない。……赤いなにかに浸かった足なんてない。

 そのことにすごくすっごく安心して、どうしてか……“まだ、ライスは返せるんだ”、なんて言葉が頭に浮かんだ。

 

「……ライス?」

 

 声をかけられた。

 滲んだままの目を向けてみれば、心配そうにライスを見つめるお兄さま。

 お部屋を見てみると、お母さまは居ない。

 頭を占めていたものが逸れると、考える余裕が出来たみたいに心が落ち着いていった。

 …………私は。ライスは。

 

「落ち着いたか? あ、ここは俺の家だぞ? ……とと、これ先に言っておかないとな。ライスのお母さんならライスが幸せそ~に寝るのを見届けてから、自宅の方に戻ってったぞ。風邪を引かないように、だそうだ」

「………」

 

 ふ、ふ……って、怖さに荒れてた息が落ち着いたきた。

 思い出せないのに、怖かったことだけは覚えているような感じで。

 

「……大丈夫か?」

 

 そっと、気遣うようにライスの顔を覗き込んでくれたその人の腰に、ライスは抱き着いた。抱き着いて……抑えられないまま、どうしてこんなに悲しいのかもわからないまま、泣いた。

 ごめんなさいがたくさん溢れてくる。

 なにも残せなかったって。

 なんにも、返せなかったって。

 届けたいありがとうがたくさんたくさんあったんだよ?

 届けたいごめんなさいだっていっぱいいっぱいあったんだ。

 でも、もう、全部…………きっともう、どうやったって届かない。返せない。

 誰に届けたかったのかもわからない、誰に言いたかったのかもわからないたくさんの気持ちが抑えきれず、戸惑うお兄さまに抱き着いたまま、わんわん泣いた。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 涙が自然に治まる頃に、ようやく嗚咽も落ち着いてくれて、お鼻をぐしゅぐしゅ鳴らしながら……最後にこぼれた涙を、お兄さまのお腹に顔をこしこし擦り付けることで拭って、落ち着けた。

 落ち着けて……やってしまったことに今さら気づいて、顔に熱が集まるのを感じながら、謝った。

 

「ご、ごめんなさいお兄さまっ」

「いいよ、大丈夫(……ていうかお兄さまってなに?)」

 

 そう言いながら、擦り付けたあとも離れようとしないライスを、やさしくやさしく撫でてくれる。

 見下ろす顔にはちょっぴりの疑問が混ざったみたいな感じ。でも、目が合うと微笑んでくれる。

 

 




「おおブレネリ! あなたのおうちはどこ!?」
「……先月から公園でダンボール暮らしよ」
「マジかよブレネリ! え!? 綺麗な湖水は!?」
「うるせー! スイッツァランドの湖水のほとりにある公園にダンボールで住んでんのよ!」
「マジかよブレネリ!」

 ブレネリさんは女性で、羊飼いで、スイスに住んでる。それしか答えない。そしてなんかヨホホヤホホと笑いだす。
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