凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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寄り道北郷さん。(R-15)
今回はがっこうぐらし! が元。
UPするかは迷ったけど、まあ、うん。やっぱり供養みたいなもんです。
かずぴーがおなごに手を出しても平気な人だけどうぞ。


ガッコー・グラッシェ

 とあるデカいショッピングモールに、買い物に来ていた時のことだった。

 VR、というものに目が行き、体験してみることになった。

 それだけだった。

 それだけだった筈なんだが。

 

 

───……。

 

……。

 

 ヂヂッ……ミヂュゥウウウン……!!

 自分の体が青白い光が散る様と一緒に、頭部から模られていく。

 まるで0と1が弾けるような光景に(どんな光景だよ)、少し……なんというか……フフ、気持ちが高ぶってしまった。

 俺もまだまだ童心を失っていないようだ。

 

「けど……へええ……! すごいんだなぁVRって……! 視界も違和感なく動くし、手も、足も……おおお、すごいすごい!」

 

 ボッとカンフー映画のように拳を突き出してみると、違和感なく突き出せた。

 氣を込めるイメージを意識してみれば…………若干時間がかかって、なんか一瞬景色がバグったみたいになったけど、まさかまさかの氣も行使可能!

 すごいんだなぁ最近の技術って! ……あれ? 俺の世界が遅れてただけなのかな?

 

「フルダイブ型とかなんのこっちゃって思ってたけど、意識をゲーム内に飛ばせるとか、すっごいよなぁああ……!」

 

 現在、人がまばらに歩く町の中にひとり。

 チュートリアルっぽいこれからの行動の中で、幼馴染が出来たり、友人が出来たりするらしい。幼馴染が唐突に出来るのか。まあ、ゲームだもんな、気にしない気にしない。

 本編的なものが始まるまではちょっと時間がかかるとかで、けどゲーム内で一日過ぎても現実世界じゃ10分も経っていないんだとか。

 人の脳の処理速度とコンピューターの処理速度を相当利用したのがフルダイブ型のVRなんだとか。

 そりゃそうだって思う。脳の処理速度のみで誰かと会話出来たなら、一言喋るより千以上の言葉が紡げそう。

 

「っとと、これからどうするか、だよな。うーん」

 

 着ているものは…………OHフランチェスカ。

 あれー? 周知院の制服はどこ行った? んん? さっきまで黒だった気がしたんだけどな。こう、拳突き出した時に……あれぇ? んん……俺といえばこれ、って俺の脳が決めてしまっていたのだろうか。

 かけた時間なら、鬼殺時代の方が長かったんだけどなぁ。

 

「……アイテム欄とかステータスとか出ないのかな。その中に隊服が入ってる~とかは…………」

 

 ……なさそう。

 試しに恥ずかしがりながらも「ア、アイテムボックス!」とか「ステッ……すてーたしゅっ……お、おーぷんっ!」とか言ってみても無駄だった。

 むしろ通りすがりの奥様にクスリと笑われた。いっそ殺してくれ。

 というかそもそもの話、VRゲームだからってステータスが出るようなジャンルのゲームじゃないよなこれ。自分の行動で物語が作られていく、ってやつだったはずだし。

 

「………ステータス……なぁ。確かに見られるもんなら見てみたいって気持ちはあるけど。あー……つい言っちゃったけど、ステータスオープンかぁ……ステータスオープンといえば石上がいつか、ぶつぶつこぼしてたっけ……なんかの漫画を一人で読み終わったあとの、まだ誰も居ない生徒会室での……まあ完全な独り言だったけど」

 

 『ステータスオープン』……ってよォ~~~。

 ……ステータスがモノを言うゲームの世界で言うならわかる……スゲーよくわかる。そういったゲームはステータスを確認することが『ゲームのシステム』として備わっとるからな……。

 だがゲーム世界に飛んだわけでもねーのに“異世界だからステータスオープン”って異世界モノはどういう事だああ~~~っ!?

 ゲームでもねーのに『ステータスがオープンされるシステム』が働くかっつーのよーーーーーッ!

 ナメやがってあの認識ィ超イラつくぜェ~~~ッ!!

 ゲームでもねぇのにステータス見るっつーんならよォ~~ッ、ギルドカードか冒険者カードかなんかにするべきなんじゃあねーのかよ! 世界観大事にしやがれってんだ! チクショーーッ!!

 どういう事だ! どういう事だよッ! クソッ! 『ステータスオープン』ってどういう事だッ! ナメやがってクソッ! クソッ!

 

(……などと無駄にギアッチョしてたよな。そのあとこっそり覗いてた俺と目が合って、ものっそい顔を赤くしてたけど)

 

 前略華琳様、北郷は……北郷は今日も強く生きておりますぞ。

 いつか再び会える時が来たのなら、あなたを抱き締め振り回したい。

 ……絶で刺される未来しか思い浮かばないって、悲しいなぁ。

 あ、ちなみにギアッチョのくだりは石上が異世界転移・転生ものに対してツッコンでいたものなので、気にしないでよろしい。うん。

 

「まあ、なんにせよぉおおおぉっとぉおっ!?」

 

 早速イベント発生っぽかった。

 なんと道路に飛び出した子供目掛け、車が走ってきているのだ。

 「いやぁああっ! るーちゃん!!」なんて聞こえた頃には、地を蹴り弾き氣と雷が弾ける炸雷とともに、幼女を抱えて地面を滑っていた。

 キキィイイ、なんてブレーキ音が響き終わると、割れんほどの歓声が響く。

 

「うおおおお!? なんだ今の! すっげぇええ!!」

「人間業じゃねぇ……って今んなことたどぅでもいい! すっげぇなにーちゃん! おっ、嬢ちゃんも大丈夫だったかいっ!?」

「なんか雷みたいなのがバチバチって鳴ったような……?」

「んなこたどうだっていいじゃねぇか! 人の命が助かった! 結果なんざそれだけだ! なぁ兄ちゃん! いやぁあ言っちゃなんだが、キツいもん見なくて済んだぜぇ! お陰で今日寝れるわー!」

「………」

 

 腹の出たねじり鉢巻きのおっさんが、歯を輝かせながら言った。

 おお、この人いい人だ。

 

「ええっと、きみ、るーちゃん?」

「え、……あ、う……ひっく……ぐしゅっ……」

「───大丈夫。怖いことなんてなかったよ。ほら、帽子」

 

 助けるのと同時に掴んでおいた帽子をぽすんと被せて、一緒に氣で包むと、安心させるようにぽむぽむと頭を撫でてやる。

 すると滲んでいた涙がぽろりと落ちても、続く涙は流れなかった。

 代わりにぽかんとした表情を見せると、ぽすんと俺の腕の中へと、こう……納まった。

 

「お兄ちゃん、太陽さんみたいないい匂い、する……」

 

 知っていますかピュアガールさん。干した布団の香りはダニの───あ、いやっ、ゲフッ! ゲフフン! えーと……草。じゃなくて。

 そうだね、森の日向の香りも、べつにダニの香りってわけじゃあないものね。あれ? でも森の日向にダニが居ないわけじゃないことくらい、俺だって知っているわけで。

 だだだ大丈夫、北郷わかってるよ? べべべつにダニ臭いって言われたわけじゃないことくらい、わ……わかってるもん!

 

(……いやいや)

 

 VRに来てまでなにを考えていますか、俺。

 そう、今日は羽根を伸ばすためにこういうことをしているんだから、もっと楽しもう。

 とか思っていたら、胸から離れて、ちょっぴり涙が滲んだ……るーちゃん? が、にこーと微笑む。するとその後ろから先ほど叫んだであろう女の子がるーちゃんを抱き締め、俺に向かって何度も何度もお礼を言う。

 

「あ、いや、たまたま助けられる距離に居ただけだから気にしないで」

「それでもっ……ありっ……ありが、と……ありがとうございます、ありがとう……っ……!」

 

 よっぽど心配したんだろう。嗚咽混じりの感謝を耳に、言っちゃなんだけど人を助けられた、こう……満足感といえばいいのか、が湧いてくる。

 そういう満足感欲しさに人を助けるような人には、あんまりなりたくはないかな、とか思っていたかつての俺が、ひょっこり顔をのぞかせた気分だ。

 考えてみれば人を助けて感謝されるなんてどれくらいぶりだろう。

 見つからないように行動するのが基本みたいになっていた鬼殺の頃から今まで、知り合いに軽くありがとうと言われることはあっても───……いやいや、いいから気楽に行こう。

 ここはゲームだ。VRっていう不思議な世界で堪能できる、そういう堅苦しいものとは別の物語なのだから。

 

「ええと、るーちゃん? ……この人は、お姉ちゃんかな?」

「うん、りーねぇ……えと、悠里お姉ちゃん。とってもやさしいんだよ? ……怒るとこわい」

「……そっか。いいお姉ちゃんだね」

「うんっ!」

「っ……!」

 

 無邪気な肯定に、お姉ちゃんの涙腺が余計に崩壊した。

 言葉にならないなにかを言っては、妹によしよしと頭を撫でられている姉の姿に、少しほっこり。

 ……さて、これでなにかしらのイベント達成になったりするんだろうか。

 そういえば行動次第で交友関係がどーのと考えていた途中だったよな。……なるほど、交友完了。

 まあ住所不定の自分がこの子らと急にもっと関係が深まる、なんてことはないのだろう。それより今は、これから俺は何処で寝泊まりするべきかを考えないとだ。

 

(あ)

 

 気になって適当にポケットをまさぐってみる。

 財布は……あった。中には万札二枚とカードが数枚。

 周知院二百年の歴史とともに生きた自分に存在する、全財産が詰まったカードである。

 

「………」

 

 まあ、これが使えるなら宿にも困らないか。

 服もなにか適当に買うとして、よし。

 

  格安ホテルを探そう───!!

 

 カードに何億入っていようが、根っからの貧乏性は治らなかった。そんな北郷です。

 

「それじゃあ俺は行くから。じゃあね、るーちゃん。車には気をつけるんだよ」

「うんっ! ありがとーお兄ちゃん!」

「あ、あのっ、本当に、本当に、ありがとうございましたっ……! ……あっ! あのっ、お名前はっ───」

「はい、アウト。こういう時に相手の名前だの連絡先だのは気安く訊かない。走ってきた車も、助けたことも全部計画的なものだったら、不幸なことにしかならないだろ? 妹さんが怪我なく生きてる。それだけ噛み締められれば万々歳。ね?」

「………………あ……」

 

 そう。人が怪我なく救えた。それだけで、たったそれだけがどれだけ幸福なことかを噛み締められる世界を生きて来た。

 乱世を駆けた時だってそう。鬼の居る歴史を駆けてきた時だってそう。

 医者としてなら救えた命があって、剣士としてでは救えなかった命がたくさんあった。

 どれだけ速く走れても、どれだけ速く殺せても、間に合わない命なんてどれだけでもあったんだ。だから……こんなものは、“嬉しい、よかった”だけで済ませていいことでしかないんだ。

 

……。

 

 それから、働きもせずに格安ホテルにて生活を整える日々が───始まらなかった。

 身分証は持っていたから普通に家を買って、そこに住むことにしたのだ。何故って……だってせっかくのゲーム内だし、たまに贅沢しないと、と脳内北郷が叫んだから。

 お金だって有限じゃないから最低限の家、ってところでなんとか契約完了は成ったわけではございますが。

 

「食料衣料に飲料等々……家具も揃えたし、これで生活していけるな」

 

 整うまではいろいろ面倒だったVR生活も、これで安定するわけだ。

 ……ようし、たまの羽根伸ばし、張り切っていきまっしょい!

 

  この時、僕の心には未来へのトキメケしかございませんでした。

 

  現実世界であと数分もすれば、千花が俺を現実へと引き戻すんだろーなーとか、意識の隅で考えながら。

 

  だから───まあその。

 

 ……うん。

 

「あっはっはっはっは! あっはっはっはっはっは!」

「わー! わーい! 速いはやーい!」

「るーちゃーーーん!?」

 

 土日にたまたま会っては、りーちゃんとるーちゃんと遊んだ。

 もちろんまたねって言われれば、時には時間を合わせたりもして。何度も何度も。

 その内、りーちゃんるーちゃんと呼ぶ仲になって、今じゃりーちゃんも大分打ち解けてくれた。

 最初の頃はお礼を言われてばかりで、お礼を述べる割には少し距離があるカナ……と思ってたのに、時にるーちゃんよりもズズイと来ることがあったり。

 るーちゃんおらずのりーちゃんだけの時に、もじもじしながら喫茶店に誘われた時は、“なるほど、一人で喫茶店とか入りづらいもんな”と思って一緒に入ったりして。やっぱり感謝から入るりーちゃんだったけど、それが済むとケーキの話題やコーヒーの話題、自然に俺や彼女の話題に変わっていって、案外相手のことを知ることが出来た。そんな日々が何度か続くと、なんにも喋らずに“ぽ~”っと俺を見ることが多くなって……ハテ? なにか?

 とまあいろいろありましたが、現在はとある運動公園にて、るーちゃんをお姫様抱っこしてゴシャーアーと走っているところ。

 二人には俺が侍と忍者の末裔だーとか言ってあるので、この程度はNINJAとして当然です。

 ドーモ、ワカサ=サン。サムライ・ニンジャです。

 

「ねぇねぇお兄ちゃん! 忍術は!? 忍術は使えるのー!?」

「使えるぞー? こうやって指を組んでー」

「組んでー♪」

「こうしてこうして印を編んでー」

「編んでー♪」

「風遁! 塵旋風!」

 

 無刀で風の呼吸と、氣で作った風を合わせて真っ直ぐに飛ぶ旋風を作る。

 それが飛んでいくと、るーちゃん大興奮。

 

「すごーい! すごいすごーい! お兄ちゃん忍者だー!!」

「わー! るーちゃん! しー! しー……!」

「むぷっ……ん、うん、しー……!」

 

 慌てて止めれば、両手で口を塞いでくすくす笑うるーちゃん。

 内緒で、ともちろん言ってあるので、まあ……うん。出来れば大きな声では勘弁してほしい。

 鬼を倒すために、人々が血の滲む思いで鍛えていったものですから、金もうけの道具にはしたくないのです。

 誰かの耳に入れば、すぐに見世物にされそうだし。

 

「北郷さんって、本当に……」

「忍者で侍です。あ、もちろん悪いことに使うつもりは、先人に誓って絶対に有り得ないから」

「あ、そういうつもりで言ったわけじゃ……。あの。本当に、ありがとうございました」

「りーちゃ~ん? もう10回は聞いてるぞー?」

「ぞ~?」

「る、るーちゃん! もうっ、誰のことでお姉ちゃん、怖い思いしたと思ってるのっ?」

「むー……だって帽子がー……」

「北郷さんが居てくれたから助かったけど、居なかったらるーちゃん、死んじゃってたかもなんだから……。お願いだから、危ないことしないで? ね?」

「むぅっ……はーい……。ごめんね、りーねえ」

「うん、分かってくれたらいいの。お姉ちゃんもごめんね、厳しいこと言って」

 

 言って、手を繋いでにっこり微笑む姉妹。……美しい。

 俺の知る姉妹って言ったら、姉が猪突猛進で妹が姉者大好きとか、姉が勘便りの飲兵衛で妹が苦労人、そのまた妹がおませさんな三姉妹とか……。あとはアイドル三姉妹で───あ、あれ? なんかいい思い出がないような……。

 桃園に誓い、義姉妹の契りを交わしたあの三人はどうだろう。

 姉が……ぽわぽわで、真ん中がデス炒飯で、下が……猪突猛進。

 

(……タスケテ)

 

 良い姉妹が思い浮かばなかった。

 でも……まあ。長男長女がいつだって頑張ってるのはよーく知ってるから。

 炭治郎や実弥、カナエにしていたように、いつもお疲れ様って気持ちを氣に込めて、りーちゃんの頭をやさしく撫でた。

 言葉にはしない。妹や弟の目の前で、姉や兄は弱いところは見せられないから。

 だから少し戸惑いながら俺を見上げるその目をやさしく見つめ、やさしくやさしく頭を撫でた。

 流れる氣から、なんとなくでも思いが伝わったのか……りーちゃんは“お姉ちゃんであること”の疲れをほう……と吐くかのように息を吐くと、年相応のふんわりした笑顔を見せてくれた。

 

「女の子の頭を急に撫でるなんて、北郷さんは結構遠慮がない人なんですね。女の子を見れば誰彼構わず手を出したりするんですか?」

「いや、むしろ距離を取るよ。俺のことならほっといてー、って感じで」

「でも、誰かが危なくなればほうっておけないんですよね?」

「うぐっ……」

「ぷっ……ふふふふふ……!」

 

 言葉に詰まれば、りーちゃんは楽しそうにくすくすと笑った。

 

「力がそれなりにあると、自分には何でもできるー、なんて理想を抱いちゃうんだよな。で、いざ危険が来れば誰も守れなくて後悔する。だから優先順位を決めるのに、全然その通りになんて動けなくて、また後悔する」

「力、っていうのは、忍者の?」

「うん。だから、るーちゃんを助けられたのはきっとたまたまなんだ。こんな力があって、たまたま傍に居られたから。むしろ力がバレるのが怖いから、なんて隠してたら、るーちゃんが怪我どころじゃ済まなかったかもしれない」

「北郷さん……」

「咄嗟に動けてよかった。るーちゃん、危ないのはもうほんと無しな? 近くに居れば助けてあげられるけど、傍に居ないと無理だから」

「そばにいれば、たすけてくれるの?」

「そりゃもちろん。泣いちゃうくらいに危ない時も、きっと助けるよ」

「~……んへへ~♪」

 

 るーちゃんは両手で頬を包んで、にへーと笑っている。

 りーちゃんは……微笑んでいるけど、どこか寂しそうな……うん? ……おお、なるほど。

 

「もちろん、りーちゃんもね」

「え……わ、私、ですか?」

「うん。お姉ちゃんだからって、危ないことがないわけじゃないんだから。きっと守るから、危険ななにかが起きても、ヤケっぱちになるようなことはしないでね」

「……もうっ、人をなんだと思ってるんですかっ!」

「ちゃんと一人の女性として見てるよ」

「───……ぇ……」

「きっと守るから。死んじゃいそうな怖い時でも、絶対に諦めないこと。いいね?」

「………………………………はい」

 

 漢女(オトメ)道大原則ひとつ、オノコとは、いつでも女性を一人の女性として扱うべし。たとえ相手が子供だろうが老婆だろうが、一人のレディーとして扱うこと。でないと、いつか刺されるわよん、とは貂蝉と卑弥呼の言葉。

 りーちゃんが開眼、ぽーっとした潤んだ目で俺を見て、ささやくような小さな声で、はいと返す。

 そんな彼女の頭を「よし」と言ってやさしく撫でて、今度はりーちゃんをお姫様抱っこして駆けだした。

 

「ひゃあっ!? え、あ、えっ? ほっ……ほんっ───いぃやぁあああああああっ!?」

 

 忍者、人にして人に非ず。

 呼吸を用いての速さを前に、りーちゃんがきゃーきゃー言いながら首に抱き着いてくるけど、その背をぽんぽんとやさしく撫でて、やさしく言う。大丈夫、怪我なんて絶対させないからと。

 すると信じてくれたのか、悲鳴を飲み込んで目を開けると……流れる景色の速さに最初は驚くも、やがては楽しんでくれるようになった。

 ……あ、さすがに並んだ樹を蹴りまくって空高く跳躍した時は、キャーキャーが再開したわけだが。それでも「大丈夫。いい景色だよ」と言ってみれば、おそるおそる目を開けて……高い中空から見る景色に、わあ、と声を漏らした。

 まあ、そのあとすぐに遊園地のフリーフォールばりに落下したわけですが。けれどそれもご安心。ふわりと綺麗に着地してみせると、ぽかんとした顔のまま俺を見上げてきた。

 

「言った途端に約束破ることなんかしないから。安心してって」

「………」

 

 頷いてはくれたものの、怖いものは怖いと言わんばかりに、胸に顔をこしこしと擦り付けて来た。な、涙拭ってたりしてる? 擽ったいので勘弁願いたいのですが……。

 ああいや、漢女道大原則ひとつ、女の涙は男の胸か男の指のみで拭うべし。

 案外馬鹿に出来ない漢女道なので、時には参考にしてみる。なのでそっと彼女を下ろすと、やっぱりちょっと滲んでしまっている涙を、頬を撫でるように親指で拭ってやる。

 ……と、目を閉じて俺の手を両手で包み、頬をそのまま乗せるようにして、息を吐いた。あら可愛い。

 こういう、安心されてる~って感じられる瞬間って、なんだか嬉しい。ので、少し頬撫でてみれば、くすぐったかったのかムズ痒そうにくすくす笑うりーちゃん。

 小さく、彼女にしか聞こえないように“いつもお姉ちゃん、お疲れ様”と言ってみれば、きょとんとした顔。そのすぐ後に、嬉しそうに手に頬を寄せてきた。

 よしよーしともう片方の手で頭を撫で……るのではなく、やさしくやさしく、労うつもりで頭を撫でた。

 弟、妹が居ると頑張り過ぎちゃう子って居るよね。それで、本人は知らない内にストレスとか疲れとか溜めてたりするのね。

 なのでたっぷり撫でたり褒めたりしていると、撫でる手をきゅっと握ってきて、「じゃあ……ご褒美ください」なんて言ってくる。初めて誰かに甘える子供のように。

 OH……昨今のお子は頭撫でと労いの言葉程度ではご褒美には到らないらしい。

 が、構いません。北郷構いませんとも。女性からの我儘なんて慣れっこです。

 それにこうして何度も会う中で、るーちゃんのお願いは聞いてもりーちゃんのはなかなかなかった。そんな子がおねだりっていうか……ご褒美欲しいとか言うんだ、あげたくなるじゃないですか。これでも北郷子供の数は呆れるほどに居た猛者。子供の甘やかしになら一家言…………ア、アルトイイネ?

 

「ん、いいよ。なにが欲しい?」

「……えっと。…………」

 

 んっと、と考え始める。ご褒美、と漠然と言ったものの、考えてあったわけでもないらしい。

 ではなにを欲する? 彼女は考えて考えて───ちらちら俺を見ては、わたわたと戸惑ったりしていた。

 時にはなにかヘンテコな命令でも思いついたのか、笑ったり頭をぶんぶん横に振ったり赤くなったりと、まあ忙しかった。

 そんな彼女はやがてそわそわしつつ、頬を染めて訊ねてくる。

 

「……肩こりとかって……氣、でしたっけ? で、治せます?」

「ん、まーかせて」

 

 ご褒美は肩こり解消に大決定した。

 うん、ご褒美で肩こり解消を任されたならばどんとこい。

 任せとけ! こう見えても俺は! マッサージの達人!

 そうと決まればりーちゃんをベンチまで連れて歩いて、るーちゃんは忍式マッサージに興味があるのか、楽しそうにしながらついてきた。

 そうして無駄に騒がしくしながらベンチに促すと、彼女は素直に座ってくれる。俺はその後ろに立って、軽く肩に触れるわけだが。氣を通して内側を探っていけば、なるほど、どことは言わないけど、体の一部が立派な所為でコリは確かにあるようで。

 早速そこらの血流の改善と、あとは……気苦労もいろいろありそうだし、体をリフレッシュさせる意味も込めてじっくりと、悪いところを治すだけじゃなくて向上させて……

 

「んっ……ん、あっ……」

 

 あ。誓って言いますがエロいことはしておりません。ただの氣功マッサージにございます。

 こう……肩甲骨の周りを、氣を込めた親指でぎゅうう~~っと押しつつ、他の指では肩周りを圧してあげれば───

 

「んぁあああっ!? ふきゅっ……んっ、んんん~~~~っ!?」

 

 ほぅら、りーちゃんも自分の中に入って来る未知の癒し物質に、気持ちよさそうな声をあげております。

 肩こり、キツい人だとほんととんでもないから。長い歴史を生きてるとね、そういう人ってたくさん見てくるのよ。

 だからまずはリラックス。人に触れられるって意識が肌の表面に浮かんでるみたいに強張った体から、緊張の悉くを霧散させてやる。

 マッサージの基本は時間をかけてゆっくりやること。でも氣が使えるならある程度は操れるので、効果を高めるためにも少し急ぎ足。

 肩周りをやさしくやさしく撫でて、血行を良くする。その際、氣で補助してやるのも忘れない。

 よく肩をほぐして血行がよくなったー! とか言うけど、肩に流れる血だけ急にギャオッて早く流れるわけもなく。流れたとして、すぐに元に戻るだろう。ようするに全身のリラックスは必要なのです。

 

(りーちゃんの体を氣で包んで───)

 

 木刀の氣脈に氣を流すのと同じ意識で、りーちゃんの体中に氣を流し込んでいく。

 もちろんりーちゃんの氣脈を開くわけじゃあないから、痛みなんかはこれっぽっちもない。

 

「ふ……わぁあ……ん……!! ぁ、あ…………か、体……あたたかい……!」

「うん、感じるものをそのまま、拒まないで受け入れる意識で居てみて」

「は……ぃ……」

 

 気持ちいいのか、どこか震えが混ざった返事が来る。

 そんな彼女の内側を癒しの氣で満たして、リラックス効果でじんわりと出始めている体にいい成分を全身に運んでやっては、ゆっくりゆっくりとマッサージ。

 その際、幸福感情を多少向上させるために、日々を労い褒めることも忘れない。オキシトシンってやつだ。

 なんかもう結構出てるっぽいけど、それを氣で増幅させるように彼女を氣で包み込んでは、さらにさらにとやさしいマッサージを続けた。

 足の方も、触れることはしないままに氣で刺激したりして、とにかく全身のコリをほぐすように。

 首から肩、背中から腰、腰から太腿……やがては足の指まで丁寧に。

 その頃にはりーちゃんはリラックスしすぎたのか、座りながら体をくにゃりと折るようにして、荒い息を吐いていた。

 ……あ、あれ? 熱くなりすぎた?

 辛そうだったから癒しを強めて仰向けに寝かせると、ほぅ……と熱い吐息を吐く。

 なんか変な気分になりそうだったので、努めて全集中の呼吸を強めると、本来の目的であるご褒美マッサージを続けた。

 るーちゃんが「私もー!」と言うので、りーちゃんにちょっと待っててと言って、ちょこんと座るお姫様の肩を触ってみる。……やわこい。触った途端にキャハハとくすぐったそうに笑う始末でございます。

 

「るーちゃーん? 全然凝ってないぞー?」

「えー? そんなことないもー……きゃはっ! きゃはははははっ! くすぐった……きゃー! きゃー! きゃははははは!」

 

 身をよじって笑うるーちゃんは実に無邪気だ。なんか癒される。

 なんて和んでいると、クン、と服を引っ張られる。

 見れば、潤んだ瞳で……ええと、物欲しげな顔で俺を見るりーちゃん。

 あ、ご、ごめんね、そういえばりーちゃんへのご褒美だったんだもんね。

 笑い疲れたのか、ぐでーっとなっているるーちゃんはそのままに、もう一度りーちゃんの肩に触れる。

 そうしてから再び意識を集中させて、彼女の体に氣を通していく。

 ……うん、時間が経っても凝っていた部分の血の流れはスムーズだ。詰まっているようなものもない。でも、りーちゃんは続けてほしそうだ。

 

(……なるほど。きっと、もっと褒められたいんだな)

 

 人は大きくなるにつれ、褒められることが少なくなる。妹や弟が居る兄や姉は余計にだ。

 そう考えればミコが褒めCDとか持っていた理由もなんとなく分かるような。

 さて。ならば遠慮はいたしません。もっと気持ちよくなりませうね? あ、大丈夫、誓って恥部には触れません。外側を氣でなぞったりほぐしたり、刺激したりはもちろんしますが、恥部には氣であろうと触れたりはいたしません。誓って本当です。

 そんな誓いを胸に、いざマッサージ再開。

 落ち着いてきていた(ほて)りをもう一度灯すように、けれどじっくりと、やさしく。

 くすぐったいのか、りーちゃんは両手で口を押さえようとするけど、「ありのまま。ね?」と言うと、震える身体でゆっくりと持ち上げていた手を戻し、震える喉でゆっくりと深呼吸を始めた。

 いい子だね、なんて頭を撫でると、どこか嬉しそうに眼を閉じる。

 ……いやいい子だねじゃないよ俺。娘でもない知り合いの女子高生になにやってんのちょっと。

 自分に呆れつつ、ゆっくりと、謝罪の意味も含めて丹念に体をほぐしていく。

 普通なら触れることも出来ない内側へと直接干渉するから、効果もかなり早めに来る筈だ。

 どうだろう、喜んでもらえているだろうか───と彼女の顔を見ると、切なそうな、なにかを期待するような眼差しが、真っ直ぐ俺へと向けられていた。……ワ、ワッツ?

 

「?」

 

 な、なんだろう。なにかを期待されている。俺の中の101人北郷(そんなに居ない)が、“これは……試練だ”とか言って上着を脱ぎそうなくらい、気を付けて発言しろと訴えかけてきている。

 え? 試練? 俺なに試されてるの? 間違った選択肢選んじゃったらマズい感じ? ……い、いや、よく考えろ俺。女性とは、これでも一応随分と付き合いがあったじゃないか。

 そう、こんな反応。頬を染めて、目を潤ませて、息を弾ませて、足をもじもじと擦り合わせて俺を見る女性が求めているもの。

 

「…………」

 

 ……。

 

「………」

 

 ───“頭撫で”か!!(*参考人物=どこぞの華煉さん)

 そ、そうか、そうだったのか。そりゃ、ご褒美にマッサージしてもらっておいて、追加で頭撫でてくださいとか言いづらいよな……!

 ええっと、華煉の場合、全身を氣で包むようにして頭を撫でてやると喜んだっけ。

 

(よし、じゃあ───)

 

 彼女の中に溶け込ませている氣をそのままに、新しく錬氣した氣で彼女を覆う。

 包むように、と言えば聞こえはいいけど、実際は氣で抱き締めるような感じだ。華煉いわく、ぎゅっとした感じがいいのだとか。

 抱擁だけでは足りないなにかが満たされるそうで。うん、じゃあ……ぎゅっとして───

 

「ふ、ぁ───? んっきゅ!? ふぐっ───!?」

 

 彼女の体が跳ねる。あ、やばい、なんの説明も無しにぎゅってなったらそりゃ驚く。

 でももうやってしまったものは仕方がない。そのまま氣で抱き締めるようにして、頭をやさしく撫でていく。

 よく出来ましたと、お姉ちゃんしている彼女を褒めるように。

 その間も彼女は体を跳ねらせ、顔を真っ赤にしていた。本気の本気でくすぐったいのか、体を不規則にびくく、ぴくんぴくんと震わせながら。

 やあ、くすぐったがりなるーちゃんのようだと北郷ほっこり。

 うん、このくらいになると大声上げて笑うっていうのもしたくないだろうし、口を必死で押さえるのもわかるわかる。俺も及川相手じゃなかったら、滅多に馬鹿みたいに笑わないもの。

 とりあえず落ち着くまでは頭を撫でていよう。

 全身を包んでいる氣を揺らして、ゆりかごで揺らすみたいにしながら。

 

「………」

 

 少しするとりーちゃんは震えながら……それこそ歯をカチカチさせるほどに、痺れるみたいな震え方をしながら、そっと両手を口から離して俺を涙目で見上げるんだけど、またすぐにびくんとなって口を塞いだ。

 

「んくっ……! んゅっ……! ん、んー! んー……、~……! ~~~……! ……んっは……! ふー! ふー……! ほっ……ほんご、ひゃ……! も、も……、……!? んーーーっ! んっ! んうーーーっ!」

 

 そしてまた。

 ……あの。ちょっとさすがにヤバいですか? くすぐりに弱い人でもこうなるか? ってくらいびくびくなってるし。

 ていうか、この反応ってばそのー……気をやった妻たちの反応に似ているような……?

 

「………」

 

 にこりと笑った。いやいやまさかまさか。マッサージでそんな。ねぇ?

 大体これ、真桜が肩重いーとか言い出したから始めた、真桜監修のマッサージだし、そんなそんな。ねぇ?

 なんて思っていたら、何度目かの痺れるような反応のあと、りーちゃんがくたりと動かなくなった。心配していろいろと反応を調べてみたものの、どうやら眠っているっぽい。おお、さすがはリラックス効果。

 けれどいろいろと気にはなったので、動くかは心配だったものの真桜特性スマホとは別の、周知院用のスマホで現状の確認。お、ゲームの中でも動くのね? 優秀。

 で。俺がやったマッサージの手順だのなんだのを調べてみれば、

 

(アッ……)

 

 該当件数数件。そのどれもが性感マッサージ、と書いてあった。

 

(───真桜貴様……!)

 

 勇者が魔王を憎むような、粉雪のようなピュアな憎しみを抱いた瞬間であった。

 けど、その性感マッサージの方法に“散々焦らしたあとに、ようやく恥部を刺激することで”とか書いてあるけど……俺、恥部には極力───アッ。

 

  “ええっと、華煉の場合、全身を氣で包むようにして頭を撫でてやると───”

 

   “華煉の場合、全身を氣で包むように”

 

    “全身を氣で包むように”

 

     “全身を”

 

 アーーーーーーーッ!!

 それか! あ……そっ……それかぁあっ!! アーーーッ!!

 刺激してたよ! 結果的に散々焦らした後にってことになっちゃってるよ! やってたよ!

 つっ…………つまり、今眠ってらっしゃる彼女はそのっ……! 信頼して肩を預けた男性に、氣なんて怪しいもので体中をまさぐり回された挙句、涙目で訴えかけているにも関わらず何度も何度も…………アーーーッ!! こっ……こここ殺せぇええ! いっそ殺せぇえええっ!!

 コロッ───……いや待てよ? 俺、服引っ張られたぞ? 中断してたご褒美、促されたし。

 ………………あれ? これ違うんじゃない?

 もし普通にマッサージが気持ちよかっただけだったら? もし彼女がその、くすぐったさとかに滅法弱い子だったら?

 

「………」

 

 楽な方に逃げるの、イクナイ。

 なんか心の中の北郷達が言ってらっしゃる。その抵抗、どうせ無駄ですよと。

 まあ、うん……こういう時の俺の救いを求める気持ち、大体踏みにじられて終わるしね?

 うん……でも、ゲームだよ? ゲームの中で、仲良くなってきていた女子高生にこげなことして、ブラックアウト一切無しでイベント終了って有り得ます?

 ならばやはり、これはエロォスなことではなかったのでは?

 などと思いつつ、りーちゃんとるーちゃん、二人の頭をなでなでしてると、りーちゃんが「ん……」と身動ぎをして目を開ける。

 ……かなり訊きづらいけど、こればっかりはしっかりと訊いて、アウト案件だったらいろいろと責任を取らねば……! いくらゲームとはいえ、仲良くなって信頼し始めていた男にあげなことそげなことされたとか、女性にとってはトラウマな筈……!

 

「……その、ごごごごめん、大丈夫だったか? 急に反応が無くなっちゃったから、どうしたのかと……!」

 

 開いた目から、つう、と落ちる涙。

 それを慌てて拭うと、その手がハッシと掴まれて、スリ……と頬ずりされる。

 ……それはつまり、嫌がられてなかった=エロォスではなかったということで……!?

 心の中の北郷が、イヤッホォオオウと拳を天に突き出した。

 

(出過ぎておる! 自重せよ!)

(も、孟徳さん!)

 

 そうだ焦るな北郷B! 寝ぼけてるだけかもしれないだろう!?

 明確な答えを聞くまでは、こういう時の男に安心など無いんじゃあ! ていうか癒しを求めてフルダイブしたのに女性関連でトラブルってああもう俺ってやつはチクショウ!

 でもそのすりすりりーちゃんが可愛かったので、再びこぼれた涙を拭うついでに頬をさらりと撫でると、ほにゃりと心を許し切ったような笑みで迎えられた。

 そして、そんな笑みがもにょもにょと落ち着いていくと、彼女は目を薄く開いた染まった頬のまま、口パクで何かを伝えてきた。

 

「? なんて?」

「……、……」

 

 口が形を作る。

 頬を染める涙目の少女は美しく、しかも微笑んでいるわけだからその破壊力は抜群。

 そしてその口の動きと言えば───!!

 

(…………“す、し”? …………寿司!?)

 

 まさかの“握り”要求であった。

 OH……最近の女子高生ってばご褒美要求がスゴイ。

 だが叶えましょう。

 大丈夫! 使う予定がない金ならたーんとあるから!

 ヘイ大将! 握り特上用意しておくんな!

 真っ赤になった顔を、俺から隠すように両手で覆う彼女を見下ろすと、なんだか心が温まる。

 

(ご褒美にお寿司なんて。それにこんなに赤くなって。いいよいいよ、今日くらいいっぱい甘えなさい、可愛いは正義です。あ、うなぎ食べる? 善逸がやたらと寿司とうなぎ推してたから)

 

 心をほっこりさせながら微笑み、見下ろすと、彼女はふわりと嬉しそうに笑んで、こてりと眠りについてしまった。

 眠りに…………エッ!?

 

(……あれ? 俺、これからどうすれば……!!)

 

 家に運ぶのは構いません。でも、彼女の家ってどこですか?

 あの……りーちゃん? りっ……るーちゃん!? るーちゃんでもいいから! ねぇ! 家どこ!?

 

(………)

 

 にこりと笑い、心を無にした。

 大丈夫、なんの心配もありませんよ。女性との付き合いでは百戦錬磨、三国の種馬たる北郷がこんなことで泣くわけがないじゃないですか。

 なお、どんだけ錬磨しようが鍛えようが、実戦で役に立たなければなんの意味もないことも、よーく噛み締めて知っております。

 ちくしょう。

 

……。

 

 随分とこのVR生活にも慣れた。

 もう何日経ったのか、千花が俺を起こすことはなく、なんかログアウトボタンとかもないから、いっそのこと思い切り羽根を伸ばそうそうしよう、って平穏な日々を享受していたわけですが。

 そんな怠惰がいけなかったのか、暢気してたのがGM的ななにかの逆鱗に触れてしまったのか……まさかこんなことになるなんて……!

 

「……………………なんていったっけ」

 

 が……が、がっこう……ぐらし?

 なんか学園生活部がどうのこうの、“学校でのたのしい生活、始めてみませんか?”なんて謳い文句のVRだった気がするんだけど。

 おっ……おかしいなぁああ……! 確かに学校にも行かずに、怠惰なOFF日のつもりで休みまくってた俺が悪いのかもだけど……!

 

「…………町がカオスである」

 

 一言で言うならゾンB田中くん。もとい、ゾンビが町を歩き回っている。

 なんていったっけ、パンデミック? パニックホラー?

 え、えー……!? あんなかわいらしい少女がババーンとPOPで全面に出されてたVR体験で、まさかのゾンビもの……!?

 学校で暮らしてみる部活動のお話じゃなかったの……!? それとも学校外で生活すると、ペナルティかなんかでパンデミックフラグが立つとか……!? えぇええなにその鬼畜設定! 北郷困るんだけど!? たまの休日みたいな感覚で、誰にも邪魔されず関わらず、久しぶりに……久しぶりに超羽根を伸ばしていただけなのに、まさかのゾンビ!?

 ゲームですら羽根を伸ばすことが許されないとかあんまりにもあんまりじゃあございませんか!? 泣いていいよね!? もう北郷泣いていいよね!?

 

「怠惰な連休とか言いながら、テレビもラジオも置かなかった俺も悪いけど……! いや、でもだらだら食っちゃ寝とかやってみたいじゃない! ほっ……本当にたまの休みだったんだもん! 俺だってたまには“何も考えずにずーっと寝てる♪”とかやってみたかったんだもん!」

 

 言い訳にしかならなかった。学校にも行かず、たまの土日にるーちゃんを連れたりーちゃんを発見すると挨拶、乞われれば遊んだりして日々を過ごした。再会したなら名前もいいですよね、と押し切られて知り合いになったし。

 そんな日々がこのまま続くのかなーなんて思っていたら……こんなことになってしまったがね。

 既に外から悲鳴は聞こえず、見渡す限りの場所には生存者など居なさそうであった。

 ……はい、土日以外はイヤホンつけたまま携帯ゲームばっかやってましたごめんなさい。

 ちょっとほらそのー……優にさ? ドヤ顔でゲーム内でゲーム三昧してた~とか言ってみたくて。あの……はい、ごめんなさい。

 悠里ちゃん(りーちゃん)やるーちゃん以外に、特に人とかかわってこなかったとはいえ……ご近所さんとは多少交友があったのに。

 

「……あ、園部さん」

 

 カーテンの脇からソッと外を見てみれば、塀の向こうで明らかに血まみれで白目剥いたお隣の園部さんが、ンアアアア……ジアアア……とか唸りながらノソォリと歩いていった。

 

  あれはゾンビですか? はい、ソンビです。

 

 まごうことなきゾンビであった。

 はい、あなたの嫁ですとか言えたらまだ笑えたのに、小説のサブタイにもならなかった。だってゾンビだし。

 

「これは……もしかして学校行かないと話が進まないタイプのゲーム?」

 

 だとしたらペナルティが過ぎやしませんかね。なにも町中の人をゾンビにしてまで学校に向かえ的なゲームにしなくても。

 ……ち、ちがうよね? 最初からゾンビものだったわけじゃないよね? だって普通、体験版として置いてあるようなものに、ゾンビパンデミックものを選んだりしないだろ!? 無邪気な子供がトラウマになったらどうするの!? チュートリアルタイムでVRの中で初めての友人が出来たーなんて喜んでいた子供が居たとして、その子がゾンビだよ!? 絶望しかないわ!

 

「………」

 

 なんにせよ、ゾンビといえば感染注意だ。

 今でこそインドアに備えた自分だけれど、最初の頃はアウトドア……山でキャンプとか……イイネ! といろいろ集めた俺だ。

 それらで装備を固めていって、最後になにか長柄の武器を……と考えていると、いつの間にかベッドの傍に存在する黒檀木刀。

 ……み、妙ぞ。こはいかなる……!? いやいや長年連れ添った相棒だ、これ以上の武器はないと確信できる。ゲームなんだから、願った武器が急に現れるとかあるだろあるある。

 ということで、せっかくなのでジャキンジャキンと装備を整え、最後に木刀を肩に担ぐようにすると、心の中でデェェェェェン!! と効果音を鳴らした。

 

「じゃ、学校……行くか!」

 

 まさか登校でもなく、ゲーム攻略として学校に向かうことになるとは思わなかった。

 苦笑しつつ、一応の緊張感を胸に───あ、そういえば近くの小学校は学校に含まれるんだろうか、なんて考えて───そういえばるーちゃん、あそこの服着てたっけ、なんて思い出した。

 

  そこからは、速かった。

 

 VR世界とはいえ、ああいう無邪気な子供がゾンビの手にかかる、というのは目覚めがよろしくない。

 というか、どうやってゾンビが広まったのかも気になるものの……やっぱりペナルティ? 一定時間学校を無視していると、町の人全員が一気にゾンビ化、とか?

 ……じゃあ小学校に行くのも無駄では? ゾンビるーちゃんとか見たくないんだが。

 

「……でも、もし間に合うなら助けたいって気持ちもあるから、人っていうのは……」

 

 残酷になりきれない。鬼を殺す時の心構えとして、人を守るのはもちろんだけど、鬼が人質を取った場合は一人の犠牲で大勢を救え、なんてことは普通にあった。

 もちろんそうならないために立ち回って雷速で滅ぼしたりはしたのだが、そもそもが人の足だ。到着が遅れて間に合わないことの方がよっぽど多かった。

 そんな過去を知っているからこそ、ゾンビを見る恐怖よりも、助けられない恐怖の方が強いのだ。

 だったら後悔しようが後悔が少ない方を選ぶ。具体的には助けに行く。

 

「気配は消して、音は出さないようにして、ってことは雷の呼吸はアウト。霧と霞を合わせた上で、氣での気配殺しもしっかり行使して───」

 

 いざ、状況開始───!!

 

……。

 

 家の二階(物置スペース)からソッと屋根へと降り立つ。

 ミシリ、とも鳴らないその歩法を以って、屋根から屋根へと軽快に移動。

 もちろん着地には細心の注意を払い、また、気配を殺してあるとはいえゾンビの目にも極力映らないように行動した。

 ……アイテムインベントリ、とかあればよかったのに、どこまでもリアル志向なのか普通にサバイバル用品のデカいリュックに詰め込むしかなかったそれを担いでの行動。

 助けに行って助けたのに、実は食料もなんにもありません、じゃあ笑い話にもならない。

 

「………」

 

 誰の家かも知れない屋根に降り立つと、一応家の中に人の気配があるかどうかを調べる。

 ……けど、どこもアウト。動く気配はあっても、それは生者のものじゃあなかった。

 そういったことが小学校に辿り着くまで続いた。……どこもダメだった。

 

(しっかし、物音はわかるよ? 耳がまだあるんだし、それに反応するのはわかる。けど……)

 

 白目でどうやって視覚判断しているんだろうか。ゾンビって不思議。

 言っても仕方がないことなので心の中でぼやきつつ、鞣河小学校へと侵入した。進入ではなく。

 気配は殺す。足音も殺す。呼吸は僅かに、体の熱は水の呼吸で弱めて。その上で気配を察知しながら……あ。

 

(……居た)

 

 一箇所に集まっているようだ。生きている人の気配を感じる。

 それを頼りに、音を殺しながらも急ぎ、邪魔なゾンビは音も無く始末した。

 ゲームだから、という免罪符的な意識はもちろんあったが、なによりも人を噛んで同族を作る、なんて存在は……鬼狩りをしていた身としては、あまり見過ごせなかった。

 そうして一体一体干天の慈雨で始末しながら進むと、バリケードで固められた家庭科室を発見する。

 なるほど、避難するなら、って意味ならいいのかもしれない。電気も水道もガスも動いていればの話だけれど。

 

(───)

 

 扉にソッと近寄り、小さくノック。

 中で動揺する気配……と、必死になって息を殺す気配。

 ……アレ? ゾンビと思われてる?

 

「……もしもし? 生存者は居ますか?」

 

 なので小声で質問を投げると、さらに息を飲む気配。それはそうだ、もはや絶望的なこの状況で、自分ら以外にも生き残りが……なんて考えれば、期待と不安が一気に混ざる。

 期待は、助かるかもしれない。

 不安は、俺自身が避難民で、食料を求めて彷徨っていただけ、という可能性。

 だから余計なことはしない。この世界、このゲームで、“助けたいから全てを救う”はまず無理だ。

 何故って、食料にも飲料にも限りがある。

 この北郷は開墾の達人ではありますが、それだって生存者全員に振る舞えるようになるまでにどれほどかかるか。

 だから、生きるのも死ぬのも……もう自己責任って世界なんだろう。

 ただ……がっこうぐらし? というタイトルならば、この世界の学校には生き延びるためのなにかしらの方法があるのだろう。

 つまり、きっとこの人らは大丈夫だ。ゾンビを蹴散らすくらいはしてやれるけど、あとは頑張ってくれとしか言えない。

 もっとも、関係を作った相手は助けたいというエゴはそのままで行く。

 

「あ、あ……ああ、いき、生きて、る……! そっちは……? 一人か? それとも、救助隊かなにかで───」

「すみません。俺はただの学生です。生存者を探して協力し合おう、と思ったんですが……」

「………………すまない。こちらも、もういっぱいいっぱいなんだ。もう、今日をしのぐのも難しい……」

「……そう、ですよね。ああけど、ひとつだけ。そちらにるーちゃんは居ますか? 居るのなら、せめて一緒にお姉さんのところを目指そうと思ったのですが」

「るー……って。あっ、若狭っ!?」

 

 急にこちらに駆けてくる気配。直後、みっしりと重ねられたバリケードの下から、小さな体がにょきりと出て来た。

 

「……! おにいちゃん!」

「あっ、やっ、しっ! しー……っ!」

「あっ……! ……、……」

 

 両手で口を塞いで、こくこくと頷いた。

 よかった、生きてた。でも、言うまでもなく疲労と空腹が顔に滲み出ている。

 

「……るーちゃん、無事でよかった。ちょっと出てもらっていいか?」

「うん」

 

 そのままずるりと出てくると、どうするの? みたいな顔で首を傾げる。

 それに応えるようにリョックを下ろし、中から食料と飲料を取り出して、奥へと差し出す。

 

「食料等の半分です。手を取り合って、ってのは……難しい状況ですよね……わかります。でも……生きていきましょう」

「───! ……っ……すまないっ……! す、すまない、すまない……! ありがとう……すまない……!」

「………」

 

 学校の教師になるくらいだ、きっと子供を導くなにかになりたかったんだろう。

 けど、こんな状況になって、大事なものを守るためにはなにかを切り捨てなきゃいけないことを、導くべき子供達に見せなきゃいけない。

 ……辛いよな。でも、この人は決断が出来ている人だ。“守るべき”をきちんと見極めて、残酷なようでもそれを選べる人だ。

 だから。物を渡すことで、後腐れ無しと切って捨てる俺は、ゲームだろうとろくな死に方はしないんだろうなと……割り切った。

 鬼殺の頃から慣れているつもりだけど、罪悪感は消えないもんだ。

 

「るーちゃん。ここからは俺と一緒に、頑張れるか?」

「お姉ちゃんのところ、連れてってくれるんだよね?」

「もちろん。高いところにある学校、でよかったよね?」

「うん。こーとーがっこー」

「そかそか」

 

 にこーと笑って頭を撫でる。撫でながら氣を通して、溜まった疲労を少し和らげた。

 よし行こう。

 ここからの俺は守護する者ぞ。ならば俺に敗けはない。

 守護らねばならぬ……俺が守護らねば……!

 

……。

 

 そんなわけで。

 

『グオ……』

 

 ドゴォンと繰り出された拳がゾンビの胸を打ち、ゾンビが悲鳴を上げて吹き飛んで行った。

 他のゾンビまで巻き込んで飛ぶゾンビはその過程で跳ね転がり、打ちどころでも悪かったのか起き上がってくることはなかった。

 

「しゅぅううう……!」

 

 あたかもマジカル☆八極拳のように繰り出されたそれの破壊力は凄まじく、服の上から殴れば手が汚れることもないってんで、遠慮する理由もなかった。

 あ、ちなみにるーちゃんはリュックに潜ってもらっている。空いた食料飲料分のスペースに入っちゃったよ……小柄な子供は素敵です。

 なので極力リュックへの振動は無しで、氣を行使しての立ち回りでゾンビどもを吹き飛ばしまくっている。

 手につけたアウトドアグローブに損傷無し。

 黒檀木刀も傷ひとつなく上等なまま。

 そうしてブチコロがしながら学校を目指し、進んでいる。

 そのまま速度で撒いてもいいだろうかとは考えたけど、早速見つかってしまったのもそうだし、そもそも引きつれた状態で学校についたら迷惑行為にしかならないだろう。

 なので可能な限り始末しているわけで。

 

「お兄ちゃん」

「お、どうした? るーちゃん」

「けっこう揺れてるけど、だいじょうぶ?」

「おお、心配してくれるのか。いい子だなぁるーちゃんは」

 

 千花に聞かせてあげたい。

 まああの子のことだから、“だって仮面くん、そんな心配なんて要らないくらい超人じゃないですかー”とかにこやか笑顔で言うんだろうな。

 そうだとしても多少の心配くらいしてくれると嬉しいって話をしとんのですよ。

 

「問題ないぞー? お兄ちゃん強いから」

「うん、たまにテレビでやってるカンフー映画みたい」

「だろー?」

 

 なにせ実際に大陸に降臨なされた、武と氣に人生を捧げたような相手(左慈)と死闘をしつつ磨き上げたような武術でございます。ある意味本格的なわけで。

 

「ていうかるーちゃん、ゾンビ見ても悲鳴とかあげないんだな」

「……怖いよ? でもお兄ちゃんなら助けてくれるって思うから」

「出会い方が印象的すぎた所為かなぁ……」

 

 幼心に“あ、だめだ”なんて自分の命を本能的に諦めてしまうと、こんなふうになってしまうのかもしれない。

 確かに震えているし、怖がってもいるのだろう。けど、叫ぶだの泣くだのしないだけ、もうこんな世界に慣れてしまっている部分も見えている。なんだか、遣る瀬無い。

 まあ、遣る瀬無かろうがやる瀬あろうが、することはきっと変わらないのだろう。

 

「学校に登校しながら石を蹴るって、昔はよくやったな。子供らしい行動というかなんというか」

 

 今ではゾンビ蹴ってます。子供らしいですか?

 しかし困った。

 ゾンビを吹き飛ばしたり蹴ったりする際、氣を巡らせて攻撃するわけだけど。……その瞬間、そこらに居るゾンビが一気にこっちを向いたりする。

 ……そういえば氣って生命エネルギーなわけだから、人の熱を求めて動くゾンビとかって───わあ。俺、恰好のゴチソウじゃないですか。泣いていいですか?

 ま、まあ間違ってる可能性だってあるしね!? だだだ大丈夫! 怖くないよ!? 僕強い子だもん!

 

「ただ唸って近づいてくるだけなら、血鬼術使う鬼に比べれば……!」

 

 マシもマシ。ただ集団に囲まれるのは相当マズイ。逃げようと思えばいくらでも逃げられるけど、傷をつけられるリスクはいくらだって少ない方がいいに決まっている。

 接触感染だか空気感染だかを知る前は、極力警戒はしておいて損はないだろうし。

 がっこうぐらし、なんて名前がついているなら、ほぼ全ての解決策は学校にあり。

 ただし小学校はどうか分からん、ってなもんで、こうして高等学校を目指しているわけで。

 なぜって……ほら、POPに出てた女の子が女子高生っぽかったから。主人公? なキャラが女子高生なら、解決策はそこにあるに違いない。

 絵的に小学生でも通じるような細い子らだったけど……あ。そういえばその中の一人が糸目の……りーちゃんによく似ていた気がする。

 ……あ、やばい、だとしたらVR体験を開始する前に、かなり失礼なことを考えてしまっていた。

 がっこうぐらし、ってひらがなだし、もしかして小学校が舞台のVRかなー? なんて思ってたくせに、りーちゃんの胸の大きさで“あ、高校か大学だわ”とか思ってしまった。ごめん、りーちゃん。

 ともあれ学校だ。解決策を探すならきっとそう。……あるよね? がっこうぐらし、なんて名前なんだもんね?

 

(いや……むしろ“ひらがな”な理由とかが隠されていたり───!?)

 

 がっこう。実は月光と書いてがっこう、とも読めたりする。

 もしやこれは、月の下で生存競争を謳う、人間賛歌の物語───……!?

 

「………」

 

 人間賛歌。人類スバラシイ。……こんな人生送ってると、厄介事の大半って人類が原因だって分かっちゃってるから、そんなこと気軽に言えないよね……。自分らで事態を重くしておいて、解決したぜスゲーだろって言われたってシラケるのと一緒だ。

 今回のこのパンデミックは何が原因なんだろうか。やっぱり人類? ……人類なんだろうなぁ。

 ハッ!? まさか“がっこう”、“月光”の意味は、月まで辿り着いて戻ってきたら、未知のウィルスが付着していて一気に感染しましたよ、な意味の“がっこう”───!?

 

「……はは、いやいやいや」

 

 まさかまさか。でも結局人類が原因になりそう。

 そもそもウィルス原因って。危険なものを取り扱ってます、な状況で、まさか手を洗い忘れて拡大感染しましたーなんてオチはきっとないだろう。……ないよね?

 

「人間賛歌かぁ……そういえばジョジョでツェペリさんが言ってたっけ」

 

 このゾンビにも波紋法が効いたり? ……まさかまさか。太陽の下で元気にオンゾゾ動いてるゾンビに、今さら波紋法なんて効くはずもない。

 でも気になって、天地の呼吸を行使、氣を込めて殴ってみれば、吹き飛びはしたけれども……鬼のように殴った部分が溶けたりはしなかった。

 うん、無理。波紋法では攻略出来なさそう。

 ……なんて思っていたら、天地の呼吸込みで殴って吹き飛んだゾンビが、他のゾンビに襲われだした。

 

「───」

 

 ワオ……TOMOGUI……! なんで!? と思ったものの、生命エネルギーたる氣がゾンビを引き付けるなら、天地の呼吸まで使って濃厚にした氣のエネルギーは、殴った箇所にさえエネルギーを移すのかもしれない。

 ていうか普通に移すよね、氣で人を回復させることが出来るわけだし。

 “殴ったものを直して戻せる(クレイジー・ダイヤモンド)”どころか、ゾンビの囮に使えるだけ……とか。もしもスタンド能力として発現しても、正直限定的すぎて嬉しくない。

 ただ、うん。もしかするとだけど、感染したばかりの相手になら、氣でもって治せるかもしれない。進行しちゃった相手なら、“山吹色の波紋疾走”(サンライトイエロー・オーバードライブ)ばりに殴りまくればいけるかも。

 

「……行くか」

「うん」

 

 田中くん(仮名)が襲われている内に、学校を目指して駆けだした。

 るーちゃんあんまり動揺してない……? 女性ってやっぱりツヨイ。

 我らのような北郷なんかに比べれば、やはり女性といふのは強きものなのでせう。

 図に乗るなよ北郷一刀……! 強者とは常に女性である……! それを戒めよ……!

 

……。

 

 そうして、とある高校に辿り着く……筈だったんだけど。

 

「夕立って……勘弁してくれ」

 

 雨が降っていた。

 急に変わった天候。空の上を、まるで急いでいるように雲が移動し、一気に濁っては激しい雨を降らせていた。

 視界が濁るのは……まだいい。気配でなんとかなる。けど、体が冷えるのはよろしくない。とりあえずるーちゃんにはリュックにしっかりと納まってもらって、チャックは閉じた。空気穴は普通に平気である。

 

「……ていうか」

 

 ゾンビたちの挙動がおかしくなった。

 どこか戸惑ったような様相を見せると、様々なゾンビが建物を目指して動き出したのだ。

 もしかして雨宿りのつもり……? 冗談だろう? なんて思ったものの、どうにもそうっぽい。

 なんだそりゃ、と思わずこぼしそうになるも、それを飲み込んだ。

 中途半端に人である頃の習慣が根付いている。が、それを笑う気にはなれなかった。

 化け物になってしまった。でも、名残りはあった。ただ、それだけ。行動基準が人なだけ、まだマシなのかもしれない。

 じゃあ、人に噛みつく理由は? …………腹が減りすぎているから、だろうな。たぶん、熱を発生させることが出来ないから、本能的に温かいものを求めているんだ。

 だから……感染して、冷たくなったものには見向きもしない。

 温かく、生命力に満ちたものを求めているんだろう。だって、それは……冷たくなってしまった自分では、もう取り戻せないものだから。

 

「………」

 

 現在、とある住まいの二階のベランダに避難しているわけだけど。こりゃあ……雨、止みそうにない。

 一気に行くべきか、雨が止むまで待つか。

 

「………」

 

 こり、と頬を掻いて、苦笑。

 俺ひとりならのんびり雨が止むのを待ったかもだけど、風邪引いたら困るお姫様が居るわけで。

 そんなことになったらお姉さまになんと怒られるか。

 

「んじゃ、行きますかっと」

 

 そうして走り、跳び、向かいだす。

 そんな時───こころなし、学校に向かう途中からアレ? とは思った。

 なんか……雨降ってからというもの、同じ方向を向いているゾンビ、多くないか?

 ……嫌な予感に喉を鳴らしながら、学校を目指した。できるだけ、早く、速く。

 嫌な予感が的中してしまえば、学校は地獄と化している。

 そうだ、なんで小学校がああだったのに、高校は大丈夫だなんて思ってたんだ。

 タイトルが“がっこうぐらし”だから? そんな地獄を生き抜ける場所が学校しかなかった、なんて話だったらどうする気だ。

 急げ……このゲーム、タイトルをひらがなで書いてある意味は、きっとひどく残酷だ。

 漢字を書く余裕もないほどに精神的にも肉体的にも追い詰められた状況、なんて意味が秘められているのを想像すると、走る足は止められなかった。

 

 

───……。

 

……。

 

 そして…………そして。

 地獄が、そこにあった。

 

「……は、はは……おいおい……」

 

 学校は……亡者たちが集い、押し、殴り、圧し、潰し、へしゃげた鉄の門扉が倒れ、それを乗り越えようとして倒れるゾンビや、倒れても進むゾンビ、それを踏み越えるゾンビなどで溢れかえっていた。

 既に昇降口の戸はガラスごと破壊され、のそりのそりと進む彼らばかりで眩暈がしそうだ。

 

「無理だろ、これ……」

 

 生存者なんて……と言いそうになって、口を塞いだ。

 いや……いや、まだだ、諦めるな。

 今この時だって生きている人が居るなら、手遅れにならなければ助けられるんだから。

 

「……いくぞ、相棒」

 

 だから、腰に下げた黒檀木刀を握り、呼吸を開始する。

 深く、強く、この場の化け物を鎮めるために。

 

「───月の呼吸」

 

 守るために磨いたこの力での、武力行使を開始した。

 ホオオオ……と不思議な呼吸音が雨音に混じって響く中、何体かの彼らがこちらを向いた頃には、その大半が無数の三日月の輝きに屠られていた。

 ざあ、と宙を流れる三日月は雨さえ切り裂き、触れたゾンビを悉く八つ裂きにする。

 遠慮はしなかった。この校庭に存在するすべてのゾンビが安らかに眠りますようにと、月の刃を振るっていった。

 そんな中、勢いよく広がる幾つもの三日月の刃が霧散し、氣のかけらとなったのを繋げて吸収する過程、多くの命の反応が動く気配を察知して、目を見開いた。

 

  ───居てくれた。

 

  間に合ってくれた───!!

 

 気づけば早かった。昇降口に居るゾンビを蹴散らし、その勢いのまま校舎の中を駆け───駆けて駆けて、その先の扉の前で蹲る、紫色の女性を見つけると……今まさにそこへ覆いかぶさろうとしている、腐った存在を───

 

「っ───」

 

 氣を込めた蹴りで、蹴り飛ばした。

 教師である可能性が高いと踏んだ瞬間、教師の前で、いくらゾンビでも……制服着た女の子だったもの、の首を刎ねるのはマズイと思ったから。

 ぐお、なんて唸って吹き飛ぶゾンビと、ガアアと唸って標的を俺に変えるゾンビ。

 それを真正面から殴り飛ばしてから、重心を落として構えた。

 

「術式展開───!」

 

 素流に出会えたのは、俺にとって幸運と呼べる。

 元々北郷の流派は剣術で、確かに多少の護身術程度の過程はあったものの、武器が無ければ活かせないものが大半だった。

 その中で、慶蔵が広げ、狛治が継ぎ、やがて玄弥が受け継いだこの体術は、氣を使う自分にはとても相性のいいものだ。

 ……まあその、氣の扱いについて狛治に教えたのは俺なわけだけど。

 

 

 

 

-_-/佐倉慈

 

 ───これは遺書だ、と文字を連ねた日からどれだけ経っただろう。

 結構経ったのかもしれない。そうでもないのかもしれない。

 世界が歪んだあの日から、人が人でなくなったあの日から、学校の中で怯える日々が始まったあの日から、私は私の有り方というものを失ったのだと思う。

 ただの国語教師だった私が、ひとりの佐倉慈になって、教師として教えることの少なさに不安を抱き、生徒に教わることの多さに戸惑って、それでも歩けたいつかから……今日まで。

 私は教師になって、いったい誰に、なにを教えて、どう、どこへ、導きたかったのだろう。

 

  教導、という言葉の意味を、たまに見失う。

 

 仕方ないことだと心の中の私が言う。

 だって、誰もこんな世界になるだなんて思わない。

 備えられるなら、鈍臭い私だってそう出来た筈だ。

 あんなマニュアルを渡されて、中を見ることは許されなくて、それでもそれを持ってしまっていた自分。

 私がここで死んで、私の鞄からあれが見つかったら、みんなはどう思うだろう。

 私は……どうするべきだったのだろう。

 最初から打ち明けていれば、こんな不安も持たずに済んだのかな。

 それとも、打ち明ける以前に……教師じゃなくて、一人の女性として“たすけて”と言えたなら、年齢の差なんて考えないまま一緒に頑張れたのかな。

 わからない。

 教師って、先生って、もっとすごい存在なんだって思ってたのに、見えてくる現実はいつだって想像の域なんて出てくれなくて。

 『いつまでも学生気分で居てもらわれては困ります』、なんて言われても、そうして怒られる状況は先生に怒られる生徒みたいな感じで、結局は“以前の自分”っていう殻を破けないでいた。

 

「っ……は、はぁ……」

 

 右腕が痛い。

 血が出ている。

 押さえる左手が自分の血で赤く染まって、その温かさを求めるみたいに……生徒だったものの手が伸びてくる。

 背にする扉の反対側から聞こえていた声は、もうない。みんな逃げてくれた。

 あとは、私がここを開けなければ、きっと大丈夫。

 そう、私が……私の生きられる可能性を無視すれば、それで……彼女たちは助かるんだから。

 

「………」

 

 そこまで考えて、涙がこぼれた。

 泣く前兆として、鼻がツンとしたり、体が震えたり、なんてことはなくて。

 ただ、自分の体が死にたくないと叫んでいることに、こんな状況になって初めて気づいた。

 罪悪感に潰されそうだった。なにも出来ない自分が、緊急時のマニュアルを渡してきた大人たちと同じという自分が気持ち悪くて、彼女たちのために何かをしなきゃと突き動かされるまま、罪悪感で動けていた頃は大丈夫だった気持ちが、いまさら動いたのだ。

 死にたくない。

 だって、私はまだなにも出来ていない。

 生徒に友達と接するみたいに声を掛けられるのが、嫌だったわけじゃない。友達のような距離感を嫌がるわけでもない。小言を言われるのは嫌だったけど、本当に……これからだったんだ。

 まだまだたくさんやりたいことがあった。

 まだまだたくさん、見てみたい子供たちの先が、笑顔が、将来があったのに。

 恋だってまだしていない。

 お母さんに言われる結婚についての話だって、なにも少女漫画のようにきらきらした世界を夢見たわけじゃない。

 なんとなく出会った人と、気が合ったから付き合って、一緒に居て楽だから一緒になって。そんな程度でもきっとよかったんだ。

 幸せな日々が欲しかった。

 笑顔の絶えない、眩しい未来が欲しかった。

 生徒の未来を、そんな将来に届く手伝いがしたかった。

 

  死にたく、ないな…………

 

 ぽそりと口から漏れた言葉が、生徒だったモノたちの濁った声に掻き消された。

 ぽろぽろとこぼれる涙は止まらない。

 生徒は助けられた。

 先生であることは、きっと貫けたんだと思う。

 でも、じゃあ、私はいつ、どこで教師をやめればいいんだろう。

 いつ、どうやって……佐倉慈として弱音を吐けるんだろう。

 心がたすけてと叫んでいる。

 誰か、誰かとみっともなく泣き叫びたいと私の胸を内側から叩いている。

 でも、私はそれを抑え込んで、涙はこぼしても歯を食い縛った。

 だって、そんなのもう無駄だ。

 私はもう助からない。

 ここで叫んで、もしそれがあの子たちの耳に届いたら、きっとひどく悲しませてしまうから。ひどく後悔させてしまうから。

 いつまで教師なのかって? どこで教師をやめればいいかって?

 そんなもの、きっと私が死ぬまでか───教師をやめると口にした時だ。

 そうだ。

 そう───それでいい、はずなのに。

 

「は、は……は、はぁっ……っ……」

 

 崩れた手が伸ばされると、嗚咽がこぼれた。

 必死に抑えようとしても、人の決意なんて、覚悟なんて、恐怖の前じゃ上手く働いてくれない。

 教師が弱音を吐いちゃいけないなんて、誰が決めたんだろう。

 教師が、そうである当然を求めちゃいけないなんて、誰が決めたんだろう。

 

  たすけて……誰か、誰かたすけてよぅ

 

 教師は生徒を救う。

 大人が子供を助ける。

 きっと、世界じゃそれが当然で。

 でも、それって壊れてしまった世界でも、そうで在り続けなきゃいけないのかな。

 数年前までただの女の子だったんだ。

 急に大人になれって言われて、頑張らなきゃいけなくて、それで……それなのに。

 

「っ……ひ……、やっ……!!」

 

 手が、崩れた手が体に触れそうになって、それを避けるように傾けた体がドアノブに当たって。

 そこだけは開けちゃだめだと避けた体が、とさりと倒れて。

 そこへ、崩れた、人だったモノがずるり、ずるりと迫ってきて。

 

「───」

 

 ……母の顔が、浮かんだ。

 ずっと子供の頃に、転んだ私に心配した顔で駆け寄って来てくれたお母さんの顔。

 心配ばかりかけてごめんなさい。

 もう、心配もしてもらえない世界になってしまって、ごめんなさい。

 そんな世界を知っているかもしれない場所で働いてしまって、ごめんなさい。

 上手く避難出来ていれば、無事に生きられたのかな、なんて思って……私は……やっぱり、泣いてしまった。

 

  やりたいことがいっぱいあった

 

 幸せになりたかった。

 素敵な恋をして、生徒に冷やかされながら寿退職したりして。

 素敵な家庭を持って、素敵な人を支えて、支えられて……

 

「───……」

 

 夢が覚める。

 右腕が冷たい。

 ミキビキとそこから悪いものが流れ込んでくるように、体が軋んでいく。

 ああ……もう、助からないんだ。ここで終わりなんだ。

 私は…………私、の……人生……は……

 

「………」

 

 漫画とかなら、こんな時……間一髪で格好いい男性が助けてくれて、助かるんだろうな。

 でも……もう、無理だよ。

 助けられても、助からない。

 ほんのちょっぴりだけ私が私でいられるだけだ。

 助けられても、今度は私がその人を襲ってしまうに違いない。

 でも……でも、でも……ああ、でも……!

 

  そんな“でも”にすがりたい。

 

 たすけて。

 私、まだ死にたくない。

 格好いいことを言って、行動して、誰かを助けて笑って死ねるほど、心残りを無くせるほどにも生きられていないんだ……!!

 期待っていうものがいつだって壊されやすいものだってことくらい……私だって大人だ、知ってる。ううん、大人になる前にわからされたんだ。現実はいつだって上手くいかないって。上手くいって、“やった!”って燥いだら、次の困難に怯えなきゃいけないのが現実だって。

 でも。だから。周りを笑顔でいっぱいにして、いつだって、なにかが壊れたらべつの楽しいが傍にありますようにって、みんながみんな笑顔でいられれば、って……。

 それなのに。

 

「───」

 

 “でも”が壊れる。

 見下ろす彼らの手が私に届けば、もう“でも”もなにも考えられない。

 私っていう人生は終わって、なにも考えられないナニカになるんだろう。

 いっそ、そうなってしまった方が楽なんじゃないかな、なんて考えは湧かない。湧いてくれない。

 自分が終わっちゃう時くらい、苦しさから逃げてしまえば楽だろうに、私は私を諦めたくなかった。

 噛まれちゃって、今ここで助かったところでどうせ終わりなのに。醜いくらいに生き足掻いて、それで………………それで。

 

「術式展開───!」

 

 ……そして。

 その、あたたかなまなざしが、あたたかさをおもいださせてくれた。

 え、なんて声が喉の奥で小さく震えると、目の前の廊下の一部が光り輝いて。

 その温かさに包まれた途端、ミシミシと右腕を侵食していた躍動が、動きを弱めた。

 詰まってきていた喉が、呼吸の仕方を思い出したように息を大きく吸ってくれる。

 

「けひゅうっ!? はっ───は、はぁっ! はぁっ……!! え……え? え……!?」

 

 え……? あ……か、体……え? 動く……?

 温かくて、眩しくて……でも、怖くなくて、包んでくれるようで……

 

「怖かったよな……もう大丈夫だ。……よく、頑張った」

「………」

 

 なにかを言い返そうとした。

 その、厚手のジャケット等を身に付けた彼に。

 でも、それよりも涙がこぼれて。

 一人で何が出来るんだ、なんて考えより先に、ああ、もう大丈夫なんだ、なんて納得が、私の中に刻まれた。

 そんな筈ないのに。一人でなんとか出来るなら、私達だってこんなに───なんて考えた時には、近づいてきていた彼らは全員、彼に殴られ蹴られ、吹き飛んでは───廊下を跳ね、時には滑り、壁に当たって沈黙した。

 

「カ、ホッ……! ~っ……な、なに……が……」

「よし、今の内に逃げるか。ちょっとごめん、腕通すよ?」

「え? え? ひゃあっ!?」

 

 彼らを軽々と吹き飛ばした彼は、私を軽ぅくひょいと横抱きに持ち上げると、私の目を見てニコっと笑った。

 幼さが残る、けれどどこか大人びた印象を持つ彼は、とても眩しくて、凛々しかった。

 …………ああ、そうだ。こうして助けてもらっても、私はもう助からないんだ。

 諦めた筈なのに、こうして危機から救われてみれば期待してしまう。

 だって、仕方ないじゃないか。

 こんなことが起きるなら、やっぱりもしもやでもを期待してしまう。

 なのに、次の瞬間に浮かぶ“でも”は、いい方向には転んでくれない。

 

「ええっと……どこか安全な場所とか、ある?」

「え……ぁの」

 

 かすれるような声が、戸惑いとなって喉の奥で詰まった。

 頭に浮かぶのは緊急時対策マニュアル。そこに記されていた位置は……でも。

 

「………」

「大丈夫。ゾンビ……ええっと、その。生徒だったあれら、は……俺がなんとかするから。あなたも、絶対に守ってみせるから」

「───、……」

 

 間近で、目を見ながら、そんなことを、すごくあっさりと。でも、嘘じゃない微笑みと一緒に言ってくれる。

 疑う、という気持ちは……あるにはあったけれど、今もこうして助けられたから生きていることを考えると、私は───

 

 

───……。

 

……。

 

 マニュアルに書いてあった場所は、そう遠くない場所だった。

 その間も私を抱いてくれている彼は、なんと足だけで彼らを対処してしまって……しかもその対処の仕方に、私を気遣う余裕までもがあって。

 

「……あの。気に、しないで……。彼らは、もう……せめて、絶ってあげることが……供養になると、思うから……」

「………………そか。じゃあ……」

 

 そんな彼に願うと、彼は彼らにきちんとトドメを刺すようになった。

 動かなくなった彼ら。

 見知ったソックスを履いたソレが、今度こそ倒れ、動かなくなると、私は辛さで泣いてしまった。

 彼はそんな私を横抱きにしたまま抱いてくれて、私は抵抗もなく、その胸で泣かせてもらった。

 恨んでくれていいから、という彼に、そんなことは出来ませんと言うと、彼はやさしい顔で「ごめん」と言った。

 

「……よっ、と……って、シャッターに机を噛ませてあるってことは、先に誰か入ったのか?」

「あ……たぶん、他のマニュアルを見た教師か……それとも、校長先生か教頭先生か……」

「え……それっていいのか? その人達はそこの安全性を知ってて、自分だけで逃げたってことじゃ……」

「う、ううん……違うかもしれない、し……。それに、逃げるだけなら……机を噛ませる意味なんて、きっと……ないから」

「……そっか」

 

 そう、そうだ。そんなことはない筈だ。

 我が身可愛さに、守るべき生徒をほったらかしにして、避難場所さえ教えない避難訓練なんてあっていい筈がない。

 だから───

 

「うわっ、水が……! ~……ごめん、ちょっと揺れる」

「え? あ、の……」

「───……雷の呼吸」

 

 ? かみ、……? こきゅう?

 ……なんて思った途端、景色が一気に流れた。

 悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。

 

「……っと。よし、濡れずに済んだ」

「……あの。あのあの、あの……」

「中国武術でよくある氣の存在はご存知? それと似たようなもの。それをね、侍やら忍者やらが使う古の技術に組み込んだのが、俺の技術。そう思ってくれればいい。ていうか他に説明のしようがないから」

「忍者、って……そんな」

「目の前で見せても信じられない?」

「………」

 

 ん? と笑顔を近づけてくる。

 それだけで、ぽふんと顔が熱を持つのがわかった。

 ……わかったことがある。

 わたし、けっこう、ちょろいかもです。

 でも、それでいいんだと思えた。

 だって、もう私は終わってしまう。助からない。

 だから……そう、だから。

 この、頼れる力強さも、このやさしい笑顔も、私の胸の高鳴りも、たすけてと願った時に助けてくれたありがたさも、ぜんぶぜんぶ……誤魔化さずに、受け入れた。

 ピンチの時に女性を助けてくれる、なんて。ほら、物語みたいだ。

 どうせ終わってしまうのなら、そんな夢を最後に見るくらい……教師にだって、大人の女性にだって、許される筈だから。

 抵抗はなかった。

 なかったから、心の奥でくすぶっていたそれを、ことんと心がある方向に転がしてやった。

 すると、面白いくらいに心は喜んで。顔は灼熱して。胸はうるさいくらいに高鳴って。

 

「…………」

 

 あー……これが恋なんだなぁ、なんてなにげなく認めてしまえば、もうおかしなくらいに頬が緩んでしまった。

 ただのつり橋効果でも構わない。ただの、一時の迷いだっていいのだ。

 私は残りの生命に、この感情をぶつけたい。

 だって初めてなのだ、こんな気持ちは。

 終わりが間近なのに、心が温かい。救われてる、なんて錯覚が起きてしまうくらい、心も体も。

 生徒たちは呆れるだろうか。

 自分たちを逃がした先で、一時の危機だけは救われて、男性に恋をしている、なんて。

 …………。

 理性が心に蓋をしようとする。

 きちんと教師のまま死のう、なんて。

 

(……教師だって人間なのに。恋だってしたい……なにかに憧れることだってある。私は……」

「あ、ドア。よっ……っと、ええっとここは───フン」

「ひゃあっ!?」

 

 開けられた───と思った扉が急に閉ざされた。

 びっくりして、彼の顔を見上げると……

 

「……意気地なしが」

 

 ……どうしてか、悔しそうな顔をしてそう言った。

 それだけで───どうしてだろう、この中に居たであろう誰かが、“そういうこと”になったのを……なんとなく悟った。

 わかってしまうと、状況を自分に置き換えてしまって……我先にと逃げた先で、突然冷静になって───マニュアルを読んで命からがら逃げて来た教師たちに囲まれる自分を想像して、自殺の理由がわかってしまった。

 向き合うのが怖くなってしまったんだ。せっかく拾った命なのに、自殺を選んでしまえるほど。

 だって、ここには声がない。誰もいないまま、ただ一人ここで、何日耐えられるだろう。

 耐えたとして、もし誰かがやってきたら、どう言葉を返せるだろう。

 

「とりあえず……」

 

 彼は軽くドアの数を調べると、手当たり次第に中を調べた。

 そして大きな机と椅子がある部屋を見つけると、私をその机に座らせて、リュックを椅子の上にそっと下ろした。

 不安げに中を確かめる彼は、少し「あ~……うん」と困った顔をすると、リュックの向きを少しだけ変えると、私に向き直る。

 その間、今まで平気だった右腕が少しだけじくんじくんと痛んだけれど、彼にもう一度触れられると、その痛みが治まった。

 

「……?」

「……ごめん、ちょっとあそこの中、片付けてくる」

「え? あ───」

 

 さっきの部屋の中を処理するつもりなんだろう。

 彼はグローブのままの手をグーパーして、部屋の外へ出ようと───

 

「んっぐっ!? うっ! うぁあああっ!!」

「!? えっ……ちょ、どうした!?」

 

 ───離れた途端だった。

 さっきまでもう全然落ち着いていたと思っていた痛みがぶり返して、いつの間にか治まっていた傷から血がぶしっ、ぶしっと噴き出して、血管を這うような痛みがメキメキと広がって……!

 

「これっ……───いや、落ち着け北郷一刀。ヤバイ状況に陥ったら、まずは最悪な事態から想定する。───……傷は癒した。塞がってはなかっただろうけど、ウィルスも殺した。……のに、残りッカスからでも広がる可能性」

「~……ぇ……あ……」

 

 彼が───ほんごう、かずとさん……? が、血を吐き出す腕にグローブを外した素手で触れると……そこの痛みがふわりと落ち着いてくる。

 ……? あ……もしかして、さっき言っていた……氣、とかいう……?

 

「……っ……当たってたら、ある意味鬼の繁殖力よりも性質が悪いな……! ええっと、ごめん、きみ、名前は? 俺は北郷一刀」

「ぁ……の。さ、さくら。佐倉、慈、と……いいます」

「佐倉か。ごめん、嫌なお報せがある」

「…………聞きます。と、いうか……今のこの状況じゃ、いいお報せなんて……」

「いや、いいお報せだってあるから。で、だけど。……たぶんこれ、傷や噛まれたから、とか、それだけで伝染るものじゃないかもしれない」

「…………え?」

「空気感染、の可能性が高い。考えてもみれば、このウィルスはどこから来たんだ? ピンポイントでこの学校から発生したのか? それとも別の町? だったら、こんな短期間で日本中が機能しなくなるのはおかしい。電話も繋がらないんだよな? そもそも電気自体がアウトっぽい」

「……、……あ……」

「一つの町で発生したとして、噛まれた人が逃げるために必死で車をかっとばしたとして、別の町に行くのに何時間かかる? 感染速度を考えれば、運転しながら侵食に苦しんだとして、途中で事故って辿り着けないのがオチだ。じゃあバスか? 新幹線か? 一度動けば新幹線や電車ならいいとこまで行くかもしれない。けど、じゃあその次の町へは?」

「……そんな……! じゃあ……!」

「生きてる奴はただ運がよかったか、知らずにワクチンを接種していた可能性がある。ワクチンなんて大層な呼び方じゃないものでも、日常的に摂取していたなにかが抗体になっていた可能性もある」

「───!」

「こんなご大層な設備を学校に作ってらっしゃる人のことを考えれば、情報の一つ、ワクチンの一つでもありそうなもんだけど」

 

 情報……? あのマニュアルには、人を選んで、他は切り捨てろみたいな残酷なことしか書いてなかった。

 ワクチンがあるのなら、あんなことを書く必要なんてないはずだ。

 つまり、回復は絶望的で───私は、やっぱり……

 

「…………あの、はい。それで……いいお報せ、というのは……」

 

 暗い気持ちを悟らせないために、努めて自然に振る舞おうとする……けど、やっぱり声は震えてしまった。どうにもならない。

 だって怖───

 

「こうして抱き締めて氣を流している限りは、ウィルスは活性化しないし、ゾンビにもならないってこと」

「─────────エ?」

 

 ……エ?

 

「ただそれだとその。ええと。……ふ、風呂、とか、トイレとかも……その」

「……? ……、……───!? ~~~~~~~っ!?」

 

 一瞬、彼の言葉に心が喜びそうになった。傍に居てくれる。それだけで、心が……とても。

 でも次の一言でごしゃーんと音を立てて崩れた淡い幻想は、私に赤面地獄をくださいました。

 ごめんなさいごめんなさい! こんな教師でごめんなさい!!

 脳内でにこやかに笑うゆきちゃんたちに謝りました。

 

「で、でもっ、その……! 離れると、また……?」

「少しの間くらいは氣を込めてはおけるんだけど、まあ。……それに、氣だって無限じゃない。一日中当て続けることは出来るけど、休まなきゃいけない時は来るし、その時までには……あーその。なにか対策を考えないと」

「………」

「…………な、なにか?」

「対策、あるのね?」

「んぐっ……、……おすすめしない。ていうか、混乱に乗じて、みたいに思われるのは嫌だから」

「……? 教えて。無事で生きていられるなら、またあの子たちと無事に会えるなら、なんだってするって決めたの。自分のことだってもちろん優先する。でも、それでも……私は教師だから」

「───……」

 

 言い切った私に、彼はぽかんとしたあとに……笑って、頭を撫でてくれた。

 やさしく……どこまでもやさしく。

 年下……よね? に、頭を気安く撫でられるなんて、普通ならムッとくるだろうに、どうしてか……私はそれが嬉しかった。

 子供の頃にお母さんに褒められたいつかのように……ただただ、嬉しかった。

 

「……あくまで方法としてってことで受け取ってほしい。俺は氣が使えて、俺の氣は特殊で、ウィルスとかも弾けるし滅ぼせる。氣の扱い方を教えることだってできるにはできるんだけど、そういう悪いものを殺せる特殊な氣は珍しいんだ。偶然使えるようになったってだけで、知っている中だと一人くらいしか居ない」

「……じゃあ」

「だから、その代わりとして……その。俺の細胞。俺の中の何かが生きているものを取り込んで、吸収してもらう。その上で氣を送り込めば、それがきちんと体にとどまってくれるっていうわけで……」

「細胞……ええと。つまり血液……とか? もしかして髪の毛を食べろとか……!?」

「俺どこのオールマイト!? ~……わるい、消化が遅いもの、吸収されるかわからないものはオススメできない」

「……そう」

 

 じゃあ、いったい?

 ていうか……ええと、北郷さん、よね? 北郷さんどうしたのかな。さっきから目をあちこちに動かしながら、顔を赤く……

 

「吸収が早いもの、っていったら……水分? 血液じゃないっていったら……、───!?」

「……はい、あの。想像したものかt───」

「おしっこ!?」

「違うから!!」

 

 え、あ、そ、そそそそうよね! うんそうよね! 私もなにかおかしいって……!

 あれ、老廃物だものね! 検査で使うことはあっても、まさか血肉にしろとか……ねぇ!?

 

「じゃ、じゃあ……えっと、だ……唾液……とか?」

「~……」

 

 一層に顔を赤くした北郷さんが、逸らした目を閉じて、こくりと頷いた。

 つ、つまり……つまりその。ほ、ほほほ北郷、さん、と……キ……!?

 

「あ、あにょっ!? それはっ、ほほほ北郷さんが、吐き出したものを私がググググラスとかから飲むような!?」

「……あの、ごめん。出来るだけ、空気に触れないほうが……」

「~……!!」

 

 私、自爆。わざわざ訊かなければよかったのに……!!

 でも、そうだ。唾液は菌が繁殖しやすいって聞いたことがある。空気に触れてからが最も危ないって。つまりは…………その。と、閉ざした状態で、口に移して、すぐに飲まなきゃいけないわけでして、その。

 

(……、……)

 

 ああ、でも……やっぱり私はちょろいのかもしれない。

 北郷さんとキスをする。諦めていた命がそれで取り戻せて、そして、なにより……みんなとまた会える。

 ……それに、助かるってわかっていても、死ぬだろうからこそ湧き出した気持ちが、ちっとも消え去らない。

 それはつまり、私は……そりゃあやっぱり吊り橋効果もあって、それを引きずっているのだとしても。わ、私は、この人のことが……!

 

「で……でで、ででではあにょっ……そへっ……それ、で……たしゅ、たしゅかりゅなら……!」

 

 呂律が回らない! たすけて! たすけてゆきちゃん!!

 抱き締められたまま、目を回して心の中で生徒に助けを求める教師なんて格好わるいかもだけど、余裕ないの今!

 

「……佐倉は嫌じゃないか?」

「~……あんな地獄から、死んじゃうかもしれない世界から、たすけてって言った女の子を助けちゃった責任、ちゃんと取ってくださいっ!」

「───…………~……」

 

 一度きょとんとしたあと、こり……と頬を掻いて、ボッと顔を赤くして。

 きっとこの人は鈍感だろう、なんて勝手に思っていた私は、思いのほかあっさり、自分の気持ちが相手に届いたことを悟った。

 

「つ……つまり猫を拾ったならきちんと面倒を見ろ的な……!」

「近いけれどそうじゃなくてですね!?」

 

 あ、いえ、違った、鈍感だったこの人。

 

……。

 

 ……それから。

 

「んっ……んちゅ……はぷっ……ぷあ……んくっ……ん、くっ、んく……れる……」

 

 冗談で言っているのかと思うくらい気持ちが伝わらない彼に、必死になって想いをぶつけて、ようやく受け入れられて。

 ……はわわわわ私のファファファファーストキスが、まさかのディープキス……! しかも相手の口内を舐め上げて、必死に唾液を舐めて……ぁぅ、頭がぼーっとする……! 心が熱くて、胸がうるさくて、でも……ちっとも嫌じゃなくて。

 腕の痛みなんて忘れて、願うように、求めるように、心が望むままに彼の唇に自分の唇をくっつけた。

 想いが本物じゃなかったら、きっとキスをしようものなら嫌悪感で満たされると思ったのに……私の心は嬉しがるばかりだ。

 私は本当に、絶体絶命の危機的状況から救われて、やさしくされたくらいでコロリといってしまったらしい。どうせ死ぬのだからと受け入れた想いは、私が思っていたよりもよっぽど大きかったようだ。

 けれどもまあ、ほら、たとえころりといったとしても、程度ってものがある。

 今まで経験がなかったからちょっとのやさしさでころりといってしまっただけで、これからもそうとは───

 

……。

 

 そうとは───

 

「んっ……んっ、んっ……んふっ、ふぁぅっ……んんー……ちゅぷっ……んっ……こくっ……はぁっ……!」

 

 そうとは限らない、限らないったら限らないわけで、限らないから限らないのだから、かぎらなくて……か、かぎ……あぅ。

 

……。

 

 そう……

 

「はむちゅ……れるっ……んんっ、ん、んゃぅ……ぁんむ……」

 

 か、かぎ……らないわよね? うん、限らない。

 

……。

 

 …………。

 

「………」

「……あの」

 

 ぽー……っとした頭のまま、一刀くんの胸に寄り添う。体を預ける。

 うん。はい。ちょろいからなんなんだろう。それが恋ならいいと思うの、先生。

 結局あれからキスして、キスして、唾液をたっぷり飲んで、頭の奥が痺れるような感覚を覚えて、キスして、キスして……その度に、嫌って感じる? キスは嫌? 本当に? 本当に治療のためだけ? 嬉しくない? なんて自問自答を繰り返した。

 繰り返したら……気持ちが固まった。

 固まったタイミングで彼が私から離れて、糸を引いた唇と唇を眺めながら、私は彼のするままに向きを変えられて、入れ替わるように机に座った彼の腕に背中から抱かれ、そのたくましい腕が前に回って来て、手でお腹に触れられる。

 彼は何かを探るようにお腹の上で……あ、いや、衣服の上で手を動かした。

 そこから熱い何かが奥の方に滲んでくると、お腹の奥がきゅぅううんと締め付けられ───

 

「にゅうっ!? ───ふむっ!」

「にゅう?」

 

 お腹の奥が、初めてきゅんってなった。

 本当に初めての体験で、おかしな声が出た途端にその声にこそ私が驚いた。

 い、いまの、私の声? ……どどどどこからあんないやらしい声が!?

 慌てて両手で口を塞いだけれど、一刀くんの手が触れている……衣服の下の私のお腹。そこから温かさが染み込んできて、内側を温めてくれた。

 絶望を味わい、死の淵を味わった自分の体が、その温かさに喜んでいる。そう、直感的に思えた。

 たぶんこれは、お腹の中に少しでも溜まった唾液に、自分の氣っていうものを送り込んでいるんだと思う。

 ただ、その。唾液があるであろうところを探っている時に触れた箇所。

 た、たぶんその、し、子宮? の上に氣が届いた時、わわわわわ私の体ったら喜んでしまったようで……!

 

「………」

 

 でも。

 でも、その。

 こんなに、安心して寄りかかれて……力を抜ける人なんて、初めて出会った。

 もちろんこんなことをする相手なんて今まで居なかったけれど、それを言ったら子供の頃の父親相手でだってこんなに力を抜いたことはない。

 安心して体を預けられて、この人に任せれば大丈夫だって心から思えて。

 たとえそれが教師っていう“今この世界で”役にも立たない状況に、大人だからって苦しんできたことが原因になっていたとしても……子供相手に寄りかかるわけにはいかないって、頑張っていたことが原因だとしても。私は……

 

「ッ!」

「あ、ごめん、へんなところ触ったか?」

 

 水分は腸に流れるのが早い。吸収も。

 だから一刀くんの手が下に降りるのが早いのもわかるけれど、そのなぞる手が子宮の上を通過するたび、体が跳ねた。

 きゅんきゅんとするたびに、なんともいえないものが体を走って、それが考える力を鈍らせていく。

 ……液体。体に吸収されるもの。空気に触れないほうがいい。それって……?

 

「───!」

 

 鈍くなった思考がそこに辿り着くと、涙が滲むほど顔に熱を感じた。

 

「!? !? !?」

 

 あ、ああ! あー! えっとそにょっ!? たたたぶん、一刀くんは真っ先にそれに思い至ってしまったから、あんなに真っ赤だったんじゃないかな!?

 なんて考えてしまえば、もじもじと足をすり合わせ、借りて来た猫のように縮こまるしかないわけで。

 

「………」

 

 でも、やさしさは受け取れた。

 男性なんだ、口八丁でそれしか方法がない、といえば、死ぬ恐怖よりはと体を開いたかもしれないのに、彼は唾液を提案してくれた。

 会って一日も経っていないのに、この人がどういう性格なのかが、態度と話し方と雰囲気と……そしてなにより、触れた手から流れてくる温かさから感じられた。

 この人は、大丈夫。

 この人なら、大丈夫。

 そんな気持ちが心の奥底から湧き出してくれば、体も、心も、一切の拒絶をやめてしまった。

 するとお腹の中で留まっていた温かさが一気に体中に回った気がして。

 

「………っ」

 

 自分の肩越しに振り向いて見る彼が、ただただ愛しくて───

 

「……よし。とりあえずこれで長めに保つと思う」

 

 ……パッとお腹の上から手が離れると、伸ばしかけた手が止まる。

 そう、離れた。離れた……のに。私の心は、彼の方に向いたままで。

 離れたのに、お腹の奥はきゅんきゅん鳴るばかりで。

 ……ううん、落ち着くの。そ、そう、そんなことは、ここを調べたあとでも……! じゃなくて! み、みんなの無事を確認したあとでも、きっと……! き、きっと……!

 

「………」

 

 若い子の方がいい、とか言われたらどうしよう。じゃなくて!

 うぅううう……! 知らなかった……人を好きになるって、こんなにも自分を制御できなくなるものなのね……!

 よしっ、こんな気持ちを一掃するために、出来ることをやろう! 少しでも役に立たないと、本当に足手まといだものっ!

 ふんすと鼻息荒く、手についた血を洗い流して手を拭いて、グローブを付け直している一刀くんに付いて行くことを決めて───

 

……。

 

 ……二分もしないうちに後悔しました。

 首を吊っていたのは校長先生で、きっと誰よりも先に、ここに、一人で、逃げ出した人で。

 

「……首吊ってたとしても、ウィルスがあれば動き出すだろうし……外に出した方がいいだろうな」

「あの。一刀くん? 外に出して───」

「燃やすよ。じゃないと、どの道動き出す。さすがにまだゾンビになってない人の首を斬るのは辛い」

「……そう、ね」

 

 それは、そうだ。そんなものは辛すぎる。

 いったいいつから首を吊っていたのかはわからないけれど、吊っていたからこそ回らなかったものもあるのかもしれない。

 今はとにかく校長先生の遺体を運んで、……処分、してあげなければ。

 

「佐倉、死体を見るのは辛いだろ。無理して手伝わなくても───」

「佐倉、じゃなくて、慈ですっ。もう……告白をして、キスまでしたんですから……あの、えっと」

「えっ……死ぬかもしれないからって、ヤケっぱちになっての告白じゃなかったの!?」

「驚くところはそこなの!?」

 

 分かったことがあった。この人、とんでもない程鈍感です。

 

「で、でもさ? 会って半日も経ってないだろう男に……」

「うう……ちょろくて悪かったわね……! 仕方ないじゃない、恋くらいしてみたかったな、とか、フィクションならこんな時、格好いい男性が助けてくれるんだろうな、とか思ってた時に……本当に、助けにきてくれたんだから……! っ……本当に、本当に怖くて、心細くて……! どれだけ嬉しかったかなんて、わからないでしょ……!」

「…………ごめん。そうだよな、救ったなら最後まで、だ。これからよろしく、ええっと……慈?」

「ぁ…………う、うんっ! よっ……よろしくね、一刀くん!」

 

 やっぱりちょろいかもしれない。名前呼ばれただけで、顔が勝手に微笑んでしまう。……校長先生の遺体がすぐそこにあるのに。

 でも、でもでも、初めての恋人、初めての彼氏、は、初めての……とっても頼りになる、男性……! 多少くらい心が舞い上がってしまうのも仕方ないと思うの。思わせてください。

 大体、校長先生も校長先生だ。人には教師として、大人としての自覚を~とか教頭先生に言わせておいて、自分は逃げ出して首を吊るなんて。

 

(……私、頑張りましたよ? 彼女達の役に立ててたかはわかりませんけど……頑張りました。これからこの世界がどうなっていくかは分かりません。ですが……これからも頑張っていきます。校長先生にも教頭先生にももう、お説教なんてさせませんからね?)

 

 苦悶の表情のまま固まっていた校長先生の顔を、一刀くんが直して……そして、抱え上げる。

 そして……水がある段差までを歩くと、そこからは先ほどのように床を蹴って、柱まで跳んで、柱を蹴って……と、向こう側まで跳んで跳ねて、やがて見えなくなった。

 

「かみなりの呼吸……? とか言ってた……?」

 

 呼吸でどうにかなるものなのかな。すぅ、はぁ、と深呼吸してみても、なんにもならなかった。

 

「あ」

 

 そういえば、と離れてしまったことを思い出して、右腕を見てみるけれど……腕の傷は落ち着いたもの。

 キスをしながら唾液を飲む間中、ずうっと彼が触れて、温かいなにかを注いでいてくれた場所。

 驚いたことに傷はすっかり塞がっていて、あの妙な、血管がミキミキと浮き上がるような現象も痛みもない。

 氣って……本当にあるんだなぁ。

 

「氣功、とか嘘だと思ってた」

 

 もちろん嘘なものが大半なんだろう。一刀くんのものが異常なんだ。

 ええと、忍者と侍の末裔で? 中国武術の氣を組み合わせた……?

 うん、あんな移動方法を見せられちゃ、信じないわけにはいかない。

 忍者、侍、武術、すごい。

 

「氣功っていうと……カンフーのフィクション映画とかだと、こう……はっ! ほっ! とー!」

 

 へにょっ、ささっ、すさー! ……衣擦れの音だけが、大げさに響いた。

 

「あ、あはは、なにやってるのかしら、私」

 

 少しテンションがおかしくなっている。

 だって、こんな世界になって、こんなにまで安心出来たのは初めてだから。

 

「はあ……」

 

 助かった……のよね、私。

 彼女たちのために自分が出来ることの全てをやろう、って誓って……命まで捨てるつもりでいたのに。こうして……生きて。

 誰かのために命をかけるって、心の底からそうしようって思ってやれている時はいい。けれど、そこから外れてしまうと、もう恐怖しか残らない。

 誰かのために命をかけて、その後に何が残るの? と冷静に考えてしまう。命懸けだったなら猶更で、もう死ぬのだと理解してしまった後では当然の考えになってしまう。

 命は守れた。でも、それだけ。彼女たちはこれからも生きるために頑張らなきゃいけないし、死んだらそれを支えることもできない。

 ひどい話だと思う。

 自分の命を懸けた行動が、ひどくちっぽけな行動にしか思えなくなる。

 だからこそ、こうして亡くしたと思っていた命を拾ったのなら、無駄にしないようにしなきゃいけない。

 そのためにも……危険な行動は慎まなきゃだ。

 

 

 

 

-_-/かずピー

 

 雨の降る校舎の外を昇降口から見つめつつ、燃え盛るゾンビ達をちらりと見る。

 火の発生源は数体のゾンビ。

 残酷なようではあるが、校長先生とやらの遺体に生命エネルギー……天地の氣を流し込み、ゾンビの海へと投げ込んだ。

 途端に校長の体はゾンビたちに襲われ、その隙に火の氣を炎の呼吸で増強、近くのゾンビに叩き込むと、一気に燃やすことに成功した。

 どういう原理なのか、ゾンビは燃えやすい。

 腐敗したなにかが着火剤となっているのか、それとも腐敗ガスやアンモニアが体内に溜まりすぎて、硝石でも出来ているのか。

 ともあれ、他の場所にたむろしていたゾンビまで熱に惹かれてやってきては、勝手に燃えてくれたので助かる。

 そうして寄ってきたそれらを炎の中に蹴り込み、俺に襲い掛かる奴も蹴り込み、燃やしていく。

 どうか、生まれ変われるのなら、こんなことのない世界でありますようにと願いながら。

 建物に燃え移らないよう注意をしつつ、大体が燃え尽きるまでを待つと……昇降口付近に、もはや命の気配もないのに動くモノたちは居なくなっていた。

 とはいえ、ここだけだ。校長の火葬も済んだことだし上の様子を……と、探るための氣を階上へと向けてみれば、慌ただしく動く、“生きている”気配。

 

「応戦しながら退避してるのか……急いだ方がよさそうだ」

 

 手助けするにしてもなにをするにしても、死んでいいほどの外道じゃないのなら行くべきだろう。

 燃えカスを一瞥したあとに二階へ続く階段目掛けて駆け、すぐに二階へと辿り着くと、目についたゾンビを即座に潰して走った。

 動きは遅い。けれど、一斉に来られれば力負けするのは人の方だ。なにせ、力を行使するのに一切のストッパーがない。

 朽ちた体だろうと筋肉と本能のみで動き、エサを喰らうことに全力を尽くす。嫌な物体だ。

 ウィルスなんかで人がこんな風になってしまうなんて、ゲームの中とはいえひどいもんだよな。

 

(ゲームといえば……)

 

 キスしてしまった。

 というか、告白を受け入れてしまった。

 魏に生き魏に尽くすと決めたいつかから、三国のために、大陸のためにと己が身を投じた北郷が、まさかゲームとはいえ今さら女性の告白を……!

 や、まあ。ゲームだから、選択肢を間違えれば彼女はきっとゾンビに……とか考えたら……ねぇ?

 そ、それにさ? キスとかもさ、案外画面がブラックアウトして、“素敵なキスでした……”とかよくある朝チュン的な感じですぎるのでは? とか思ったんだもん。

 それが結果として、相当がっつりディイイイプなのをかましちゃったわけですが。

 

「感触も生々しかったし、舌まで……! というか……普通嫌がるものなんじゃないか? 会ったばっかりの男だぞ? 一目惚れが本当だとしても、ディープは早いんじゃないかなぁあああ……!!」

 

 などと考えてみるも、俺なぞ……付き合いは長くても嫌われていた女性を、縛った状態のまま後ろから貫いたことがあるわけで。

 ……そ、それを考えれば、一目惚れディープなんてやっすいものなのでしょうか華琳さん……!

 

「なんにせよVRってほんとすごいな……匂いもそうだし、さく───慈のやわらかさとか……うう」

 

 仮にも……そう、ゲームの中とはいえ、恋人となった人の感触。

 後ろから抱きしめ、お腹に触れたあの感触と、やわらかさが……!

 

「───」

 

 北郷の北郷が約千年ぶりくらいにグワッハッハしそうになる。

 しかし耐える。いいからそういったことは忘れなさい俺。

 頭を振りつつ思考を切り替えて、階上へ。

 そこから動くものに気をつけながら、気配を殺したままゾンビを屠る。

 出来るだけ物音を立てないように、干天の慈雨にて首を切断……よりは、頭に氣を込めた木刀の一撃を叩き込み、一撃で終わらせる。

 さすがに倒れゆくゾンビが音を立てないわけがないので、一度倒れれば振り向くゾンビたちの死角に回り、また一撃で屠っていく。

 雷の呼吸もいいんだけど、難点として連続で行使すると踏み込みの音がすごい。出来るだけ上に居るであろう生存者にも心労をかけない方向で、静かに確実に敵の数を減らした方がいいだろう。

 

(…………遠いところまで来たなぁ)

 

 戦に参加せず、提案ばかりだったいつかを懐かしく思いながら、あの頃の自分では絶対に救えなかったなにかを救い上げるため、彼らを倒しながら先を急いだ。

 階段を上っていこうとする者から天地の氣を注入して、そいつが狙われている内に先に階上に上がるようにして。

 そうして次から次へと確実に一撃で屠っていくと、さすがに数も落ち着いてくるわけで。

 

(……よし。そもそもが脆いお陰で、頭も難なく破壊出来る。動きも遅いから失敗もない)

 

 なんて死亡フラグっぽいことを考えていても、きっちりと処理は済ませたわけで。

 気づけば死体だらけの学校の廊下に「うへぇ……」と嫌な気分になる自分。

 とりあえずは生存者以外に動く気配がないのを確認すると、死体を一つの場所に落ちるように調整しながら、割れたままの窓から投げ捨てて行った。

 まだまだ外からやって来るゾンビはその音に惹かれて歩いて来て、そのゾンビにぶちあたるように投げたゾンビが、それらを片付けていく。

 すまん、死んでしまったあなた。死んでまで人に迷惑をかけた分、せめて武器になってほしい。

 その無念が他の無念をぶっ潰す。

 ゲームでなければ死者への冒涜だーなんて言いそうな自分を思い返しながらも、そうした行為は続いて……事後には軽い自己嫌悪になるまでがワンセットというか。あの、はい。ごめんなさい、死者のみなさん。

 

「よし、っと」

 

 教室ひとつひとつ、図書室だの保健室だのくまなく探し、動くゾンビを見つけては破壊、砕けた窓から外へと投げる。

 それが済むと俺自身も校庭へと降りて、さあいざ外からも集まってきたゾンビどもを再び始末する時間ぞ……!

 そして殲滅戦なら月の呼吸か炎の呼吸だと思う。特に月の呼吸。型が多いくせに殺傷能力高すぎなんだよな、これ。

 しかし容赦はしない。ひとまとめにして、菌ごと燃やしてやろう。

 杏寿郎に教えたように、炎の呼吸に火の氣を織り交ぜ、雨にも負けない炎を作り出すと、地面を蹴り弾いてゾンビを擦れ違い様に一閃。ゾンビは燃え上がり、そのゾンビを死体の山へ目掛けて蹴り飛ばせば、一気に炎の柱が出来上がった。

 その明るさを目指して蠢くゾンビも燃えて、逃げる間もなく燃え尽きるから一石二鳥だ。

 そうして目が届く位置に居たゾンビの全てが片付くと、……いや、まだ燃えてるけど。ともかく炎の中に突っ込み終えると、これ以上外からゾンビが来ないようにと倒れた校門の門扉を起こして、線路に嵌めて、滑らせ、校門を閉ざす。

 閉ざしてしまえばフックを倒し、錠前をしっかりと締めて、また外側からの圧力で倒れてしまわないように、岩を噛ませておく。

 

「………」

 

 振り返れば燃え盛る炎の柱。

 それもじきに燃え尽きるだろうと、思いつつ手を合わせて黙祷。

 あとは……

 

「……上の子達に、食料とか持っていってやらないとだよな」

 

 どんな子が居るのかはわからないけれど、あって困ることはないだろうから。

 ていうかリュック置いてきちゃったからるーちゃんを預けるのはまた後だな。だって……あんな状況だったっていうのにるーちゃんったらリュックの中で寝てるんだもの。まあ……あんな状況だ、満足に眠れなかったに違いないんだろうけど……え? リュックなら安心して眠れたの?

 

(……なんて)

 

 俺の傍なら安心できたってことなんだろう。ありがとう。

 さてと、慈のところに戻って、リュックからるーちゃんを出して…………マテ。そんなところを慈に見られたら、というかそもそもリュックに幼女とか相当おヤバくございませんこと?

 ……よ、よし、購買行こう。さっき見つけたし、きっと……ほらっ、そこにリュックくらいあるからっ! ネッ!?

 そんなわけで再び行動開始。もうゾンビは居ない昇降口を堂々と通って、購買へ向かった。

 

……。

 

 校内にはもうゾンビは居なかった。

 そりゃそうだ、動くものの気配を探りながら、どこの部屋も徹底して探して排除した。

 これでまだ居るとしたら、ゾンビでありながら忍者みたいな謎な存在が完成する。いや、下手すると明命レベルで気配を殺すゾンビとか……いや無理死ねます勘弁してください。

 ななななななんでかなぁああ……! 鬼と戦うためにいろんな修行をして、縁壱の氣も習って、倣って、様々な呼吸法も試した……いやあれ試したっていうか、突き詰める直前までいく度に縁壱が“お前にはこの呼吸は合って無い”って言われたから、悪いの俺じゃないよね? お陰で呼吸の数だけ人の数十倍は鍛錬出来た気がするけど。

 その影響で様々な呼吸、型が使えるようになったのはいいんだけどね……臨機応変、一家に一台鬼狩り北郷です。回復も出来ますよ? 鬼化、ゾンビ化も防いでみせます。死亡しても少しの間なら蘇生可能です。……もはや人間じゃないのでは? なのに、自分の嫁達に勝てる自分がイメージできない北郷です。

 

「よし、こんなもんか」

 

 抱えられるだけ抱えたリュックに物資を詰め込んで、目指すは生徒達が籠城するバリケードの先。

 軽快に走り、しかし足音は鳴らさずに廊下を蹴り、階段を登り、階上に上がると、バリケード前まで来た。

 ……奥の教室に明かりは灯ってない。少しでもゾンビの興味を消すために、電気を切って息を殺しているのだろう。

 投げたゾンビが落ちる音も、ゾンビキャンプファイアーも、気づいてはいても興味を殺して潜んでいるのかもしれない。

 

「……ふむ」

 

 ここでなにか一発ギャグを。なんてことをしたら白目で見られるどころじゃないよな。

 よーし落ち着こう俺。久しぶり落ち着こう。

 でも俺の中の……記憶の中の、もはや懐かしい思い出の中で、ヤツが……及川が叫ぶんだ。

 “こんなおいしいシチュでボケんとか、かずピーもしやタマなし!? タマ無しなんとちゃうん!?”とか。

 

「………」

 

 ……はい、千年近くも操立ててエロスに手を出していない俺です。あれ? これ操を立てるっていうのか?

 ともかく、ゲームの中だから、緊急時だからって理由でキスまでしちゃった俺だけど、周知院で告白されなかったわけでも、誘われなかったわけでもない。

 それらを全て断った上での俺だったわけですが……華琳が聞いたら、呆れつつ喜んでくれたりするんだろうか。

 

「……いや。なんか別の意味で呆れられそう」

 

 相手が自分好みの女性だったら、閨に引きずり込みそうだもんなぁ。

 むしろ何故いただかなかったの、とか言われたら……ああもう。

 

「ん、気にしない気にしない。そうだ、もっと開放的になれ、俺。そういうものの試しって意味で、ここに立ってるんじゃないのか」

「試しって?」

「そりゃ……おおう!?」

 

 昔のことを深く思い出していたからなのか、油断も油断。気づけばバリケードのすぐ先に、スコップを持った女性が居た。

 立ち方は臨戦態勢……警戒心MAX状態だ。

 

「あ、あー……補給物資を持ってきた、っていきなり言ったら……警戒する?」

「する。性別でも警戒する。こんな状況なのに焦ってない様子にも警戒する」

「全方向で警戒しかされてないだろそれ……。ええっと、悪い、一応補給物資を持ってきたのは本当なんだ。なんならゾンビも校門からここまで全部片づけた」

「…………は?」

「そっちに行かせてくれとかそういうことは言わないから、とりあえず受け取ってくれ。あ、中身が怖いならそのままそっちから内容を確認してくれればいい。食べ物とか使えそうなものとか、購買にあるもの片っ端から持ってきただけだから」

「まっ……待て待てっ! 待てって! そんな、いきなり自分がゾンビを片付けたとか、補給物資持ってきたとか、いっぺんに言われてもわかるかよっ! ~……みんな死んじまったんだぞ……!? それを、そんな、全部、とか……」

「ああうん……そりゃそうだよなぁああ……」

 

 俺がもし相手側の立場なら、絶対に信じないもん。

 むしろ三国時代のことさえ知らなければ、白銀みたいに“ははっ、それな!”とか言ってわかったフリするくらいが精々だったに違いない。

 

「それに……もし、それが事実、なら……」

「? なら?」

「なんで……どうしてもっと早く来てくれなかったんだよ……! そしたら……そしたらめぐねえは……めぐねえはああならずに済んだかもしれないのに……!」

「………」

 

 ……そればっかりはなんとも言えない。

 めぐねえ、ということは、きっと彼女の姉さんだったんだろう。

 こういう世界じゃ、こういう物語じゃ、よくある話だ……なんて言葉、当事者にはなんの意味も、関係もないし、慰めにもなりゃしない。

 ああ……辛いなぁ。こんな気持ち、鬼狩りの世界を抜ければきっともう無いと思っていたのに。

 

「……ごめん。その場に居ない俺じゃあ、そんなのどうしようもなかった」

「っ……ぁ……ご、ごめん! ごめっ……そんなの、言っても仕方ないことだって…………わかってるのに……」

 

 言わずにはいられないよな……わかるよ。医者としても鬼狩りとしても行動していた。そんな言葉、何度言われたかわからない。数え切れなかった。憶えていようと思っても、憶えきれなかった。

 

「……いや。こんな状況になったんだ、誰かに何かを吐き出さなきゃ、やってられないよな。……物資、ここ置いていくから。あとででも明るくなってからでも、確かめてくれ」

「………………なぁ」

「うん?」

「なんで……それ、置いていくんだ? 普通に考えて、あんたも必要だろ?」

「……いや。近い内にコンビニかスーパーかショッピングモールにでも行ってみるつもりだから。川でも見つけて、近くを田畑にして生活の基盤作りでもしないと、やってられないだろ、こんな世界」

「田畑、って……、───!? そ、そんなこと出来るほど、生存者が居るのか……!?」

「いや、俺の知る限りじゃそっちに居る人らと、こっち……俺と合わせて3人くらいしか知らない。あ、小学校の方には数人居て───ってそうだった! そっちにりーちゃん……若狭悠里って子、居るよな!?」

「え……い、いや……! それ知ってどうする気なんだ……!?」

「───」

 

 ものすんごい警戒されてた。わかるけど、ショックです。

 

「いやいやいや、ただの知り合いってだけだって! ……えっとな、言伝してくれるだけでいいから。妹のるーちゃん、無事に保護出来たから、心配しないでくれ、って」

「……へ?」

「や、心配してるかなー、って。それだけ。今この学校の謎区画ですやすや寝てるから、まあ……そっちとこっちが落ち着いたら、合流するといいよって話」

「…………るー、ちゃん、って。りーさんが、妹を助けにいかないと、って……ずっと、何度も、言ってて……」

「今は安全な場所で待ってもらってるんだ。ゾンビらをなんとかしなくちゃいけなかったから。あ、大丈夫だぞ? もちろん無傷だし、なんならぐっすり寝てたくらいだ」

「…………本当、なんだな?」

「疑うなら連れてくるから」

 

 たはっ……と笑って返した。さて、そうと決まれば行動開始だ。

 

「一応全部の階の隅から隅まで調べたけど、バリケードの先は調べてないから油断はしないでくれな。じゃ、連れてくるから」

「えっ、お、おいっ! 今からか!? ほんとに全滅───あっ、おいー!?」

 

 疑い続けちゃ解決するものも解決しない。というわけでさっさと走って、段飛ばしで階下へ降りて、廊下を走って、シャッターを潜って、浸水した場所を雷の呼吸で飛び越して、その先で待っていてくれたらしい慈に挨拶をする。

 

「……人が跳んできただけなのに……え、ええと、だけって言い方が適切なのかはわからないけど、それなのにゴロゴロ鳴るって……それも忍術?」

「侍の歩法かな」

「侍ってすごかったのね……」

「人が簡単に死ぬ世を刀一本で渡り歩いたんだからね」

 

 本当に、悲しさと辛さばかりの世界だった。

 それでも人の温かさを知れる場所であり……“人の醜さが鬼を作る”ことを知った世界でもある。

 厳密には侍とは呼ばないのかもしれない。

 けど、あの世界で一番になりたかった侍が居て、二番目になりたい弟が居て。

 鬼さえ居なければ、どんな未来が待っていたんだろうと考えてしまえるような、辛くても温かい世界があった。

 

(転生したみんなが、今度はあんな絶望ばかりに飲まれない未来を祈っている)

 

 まあ、平和になりすぎた所為か、はたまた長男じゃなくなった反動か、炭治郎……もとい炭彦はずいぶんとまあだらけ癖というか睡眠欲にあっさり負けるような人物になってしまったが。

 ……あれ、平和とかきっと関係ないよな。絶対に長男じゃなくなったからだ。炭治郎といえば長男だもの。

 

「それで一刀くん? 急いでるみたいだけど、なにかあったの……?」

「ああ、校内のゾンビを一掃してきたから、るーちゃんをりーちゃんに会わせてやらないとって」

「?」

 

 きょとんと首を傾げられた。

 いや……うん。りーちゃんるーちゃんじゃわからないよなぁ。

 

「持ってきたリュックの中で眠ってる小学生が居るんだ。あ、もちろん無傷だから安心してほしいし、バラバラ死体が入ってますとかでもないから。この学校に来る前に、鞣河小学校ってところに寄ってきたんだ。知り合いの……若狭悠里って子の妹が居ることを知ってたから」

「え……若狭さんと知り合いだったの?」

「たまたま妹さんが車に撥ねられそうだったのを助けた縁で。それからはたまに町で会えば挨拶したり、誘われれば軽く遊ぶ程度の仲ではあったんだけど」

「───」

「……慈?」

 

 なんだか片頬をぷくーと膨らませている慈。

 ……ははん? この瞬間まで様々な女性と様々なド突き合いもとい、付き合いをしてきたこの北郷にかかれば、多少の女性の思惑くらいは読み取れるといふものでありましゃう。

 これは……あれだな。今までの経験からして、嫉妬からくる行為だなっ!? ……え? なんで?

 まいった、多少の乙女心はわかっても、なんでそれで嫉妬するのか。コレガワカラナイ。

 

「ウ、ウソ、カズトホンゴウ、ウナト、ア、シアルリトイ、トアソオテウ」

「?」

「……タラール語はご存知でないか」

 

 ちなみに“ウソ”でアイム、“ウアソ”でアイアムになるので気を付けよう。

 言いつつ扉を開けると机があって、その先にリュック。近寄って中を覗いてみれば、さっきと変わらぬ姿勢でスヤァと寝ているるーちゃん。

 

「……ほ、ほんとうに居たのね……!」

「いや……うん。子供の傍でキスとかさせて、ごめん」

「ひうくっ!? ~……」

 

 あ、考えないようにしてたようです、真っ赤な顔の涙目でぽかぽか殴られました。

 

「もうっ……いいわよっ、緊急事態、だったわけだし…………ぅう」

「あれから体調がおかしくなったりとかは?」

「うー……あの。少し、ね? 傷は塞がったのに、内側がぴくんぴくん動いてるような感じがして……」

「……そっか。ちょっと見せてもらっていい?」

「うん」

 

 訊いてみればうんと応え、警戒もなく腕を見せてくれる。

 ……やっぱり生徒の中に教師が一人って、落ち着かなかったんだろうな。対等の関係として口調を崩せるだけでも、案外落ち着けているように見える。

 ていうか今の俺って何歳に見えるのだろうか。家の中でも大して鏡とか見なかったからなぁ。や、だって、これだけ歳を取らずに生きていれば、いい加減自分の顔にも飽きもしませう?

 

「……少し残ってたウィルスが繁殖し始めてる……のか? いやな気配がそこを目指して集まってる感じ…………んん、ちょっと、違う、か?」

 

 目を閉じて、慈の腕の内側の気配を探る。

 これでも縁壱に出会う前から医者として活動しつつ、あの頃に学べる様々にも手をだしていた俺だ、現代日本までを生きた不老長寿の経験豊富者をお舐めじゃないよ? 薬の調合だって田畑の開墾、成長だってお手の物にございます。今、田畑関係ないけど。

 

「………」

「……、……、~……」

 

 しかし、なんだろう。目を閉じて集中していると、なにやらソワソワした気配が俺に向けられているような。厳密に言うと、俺の口に注がれているような。

 と、慈が動いた気配が届いて、伸ばされた手が俺の服をきゅっと摘まんだようで……目を開けてみれば、潤んだ瞳と赤い顔をそのままに、俺を見上げる恵さん。

 

「………」

「……ぁの」

 

 “これはゲームです”。ものすごくヒキョーな免罪符が出来たもんだと頭を痛めつつ、伸ばした手で彼女を引き寄せて見下ろした。

 

「……治療、する?」

「……~」

 

 赤かった彼女は一層に赤くなって、けれど目をさまよわせたあとに、小さくこくりと頷いた。

 

……。

 

 気づけばたっぷりねっとりと治療(●●)をして、慈が頑張ってこくりこくりと喉を鳴らしてくれるのが嬉しくて、子に餌を与える親鳥のように溜めた唾液を慈の口内に流し込み、飲ませることに夢中になり……もはや隠すことが出来ないくらいに興奮してしまっていた俺なのだが。……るーちゃんが「んん……」と寝返りをうったらしく、リュックが揺れる音で二人とも停止。

 ビビクゥと二人して肩を跳ね上がらせて、慌てて離れれば……ちゅるりと出来た唾液の橋がぷつりと切れて、床に少しの水滴を残した。

 ア、アッチャアアア……と思うほどに本当の本当に夢中になっていて、“ああうん、禁欲生活って怖いわぁあ……!”と素直に思えるほどに自制が効いてなかった自分にかなり驚いていた。

 対する慈は目は潤みっぱなし、頬は赤というよりは……その、恋する乙女といった感じに染まり切っており、高鳴る胸を抑えるような感じで真っ直ぐに俺を見ていた。

 そんな女性を見てしまっては、手が勝手に伸びそうになるってものなのだが、

 

(出すぎておる! 自重せよ!)

(もほっ……ももも孟徳さん!)

 

 脳内孟徳さんが自重を促してくれたお陰で、早速見失っていた目的を思い出せた。

 とりあえず深呼吸。そして、離れた分の距離をトンと埋めて、こちらを見上げる恵の頭をさらりさらりと撫でてから、行動を再開した。

 行動。つまり、るーちゃんの引き渡しである。

 ソッとリュックから出したるーちゃんに癒しの氣を流して、辿り着いてもぐっすりしていられますようにと、音の呼吸もプラスさせて彼女の中のリズムが狂わないよう安定化させた。

 そこからはお姫様抱っこで───あ。慈が頬を膨らませた。

 ……お、負ぶっていこう、かな? あ。にこーと機嫌を直した慈が、自己嫌悪するみたいに頭を抱えて落ち込んでる。

 わかる。初恋とかすると、感情って上手く動いてくれないよなっ。…………初恋の相手俺か! 見守る立場が長すぎた所為で、そんな単純なことさえ思いつかなかったよ!

 

「よし、っと」

 

 ともあれ、再び水を越えて廊下を駆けて、階段を登って───バリケードの前へ。

 そこではツインテールのスコップ女子が待ってくれていたようで、補給物資を向こう側から眺めては、うろうろと動き回っていた。

 

「拾ってもよかったのに」

「うわぁっ!? ……って、アンタか……! お、脅かすなよ……!」

「いや、普通に来たつもりなんだけど……っと、はい、この娘がるーちゃん」

「!? ……ほ、ほんとに居たのかよ……! っていっても、正直、今はちょっと……辛いかもしれない」

「辛い?」

「……大事な人を失ったばっかりなんだよ。そこに妹が無事だったから、って引き取ったって、素直に喜べないだろ……」

「………」

 

 それは、そうだ。人の喜びや悲しみは、その人と相手との交友関係で決まる。

 自分はその人の死が悲しい。けど、あの子は自分の妹の生存が、その人の死よりも嬉しい、なんて状況になれば、最悪空気が完全に死ぬ。

 ……それでも。

 

「それでも。誰かが死んだ辛さよりも、誰かの身内が無事だったって喜びを差し込んでやらないと、心が死んでいくばかりだよ。……こんなご時世になって、心の向きを変えるきっかけもないまま進むよりは、ずっといいと思う」

「わかってるよ……わかってるんだよそんなことは! でも! じゃあ! 誰がめぐねえの死を悲しんでやれるんだよ! 死んだ先から別のやつが無事だったからよかったねって喜べってのか!?」

「そうだ」

「っ……」

「そうして、今は生きなきゃいけない。それに、目を逸らすなんてそもそも無理だ。ふとした時にその人が居ないことを痛感して、どうしたって辛くなる。悲しくなる。……だから、その人のことはその時にいっぱいいっぱい悲しんでやれ」

「………………お前………………どうして、そんな…………」

 

 スコップ少女がバリケード越しに俺の目を真っ直ぐに見て、震える声で言う。

 ……目は口ほどにモノを言う、かな、この場合。どうやらいつの間にか、ひどい顔をしていたのかもしれない。

 時が経っても、思い出に出来ても、悲しい思い出は悲しいままなんだ。忘れられるもんか。顔を思い出せなくなるくらい時間が経ったって、笑い合った日々が消えるわけじゃない。

 だから……そうだ。失っても失っても、生きていくしかない。守りたいものがあるのなら、まだ、自分の生を諦めたくなどないのなら、戦え。生き抗え。そのための協力なら、きっと俺は───

 

「……一緒に同じものを食って、笑ってた奴が戻ってこなかった悲しみを知ってる。同じ場所で働いていた仲間が、遺品すら持ち帰れないまま別れることになった辛さなら、知ってる」

「………」

「後悔ばっかりだよ。でも、だから……誰かの身内が無事であることに、誰かを比較して考えるのはやめてくれ。……それは、悲しすぎる」

「……!」

 

 無事であるなら、笑えるのだから。

 それだけで、こんなに嬉しいのだから。

 ……背から下ろし、抱きかかえたるーちゃんを、バリケードの隙間から彼女へ届ける。

 そのあとから補給物資入りのリュックも押し込んで、これにて任務完了。心の中でかるくおどけてみては、心に溜まった悲しみをやわらげた。

 

「じゃ、後はよろしく」

「あっ……ま、待って! 待てったら!」

「? あ、物資足りないか?」

「じゃなくて! ……ごめん。ひどいこと、言った。ああいうの、言う方も辛いって……わかってた筈なのに」

「───…………」

 

 声に混ざる悲しいって感情。震えて聞こえる後悔。

 ……そっか、彼女はきっともう、大事な人を失ったのだ……姉以外にも。

 目の前……いや。もしくは、その手で。

 

「強く生きていこう。また物資が手に入ったら、届けに来るから」

「……わるい。ごめん。…………ありがとう」

 

 それで、生存者との邂逅は終了。

 俺はそのまま階下へと降り……つつ、もう一度生存者とゾンビを探すも、結果はゼロ。

 途中、職員室に寄ると、慈のマニュアルがどうとかの言葉を思い出して、慈の机を探す。

 それは案外あっさり見つかって、その中を検めていくと、鞄や書類などを発見。

 必要になるかもだし、と回収して、慈のもとへと戻った。

 

 

───……。

 

……。

 

 タイトル通りの生活が始まった。

 がっこうぐらし……謎の施設ではあるものの、やっぱり学校でもあるこの場所での暮らしは案外快適で、問題があるとすれば……あの溜まった水が常に湿気を生み出しているのと、あれらが全部悪くなれば相当臭いであろう、先の未来の事実。

 なので、それからの行動は案外早かったりした。

 まず校庭に出ます。燃え尽きたゾンビは天地の呼吸で浄化するように塵にして、ウィルスの一切を消去、風に乗せて排除した。

 それから地面を解す作業に移ると、どこぞの民家から持ってきた鍬で開墾を開始。

 ……もうお分かりだろう。この北郷、何を隠そう開墾の達人!

 これからの世で食事が重要となるのなら、それを途絶えさせるわけにはいきますまい。

 なので掘り、解し、耕し…………

 

「あ。ここまで水を引く方法がない」

 

 やっぱり一度、デパートとかには行く必要がありそうだ。

 ふむと頷くと、その日の作業は終了。

 謎施設まで戻ると、慈が迎えてくれた。

 ……おかえりなさいとただいまがある場所って、いいですね。

 気づけばすっかり恋人同士な感じになって、治療目的だったキスは恋人同士のそれになり、そのくせ治療だった頃をなぞるように、彼女に自分の唾液を飲ませることに夢中になって、彼女もそれを受け入れてくれて。

 そうなれば、危機的状況の二人がそうならない筈もなく。

 あ、でも危機的状況の女性って、男よりもそんな感じにはならないとか聞いたことがあるような。

 

「…………ぁ、の」

「………」

 

 でも大丈夫。北郷わかってる。

 どうせこの先、本番めいたことをし始めれば、画面がブラックアウトして、朝で、鳥とかがチュンチュンしちゃうんだ。

 恋人と二人、ベッドに腰掛け、ドキドキしながらそんなことを考える男。最低でございますね。

 けれども考えてみてほしいのです。

 鬼狩り時代における過去から現代、周知院二百年の歴史とともに生きる生活。足せばほぼ千年近くにまで及ぶ禁欲生活。

 それをいざ、なんて瞬間になればブラックアウト。

 考えない筈がございません。結局そんなもんかーいとかツッコみたくもなりませう。

 しかしもはや悲しむまい。

 もしや濃厚なる本番でなければ、許されるかもしれませぬ。

 なればこそ……なればこそ。まずは愛を囁くところから始め、抱き合うことに繋ぎ、たっぷりと、たっぷりと時間をかけて、混ざり合っていけば───

 

 

 

-_-/佐倉慈

 

 その行為は、歯磨きとお風呂を経て、新任としてクラスを受け持つことになった日よりもよっぽど身綺麗にした私に、彼が恋と愛を囁くところから始まった。

 肩を寄せ合い、想いを伝え合って、額を合わせてくすりと笑って。

 彼がリュックに積んできた寝具にぽすんと倒れると、見つめ合って、語り合って。

 布団の中に潜り込んでも、急ぐことはしなかった。

 学生時代の頃の友人は、彼氏ががっついてきて営みどころじゃなかった、と言っていたのに。

 彼はどこまでもやさしく、触れてきても髪や頬、肩からで、“そういう行為”で想像するような部分には触れることなく、触れ合い、抱き寄せ合って、とても近くで相手の温度を感じながら、心の準備のための時間を私にくれるかのように……ゆっくりと、じっくりと、時間をかけて近づいて行った。

 抱き寄せられれば頭をやさしく撫でられて、押し付けられた胸の先からとくんとくんと彼の心音が聞こえてくると、自分のドキドキをその音に合わせるよう呼吸をして、ドキドキがうるさくて、でも頑張って追い付いて、早い鼓動をなんとか落ち着けると、一緒の時間を生きてるって実感が突然湧いて、見上げるように顎を持ち上げれば、私を見つめるやさしい瞳。

 キスがしたくなって、もぞりと動くと……頬にちゅ、ちゅ……とキスをされて。驚いたけどムッとすると、頭を、頬を順に撫でられて、額にキスを落とされる。

 すると自分が結構恋に対してワガママであることを知ってしまい、俯いてしまうと……彼はもう一度私の頭を自分の胸にぽすんと招くと、やさしくやさしく、髪を、背中を撫でてくれる。

 なんだか子供扱いされている気がして抵抗するのに、その抵抗はするりするりと躱されて、きゅうっと抱き締められて、ぽしゅうと赤面。力が抜けてしまって、為す術無く可愛がられてしまった。

 そんなことをされて、それこそ余計な力が抜けてリラックスが全面に出始めた時、彼は抱き締める位置を変えて、私の頭を胸ではなく肩へ持ち上げるようにして、接触部分を増やしてきた。

 あ、きた。

 心がそう思うと、たっぷりと時間をかけてじゃれ合っていた時間が愛しく思えて、もっと甘えるようにじゃれ合うように、私も彼の背に手を伸ばした。

 それから? それから……ごろごろとした。

 激しい何かがあったわけじゃなくて、ごろごろ。

 それこそじゃれ合い直すかのように、私は近くに居る彼を。彼は近くに居る私をより感じるように、体全体で相手に触れるように、ゴロゴロと転がった。

 意味もなく浮かんでくる笑みが心地いい。

 相手のことが好きで、大好きで、大切で、愛おしくて。

 きっとまだまだ足りなかった、“好きになるための時間”を今作っているかのような、濃密な時間。

 触れ合う部分が増えるたび、息遣いを感じるたび、鼓動が耳に届くたび、彼をもっと好きになる。

 温かい。安心する。力強いなにかに守られているかのような、例えられない安心感。

 きっと、彼が言う氣というものに包まれながら、私と彼は抱き合って、くすくす笑い合って、ごろごろし合った。

 好きな人の温度が傍にある、というのは……とても心地よく、気持ちよく、安心するのだと知った。

 大人になってしまえば頭を撫でられるなんて行為、嫌悪さえ抱くものだと思っていたのに……彼相手だと嬉しくて、けれど恥ずかしくて照れてしまって、我慢できなくなって、抱き着いて、肩に顔をうずめて。

 すると……ゆっくりと、背中を撫でる手が、強弱を変えていく。

 優しかったそれらがところどころを刺激するかのように、時に───んっ、あれっ? んんっ……あれ? これ…………マッサージ? あれ?

 

  ?

 

 照れてしまったくせに、どうしたの? とばかりに肩から顔を戻すと、彼の顔を見る。

 彼は小さく囁くように“力を抜いて”と言ってきて、マッサージを続けてくれる。

 それは、なんというか温かくて気持ちよくて心地良くて、抗う必要性も感じなかった私は、こんな心地良さをくれる彼に身をゆだねるように力を抜いて、その心地良さに埋没していった。

 

  ……あれ? なんて首を傾げたのは、体がぽかぽかしてきてから。

 

 温かくなった体とは別に、体の感覚が……んっ、ちょっと……んんっ、敏感、に……なった、ような……?

 一刀くん? と……勝手に上気しているであろう顔を彼に向けると、彼は穏やかな笑顔で私の顔を胸に抱いた。

 途端、彼から流れてきていた温かさ……氣、だと思うけど、それが温かくなっていた私の中を少しずつ刺激し始める。

 

「んんぅっ!?」

 

 途端、体に快感が走った。

 勝手に出てしまった声を慌てて口を閉じて止めるけれど、体は勝手にぴくんぴくんと小さく跳ねる。

 

「か、かずと、くん……? これ……」

「えと……うん。いわゆるそのー……性感マッサージ?」

「!? せっ……!?」

「大丈夫、リラックスして。ひどいことは絶対にしないから。慌てないし、強引にしたりもしない。ゆっくりゆっくり……痛くしないように、混ざっていこう」

「……あ、ぅう……で、でも、でも……」

 

 身体が疼く。

 ぴくんぴくんと自分の意思とは関係なく小さく跳ねる体が、少し怖い。

 なのに彼の氣に包まれると、そんな怖さが和らぐ……くせに、快感は増していく。

 

「あ、あの、一刀くん……? 性感マッサージは……その、百歩譲って許します。最初に許可を取らなかったのは、めっ、ですけど。でも、その、触れられてない場所まで、ぴりぴりするのは……どうして?」

「手じゃ届かないところも、氣でなら触れられるから。慈の体に訊きながら、ゆっくりゆっくり、焦らないで気持ちよくしていくから、大丈夫。怖がらないで」

「ぇ……ぁの、それってあの。………………普通じゃ出来ないことなんじゃ」

「まあ、うん。こんなことするの、初めてだし」

「───」

 

 ひう、と喉の奥で声がした。自分の小さな悲鳴だった。のに、嬉しい。

 初めてを自分でしてくれるということが、なんだか嬉しい。

 こういう行為が初めてなのか、氣でこういうことをするのが初めてなのか、訊く勇気はなかったけれど。

 

「んふっ……ふ、くっ……んんぅっ……んっ!? んんっ!? やぁっ! あんっ! ……!? ~~……!!」

 

 知らず、声が跳ねた。体の奥に快感が走って、勝手に声が漏れた。

 し、知らない。そんなところが気持ちいいだなんて、知らない。

 肌をなぞる手が優しい……のに、肌の下、自分も見たことのない場所が氣で撫でられているらしいそこに、未知の快感が走る。

 それは痒さとは違い、もどかしいのに嫌じゃない……くせに、少し怖くて、彼にきゅうっと抱き着くのに、それを齎しているのが彼であるというのだから、私は少しの怖さに震えながら、やってくる気持ちよさにぴくんぴくんと体と息を弾ませていた。

 しかもどれだけ触れられても擦られても、手指でないから痛くはなく、むしろ温かくて優しいもので静かに刺激されて、それが蓄積されるばかりだから……不快感なんてなくて、ただただ気持ちよくて、心地良くて、体が跳ねて、なんだか思考が纏まらなくなってきて。

 え!? あ、あの、そこ、や、ちょっ……え? あれ? んくぅっ!? 奥……ど、どこ!? 知らないのに、名前も知らない場所が気持ちよくてっ……やっ、あっ、あぅうんっ!? ~……こ、声、抑え……! ようとすると、強張ってるところの裏を氣で撫で、られ、て……! んっ、んっく!? ふきゅうっ!? やっ! あっ、あっ、あっ……あぅっ! あうっ!! あぅうっ!! あっ、や、やっ! やー! やー!! あぁああああっ……あ、あ…………?

 

「……、……?」

 

 ふるるっ……ふるるるるっ……と勝手に震えて、顎がぶるる……と震える。

 自分の意思とは関係なく震え、跳ねる体で、突然止まった刺激に彼を見上げる。涙が滲んでよく見えない。

 そんな涙を彼の胸でこしこしと拭うと、改めて彼を見上げ……ようとして、またぽふりと胸に抱かれた。

 頭を撫でられる……それだけで気持ちよくて、体が跳ねる。

 気は……その、気をやってはいない。直前で刺激が止まってくれたお陰で、荒くなった呼吸を落ち着かせようとするのと一緒に、波が引いていく……というよりは、また撫でられた背中から体全体へと、ゆっくりと広がっていくような感覚。

 

「~……」

 

 初めての感覚だった。

 その、私だって、自慰はその……したことはある。あるにはある。

 けれど、そんなものとは比べ物にならないほどの何かが、私の中を走ろうとした。

 それは結局彼の手で、上半身に溜まった興奮が下へ下へと流されるように背中を撫でられ、消えたわけだけれど。

 でも……私の体が私のじゃないように震える感覚が少し怖くなった私は、出せる限りの力で彼に抱き着いた。この震えが消えますようにと願うように。

 けれど思っていた以上に力は出なくて、出せなくて、消えたと思っていた快感は、内側ではなくて肌の方へと浮き上がっていた。

 だからか、きゅうっと抱き着くと体が跳ねて、自分で抱き着いたくせに抱き着いただけで体が跳ねて、びっくりした。

 そんな私を彼は抱き締めたまま撫でて……んきゅうぅう……! い、今、背中撫でられると、へんな声が……! う、腕とかも……え、腰っ……!? ち、力抜けちゃう……!

 え、え? ど、どこならいいのって、そんなの私にも……! あ、やっ、内側は今はっ……ふきゅっ!? んきゅっ!? や、やぅやっ、は、あっ、んんくっ、んゆっ、んっ、んふぅ! んんぅんんぃぃううぃぅ……!!

 

「~……ん、んん……ん、……!?」

 

 気持ちいい。気持ちよくて、体が熱くて、爆発してしまいそうなのに、体は達しない。

 どうして、と思っても、どれだけ強い快感を得られても、絶頂には至らない場所を撫でられているのか、と思い至ってしまう。

 感覚は鋭く、けれど寄せられる快感はゆったりと、じんわりと。なのに確実に蓄積されていっている。

 決定的な場所には触れず、きゅう、と抱き締められたままに氣で愛撫されている。

 言葉にしてみるとすごいことなのに、実際にされてしまうと抵抗も出来ない。

 というか、……というか。あの、えと、と、いいますか。あの。

 ず、ずるい! ずるいぃ! 氣、ずるい! そんな、普通じゃ手が届かないところなんて、ず、ずるっ……にゅうっ! んくっ! んんぅ!!

 だ、だめ……! お腹の、奥……! 触れたことも……ううん、きっと触れることだって無理な場所が、氣で包まれてる所為で形がわかる……!

 あそこから、あそこを通って、上のざらざらした部分を撫でられて、最初は特になにも感じなかったのに、こすられて、癒されて、こすられて、癒されてを繰り返されると、どういうわけかそこを刺激されるのが気持ちよくなってきて、そこで感じられるようになってくると、今度は……そう、奥の奥、ある場所の入り口をコツコツと刺激されるようになって、やがてそこが突かれるのではなくやさしく撫でられるようになってから……厳密にいえば、刺激されてもリラックスできるよう努めたあたりから、気持ち良さが勝って……!

 

「……、っ……、……!!」

 

 声にならない。快感が体をじわじわと飲み込もうとしている。

 言葉にならない。こんな感覚があったなんてと言えるくらいの気持ち良さが、下腹部を通して全身に広がっている。

 もう、肌ですら性感帯になってしまったかのように、汗に濡れた腕をちゅるりと撫でられただけで、電流が走ったような、そのくせその全てが気持ちいいような感覚に襲われて、もうわけがわからなくなってくる。

 愛撫で……前戯でこれなのに、これ以上、なんて……───え?

 

  そこまで考えて、ハッとする。

 

 前戯? 前戯って? 違う。だってこれ、抱き締められて、氣で包まれてるだけ。

 じゃあ? ………………え?

 

「……慈」

「───!!」

 

 耳元で声がした。

 漏れた吐息が耳を撫ぜ、ぴりぴりとした快感が背中を通して全身に走っていく。

 ま……待って、ゃ……待って……!! 今、今……“前戯”をされたら───!

 

  そっと動いた彼が、背から腰を撫ぜる。

 

 ぎゅうっ、と内側が緊張して、顎が勝手に持ち上がった。

 はぁっ、と勝手に大きく口を開けて息を吐くと、歯は閉ざされ勝手に食いしばって、今までじわじわと来ていたぞわぞわとした感覚が、ギュチィって締め付けられるような感覚として走る。

 

「……、……っ……」

 

 腰を撫でた手が、降りてくる。

 来る……来た。お尻に。太腿に。

 足を撫でる手がゆっくりと足の間に潜り込んできて、なにをされるかを想像した。

 怖くて、懇願するように彼の目を見る。

 ……ちゅむ、と。やさしいキスをされた。

 

  あ───

 

 力が、抜けた。

 その隙に手は足から離れて、しゅる……とワンピースを持ち上げて。

 ちゃり、と音を鳴らしたロザリオが、少しだけこの世界の“残酷”を思い出させた。

 そんな、ハッとした“冷静”を頭が思い出した途端、いつの間にか露わになっていた胸の頂を、ちゅるっ……と口に含まれた。

 

「~~~~~~~~っ!!!!!」

 

 両手で、慌てて口を押さえた。

 悲鳴にも似た声が出て、それなのにその声の振動さえもが体に快感を与える。

 涙があふれるほどに頭の中が気持ち良さで痺れて、体全体にビヂヂヂヂッて電気が走ったような快感と、お腹の奥の奥、お部屋の入り口が、刺激され続けていたそこが、ざらざらしていた場所と、自慰の時に特に触れていたあそこと一緒に氣で弾かれて、私は───気を、やった。

 

「───!! んーぐっ! んんんぐぅうううっ!! うぅうぐぅうんんんんっ!!」

 

 ビビビグッ、ビググビグッ、ググググググッ!! 身体が信じられないくらいの痙攣を起こして、鈍いような幸福感がお腹の奥から湧いてくるのに、その途中のざらざらとした場所と、あそこからは鋭い快感が、それぞれ違う絶頂となって私を襲う。

 頭がどうにかしちゃいそうな快感に襲われ、誰かも知らないなにかに許して許してと声にならない声で叫ぶ。なのに、全身を纏う氣が、私を気絶させてくれない。

 身体を包むそれらが敏感な肌を撫で、肌で私を絶頂させる。頭を、髪を撫でられると幸せで、安心出来て、でも涙は止まらなくて、なにかを伝えたいのに頭は働いてくれない。

 きゅうっときつく閉じた足の間から、ぷしゃりぷしゃりと液体が噴き出す。

 小水ではないとわかっているそれだけれど、好きな人の前でそうなってしまったことにとんでもない恥ずかしさを抱いている筈なのに、心の奥はだるいくらいの鈍い幸福に包まれていて、ぼうっとしている私に、可愛い、と言って唇にキスをしてくれる彼に、私もなんとかキスを返していく。

 目の見えない猫が、鼻先でなにかを探るような、つたないキス。

 けれど彼はそれが嬉しかったのか……一層に私を、やさしく、急ぐことはしないままに愛してくれる。

 深い深い幸せを感じていると、ゆっくりと、やわやわと胸を揉まれた。

 ぴりっとした快感が走ると、んんっと声が漏れてしまう。

 奥の方の入り口での絶頂を初めて感じて、そこから走る幸福を感じてから、胸が、なんだか、張っている気がする。

 そんな胸を、彼がゆっくりと……私の向きを変えた上で、後ろからやさしくやさしく、丹念に揉んでくる。

 氣は変わらずに私の全身を刺激していて、敏感になっている体を休ませるのと一緒に、快感を逃がさないようにしているようにも思えた。

 

「か、かりゅとくん……かりゅ……かじゅっ……んくっ……んぷっ……」

 

 幸せだ。

 好きな人に恥ずかしいところを見られて、じゃれあって、まざりあって、気をやったところまで見られて。

 それでもどんどん好きになって、そんな想いを受け取ってくれて、キスをくれて。

 口内に流し込まれる唾液が、喉を通るたびに体に快感を与えてくれる。

 あ、あぁあ……好き、好き……私、この人のことが……!

 

  奥の奥が疼く。

 

 さっきからきゅんきゅんと疼きっぱなしで、はしたなく思われてでも、彼と、もっと、深く、繋がりたいと思った。

 けれども体はもうひどくだるくて。幸せなのに疲れ果ててしまっていて。

 そんな私のことを見透かしてか、一刀くんは私を後ろからぎゅっと抱き締めてから頭を撫でると、「今日はここまで」と囁いてくれた。

 大丈夫だから、なんて強がりは言わない。

 こういうことは、二人がきちんと頷けない状況じゃなきゃ、幸せじゃなきゃいけないと思うから。

 私はありがとうと返して、せめて心を込めたキスを、ぴくく、ぴくくと震える体をなんとか振り向かせて、彼に贈った。

 

 

 

 

-_-/かずピー

 

 VRすげぇ。

 え? これってR18だったっけ? や、そりゃゾンビが出てきて、しかも倒したり燃やしたり出来る時点でR18どころかGがついているくらいは予想してたけど。

 ……今、俺の腕の中で穏やかな寝息を立てるおなごがおる。

 いい匂いで、やーらかくてかーいくて、ちち、しり、ふとともがエロくて……ってそれはよろしい。お約束を守っただけである。

 ……にしてもだ。

 

(……エロス、出来たなぁ……)

 

 や、本番に移ればアウトなのかもしれんけど。いやアウトだろう。

 むしろ一気にここまでの仲になるなんて、誰が思いますか。

 命の危機を救ったっていうのはもちろんブースト素材なんだろうけど……ああ、あとゾンビ化を防ぐ方法としても。

 その延長で……って言ったらさすがに慈に失礼か。

 

(………)

 

 久しぶりだった。女性に対して、こんなに心が寄り添おうとするのなんて。

 ゲームだから? それとも守りたいって、傍に居てやりたいって思ったから?

 今まで出会ってきた女性は強い人ばかりだった。

 三国の皆然り、鬼狩りの世界然り。周知院はほら、いろんな意味で逞しいっていうか。

 でも……こんな世界にあって、強く在ろうとしても弱音を吐いてしまうような慈を、守ってやりたいって思った。

 先生であり続けようとしても、幸せになりたいと手を伸ばした彼女を。

 ようするに……まあ、その、きっと。そうやって、頑張る姿に惹かれてしまったのだろう。ゲームであるなしに関わらず。

 もちろんキスまでしておいて、むしろここまでしておいての責任云々もきっとある。

 けど、近くに居たいと思えたのなら。魏に操を、なんてことよりもそう思えたのなら。

 

(……いたっ、いったたたた……!!)

 

 北郷の北郷が、かつてないほどミヂチチチチと肥大化している。そそり勃ちすぎて腹に当たり、なおも押してくるほどに。

 ……氣って生命えねるぎいなんです。蓄積されたそれらが、おっきとともにあそこに集中してしまったとしたら?

 世界初! 氣で肥大化させる増大サプリメント! ……ないな。いや、実際そうなってるわけだけど。

 目の前の女性と交わりたい。

 なまじっか戦なんて時代を駆け抜けた所為か、そんな時代から氣を溜め込んできた所為か、一度ご起立してしまうと治まらない。

 おぞましいものでも想像して治まらせようとするのだけれど、目の前にこんなにやわらかで抱き心地の良い女性が居るのに、無茶言うなってもんです。

 

「っ……」

 

 こくり、と喉が鳴る。鳴らさないようにつばを飲み込んだのに、鳴ってしまった。こくり、というか、ごぎゅっきゅ、みたいに大きく。

 おそるおそる手を伸ばし、後ろから胸に触れる。

 ぴくん、と少しだけ身動ぎするも、起きる様子はない。

 相当消耗してしまったんだろう……ごめんなさい。それとはべつにごめんなさい。手が、手が止まってくれません。

 胸に触れ、ふにゅもにゅとやさしくやさしく触れ、揉み、こねくりまわす手が止まってくれない。

 ご立派様はもう本当に痛いくらいで、誘惑と興奮に負けて、彼女のお尻に押し付けてみれば、柔らかい感触とともに興奮に理性が負けそうになる。

 ……が。乳首に触れた瞬間、泣き声のような声で彼女が鳴いて跳ねた時、心は静まってくれた。

 愛しさが欲望に勝ってくれた。

 胸に触れていた手は頭に伸び、お腹に伸び、頭を撫でながらお腹をやさしく撫で、興奮のあまりに乱暴になってしまったことを詫びた。

 

「…………」

 

 いいこいいこ。

 で、おれ、わるいこ。反省。

 

……。

 

 翌朝。

 

「………」

 

 起き出した慈は───……なんだかぬぼ~~っとしていた。

 もしかして朝は弱いんだろうか。なんか新鮮。

 なので、同じベッドで目覚めて、同じベッドで座るようにしてぬぼーっとしている彼女を、脇の下に腕を通すように抱き締めて、ちゅむり、とキスをした。

 

「!?」

 

 途端、びくーんと体を弾かせ大覚醒する慈さん。

 超至近距離で見る彼女の目がぐるぐる巻きになって、覚醒はしたけど混乱しているのをいいことに、キスを続ける。ついばむようなキスから、唇を舌で割ってのフレンチ。抱き締めた体を、背に回した手でゆっくりと上から下に撫でてやれば、ぴくんと跳ねた体がぞわぞわと震え、座りながら仰け反るような姿勢になってくると……上がった顎を利用するように体を起こし、唾液を彼女の口内に流し込んでいく。

 驚いた彼女だったけれど、舌をぞる、と舐めてやると肩を弾かせ、赤い顔ととろんとした瞳で、ゆっくりと喉を鳴らしていく。

 で。自分でやっておいて朝っぱらからそんな顔を見せられたら、朝に逞しい北郷の北郷がさらに猛るわけでして。

 

「ふぷっ……!?」

 

 そんな欲望を、彼女をぎゅうっと抱き締めさらにキスをすることで発散する。

 や、むしろ勢いに乗るような行動の所為で余計にいきり立って、正直痛いくらいだけど。

 抱き締めた拍子に慈のお腹にそれが当たり、「!? !?」と涙目になるほど赤くなって驚いてたけど。

 

「───」

 

 とりあえず。

 マイサンのことは意識から外す気持ちで全集中。

 常中はしていたけれど、意識することでさらに血管がギュワっと運動量を増やして───…………余計にビキビキになりました。

 

(俺の馬鹿───!!)

 

 ギャアアアアアと俺の中の北郷さんたちが騒ぎ始めます。鬼狩りの世界に行ってから、ギャアアと騒ぐことが多くなった気がする。なんで?

 しかしこれはまたなんともはや……! 集中といえば戦闘、なんて意識が切り替わって落ち着くと思ったのに! 思ったのに───!!

 かつて呉北郷が祭さんと鍛錬をして、ご起立くださったことを完全に忘れていた。

 あの時は祭さんに───……ぁぁぁああああごめんなさいごめんなさい思い出しませんから余計にビキビキせんといて! やめれ! やめておくんなはれ!

 ふざけた思考で頭をいっぱいにするも、腕の中のやわらかい存在がそれを許してくれない。

 もぞ……と身動ぎをすると、俺の背に腕を回し、きゅうっ……と抱き着いてくる。お腹に当たるマイサンもお構いなしだ。

 ……ああ、心がきゅんとなった。可愛い。なんというか俺……こういう仕草……行動? 女の子のこういう甘えてくる行動に弱いのかも。

 きゅむ、とまた抱き締めると、密着部分を増やすように、ずり、ずり、とベッドの上で座ったまま動いては、もっともっとと距離を詰めた。

 

「……無防備な女性を、朝から襲うなんて。ひどい人ね、一刀くんは」

「慈がかわいいのがいけない」

「…………~」

 

 少し棘のある言葉にオヘンジすると、真っ赤になって言葉を無くす恋人が可愛いです。

 そしてグッジョブ俺。信じられないくらいご起立くださっておっても、寝ている間に藤巻十三現象は起きなかった……!

 

「……ごめん、このまま抱き締めてると押し倒しそうだから、とりあえず……」

「!? あっ、そっ、そうねっ! うんっ!」

 

 言って、そそくさと離れて……慈はシャワーに、俺は……運動に。

 股間に全集中している血液を別に流すように、意識して……!

 煩悩めぇえええ! 死ねェエエエエエエッ!! ……あ、でも夜には戻ってくるように。

 そんなわけで運動して運動して、最後に瞑想をしていたところでシャワーを終えた慈が、俺に声をかけてくれた。

 

「あ、悪い。汗臭いよな」

「………」

 

 あの。慈さん? どうして少し頬を染めてらっしゃるので? スンッ……と鼻を動かすのやめてください、炭治郎を思い出すのに、その相手が頬を染めるとか結構恥ずかしいです。

 汗臭いでしょ!? やめて!?

 そそくさと入れ替わるようにシャワールームに行けば、体を洗ってサッパリ素敵。

 リフレッシュした気分で部屋へ戻ってみれば、朝食を用意してくれたらしい慈が。

 

「……やっぱり、いろいろ想定して作られた場所だったのね、ここ。お肉とか冷凍保存してあるあたり、呆れるよりも怒っちゃった」

「仕方ない……って言えばそこまでなんだろうけどな。けど、お陰で希望も持てる」

「希望?」

「想定されてたなら解決方法もあるってことだよ。むしろこういった用意がされてるってことは、“俺達が知らないだけで、以前にも似たようなことがあった”ってことだ」

「…………あ」

「で、こっからが重要なんだけど。現状が空気感染であるとして、ここに居る人が感染していない状況、もしくはウィルスが人にひっついた後じゃないと生存率が低い過程を並べてみたとして。……この学校に、なにかしらの抗ウィルス剤的なものがあるのかもしれない」

「……でも」

「あ、薬があるとかそういう意味じゃなくてだぞ? 重要なのは、普段から生徒や先生が口にするようなもの。もしくは、学校で定期的に予防接種的なことをしていたか否か」

「ううん、そういうのはなかったわ。口にするもの、といっても、今じゃ水道水くらいだし、逆に水道水を飲むのも嫌う子だって居るくらいで───」

「……さすがに塩素でウィルスが弱る、とかはないよな?」

「うーん……傷つけられて、なんとか逃げられた子が居たとして、手とか、洗わないと思う?」

「……だよなぁ。───ってことは」

「…………もしかして?」

「貯水塔、もしくはここに引いてる貯水湖かなんかがあるなら、その水に抗ウィルス成分があるのかもしれない。……慈、シャワー浴びた時、腕の疼きが弱まった感じは?」

「…………あの。一刀くんにいっぱい唾液飲ませてもらったから、疼き自体がそもそも……」

「…………そ、そう、だった、な、うん」

 

 服摘まんで上目遣いはずるい。ていうかこの世界の男どもはほんと見る目がないのかどうなのか。

 可愛すぎませんか? どうしてこれで恋人もいなかったのか。ゲームだからですね、そうですね。

 たまらなくなって抱き締めて、またキスをした。唾液を飲ませた。興奮した。瞑想の意味が無くなった。

 

……。

 

 朝食を済ませると、昼時……日がきちんとてっぺんに上るまでは外に出ないようにした。

 きっちり明るい時に行動した方が、敵を見逃すこともないからだ。

 で、それまでの間は───……慈とにゃんにゃんしてました。

 いやっ……だって、さぁ……!? 千年近く禁欲していた男がだよ!? こんな綺麗で抜群さんなプロポーションした人にさぁ……! ねぇ……!?

 なので、それはもう。氣で、指で、口で、我が全てを以て、彼女を開発……高めた。

 通常なら感度を高めるには何日も必要になるところを、刺激することと癒すことを交互に繰り返していけば、どんどんと敏感になっていった。

 彼女を抱き締めながら氣で内側を刺激して、それを外側へと広げていくように刺激していくと、昨日のように肌で大変感じるようになってきて。

 彼女の中の奥の奥を刺激し続け、癒して、刺激し続けて……をしながら、後ろから胸を揉み続けると、彼女は幸福を感じながら達した。

 痛みや苦しみは氣で癒し続けているため、痛いことも苦しいこともなく、気持ち良さと幸福だけが彼女を襲うこととなる。

 結果は、……うん、可愛かった。可愛かったので、続行した。しまくった。

 痛みはない。苦しさもない。なので嫌がることもない……と思っていたものの、幸福も気持ち良さも行き過ぎれば毒になるらしい。

 「んっ! やっ! んやぁああぅううっ!!」と一際大きな声を上げて仰け反ると、くたりと力を無くし、動かなくなってしまった。

 慈? と声をかけてみると、微かに空けた目を虚ろに、びぐぐっ、びぐぐっと震えながら……しょろろろろ……と、彼女の足の間から……その。

 

「………」

 

 頭の中で翠に謝ってしまった理由はツッコまないでほしい。俺もわからない。わからないってことにしとこう。

 慌てて体を起こすと彼女を抱え、再びシャワー室へと駆けこんだ。

 駆けこんで、か、駆け込んで……その。

 自分の小水が肌を伝って行くだけでも目をきゅうっと閉じて、顔を紅潮させて震える彼女が可愛くて……その。

 

「慈……ごめん」

 

 シャワーを体に受けながら、彼女の体を少し持ち上げ……その股の間に、いきり立った男根を侵入させる。

 小水の他にも垂れていた粘液がちゅぷりと音を立てて竿に絡むと、それは吸いつくように彼女の陰唇に密着した。

 

「ひぃぅっ……」

 

 快感が走ると、慈は震えた。腰を固定しようと、そこに置いた手を掴み、それから逃げるように。

 それが逆に興奮を呼び、俺は慈の股に男根を差し込んだ状態で体を強引に密着させ、手は慈の腰のくびれをしっかりと掴む。

 いわゆる素股というものだけど、それだけで凄い刺激が体を走る。頭にびりびりとした電撃めいた快感が浮き上がって、知らず呼吸も荒れてくる。

 慈の肩越しに彼女の前を見ると、まずは大きな胸が目に映り、その下から俺の竿が顔を覗かせており、サアア……と降る細かいシャワーの雫の刺激だけでもどこか心地良いそれは、慈の間でびくびくと震えている。

 その頃には慈ももう意識はしっかりしていたようで、自分の状態を確認するや全身を赤くしてまで大変驚いていた。

 

「かっ、かかか一刀くんっ!? これはっ、そのっ……!」

挿入(いれ)ないから、ちょっと、ごめん」

「えっ? えっ? えっ……!?」

 

 さらさらと降るシャワーを浴びながら、慈の体を抱き締め、腰を前後させる。

 ぬちゅっ……と、シャワーを浴びても粘性を持つ音が耳に入るだけで興奮し、竿への刺激で体が跳ねる。

 たまらなくなって、濡れた服の下から手を潜り込ませ、彼女を抱き締めながら胸を揉む。

 高い声が響くと余計に興奮し、ただ自分が昇り詰めるだけのために彼女の体を貪り───そうになって、その感情を無理矢理ゴトリと動かした。

 ふーっ、ふーっ、とまるで獣のような荒い息遣いになっている自分に、今さらながら気づく。と、それを落ち着かせるように呼吸を整えた───ら、癖で全集中をしてしまい、再びマイサンへとメギギギと熱い血を送り込まれてギャアアアアア!!

 あ、で、でも少し落ち着けた! そうだそう、そうじゃないか! 散々炭治郎たちにも教えておいて、自分が感情に流されるとか恥を知れィ!

 なので……そう。なので、再び彼女を氣で包むところから始めて、自分の絶頂よりも彼女の幸福を優先させるつもりで───

 

「ふぅんんっく!? んんぅ!? んきゅううううっ!?」

 

 そうだ……なにを焦っていたんだろう。彼女はゲームの中の住人であっても、道具じゃない。それをあんな、自分が気持ちよくなるためだけに乱暴に……!

 閨での基本は相手を幸福にすること。これ、テストに出ます。

 前戯とは相手をただ気持ちよくさせて挿入段階までを一気に駆け抜けることに非ず。

 前戯とは、男女のどちらもが心身ともに準備をする戯れであると知れ。

 距離でも言葉でも肌ででも、己が出来る全てでゆっくりとじっくりと挿入段階へと到る。それこそが前戯ぞ。

 なので痛みなぞ要りません。そういったものを取り除くように癒しを流し込みながら、彼女の外と内側を、氣と指とでゆっくりと刺激……いや、撫でていった。

 彼女は自分の口を両手で必死に押さえて声を抑えている。

 そんな、手が塞がっているからこその彼女を、ここぞとばかりに気持ちよく心地良く幸福へと導き───

 

「ふむぅっ! んんゅうっ!! んっ、んっんっんっ───んんぅあぁあああああああっ!!」

 

 ……頂へと、昇り詰めさせた。

 ビシャッ、ビシャシャアッとマイサンを叩く、勢いよく飛び出る潮が、まるで彼女の絶頂を教えてくれているようで、なんだかこちらも嬉しくなる。

 そんな彼女を改めて優しく抱き締めると、ゆっくりと刺激していた氣でもって内側をより強く撫でる。

 ひう、と息を飲んだ彼女をこちらを向かせてキスをすると、口を塞ぐようにしたまま刺激を加速。

 跳ねる彼女の体を抱き締め、自分もゆっくりと動いて。

 パンパンに膨らんだソレはあっさりと絶頂を迎え、ただでさえ腹まで当たるほどにご起立なさっていたそれが、跳ねる度に上方向へと白濁液を撒き散らかしていく。

 さすがに慈の腹部に飛ばすことはなかったものの、なんともまあ…………あの、止まって!? 気持ちいいけど! どれだけ出るのちょっと! 気持ちいいけど……ああ、気持ちいい……!

 思わずぎゅうううっ……! と慈を強く抱き締めてしまい、彼女のお尻に限界まで腰を突き出し埋めるようにしてしまい、脱力した頃には……彼女は相当真っ赤になっていた。苦しかったとかではなく、自分をそんなに求められたことが嬉しかったんだとか。

 あの……はい、ごめんなさい。ていうか最後まで出来ちゃったよ……絶対にブラックアウトすると思ったのに、絶頂までしちゃったよ。

 VRスゴイ。

 ていうか俺も、腰砕け気味になるほど気持ちよかった。涙まで滲んだ。歯がカチカチなるほど全身が震えている。

 ……たぶん、彼女と氣で繋がった状態で最後まで到ったからだと思う。感覚がいい具合に共有されたんだろう。

 女性の絶頂って、男性が味わうと相当ヤバいらしいし。や、でも実際ヤバいくらいに気持ちよかった。

 前までが信じられないほどにあっさり到っちゃったわけですが。そこはほら、溜まってらっしゃったということで。

 

(…………~……あああ……でもやわらかい……愛しい……! 絶頂したあとって、どうしてこう……いや、うん。ええと)

 

 賢者タイムとかではなく、ただただ相手が愛しくて、抱き締めたままで居たくなる。

 氣で包みながら、もっと傍に居たくて、密着する場所を増やして、増やして。

 それは慈も同じだったようで、繋げたままの口を動かして、ちゅるちゅるとキスをしてきた。

 こんな状況なのに、いや、こんな状況だからなのか、人恋しくて、愛おしくて。

 興奮してきて、荒々しくなって、氣で同調したままキスだけで到って、幸福に頭を痺れさせながら、交わり続けた。

 もちろん、途中からはシャワー室を出て、体を拭いて、改めてベッドの上で。

 結局そのまま最後まで到り…………ブラックアウトせずに挿入、氣で彼女の気持ちのいい、心地のいい場所を刺激し続けながら動き……外、中、奥イキの同時絶頂を引き出しながらもその刺激で自分も絶頂。幸福の絶頂に辿り着いた彼女の奥へと、熱い白濁液を流し込み続けた。

 それから……結局、何度交わったのか。

 痛みもなく疲労もないまぐわいというのは歯止めが効かず、俺達は食事も忘れて営みを続けた。

 結局氣が枯渇した頃には二人してぐったりと重なり合い、けれど微笑み、何度目かになるキスを深く深く続け、やがて眠りについた。

 

……。

 

 二人同じベッドで眠り、起きれば……お互いの顔を見て安堵し、どちらともなくキスをして、起き上がる。

 二人でシャワーを浴びて、朝食を摂って、のんびりとした時間を過ごして。

 そして、昼になれば外に出て、学校内にゾンビが入ってないこと、校門の門扉が壊されてないことを確認、行動を開始した。

 道中、発見したゾンビは極力破壊。近場から家の中を物色し始めて、期限の切れていないもの、レトルト食品などを回収、他に使えそうなものは集めておいて(農具など)、次から次へと行動を続けた。

 モールへ行っての農具回収などはもうちょっと後にしよう。先に身近なところから。

 というのも慈に危険なことは出来るだけ避けてくださいと、口酸っぱく……それはもう口酸っぱく言われたのち、散々とキスをされてしまいまして。酸っぱく言われたあとに口直しがあるなんて、北郷ずるいと思うの。

 そんなわけで───

 

「どの家もパン類は全滅、と。そりゃそうだ。乾燥麺とかは全然大丈夫、缶詰等も全然無事、と」

 

 こういう時代、病みつき系ラーメンとかが二度と食べられなくなるワケだから、ラーメン好きには地獄だよな……。

 そう考えれば、鈴々と食べたラーメン屋とか季衣と食べたラーメン屋とか……いや、あれは華琳に潰されたんだっけか。

 あ、やばい、ラーメン食べたい。しかも屋台ラーメン。でも現状、二度と食べられない。人間ってほんと無い物ねだりが好きネ!

 材料さえ揃えば、アニキさんと一緒に研究した時に作ったものならいくらでも作れる。ほんと、材料さえあればだけど。

 たぶんだけどこのウィルス、哺乳類のみに感染するんだろう。鳥は普通に元気に飛んでる。けど、慈の話じゃ犬はダメだったっぽいし。ということは? ……牛、アウト。豚、アウト。……鶏ガラか節系しかダシ取れないじゃん! あ、あと昆布とか!?

 ……やべえ、豚骨死んだ……! 豚骨醤油とか、美味しい店はほんと美味しかったのに……! 美味しい豚骨醤油スープは米に良く合う。下手すると麺より美味かったりする。スープの絡みが違うのだろう、あれはいいものだった。

 そんな、ベースになるための豚が……終わった。無事な個体が居ればいいけどなぁあ……!

 心配するところそこかよ、みたいなことを考えつつ走った。

 一応生命探知はしているけど、どこもゾンビしかいない。

 まあ居たとして、なにをしてやれるわけでもないのかもしれないけど。

 まずは畑とか田圃とか、農園を作らなきゃだ。食事、大事。

 なので、ある程度の物資の補給が済むと、それを学校へと持ち帰って、上の生徒と下の慈へと分けていく。

 

「って! おい! おーいぃい! 待て待て! 待てったらおーいいぃいい!!」

 

 ツインテールスコップさんに待ったをかけられたけど無視して駆けた。

 やらなければならないことが多すぎるから、話を聞く余裕なぞありませぬ。

 慈の話ならもうめっちゃ聞くけど。

 ……俺、好きになった人にはとことん甘いね。今さら自覚してます。はい。

 そうして再び学校から出ると、校門より先の道路をノソォリと歩いていた田中くん(ゾンビ)の頭部に雫波紋突きをプレゼントしつつ、一撃で斃せばまた次に。

 とにかく探せ! とことん探せとばかりにゾンビを探しては、仕留め、黙らせ、燃やした。もちろん、家屋に火が燃え移らないように。

 しかしどれだけ斃しても、どこにそんだけ居るのってくらいに沸いてくる沸いてくる。

 そりゃそうか、家の数だけ人が居るなら、どんだけでも出てくるよなぁ……。

 

  なので。

 

 廃品回収車を見つけると、ロックもかけずにキーも差さりっぱなしのそれのエンジンをつけて、音声を流す。

 するとどうでしょう、『廃品回収車です♪』の音声に引かれ、来るわ来るわの田中行列。

 そんなカレラを片っ端から屠って屠って屠りまくり……その日は終了。

 校庭に積んだ田中くんらが燃えるのを眺めつつ、いい加減モール行かないと……と明日を思った。

 ……それはそれとして、床に着く頃には慈と治療をしたわけですが。

 タガが外れた理性さんってばこれっぽっちも仕事しません。

 

……。

 

 翌日。

 ガソリンが尽きるまで廃品回収アピールをしていた車の周りは、田中くんで溢れていた。

 既に殴られ叩かれ続けたためか車はベッコボコ。近寄ろうとした途端に爆発し、田中くんを纏めて滅ぼしてくれた。

 OH……。

 

「………」

 

 きょろりと見渡しても、近づいてくる田中くんは居ない。どうやらここらの田中くんは始末がついたようだ。

 

「安全圏を増やす、ウィルスの増殖を防ぐ。こんな状況で生存者がどれだけ居るのか……はぁ」

 

 ゲーム内とはいえ、ここまでリアルだと真剣にならざるを得ない。

 むしろなのでスゥ……と息を整えると、獣の呼吸を発動。氣でブーストすると、生命活動をしている存在、生命はなくても活動してる存在を探す。

 

「空間識覚───!!」

 

 氣と感覚を広げて探知開始。

 壁を徹り木を徹り、遠く遠くへ感覚を広げて…………あ。居た。田中くんじゃなくて、生きた人。

 

「─────────んんっぐ!」

 

 感覚を自分のところまで戻して、雷の呼吸で移動を開始。

 感覚戻すのに時間がかかるのが難点である。

 けれどもこうして───

 

「この建物か───って」

 

 ───こうして、白い建物に辿り着いたわけだけど。

 ハテ、扉がない。……ワッツ? ……シャッターがある。降りてる。でもこれ上げると田中くんも入ってくるわけで。

 

「えー……と……あ」

 

 ザーボンさん、上部ハッチを開けなさい。ではなく、考え事をし始め、顎を上げた時、屋上? に通じる梯子を発見。……途中で途切れてるけど。

 

「まあこれくらいなら……よっと」

 

 鬼殺隊員ってすごいよね。一階程度の高さならぴょいとひとっ跳びですよ。

 さて……あ、あったあった。建物の中に通じているであろう回転式ハッチを発見。

 それを、あたかも大金庫の扉を開けるかのようにぐーるぐると回転させて……はい開いた。

 

「で、まあ、梯子があるわけで」

 

 なに考えてこんなん作ったんだ、これ建てた人。

 ……って、学校にあんなもんある時点で、ひとつしかないよなぁ。

 梯子を使わずにひゅとんと降りると、少々のスペースの部屋に、大きな扉。

 もうなんというか扉からして普通の家の扉じゃない。鉄板式とかもう研究所によくあるアレみたいな感じじゃないか。

 

「気配はこの先。動かない。でも、弱ってもいない、と」

 

 人が一人。それ以外にはゾンビの気配もないから、安心して扉を開いた。

 するとどうでしょう、その扉の先に、耳にヘッドホンをしてなにかを操作している誰かが居るわけで。……あれ? こっちに気づいてない?

 

「いやー、静かだね。静かすぎるねぇ。今日もまた静かだよー。もっと騒いでいいんだよ? あ、こちらはワンワンワン放送きょほぉっはぁあああっ!?」

 

 トトン、と肩をつつくと素っ頓狂な声をあげて椅子から転げ落ちる……女性。

 よっぽど驚いたのか、わたわたしながらも腰が抜けたようにして距離を取りつつ俺の顔を見て───ハタ、と。

 

「え、え? え? せ……生存……者? 生きてる? え?」

「はいはい、こちら学園生活部・謎施設支部です。生存者を探しつつ、食料などを探しておりました」

「わああああ! 生存者だあああっ! 話せる! 生きてる! うわあああああん───んんぉおぅ!? ぎゅうっぷ!?」

 

 彼女は泣きながら起き上がった! 起き上がって飛びついてきた! 椅子に服が引っかかった! そこを支点にねじるようにぶっ倒れた!!

 

「………」

「………」

 

 第一印象。嵐のような人だった───!

 

……。

 

 で。

 

「いやーははは、変なトコ見せちゃったねぇ、お姉さん恥ずかしい」

「まあ、こんな状況じゃあ仕方ないだろ」

「あ、そう言ってくれる? はー……でもこうして話せるって、それだけで嬉しいもんだね。ここに引き篭もってからもう何日かなぁ、住所流したって誰も来ないし、教えたアドレスにメールも来ないし電話もこない。もうこれ私以外ダメなのかなぁって思ってたら、一応電波で声は届くし」

「電波」

 

 ラジオ……その手があったことを今一度思い知った。用意しようよ、俺。

 

「電波って、たとえばどんな?」

「んー……ランダルコーポレーションがどーとか、駐屯地がどうとかって話。今のところここ以上に安全なところがあるかは私にはわからないから、移動とかはしなかったんだけどね。だって録音音声ばっかり流されてて、そこに不安を覚えないわけがないじゃん? まるでここは地獄だから一緒に落ちましょう、なんて気分になってくるよ」

「あー……」

 

 わかる気がする。録音した人だって人間なのに、こんな状況でいつもと変わらぬ声色で、とか逆に怖い。

 

「ところで学園生活部……だっけ? それって? あ、もしかして巡ヶ丘学院高等学校の?」

「そうらしい。俺は部外者なんだけど」

「部活入ってて部外者って。なに? 仲間外れにでもされちゃった?」

「避難場所にそこを選んだってだけなんだ。そしたら学校にここと似た感じの地下施設があって、そこを拠点にしてる」

「ほほう。なにやら陰謀を感じますなぁ」

「あ、やっぱり?」

「うん。私だって親にここへ行けって言われて、来てみればこれでしょ? あ、来る時は上からだよね? シャッター、耐衝耐熱仕様のくっそ重たいやつだし」

「ああ。そっちは?」

「大変だったよー? シャッター、自動で動く式なんだけど……言った通り重くってさぁ。車で来たのになかなか持ち上がらない、なかなか閉まらないでしょ? もういつゾンビが来るかーって神様に祈りながら待ってたよー。まあ、待ってられなかったから少し開いたら潜って、すぐ閉じたんだけど。お陰で車も外のまんま。出る時は屋上から様子を見ながらになるかなぁ」

「………」

 

 過ぎた事だからか、結構気の抜けた言葉であった。

 

「あ、ところでここまで来たってことは、外って結構動きやすくなってたり、する? 救助隊が駆け付けましたー、とか、ワクチン完成しちゃったYO! とか」

「いえ全然」

「デスヨネー」

 

 ドヨンド、と暗い空気を背負い、彼女は嘆息した。

 けれどウムスと気合を入れ直すと、「付いてきて。お腹空いてない? 食べ物ならいっぱいあるから」と言って、俺を促した。

 通された部屋には……なるほど、大きなコンテナのようなものがいっぱいあって、その中には長期保存が利く食べ物、衣類などが入っていた。

 

「想定されてたみたいな用意だよね。この調子でワクチンとかもあればよかったのに」

「まったくだ。ケチくさいねぇ」

「だよねー! あはははは!」

 

 女性は楽しそうに、本当に楽しそうに笑う。よっぽど一人ってのは辛かったらしい。

 

「で、そっちは予想、ついてるのか?」

「予想って? 感染のこと? それとも?」

「感染のこと」

「うん。まー……空気感染だよねぇ。しかも、想定したような施設が幾つもあるってことは、過去に例アリ」

「だよなぁ……」

 

 ピンと立てた人差し指をくるくる回す仕草が七乃のような彼女は、にぃっと目を閉じ歯を見せ笑ってみせると、様々な推論を語っていく。

 

「もしかして暇だった?」

「そりゃもう。どうしてこんなことになったんだろー、って自分なりに考え続けるくらいにはね。……ところで外ってどんな感じ? 見たところ、キミ襲われてもいないし急いできた様子でもなかったし。追われてた~ってことでもないんだよね?」

「ああうん。ゾンビなら始末しながら来たから」

「始末って。……もしかして銃とか持ってたり?」

「や、素手。時に木刀」

「……お姉さん、こういう時にそういう冗談はちょっとなー……って手からなんか出てるーーーっ!?」

「氣と申します。俺、忍者と侍の末裔でして、さらにそこに中国拳法とか氣とかを混ぜた力を使います」

「何そのごちゃまぜハイブリッド! え、えー……? 氣、って。じゃあほらそのー……かめはめはー、とか出来たり?」

「え? ああ、うん」

「出来るんだ!? え、すごい見せて見せて!」

「建物壊れたらどーすんですか」

「それもそうだった! あ、じゃあほら、なにかそれっぽいこととか出来る!?」

「握手を」

「え? うん。はい」

 

 無防備に出された手をきゅむと握って、氣を流す。

 

「わっ、あったかい! それになんか流れてくるような……」

「これが氣。形にするならこんな感じにも……」

 

 言って、氣を具現化して犬の形にしてみせると、お姉さんはきゃいきゃいと目を輝かせて楽しんだ。

 

「忍者ってほんとに居たんだー! へー! 忍術は!? 忍術は!?」

「とりあえず簡単なところで───」

 

 火と風を氣で作って、忍術と言い張った。お姉さんは大変燥いでおりました。

 そうしてひとしきり燥いだあと、んん、と咳払い。

 

「それで、キミはこれからどうする? ここに居てくれるのか、学校の施設に戻るのか」

「戻るかな。戻らないと心配する人が居るし」

「……ほほう? それはコレ的な意味で?」

 

 お姉さんが半眼ニヤケヅラで、人差し指と中指の間から親指を突き出したグーを見せる。

 

「そこ。立てるなら小指にしなさい」

「えっ? そういう関係じゃないのっ? じゃあお姉さん立候補していい? 代わりに守ってくれると嬉しいにゃー♪」

「はいはいふざけない」

「割と本気だよ? 質問からノータイムで帰るって言えるあたり、必死になる必要もないみたいな感じだし。ほんとにゾンビ倒してきたんだなー、ってなんとなくわかるもん」

「別にそんな関係じゃなくても守るから。そっちこそ、どうする? 空気感染ならじっとしてても感染する。少なくとも一緒に来るなら感染の心配はないけど」

「? え? どうして?」

「や、俺の氣。ウィルス殺せるみたいだから」

「───」

「───」

「なにそれずっこい!!」

 

 うん。はい。やっぱそういう反応になるよね。

 お姉さんはムキュアーと謎の奇声を上げて怒った! ガミガーミと謎の罵倒を放った! その拍子に、コホッと咳をした!

 

「…………ちなみに。咳し始めると感染の疑いがあるんだけど」

「…………」

 

 お姉さん、だらだらと汗を流すの図。

 じゃあ治してみせてよー! と子供のように言う彼女の手を握って、まずは内部の診察。

 

「…………肺に異常はないけど、喉の奥の奥にウィルスひっついてるね」

「ひいっ!? え、やっ……取って取ってぇえ!!」

「待て待て。えーっと……」

 

 集中。氣を尖らせて、ウィルスを包んでから貫く。

 ゾブシャアと貫いてからは天地の呼吸で日照り潰した。

 ……のに、しばらくするとまたそこに出てくる。

 あー……

 

「ええっと。そのー……大変言いにくいことなんですが」

「え? なに? わあ、すっごい楽になった。喉の違和感とかなくなって……へー! すごいすごーい!」

「フレンチキスして唾液を飲まなきゃ完治は難しいって言われたら、信じます?」

 

 ボゴシャー、と顔面を殴られました。

 

……。

 

 で。

 

「それで……連れて来ちゃったんだ……」

「ごめんなさい……」

「うわーあああ……ほんとにあそこみたい……! コンテナもいっぱいだし、あ、ラジオとかもちゃんとあるんだ、よかったー!」

 

 連れてきちゃいました。

 迎えてくれた慈はぽかーん顔だ。

 けれども感染してしまっていることを教えると、仕方ないと納得してくれた。

 

「ね、ねぇ一刀くん? 図らずもハーレム作ろうとか思って……ないわよね?」

「勘弁してください」

 

 たくさんの女性と関係を持つ恐怖は、恐らく世界の誰よりも知っております。

 けれども慈は視線をうろちょろさせると、トトッ……とお姉さんに近寄って、その腕を取って部屋の隅へ。

 そしてなにやらもにょもにょ話をして……

 

「……!? ……、……!?」

「……! ~! ……!!」

 

 なにやら言い合ってる。俺はといえば耳はしっかり塞いではいるものの、こういう行動もあの時代の名残かなぁなどと静かに思うわけでして。

 あ。慈がこっち来た。

 

「あの。一刀くん? 私、あの人とちゃんと話したんだけど……」

「ちゃんと? なにを?」

「あのー……あの、ね? きちんと好きになれるなら、いいんじゃないかな、って……」

「………」

 

 嫌な予感が走ります。孟徳さんが耳を貸すなと叫ぶかのように。

 

「あっ、一刀くんが嫌いとかそういうことじゃないのよっ!? たっ……ただそのっ、毎回毎回気持ち良すぎて、わ、私いつか死んじゃうんじゃないかって……! えっち始めると、一刀くん疲れ知らずだし、わわわ私も、イキすぎて呼吸困難になることなんて何回もあって……! それなのに、その息苦しさが幸福に変えられて、もう頭がどうにかなるんじゃないか、って……!」

「ゴメンナサイ」

 

 ああいやその……はい、ごめんなさい。

 正直獣になっておりました。そ、そうだよな、苦しくない、痛くないからって、それが全ていい方向に向かうわけもなく。

 いや、でも、だからって今日知り合ったばかりの人を───あ、はい、慈も似たようなものでしたね。

 

「と、とにかくっ。一刀くんのその……細胞? を体に吸収すれば、氣の治療が染み渡るのは、私が保証します。むしろ吸収できるものじゃないと、効果なんてこれっぽっちも期待できないの」

「それって、ええっと、こっちの一刀くん? が、嘘言ってるとかじゃなくて?」

「大丈夫。この人、赤の他人を助けるために、ゾンビの群れに突っ込むくらいお人良しだから。私もね、もう噛まれて感染しちゃってるの」

「えぇっ……!? それじゃあ───」

「うん。私も、一刀くんが居ないと生きていけない体になっちゃってるの」

「その言い方俺がすっごい怪しいからやめない!?」

「私もね、最初は警戒したわ。細胞を吸収、とかなら吐いた唾液でもいいんじゃないかって。でもね? そういう条件の時、欲望にまみれた男の人ってわざわざキスで済む、なんてこと言う?」

「………………まあ、そうだね」

 

 お姉さん、顎に手を当てしみじみ頷く。まあ、そうだよなぁ。欲望まみれの男ならまずそう行く。

 

「それに、実際キスして唾液を飲ませてもらったら、落ち着いた時間が長くなったの。このまま吸収し続ければ、そのうちウィルスも生きていられない細胞が完成するって」

「へえええ……あ、で、一刀くん? そのー……唾液、って……どれくらい飲めばいいの?」

「………」

「………」

「?」

 

 質問をされて、慈と二人、目を伏せ赤くなり、口を波線にきゅうっと閉ざしてそっぽを向いた。

 どのくらいって。

 ……最初っから調べる気もないくらい、がっつりドゥウィイイイイプフルルルェエエエエンツィなキスでした。

 どれくらい飲ませたか? 口内に唾液が溜まるたびに、慈の顎を持ち上げて上から垂れ流して飲ませてたよ。

 どれくらいかは知りません。溜まれば飲ませました。

 そんな赤裸々加減を、赤いままの慈がお姉さんの耳もとでぽしょりと話せば、……ぼぐしゃー、と顔面を殴られました。

 

「やっぱりそういう関係なんじゃないのさー!」

「まあその、ハイ。恋人関係はございます」

「やっぱりコレ!? コレな関係!?」

「出すなら小指にしろって言ったでしょーが!」

「~~~~~!!」

「せんせーすっごい赤くなってるじゃないのさ! さあ言い訳を聞かせてもらいましょーか! 楽しいし!」

「言い訳もなにも! ……キスまでしといて無関係とか、無責任にも程があるだろ……!」

「…………あれ? もしかして一刀くん、結構誠実? この機に乗じて~とかじゃなく?」

「唾液入りの浣腸でも差しますかコンニャロウ」

「それはやめて!? ……や、やー……うん。やぁ、うん。えっとそのー……なに? そりゃね? 命を天秤にかけるんだから、納得がないわけじゃないんだよ? おねーさんだってそういうのには興味あるし。彼氏が居たわけでもないし。さっき慈さんが恋人がどーとか訊いてきた理由も、うん、わかった。面白いもんね、一刀くん。出会って数分で完全に打ち解けられたし、きっとそういう人なんだろうねぇ」

「じゃあ……?」

 

 慈が不安を混ぜたように、おそるおそる訊く。

 お姉さんは“まあまお待ちよ”なんておどけて言って、腕を組んでへの字口。

 

「慈さんはそれでいいの? や、こんな世界なんだし、もういっそ一夫多妻くらいは認められて然るべきとは思うよ? まあこんな世界じゃ結婚がどーとか重婚なんて今さらだし、そもそも式すら挙げられないだろうし、法律だってくそくらえな状況でしょ?」

 

 だけど。とお姉さんは人差し指を慈に突きつけた。ご丁寧に腰を折って、ズズイと迫る感じに。反対側の手は腰に当てるのが極上です。

 

「それと恋愛感情は別。まー、さっきから見てれば熱っぽい視線を一刀くんに送りっぱなし。そんな調子でよくもまあそういう提案が───」

「……夜が、ね? 私一人だと死んじゃうくらい……その、すごくて」

「でき…………る………………OH」

 

 お姉さん、停止。ぽむと頬を染めると、ソソッと慈さんに顔を寄せて、「……マジで?」と訊ねる。慈さん、真っ赤な顔でこくん。

 それから、「ち、ちなみにどれくらい?」から始まる質問責めに、ご丁寧に恥ずかしがりながらも答えていった慈さんを、俺はボーゼンと見つめるしかなく……いや、止めようとしたらお姉さんがシャー! って伊黒もびっくりなスネーク威嚇で追い払おうとしてくるもんで。

 ……その後。

 

「よろしくね、カズくん」

 

 肩を叩かれた。にっこり顔で、左手を自分の頬に、右手を俺の肩に置いて。

 その反対側からは慈がソソッと寄ってきて、私みたいに遠慮せずやっちゃってね、なんて言ってくるわけでして。

 え? 遠慮って。俺ただ最初、痛くないようにって念入りに内側から……え? もしかしてとんでもない効果があったとか? ははっ、まっさかぁ。……え? 念入りに? より一層? あ……はい、わかりました。

 

  ……。その日、お姉さんは声にならない声を上げて、気絶した。

 

  あ、ちゃんと幸福感じられたそうです。泣きながらやめてやめて言われたけど。

 

 

……。

 

 翌日。

 

「………」

「………」

「……ほんと、お疲れ様、慈さん」

「うん……すごかったでしょ、一刀くん」

「いやぁ……初体験で、相手と同時に絶頂とかお話の中だけだと思ってたのにね……お姉さんびっくりだよ……」

「でも、幸せだったでしょ?」

「うんうん。あんなの、普通に生きてたんじゃ味わえないね。忍者と侍と中国拳法……奥深いねぇ。でもお陰で、喉から来てただるさとか全部吹き飛んだし」

「あんなに悲鳴上げてたのに。喉痛くなかった?」

「うぐっ……そ、そういうこと聞かないでよもう……慈さんだって、その……」

 

 ……ベッドを二つくっつけたそこで目覚めた俺は……俺を挟んで語り合う二人に赤面した。

 喋るたびに、その間の山が揺れておる。朝にその光景は毒にございます。

 顔を赤くしている俺に気づいたのか、お姉さんがにんまりと笑って腕を折って近づけてくる。

 顔を……というよりは、その、胸を。

 

「お姉さんの胸が気になる~? ほらほらー、救ってくれたキミのものだよ~?」

 

 長い睫毛、肩まで伸びた髪に、耳には結構な数のピアス。

 の、割に遊んでるって感じではなく、実に大学のおねーさん、って感じのお姉さん。

 実はまだ名前も知らないっていうんだから凄まじい。ていうか教えてくれない。お姉さんはお姉さんなのだ、とか言ってる。

 余裕な顔でうりうりー♪ と、態勢を変えては片方の胸を両手で作ったハートで包んで、俺の顔へと近づける。

 反撃したかったので、お望み通りちゅるりと口に含んでやると、「ふわぁっひゃわぁっ!?」と真っ赤になって慌てた。

 胸が大変弱いということは既に分かっているので、片方をやさしく揉み、片方に吸い付いたまま舐めくり回すと、すぐに力を失って姿勢を崩した。もにゅんと胸に顔が埋まる。

 ……わんぱくさんが、さらにご起立した。朝の生理現象では物足りなかったらしい。

 そんなわけで、治療、いたしました。…………二人とも。

 俺ばっかりがスゴいみたいな言い方してるけど、二人だってかなりスゴいからね? 休もうと思ったら次私、とか言ってくるの、毎度そっちじゃないですか。

 

……。

 

 朝食を頂き終えると、なんだかやたらとツヤッツヤな二人に声をかけてから行動開始。

 ここに住むならあっちの物資を運ぶことも考えなきゃなー、と、思考を巡らせながらも走っていた。

 ゾンビは居ない。時折見かけると突いて屠って、動く車を発見すると発進させる。

 大丈夫! 何を隠そう、俺は車の運転の達人だぁあああ!!

 あ、うそです。どうせなら大きな荷車とかあってほしかったくらいです。

 けど今日こそは水を引く道具を持ってこないとと、デパートかショッピングモールを探すのです。

 いやー……それにしても車が全然通らない道路ってすごい楽。

 たまに衝突起こして動かなくなった車とかが乗り捨ててあって、道を塞いでいるわけだけど……そういう時は素直に車から降りて、邪魔している車のガソリンだけを回収、車体は破壊殺で破壊して、先を急いだ。

 幸い車には地図があったので、それで近くのデパート等を探すわけだけど……ふむふむ。

 

「んー……」

 

 コンビニ、スーパー、ドラッグストア等に寄って、薬等の貴重品を回収する。

 もちろんビタミン剤などのサプリも忘れない。重要だネ!

 ドレッシング等の回収も済んだところで移動を再開。田中くんはしっかりいらっしゃったので始末済みである。

 生命エネルギー叩き込んで囮にするやり方、えげつないけど安全面ではすごくありがたい。

 そうして───やってぇんきましたリバーシティー・トロン・ショッピング・モール!

 結構大きな店。まあ、見ればわかるか、デカい。

 そして田中くんが大勢いらっしゃる。車を止めると来るわ来るわの田中祭りだ。

 

「獣の呼吸、漆ノ型……空間識覚!」

 

 車から出ると車の上にひょいと乗って、獣の呼吸。

 リバーシティー・トロンの中に生存者は───……居た、二人。一人は移動してて、一人は動いていない。

 

「え……大丈夫かあれ」

 

 すぐに感覚を戻すと、木刀を抜いて氣を解放。次いで、ホォオオオ……と深く深く深呼吸。

 

「月の呼吸、拾肆ノ型、兇変・天満繊月」

 

 月の呼吸で近づく田中くんの悉くを切り刻んでいった。

 振るった軌跡に三日月の刃が残ってくれるから、ほんと勝手に近づいて来てくれる相手には有効すぎて有難い。

 もちろんそれだけじゃなく、相手目掛けて飛ばす斬撃も忘れない。

 月の呼吸は本当に殲滅に向きすぎていて助かる。相手に回ると厄介なことこの上ないけど。

 武器の長さは氣で足せる。ノコギリオーラブレイドの要領で、気を伸ばしてやればいい。そして、伸ばした分だけ、月の呼吸は強くなる。

 もしくは、風の呼吸で敵さんを舞い上げて───

 

「壱ノ型───塵旋風・削ぎ!!」

 

 一直線に集めたところを、壱ノ型で捩じり穿つ。

 そうして次から次へと殲滅していき、モールの中に入れば、生きている気配を辿ってまずは───

 

「上……だな。シィイイイ───」

 

 霹靂一閃。地面を蹴り弾いて、エスカレーターを蹴り、ガラスを蹴り、壁を蹴り、一気に気配のある階層へ。

 その中空、天上から下げられたガラスの飾りを掴んで見渡していると、通路の先で、下から飛んできた俺を見て目を真ん丸にして驚く少女を発見。

 前髪を前で分けた、ぱっちりお目々の……あれ? ツインテールスコップさんと同じ制服?

 

「オーゥ!? ワタァシィ!? 通りすがりのカズト・ホンゴウイイマァース! 職業は忍者で侍デェーゥス! 救助、イリマスカーァ!?」

 

 どこぞのルイス・フロイスのような声で言ってみると、少女、盛大に慌てる。

 そんな彼女の後ろから忍び寄る陰に気づくと、天上から伸びている飾りグラスを蹴り、神速にて一閃。

 少女の「え───」なんて言葉を後方に置き去りにして、田中くんの首が胴からズレて、お亡くなりになった。

 

「え、え……え? え……?」

「ウアソ・ナイトハルト・シミタゲ・エケ・ローザリア」

「いえ嘘ですよね!?」

「オオウ!? タラール語をご存知で!? で、では改めて。ウソ、カズトホンゴウ、ウナト、ア、シアルリトイ、トアソオテウ」

「えっと……わたしは、ほんごうかずと、にっぽんの、さむらい……ですか?」

「すげぇ!!」

 

 すげぇ! よくもまあこんなつたないタラール語をこの一瞬で!

 

「ああまあとにかく無事ならよかった! 救助隊ってわけでもないんだけど、もしここから出たいなら手伝うよ。どうする?」

「えっ……だ、大丈夫なんですか? だって……」

「田中くんなら全滅させるから大丈夫」

「た、田中くん?」

「ゾンB田中くん」

「4P田中くんの作者さんに謝ってください!」

 

 あ、この世界田中くんあるのね!? ごめんなさい!

 でも初出は浦安鉄筋家族だから、なんかそのー……許して!?

 

「ていうか……え? 木刀、ですよね、それ。でも……」

 

 ごとりと落ちた首を見て、すぐに目を逸らすお嬢さん。

 まあ、木刀でなんで斬れるんだーとか思うよね。

 

「拙者、侍と忍者の末裔にござる。なので木刀でものを斬るなど造作も無きこと。ほら、手刀でビール瓶斬りとかあるでしょ? あんなもんあんなもん」

「えぇえええ……!? い、いいのかなぁ……!」

「それで? 助けは要る? 一人でいける?」

「あっ……た、助けてくださいっ! あのっ……まだ向こうに一人居るんです!」

「了解!」

 

 乞われたならば動きましょう。

 あ、欲しい物を取るのも忘れないように。

 というわけで───大きな吊りグラス……天井から下げてある大きな飾りを、そのワイヤーを斬ることで落下させる。ワイヤーに掴まって一緒に降りると、途中で離脱。

 当然ゴワッシャーンとものすごーい音が鳴るわけですが、それに釣られてやってくる田中くんを、容赦なく切り刻みまくった。

 ガランゴロンと転がるものが無くなれば、わざと音を鳴らして呼び込み、さらに刻む。

 階下は地獄絵図ながら、どんどんと上から下へと田中くんが降りてくるので、これはこれで楽だった。

 少女は、もう一人となにやら話していたのか中々出てこなくて、ようやく出て来た頃には……辿り着けない田中くん以外のほぼは、殲滅が済んでいた。

 

「え……ぇええ……!?」

「…………ねぇ、圭。あれ……ついていって、ほんとに大丈夫なの……?」

「…………生きていれば……それで、いいの?」

「いや、いいでしょ」

「…………あ、あー…………」

 

 階上でなにやら会話をして、あちゃーみたいに苦笑を漏らす少女の姿があった。

 

……。

 

 さてさてそうして、必要なものも積んだ車にて移動を開始するわけですが。

 

「すご…………ゾ……田中くん、こんなに……」

「ねぇ圭、その田中くんってなんなの?」

「ゾンビって、なんか言うのも嫌じゃない?」

「……なんでそれで田中くんなの?」

「あー、美紀は知らないかー」

「??」

「あの……北郷さん、でしたよね? これ、全部あなたが……?」

「ん。木刀と呼吸と、あとは氣で」

「キ?」

「こーいうの」

「!?」

 

 エンジンをかけつつ、後部座席に居る二人に見せるように、氣で作った犬を見せる。

 かめはめ波とか出来ますか!? とは、少女Kの言葉であった。

 なんでみんな氣といえばかめはめ波……いや俺もそうだったけどさ。なんなら雪蓮に見られてキャーとか叫んだけどさ。

 ちらりと見れば、エンジン音に引かれてやってきた田中くんを発見。モールに居たんじゃなく、道路をのそのそ歩いていたらしい。

 

「じゃあ」

「「はいっ!」」

 

 期待を込めた、けれど怯えも孕んだ瞳で見つめられた。

 怯えは、まあ田中くんに対してのようだけど。

 

「かめはめっ───」

 

 腰に溜めた手に氣を凝縮、痣と呼吸も混ぜていくと、やがてそれは眩い光を放ち始めた。

 あ……ああ……! なんだろう、言われてやり始めたのに、今……今こそ、かめはめ波と自信を持って言える輝きが氣に宿った気がする!

 ならばいざ、のそりと来ている田中くんへと───!!

 

「波ーーーっ!!」

 

 ───やがて、それは放たれた。

 大きな光の渦は田中くんに直撃し───様々な呼吸と氣と、痣のブーストを受けたソレが田中くんを焼き、強く弾くように吹き飛ばすのを……僕らは確かに見届けたのです。

 それを見届けた少女らは───「「わぁああああああっ!?」」両手を絡ませ合って、きゃいきゃいと燥ぎ、俺はというと……彼女らに背を向けながら、緩む頬を押さえきれず、感動に打ち震えていた。

 溜めている時に輝く光……! 放った時のあの、どずんとくる重さ……! そして爆発のエフェクト……どれをとってもかめはめ波ッツ!!

 あああここに人が居なかったら子供のように燥いだのに喜んだのに騒いだのにのにのにのにのに!!

 ………………ふぅ、落ち着こう。

 

「よし、じゃあ行こうか」

「「はいっ!」」

 

 二人は子供のように頷いてくださいました。

 ……エ? なんかいっそ不審者めいてません? かめはめ波撃てる男についていって大丈夫? 後悔しない?

 いろいろ考えたものの、まあ……あそこでなにもせず腐っていくよりかは、どこだろうと移動したかったのかもしれない。

 

  まあそんなわけでして。

 

 こうなりました。

 

「チワーッス、入部希望者デース。ほら、昇って昇って」

「え? え? い、いいんですか?」

「ああ。奥の部屋に避難してる子とか居るから、協力してやって。学園生活部へようこそ! あ、俺は謎施設支部の部員なので、こっちにはいられないんだ。ごめんな」

「えぇっ!? ちょ、それ聞いてません!」

「まあまあ、補給物資届ければ受け入れてくれるって。氣で調べたけど、二人とも感染はしてないようだし」

「そんなことまでわかるんですか!?」

 

 学校に戻ると、早速バリケードを登ってもらい、その先へと降りてもらう。で、隙間からリュックを渡してはい護送完了。

 少女Kは不安そうな顔をしているけれど、俺はといえば……頬をコリっと掻いてから、言葉を届ける。

 

「危機的状況で女の中に男が居る。……そういうので、なにかあっても困るだろ?」

 

 言ってみれば、少女Kがひくっ……と喉を詰まらせた。

 …………あー……これは。

 

「……悪い。避難場所で、気になり始めてた奴でも……手遅れになった、か?」

「……っ……」

「ちょっと!」

 

 訊いてみれば、もう一人の……少女直樹美紀が、くわっと怒る。

 ……はい、十分です。

 

「あー……っと。その辺りはもう吹っ切ってもらうしか。大切な人が死んだって人、奥には結構居るみたいなんだ。目の前で大切な人が田中になって、自分の手で……って奴も居るっぽい。だから……うん。強く生きろよ」

「…………はい」

「………」

 

 うわぁい、少女直樹にめっちゃくちゃ睨まれてる。

 でも、まあ、そうとしか言えないしなぁ。

 そして、あなた方はそちらで強く生きてください。地下はなんというか……既にアダルティックな根城みたいになっちゃってて……ごめんなさい、あなた方には刺激が強すぎる。

 そして僕ももう戻れそうにありません。

 ゲームの中とはいえ、いや、だからこそ、意思の弱い俺を許してください。

 などと思っていると、バリケードの先の教室の戸が開けられる。

 おそる……と顔を覗かせたのは、りーちゃんだった。

 

「りーちゃん! 無事だったか!」

「え……北郷さん!? っ……!」

 

 顔を見るなり、ぱたぱたと女の子走りで駆け寄ってくるりーちゃん。

 バリケードをきゅっと掴むと、まっすぐに俺を見て、ほおっ……と安堵の息を吐いた。

 

「くるみから、るーちゃんを助けてくれた人が居るって聞いて……るーちゃんはお兄ちゃんがって言うから……! ぐすっ……無事でよかった……! また、るーちゃんを、たすけてくれて、あ、あり……ありがとう……!」

「あ、あー……もう、りーちゃんは泣き虫だなぁ。でも、うん。間に合ってよかった」

「はいっ……、……? あの、この二人は───」

「ああうん。ショッピングモールに物資回収に行った時に見つけた生存者。同じ学校の生徒みたいだから、連れて来た」

「あっ……あの。二年B組、祠堂圭です」

「同じく、2Bの直樹美紀です」

「そう……三年の若狭悠里よ。大変だったでしょう……よろしくね」

「は……はいっ」

「……よろしくです」

 

 涙をぬぐいながらのにっこり笑顔のりーちゃん。

 対して、二年組は硬い。不安なんだろうなぁ、受け入れてもらえるかどうかって。

 なんて考えてると、りーちゃんが涙をぬぐった目を開眼。やさしい目で俺を見て、

 

「それで……北郷さん」

「ん、なに?」

「これからは、一緒に───?」

「いや、下に戻るけど」

「え……ど、どうしてですか? あの、物資を届けてくれるのは助かりますし、嬉しいんですけど……そ、そう、るーちゃんもその、寂しがってる、と、いいますかっ……」

「───」

「───」

「?」

 

 二年組が、なにやら俺とりーちゃんを見て、ピキーンと目を光らせた。

 ……俺、首を傾げるの巻。

 

「まあまあではではええっと若狭先輩? つもる話は向こう側で♪」

「大丈夫ですよ、のんびり上がってきましたけど、バリケードの必要もないくらい、見事にゾ……た、田中くん、居ませんでしたから」

「え、え? 田中くん、って?」

「───」

 

 直樹=サンに再度睨まれた。“これ、共通認識的な名前じゃなかったんですか!?”って目であった。

 ごめんなさい、俺が言ってるだけです。

 

「ああえっと、ごめん、ゾンビって言うのもあれだから、田中くんって呼んでたんだ」

「あ、ああ、それで……」

「それで……るーちゃんは元気?」

「はい。ゆきちゃんと遊び疲れて、眠ってます」

「そっか。ゆきちゃんっていうのは……ああ、同じ部の子か」

「? え、あ、はい。学園生活部の」

 

 笑って返すと、りーちゃんは少し戸惑ったあとに返してきた。

 ……? ハテ? なにかヘンなこと……ああ、学園生活部のことかな? そういえば慈から聞いてるってだけで、彼女らから部活動のことは聞いてなかったか。

 でもなにやら納得したみたいだし、わざわざ言うことでもない、か、な……? うん。

 

「まあ、るーちゃん体力あるもんなぁ。それに付き合えるってことは、そのゆきちゃんとやらも結構な体力と見た」

「精神年齢が似たり寄ったりなだけ、かもしれませんけど。……いろいろあって、壊れちゃいそう、でしたから」

「…………」

 

 いろいろ、か。辛いことがあったんだろうなぁ……その時に居てやれなくてごめん。

 ツインテールスコップさんの話から察するに、生存者のみんなはめぐねえとやらを失ってそう時間が経っていないのだろう。

 そこに子供が来たことで、多少の精神的クッションに……どうやら、なってくれたようだ。

 グッジョブ、るーちゃん。

 

「っと、あんまりこうして話するのもあれだし、そろそろ行くな? また何かあったら届けるから」

「っ……あ……」

「うん?」

「~……」

 

 ハテ。なにやら手を伸ばしかけているりーちゃん。何事?

 

「あ……の。あの。るーちゃん、ゆきちゃんと仲が良くって……」

「? ああ」

「なんだか……私ばっかり心配してたみたいで……空回りばっかりで……、だ、だから、えっと……」

「……そっか。気持ちの空回りとか、一方通行は辛いよなぁ……俺m───」

「だっ、だからっ、あのっ! わ、私も、ついていって、いい……ですか?」

「───」

 

 ホワイ?

 

「ついてくる、って……俺の拠点に?」

 

 こくこくこく、と頷かれる。胸の前で組まれた手が、まるで祈りを捧げるような感じで……ええっと。

 

「んん……同年代同士の方が安心しないか? こっち、りーちゃんくらいの人、居ないぞ?」

「え……他に誰か居るんですか? るーちゃんは、小学校からそのまま来た、って……」

「ああうん、るーちゃん途中で寝てたしなぁ。うん、助けた人が二人居る。二人とも女性だから、来てもりーちゃんに悪さする、とかは無いとは思うけど」

「………」

 

 あ。なんか途中から閉じてたりーちゃんズ・アイが、半眼で開眼した。じとり、と睨まれるかのような開眼であった。

 

「行きます」

「え? や、でもるーty───」

「行きますっ」

「ア、ハイ」

 

 とことん女性に弱い北郷でごめんなさい。

 

……。

 

 さて、そんなわけで───なんでかぷんすかだったりーちゃんが、水を越える時に真っ赤になったり、着地してもなかなか離してくれなかったり、迎えてくれた慈に「えぇえええええええっ!?」としこたま驚いたりと……まあ。

 

「先生……先生、よかった……! 無事で、よかった……!」

「若狭さん、あなたもよく無事で……!」

 

 感動の再会である。二人は抱き合ってわんわんと泣いて、離れていた分の話をし始めた。

 俺はといえば……

 

「お? 今度は女子高生拾ってきたの? カズくんやるねぇ~」

「そういうこと言わない。知り合ったのはこんなことになる前のことなんだ。……知り合いが生きてると、なんか嬉しいよな」

「私の方は全滅っぽいけどね。で、カズくんはこれからどうするの?」

「ここに来る前に水があるだろ? あれを畑の水に出来ないかなって、必要なものをモールで取ってきた」

「それって、あの呆れるくらいに長いホース?」

「そうそう。あれを何個か繋げて、水を引こうかと」

「……引けそう?」

「ん、なんとかなる。なんとかする。ダメなら川を探して、その近くで農園でも作るよ」

「逞しいねーカズくん。なんか手伝えることあったら言ってね? これじゃあ重荷にしかなってなさそうだし」

「ん、その時はよろしく」

 

 と、いうことで。

 早速水を引いて、農作業を再開した。水、案外あっさり引っ張ってこれた。

 田圃(たんぼ)用として、水質は大丈夫なのかって話になるけどそんなものは毎度のこと。氣で浄化しているのでなんの問題もございません。

 氣を加えると、なんでか栄養豊富で良質な水になるので、これで成長させた植物は元気に美味しく育ちます。

 そんなこんなで……校庭を田圃と畑にいたしました。足の踏み場もねぇ。車なんて通れもしない。

 が、それでいいのです。ここを通るのは田圃作業ようのトラクターや農作業機器のみで十分。

 まあ俺の場合は素手でやるわけですが。

 三国の時代に開墾の達人を名乗っていた北郷をおナメでないよ?

 

  ドシュシュッ! バオバオッ! ビッ! ブバッ!

 

  デゲデデゲデデゲデデ~~~ンッ♪

 

 はい、そんなわけで霊幻道士の技伝授の音とともに、作業終了。

 なんて、ゲームならさっさと終わってくれてもよかったものの、まあ時間はそれなりにかかったわけで。

 氣もたっぷり馴染ませたし、あとは一日置けば植えてしまっても問題ないだろう。

 ……はい、開墾の達人とか言っても、氣が無ければなんにもならない北郷です。

 作業を終えて地下の謎施設に戻ると、りーちゃんが慈とお姉さんに挟まれてわたわた困惑していた。

 ハテ? ああまあ、女性同士で積もる話もあるだろうし、俺はこのままシャワーをいただこう。

 

……。

 

 ドラッグストア等でシャンプーを取ってきておいた甲斐もあり、久しぶりに素直にサッパリスッキリした気分だった。

 爽快気分でシャワー室から出ると、三人が居た部屋ではなくそのまま寝室に向かい───

 

「あ、来た。おかえり~♪」

「よく温まった? やっぱりシャワーだけっていうのも問題よね」

「お、おかえりなさい……」

 

 ……三人が、なんでかそこに居た。ご丁寧にベッドに座ってきゃいきゃいとこう……姦しい?

 首を傾げながらドライヤーにスイッチを入れ……ようとしたら、スッと奪われてしまう。

 

「すぐにドライヤーは髪を痛めますよ、北郷さん。ん……まだ水、拭い取れるレベルですよ? ちゃんと拭いてこないから……」

「え、えと……りーちゃん? どしたの?」

「どうしたの、って。それは、その。今日一日、お世話になるんだから、ちょっとのお手伝いくらいは、と……」

 

 用意してあったのか、ぽふりとふわふわタオルが頭に押し付けられると、やさしい手つきでわささーと拭っていってくれる。

 あ……気持ちいい。そういえばこんな風にしてもらうの、一体全体何年ぶりになるんだろう。

 気づけば他人のことばっかりで、自分のことは結構後回しだったなぁ俺。

 こうして誰かに自分の髪の毛とかを任せるなんて…………もう思い出せないくらい過去のことだ。

 あ、いや、現代に戻ってからは、流琉に何度か任せたっけ。

 途中で季衣が混ざって、鈴々が対抗意識燃やして、ハサミが暴れてジョッキリいかれて。愛紗がサンダガ落とすくらいにはヤバい髪型になって、雪蓮と華琳が大笑いして。

 懐かしいなぁ。

 ……で、なんで他二人は、楽しそうに俺を見てるのかな?

 い、言っておくけど、ちょっとやさしくされたからってコロっとなんかいかないんだからねっ!?

 

  わさわさわさわさ……

 

  ブオオオォォォ……

 

 シャキィーン、とでも音を鳴らしたいくらい、なんだか髪型がキマった気がする。

 むしろりーちゃんが、ケアがどうとか言ってドラッグストアからの戦利品を手に、お肌の手入れまでしてくれた。

 

「おぉおおおお肌もっちもち……! 男でもこんなんなるんだな……!」

「むしろ北郷さん何者なんですか。素で綺麗なお肌してましたけど」

「え? そう?」

 

 それはきっと天狗の仕業じゃ。もとい、氣でコーティングされてるからだと思います。

 あと適度な運動。代謝は人を美しくスルノデス。

 などと心の中で講釈を垂れていると、りーちゃんは後ろから目の前に回って来て、さらに髪を整えてくれる。

 こういう場合の髪型とかってどういう基準で決定するんだろうな。

 流行りのもの? 女子ウケor男子ウケする髪型? はたまた───やっている本人が好きな髪型、とか?

 

「あ……」

「?」

 

 さら……と前髪を流された感触に、途中から閉じていた目を開くと、りーちゃんと目が合う。

 桜色に頬を染めた彼女は、どこかとろんとした目で俺を見つめていて、目が合うや、それが潤んでくる。

 そんな彼女は、こくんと喉を鳴らすと真っ直ぐに俺の目を見て、片手で片手を包んだ両手を胸に抱くようにして、言った。

 

「あの、北郷さんっ」

「うん」

 

 こういう時の女性を邪魔してはいけません。なにか重要なことを言うため、心の準備をしていたのでしょうから。それがたとえ、俺が女性二人に対してオテツキしたことに対する糾弾であっても、私達は……一歩も引きません! それが、阿修羅火玉弾なのです! ……タスケテ、心に余裕が訪れてくれない。

 なんて、一生懸命に心に余裕を取り戻そうとしている俺を他所に、

 

「わ、私っ……北郷さんのことが好きですっ! 異性として、男性として、好きなんですっ!」

 

 …………言われた。

 頼れる男としてでしょ、なんて逃げ道を匠に潰された上で。

 ああはい、それに関しては彼女の後ろでニンマリしている女性二人の仕業であることは間違い無いかと存じます。

 

「り、りーちゃん? 嬉しいけど……俺、女性二人に手を出した最低野郎だよ?」

 

 実際は二人じゃすまない程に出してますごめんなさい許してください。

 

「事情は……聞きました。北郷さんの氣がウイルスを弱めてくれる、って。そんな都合のいい話が、なんて初めは疑いましたけど、でも、だって……先生、傷をつけられていたのに、無事だったから。それはつまり、本当に北郷さんの……その、唾液、などでウイルスを弱められるって意味で」

「………」

 

 純粋に想ってくれる人からの自分の行動の詳細ってざくざく抉ってきますね。泣きたい。

 

「なら、純粋な想いなら私が先に立ちたいって思ったんです。るーちゃんを助けてくれて、たまたま会うようになって、約束して、会って……あの頃から私、北郷さんのことを見てました。やさしい人だな、って。素敵な人だなって。だから……!」

「───」

 

 潤んだ、けれど決意を込めた本気の目で、りーちゃんは言う。私の一番になってくださいと乞うかのように。

 で、でもね? こんな……ああいや、俺なんかより、はそいつを好きになってくれた女性or男性への侮辱である。その断り方がいけない。

 俺よりもっといい奴が、というのも大変いただけません。相手はそんな俺を好きになってくれたのだから、それはいけない。

 ならば? ……ならば。

 

「……ん、わかった。じゃあ───」

「あ……ほ、北郷さんっ……!」

 

 頷くと、りーちゃんがぱあっと笑顔になる。ぱっちり開いた目からは涙がこぼれて、胸にきゅっと抱いていた、祈るように組んでいた手が広げられ、俺に抱き着いてきた。

 

「っとと」

「~……生きていて、よかった……! 諦めないで、よかった……! 想いが叶うって、こんなに幸せなことなんですね……!」

「……約束、守っててくれてありがとう」

「はい……!」

 

 漢女道に倣い、きっと守るから、死んじゃいそうな怖い時でも絶対に諦めないこと、と伝えておいたことを、彼女は覚えていてくれた。そんなことが、とても嬉しい。

 自分の見えないところで亡くしてしまった命なんて、数え切れないほどだ。だから、世界に絶望して命に対して自棄を起こさなかっただけでも、生きていてくれただけでもありがとうだ。

 ……しかし、こう、真っ直ぐに想いをぶつけてくれるのって、やっぱり嬉しい。

 イ、イエ、浮気トカ、サウイフコトデハナクテデスネ?

 

「………」

 

 泣き出してしまった彼女を、胸にきゅむと抱いたままに頭を優しく撫でてゆく。

 そんな感触が嬉しかったのかくすぐったかったのか、りーちゃんはぐりぐりと俺の胸に顔をうずめるようにすると、きゅーっと背中に回した腕に力を込めて、一層に抱き着いてきた。

 




ゾンB田中くんの名前がなんか好き。
でも4P田中くんの4Pの意味さえ知らない凍傷です。
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