凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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 ウォリジナァールゥー!
 過去、とあるラーメン屋でラーメンを頼むと、そんな声とともにオリジナルラーメンが通った。
 また食べたいなぁ……美味しい場所ほど立地条件悪いところに建ててるから、すぐ潰れてしまうんだよなぁ……。


世の中はクソである。

 世の中はクソである。

 もう何人もの先人達や後人達が思い知らされていることだろうが、世の中はクソだ。

 クソゲーだーとかゲームの所為にはしない。だってリアルだもの、クソリアルだ。ゲームはいいだろ、人を不快にさせるもの以外は。

 嘘告白とかは真実クソゲーだと断言できる。イジメに携わるものの全てはクソであると言えるだろう。なんでそんなゲームを思い付いたんだ、と初めてそれを提案したやつの正気を疑う。知ってる? 人の心を抉るような遊びを思い付くのって、いっつも自分を陽キャだカーストトップだと信じてるDQNどもなんだよ? 滅びればいいのにね、他者を見下すことでしか自分が優秀だ~とか思えない人なんて。

 や、まあそれ以前に努力もせずに、“努力をしているから優秀な奴”へ愚痴をこぼす奴らは真実、カースト、なんてものを無視しても底辺だって断言できる。やれる努力があって、伸ばすことで見返すことのできるなにかがあるなら、それをやってから愚痴れよって話だ。なんもせずにぶちぶち言うだけなのは、そりゃ底辺だろ。努力をし尽くしてもなんにもならないなら、そりゃしょうがない。その時は愚痴ろう。

 ただ……うん。努力の方向性とか自分に合わないものの努力は辛いだけだからなぁ。ほんと、自分に合うなにかが自分で理解することが出来たら、どれほど助かるだろうなぁ。

 けどまあ、現実はクソゲーだ、って言葉も頷けるような場面は結構あったりするのだ。だって普通ないだろこんなの。どこのギャルゲーだよ。

 

「おはよートモくん」

「うん、おはよう夏希」

 

 声をかけられ返事をしたのは俺じゃない。俺の隣を歩く、柏木智樹(かしわぎともき)だ。

 神に何ブツもの恩恵を齎された、現代における異世界転移勇者みたいな幼馴染イケメン野郎。

 ……さて。イケメン、という言葉はイケてるメンズ、ということを指す言葉だが、どうにも主に顔がイケてる、という意味で使われがち。しかしこいつは本気で様々がイケてるから、イケメンって言葉に少しの嘘も混ざらない。俺に対する在り方だけがちっともイケてねぇのが玉に瑕……いや、これ違うか。玉に瑕、というのは『完璧っぽいけど少し欠点がある』って意味だ。こいつの欠点が少しだって? はは、巻き込まれる側としちゃあ少しどころじゃない。それで言うなら俺はこいつが嫌いだ。ただ俺がこいつに、俺はお前が嫌いだと言うことはない。耳鼻咽喉科に行けとは常に言って聞かせたいが。

 なんでこんなヤツの幼馴染になっちまったんだか……ていうかなんでこいつも俺と関わろうとするんだよ、ほっといてくんねぇかなぁ。

 いや、女性にモテるから羨ましいとか妬ましいなんて感情は一切ない。こいつがイケメンだろうが頭がよかろうがどうしようが俺にはこれっぽっちも関係ないことだからだ。

 だって持って生まれたものだってそいつのステータスだろ? 俺がどれだけザ・平凡で生まれようと、他の奴らにゃ関係ねーのと同じだ。

 だがだ。

 

「………」

 

 じとぉと半眼でこちらを睨んでくる相川夏希。こいつも一応幼馴染の部類に入るんだろうが、露骨に智樹が好きすぎて、俺を邪魔者扱いしてくる。

 ツリ目ポニーテールの、強き幼馴染系女子。通称クソアマである。俺とアキラ……友人にしか通用しない通称だが。

 

「なんだよ」

「あ、三森居たんだ」

「………」

 

 な? クソだろ? 声をかけた自分をこれほど後悔する時なんてそうそうねーよ。

 三森哲太。俺の名前だ。テッタとかテツとか呼ばれてるが、こいつは意地でも三森で通す。これで幼馴染って、好感度低すぎだろ。や、べつに幼馴染に対して大それた期待なんざしてないし、そもそもこいつらとの付き合いがあればそんな幻想も消し飛ぶ。

 朝目が覚めれば登校時には智樹が家の前で待っていて、早く行かなきゃ母さんからどやされる。

 朝っぱらから見たくもねぇ幼馴染と並んでガッコ向かって、その途中でこのクソアマが合流してきて、いちいち腹の立つ挨拶をよこしやがる。

 いたんだ、なんて言うならもう空気でいい。舌打ちはしない。俺がされて心底腹が立つと実感できる行為だからだ。

 

「智樹、俺先行くわ」

「え、なんで? せっかく幼馴染が揃ったんだし、一緒に───」

「……お前さ、もうちょい空気読め。読んでくれ。頼む」

「は? なにいきなりキレてんの? トモくんに当たるとかサイテー」

 

 ……やっぱ嘘だ。持って産まれてても腹が立つもんは腹が立つ。

 けど、まだだ。まだ耐えられる。

 べつにさ、こいつが……智樹が実は超絶腹黒で、裏で糸引いて俺をイジメぬいてるとかだったらまだ楽なんだけどな。こいつの性格昔からだし、鈍感系ハーレム主人公とか素で居たらキモいって思ってたけど、実際に隣を歩かれるともう“動く地雷”だ。

 

「あーそーかい。サイテー野郎が居なくなりゃあセーセーするだろ? ちったぁ人の立場になってモノ考えてみろよクソが」

「はっ……!? はぁっ!?」

「人のこと居ないモンと考えて、声かけりゃあ“居たんだ”? よく言えるよな。んで居なくなろうとすりゃあそうやって人のこと貶して。お前さ、こんなことをちっせぇ頃からずっと続けられて、一緒に居たいって思えるのか? お前正気か? 俺は正気だ。だから先に行く。他の誰がどう言おうと、人のことを居ないモン扱いしたお前が言うな。幼馴染だとかご近所さんだとかそんなん抜きで、普通に人として言うぞ? 最低はお前だ、いっぺんこれまでの俺への態度考えてから口開けよ。考えた上で同じこと言える上にこっちに苛立ちぶつけられるんなら、お前なんざクズで十分だよ」

「クッ!? ク、ズ……ですって……!? ~っ……!!」

「哲太、そんな言い方っ……!」

「へ? ───っ……ぷっは! はっはっは、おいおい頭大丈夫か耳大丈夫か理解力大丈夫か幼馴染よぉ! それ、こいつが俺に吐いた言葉の全てにおいて言ってほしかったわ……!! なにお前、女限定で難聴にでもなるの? あぁなるよな、なってるわ、なってるから今こんな状況なんだもんなぁ! あーあーそりゃめでてーハーレム主人公サマであらせられますねぇ! ……~……ふぅ~ぅぅぅぅぅぅ……!!」

 

 呼吸で怒りをなんとか抑え、いろいろと限界が来そうな自分を抑え込むと、歩く速度を速めてさっさと前を行く。後ろから何を言われたって知ったことじゃない。言いたいことを言えてすっきり? 冗談じゃない、こんなんじゃこれっぽっちも足りやしない。

 一緒にいれば嫌そうな顔をするくせに、智樹の手前、待ちなさいよとか薄情者とか好き勝手言ってくれる。

 けどまあ……まだなんだよな。はぁ。

 

……。

 

 さっさと歩き抜いて教室に辿り着くと、自分の席に座って深く深く溜め息を吐いた。

 すると、前の席に座るがっしり体格のスポーツ刈り友人、田場(でんじょう)アキラが楽し気に声をかけてくる。

 

「よっ、おつかれさん。今日もまたか?」

「今日もまただよ……なぁアキラ……人生変わってくんねぇ?」

「やだよ、胃が死ぬ。どんくらいのレベルで胃が死ぬかっつーと、鬼レベルで死ぬ。ていうか女だろうが顔面殴り抜いてるわ」

「同感……俺の今の夢はね、死ぬ前にあのクソアマの顔面殴って殴って殴りぬいて、いっぺん謝らせてから自分の頸動脈切ってあいつを血まみれにして眼前で死に腐っていくことだわ」

「怖ぇえよ。てかそんだけストレス溜めててよく生きていられるわ。なんつーかこう……鬼メンタル?」

「まだ、って程度だよ。そろそろ頸動脈切るのに躊躇無くなりそうだから。ていうかまだマシな方だろ俺。イジメとか恐喝が無いだけまだマシだって」

「笑えねぇってそれ」

 

 けだるそうに話してはいるけれど、俺の今の夢はマジでそれだ。

 もう、あいつブン殴れるんだったらその後の人生どうでもいいわ。だって死ぬし。あいつに血ィ浴びせながら。

 怯えるあのクソの顔面にサッカーボールキックプレゼントしたい。

 コレクションが増える一方だ。最初は自衛程度の行動だったのに、スマホの録音機能の中身はもうアイツからの誹謗中傷だらけになっている。

 まあ、あいつだけってわけでもないんだが。

 

「ていうかなに、鬼メンタルって」

「最近じゃ聞かなくなったけどさ、昔よくあったじゃん? なんかしらのレベルを鬼で例えるの」

「あー……鬼強ぇとか鬼怖ぇとかか、あったなー……」

「昨日の夜、部屋ン中掃除してたらアルバム見っけてなー? あ。見つけたのねーちゃんな? なんか急に自分の周りを綺麗にしたくなったー、とかで。ありゃあ……あれだな、ラブに生きるフェイスだ」

「どんなフェイスだよ。ていうかどっからの変化球でアルバムがどーたらな話になるんだ?」

「そら、ねーちゃんが“そういえば~”って、鬼の例えのこととか言い出したから」

「なるほど繋がる」

「なるほど繋がる」

 

 にししと笑いながらもゴッツと拳を合わせた。漫才みたいなもんだ。

 そこから「しっかし」と続けるアキラ。

 

「現実で鈍感ハーレム主人公を見る日が来るとは思ってもみなかったなぁ……中学時代」

「だよなぁアキラぁ……」

「あんま腐るなよ? 帰りミラドリ(ミラクルエナジードリンク)奢ってやっから」

「セカンドゴロバーでいーよ」

 

 (*セカンドゴロバー。ホームランバーより安い、四角い一口アイスである)

 

「安上がりだな」

「好みの問題だって」

 

 などとストレスを少しでも忘れようと努力していると、こちらへやってくる女子ひとり。

 

「……来たよ」

「来たなぁ……」

 

 波多野こずえ。学級委員長さん。智樹に惚れている。

 むしろこのクラスの女子の大半があいつに惚れてるんじゃないかね。知らんけど。

 

「三森くん。おはようございます」

「おはよ智樹なら幼馴染と一緒だから遅くなるぞごくろーさん」

「なっ……」

 

 聞きたい情報をさっさと渡して机に突っ伏す。もう話しかけんなオーラを放ちつつ。

 

「っははー、ごぉめんなーいいんちょ。こいつ今疲れてるから。てか、幼馴染だからって相手のことなんでも知ってるわけじゃないんだから、知りたいことあるなら自分で調べような、いいんちょ」

「だ、だから自分で調べるために、こうして……」

「テツから話せることなんてないだろ、つーかもう全部聞いたんじゃない? 今朝の柏木がどうしてるのか、だったら来てから訊きゃいいじゃん」

「…………だって」

「……てかさぁ、柏木のこと好きならまず柏木にアタックしない? 正直ハタから見てても笑えないからさ。お前らテツから情報絞るだけ絞っておいて、じゃあテツになにくれんの? 前の時も訊くだけ訊いておいて、“そ、ありがと”だけだったろ」

「お礼は言ったわ」

「いいんちょは自分が欲しい情報を手に入れて、テツはお礼を手に入れた~って? テツが喜んでるように見えたんだ、へー」

「~……っ」

 

 アキラがコメカミと口角をヒクつかせながら委員長を睨む。

 ほんと、世の中クソだものなぁ。

 

「あのさ、委員長」

「な……なによ」

 

 突っ伏していた体を起こして、委員長の目をちゃんと見る。

 

「俺さ、あいつらの幼馴染、やめたいくらいあいつらのこと嫌いなんだわ。だから知りたければ自分で突撃してくれない?」

「嫌いって。あんなにいい人を? 三森くん、あなた見る目がないのね」

 

 はい出ました、智樹の周囲の女ども奥義:悪く言えばそいつの見る目がおかしい。

 

「それでいいよ。俺がそうだとして、委員長は聞く耳をもたないよね」

「聞いているじゃない、こうして」

「自分に都合のいい解釈で受け取ってるだけだろ。それ、聞いてるって言わねぇよ」

「っ……」

 

 苛立ちが声に混ざると、委員長がびくんと肩を揺らした。そのまま視線を泳がせると、溜め息を吐くのと一緒に自分の席へと戻っていく。

 

「はーぁ、だっせぇの。俺はテツから証拠の音声まで聞いてるから、あれを毎日ってお前ほんと勇者だわって思えるけど、こうして見ると勘違いしてる人間ってほんとダッセェな。てか誤解とはいえ、あいつらを嫌いとか言って“見る目がない”なんて言われたらガンスト(*)だけどなぁ」(*顔面ストレートの略)

「委員長相手だけで? 今ならクラス女子大半と他のクラス女子と妹と生徒会長と先輩と後輩と先生とどこぞのお姉さんがついてくるぞ」

「すまん、ごめん、やめてくれ、俺なら当日に自殺選べる」

「妹がさぁ……毎日俺と智樹を比較してぶつくさ言ってくるんだぜぇ……? 毎日毎日、誰がテメェの夕飯作ってると思ってんだよ……」

「テツさぁ」

「んー?」

「よく殴らないよな」

「殴るのは自殺すると決めた日って決めたからなぁ」

「もう冗談に聞こえないからおっかねぇわ」

 

 アキラとの会話はもうほんと癒しだ。

 智樹の所為で俺の交友関係はほぼほぼ死んでる。俺がある日に智樹の無自覚自分勝手を吐き出してしまったのが原因だ。“あいつはいい奴だ”と疑わない奴らは、そうしてみぃんな俺を哀れな男扱いしてきたわけで。そんな中で、ちゃんと俺って存在を認識してつるんでくれるのはこいつくらいなもんだ。

 なんで他の男子まで遠巻きにするのかって言えば……なんとなくわかるだろ? モノスゲーイケメンが居ます。無自覚に俺に負担をかける以外で言えば、性格もいいです。女子連中は校内校外問わずに彼に夢中です。

 

「世の女達はイケメンイケメンって言うけどさ。イケメンって、イケテルメンズって意味で、顔がカッコイイって意味じゃないらしーぞ」

「はいここでアキラに質問。女性的にまず男子のチャームポイントになるっていったら?」

「顔面偏差値」

「つまり顔がイケてなけりゃそもそもイケてるメンズもなにもねーってことだよ」

「……ちくしょう、だったらイケフェイに変えろよ、なにがイケてるメンズだよ、顔がブサくても性格がイケてる男子に対してイケメンって呼ぶ女が居るなら見てみてーよ」

 

 考えてみよう。男子どもの意中の女性がみぃんなあいつに夢中だったら? 告白してみようと決意したら相手から急に声をかけられて、心ん中で“ヤッター! ヤッタ……ヤッタァヨー!”って喜んでたら、“同じクラスに智樹くんってイケメン居るでしょ!? 紹介して!?”なんて言われてみろ、死ねるよ?

 そんなわけで、そんなクソモテ野郎が幼馴染で、距離取りたいのにやたらと絡もうとしてくるイケメンが居る俺は、他の男子からとっても距離を置かれているわけだ。一緒に居ると、言った通り幼馴染が絡んできます。するとそいつ目当てで自分が好きだった女子が寄ってきます。至近距離で自分じゃないイケメンにお熱な意中の人物を見る羽目になります。ほら、一緒に居たくもないだろ、そんな男子。だから、俺の友達はアキラしか居ない。女子から? そりゃお前───

 

「どっかにやさしくて家庭的で俺を好きでいてくれる女の子いねーかなー……」

「居たとして、ちょろっとあいつにやさしくされたら裏切りそうで怖い」

「経験者は語るだから笑えねーよそれ」

「いや、俺の場合は全員最初からあいつ目当てですり寄ってきたヤツばっかだから、どーでもいいかなぁ。まぁ、家庭的でやさしいってのは頷きたい」

「おおう……あー……しっかしそうか、アキラの好みは家庭的でやさしい子か」

「前提条件だろ。や、別に家庭的スキルはあとで身に付けてくれたっていいんだ。俺自身、母親も妹も苦手だから、自分のことは自分でやるようになったし。だから重要なのは、俺を好きでいてくれるってことで。そしたら俺も全然、好きで居続ける努力を惜しまない」

「相手がお前を好きであること前提なんだな」

「じゃなきゃ全部あいつに向かってるだろ、好意とか」

「言えてる」

 

 ───言うまでもない、距離詰められてるよ。イケメンの情報をよこせってのが主な依頼で死にたくなるが。

 そんで、最初のうちは『本人の知らんところで個人情報とか勝手に話せることなんてないから』って断ってると、『いいから教えなさいよこの冴えないモブがぁ!』とばかりに段々とこちらに悪口を言ってくるわけだ。で、言い返せば女子全員から目の仇にされて、もう鬱陶しいからって当たり障りのない智樹の話をしてみれば、相川のヤツが俺を貶してくるわけだ。それが女子のグループごとに何度もあるの。

 グループ毎に同じ質問何度もされて、その度に貶されて睨まれて。終わったと思ったらよそのクラスからも女子が来る。ね? ひっでぇでしょ? 頼むからお前らで勝手に情報共有しててくれよ……なんで同じこと何度も訊かれなきゃならないんだよ。俺の自由時間をなんだと思ってんだ。

 そんなことを考えていたら、鈍感ハーレム野郎、略してドハロウがクソアマを伴って教室へ入ってきた。

 

「うわぁ……来たよ」

「来るな……来るな来るな来るな、ええいもう来るなっつってんだよタコスケ……!」

 

 到着する前に呪詛を飛ばしてみても効果はなかった。

 智樹はこちらへ真っ直ぐやってきて、俺の席の横に立って腰に手を当てる。

 

「ひどいじゃないか哲太、本当に置いていくなんて」

 

 どこかぷんすか風に怒る様子に、溜め息しか出ない。そして、そんな智樹の後ろで俺を睨むクソアマ。

 

「……俺の中でガンスト30発」

「あ、負けた。俺10発だったわ」

「やさしいなぁアキラ……」

「その代わり、一発ずつが渾身のイメージだったぜ?」

「ナイス」

「だろ?」

 

 アキラは見ての通り結構がっしりした体格だ。その彼が渾身のイメージ。なるほど。

 

「? なに? ガンストって」

「なんでもね~よ。後ろでお姫さんが退屈してるから、俺達のことは気にしないで構ってやれって」

「はぁ!? ちょっ……なにいきなりっ……!」

「あ、ごめんね夏希、男三人の会話に入るのって難しいよね」

「あ、う、ううん? べつに待てるから……!」

 

 だったら後ろじゃなくて自分の席で笑顔で待ってろタコ。人に要らんストレスかけてんじゃねぇよタコ。ほんとなんなんだよお前タコ。睨むなよタコ。ちょっ……タコ。睨むなってのタコ! こっ……タコ! タッ……タコ! もうほんとタコ! お前タコおまっ……タコー!

 つくづく思うけど、他人の恋路を生で見て楽しいとか思ってるやつらってどうかしてるんじゃねぇかね、こんなん見ててなにが楽しいんだ? 物語とかならまだ分かるけど、実際の他人の恋路って相当面倒で危ういもんだ。

 なにより他人を利用して自分が幸福になろうとするやつらの恋路は本当に厄介だ。散々っぱら人に迷惑かけておいて、見返りがこれっぽっちもないのだ。たとえば俺を利用して誰かが幸せを掴んだとして、他の幸せになれなかったやつらはどうすると思う?

 そう、俺に当たるのだ。

 やり場のない激情を、俺にぶつける。実際にガキの頃、俺を介して智樹と仲良くなれた、なんて吹聴しやがったヤツが居て、そいつの所為で俺は、顔をちゃんと見るのも初めてな他所のクラスの女子に激怒されたことがある。なんだそりゃって話だ。はっきり言うと『知らんわタコが』だ。

 などと思う俺は、こんなタコが絡まない恋愛物語で心を癒したりしている。俺が知らないだけで、人の恋ってもっときれいな筈だ……! なんて、他人の体験談を探したのが切っ掛けだった。……まあ結論から言うと、恋愛ってドス黒い体験談ばっかだったけど。はは……。だからたまぁに見る美しいお話とか大好物です。幼馴染に裏切られたなんて話を見るたび、“キッサマ逝きゃああァァァァ!?”とばかりに幼馴染に憤怒と憎悪を抱くわけだが。

 

「じゃあごめんだけど、哲太、また今度話そう」

「いーからお前はしっかりと、話しかけてくる女子に対応してやれ。むしろ俺のことは忘れてくれ。頼む」

「───」

「そういうわけにはいかないよ。ていうかどうしてそんなことを言うの?」

「お前に寄ってくる女どもの応対で、俺の時間が悉く殺されてるからだよ。人への迷惑も考えられねぇやつが誰かに恋して将来的には幸せにしますーとかどれほどアホだよほんと。あーあと」

 

 お前の後ろでクソアマがこっち睨んでるからだよ。

 っつーわけで激写。

 

「わっ!? ちょ、哲太? 急に写真なんか撮ってどうしたの」

「いんや、お前の後ろにスゲー形相の女性の生霊が見えたもんだから」

「ああ俺も見た。スゲー形相だった。柏木、お前、俺ら男に構ってる場合じゃねぇって、もっと声かけてくる女子にやさしく熱心に接してやれ」

「そ、そんなっ、僕の後ろっ!? ……夏希しか居ないけど」

「「ぶっはっ……!!」」

 

 オーガが誕生しそうだった瞬間、振り向いた智樹を前にしてオーガ覚醒は取り繕われた。

 お陰で物凄い百面相とはいかない二面相をアキラと目の当たりにした所為で、笑いをこらえるのが大変だ。

 まだ死ぬわけにはいかない理由には、こんな軽い笑みがたまにはあるからだ。

 ていうか幼馴染どもや、こいつに惚れてる女どもが俺に関わらないっていうなら、もうほんと楽しんで生きられる自信が滅茶苦茶にある。

 首を傾げながら自分の席へ戻っていく智樹と、そのあとを追いながらこちらを睨む幼馴染を見送り(睨んできた瞬間に写真を撮るのも忘れない)、俺とアキラは笑った。最初はね、これ続けてれば睨むのやめるかなーとか思ったんだ。ああうん、やっぱり今回もだめだったよとばかりに一層睨んできたし、消しなさいよと言うこともなく睨んでくるから逆に怖い。なんなのあの執念。怖い。

 「しっかしあれやべーな……本当に同じ人間? 何喰って成長すりゃああんな腹黒オーガに成長すんの?」と溜め息を吐くアキラに、「あれだろ、鬼って言えば人食いだし、“人を食ったような性格”ってやつ」「うーわすっげぇ納得」などと言って素直に「ほんとな」と頷くのだった。

 

……。

 

 昼になるとアキラと一緒に最速で行動する。

 弁当は持っている。自分で作ったものだ。

 それを手に、振り向いたアキラとアイコンタクトを済ませてダッシュ。

 

「あっ、哲太何処行くの? 僕も───」

「お前はここで女子とメシ! 俺達ゃ急用だ!」

「急げテツ! もうヤバいくらい時間ロスしてる!」

「応!」

 

 そして逃げる。俺にこのクラスは居心地が悪い。

 何処ならいいのかって話だが、それを見つけるのが……俺がまずアキラとする昼食の儀だ。

 

「あ、センパーイ! 三森センパーイ!」

 

 言ってる内にヤツが来た。走ってる俺達に綽々(しゃくしゃく)で追いついてくる後輩。

 ショートカットの元気印系後輩だが……ヤツのハーレム女子だ。なお胸は無い模様。そんな後輩が余裕で俺達に追い付いて、腕を掴んで止めにかかってきた。しかも軽く引っ張るどころではなく強引に止められる。グワーッ! 麻痺毒! リクジョーブ=サンツヨイ! 離せ陸上部!

 

「先輩お昼ですか!? ですよね! 相談乗ってくださいよー!」

「智樹なら教室だ」

「二年の教室にアタシ一人とか空気死にますって! ね、戻りましょうよー! 戻ってアタシの相談乗ってください!」

「嫌だ。じゃあな」

「屋上ですか!? ご一緒してもいいですか!?」

「だめだ」

「いいじゃないですかアタシこれから購買なんでパン買ってきたら一緒しましょう! で相談乗ってください!」

「嫌だっつってんだろもう智樹関連で俺に話しかけんな」

「───なんですかそれ! 相談乗ってくれるくらいいいじゃないですか!」

「あーあはいはいはいー、二人とも落ち着けってぇ。橋本もさぁ、嫌だって言ってるのに無理矢理迫ってくんなって。お前そんな根性あるなら二年の教室くらい突撃出来んだろー?」

「でも!」

「じゃあひとつ。テツは幼馴染たちと縁を切りたいって思ってる。お前そんな事実聞かされて、テツにこれからも相談したいって思える? ど~せ柏木の情報が無けりゃ、話したくもないとかだろ?」

「そ……そんなんじゃ」

 

 あからさまに視線が彷徨う。はい、実にクソですね。

 お前らは情報を得られてホクホク、俺は自分の時間を強引に削られて、あいつのことを少しでも悪く言えばぐちぐち言われ、他の女子関連のことを口にすればぐちぐち。ろくなことがない。それを女子の数だけ、グループの数だけ。言ってしまえば妹にも母にも“今日の智樹”を訊かれる。で、言わなければぶつぶつ言われ、言えば比較されて貶されるってアホでしょ?

 こんなことが昔っからだ。喜べって? 冗談だろ? とか思ってたら、後輩とは反対側の廊下から歩いてくる姿。

 女子なのにカッコイイと称される、生徒会長サマだ。よくありそうな王子様ヘアーを揺らし、堂々と歩いてきては口を開く。

 

「やあ、ここで会えるとは幸運d───」

「智樹なら教室なので俺に構ってる暇があったらさっさと教室行ってください」

 

 むしろ好きならさっさと告白でもして状況落ち着かせてくれよいい加減鬱陶しいんだよクソが。

 

「───……きみは相変わらずつっけんどんだね。違うよ、今日はきみに話があるんだ」

「幼馴染関連の話じゃなけりゃあ聞きます。てかつっけんどんって。人から散々欲しい情報搾り出しておいて、用が済んだらハイさよならを周囲から何回もやられてりゃそうなりますよ。なりません? っははー、正気じゃねぇや、俺には無理です。ねぇ、あんたらの所為で俺の時間がどれほど削られてるか知ってます? 考えたことあります? ないですよね? あったらこの後輩剥がすの手伝って俺を逃がすくらい、一度だってあってもいい筈ですし」

「………」

「いや……あからさまにも程があるでしょ先輩さぁ……」

 

 アキラも呆れるこのクソっぷり。

 これが家に帰ってもあるんだ、俺のプライベートとかちったぁ考えてくれよ本当に……。

 そして智樹ラブ勢が集まると、大体睨み合いや言い合いが始まる。

 後輩・橋本葵と、先輩・本橋茜は仲が悪い。本橋と橋本で、“あおい”と“あかね”。青と赤をその名に秘めた、真逆の性格の二人が睨み合った瞬間、俺とアキラのアイコンタクトは完了し、走り出していた。

 

「「あっ!?」」

「好きならさっさと告白でもしてくれ! 俺を巻き込むな! 迷惑だ! 迷惑なんだよ! 迷惑だっつってんだろ!!」

 

 言い捨てて走り去る。

 本当に、どういう思考回路してるんだろう。

 恋愛ってのはもっと綺麗なもんだと思っていた。そんな時期はあっという間に腐って朽ちたが。

 

……。

 

 中庭の、陽の当たる温かな場所で弁当をつつく。

 おお、今日もウマイ。ストレスを料理制作にぶつけるなんて、お前乙女かよとかアキラに笑われたが、美味しいものを食べればストレスは減る。これも自衛にてござ候。なので料理作りは生命線。俺の心を癒してくれる。

 

「ほれ、自作の黄金からあげ。食ってみ」

「ほほう。では、試して進ぜよう。ん、む……うおウマイ!」

「うまい!」

「うまい!」

「うまい!!」

 

 そんな美味さ加減に舌鼓を打ちつつアキラと話していると、ふと差し込む陰。

 見上げれば、眼鏡をかけたおっとりした顔。教師の白瀬このみが居た。

 

「こんにちは~」

「うまい!」

「うまい!」

「いえあの、そうじゃなくて……」

「あ、このみちゃん」

「このみ先生ですっ! もうっ……ていうか白瀬先生です! そんな気安く名前を呼んじゃだめですよ!」

「白瀬先生、智樹なら一緒じゃありませんし来る予定もありません」

「ふえっ……あ、う、うん、そうなんですね……」

 

 おっとりおどおど系の、教育実習の人がそのまま教師になった、みたいなこの人は……智樹が好きだ。ほんとどんだけ女落とせば気が済むんだろうかねあいつ。

 まあストレスかけてこなけりゃどうでもいいので、メシを食いつつ談笑。

 

「そィでさー」

「うはははは!」

「あ……あのー、三森くん?」

「え? なんです?」

「その、さっ……最近、悩んでいることとか、ない? 先生、相談に乗ることくらい───」

「幼馴染どもと縁を切りたいです。どうすればいいですか?」

「え、縁を。はぁ、縁を───縁を切るっ!? どどどうしてっ! あんなに素敵な幼馴染さんとっ!」

「はいそれ。おたくら幼馴染信仰民たちが、幼馴染が絶対正義であること前提で、こっちが望んでもないのに絡んでくるからです。あのね、あいつらがどれだけどこで善行をしようがどうしようが、俺には関係ないんですよ。俺があいつらの所為で迷惑してるって言ったって先生信じないでしょ? 信じます? 信じませんよね?」

「このみちゃんもさぁ、少しは盲目状態から立ち直った方がいいよ? あいつらが俺らに対してと先生に対してじゃどれだけ態度違うかとか、考えたこともねーでしょ」

「田場くん? お友達を悪く言うのは、めっ、ですよ?」

「人の話てんで聞いてねぇなこの人」

「ここまで来ると盲目も一種の幸福感情なのかもなー……アキラ、からあげもう一個食う?」

「おっ、テンキュウ!」

 

 話しても無駄なので食事を再開した。

 センセは「先生の話を聞きなさーい!」とぷりぷり怒っていたが、こっちの話を聞いてくれない人と話すのがどれほど面倒なのか、この人は知らんのだろうか。

 

「俺の今の幸福感情は、このからあげで補充されたぜっ!」

「じゃああーんしてやる。ほれアキラ、あーん」

「やめろ! 幸福が裸足で駆けてく! サザエ・ショックは日曜休みの時だけで十分だ! そういうのは恋人にやってもらえるからいいんだよ!」

「じゃあ裸足で駆けてく幸福に履き物を進呈しよう。ほら、キャベツ」

「サンダルレベルじゃねーか! つまづいてコケるわ!」

「じゃあタルタルソースで。履き物レベルはいかほどで?」

「エルメスの靴だな」

「その心は?」

「食事が進む」

 

 テッシーンとハイタッチが決まった。

 ちなみにエルメスの靴は、装備すると行動が早くなる。なんでか知らんけど。きっと足つぼマッサージとかのお陰だ。まあ足ツボサンダルとかって、履いて走るとめっちゃくちゃ痛いけど。

 

「うう……生徒が先生のこと無視します……」

「先生も生徒の話、聞いてくれませんけどね」

「そ、そんなことありませんよっ!? 先生はとっても心配しています!」

「幼馴染にすっげぇ迷惑してるって言ってんのに聞いてくれないじゃないですか」

「で、ですから! それは受け取り方と認識の相違というものです!」

「あ、じゃあこの録音聞いてください。はいイヤホン」

「え? ろ、録音って……先生にいったいなにを聞かせるつもりで───」

「おかしなもんじゃないからいいから聞いてください。聞く気が無いならそもそも俺に関わらないでください」

「…………?」

 

 戸惑いつつも、イヤホンを受け取り耳につけるセンセ。

 そうしてから再生ボタンを押すと、少ししてずぅうううん……と暗くなっていく。

 

「あのですね、見ているものすべてが綺麗に見えるなんて色眼鏡世界はそりゃあ綺麗なんでしょうけど、その所為で苦労してる人のことも少しでいいんで考えてください。具体的には俺に幼馴染関連で話しかけないでください」

「……これ、幼馴染の女の子の……相川さんがひどいことを言っているだけですよね? 柏木くんはべつに、三森くんと仲良くしたいだけなんじゃ───」

「fufu……話を聞いてくれません。たすけてアキラ、この人話が通じないし音声案内ガイダンスも無視して罵倒観音になるレベルの人だ……」

 

 軽く絶望。そりゃね、考えなかったわけじゃないよ? けどさ、んーなもん幼馴染ずっと続けてる俺に、赤の他人が言える言葉だと思う?

 どういうレベルで今まで巻き込まれてきたと思ってんの? ……ああ、それを一から教えてやればいいのか。まあ都合のいい綺麗な部分しか受け取らないだろうけど。

 というわけで話しました。

 すると───

 

「だから、それは柏木くんが悪いわけではないでしょう!」

 

 なんということでしょう。

 あんなに話を聞かなかった先生が、さらに話を聞かなくなってしまいました。

 

「たすけてアキラ、メシマズ状態になってしまった」

「白瀬先生ほんとマジ話聞いて……俺、横で聞いてるだけでも胸が痛すぎる……!」

「だからっ! 先生はきちんと話を聞いてますっ!」

「あの……センセ? 俺、智樹にはきちんと話したって言ったよね? 周囲のお前のこと好きすぎる連中が俺を睨んでくるし相談に乗れって強引に迫ってくるし、センセみたいにこうしてメシの時間を潰してくるから距離を置かせてくれって」

「聞きましたよ? ええ聞きました。……えっ!? 私も!?」

「聞いてねぇじゃねぇか先生この野郎」

「耳を疑っただけです! 先生はきちんと聞いてます! もう!」

 

 “もう”じゃないが。なんならこっちのセリフだ。もう!

 

「その上で“あははは、哲太は大げさだし嘘つきだね。僕がモテるわけないじゃないか”って言って、離れさせてくれないんだ。あのですね、あいつの所為で女性関連に巻き込まれて、自分の時間潰されて、勉強出来なきゃ先生にぶつくさ言われて、勉強しようとすれば妹に“今日のともき”を急かされて、言いたくないって言えば舌ウチされて。あのですね、ほんと話聞いてます? 俺は、迷惑してるって、言ってるんですよ?」

「もちろん聞いてます。柏木くんは本当にお友達思いですねっ」

「アキラ、ガンストしてから自殺していい?」

「すまん、俺も正直殺意が湧いたが今は耐えよう」

 

 アカン。なんていうか……アカン。なに言っても智樹側に都合のいいように返事しやがる。タスケテ。

 もっと体鍛えなきゃ。素晴らしきガンストのために、もっともっと……!

 気が晴れる想いより罪悪感が勝るようじゃあまだまだ死ねない。俺は、俺の人生に悔いの無いよう自殺したい。や、どうあっても悔い残りまくりそうだけど。

 

「メシ食うべ」

「んだ」

「? 三森くん? まだお話は───」

「もの食ってる時に話かけないでくださいマナー違反ですよこのみちゃん」

「話しかけてくるっていうならこっちの話もきちんと聞く準備をしてから話しかけてください迷惑です」

「おお一息」

「フフフ、昔波紋の呼吸法に憧れて肺活量を鍛えた成果さ」

「テツって大抵のこと出来るよな」

「幼馴染から離れたくて尽力した結果だ。転校したいって訴えて、テストでいい点とれば、運動で活躍出来れば、好成績を残せば、なんて努力した結果、全部却下された」

「すまん、マジで同情する」

「三森くんは成績はいいのに人付き合いがダメです。もっときちんとお友達も、幼馴染も大事にしなくちゃいけませんよ?」

「……すげぇ、今の言葉相川に聞かせてやりてぇ。アキラ、どうなると思う?」

「テツが言ってやった場合に限り、鼻で笑われるに3000点」

「正解」

「もう! だから幼馴染の悪口はいけません! い、いえ、幼馴染以外ならいいという意味ではなくてですよ!?」

 

 ……ああもう。

 

「……先生? 大丈夫、ここであったことは智樹には一切言いませんから。大丈夫、大丈夫……先生がお前のことこんなに素晴らしく語ってたぞーなんて語りもしませんから。智樹にゃなぁんの影響もりません。好感度も稼げません。ほら、満足ですか? 満足ですよね?」

 

 とてもやさしい笑みとともにやさしく伝える。

 先生はひくっと喉を震わせて、視線を泳がせると、「わ、私もお昼にしなきゃ」と走っていってしまった。

 

「悪は去った……」

「ほんとそれだから困る……」

 

 教師を悪認定とかアキラもやりなさる。でも悪だよな。あれが悪じゃなかったらなんだと?

 

「えーと……これから家に戻る途中でどこぞのお姉さんと、家に帰れば妹……だよな?」

「これが毎日だ……もうほんと、泣きたい。俺の時間って何処にあるんだよもう……」

「んだらば図書館にでも行って勉強会でもするか? 俺も今回ちとやべぇ」

「…………近所のお姉さんがその図書館務め」

「……………」

「……………」

「あの。ちょっとマテ? 実はそのー……俺の姉貴も図書館務めなんだが」

「どこぞのお姉さんの名前、聞く?」

「やめろ! マジやめろ! マジかよちくしょう! ああちくしょう!!」

 

 近所にお住まいでも、縁がなかっただけで幼馴染にはならなかった、なんてよくあることだと……俺はこの田場アキラと出会うことで知った。

 田場、なんて苗字、そうそうないもんなぁ。だってタバじゃなくてデンジョウですよ? 図書館のお姉さんのネームプレート見た時、アキラのお姉さんだってすぐ理解したもの。もちろんきっちりと田場って漢字の書き方を聞いた上で。

 

「この度は我が身内からとんでもない恥部を……!」

「アキラ。真剣に謝られると結構心にくるからやめて」

「友人が自殺まで考えるレベルなのに謝らずにいられるかよぉおお!! ああもう信じらんねぇなに考えてんだあの姉!!」

「いっそお姉さんにさっさと告ればとか言ってみる?」

「……すまん、あの姉恋愛にめっちゃ夢見るタイプだから、自分のペース以外は絶対信じねぇ。もしくはロマンティック方面じゃなけりゃ話も聞かねぇ」

「………」

「………」

「恋する乙女って、もっと綺麗なもんかと思ってた」

「それ、お前の口から聞くの、もう何度目かなぁ……あ。お前ん家のおばさんに事情説明するとかは? きっちり録音ブツも聞かせてから」

「かーさん、智樹のことめっちゃ気に入ってるから無理だ。なんなら白瀬センセみたいなことになる」

「………」

「………」

 

 言葉もなかった。

 

「俺知ってるよ。たぶんこの状況、俺が能天気アホ友人だったらギャルゲーになってたようなパターンだ」

「へ? ………………うわマジだ。攻略対象がアホ友人には全力で容赦ねぇ世界で、しかも鈍感ハーレム主人公が友人に居るとか……」

「なぁ、これ、俺がアホを演じなきゃ終わらない事態だと思う?」

「柏木のやつが誰かと結ばれればハッピーエンドじゃねぇか?」

「相川がそれで納得するかなぁ……」

「…………病みそう」

「な?」

 

 そしてまた言葉もなく沈黙した。

 

「勘弁してくれよ……俺、自分から可愛い女子に声かけて、仲良くなって、連絡先聞き出した後、智樹が教えてって言った途端に個人情報バラ撒かなきゃいけないのかよ……」

「今思えばあれって全然ときめきなメモリアルじゃないよな……女子達めっちゃ怖がるべきだよ。ていうか文句言われんのアホ友人側じゃねぇか」

 

 それでもヨシオはまだ幸せな方である。だって場合によっては彼女出来るし。

 俺? 出来るわけないじゃん。

 智樹と距離を置きたいって考えて、ちょっと実行してみただけで周囲からの圧力ハンパないんですよ?

 なんでそうまで……って考えた結果、俺は気づいたよ。

 これ、ただ女子どもが、俺経由で智樹の情報を簡単に手に入れられなくなるのが嫌なだけだわ。

 はい、クソですね。タスケテ。

 

……。

 

 放課後、アキラとハイタッチして逃走した。

 智樹? 知らん。

 

「あ、哲太、帰るなら───」

「智樹! 委員長が話があるそうだから! じゃあな! 元気でな! 達者でな!」

「え、え?」

 

 知らん。俺はお前やその周りの連中と関わり合いたくないだけなんだ。ほんとそれだけなんだ。

 関われと、どうしてもというのなら、ガンストと自殺が俺を待っていると知れ。

 

「よっしゃあそんで結局どうすんだ!?」

「セカンドゴロバー!」

「お前それ好きね!? うっしゃあ一個でも二個でも奢ってやらぁ俺についてこい!」

「サンキュウ友よ!」

「オーライ友よ!」

 

 智樹? 知らん。俺の友達はこいつだけです。

 そりゃさ、確かにさ、周りがただ騒いでいるだけで、智樹は別に悪くないじゃん、なんて言葉も多少は頷けるよ? 多少は。俺だって最初はそうだったんだ。元は幼馴染で友達だ、当たり前だろ? 醜い嫉妬になんて負けてたまるかって頑張ったんだよこれでも。なにかで見た友情物語みたいに、恋よりも友情を、なんて思った時期だって確かにあったんだ。

 でもさ、その友人がさ、理由話したって聞く耳持たないんじゃあ結局同じだろ。自覚もなく、他者からの言葉にも頷かない。距離を取ってくれって何度頼んでも聞かないし、その所為で般若先輩がすげぇ形相であいつの背後から睨んでくる始末。

 動画も撮った。音声も入手しまくった。音声繋げて面白音声が完成するくらい撮ったよ。盗撮? 盗聴? とんでもない。これは秘密録音方向の、証拠集めの部類に入るものだ。断じて違法にあらず。ちゃんと会話に混ざってるし、なんなら撮影も自分が入ることもあれば、明らかに相手も気づいている。

 けれども改めることなぞ今日まで一度たりともなかった。すっげぇ精神力でござーます。もうついていけん。これ以上俺に証拠を取らせないでくれ。いっそそういうプレイを智樹のやつに強要されている、とか言われた方がまだ納得できるわ。

 と、そんなわけで、帰路にあるコンビニでセカンドゴロバーを奢ってもらった俺は、店を出るやメシャアと薄い銀紙風の外装を取り外してセカンドゴロバーを口に突っ込む。うん、いい味。ホームランバーの三分の一しかない棒アイスだけど……この、ほんのちょっぴり味わえる量がいい。棒もこの小指くらいの長さがいいんだよな。

 

「ん、これ案外ンまいな」

「だろ?」

 

 自分の分も買ってみたらしいアキラがセカンドゴロバーの味に目を輝かせる。ちゅぱり、と口から出したチョコ味をレロレロレロレロと舌の上でチェリーを転がすように舐める姿は、なんだか妙に笑いを誘う。

 そんな行動をピタリと止めると、そういやさ、とこちらを見ながら、

 

「フィクションとかだと、日々に疲れた主人公の前に男に絡まれてる女が居たりして、それを助けて話が広がったりするんだけどなぁ」

 

 なんてことを言ってくる。……まあ、わかる。

 

「主人公ならだろー? ギャルゲーの友人枠にそんなん舞い降りるもんかい。舞い降りたとして、智樹狙いか知り合ったあとに智樹に惚れるのがオチだ」

「すげぇ、簡単に想像できた」

 

 笑いながら歩いた。さてさて、そんな友人枠の俺に付き合って馬鹿してくれるこいつに、俺もなにかしらの恩返しがしたいのは常に思っていることだ。

 こいつが居なけりゃこんな細かい笑いも無いのだ、それ即ちガンストして自殺してた可能性がハチャメチャに高い。いや、ハチャメチャどころじゃないな、デンジャラスにおちゃらける感じにデンジャラカでなんというかムッチョムチョだな。よし、なにひとつわからない。

 ともかくそう、感謝しているのだ。ならば勉強くらいは手伝ってあげたいじゃないか。

 しかし家には母と妹、図書館には智樹マニアが既に居るわけで。ああ、いっそ他の司書さんの前で勉強してようか。窮屈かもだが、それなら邪魔されずに……いや、あのお姉さん自身が司書の資格をしっかりとお持ちの司書さんなんだが?

 

「お姉さんは専門学校出の人? それとも司書補経験詰んだ人?」

「専門学校側のガチの人。司書補も実際3年以上続けた上で専門学校も卒業して、そっから本好きを貫いて司書になったんだけどな、な~んか少し前から赤くなったりソワソワしたりしてると思ったら」

「本当にガチな人じゃないか。それがなんで智樹に……」

「本一筋だと自覚してたところをトチュンと貫かれたんじゃないか? ……はぁ、勘弁してくれ、ハーレム主人公が義兄になるとか浮気の未来しか見えてこねぇよ……」

 

 アキラが蒼褪めつつ言う。冗談抜きで、蒼褪めている。

 しかしハーレム主人公かぁ……想像しただけであれだな。

 

「だな……。ハーレム主人公って自分はいいかもだけど、ヒロインたちの家族がカワイソすぎるよなぁ……」

「家族に紹介するんだよな……“わたし、あの人の恋人の一人なの!”とか、“私を一番愛してるって言ってくれたの!”とか」

「オマエが一番だと順番をつけだしたら、だな」

「あー、ゆけゆけトラブルメーカー?」

「そそ。タフでヤンチャで少年で魅力的なんだ。……あ、ゲームで思いついた。ガノッサ先生のとこ行くか? あそこなら女っけないだろ」

「おお、清き一票!」

 

 ガノッサ先生。我らのゲーム知識のシッショーゥである。

 本名:我乃宇(がのう)サトシ。坊主頭で眼鏡でゲーマー。

 古き良きゲームを愛し、セガタサーンや、プライスタイションなどを愛している。

 SECAの後継機であるドレアムカンストも持っているのだが、壊れやすい上にサポート終了が早すぎたため、買い換えたドレアムカンストの台数は3を超えるらしい。壊れすぎだ。

 しかし“ドレアムカンストは俺に夢をくれた。ドレアムカンストで初めてインターネットを体験したあの興奮、目に見えぬ野郎どもとのつたなさと一体感は絶対に忘れない”と言っている。

 ゲームを愛する所為か“ゲームなんて……”と距離を置く存在は基本無視。

 にわか知識を振りかざして寄ってくる存在にはゲームの素晴らしさを説き、引かれることもしばしば。

 女っけは無い。けど仕事っぷりは真面目であり、稼ぎもいいらしい。

 インターネットが世界に爆発的に広まって、ブロードバンド、光回線等々が凄まじく一般化してからは、ドレアムカンストの修理方法、なんて一般動画がwetubeで流れ出し、彼の家には元気に動くドレアムカンストの姿が色違いで存在している。

 

「しっかしひと昔前のゲーム機ってほんと起動がめんどっちぃよな」

 

 アキラに言われて、真っ先に思い出すのがプライスタイション。仕方ないと思う。

 

「ああ、プライスタイションだろ? セガタサーンもだけどプライスタイションほどじゃなかったし。毎回あのロゴ出てきて飛ばせないからイライラする」

「あれは……あれか? パソコンみたいにあれを通さなきゃ完全に動かない的な感じだったのかな?」

「あー……かもなぁ」

「それ考えると、んんっ……遊戯(ゲーム)ボーイはピコーンと鳴るだけだから最高デース」

「今の俺らでも“え? これだけ?”って思うもんなぁ」

「遊戯ボーイと口調のことツッコんでくれよ」

WOW(ウウ)!」

WOW(ウウ)!」

 

 遊戯(ゲーム)ボーイは携帯ゲーム機で、結構どっしりした重さがいい。

 軽量化が成功したものもあったけど、俺は初期のどっしり感が好きだ。

 で、遊戯(ゲーム)ボーイといえばだ。顔を見合わせてニンと歯を見せ笑うアキラが先に言う。

 

遊戯(ゲーム)ボーイといえば、噂の“神をチェーンソーで斬殺”は、実際にやらせてもらった時は妙に感動したなぁ……」

「言葉で聞くと物騒極まりないのに、事実感動した俺が居ます」

倭界塔士(わかいとうし)Sa・Genは名作にして迷作だったなぁ」

 

 倭界塔士Sa・Genは古き日本に突如現れた塔を倭ノ国の人々が攻略する物話だ。

 Sagenはドイツ語で物語、的な意味があるらしい。そこはサガじゃないのか? というツッコミはいらないそうだ。

 倭の国の話なのになんでドイツ語なんだよと思ったら、最後に出てくる神がドイツ語を話すからだった。オチで笑った。めっちゃ笑った。お前が見てた物語だったからSagenなんかい! って。

 あー……こういうくだらないことで頭を埋めるの最高に落ち着く。

 そうだ、行こう。ガノッサ先生のところへ……そこで部屋をひとつ借りて、勉強をするのだ……!

 

……。

 

 で。

 

「すまん、今日は無理だ。ていうかこれからは出来るだけ来る前に連絡くれ」

「え、珍しいっすね、なんかあったんすか?」

 

 ガノッサ先生が来客を拒むなんて珍しいにも程がある。ていうか玄関先で止められるとは。

 いっつもチャイム鳴らされるのも面倒くさがってたあのゲーム好きが、まさか出迎えに来るなんて……!

 などと俺が驚愕していると、ハタとアキラが足元を見つめて言う。

 

「あ。女性ものの靴だ」

「……察してくれ。春が来た。ゲーマー女子なんだ。女子っつーかまあ大学出てるイッコ下の子なんだが」

「マジすか。おめでとうございます」

 

 素直に祝いの言葉を届ける。そうか、ゲームが恋人とか言っていたガノッサ先生にも、ついに春が……!

 ……こりゃ、ここには絶対智樹は連れてこれないな。ちらりとアキラを見る。目が合うかと思ったら、アキラは本当に嬉しそうにガノッサ先生に祝いの言葉を贈りまくっていた。

 

「うへへ……正直俺なんかにはもったいねぇくらいの美人でさ。婚約もしてて、今同棲するかって話出てる段階で」

「相手さんの親御さん了承したんっすか!?」

「おいそりゃどういう意味だ」

 

 そして素直な感想を述べてツッコまれていた。うん、ゲーマー女子だからって、偏見、イクナイ。

 

「アキラ~? ガノッサ先生稼ぎいいし、株でも細々稼いでるし、かなりいいだろ」

「てーかガノッサ先生、坊主でも好きになってくれる人っているんすね」

「いやそれがさ、最近自分の体臭に思い悩んでてさ。とある広告からいい匂いのする───」

 

 アキラがこっち見た。目が合った。

 

「「wetube広告のアレじゃねっすか!」」

「うるせぇよほっとけ!」

 

 ビンゴだった。あれほどwetube広告系はやめておいた方が……と言ったのに。

 アキラと顔を合わせながら、ハワワ……と奥様方がするような、口に手を近づけて怯える感じを出してみる。意味はない。

 それよりガノッサ先生への説得が優先だ。ああいうのってなんか定期縛りとか、一回で解約できる! とか言いつつ電話限定で、しかもなかなか繋がらなかったりするらしいから。

 

「ガノッサ先生……あれ広告の絵を同じもので使いまわして、サプリの袋だけ変えてるインチキもんだって何度も教えたじゃないっすか……」

「そうっすよ、そっちはwetubeみたいな動画広告じゃなく、漫画形式のウェブ広告って感じっすけど。あの物語の主人公、何回デブになって何回別のサプリで12キロ痩せるんすか……」

「俺見た中でも3回は12キロ痩せてますよ?」

「あ、俺昨日新しいの見たぞ? 合計48キロくらい痩せてる」

「え? 死なない? そいつ」

「ていうか俺は体臭の話してんだよ! ダイエットサプリなんて使ってねぇっつの!」

「いや、その体臭のやつ、同じ会社だったもんだから」

「…………マジ?」

「マジです」

「いやでもそれがきっかけで今の子と出会ってさ」

「え? まさかサプリ買ってくれたら付き合ってアゲールとか?」

「ちげーよ! そのっ……そういう話題が出た時、たまたま通りかかったあの子に、それ、気を付けたほうがいいですよって言われて」

「「通行人にさえ注意される広告サプリって……」」

 

 いやまあ怪しさ爆発だもんなぁあの広告。でもマジで絵だけ4回くらい使いまわしてた所為で、違うサプリが出るたびに主人公が12kg減ってたからな……(実話)。あれが現実だったら主人公死んでるぞ?(なお2022年4月12日に新しい画像が追加されてた。つまり60kgは痩せてる)

 大体、宿便がどーのこーののサプリの話だって、宿便が邪魔して成分が吸収されないんですよぉ~とか言ったって、それ言ったら風邪薬とかも吸収されねーじゃないの。

 いいか同士&同志諸君。効率云々、何々が邪魔して運動効果が得られない、なんて甘言を“動かない理由”にしたら一生痩せん。動け。運動継続20~30分経たなきゃ脂肪は分解されないとか甘言の極みだ。そもそも動かなきゃ大きなカロリー消費なんてしないんだから。

 今からじゃ30分も運動出来ないから明日にしよう、なんて考えも捨てていい。たとえ10分しか運動出来なくても、10分動くためのエネルギーは確実に消費されているんだから。エネルギーだけ消費されて、脂肪が燃えないんじゃ意味がないって? その運動が、その日に体内に根付く残留エネルギーと言う名の脂肪になるカスを減らすって考えなさい。そうやって出来ることを増やしながら、脂肪が燃える運動をしなさい。摂取したカロリーに比べて少なすぎる? じゃあ動かなければダイレクトに蓄積されるだけだ。1分間分でもいい、動け。その分消費される。嘘じゃない。

 

「そ、そしたらさ? その子が“べつにいい匂いじゃないですか”って言ってくれて……うへへ」

「おお匂いフェチ」

「話してみたら趣味がめっちゃ合ってさぁ! トントン拍子で話が進んで……へへ」

「……ガノッサ先生」

「え、え? なななんだ? なんかヘンなこと言ったか? 俺」

 

 幸せ顔で、鼻の頭をこするガノッサ先生に、俺とアキラは頷き合って忠告する。

 

「……智樹に気を付けてください」

「へ? 智樹って……ああ、三森の幼馴染っつーやつだったか?」

「はい。あいつは危険です」

「なんで某兵長に気を付けろって言うブラウンさんみたいに言うんだよ。気を付けろったって。俺同棲の話まで出てるんだぞ? 婚約だって───」

「いやマジ気をつけてください先生」

 

 アキラの追撃に、ガノッサ先生はごくりと喉を鳴らした。

 

「…………そんなヤバい野郎なのか?」

「知らぬ間にアキラの姉がオトされてました」

「マキノが!? マジかよ……!」

「近所のお姉さん、マキノさんっていうのか」

 

 そういや司書として会った時、苗字の読み方しか聞かなかったような。

 

「言ってなかったっけ。ガノッサ先生と同い年なんだ」

「おお初耳」

「よ、よしわかった。俺も大事な婚約者を奪われるようなことをわざわざ試すことはしたくねぇ。その……悪かったな、来てくれたのに追い出すみたいな形で、だってのに忠告まで」

「いえ」

「俺達ゃ好き合う男女の味方です。ハーレム野郎は滅びればいいと思います」

「好き合うってお前そんな……」

 

 うえへへへと照れ笑う姿を見て、俺達も頬を緩めた。

 幸せになってほしい。あんな鈍感クズ野郎に奪われるようなことがどうかありませんように───!

 

……。

 

 フラグだった。

 あんな会話がきっかけだったのか、運悪く出会ってしまった彼女さんが、智樹に惚れてしまい───なんてな。

 

「いやー、キッツいお出迎えだったわー」

「だろ? これが毎日とかほんとハゲるわ」

 

 頭の中で描いてみた最悪を散らしつつ、現在は俺の部屋。

 結局ここで勉強ってことになり、家の玄関扉を開けるや、妹からの罵倒。

 扉の陰に隠れて聞いていたアキラがドン引きするほどの文句に、罵倒が終わってから顔を覗かせたアキラは心底、妹をクズを見る目で見つめた。

 さすがに他に人が居るとは思わなかったのか、妹は真っ青になって弁解し始めたが───「へー、今のが兄妹の当然の会話だと。へー。おたくさぁ、それ自分がやられて平気なの? 毎日だよね? 顔合わせれば言ってんだろ? 朝も夜も、休みン日はいつだって。あ、柏木に訊いてきてやろっか? おたくみたいな性格の女子って許容できる? って。俺だったら無理だわ。全力で顔面10回はブン殴ってやりてぇ」アキラはよっぽど頭に来ていたのか、ところどころで声を震わせて、拳を握り締めて、そう言った。

 え? 妹? ひぃ、って言って逃げてったよ。その背中に「てめぇが言った言葉から逃げてんじゃねぇ! 逃げるくらいなら言うな!!」って思いっきり怒鳴ったアキラは……うん、やっぱりかなりキレていらっしゃった。

 

「ああいう妹がやさしい世界線とかあったりするんかなぁ。別世界とか別の時間軸~とかあるけど、そういうのが実際あって、妹がやさしくなってくれるんなら今すぐ交換してほしいわ」

「それが実は貞操観念逆転世界だったら?」

「それはそれで見てみたいかも。……あ、貞操観念逆転で思い出した。ああいう世界ってアキラ的にどう思う?」

「はっはっはー、ふざけろー、って感じだな。や、貞操観念が逆転ってのは分かるよ? そういうお題だもの、それらが逆転したってんなら喜んで受け取ろう。でもさ、むしろそんな作品を作った作者様に訊いてみてーわ。おたく、何年この世界で生きてんの。貞操観念逆転モノっていえばなんかやたらと女性が男性に言い寄ってきたりやさしくなったり体狙ってきたり~とかしてるけどさ、おまけで言えば男女の比率がうんたら~とかもあったりするけどさ、男性の数が少ない程度で世界的に男性にやさしくなるだなんて、本気であると思う?」

「無理。なるわけねーだろ」

「はい正解」

 

 やさしくしてる暇があったら国家義務として精子抜いて、国家義務として子供産ませてると思うよ? 

 よくある女尊男卑世界の物語だって、それが根付いてるならそもそも男になんて興味持たんて。根付くくらいに浸透した女尊男卑世界で、女性が男性に惚れるとかアッハッハお前アッハッハ。

 

「そういやアキラって妹とかは?」

「居ないな。弟か妹は欲しかったけど、身近にあんな女殺しモンスターが居るんじゃ、妹は正直要らんな。……そうだな、弟とオープン・エロ談義とかしてみたかった」

「ストレートだなおい」

「ああいうのは隠すからいけないんだよ。ちなみに俺はちょっぴり太目で、頑張ってダイエット中な女の子とか好みだ。逆に頑張らない女は大嫌いだな。ほらあれだ、努力じゃなく、周囲を威圧するとか蹴落とすことでしか高みを目指せない精神が小物な女とか」

「どっかで聞いた特徴だなぁ」

「まんま相川だからな」

「なるほど」

「けど……はぁ。ガノッサ先生にはうまくいってほしいなぁ。俺らの女性関係は絶望的だから、せめてガッコから離れた場所では男女の幸せなカッポゥ(カップル)とか成立してほしいわ」

「婚約までしといてNTRとか、ガノッサ先生二度と女性信じなくなるだろ……」

「実際俺は姉のことがもはや信じられねぇレベルだが。……てか、あれ? これ俺もいずれ、姉に柏木のこと訊かれることに……?」

「お前はまだ友達でもねーからとか言えるからいいだろ……俺なんか幼馴染だぞ……?」

「……いや、俺も姉に“だったら友達になってきて”とか、“テツ経由で訊いてきて”とか言われる可能性も……」

「っ……ァ……アキラ……!?」

「いややめろよ! 信じていたものに裏切られたみたいな顔はやめろ! ダチの信頼売るわけねぇだろ!」

 

 只今、俺こそが人間不信である。

 なんなのあいつら、頭イカレてんじゃないの? 自分の恋の成就のためなら周囲っつーか俺を傷つけていいってか。恋以外はどうだっていいってか。

 思わずとも溜め息が出る。

 

「はぁ……ほーんと、関わってくれないだけでいいんだけどなぁ。なぁんでそれっぽっちが出来ないかなぁあの馬鹿どもは……」

「結局“恋に全力だから!”とかフリは見せてても、どっかで楽をしてぇんだよあいつら。本質が丸見えってやつだな。あーゆーのはアレだな、“キャア智樹くんにおべんと作ってイカナキャ~ンァ! でも好みなんてスィラヌァ~ィ! アッ! 男なんだからとりあえず唐揚げよね! 唐揚げぶちこんどけば多少失敗しても美味しいよって言ってくれるわよ!”とか言って、料理は火力とかぬかしだしてAtoZでMAX火力のまま作るんだぜぜってー」

「して、お味のほどは?」

「中が生である」

「腹、死ぬな」

「おう死ぬ」

 

 地獄だ……が、むしろいいぞもっとやれだ。

 智樹が腹壊したら、その弁当作った女子に惜しみない拍手を贈りたい。

 

「しかしこう……なぁ? テツ、こういう場合ってさ、女性関連の出会いとかってありそうなもんじゃないか?」

「あー、そーだなー、んで片っ端から智樹に乗り換えられんのなー」

「OH……救いがねぇなぁほんと……。あ、じゃあアレだ。柏木に姉妹(キョーダイ)とかいないのか? 身内だったら柏木テンプテーションとか通用しないんじゃ───」

「居たとして、どーせ義理の姉妹とかなんじゃないか?」

「うわーありそうだー……で、居るの?」

「いねーよ。兄が一人だ」

「……ゴッドよ。なにもこんなところでリアル味わわさせんでも……。あーくそー! 燃えるような恋がしてー!」

「ある日、どこぞの家が火事になりました。しかし我先にと逃げ出してきた男の話では、まだ中に姉が居るのだと言います。男にロシアンフックをキメたアキラは水を被り、燃え盛る家の中へと走っていきました」

「いやいきなり物語られてるとこワルいんだけど、燃えるようなってそーじゃねぇよ」

「オチとしてはひょっこり現れて特になにもしなかった智樹が、姉の想いをかっさらっていく」

「妄想でも奪われるのかよ。終いにゃ泣くぞおいマジでおい」

 

 「つれーわー、現実つれーわー」と言うアキラは、用意したクッションに「うじゃああ……」と謎の声を上げながら沈んでいった。

 

「これはそのー……あれか? がっつかないのがモテるのか? あんだけ女どもにラブ光線浴びせられてんのに“ヌハハ僕がモテるわけないじゃないかッハァンヌ”とかいやほんとふざけんなおいマジふざけんなよマジでおい」

「ガッつかない程度でモテるなら草食系男子モテモテだよな」

「ひと昔前のアニメの主人公ばりに、なんでモテてんのかわからねぇレベルのアレか」

「そそ。特に何をしたわけでもないのに何故か突然ハーレムの真ん中に居る、なにひとつ努力してないのに好かれ続ける謎男」

「あー……あったなぁそんなの。あ、テツの好みのタイプってどんなんだっけ。筋肉ゴリモリで頭の中までパワーでいっぱい系彼女?」

「どっから出て来たその情報」

「いや、俺守られてみてーなー、って言ってたじゃない。で? 返答や如何に?」

「……その。読書好きでちょっとキツ目の目付きで眼鏡」

「……毒舌さんとか?」

「ちげーって。清楚なのに目がキツくて、そこにコンプレックス抱いてるのがいーんじゃないか」

「…………いいな」

「願望って叶わないもんだけどな」

「辛いよなぁ」

「……ちなみに、近所のお姉さんが俺の理想だった。お前の姉だとは知らなかったけど」

「いや同級生が義兄になるとか俺………………あれ? 気安さで言えば全然楽じゃねーかそれ。なんか知らんチャラ男とか、真面目すぎて話も合わない義兄が来るより……」

「そしてそれが智樹だった」

「俺さ、話通じない人間って基本的に嫌悪感しか出ないタイプの人間なんだわ」

「俺も。自分の中で“こうだ”って決め切ってるからこっちの話絶対に聞かないのな。で、失敗したら“どうして止めてくれなかったんだ”とか言うタイプはもっと嫌い」

「あー、あるわー」

 

 世の中クソである。いやマジで。

 これから先、俺らに出会いがあったとして、果たして春は訪れるでしょうかうん無理だな。

 

「もうこうなったら智樹自身に真正面から言おうか。智樹ガールズ全員呼び出して。コードネーム:【おなごの中心で迷惑を叫ぶ】」

「あー……案外その方がいいのかもなー、テツの心情的にも。で、なんて言う?」

「お前のことが好きな女たちが俺の平穏をぶっ潰しにくるんだ。証拠写真や音声なら全部お前にくれてやるから、頼む智樹! 友人やめさせてくれ! やめないなら死ぬからなマジで死ぬからなテメほんとふざけんなよなんで俺が死ななきゃならねぇんだよでもこれ以上お前やあんたらに振り回されたり利用されたり睨まれたりするのにはもううんざりだし耐えられねぇんだよ!! ふざっ……ふざけんなよクソがなんで俺がこんな思いしなきゃなんねぇんだよ言ったところで真面目に聞かねぇし笑って濁しやがっててめぇのどこに笑える資格があんだよ刺し違えてでもぶっ殺すぞてめぇぇえええええっ!!」

「落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けおい落ち着け!! 泣いてる! お前泣いてるから! 試しがマジになって感情爆発しすぎてるから!」

「ちくしょおもうやだよぉおお……! なんなんだよぉおおもぉおお……!!」

「……ハーレム主人公ってホント迷惑だなぁ……。おしゃ、んじゃちと俺が一度あいつと話してみるわ」

「ぐすっ……あいつって?」

「柏木。幼馴染の言葉だから冗談として受け取ってるかもしれねーだろ。だから、お前がどんだけ迷惑してるかーとか全部ひっくるめて話して聞かせる。難聴主人公みたいなことしやがったら届くまで何度でもだ。あ、証拠として持ってたいから、レコーダーとか借りていいか?」

「……ああ。通用するとは思えないけど、頼む」

 

 コレクションにすらなっていたアホほどの量の音声データ、映像データが入ったSDカードを渡す。

 アキラはそれを自分のスマホに装着すると、データをコピーしてすぐにSDカードを返してくれた。

 

「なにかしらの事故でデータが消失した場合、俺が裏切り者とか思われるのも困るから返す。てか、お前も結構無警戒だよな。俺が柏木派閥だったらどーする気だよ」

「ガンストと公開自殺が早まるだけだが? むしろ裏切ってくれても構わねーよ。その場合、血みどろの未来を歩く人物が増えるだけだし」

「だから怖えーって! ……誰が好き好んで自分で自分が嫌いになるようなことするかっての……いいか、俺はダチは裏切らねぇ。裏切られるまで裏切らねぇが俺の人生の覚悟だ。……まあ、それ掲げるのにはそもそもとして信頼できるダチが居なきゃ始まんなかったわけだけど」

「……お前、絶対いつか盛大に裏切られて泣くタイプだわ」

「はは、そんときゃ俺よりも目の前の裏切り者が、鼻から血ぃ流しまくって泣いてるだろーよ」

「……ははっ、そーだな」

「っつーわけだから、あー……その……なんだ」

「? アキラ?」

 

 ノリのいい悪友キャラみたいな喋り方をしていたアキラが、言葉の途中で詰まり、“あー”だの“うー”だの言い出す。

 

「だからその、つまりだ。……う、裏切ってくれるなよ、その……し、親友?」

 

 で。出た言葉がこれと。

 

「なんで詰まるかねそこで」

「う、うるせー! うるっ……うるせー! 俺だってスマートにスムーズに言いたかったわ! 俺の人生で“言ってみたいランキング”堂々一位の言葉で詰まるって! しかも疑問形になっちまうって! あぁあああああ俺のバッキャロォオオオオッ!! 死にたーい! 死に戻りとか出来るなら今すぐ死んで5分前くらいに戻りたーい!!」

「それ、俺に“親友?”発言した奴が目の前で突然死することになるだけからやめてくれな? やだよ俺、死にたーいとか言ってた親友が目の前でなんか突然死ぬとか」

「なんか突然死ぬのかよ俺! ~……」

 

 言いつつ、ぶっきらぼうな態度。そして唇を尖らせると、いや、なんか鴨っぽい口をすると、「……はぁ。まあよ、任せとけっつの、親友」なんて言って返した。真面目に親友、って返されたのが嬉しかったらしい。

 そんな彼が片手を挙げながらザッ……と去っていく姿はなんだかとても格好良く、頼もしく見えた。俺も、あいつにとっての親友であれるような……そんな背中を見せられる自分になりたいもんだ。

 

……。

 

 後日。

 

「すまん無理だわあいつ言葉が通じない」

 

 無理だった。

 

「お前にはがっかりだよ親友……」

「いやがっかりするのも分かるけどな……!? そこで親友としてがっかりされると俺の心のダメージが鬼デケェからやめて……!?」

 

 休日の図書館にて、出された課題を終わらすために、智樹が来そうもないところで勉強。

 智樹から誘いがあったけど用事があるからと断った。この積み重ねの先で、もうあいつから智樹くんの情報は得られない……! と理解した周囲が俺の傍から離れてくれることを何度だって願う。

 

「けど、アキラもよくここに来ること了承してくれたな」

「まあ出かけ先が姉の職場ってのは案外きまずいもんだけど、ようは会わなきゃいいわけだし」

「なるほど」

 

 図書館ではお静かに。そんな静けさを望んだ俺達だから、どこに繰り出すでもなくこの図書館を選んだ。騒いでストレスを発散? ああ、いいと思う。でもさ、周囲が智樹智樹言いまくる所為で、俺は静けさこそが癒しだと本気で考えているわけで。そしてそれに巻き込まれてしまったアキラも、最近では随分と静けさの良さを分かってくれるようになった。

 

「はぁ~……やっべ癒されるわぁ~……。静かなのがこんなに落ち着くなんて……!」

「古い雑誌とかのコピーが頼めるのもいいよな」

「お、それCOSMOS? 次見せてくれ」

「りょーかい」

 

 カオスな街の愚者(フール)な少年たちの物語を読み、心が落ち着いてから勉強を始める。

 正直あんな荒んだ心のままじゃあ、勉強したって頭に入ってこない。どうせなら別の場所が良かったけど、家には母も妹も居る。他の場所だと智樹ハーレムに遭遇する可能性がある。ここだってアキラの姉と遭遇する可能性もあるけれど、他のやつらに発見されるよりはよっぽどマシなのだ。

 

「あー……ところでだな、テツ」

「おー……どしたー」

 

 読書しつつ小声で。これ、図書館の掟。読書しないなら居る意味ないし、図書館でも図書室でも静かに、はルールだ。ルールが守れないのは人としてとってもヨクナイ。イッツアヨクナーイ。そのヨクナイの所為で迷惑被ってる俺がそれは許しません。昔っから幼馴染が無自覚ハーレムクズだった所為で言葉遣いは荒れてしまった俺だけど(主に周囲が俺を苛立たせるため)、心はやさしいつもりです。はい、つもりです。ほんとにやさしい人は、頭の中でも人に対してガンストイメージなんて沸かさないのかもだけど。

 

「姉ちゃんに俺のガッコの男子に惚れてるってマジ? って訊いたら、顔真っ赤にして否定されまくったあとに、追及しまくったら頷かれたわ」

「勇者だなお前」

「照れ隠しでボコスカ殴られたわ。分厚い本で」

「普通に痛いやつじゃねぇかそれ」

「まあ友達の忠告も聞かないしお願いも無視する最低最悪の無自覚ハーレム野郎だけどな、って言った所為かもだけど」

「事実なのに恋する相手がそれを知らないって、悲しいよなぁ」

「恋は盲目ってやつだな。はぁ……我が姉ながら、将来がすっげぇ心配。もういっそクズやチャラリーナや頭でっかち以外と付き合ってくれるなら、取り得とかそんなない、むしろやさしいのが取り得ってやつでも全然いいんだけどなー。柏木のこと知っちまったら、正直あいつ以外なら誰でもいいとか思えちまうから男から見た柏木ってスゲーヮ」

「友達にはなりたくないランキングは俺の中じゃいつだって上位だけどな」

「1位じゃないんだな」

「実際自覚があって、ああやってのらくらハーレムやってるなら最悪だけどな。あいつ自身戸惑ってる部分は確かにあるから性質が悪ぃ。ただあの“僕が女子にモテるわけがないじゃないか”根性はスゲー腹立つ」

 

 話が通じない、っていうのはある意味才能だけど、多くの人にとっては話すだけ無駄、話しても無駄、時間の無駄、何様なんだこいつはって意識に繋がる。智樹と俺が幼馴染だの友人だのって思われている理由なんて、俺がまだあの家に住まわせてもらっているからだ。親に頼らなきゃ生きていけないなんて条件が無いのならとっくにあんな家飛び出ている。

 高校に上がったら一人暮らしをしたいって願ったって突っぱねられたよ。努力して遠くの高校を、なんて思ったって通じなかった。親は俺の頑張りよりも近くて安い高校を選ばせた。バイトしてそこから払うから、なんて言ったところでバイトが決まらなかったらどうするんだって話だ。どうにもならん。

 結局俺らはまだ子供で、ガキで、未来のことを軽く考えては、そうなったらいいなを口にしては真っ向から否定され、ひねくれただけ……なんて思われているのだろう。

 どうにもままならんよなぁ……そもそもいろんなものに対する経験が少なすぎるのだ。だからといって闇雲に突っ走っていって、失敗ばっかりしたいのかって言ったら……ほれ、奇妙なプライドが絶対に邪魔するわけだ。 

 

「はーぁ、ほんと、どっかに俺のこと好きでいてくれる人とか居ないかなぁ……」

「その時はお前のこと好きでも、すぐに柏木に鞍替えしそうで悲しいよな」

「……この問答、俺達の中で何回目かな」

「忘れた」

「まあなんにせよ───あ、姉ちゃん」

「え? あ、ほんとだ」

 

 促されて見てみれば、奥側の方で本を棚に戻している女性。

 眼鏡をかけて、どこかぽやぽやしてそうなふんわりな女の人。

 そして言うまでもないが智樹のことが好きである。

 

「難聴系主人公ってなんで惚れた相手~とかが居ないんだろ……とっとと誰かを好きになって突っ込んで行って玉砕すればいいのに」

「テツの中では玉砕までがワンセットなのな」

「成功したらそれはそれでなんか腹立つ。一回は失敗してほしい」

「あ、なんかわかる」

 

 仕事をするオネーサマさんを、頬杖をつきながらぼーっと見つめる。アキラも同じくそうしていると、視線を感じ取ったのか、きょとんとした顔でこちらを見ると、つかつかつかつかと……いや、実際は音はほぼ鳴ってない見事な歩法でもって、こちらへと早歩いてくる。

 そして二人用くらいの小さなテーブルスペースまで来ると、アキラをじーっと見つめっぱなしだった視線がはた、と俺に向けられて、「ホワッ……!?」……謎の声とともに、顔がぐぼんと赤くなった。

 

「───フッ、見切ったぜアロマタクト……!」

 

 そしてなにやらアキラが見切ったらしい。

 

「俺のガッコのヤツが好きで、俺と同い年くらいで図書館に来てる。……あーあーなるほどなるほど、ハーレム野郎とか言った俺が殴られるわけだなーるほど」

「アキラ?」

「よろこべ親友。お前の願望は今叶う。さてねーちゃん」

「あ、あっくん……!? な、なななんで……!? なんでこの人と……!?」

「俺の親友です。そして姉ちゃんと恋人になりたくて相談されてました。どうか俺の親友を幸せにしてやってください」

「ぴゅっ!?」

「へ? ア、アキラ?」

「構わん。俺が許す。まどろっこしいのも回り道もどうでもいい。恋人になって、恋人との時間を優先して、柏木目当ての女どもの質問なんざ突っぱねちまえ」

「…………───!」

 

 言われたことを理解するまで少々。

 が、理解してからはいやいやまさかを即座に捨てる。

 こんな俺を好きでいてくれるって可能性があるのなら、そこに俺の全部を置こう。そして俺はこの人との時間を作りまくって、やつらから見事に逃走を謀るのだ! あ、もちろん好きになる努力は忘れません。男女の恋愛において、大多数はこの努力を忘れるから破局するのだ。なので───そう、ロマンティック。ロマンティックな愛を信ずるお方だとの情報を得ているのだ、突っ込むべきは今ぞ───!

 

「田場眞妃乃さん。この図書館にやすらぎを求めて通い詰める中、あなたの存在が時に癒しで時に悩みでもございました。年下でまだまだ未熟な男ではありますが、俺と恋仲になってはくれませんか」

 

 騒ぎ立てるようにではなく、静かに。跪いて。

 ああうんすまん、ロマンティックとかいうけど俺ロマンティックのロの字も知らんのだ。

 だけど人を愛する尊さは知ってるつもり。

 なのでやかましくはないけれど、でも全力を以って口説きまくった。

 すると彼女は顔を真っ赤に、目を潤ませたままに……跪き、差し出した俺の手にソッと自分の手を重ねて、ふわりと綺麗で穏やかな笑みを見せたまま、喜んで、と返してくれた。

 

 




 弟がすぐ傍でわざとらしい涙を流しながらブラボ~~~とか言ってたけど知らない。というか気づかないふりをしたまま、なんか知らないけどいきなり恋が叶ったお姉さん。
 こうして恋仲になり、互いを知っていき、お互いにベタ惚れたあたりで智樹と遭遇。智樹がマキノさんに惚れて夢中になってバッサリフラレるまでがテンプレ。

 なおお姉さん。見た目は天然ポケポケチックな図書館のお姉さん。(巨乳)
 想い始めたら超絶一途で、悪い人に惚れたりしたら絶対に苦労するタイプのお子。
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