俺、
この世に産まれ、平凡に生き、貧乏ではないけど裕福でもない、けれど幸せな家庭で育った。普通に両親は好きだし妹も可愛い。
同い年の美少女幼馴染にも恵まれて、けれど友人には恵まれない、なんともTHE陰キャって感じのインキャニックオーラを裡に秘めながら生きて来た。
幼馴染はなんだかんだ俺に付き合って駄弁ったりなんだりしてくれるけど、内心じゃこんな俺と幼馴染ってことにコンプレックスっていうのか、面倒くささは感じているんだと思う。たまにね、溜め息吐いてるの。まあ、受け取る側が俺でも溜め息吐くわ。
美人に産まれて、それなりに裕福な家庭に育って、可愛がられつつも時に厳しく育てられ、メリハリ有・刺激有のステキな成長を遂げた彼女にとって、俺だけが人生のパーツの中で謎部分でしかないのだろう。
ガッコに行けばいろんな人間と出会う。中にはなんであんな暗いヤツと一緒に居んの? なんて無神経に問うてくる奴も居るだろう。ちなみに面と言われて対局を意味するディスられ方なら既にされている。俺、惨め。
でもなぁ、これが俺だからなぁ、と今日も今日とてラノベ……ではなくWEB小説を読み漁るわけだが。
「…………んぅ?」
ラノベを買うわけでもなく、無料で様々を読めるWEB小説は実にステキだ。望まずとも様々な、サマざまぁなジャンルの小説が読める。学生にはありがたい世界だ。特に貯金が趣味の俺にはありがたい世界。
けど、そんな世界で恋愛ものを飽きることなく読み続けた俺は、最近流行りのNTR~だのざまぁ~だのを見て……いつしか首を傾げるようになった。
……これ、違くね?
と。
いやうん、主人公っていう彼氏が居るのに浮気する彼女はそりゃあひどいと思う。うん、これはひどいよ。いや、心情わかるよ? わかるかわからないかって訊かれたらわかる。スゲーよくわかる。他に好きなやつが出来たなら、まずすることは主人公と別れることだからな。
でもさ、この主人公ら……そもそも彼女さんに好かれるための努力、してなくない?
告白してOKもらえたらそれでOK! じゃないだろ、恋愛って。そりゃ、彼女も彼女だ。手を出してきてくれないから別の男に走るって、それおかしくない? 彼氏居るなら彼氏に走れよ。なんでそこで別の男?
「…………やべぇ」
その時、俺はじっとしていられなくなったんだ。なんとなく、だけど。幼馴染である木吉和美の気持ちが分かってしまったのだ。ボサ髪眼鏡でダルダルで面倒臭い幼馴染で、でも親が親友同士で隣同士だから関係が難しいし……とかそういう切りたくても切れない関係。
たとえ俺だけ除外しようと、あいつは俺の妹を可愛がっているし、俺の両親にもかなり懐いているところがある。溜め息を吐く相手なんて俺だけなのだ。
俺から見ても、学校のやつらから見ても、ご近所さんからの目から見ても、綺麗で可愛くて気が利いてやさしくて笑顔がステキな和美。そんな彼女と同い年の、漫画とかなら彼女の周囲に花を飾るような少女漫画チック背景に泥を塗る……そんな存在が俺。
「……ていうか」
ああ、うん。やべぇ。気づいちまった。
…………なにやってんだ俺。
「親の金でガッコ行かせてもらって、親の金でメシ食わせてもらって、親の家で衣食住を約束してもらっている分際で、親の勉強しなさいさえ満足に叶えてやれてないって……うわ、真面目に考えてみて、究極的にクズじゃないか……!?」
親のすねかじりっていうか、もう寄生虫っていうかヒモどころか洗濯し忘れた履き潰しのブリーフレベルの汚物じゃないか……!!
そのうえお小遣い~なんてものまでもらって、それ貯金して“これ俺の金~♪”なんて……ァッ、ウワッ! ハッズ!! うわ待って! あっ、あっ……アーッ!!
「ち、違う! 俺はっ……俺は陰キャは陰キャでも、親不孝だって幼馴染不幸だってしたいわけじゃない! そんなことのために今生きてるんじゃないんだ! な、なにやってんだよマジで! こんなクズを何度WEB小説で見て来たんだ!? なにが冴えない陰キャだよ分かってんなら行動しろアホか!? 自認してるくせに周りからの行動待ってて何もしないって……あぁあああああああっ!!」
とりあえず走った。走って、部屋を飛び出て、階下へ降りて、丁度帰ってきてスーツを脱ぐ父さんと、そんな父さんのスーツを甲斐甲斐しく受け取り緩く微笑む母さんの前で、滑り込み土下座をした。
「父さん! 母さん! ごめん!」
「うおお!? どっ……どした護流!?」
「護流!? ちょ……なにやってるの顔をあげなさい!」
「俺……不真面目だった! これから頑張るから! 俺っ……これから! もう一度……頑張ってみるから!」
「え、え……え? どした? ほんとどした? なんか壊したのか?」
「護流? 怒るのと許すのとは別だから、なにがあったかははっきり言いなさい」
「え? あの……俺、なんか今日までなんとなく生きてたから、ごめんなさいって。せっかく学校に通わせてくれてるのに、なんにも活かせてないなってさっき気づいて」
「……なにかに影響されたとかか?」
「影響っていうか、気づいた。俺、陰キャ陰キャって自分から向かうのをやめる理由を勝手に作って、頑張ることとか諦めてた。小説の中に腐るほど居る、自分からする努力のかけらもないくせに、周囲に恵まれただけでなんか脱陰キャして幸せになるタコスケと同じことやってるくせに、そういった自分と同じことしてる奴を下に見るようにして笑ってた。気づいたらクズだった。やばいって思った」
「それを変えたいって……そう思ったの?」
「うん。そう思ったら、俺、なにやってんだろって。あ、母さん、バリカンとかある? 髪の毛、運動向けに切っちゃいたい」
言いつつ、ヴォサーと伸びた髪を摘まんでみせる。うん、普通に前髪カーテンレベルだ。目ぇ隠れてるし。
そんな俺の提案に、「坊主か? それともスポーツ刈りがいいか?」と訊いてくる父さん。ハテ? スポーツ刈り?
「す、すぽぉつ刈り? なにその運動に合ってそうな名前!」
「え? 今の学生とかって知らないのか? ……あー、まあ俺の頃でももうソフモヒの方が広まってたからなぁ」
「父さん、恰好良さなんていいんだ。俺は、俺を変えたい。坊主でもいいくらいなんだ。髪を切ってイケメェン? になる陰キャなんてどうでもいい! そんな、ほんのちょっぴり髪型変えて身形を整える程度の覚悟で挑みたいんじゃない!」
「…………本気、なんだな?」
「うん! だから父さん! そのすぽぉつ刈り? っていうの、やってほしい!」
「俺がか!? あ、あー……まあ、なんか昔親父が使ってたスポーツ刈り用バリカンとか倉庫にあった気がするし……」
「ん、それじゃあお母さんは眼鏡の方をなんとかしてあげるわ。まだお店開いてるし、コンタクト、買ってくるわね」
「え……でもああいうのって高いんじゃ……。あと本人に合わせたなにかとかもあるんじゃ」
「いや、幸恵。もう遅い時間だ。俺も一緒に行くから、まずは速攻でスポーツ刈りだ。それからみんなで行こう」
「俊二さん……!」
「………」
父さんと母さんはラヴラヴである。
ちなみに俺がドタヴァタ階段を降りている時点でなにかあるのでは? と感づいた妹が話に割り込んできて、オケショーとかいうのを俺に伝授するため同行するのは、少しあとの話。
───……。
……。
スポーツ刈りは……実に世界を明るくしてくれた。そして、その髪型がある限り、俺はスポーツの使徒なのだと鏡を見るたび再確認させてくれる。
全ての準備が整ったのなら早速運動。妹の指導のもと効率的な筋トレと体力づくりから始め、ヘトヘトになったら勉強をして、勉強以外に意識を持っていかれないような状態を作った。
実際この方法は善きお子を作ろうと願うお歴々によって素晴らしさを認められており、へとへとになるまで運動してからの勉強は、実にはかどるのだという。実際はかどった。
が、同時に、いかに俺が今日まで勉強というものを蔑ろにしていたかを確認できた。
よもや自分がここまで馬鹿だったとはッッ……!!
これではいけない……! こんなことでは和美にも友人にも迷惑がかかる……!
それはもちろん同じガッコに通う妹にもだ……! 親にだって、こんな馬鹿なのに無駄に学校に通わせなきゃいけないなんて……! などと思われてしまうかもしれない……! 学ぶために通っているんだから、通っているうちに学ばなければ親不孝だ……学ばねばならぬ……俺が学ばねば……!
「うおおおおおおお! 勉強ォオオオオオオッ!!」
勉強。運動。野菜を主体としたお食事、そして良質な睡眠。
規則正しい生活を心がけ、今こそ俺は、ここから身近な人から見ても恥ずかしくない俺であるための努力を───!!
……そんな決意を形にしていった、とある中学の日々のこと。
……。
そして……時は流れ、高二の現在。
「あっ……おはよっ、ゴールっ」
「どうも、木吉さん……」
「それやめてって言ってるでしょ? もうっ」
今日から高二の俺と和美は、にっこり笑顔で冗談を言い合った。
今日もよい風車日和である。
「今日も綺麗で可愛いな。ちょっと前髪切ったか? 似合ってる」
「わ……すごい、なんでわかったの? ほんのちょっぴりしか切ってないのに」
「よく見てるからな」
「そっか。……えへへ、そっかそっか……えへへ。ありがと、うれしい」
お前が嬉しいと俺も嬉しい。喜びを噛み締めつつ、行こうか、と促して、早朝ランニングへ。
あれから俺の努力は続き、細マッチョ・ゴールさんとして一目置かれる存在となった。護流、だからゴール、らしい。命名、横でなんだか幸せそうに微笑む木吉和美。
……勉強運動だけではだめよ、と母から言われ、他の方向への努力を始めた日から、女性への心遣いにも気をつけた。傍に居ても恥ずかしくないようファッションも学び、多少なりの流行も軽く追いかける程度には。そして走ることにも慣れた頃、なにやら難しい顔をして歩いていた和美をランニングに誘った。
俺の誘いに、「なんか最近すっごく元気になったのってそれの所為?」なんて訊かれて、正直に自分の心境を語った。こういう時はヘンに格好つけんでよろしい。ていうか格好つけて真実を語らないのってモノスゲく格好悪いと思う。
まあともかく、そしたら和美はむしろ怒った。変わりたいって思ったんなら誘ってよ、って。自分と俺が一緒に居ることで、俺が悪く言われるのが我慢ならなかったんだそうな。あの溜め息はその、言ったヤツに対する怒りの溜め息だったらしい。
「あのね。べつにわたし、ゴールのこと親の親友の子供だから~とかご近所さんだから~とか、そういう理由で気に掛けてたわけじゃないからね? だってわたしたちはわたしたちだもん」
「つまり?」
「イメチェンする瞬間に立ち会いたかった! ていうかわたしが変えたかったー!!」
「はいそこで第一声」
「マサオ……!(頑張った低い声)」
「Jリーグカレーかよ」
俺だって最初っからボサ髪眼鏡だったわけじゃない。和美とどろんこになって遊んだ頃だってあったし、親が持ってたビデオデッキなるもので過去のアニメとかドラマとかを見たことだってある。その時のCMを見ては真似をして、遊んでいたことだってあったのだ。
隣に住む同い年の可愛い女の子、というよりは、妹も含めて三人兄妹、みたいな感覚で過ごしてきた、みたいな感情は確かにある。三人で風呂に入ったこともあるほどだし、なんなら一緒の布団で眠ったし、じゃれついた拍子にキスだってしたりもした。
俺達のファーストセカンドサードキスは、お互いと妹とで既に終わっていたりするのだ。異性を意識して、男子が男子と、女子が女子同志とつるむような時期になろうが俺は和美の傍に居た。かなり特殊な例だけど。
しかしある時ある時期を境に努力系ヒーローよりもダルダル脱力系主人公が世に広まってくると、世界は少しずつ歪んでいった。
必要な時だけ本気を出せばいい、なんて、髪の長い陰キャヒーローをたまたま目にしてしまった俺は、その頃から少しずつ曲がっていった。努力を続けないのに強者を続けられるヒーローなんて、フィクションの中にしかいないって分からなかった俺は、決定的に間違った。
そう、そうなのだ。異世界だろーがなんだろーが、ゲームの中でもないのにステータスが維持されるわけがない。鍛えてレベルが上がっても、続けなければ弱体していくのがこの世界だ。世界はほんのちょっぴりの努力さえしない存在を甘やかしてはくれない。だから、生かしてもらっているのなら、学ばせてもらっているのなら、生活させてもらっているのなら、最低限の“
親は青春だとか恋愛だとかをするためだけに高い金出してガッコに通わせてくれてるんじゃねぇんだぞコラァ!!
だのにそんな親の気も知らんとグレたり金かっぱらったり問題起こして親ァ呼び出したり……ああうん、そこまでやっちゃうともう退学でいいよね、問題起こしてほしくて通わせてるんじゃないものね。ていうかなんのためにガッコ行ってんの? って話になる。
つまりは。
「和美」
「んー? なにー?」
「和美って、彼氏募集とかしてる?」
「今はしてない……かな。攻略中だし」
「そっか。じゃあ募集し始めたら言ってくれ。真っ先に告白する」
「!? ぇぃっいぃいい!? 今っ! 今募集し始めた! かな!? うん!」
「えっ!? そうなの!?」
「うんっ! だからっ! ……ぁ、だ、だだだから……ね?」
「……その。俺、子供の頃からずっと、和美のことが好きだった。家族みたいに過ごしてきたけど、女の子として強く意識したのは……キスしちゃった時だった」
「え……うわー……あはは、わたしたち、同じタイミングで好きになってたんだ」
「え? じゃあ和美も?」
「うん。お母さんからね? キスは好きな人とじゃなきゃしちゃいけないんだよって言われてて。じゃあ好きじゃない人にされたらどうなるの? って訊いたら、泣きたくなるくらい悲しくなるって言われてたから。……ほら、その。嬉しかったんじゃ、言い訳する必要ないくらい、好きってことなんだなぁって」
「……俺も。母さんに好きな子とキスするとどうなるのって訊いたら、嫌な気持ちなんてちっとも湧かずに、ただ嬉しくて幸せになるって。……言い訳なんて、これっぽっちも浮かびもしなかったんだ。だから───」
「ゴール……ううん、護流」
「和美。好きだ。俺の彼女になってほしい」
「……うん。嬉しい……わぁ、あはは……嬉しい……! ねぇ、護流、護流っ……!」
「うん」
「あなたが好きです。わたしの彼氏になってくださいっ」
「うん、もちろん。……はっ、あはははっ……これは確かにっ……頬が勝手に緩むなぁ……!」
それから俺達は、ここがランニング中の公園であることも、多少汗ばんでいたことも忘れて抱き合い、キスをした。シチュエーションとしてどうなんだ? って誰かに首を傾げられようが、気持ちを確かめ合った俺達に後悔はなかった。
……。
……のだが。
「護流っ。護流、護流~♪ えへへ、呼んだだけ~♪」
翌日と言わず、当日から和美がとろけた。
家に帰ってからと言わず、むしろランニング中に。
「護流~♪」
なにやら俺の名前を呼ぶだけでも嬉しいらしく、腕に抱き着きながら幸せそうに微笑んでくるのだ。……ランニングしながら。
歩幅も合わせてヘンにぶつからずに進んでいられるのは、もはや幼馴染としての意地であろう、の。
「護流……───ん♪」
そして休憩を入れると、腰に付けたバックパックからアキュエリアスを取り出すと、くぴりと口に含んで……俺に向けて上向きに、目を閉じて……
「ん」
「ふみゅっ!?」
はい。漫画とか小説だとここで男がチキッてテンパって恥ずかしがってをしますね?
愚かめ、と言って差し上げますわ。相手が求めてきてるんだから、恋人たる俺がそれを拒否して如何とする。
なので問答無用でキスをして、舌で唇を割り、滑り込ませると……ちゃぷ、と口内のアキュエリアスを舐め取っていく。
びっくりして反射的に下がろうとする和美を抱き締め、より深く繋がるように顔を傾け、唇を押し付けて。
やがて落ち着いてくると、和美は自分から舌を使って俺の口内にアキュエリアスを運ぼうとして、当然舌と舌がくっついて……あとはもう、お察し。
公園でがっつりとディープなチッスを堪能した俺達は、ランニングもそこそこに家に帰ることにした。このままじゃ顔がニヤケ顔のまんま、直らなそうだし。
……既にファーストでもセカンドでもサードでもないけど。
その日のキスの味は、アキュエリアス味でした。
……。
和美が密着キス魔になった。
いや、いいんだけどね? 俺も嬉しいし。
どうも、木吉さん……。