当時はDEENの歌ばっかり聞いてました。
子供の頃の約束を律儀に守ってるやつをどう思う? しかも、それを一緒に望んでくれる相手なんざもう居ないってのに、律儀に守ろうとするヤツをどう思う? ……だよな、馬鹿だなぁって思うよ。俺もそう思う。そしてきっと、俺にゃあその約束を守ることなんざ無理だとも思う。
ああまあ今はそれはいい。今はそんな大切な思い出は横に置こう。
これはある日の出来事だ。人生なんて全部がある日で構築されてるもんだけど、まあ、やっぱりつまりはある日のことだ。人生初の彼女が出来て、後ろ髪を引っ張られるような奇妙な罪悪感を抱きながらも、きっと誰かを好きになったら、自分の全部をそこに捧げるように尽くしていこう、なんて思っていたクソガキの前で起こったある日の事件のこと。
「由美、こんなところに呼び出してどうしたの?」
「うん。わざわざ来てくれてありがとう、
「あか……? 由美、なんで急に苗字呼びに───」
「お陰でいい絵が撮れちゃったぁっ♪」
校舎裏に呼び出され、行ってみれば……人の神経を逆撫でするような笑顔でそんなことを言う自分の彼女と、ぞろぞろと茂みの奥から出てくるクラスメイトの男ども。
───ああなるほど! これ嘘告かぁ! 今までの時間の全部、嘘っぱちの恋人関係かぁ!
そう判断した瞬間、俺は駆け出して由美───大蔵由美との距離を詰めると、その顔面を渾身の右ストレートで一切の遠慮なく殴り抜いていた。
ぶぎゃあ、なんて声が響いて、それは地面に倒れ、追撃のサッカーボールキックでさらにダメージは加速した。
「へ?」
「ぇ……や、───なっ!? おいてめぇ! なにやって! っ……!」
で、いつでも蹴れる姿勢のまま体勢を維持して、クラスメイトどもを手で制する。
「なにやって? それ訊く? 嘘告に対する仕返しだけど? なに? お前ら自分たちが出て来てギャハハって笑ってそれで済むって思ったの? 終わるわけねぇだろうが」
「だからって女子の顔グーパンってお前!」
「……だからさぁ。なんで仕返しされないって思ってんの。するに決まってんだろうが。人を怒らせておいててめぇらが笑うだけで全部終わるって、ほんとにそんなアホなこと考えて生きてんのか? で? 女だからなに。クズな行為をする馬鹿に性別が必要か? そのクズは叱ってやりゃあ誠実で真面目になるってか。無理だね。繰り返すに決まってる。だから殴るんだろうが」
「な、だ、だから、陰キャのお前がなに───」
「くだらねぇ行為に陰キャも陽キャも関係あるか。馬鹿なのかお前。人として怒ってんだぞ俺は。人として怒って、殴って当然のクッソくだらねぇことされて、いちいち目の前のクズの性別を考える馬鹿が居るか? なんだ? ここでわざわざ相手の性別考えて、怒り抑えて頭使って回りくどい復讐劇でもしてみせろってか、冗談じゃねぇ。んなもんでスカッとするかよ。俺は、今、ここで、こいつやてめぇらに対して激怒してんだぞ?」
血が流れる鼻を押さえながら、涙を流して蹲る元カノ……いやクズだな。クズの前に屈んで、足を止めてこっちの様子を見ている男どもに言ってやる。てめぇらはなにか、怒ったらその場で当たり散らさずに引くことが出来るのか、と。言葉を返されりゃあ“あぁ!?”だの“はぁ!?”だのしか返せないお前らがそれを言うのかと。
「前々から思ってたけどさ、お前らって自分達のことをまァ~ァァァ陽キャ陽キャって必死ンなって言い繕ってるけどさぁ、やってることって言えばただの不良と同じだよな。気に入らなきゃ集団で囲って、反論すりゃあ返す言葉は決まって“はぁ!?”で。イジメもするし強引に奢れとも言ってくるし、こうして人を笑いものにして毎日毎日ご満悦。親だってあんたらが決めた学校だから~って安くもない金払ってガッコ通わせてくれてんのに、やることと言やぁ勝手に格付けして勝手に下に見て、そいつら数人で囲って金品強奪に脅迫や暴力や精神的迫害。なにお前ら、親が期待する“学ぶこと”そっちのけで、そんなことしたくて親に金出させてガッコ通ってるの? 正気疑うわ。自称陽キャの不良グループさーん? このガッコ、髪染めとピアスと喫煙は禁止ですよー?」
「ふざっ……誰が不良だ!?」
「え? ここまで説明しても不良じゃないって言い張れるの? お前らこれまで何回気が弱いやつから金品巻き上げたよ。タバコ吸った回数は? ラブホ入った回数は? お話とかでケッコー出てるけど、高校生の時分でラブホ入るのは法律で禁止されてるからね? 18歳になったからって、高校で入ると普通に違反だから。ねぇ? 一昨日そっちの女子とラブホから出て来た今坂くん」
「!? なっ、なに言って───」
「は!? おまっ……おい朱音! おまっ……こいつと寝たのか!?」
「ち、違う! 違う違う違う! 全部そいつのでたらめよ!」
「笠島くーん、証拠ならこのスマホに入ってるけど、見てみるかー? ほーら、腕組んでとろけた顔して、ラブラブしいったらありゃしない」
「今坂ぁああっ! てめぇええええっ!!」
「笠島っ! 違っ───朱音から誘ってきてっ……!」
「はぁっ!? な、なにそれ! ユージくんが私のことしか考えられないって言うからっ!」
「ばっ……朱音っ!」
「え───ぁ」
「っ……くそがぁあああああああっ!!」
笠島くんの拳がえーと……朱音サン? の頬を捉え、殴り倒した。
「……ほーら、目の前のクソな存在相手に、性別なんざいちいち考えねぇだろ。見事なグーパンが女の子を殴り倒しましたが、なにか言うことある? ない? ああそう。あー。まーぶしー、青春まぶしーわー。陽キャの青春まっぶしー」
涙を散らして、友人と恋人と語らう(物理)笠島くんの魂の、なんと眩しいことよ。
「よかったねー、由美……あー、大蔵さん? これで仲間同士、な~んの隠しごともない素晴らしいグループで居られる。俺ねぇ、お前らみたいな奴らの行動のそもそもが謎で謎でしょうがないんだ。なんでわざわざ、自分たちに危害もなにも加えないヤツの逆鱗に触れに行くワケ? もしかして陰キャ陽キャで格付けしたいから~とか、キミたちが好きで好きでたまらない、“ワケわかんないんだけど”な方向性で行動決めてんの?」
「っ……ぅぶ、ぅうぅうう……!」
大蔵さんが鼻血を流しながら、すっかり恐怖で彩られてしまった瞳で見つめてくる。
質問の答えはいつまで待っても出てこない。元気な時はとことんまでに自分主体の語りじゃないと許さないくせにねー、なんなんだろうねー。
「……はぁ。当然のことなのに分かってないようだから言うけどね。陰キャ陽キャで区別してんのってキミらだけなんだよ? 俺達にしてみりゃどんな時だって相手にしてるのは“人間”だ。陰キャとか陽キャとか正直どうでもいい。でもねぇ、お前らってそういうやつらに無理矢理にでも絡んでは、ギャハハハハって笑うドクズ集団じゃん。ほっときゃいいのにさぁ。……あのね、お前らに絡まれて困ってる奴がどれだけ我慢し続けようが、踏み込まれたくない部分にまで踏み込まれたら、そこに居るのは陰キャでもなんでもない、ただの人間なんだよ。分かる? 性別なんて関係ないし、殴りたいほど怒ればそりゃ殴るし、殺してやりたいって思えば殺すだろうさ」
「っ……!」
「わかるだろ? キミらがギャハハって笑ってるうちにこっちが人として激怒すりゃさ、殺す気で掛かることもあるわけなの。そっちが遊びでオラオラ~って殴りかかって来ても、こっちは殺す気で仕掛けられるわけ。真正面から、殴られようが抱き着いてさ、前方にジャンプするのよ勢いつけて。倒れてくれるなら、そのまま全体重乗っけた膝で肋骨破壊してさ、破壊出来なくても痛がってるうちに踵で顔面踏み潰しまくりゃいいさ。……よかったねぇ、殺す気で掛かられなくて」
「ひっ……!?」
「本気で、殺す気でかかればさ、噛みつきだってするし、相手が心底憎けりゃ腕だろうが耳だろうが、自分を蹴る足だろうが噛み千切ってでも潰しに行く。目を潰すのも股間砕くのもいいな。“人”を馬鹿にするってのはな、“みんなで笑ってハイ終わり”じゃねぇんだよ。集団で人を笑う、人を追い詰めるってのは、仕返しされて当然の行為だ。追い詰められてる側がいつまでもてめぇらが考えてるみたいに我慢するだけだなんて思うなよ? 我慢する理由が無くなりゃ、人間いつだって平気で常識の壁なんて越えられるんだから。……これに懲りたら人を見下して小馬鹿にして楽しむ、なんてクソくだらねぇ行為はやめろよ」
「………」
目をぎゅうっと瞑って涙を散らしながら、こくこくと頷かれる。
や、ただ恐怖からその場しのぎでやってるだけなんだろうけど。
「……はぁ。まあいいや、うん。尽くそうとした時間を返してくれって言いたい気分だけど、もうその分ガンスト(顔面ストレート)で支払ってもらったしな……。あとはもう笠島くんに全部任せよう。もう見境なしに暴れてるみたいだし。……てか笠島くんの彼女さんのこと、大蔵さんも知ってた?」
「……!」
首を横に振られた。知らなかったらしい。
けど他の男子は知っていたようで、笠島くんに殴られている。あの様子だと……グループの男子全員とホテル済み案件…………うわぁ、聞こえちゃったよまさにな言葉。そりゃ笠島くんブチギレるよ。男女問わずにフルボコルボバルボ状態だ。一応録音も録画もしてるし、これも遊びの延長だったで済ませればいい。誰かの楽しいが他のやつの楽しいに繋がる、だなんて思えている間だけだよ、楽しいのは。
「うーん……あのさぁ大蔵さんや? 真面目に訊きたいんだけどさ。あんなグループに居てほんと楽しかったの? 常に誰かが誰かに自慢話してるだけのイメージしか沸いてこないんだけど。……あっ、だから退屈して他の奴に絡むのか。ウワー納得……そして最悪……。えっと、ねぇ、大蔵さんさ? ほんとに胸張って“自分は不良じゃない”とか言える? 今の俺の中のキミらの印象って、不良よりもよっぽどクズな連中ってイメージでしかねぇよ……人として相当終わってないか……? 自称陽キャ実質不良生徒さんさぁ……」
「ふ、ふざけんなっ! 不良なんかじゃっ───」
「あ、違うって意識あるんだ。ちゃんとそう認識出来てるんだ。よかったー。じゃあ他のやつらがあいつらに集団で脅されて貸した金とたかられた金、全部返してあげて? 不良じゃないなら金額、誰から奪ったか借りたかも全部覚えてるよね? これ借りてるだけだから~って毎度言ってたし。俺からも散々毟り取ってたし、俺と付き合うフリしながら陰であいつらと合流して、その金で遊んでたんでしょ? 返せるよね? 不良じゃないんだもんね?」
「───」
……ふざけんなさんが顔を青くして固まった。
「おやおや、借りると言いつつカツアゲとか……随分と典型的な不良学生さんのようだけど?」
「………」
「ちなみに人間って14歳から立派に逮捕されることが出来るから、壁の向こうでいろいろ人生について考えてくるのもいいかもよ? こっちでどれだけ考えてもどうせ改まんないだろ」
「……ひ、人を殴っておいて、通報、する気……? あんただってタダじゃ済まない───」
「? ……? …………へ? …………あ、ああ! それ脅しか! あっはは、いやーそんなこと言われるとは微塵も思ってなかったから、なに言ってんだこいつって本気で思っちゃったよ! ……あー、その。大蔵さん? 俺べつに保身に走ってクズを見逃すなんてこと、するつもりもないけど? ただじゃ済まないからなに? 俺にそれ言ってキミの腐った性格直るの? 直らないでしょ。……いい加減さぁ、女だなんだってくだらない会話やめてくれないかなぁ。俺ね、キミと話してんの。人間として。俺、今現在ここに居る全員に性別なんざ求めちゃいないわけ。女だからなに? 外道目の前にして女だから見逃す、女性だから危害加えませんとか言いなさいとか言うわけですか? 俺はおたくを殴りました。で? お前の罪が軽くなるの? ならないでしょ」
「~……う、嘘告の仕返しが人の顔面殴るとか、許されると思ってるわけ……!?」
「集団で人の気持ちを踏みにじったり、騙したあとに集団で出てくりゃあ、お前ら言うところの陰キャクンなら仕返しも出来ないだろうって予防線張ってる人間が、なにもされずに済むって本気で思ってたわけ? 嘘告なんか嫌だ、絶対にやらないって言うことだって出来たのに、もう大変嬉しそうにやってたじゃんキミ。陽キャの皆さんの期待を一身に背負って俺をからかってたんだろ? じゃあ責任負わなきゃ、人数分。ちなみに嘘告白って普通に名誉棄損だと俺は思います。公然で人の社会的地位を決めつけ見下して笑いものにして、名誉棄損じゃない、ただのいじりですって言って通じると思うなよ? で、いじめは犯罪です。名誉棄損も犯罪です。キミら、フツーに警察に突き出せるよ?」
「───」
再び蒼くなって、俺から視線を逸らす大蔵さん。
うーん、笠島くんの「親友だと思ってたのに……クソがぁあっ!!」って言葉がうるさい。あーあー、まーぶしー。どーせ親友語るなら、もっと周囲にも眩しく見える関係築いてから言えよもう。
『親友とならどんなことだってできる……それが人を自殺に追い込むようなクズの所業でも!』って青春、俺ならごめんだけどなぁ。友情確め合えるなら人をイジメてもいいってか。笑いモンにしていいってか。ふざけろ、どんだけめでてぇ頭してんだ。
「でさ。人の気持ちを踏みにじって集団で笑おうとしたり、気の弱い奴を数人で囲って脅して金取ったり限定品奪ったり、自分が欲しいものを他人に買わせたりしてギャハハ笑ってるようなクズがさぁ、なぁんで殴られずに許される~なんて思えてんの? 女だからとかそんな理由だったらほんとヘソで茶ァ沸かすわ。頭おかしい」
「そ、れは……」
「ていうかさ、そもそもキミ、自分が悪いことした~なんててんで思ってないんだろ? 殴られたりしなけりゃ、今だってきっと人が喋る度に大声で割り込んでは、“はァ!? はァ~!? 陰キャがなにか言ってますよォ~? ワぁケわかんないんですけディョォ~ン!!”とか醜い顔で言ってただろうし。いやほんと、きみらさ、ほんっとーにあの言葉好きね。わけわかんないなら知る努力しようよ。人の言葉遮ってまで分かりませんアピールとかどんだけアホなの? なにキミら、センセが問題出してる途中で“ハイ先生! ワケ分かりません!”とか言い出すほどにアホなんですか? 自分で分かんないって言えるなら知ろうとしろよ。なに質問から秒も待たずに分かりませんアピールしてんの。幼稚園児でもまだ考えるぞ? “私は親に通わせてもらった義務教育を心の底から無駄にして成長しました。勝手に金出して通わせたのは親なんであたしは知りません。見て見て~? あ~しの両親マジクソバカでしょ~ンォ♪”って高らかに宣言したいの? ……あの、あのさ、ねぇ? ほんと……考えてから喋ろう? 親泣くぞマジで」
「~っ……!!」
顔を真っ赤にして涙目で睨まれた。両親のこと馬鹿にすんな、とか言いそう。や、馬鹿にしてんのキミでしょーに。ていうかコケにしてるしなんなら見下してる。
や、でもキミがやってること自体、まさにそれだと思うのよ? 違う? 違わないでしょ。
「じゃ、俺フツーに帰るから。クズとしてクズどもと縁を切るならご自由にどーぞ。俺も縁が切れた上に笠島くんが暴れてくれたから結構溜飲が下がったわ。純粋に俺が殴りてぇって思ったの、お前だけだし」
「~……これで終わるって思ってるなら───」
「終わらせたくないならご自由にどーぞっつの。どうしても殴りたい理由があったから殴りましたって普通に返すわ。お前らがどんだけ理由を捏造しようが、全部録画してるし録音もしてる。俺も自分の気持ちをはっきり喋ってるだけだから編集もしない、まっさらなお前らのクズっぷりを世界に知ってもらえばいいだろ」
「えっ───」
睨み顔が一気に驚愕と怯えに変わった。
「じゃーな。いじめといじりの区別もつかない頭のヤバい自称陽キャさん。お前らさぁ、高校生にもなっていじめといじりの区別もつかないとか本気でやばいよ? 親の金使い潰して結局なにがしたかったの? 親を犯罪者の親にしたかっただけ? 頑張って働いて家族を幸せにしようとした親が可哀想だわ」
「ま、待っ……待って! 待って待って! お願いやめて! わかった、殴られたなんて言わないから!」
「へ? …………えー…………あ、いや、あの……だぁもう……! だからさぁ……! 俺言ったよな? 保身に走ってクズの所業見過ごす頭なんて持っちゃいないんだよ。そりゃ一切係わってこなくなるなら万々歳だよ。けどお前、俺が絡まれないからってなに。今まで散々カツアゲしたものとか返せんの? 今さら改まれんのお前」
「ぉ……~……お願い……! 親が今、大事な時期で……!」
「馬鹿かお前」
「え───」
「子供をガッコに通わせてる親に、大事じゃねぇ時期なんかあるわけねぇだろうが。親になった時点でみんないろんなもん抱えながら世の中生きてんだよ。大小の幅はそりゃあ性格やらなにやらの所為であるんだろうけどさ、“今に自分の子供に人生潰される”、なんて気持ちで生きてる親なんて稀だろうよ。子供なんて居なけりゃまだ自由だった、なんて思ってるやつも居ると思う。俺の親がそうだし。堂々と息子にそんなこと言える親だ、実際そうなんだろうさ」
「だ、だったら! こんなことで問題になったら───」
「俺の家庭問題にお前のクズさは関係ねぇよ。はき違えんなよ」
「んっ……ぐ……!」
悔しそうに唇を噛んで、えぐえぐと泣き出す大蔵さん。
「問題が起こりました。親が俺にどういうこっちゃあワレェと怒りました。殴る蹴るの暴行までしてくる始末でさあ大変! ……で、お前のクズさ直るの? 直らんでしょ」
「~……なっ……なんでもする、って……言ったら……? 一日中、どんなことだって、体だって……その……」
「───……俺は男なんて女が体を差し出せばなんでも言うことを聞くだろう、なんて思ってる女が反吐が出るほど嫌いだ」
「ひっ!?」
感情が冷えていくのを感じた。たぶん、表情とかも死んだ。
そういった環境下で生きて、親が離婚していろんなものが台無しになって、周りからは三股不倫女の息子なんて目で見られ続けて、ガッコの友人が三股の内の一人の息子だった俺の気持ち、分かる? ダチに泣きながら殴られて絶交されたよ。本当にいいヤツだった。親友って言えるヤツが居るとするならあいつだって、あんなことが無ければ胸張って言えたヤツだった。
好きだった相手が三股の内の一人の娘だった俺の気持ち、分かる? 勉強のことで行き詰ってた俺にやさしくしてくれた先生が、実は不倫相手だって知った俺の気持ち、分かる? 分かるワケないよな。
不倫ってさ、それだけでいろんなやつの環境が一気にぶち壊れるんだよ。しかも当人以外は普通に生きてるだけなんだ。こんな風に普通の日々が続いていくんだな~なんて思うこともなく普通に生きてたよ。それが急に不倫発覚、三股で、俺の家もダチの家も好きな人の家も憧れてた先生も、全部ぶっ壊れちまった。
『俺と関わると父親が寝取られる』なんて噂が立つまで、時間は要らなかった。
だから俺は一途でいようと思った。思わないわけがない。思わないくらいならそもそも人との関わりなんて欲しくなかったからだ。中学までの知り合いが居ない遠い場所を受験して、父親からも突き放されるようなかたちで一人暮らしが始まった。もう、かつての家に帰っても誰も居ない。多少は楽しい思い出があった家は既に他人の家になっていて、俺は最低限の親の威厳が擦り減らない程度のマシなボロアパートに住まわせてもらって、今もこうして生きている。
「まあ……好きにしたらいいよ。俺はもう行くし、そっちが誰かに報告するだのってことになるなら、こっちは被害者だって言うだけだ。俺はもう俺だけのために生きるだけだし、大蔵さんのお陰で、俺に本気で言い寄ってくる女なんてやっぱり居ないって再確認できたし、居たとしてそれは人の傷口を平気で踏みにじるようなクズだってこともよーく分かったから」
「ぅ……」
「ああ……ほんと…………」
「……?」
「…………なんで信じたんだろう、こんなやつ……」
「───!!」
視界がぼやけたけど、それだけだ。
世の中にゃあそりゃあいいやつはきっと居るのだろう。
でも、自分の環境を変えてまでいいやつで居てくれる奴なんて居やしない。
母親の不倫の所為で、両親が離婚することになってしまった友人や好きな人は、今もきっと俺や家族を恨んでいるだろう。俺や親父があいつらになにかしたわけじゃない。でも、感情ってのはそんな簡単なもんじゃないから。
母親を恨んでいるかっていったら、そりゃあ恨んでる。不倫をした事実はそりゃあそうだって思えるけど、それより……クズすぎる親父を恨んでいるし、あまりに盲目で、ダメな意味で真っ直ぐだった母が憐れでならなかった。
───……。
……。
結局、なんにもなかった。
大蔵さんの親はフツーに大事な時期ってのを乗り切ったっぽいし、俺も平凡に生きている。
笠島くんらはグループ内の喧嘩ってことで厳重注意を受けて、女の子を殴ったーだのなんだのに親が口を出せば、恋人関係でありながら他の男と寝たってことで喧嘩が起こったことを大蔵さんが告白。そりゃあもうそれぞれの家庭での全面戦争並なことが起こったとか。その流れ弾で大蔵さんが殴られた、ってことになっているらしく、そんないざこざを理由に大蔵さんはグループを抜けたらしい。
笠島くんらはさっさと引っ越してしまい、教室は静かなもんだ。結局引っ掻き回すだけ引っ掻き回してハイさよならって、なんの解決にもなってないんだよな……。
責任取って退職します、とかニュースとかでもあるけど、お前がやめてなんの責任が解決するのか、ってツッコミ入れたくなるのは俺だけだろうか。いやそれは関係ないか。
「………」
日々勉学。一応、ガッコに通わせてもらえてるなら勉学には励まないといかん。褒めてくれる親なんて居なくても、それは必要最低限だ。じゃなけりゃ、ガッコに来る意味がない。
測定ってもんがあるからには体力だってつけなきゃいけない。テストだのなんだのがあるからには、それは必要だから測るのであって、ガッコでそういうものを測るってんなら成長させなきゃ通ってる意味がない。
「……はぁ」
運動したり筋トレしたりしたあとに勉強をすると捗るらしい。
そんな言葉を信じてる俺は、なかなかガタイはいいくせに勉強も出来る方だ。が、性格に難アリ。中身の奥の方……まあ、根底っていうんだろうか。そういうところで、他人を必要としてないフシがある。自分で言うのもなんだけど。
まあ、そんなもんだろう。だからってわけで……いいと言える自分だけど、コミュ力とかそっち方面にはどうしても弱い。会話が始まればさっさと打ち切りたくなるし、こちらから話しかけるのは正直嫌だと思えるどーしょーもない奴だ。
それを親だとか大蔵さんの所為だ~なんて、言おうと思えばいくらでも言えるんだろう。けど、そっから努力しないのは俺が悪い。ので、俺の俺に対する認識はコミュ力ザコだ。
「………」
こうしてな~んもなく日々を過ごし、やがて卒業し、大学に入って、やがて働きに出るのだろう。
物語とかだとなんやかんや素敵な人と出会って陰キャぼっちだった俺が~なんてことになるんだろうが、現実はそうじゃない。
あのグループで唯一引っ越してない大蔵さんは一気に静かになったし、俺を見ると怯えたように離れていく。男性に殴られたことで男性恐怖症になったんじゃないか、なんて噂が流れているけど、誰も無理に真相を知ろうとはしなかった。すまん、笠島くん。
他のやつらも元々俺が周囲と話そうともしないやつだったために、距離を取った生活にもすっかり馴染んでいる。まあ、それでいいのだ。俺も今さら話しかけて欲しいだなんて思わない。
……そうして、時は過ぎ、卒業。
あれから一度も俺に関わろうともしなかった大蔵さんも新しい友達とワイワイしながら卒業していった。俺は親も誰にもなにも言われないままに高校をあとにして、親の義務ってかたちをこれっぽっちも隠そうともしない
喫茶店でバイトしながら勉強をして、マニュアルに従いつつ少しずつお客相手にコミュを磨いている。髪型変えたって服装変えたって普通の俺はどこまでも普通だ。友達も居なければ恋人も居ない。気になる人さえ生まれない俺は、そのまま卒業、就活は一応上手くいき、ブラックじゃない企業に勤めては、努力を続ける日々。
やがて溜め続けた金で学費など、出してもらった金を親に渡して───こんなものは要らない、あれは親としての最低限の義務だと言い張る親に無理矢理押し付け、「……もう、好きに生きてくれ。無理に親で居続けないでくれ」と言ってみれば、親父は───
「ふざけるなこの馬鹿が! 今さら好きに生きようとしてなにが出来るという! こんな金など要らん! 裏切り者の息子めが!」
「へぇ……それ言うんだ? でもさぁ親父。今まで生きてきて、あんただけが苦しかったって本気で思ってる? あんただろうが、そんな裏切り者になるような相手を妻に選んだのは」
「───なに……?」
「激高して怒るだけ怒って、さっさと家庭から目を逸らした親父様さぁ……俺が中学卒業するまで、周囲になんて言われながら過ごしてたか知ってるか? 家族殺しの疫病神だとよ。俺に関わると父親が寝取られるんだとよ。……なぁ、俺が、なにかしたか? 俺、あんたにそこまで言われるようなこと、周囲にそこまで言われるようなこと、なにかしたか? 俺は普通に生きてただけだよ。あんたやかーさんに褒められるのが嬉しくて、勉強も運動も頑張った。結果がこれって…………~……どうすれば幸せになれたってんだよ……ちくしょう……」
「どうすれば? 簡単だ。あのクズが不倫などしなければよかっただけの話だろう」
「稼ぐだけが父の仕事だって思い込んでたあんたに、かーさんの気持ちはわからねぇよ……」
「なんだと?」
かーさんは、あの人は確かに不倫をした。今はどっか知らない場所で、慰謝料を払うために仕事漬けの日々を送っていると聞く。でも、最初から他の男性を求めたわけじゃない。あの人は本気で、このタコのことを、こんなクズを愛していた。けど、どれだけ愛していても、帰ってくるなり愚痴の連続、気に入らないことへの道理の通らない注意、望む通りにやってみたって別の愚痴と注意を生む相手を、どう愛し続けろっていうんだ。
帰る時間も言わない。作った料理は冷たいと言って食べない。待ってたってまだ起きてたのかと冷たく言う。寝ていればいい気なものだなと愚痴をこぼす。愛して欲しいと言ったって疲れていると言う。それでもと言えば、働きもせず家でごろごろ、私が帰れば愛して欲しいなど、我儘も大概にしろ、なんて怒る。それらの事実を真っ直ぐに、目の前の父親にぶつける。
「何が不倫だよ。あんたが言ったんだろうが、そんなに愛されたければ他で発散すればいいだろう、なんて」
「な、なんだと!? 私がそんなっ───」
「あーそーかい、酔っ払ってて覚えてませんってか。じゃああの時かーさんがどんだけ泣いたかも知らないんだろ。どれだけかーさんが、あなたを、愛しているんですって必死に訴えたかも! それをあんたはどうした!? 愛しているのは堕落出来る今の環境だろう? なんて言って突き飛ばしたんだろうが!」
「なっ……」
「酔っぱらうと本性が出るっていうけど、あんたのは本当に最悪だ。泣いてるかーさんを外に追い出して、発散するまで帰ってくるなよ、これは命令だ、なんて言ったのも忘れたか?」
「……な……う、うそを……」
「都合の悪いことはすぐに忘れるか別のことに置き換えるのもあんたの癖だよな。そんなあんたを盲目的に愛してたかーさんも大概だって思うよ。一途すぎたんだ、あの人は。そんな人をあんたは妻に選んで、そんな人にあんたはそう言ったんだよ!」
「そんなことを……私が……?」
「……鍵をあけようとした俺を散々殴ってさっさと寝たあんたは、翌朝朝食も作ってないかーさんのことを散々愚痴って会社に出たよな。入れ違いみたいにふらふらになったかーさんが戻ってきたよ。顔、涙でぐしゃぐしゃで、がたがた震えてた。ごめんなさいごめんなさいってうわごとみたいに呟いててさ」
「………」
「なぁ」
「………」
「なんで結婚したんだよ、あんた。自分で選んだ人生のパートナーを愛せないなら、……っ───出来ないことなんざ神に誓うんじゃねぇよ、クソが───!!」
その日。俺は初めて父親を殴り、父親が住んでいるマンションをあとにした。
───……。
……。
……人生は、クソだ。
どれだけ大事なものを見つけても、他人の介入で簡単に崩れてしまう。
どれだけ大切にしても、大切な人は大切な人の言葉よりも、疑わしい人の言葉を信じてあっさりと大切な人を切り捨てる。
先に立つ後悔などないのだ。そんな言葉を思うたび、いつかの笑顔ばかりだった頃を思い出す。
「………」
何気なく歌を口ずさんだ。
思い出すのは子供の頃。
クラスに溶け込むのが苦手だった友人。そんな彼を引っ張って、友達になったいつか。
仲良くなると、一緒に馬鹿をやって随分と燥いだ。
隣のクラスでひとりぼっちって噂の女の子を連れだして友達になって、笑顔を見せなかったそいつを笑顔にして、その笑顔に惚れて。
休日。引っ張り回してたら彼女の帽子が飛ばされて、池に落ちたのを飛び込んでまで拾って。
どろだらけの服を見てかんかんに怒る親。だけどせめて女の子は怒られないよーにって頑張って後ろに回した帽子を体で隠して、結局見つかって大目玉。
青春って呼べるものだったって思う。あの頃、俺は笑顔って言葉の意味を知らなくても、自然と笑顔を浮かべられるクソガキだった。
無茶だろって思えるような夢を抱いて、いつか三人でおっきくなろーぜー! なんて、田舎によくあるような古い校舎で夢を語って、夢を追って。
でも……俺の両親の所為で全てが壊れた。俺達三人の家庭はボロボロになり、俺は友人も好きな人も憧れの大人って存在も無くして、やさしかったかーさんも失った。
親父はクズだと思う。でも、そんな親父を愛し、言われたことを守ってしまったかーさんも馬鹿だ。
そして、誘われたからって手を伸ばしたあいつらの父親もどうしようもなかったんだと思う。かーさんの様子を見れば、どこかおかしいことくらいは分かった筈だろうに。
「………」
あとの話になる。
かーさんが慰謝料を払い終えたと、弁護士伝手で耳にした。というか、あのクズがかーさんのところに行って、全ての慰謝料を払ったらしい。
働くことでしか自分を守れなかった男が、使わずに溜まる一方だった金を使って、全部終わらせたんだとか。そしてかーさんの前に立ったクズは、ようやく随分と久しぶりにかーさんの姿を見て、泣いたんだそうだ。
働くばかりでかーさんの顔もまともに見なかったクズは、かーさんのあまりのボロボロぶりに泣きながら何度も謝り、各家庭にも謝りに行き、フルボコられたのちにもう一度かーさんのもとへ行き、やり直したいと言ったと。
……まあ、弁護士伝手だから詳しくは知らんのだけど。
かーさんは涙をこぼしたあとに、クズにビンタをかましたらしい。
そして、もう遅いですよ、と言ったのだと。
その言葉を聞いて、クズは随分と慌てていろいろ言ったらしいんだけど……結局、自分に出来ることが金を渡すことしかないことを知って、絶望したんだと。
そこで弁護士さんも普通に思ったらしい。なんで結婚したんだこいつ、と。
「はぁ……」
かーさんは言いなりだった自分を反省して、今までの人生を振り返り、ボロボロのまま泣いて泣いて泣きまくったって聞いた。クズは近寄って慰めようとしたものの、弁護士さんに止められたと。うん、慰める権利無いからあんたに。
そうして人生を台無しにした慰謝料としてクズはかーさんに金を渡し、かーさんは複雑そうな顔をしながらもそれを受け取る。後日もう一度会った時、かーさんはそれはもう美しい姿に戻っていて、クズがまた泣いた。誓った言葉さえ守れずにすまない、そのことで息子に本気で殴られた、とかまあいろいろ言いながら。
「………」
……それとは別に。
風の噂で元友人と元好きな人が結婚する、と聞いた。
招待状なんて来る筈も無いし、来たとしても……複雑すぎてなんとも言えない。
あいつが笑うのはいつもアイツの隣でだった。
引っ張ったのは俺で、あいつを笑顔にしてたのはいつも友人だった。
その笑顔が好きで、俺はあいつに惚れたのだから、俺に脈がないことくらい、ガキの頃にもう気づいていた。
いろんなものを壊してしまった俺達家族にはもう、幸せになる権利なんてものはないのかもしれない。少なくとも、不幸にされた人たちの傍で笑う権利はないのだろうと思う。
人生は理想を詩にする歌のようにはいかない。
夢を手にしたら、また三人で。いつか、この町に───
ガキの頃の約束を思い出して、また歌う。
十代の頃に追っていた夢なんてもう叶わない。
それでも、ボロいアパートで軋む音を耳にするたび、古い校舎で語った夢を思い出す。
友人は強くてかっこいい大人。
好きな人は綺麗でやさしいお嫁さん。
そして俺は───
「……自分の寂しいツラすら笑顔に出来ねぇで、なぁに願ってんだか、ほんと」
寂しい思いをしている人を笑顔に出来るような、おっきな男になりたかった。
ボロアパートの鏡を見て、涙の滲んだ顔で笑った。
そんな笑顔で笑ってくれる人さえ、俺の周りにはもう誰も居なかった。
「……もし……」
もし、なんて思う時がある。
呟いたことも何度目だろう。
もしあの日、あいつらと少しでも話すことが出来たのなら、事態は変わっていたのだろうか。
俺を殴ることだけして、なんにも話せなかった友人とも、無理やりにでも引き留めて話すことが出来たなら。
なんにも話せずに引っ越していってしまったあいつとも……話すことが出来たなら。
それでも……もう、遅いのだ。俺はあいつらの住所も知らないし、知ることを許されなかった。
あいつらだって俺のことなんて、人生の汚点にしか思っていないだろう。
「……メシ」
気づけば昼時。今日は休みってこともあって、家で読書をしていたんだが……やっぱり本は時間を忘れさせる。いつもは自炊で済ます俺だけど、今日は調理する気分にはなれない。
溜め息を吐きつつのそりと立ち上がって、身支度を整えると、部屋を出て鍵を閉める。
ボロいアパートも済めば都。今さらどっか別の場所、なんて思うこともなくなった。
(クズとかーさんが離婚する時、俺がかーさんの方へ行けていたなら、まだ何か違ったんかね)
身勝手な怒りを忘れないためでしかなかったんだろう。クズは俺の親権を取り、かーさんにお前は孤独に罪を償え、なんて言った。
俺がなにかを言おうとするたびに怒鳴ったり殴ったりと、本当にどうしようもないクズだった。
それでも俺がなにかを必死に言うことが出来たなら、状況は覆せたんだろうか。それとも子供の言うことだ、と流されてしまったんだろうか。
本当に、人生ってのは後悔ばかりだ。
……。その日、最寄りのファミレスで、随分と久しぶりに大蔵さんを見た。
随分と幸せそうに、やさしそうな男性と食事をしていた。
その隣には小さな子供。
…………こういう時に、本当に……人生ってクソだな、と思うのだ。
人をいじめていた存在が、いじめられていた存在よりも幸せになれる可能性が高いってのは、本当にやってられないって思う。どれだけ他人の在り方をクズだなんだって言おうが思おうが、そういう考え方からして俺も相当にだめなんだろう。
けど結局それは、世の中をどう上手く渡っていくかで決まるのだ。
俺はそれを上手く渡れなかった。
誰々の所為だと口にすることはいくらでも出来る。
そうしてみっともなく言い訳をしては、無くしても失くしても、諦めずに手を伸ばし続ければ、なにかしらは掴めたんじゃないか、って……やっぱり後悔するのだ。
でも……そう後悔したところで、俺が掴めるなにかしらなんてものは、それこそ後悔でしかないんだろう、なんて諦めている自分も居た。そして、“それでいい”と……もう諦めてしまっている自分も居た。
「───ン……」
ファミレスで軽食を済ませてアパートに戻ると、同窓会のお報せ、とやらが届いていた。
一気に嫌な思い出が浮かんでくる。いい思い出よりもそういうものが真っ先に浮かぶあたり、俺の中学時代は本当に後悔ばかりで埋められている。しかもそれらの後悔は、俺がどう動いたってきっと変えることの出来ないものだった。
確実に負けると知りながら、クズに立ち向かえばよかった? 殴られたって、追い出されたかーさんを追いかけて外に出ればよかった? 言える言葉が無くたって、俺を殴った友人を引き留めてなにかしらを届ければよかった?
……なんにも出来やしないし、出来たって変わりやしない。
だから……この同窓会の報せも、中学時代のやつらが俺を蔑むための……まあ、ストレス発散のためのお報せか、来た俺に“え? 本当に来たの?”なんて言うためのものなのだろう。
それなら俺は、これを受けなきゃいけない。
いろんな家庭をぶち壊してしまって、普通に終わる筈だった中学時代に嫌な空気を残してしまった家族の一人として。
……。
出来るだけ身綺麗にして、同窓会には参加した。
美容院に行ったのなんて二回ぽっちの俺だけど、店員さんもまあにこやかに対応してくれた。
それでもやっぱり普通な俺は普通のままだ。
そんな俺が会場として選ばれたホテルに行くと、いくつか見知った顔が「お、あいつ来たぜ」とか「来ないかと思った」とか、随分とまあいろいろ言ってくれる。来てほしくないなら誘うな馬鹿者。
「………」
名簿に名前を書くと、その名簿の中に懐かしい名前があるのを発見する。
けど、その並び方に疑問を抱いた。軽く首を傾げていると、声をかけられた。
「すまん! 悪かった!! 許さないでくれぇええええええっ!!」
かけられたっていうか、叫ばれた。
土下座してそう叫ぶのは、たぶん……顔は見えないけど声に懐かしさを感じた。……友人だったやつだ。
「……あぁ、えっと、なんだ? なんに対する謝罪なんだそれ」
「なにって! ~……お前のお袋さんが俺の家庭をぶち壊した、なんて言葉を鵜呑みにして、お前をブン殴っちまったことに対する謝罪に決まってるだろ!? ずっと、ずっとずっとずっと謝りたかった! でも当時は本気でそんなこと信じちまって!」
「ま、待て待て、俺のかーさんがお前ん家の父親と関係持っちまったのは本当だろ? なのに……」
「違うんだよ! お前のお袋さん云々以前に、うちの母親は……あのクズは、親父じゃない別の男ととっくによろしくやってたんだ! お袋さんは傷ついてた親父をたまたま支えるようなかたちになっただけで、泣いてる親父を慰めて抱き締めてるところをお袋に写真を撮られただけなんだよ!」
「………………え?」
なんだそれ。じゃあ、かーさんは……
「……お前のお袋さん、不倫なんてしてないんだよ……! あのクズと、ののの親と砂田にハメられただけなんだ……!」
「………。……続けてくれ」
のの、というのは俺が好きだった女の子のあだ名だ。そして、砂田は……俺が憧れていた教師の名前。急に出て来た名前に喉を鳴らすと、ざわざわしていた元同級生たちも黙ってくれた。
元友人の話ではこういうことらしい。
友人の母親とののの母親、砂田は元々が学生時代につるんでいたグループメンバーで、当時からよくない噂のあるやつらだった。けれど学校を卒業と同時にマシな振りをしつつ男をひっかけ女をひっかけ、結婚にまでこぎつける。
元々遊び癖の抜けないお花畑な連中だった彼と彼女らは、旦那や奥さん以外に言い寄っては隠れて手を出していたらしく。やがて月日は経ち、いい加減旦那にも奥さんにも飽きてきたところで離婚と慰謝料を、って話になって盛り上がったんだと。
そこで目をつけたのが、一途すぎて、恋をしたら盲目な俺のかーさんだった。
なんとかして旦那とくっついているところを写真やら動画に納めて、大好きな旦那にこれを見せられたくなかったら口を合わせろ、的な脅しをしようとしたらしい。……砂田は、普通にかーさんの体が目的で俺に近づいたらしいが。
そういったクズな行動に、うちのクズの追い出し行動が重なってしまい、写真と動画は撮られてしまい、脅され、かーさんは一途に愛していたクズに嫌われることを恐れ、震えながら帰ってきた、と。
脅迫はあったけれど、砂田や友人や好きな人の親がかーさんを抱いた、なんてことはなかったらしい。かーさんは綺麗なままに愛を貫こうとしたけれど、あのクズがそんなことを信じる筈がない。
結局俺は。俺の家庭は、そんなくだらないことに巻き込まれるかたちで壊れ、俺は今日までそれらを信じて、腐って生きて来たというわけだ。
「すまない……! ごめん……! あの時お前を殴った瞬間から、後悔がずっと消えないんだ……! お前はなんにも悪くないって、殴る前から分かってたのに、お前にぶつけることしか出来なかった……!」
「………」
中学、なんて頃の出来事だ。自分を制御できるほうがすげぇだろ。
でも……でも。それなら、殴った瞬間でも後でもなんでも、話させてほしかった。悲しいと思えることがあるとすれば、それだけだ。
「許す許さないはどうでもいい。今さらどうこう言っても、俺達の家庭は戻ってこないし……あんなクズのために黙っちまったかーさんが受けた傷も、もうきっと治らない。過ぎた時間は戻らないし、あの歳だったから出来たことも、もう全部全部……こぼれちまってる」
「カズ……」
「噂で聞いたよ。ののと結婚するんだろ? ……おめでとさん。ののが笑顔になるのって、お前の横に居る時ばっかだったもんな。納得だよ」
「…………へ?」
「いや、へ? じゃないだろ。なんだよくだらない過去は忘れてめでたい話をしようって、方向変えたのに」
「いや………………俺べつにののと結婚しないぞ? てか、俺の隣で笑ってたのって、対面にお前が居たからだろーが」
「…………へ?」
「いや、へ? じゃないだろ」
「………」
「………」
沈黙。そして、土下座から立ち上がった友人と、そんな彼が立つのを手伝った俺は、正面向き合ってガッスィと両手で相手の両肩を掴み合った。俺とこいつの間での、正面切って正直に話し合う時の行動だ。
「よーしまずは謝罪だ。真心込めて、ごめんなさいでした!」
「昔に一発殴られたことくらい、さっきの土下座でチャラだバッキャロウ。それよりお前、噂の真相どうなんだよ」
「お前じゃねぇタクって呼べカズ。誤解はとっととぶち壊すぞ。ってかあの時もこれやってれば全部清算出来たかもだな、ほんとごめん」
「いーから。それよりののだ」
「それよりって……」
「だぁもういちいち傷つくなよ!」
「う、うるせー! 誤解だったって知って、俺の親がクズなだけだったって知って、俺がどれだけ後悔して泣いて親嫌いになったと思ってんだ! 母親はとっとと男作って連日家に帰ってこねぇし、俺を引き取った理由だって多少でも養育費が欲しかっただけだーとかぬかすし、あんたは勝手に成長してなさいよとか実の息子に面と向かって言いやがったんだぞあいつ! 不倫されたからっていくらなんでも男作んの早すぎだろって思って、バイトして買ったレコーダー仕掛けといてみれば、ののの母親と会ってたみてぇで全部暴露してやがったよ! それ聞いた時ほど、お前を殴った右手を恨んだ日はなかったよ!」
「タク……」
「……親父に会って、全部聞かせた。ののの父親とも連絡取ってもらって。でも……お前のとこの親父さんは、どれだけ聞かせようとしたって聞こうともしなかった。汚点のことについて話すことなどない、なんて門前払いだ」
ああうんさすがクズ。
「まあだからお前の親父さんはもう気にしないことにした。逆に親父やののの親父さんだよ。散々無実だ~って言ってたのに聞いて貰えず、決定的な証拠がないからってことで安い慰謝料で済んだとはいえ、払う必要のない金を払わされた上に不倫の疑いまでかけられたんだ、そりゃあもう怒り心頭でクズども地獄に叩き落としてきたよ。“結婚詐欺”の罪で」
「あー……そりゃそうなるよなぁ、ってもう決着ついてるのか!?」
「ああ。で、たぶん俺とののが結婚~なんて噂は、クズどもが親父たちに懲りず言い寄ってた時のことが流れただけだと思う。あなたとまた結婚すれば慰謝料なんて払わずに済むでしょ!? 捕まったりなんかしないわよね!? とか言い出して、挙句にうちの息子とののちゃんを結婚させるとかどうかしらとか言い出して、まあそこらへんだろうなぁたぶん」
「…………でも。お前はのののこと、好きだったよな?」
「いつの話をしてんだよ。俺ゃもう好きな相手も居るし、なんなら付き合ってるっつの。むしろののの方がやべーよ」
「やばいって?」
タクが言うには……中学の頃に母親に無理矢理連れて行かれようがどうしようが、俺の母親の所為で家庭崩壊した~なんて嘘を吹き込まれようが、「だとしてもカズくんは悪くない! お母さん言ってることおかしいよ!」と随分と反抗したらしい。
俺を殴ってから、逃げるように泣きながら走っていたタクは、偶然そうして喧嘩をしているのの親子を見て、なにかを感じてののの手を引き、一緒に逃げていろいろと話し合ったんだそうだ。
翌日には引っ越しってことになったから、長くは話せなかったそうだけど、クズどもの逃げた先はほぼ同じで、その引っ越し先でクズ親どもは二人仲良くゲラゲラ笑いながらいろいろ喋る上、タクが買ったレコーダーの証拠もあって、いろいろとブチギレたらしい。
親を破滅させよう、と提案してきたのもののだというんだから、恐ろしい。
ちなみに苗字の最後と名前の頭が“の”だからのの、なのであって、ののという名前ではない。親にまでののと呼ばれるあたり、愛情なんてあったのかどうなのか。
「住んでる場所が近くってこともあって、ENILとかで随分相談したんだけど、あいつの語ることのほぼ9割がお前のことなのな」
「なんで?」
なんで? え、なんで?
俺、そんな好かれてた記憶ないんだけど。
「普通さ、や、まあ、遠距離とかあんな別れがあれば、好きになった奴への気持ちなんて変わるもんだろうなぁとか思ってたよ。遠くの大切よりも、近くの好意っつの? けど親がクズだってことも、なによりあいつ自身の気持ちも手伝ってか、あいつずーっとお前のこと好きなの。俺なんかに入る余地ねーよ。ってか、なんならお前を殴ったことを後悔してる、なんて話をした途端に鼻っ柱ストレートに殴られて鼻から全開蛇口級に鼻血出て騒ぎにもなったくらい」
好きだった女子がパワフォゥ!
「でも自分だけじゃなにも出来ないからって許してもらって、クズどもが破滅する未来への協力者になったっつーわけ。ちなみに今の彼女はののに紹介してもらった。ヤンデレ入ってるけどめっちゃ一途に愛してくれて、俺も愛してる。あとののも多分にヤンデレ入ってると思うから、存分に注意してくれカズ」
なんか下腹部がヒュッてなった。
「ええっと……それで、今日、ののは?」
「告白独身男子どもをばったばったと切り払ってるところだろ。あ、ちなみにあいつ、俺の恋人の話だと酒豪レベルで酒に強いから、酔わせて襲うとか絶対無理だって太鼓判もらってる。安心しろ」
「ワァイなにを安心すればいいのかちょっと戸惑う俺が居る」
や、いいことだと思いますよ? 社会人ですもの、俺だって同窓会が浮気のきっかけになった、なんて話を聞かないわけじゃない。それにしたってそういう意味でタクが傍に居なかったのかーとか、結婚する話が出てたのにタクとののの署名が連なってなかったとはそういうことかーとか、まあいろいろと納得はしたんだけど……と、ここで視界の隅で人がざわりと動くのが見えた。
ちらりと見てみれば、かつての同級で、その頃から少々ガラの悪かったお調子者二人が、随分とまあ綺麗になった……のの、だよな? に言い寄っていた。
「なぁなぁ塚野さぁ、
「人と話をするのに他人の悪口からしか入れない人となんて歩きたくもないから無理」
「ひ……一息でなんてひどい!」
「そんなこと言わずに! なっ!? ほら、あんな不倫親の息子なんてやめてさぁ!」
「───……あぁ、あれ冤罪よ。本当のことも知らずに、結局噂でしか人を語れないなんて、本当にひどい人ね。むしろカズくんの一家は巻き込まれただけで、要らない罪で離散させられたの。そんな人を悪く言うなんて人、本当に無理。絶対に無理」
「へ? で、でも、あいつの所為で中学終盤の教室の空気が悪くなったのは事実だし……」
「へぇ? その空気が悪くなった原因は、あなたが聞いた噂をそのまま声高らかに言い触らしたからよね? ただの噂のままにしておけばよかったのに、マウントを取りたいなんていう子供みたいな理由で傷つけて、空気を悪くしたのはあなたたちよね?」
「あ……」
「う……」
「そんな人たちと普通に恋人になりたいか、一度自分で立場を変えて考えてみたら? 常に人を見下すための算段しか考えない人と、他人を笑いものにすることでしか話題も笑い話も振れない人。わたしはごめんだわ」
「なっ、なんだとぉっ!?」
「あら。図星? 心当たりもやましいところもないなら軽く流せばいいのに」
「っぐ! ……てめぇ塚野……! ちっと綺麗になったからって調子に乗りやがって……!」
「……はぁ。あーのーねぇ。わたしさっきから言っているわよね? わたしは、最初から、カズくんしか眼中にないし、あなたたちはもちろん、どんな男性の誘いにのるつもりもないの。調子に乗ってるのはどっちよ。社会人になってまでどこまで幼稚な絡み方してるの? というか……そもそも調子に乗っているのは当時の頃からあなたたち二人よね? なにに自信があるから人を見下しているのかは知らないけど、人に調子に乗っている、なんて言えた性格してないわよ、あなたたち」
「そーよ! 傍から聞いてて恥ずかしいったらないわ!」
「ってかなによその恰好、どこのチャラ男? 社会人になってまでその恰好はないわ~」
「っな! なんだよ! 俺らがどんな格好で来ようが勝手だろうが!」
「そのセンスで高校の時に保持くんに陰キャ陰キャ~とか言ってマウント取ってたの? さすがに引くわ~……」
「ほら見てみなよあっちの保持くん。すっごいオトナっぽくなっててさぁ。……で、なにアンタのそのカッコ」
「な、なにって」
「だははははは! そりゃ服装は自由とは言ったけどよぉ~、お前それ“ナンパしに来ました♪” “女を引っかける気満々です♪”って雰囲気モロダシすぎんだろ~!! ……いやうん、でも大人になってその恰好はねーヮ」
「お前らさぁ……同級でもう子供出来てるやつらも居るんだぞ……? 大人になれよ……」
「「うっ……うるっせぇーよ!!」」
派手ではあるけどガキっぽい、なんというか田舎者が精いっぱい流行りに乗ろうとしています、みたいな恰好の二人は、この場においてひどく浮いていた。個性もなにもあったものではなく、“遊びたいだけです”を前面に押し出したような格好だ。
そんな二人が他の同窓の連中とギャースカ言い合っている内に、ののはするりとその場から抜け───たあたりで俺を発見。ぱあっと表情を明るくさせて、まるでスタートの合図を頂いた瞬間の身体測定の瞬間のように、全力疾走を開始しt───なんで!?
「タク結合解除ののが来てるなんでか全力疾走で!!」
「マジでかうぉおおおあぁああっ!?」
区切って言う余裕もなく、俺はタクに状況を説明すると同時に掴んでいた肩を解放、真っ直ぐ突っ込んでくるののを迎えるべく重心をドンと落として構えてみるけど、そういえば俺がこれを受け止める理由ってどっかにあったっけ!? なんで俺受け止める前提で構えドゥウウウエッ!? 腰にっ! 腰にドッガァって衝撃が! かつてないほどの衝撃が腰に! ば、ばかものー! あれほどタックルは腰から下だと教えたであろうがー! 言ってなかったすまん!
なろうの方に取り残されて、下書きからも除外されてたのを変換して持ってきました。
あれ? そういえば……こういう内容のなにか、書いてなかったっけ? とDEENのティーンエイジドリームを思い出して脳内で歌ってたら思い出しました。