凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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途中まで書いたけどなんかどっか見たことある気が……と思ったのでやめたオリジナル。


村~人(ムラート)の幻影

 幼い頃、憧れた人が居ました。

 その人は、言ってしまえば格好良くもなくて、人伝えに聞いた話では強くもなかったそう。

 けれど、泣いていたわたくしに、笑顔を教えてくれた人でした。

 召喚された四人の勇者の中の一人で、お父様……国王に悲しそうな視線を投げられていた人。

 モンスターの脅威にさらされたこの世界を救って欲しいと、召喚の儀式をして呼び出された彼らに、王は魔物の親玉の討伐を依頼した。

 一人は「もちろんです!」と勇ましく応え、一人は「まあ、そうしなきゃ帰れないっていうんじゃねぇ」と頭を掻きながら言って、一人は「了解。報酬さえしっかりしてりゃあ文句はねーよ」と言って。

 そして……彼は。「魔物を倒すことばかりが、平和に繋がることじゃないと思うけどな」なんて口にして。

 せっかくの誕生日を召喚の儀式に潰され、泣いていたわたくしを慰めてくれました。

 拗ねていたわたくしは、潰してくれた元凶がなにを言うのかとひどい態度を取ってしまったというのに、気づけば拗ねは消えて、言葉の角は削られて、終いには笑っていて。

 勇者様はどうしてわたくしに優しくしてくださるの? と訊ねると、彼は困った顔で笑いました。

 

「ごめん。俺は勇者じゃないんだ。巻き込まれただけの、まがいものだ」

 

 帰る方法が無いから、みんなより弱くても旅に出るしかないんだと言って、彼は城で数日、他の勇者と一緒に鍛錬をした。

 その数日のわずかな時間だけが、彼との思い出でした。

 彼は勇者とともに旅に出て、長い月日ののち魔王討伐の報せが届き、彼らが戻ってきた時には───既に。

 

「勇者様だー!」

「勇者様が帰ったぞー!」

 

 勇者が帰ってくる。

 その報せに、わたくしは笑顔をこぼしました。

 言ってしまえば、待っていたのは勇者でなくて。弓士でも賢者でもなくて。

 なのに───

 

「───、え……」

 

 戻ってきたのは、三人だけでした。

 王に跪く勇者の中に、あの方だけが、居なかった。

 

「……、勇者よ。此度の魔王討伐、まことに見事であった。褒美として、それぞれが望むものを用意したいと思う。勇者、弓士、賢者よ。望みのままの褒美を言うがよい。用意出来るものであれば、可能な限り手配しよう」

「はっ。ならば───」

 

 彼らは願いました。

 “静かに暮らせる領地と、もう戦う者、守る者として係わることのない未来を”、と。

 わたくしはてっきり元の世界に帰してくれ、と願うのかと思っていました。けれども三人はそれを願い、王は少々渋い顔をしながらもこれを受け入れて───勇者一行はその日の軽いパレードの間のみ、人々からの感謝を受け取ると、この城を出て行った。

 

「陛下、よろしいのですか? 魔王が討たれたとはいえ、世はまだ平和となったわけでは───」

「止めるわけにもいくまい……我々は勝手に召喚し、帰還を言い訳に勇者殿らを脅迫したようなもの。そして彼らは“魔王討伐”を成し遂げた。これ以上は贅沢というものだ」

「しかし───」

「少数ではあるが、魔物の討伐ギルドがあったな? あれに大々的な募集をかけて、魔物を討つことで給金を発生させるギルドとしよう。実力があるのならば、過去の経歴は問わん」

「……、仕方がありませんな。“巻き込まれ”を勇者一行に押し付けたのは我々。それが、勇者一行を危機から救うために息絶えたというのならば……」

 

 勇者が語り、信じたくなかった言葉を、今一度聞かされる。

 彼は魔王が息耐える際に放った膨大な魔力波から彼らを守るため、自らを盾にしたのだと。

 結果、魔王は斃れ、彼は死に───そこに、ひとつの石だけが遺された。

 

「………」

 

 勇者はそれを持ち帰って……ネックレス状にしたそれを、わたくしの首にかけました。

 

「あいつは……ずっとキミのことを心配していたから。戻ったら絶対に、もっともっと笑顔にしてやるんだって言ってたから。俺達が持っているより、キミが持ってるべきだと思う」

 

 行なわれたパレードの中、城下の民達や、別の街から来たものが騒ぐ中で、静かに語られた言葉に、ただただ涙が溢れた。

 悲しい。こんなに悲しい。なのに、わたくしに笑顔を、元気をくださったあの方だけが、この感謝の声の中に居ない。

 わたくしはネックレスになったそれを大事に大事に両手で包みながら、恥じることなく涙した。

 感謝の中に悲しみを混ぜることのみを恥として、声は出さずに……ただ、涙した。

 

……。

 

 あれから十年が経ちました。

 勇者一行は本当にこの世界の事情に呼ばれることもなく、自分たちの領地で平和に暮らしているそうです。

 時折、賢者がここへ魔法で転移をしてきて、わたくしと少々の会話をして帰っていきます。

 ……そう、十年です。

 あの頃のあの方と同じ歳となり、気づけばわたくしに勝手に婚約者が宛がわれ、わたくしは……

 

「王の娘という時点で、自由な婚約などないと解っていましたのに」

 

 自室でひとり、ぽつりと呟く。

 誰も居ないのも、近づかないのもずうっと前から変わらない。

 わたくしはいわゆる“出来の悪い娘”だ。姉に比べて様々が劣り、弟に比べても様々が劣り。

 過去から今にかけて、誰かに褒められたことなど……そう、数えられるほど。

 そんなわたくしだからこそ、せめて政治の役には立てと、別の国の王子と結婚させられるのだ。

 あれから十年経っても、世界はちっとも平和ではありません。魔王がおらずとも魔物は居りますし、冒険者がどれだけ集まっても、魔物も環境に適応しようと強力になっています。

 ならば必要なのは、国と国との協力だと、お父様……陛下はそう踏み出しました。

 

「………」

 

 笑むことの出来ない日々は、笑い方を忘れさせる。

 気づけばわたくしは“笑わない姫君”などと言われるようになり、陛下からも母からも、姉からも弟からも距離を置かれるようになっていました。

 努力しても並。なにも報われず、失望ばかりが募る。

 いっそ全てを投げ出して、こんな世界から逃げることが出来たなら。何度そう思ったことでしょう。

 けれどもたとえ世界から逃げられたとしても、何も出来ない、やったところで何もかもが並な自分が野に放り出されるだけ。

 冒険者にでもなってしまおうか。そして、その先で死ぬのなら、もう誰の責任でもない。

 そんなことを考えながら……そんな未来を考え、もしかしたらを考えながら、日々を過ごし───

 

「私は! 笑わない姫君との婚約を破棄させてもらう!!」

 

 ───せめて全てを波風立たぬよう過ごしてきたというのに、覚えの無い事実を盾に、婚約破棄を言い渡された。

 隣国の王子は隣に居る平民の女性を嫁に取ると宣言し、わたくしは周囲に、父に平民にさえ劣る存在として扱われ───

 

「違います! わたくしはなにも! 本当です! っ……信じてください、お父様……!!」

 

 いままでずっと耐えてきた。なにを言われても、なにを架せられても。

 努力をしても届かないのは努力が足りないからだと言われ、だったらと頑張ってきた。

 褒めてくれる人なんて居なかった。それが当然だと言う者ばかりで、姉も弟もわたくしより努力もせずになんでも身に付けてゆく。

 けれど。一度くらい、たった一度くらい、“自分を信じてほしい”と願うくらいは許されてほしくて。

 だから、たった一度のわがままを、自分を信じてくれることにこそ託し───わたくしは、父自らに勘当を言い渡された。

 

「………」

 

 ああ、そうか。自分という存在は、たった一度の願いさえ受け止めてもらえないのか。それを心が受け止めてしまった時、様々なものがどうでもよくなってしまいました。

 だからわたくしは───勝手に話を進められ、国外追放、なんて処置が下されることになっても反論も出さず抵抗もせず、馬車に揺らされ……国境までくると、下ろされた。

 

「お嬢様……このレヴァンは、このレヴァンは……!」

 

 唯一、城の中でわたくしの味方をしてくれていたレヴァンも、お父様……いいえ、陛下には逆らえない。

 わたくしはもうただの小娘になるのですから、もう……あなたがわたくしに対して悲しみを抱く必要などないのです。

 

「さようなら、レヴァン。どうか、あなたもいつまでも健康で」

「お嬢さばぁっ……!!」

 

 ドバァと涙をこぼし、口を押さえながら泣く彼を横目、わたくしは最後に城へとカーテシーをして、それではごきげんようと告げる。

 お嬢様なわたくしはこれで終わる。

 長かった髪も切り、綺麗なドレスも置いてきた。

 ここに居るのはただの出で立ちの様相を纏った小娘だ。

 ただ、その心がどこまでも諦めの方向へ向いてしまっているだけ。

 解っているんだ。甘やかされた環境で育った貴族の娘が、急に外に放り出されて満足に生きていけるわけがない。

 それでも町にまで辿り着ければ、なんて甘い考えを持っている自分も居る。

 

「ふふっ……町にまで送り届けない時点で、陛下がわたくしのことをどうお考えか、など解り切っていることでしょうに」

 

 道中で魔物に襲われ、死んでしまってもいいと思われているのだ。

 ……違いますわね、“その方がいい”と思われているのでしょう。

 わたくしが何をしたか、ではなく、何も出来なかったのが原因。その上、一方的な濡れ衣とはいえ、他国の王子との婚約を破棄までされて。

 けれど、仕方が無いではありませんか。

 誰も期待せず、誰も信じてくれぬ状況で、なんのために、どんな希望を胸に歩けと?

 

「………」

 

 このまま死んでしまうのもいいのかもしれない。

 それでも……もし町に辿り着けたのなら、がむしゃらに働いて……細々とでもいい、生きて、生きて……いつかまた、あの頃のように心から笑えたら───

 

……。

 

 歩きっぱなしの足が悲鳴をあげていた。

 視界はとっくに暗く、灯りも無しに歩くのはもう限界だった。

 

「……っ……つ、はぁ……!」

 

 どれだけ諦めなんてものを抱いたつもりでも、生きているのならお腹は減るし、お腹が減ればなにかを食べたくもなる。

 町に辿り着ければ、なんて考えがどうしても浮かんでくるけれど、着いたところでお金なんてないのだ。

 ならばどうするかを考えて、気持ちの悪いものが頭に浮かんだ。

 それだけは、だめだ。そうなるくらいなら、今のまま死を迎える。

 そう思えるのも、まだまだ余裕があるからだ、ということくらい想像はつく。

 なら、まだ大丈夫だ。

 “嫌なこと、自分だったらしたくないことを考えて、それだけは嫌だとまだ思えるのなら余裕があるということ”、なんて教えてくれた人が居る。

 今思えば子供に対してなんてことを教えるんだろう、なんて呆れてしまうけれど、その言葉の意味も今ならわかるのだ。

 陛下は勇者らを勝手に呼んで、異界の地で味方も居ない少年らに、自分たちでは敵わない相手を殺してこいと命令した。

 それに対する嫌味だったのか、ただ不満を口にしたかっただけなのか、彼は苦笑しながらも“嫌なことと余裕の関係”を教えてくれた。

 あとは───

 

「あとは……」

 

 大きな樹に体を預け、座り込んで、足を休める。

 山ではないからウルフと遭遇する危険性はないとは思うけれど、出来るなら樹には昇りたい。けれどわたくしにそれは無理だ。

 

「……!」

 

 みしり、と。なにかが軋む音を、耳が拾った。急なことで声が出なかった……ことが、救いになった。

 薄暗い視界に大きな音、という状況が体を震わせたことが、“それ”を確認するために振り向く動作を鈍くしてくれた。

 

「……、───!」

 

 樹に隠れるように、ゆるりと振り向いた先に、魔物が居ました。

 ここらで見ることなどまずないと思われる、大きな大きな……角の生えた人型の魔物。

 暗がりでも目が赤く光り、下顎に並ぶ歯の中でもひときわ大きな二本の牙が、目じりの高さまで鋭く伸びている。

 あれは───オーガ、でしょうか……? どうして、こんなところに……?

 

『ドゥォオオオウォオァゴォオァアアッ!!』

 

 そんなオーガが突然手に持った大きな木の塊……棍棒を振り回すと、大きく叫びました。

 突然のことに肩が跳ね、忘れていた恐怖が体中を襲い、逃げたくても足が震えて、立つことすら出来なくなっていました。

 

「……、……っ……」

 

 は、は、と恐怖で勝手に息が荒れる。

 だめ、音を出しちゃだめ、だめなのに、心臓がうるさい、やめて、落ち着いて、怖い怖い怖い……!!

 

「……!」

 

 天に祈る気持ちだった。

 オーガは気に入らないことでもあったのか、叫びながら周囲のものを破壊していく。

 その破壊のたびに移動して、岩を、木を、立て札を破壊して、荒い息を吐き出しながら、次はこちらへと、どすんどすんと音を立てて歩いてくる。

 

「は───」

 

 そう、天にも祈る気持ちだった。

 貰った時からずぅっと離さずに持っていた石を両手で包み、樹の陰で縮こまるようにして目を閉じて、祈った。

 助けてください助けてください、死にたくない、死ぬにしても、殺されるなんていやです。こんな、孤独のままでなんて死にたくない。

 助けて、たすけて、たす───

 

『───ゴルルゥァア……!!』

 

 ひ、ひ、としゃくりあげるように、気づけば泣いていた。

 その声を聞いたからでしょう。オーガは樹を破壊せず、それに手をかけるようにしてわたくしを覗き見て、ニタァと笑ったのです。

 

  ああ───だめだ。

 

 心が、今度こそ諦めた。

 諦めたからこそ、動いた。最後はそうしようって、会えなかったらそうしようって思っていたから。

 

  いいか? これは俺がキミにだけ教える魔法だ

 

 子供の頃に彼が教えてくれた、“あとは”の続き。

 指で空中になにかを描くように手を動かして、最後にこう呟く。

 

「───」

 

 震える吐息が、声帯を震わせた。

 声になったそれが小さく空気に伝わると、ぎゅうっと閉じていた瞼を光が白く染める。

 普通、閉じた瞼越しに光を見れば、眩い赤が見えるだろうに、それはそんな“普通”を飛び越え、怖い位の白を瞼越しに見せた。

 肌で感じるそれはとても熱く、光と一緒に風を巻き起こして、目を開こうにも開ける状況ではありませんでした。

 

「ぶぁっは! げっほぉーいっ!!」

 

 そんな白と風と熱が突然消え去ると、急にすぐ近くから咳き込む声。

 なにが、と目を開きかけた途端にオーガの大咆哮が放たれて、もう一度目を閉じ体を竦ませてしまいまし「うるっさいよいきなり叫ぶなこの馬鹿ぁ!!」……た?

 

「え……」

 

 怒った様子の男の人の声に、慌てて目を開けると……開けた視界の端に何かが走って、すぐ後にずっぱぁあああんっ!! ってすごい音が鳴りまして……オーガが居たから振り向けなかった後ろを反射的に見てみれば、頬を抑えて倒れた乙女みたいな座り方で、涙目で誰かを見つめるオーガさん。

 

「っ……げぇっほごほっ! ごっほっ! ~……あぁ()ったぁああっ……!! 死ぬかと思った……ていうか俺、死んでたよな……!? えぇっとたしかあいつらに“ここは俺に任せてお前らだけでも”って言って……あ。うわ、うーわー……死んだわ」

 

 その人は。その後ろ姿は。

 忘れもしない、その声は───!!

 

「とにかく回復薬かヒールを……っと、おぉ、これこれっ、荷物無くなってなくてよかった……! ん……んぐっ、んぐっ」

「タロウ様!!」

「んっがっごっごっ!?」

 

 まさかもう一度会えるなんてと、感激のあまりその背中に勢いよく抱きついてしまいました。

 親が見ればきっと、はしたないなんて咎めるのでしょうけれど……それでも、我慢など出来なかったのです。出来なかったので……薬らしいものを飲んでいる彼に、これまできっと、一度たりともしたことがないであろう“誰かに向かって駆けて抱きつく”、なんてことをしてしまったのです。

 

「ブフッ!? ンブッフ! ブ……ん、ごふっ……ごっふ……!! ~っ……ぶっは! だちょっ……誰だぁ人が高級ポーション飲んでる時に背中にタックルとか! こぼしたらもったいないだろ!? 咽ながらモノを飲むのがどれだけ大変かっ───」

「タロウ様! タロウ様ですよね!?」

「ワカッ…………え? ぃぇあの、ハイ、太郎ですけど。多田野太郎っていうただの太郎ですけど」

 

 背中に抱きついて、見上げるように彼を見るわたくしと、体を捻って肩越しわたくしを見下ろす彼。

 彼の表情には困惑がこれでもかというほど溢れていて、まるでわたくしが誰かがわからないご様子でした。そんな、何故……わたくしです、リィネです。幼い頃に、あなたに笑顔を教えてもらった───……!

 ……、あっ。そ、そうでした、あれからほぼ十年。わたくしも既に大きくなり、あの頃とはまるで違うわけですから、タロウ様がわからないのも当然……!

 

「あの。わたくし、リィネです。幼少の砌、タロウ様に心を救っていただいた、リィネです」

「───、……幼少のみぎり、なんて言葉実際に聞いたの初めてだ……!」

「え?」

「あぁいや、うん。えっと? ……エッ? リィネ?」

「はい」

「誕生日を召喚に邪魔されて、拗ねてた?」

「拗ねっ……!? ~……は、はい」

「エー……あの、えー……? つまりそのー……え? 俺何年死んでたの?」

「死ん……?」

 

 なにを言っているのでしょう。死んで? 何年? ……?

 

「あの。タロウ様が勇者一行と旅に出てから、既に10年ほどの時が経っておりますが……」

「───」

 

 喜びと困惑が混じり、オーガが未だに頬の痛みに蹲る中、わたくしは自分の知る事実をそのまま、彼に告げました。すると彼は笑顔で固まって、小さく「神様……」とこぼしたのでした。

 

……。

 

 痛みから立ち直ったオーガがどどどどどと逃げていくのを見送ったわたくしとタロウ様は、壊されなかった樹に背を預けながら、これまでのことを整理していました。

 

「はー……つまりえぇと? 俺は皆様が10年の時を生きている間、ムラビティア神石(こうせき)の中で復活の時を待っていた、と……」

「いえあの、タロウ様? さらりと仰ってますけれど、そもそもその復活というのは……?」

「へ? あぁ、うん。俺さ、そもそもこの世界には巻き込まれて召喚されたんだよね。それは知ってる?」

「はい。あの日、勇者じゃないんだ、と教えてもらいましたから」

「……だったね。俺はあいつらの召喚に巻き込まれただけで、そもそもこの世界を救う勇者は三人。勇者と、弓士と、賢者。最初は弓士の場違い感すごいなー、なんてあいつらと話してたもんだけど……一番場違いなのが俺だったんだよなぁ……」

「あの。タロウ様のジョブは?」

 

 ジョブは、産まれた時点で決まるもの。勇者ハルト、弓士シュウヤ、賢者ハジメはとても有名で、そのジョブも珍しいものでした。

 けれどそのジョブだから誰しも強くなれるわけではなく、相応の努力とそもそものセンスが無ければ、ジョブの有効利用なんて無理だといわれていました。

 それに最も適した知識というのが、異世界知識。とりわけ、ニホンという国のそういった技術に関する知識は素晴らしいらしく、それまではむしろ“珍しいくせに役立たず側のジョブ”、勇者、賢者のジョブを最高位のものとまで言わせた。

 勇者なんて他よりちょっと勇気が沸いて出るだけ。賢者なんて他よりちょっと頭の回転がよくなるだけ。なんて言われていたのに。

 初めての異世界召喚によって現れた異世界人のジョブは勇者で、その強さを世界に轟かせた。その者の名は伏せられていたが、通称はあった。

 “ガチョータ”、“キモータ”と他の仲間に呼ばれていた彼は、そこからの推測で“ガチョータ・キモータ”様と呼ばれるようになり、呼ばれる度に“ヲタですが、何か?”と胸を張っていたらしいです。

 ともあれそんな方が様々なジョブについての有用性を説いて、役立たず側のジョブを持つ人々に素晴らしい喜びを与えてくださった。

 ……ただ、そんなガチョータ様でもどうしようもないジョブがあって───

 

「俺のジョブ? “村人”だけど?」

 

 名を、村人。

 王と平民の母の子であるわたくしと、同じ名のジョブでした。

 もちろん耳を疑いました。ええ、疑いましたとも。

 喜んでいいのか悲しんでいいのか、今彼はええとその。村人、と……仰いました?

 

「むらびと、ですか? いえまさかそんな、え?」

「召喚に巻き込まれた村人です」

「───」

 

 絶句って、本当にできるんですね。初めて知りましたわ。

 

「そんな、巻き込まれたからって、そんな」

「ちなみに勇者ご一行の中では荷物持ちしながらリーダーやってました

「なにがどうしてそうなるのですか!?」

「だってあいつらスキルの使い方とかバランスのいい立ち回りとかこれっぽっちも考えないんだもの。知ってる? 弓士シュウヤってどこでなにを聞いたのか、“アーチャーって弓使わないんだろ?”とか言い出して、敵を拳で殴るんだぞ」

「えぇぇええええええっ!?」

「賢者ハジメは“戦いはさ、ようするに火力だろ? ぶつぶつ詠唱してる暇あったらレベル上げて物理でいいじゃん”とか言って殴りかかるし」

「賢者様ですよね!? 頭の良い発言とは思えないのですが!?」

「勇者ハルトにいたっては、“なんで勇者の武器っていったら剣なんだよ。俺格闘術の方が得意だぞ?”とか言って殴りかかるし」

「なんで皆様体術なんですの!?」

「あ、ちなみに……ほら、この剣。これ伝説の勇者の剣ね? あいつただの荷物になるってんで、俺に押し付けやがったんだよ」

「えぇええええっ!?」

 

 前略陛下様。古の祭壇から紛失したと思われていた伝説の剣が、村人様の道具袋の中に突っ込まれておりました。

 

「あの……あの。もしやとは思うのですが、魔王は───」

「勇者どもが三人で囲んでボコってた。拳で」

「───冷静に考えますと、英雄譚なんてそんなものですよね」

 

 それがただ、武器がどうであったかで変わるだけなのでしょう。

 わたくしの脳裏によぎったのは、幼い頃に思い描いた勇者たちによる魔王討伐の美しい光景ではなく、見たこともない魔王が男四人がかりで押さえつけられながらもボコボコにされる様でした。あまりにひどいです。

 

「あいつらひどいんだ……ほんと……あいつらひどいんだよ……。誰かが指示を出してこうしてああしろって決めてやらなきゃ、罠には自分から突っ込んでいくし回復だってしようともしないし……。しかもこの世界も結構アホなところがあって、弓じゃなきゃ弓士は力を引き出せないって条件があったんだけど」

「はい、それは存じております」

 

 勇者は勇気と聖剣を、弓士は心眼と弓を、賢者は知恵と魔力を。

 他にも様々なジョブが様々な適正を持ち、それに合った行動をすることで初めて力を存分に使ったといえる、と。

 ガチョータ様の知識は本当に、ジョブの能力の幅を世界に広げてくださいました。

 

「弓士のシュウヤはな、“アーチャーは弓を使わない。じゃあどう弓士の力を引き出すか? これだろ”なんて言って───」

「言って……?」

 

 ごくりと喉を鳴らす。

 まさか、今代の勇者一行は、ガチョータ様に続き、ジョブにさらなる光を───!?

 

「弓を引くナックルアローで魔物を倒してた」

「………」

「………」

 

 ……うん。なっく……うん?

 

「なっくる? あろー?」

「ナックルアロー。こう掴むだろ? 拳を引くだろ? 殴るだろ? はいアロー」

「こんな行動が弓として認められましたの!?」

「認められた。あいつのナックルアロー本気でアホみたいな威力だから。しかもイーグルアイを使ってから殴ると急所射ちの効果が付与されて、ハチャメチャに強い」

「………」

 

 え? 相手を掴んで……え? 拳を……弓を引くように引いて? な、殴る……だけ? ですの?

 …………いえ、落ち着きなさいリィネ。まだ勇者と賢者が残っています。驚くのは……ふふ? それからでも遅くないでしょう?

 

「で、勇者は勇気を漲らせて正拳突きするだけで敵が面白いくらい吹き飛んだ」

「せーけんづき……」

 

 聖剣で突く、のでしょうか。ああけれど、剣はタロウ様が持っていたわけで……んぅう?

 

「こう、足を広げるだろ? 重心を落とすだろ? 拳を腰に溜めるだろ? で、身体の回転と一緒に拳を突き出す。はい正拳」

「聖なる剣のことではないのですか!?」

「え? 拳だぞ? 言っただろ? あいつら体術ばっかだって」

 

 おかっ……おかしいですわー……!? わたくしが伝え聞いた“でんせつのゆうしゃのはなし”とはまるで違いますわー……!?

 

「……あの。まさか賢者様も」

「体に魔力纏わせて身体能力上げて物理で殴ってた。賢者のくせに詠唱一回もせず終いだった。結局、勇者は勇気の正拳、弓士はナックルアロー、賢者は魔力集中パンチだけで世界を救ったぞ」

「………」

「まあその所為で魔王の魔力爆発に対抗できる手段が一切無く、アイテムからシールド効果のあるもの使うしかなかったわけだが」

「物凄く情けない事情でタロウ様死んでません!?」

「いや、実際に一番可哀相なのは魔法も特技も一切使われずに体術でブチノメされた魔王だろ。ていうか……魔王が自爆したこと、伝わってんのか?」

「……はい。帰ってきた勇者が仰ってました。魔王の最後の力から自分たちを守るために、タロウ様は死んだのだと」

「え? そんな風に言われてたの? いやまあ状況的には確かにそうなんだけどさ。言っちゃうと、魔王が最後に自爆魔法を発動させてね。律儀に“この私の膨大な魔力を爆発させる力で、貴様らもろとも……”とか言い出したんだ」

「はい……」

「そしたらあいつら、“ならば爆発する前に倒してしまえばいいだろう”とか言い出して殴りかかるんだ。自爆だよ? 逃げれば勝手に死んでくれるのに、なんで自分から巻き込まれにいくんだって話だろ」

「あ、あ……ぁは~……?」

 

 わたくし、こんな、なんと言えばいいのかわからなくなること、初めてです。

 民たちがあんなにも勇者様万歳と言っていた相手が、まさかのそんな人たちだったなんて。

 

「いいから離れるぞって言ったって聞きやしない。その説得をしている間にもう爆発寸前だろ? 一応旅の途中で、強力な防御壁を作れるアイテムとかは持ってたから、それをありったけ使いながらあいつらに言ったわけだ。俺が衝撃を押さえ込むから、お前たちは~って感じで」

「………」

 

 あたまがいたいです。

 ゆうしゃ……それでゆうしゃって……! けんじゃ、そこで、ちえをしぼらないでどうするんですか……! え? しぼってそれだったんですの……!?

 

「で、まあ、荷物持ちしてた俺が、持ちうる限りのアイテムで魔王の自爆を押さえ込んで、魔王城が消し飛ぶ程度の被害で済ませたのはいいんだけど……まあ、村人な俺が耐えられるわけがないわけで。そこでユニークスキルの出番です」

「ユニークスキル? あの、ジョブのひとつひとつにあると噂された……?」

「そ。村人の場合は“徒党の偶像”(まぁいっぱいおるし)だな。死んでも条件が揃っていれば蘇られるってやつ。で、ここでようやく話が“死んだことからの復活”の方向に戻るわけだけど」

「村人にそんなユニークスキルが……?」

「や、俺の場合は転移特典としてどこぞの神様っぽいのに教えてもらったから知ってただけ。村人ジョブのやつは、条件を設定してから死ぬと、ムラビティア神石ってのに変化する。その間、仮死状態みたいな感じになって、不老不死状態でいられるらしい」

「む、むらびてぃあ……? こうせき……?」

「神の石、って書いて“こうせき”って読むんだと。村人の石なのに大げさな名前だよなぁ。まあ実際条件さえ満たせば蘇られるんだから、神の石ってのも間違いじゃないんだろうけど」

「~……えと。それで、タロウ様が設定? した条件とは……?」

「“俺が変化したムラビティア神石”を持った人物が、これをすること」

「これ? ───あっ……!」

 

 タロウ様は、わたくしの前で、幼少の頃に見せてくれたあのおまじないをしてくれました。

 それは、わたくしがオーガに殺される恐怖に怯えながらもしたものと同じで……

 

「人が一人蘇るってもんだから、条件厳しくないと無理でねー。リィネがムラビティアを手にするかもわからなかったし、博打の域にも到らない行動だったなぁと」

「…………そこは嘘でも、“わたくしを信じてあのおまじないを教えてくれた”と仰ってください」

「いや、それは嘘にしても出来すぎだろ。白い目で見られたくないし」

「……もうっ」

 

 言ってくだされば信じましたのに。言ってくだされば心から喜びましたのに。

 

「けれど、復活といっても……傷などは平気なのですか?」

「正直めっちゃくちゃ痛かった……! でももう回復したかな。全快状態で復活、じゃなくて徐々に直す復活とかやめてほしいわ……!」

「ふふっ……命が戻ってきてそれは、贅沢というものです」

「や、生き返ったことに不満があるわけじゃないけどさぁ……!」

 

 言いながら二人、くすくすと笑った。

 ああ……本当に久しぶりに笑っていられてます。

 自然な笑い方なんて、とっくに忘れていたと思っていました。

 ……ええと、つまり。頬が痛いです。どれほど表情が変わっていなかったのですか、わたくし。

 

……。

 

 国境より一番近い町、テモルト。

 鉱山に隣接した町であり、ここでは冒険者の武具や農夫の農具といったものを作るための鉱石を掘る場として有名です。

 

「ここに来るのも久しぶりだなぁ……はっはっは……見るもの全てが変わってやがる……!!」

 

 そしてタロウ様は「マジで10年経ってやがる……」とぶつぶつ仰ってます。

 

「………」

 

 ここまで普通に歩いてきた自分の足を見下ろす。タロウ様が生活魔法“救急箱”であっさりと治してしまった足を。

 村人が魔法を使えるなんて初めて知りました。訊ねてみれば、村人の様々を極めた末に得られる“ムラビトン”という複合スキルを得ることで、そういった能力が使えるようになるらしいです。

 ムラビトンにはランクがあって、たとえ覚えられたとしても成長させなければ意味がないとのこと。

 あるのはA~Zのランクで、タロウ様のランクはZ。ムラビトンZだそうです。

 

「タロウ様? これからどう───」

「まずリィネの冒険者登録な。あとは俺のカードがまだ有効どうか調べないとだ」

 

 言って、タロウ様はご自分のカードを取り出して、操作をしています。

 

「あ、あの。有効でしたら、どうなさいますの?」

「ん? 冒険者やめる」

「どうしてですの!? えっ……!? ぇどっ……どうしてですの!?」

「や、無理に危険に身を曝すことなんてないしなぁ。ギルドで初心者教導官でもやって生活するさ。ハッキリ言うが“村人”じゃあ倒せる限界がどうやってもある。ならその限界までを教えてやるのが俺の仕事だ。こっからここまでが村人だけど経験者な俺が教えられることだ~って、きっちり導いてやるのさ」

「タロウ様……」

「んで、あとはそいつらに任せて平和に暮らす」

「…………間違ったことは言ってませんのに、なぜだか納得いきませんわー……」

 

 適材適所。まさにそうなのでしょう。

 村人というだけで見下される者は少なくありません。でしたら、その見下してきた分だけ活躍してみせてくださいな、ということなのでしょう。

 

「まあまあとにかくギルドギルド。前の記憶だと確かこっちのほうに…………あれ? 場所変わった?」

「町を広く作り直したと聞きます。入り口からして遠くなったのでしょう」

「あ、そゆこと? だよなぁ、10年だもんなぁ……あいつらも今頃は元の世界でのんのんびりびりしてるんだろうなちくしょう。俺だけ帰りそびれたぜ……」

「?」

 

 あいつら? あいつらとは……ああ、勇者一行のことですね。

 そういえばタロウ様は、彼らが元の世界に帰らずにこの世界に残ったことを知らないのでした。

 どうしましょう、なんだかうんうんと頷きながら懐かしんでいるような様相です、声をかけるのは失礼……でしょうか。

 

「ま、でもいいさ。ど~せ帰ったって俺に居場所なんてなぁ……トホホイ」

「? あの、居場所とは? タロウ様には帰る場所がないのですか?」

「……何気に刺してくるねリィネ。あー……その、なんだろ。元の世界じゃー……さ、ほら。俺、あんまいい風に思われてなかったっつーか、自業自得っつーか。受験失敗して、途端に手のひら返されたっつーか……失敗したのは自業自得だろうけどありゃねーだろ……! 風邪引きながら頑張ったのに“しょうがないよ、お兄”とかじゃなくて“有り得ない。あたしもうアンタがあの大学行くって友達に自慢しちゃったんだけど”とか……それ俺関係ねぇだろ! お前が勝手に自慢して自爆しただけじゃねぇか! 個人で俺に文句言うならまだいいったって親まで味方につけて孤立させてネチネチネチネチ!! あ゙ぁあああ思い出したら腹立ってきた! あーそーだなせいせいするわ! 10年だぞ10年! 有り得ない兄が消えて10年! せいせいすんだろクソがぁ!! よーし俺も叫んでせいせいした! これでおあいこってことでウジウジ終わりぃ!! というわけでギルドだオラァ!!」

「えぁっ!? は、はいっ!」

 

 話しながらも歩いていたら、目の前にギルドがありました。

 冒険者ギルド……村にある、というのは聞いたことがありませんが、町には大体あるそうです。

 今日からわたくしも、ここで……!

 

「ちなみにリィネ、戦闘経験は?」

「え……あ、ありません」

「俯かない俯かない、そんなの大体のやつがそうだ。俺だって勇者だって戦闘経験なんてなかったよ。ただ、人を召喚して魔王討伐を任せる親の娘なんだから、もしかしたらって思っただけだ」

「元、です。もう関係はありません」

「まあ、そか」

「はい」

 

 タロウ様には既に事情を話している。話した上で、やはり生きたいと願ったから、こうして一緒にこの町に来たのだ。

 もうあの地には帰りません。わたくしはここから、この地で、冒険者として───!!

 

「んじゃ、元の国に戻るか」

「なんでですの!?」

「え? だって関係ないんだろ? だったらもう元の国の、いっそ城下町の冒険者ギルドで登録して名を上げて見返すくらいしてやりゃいいじゃないか」

「関わり合いたくないので嫌です」

「OKそんなキッパリが聞きたかった。仕返しとか見返しっていろいろ面倒だもんなぁ」

 

 んじゃ、登録しよう、なんて軽い足取りで、タロウ様がギルドの入り口の羽扉を押して入ります。慌てて追うわたくしは、さっきから戸惑ってばかりです。

 

「いらっしゃいませ、当ギルドのご利用は初めてですか?」

 

 すたすたと物怖じせずに歩いていった先のカウンターでは、耳の尖った女性が対応してくださいました。

 胸にあるネームプレートを見るに……このギルドのマスターらしいで───ギルドマスター!? 若いですわ!? ……はっ!? 耳の尖った……エルフですのね!?

 

「あ、どうも。あのー、冒険者登録をしたいのですが」

「かしこまりました。ではこちらにお名前のご記入を」

「はいな。ほれ、お前も」

「え? あ、はい」

 

 興味津々。わたくしの番になったなら、タロウ様の行動を真似ようとじいっと見ていたわたくしを、タロウ様が促します。

 ええっと? この……渡された紙に、この変わったペンで名前を書けばよろしいんですのね?

 

「書き慣れた名前じゃないと弾かれるからなー? あ、少なくとも10年前はそうだった。……ですよね?」

「はい。握ったペンが血液を鑑定して、筆圧や動きなどでごまかしを看破します。───はい、タダノタロウ様ですね? 登録内容は冒険者……ではなく職員希望、ですか?」

「初心者教導官になりたいんです」

「それは助かります。募集をかけているのですが、職員にはなりたいけれど教導者にはなりたくないと言う方ばかりで……」

「………」

 

 タロウ様が、“わかる! 丁寧に教えてるのに聞こうとしねぇんだもんあいつら!”という顔でにっこりと笑う顔に疲労を滲ませています。

 

「では審査として一定量の能力への到達が条件と…………クリアしていますね。というか村人のジョブでこの数値はとても珍しいですね。失礼ですが今までどういった職業を? 見たところ、随分とお若いようですが」

「いや、実はとあるパーティーでリーダーやってたんですけど、ちょっとした事情で休業してまして。ギルドには久しぶりに来たので、更新手続きとかあったらしとかないとと」

「それはそれは、お手数をおかけします。では登録日時の確認と更新手続をさせていただきますね。えー…………登録日時、が……10年前? あ、なるほど。エルフと人間のハーフの方でしたか。同族とは嬉しい。随分と若作りなのでびっくり───……種族、人族? ……? ……? ……!?」

 

 混乱してらっしゃいます。それはそうですよね。

 10年間仮死状態で時間凍結状態でした、なんて誰が信じるというのでしょう。

 

「あの」

「ちょっとした事情で、休業してまして」

「…………。なるほど、訳有りの方でしたか。冒険者がそうであるなら構いません。元々荒くれ者の多い職種ですし。ですがそれを導く者がそうである場合、ともに働く者に影響が出る可能性があります」

「よし、じゃあ冒険者になって勝手にお節介焼いて初心者導くわ」

「あの。どういった経歴があるのか、を触り程度でいいので語ってくださればいいのですが」

「過去のことは教えたくない。面倒しか起こらないから」

「なにがあっても?」

「相手に寄る。接してみて、話してみて、“あ、こいつ絶対面倒臭いやつだ”って思ったやつに、そいつの餌にしかならないような話題、振りたい?」

「……なるほど。ようこそ冒険者さん。更新手続が完了いたしました。これからの活躍に期待します、タダノタロー様」

「タダノ、タローだからやめて? 繋げて呼ぶのほんとやめて?」

 

 やいのやいのと言っている間に更新と、わたくしのカードの作成が完了いたしました。

 受け取った綺麗なプレートカードを見て、頬が勝手に緩みます。

 これでわたくしも冒険者……もう、顔色を伺って生きるだけの妾の出来損ない王女ではないのですね。

 ジョブ:村人になにができるのかは解りません。解りませんが、そのジョブの果てに居らっしゃる方が傍にいてくださいます。

 お節介を焼いてくれるというのなら、わたくし……そのお節介がどんなに大変なことでも乗り切ってみせますわ。だって教えてくださる方がタロウ様なら、わたくしに拒む理由などありませんもの───!

 

……。

 

 いやですわ宿に戻りたい。

 わたくしは早速拒む理由を探しておりました。

 

「ほれ、いーからこれ担いで」

「で、ですがこれっ! 魔物のそのっ……」

「モンスターのフンだな」

「はっきりおっしゃらないでください!」

 

 登録当日から始まった、スキル:ムラビトン習得講座。

 まずは村人というスキルに自分から積極的に寄り添うことが大事、らしいですわ。

 そのための第一歩が、長い棒の両脇に縄をつけ、そこに吊るした桶二つに魔物の排泄物を溜め、肩に担いで移動すること……!

 どうしてですの!? どうしてまず真っ先にこんな地獄が!

 

「一番最初に嫌なことクリアしとけば、後が楽だぞ?」

「わたくし頑張りますわ!」

 

 後が楽。つまりはこれをクリアしなければ後は教えて貰えないということ。

 それは嫌です。わたくしは強くならなければなりません。

 あんな家族に頼らずとも、生きていけるように……!

 

「うっ……く、くぅう……!」

 

 とはいえ、魔物の排泄物を溜めた桶を吊るして歩く、というのは……!

 揺らせば飛び散る、という恐怖が体を支配して、思うように進めません。

 環境魔法で洗い流すことはできます。できますが、一度ついてしまったらその結果は洗い流した程度では取れません。

 そう意識してしまうとどうしても体が固くなってしまって───《ピピンッ♪》え?

 




結局信じられるのは己の五体というお話。
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