凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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川の流れのやうに

 人生ってのはめんどい。

 生きていくうちは、最初こそ「将来の夢はなに?」とか「僕ねー! 将来は───」とか、そういったやりとりに心をわくわくさせたもんだ。

 でも実際どうですか?

 成長してみれば、自分の夢なんて二の次で、先人に押し付けられたことの清算ばっかり。この借金したの俺らじゃないし、その行動で他国から反感くったの先人たちじゃん。

 当然そうなれば夢なんて追ってる暇もなく、夢を掴んだ友人はその先でくだらない外交争いに巻き込まれて夢ごと潰された。

 

 愛だ恋だなんて浮かれていた学生時代が懐かしいよ。

 よく人生に悩んだおっさんが学生時代に戻って~なんてフィクションがあるけどさ、俺たぶん……今学生時代に戻ったら、大人になりたくねー……って素直に思うだろうね。

 学生時代の学園のマドンナと良い雰囲気になる? 未来の知識を利用して金持ちになる? まあ、金はあって困らないとは思う。でもさ、国って地盤が安定しないうちから金だ恋人だってどれだけ努力してみても、全部をその国にダメにされた例が友人に居るって知ってて、どんだけ頑張れるんだろう。

 あいつ泣いてたよ。見たことないくらい、泣いてたんだ。

 俺、親友だったのになんもしてやれなかったよ。

 結局状況が状況なら背負わなくてもよかった責任なんてものを背負わされて、あいつは自宅で冷たくなっちまった。

 

 人生ってのはめんどい。

 死んだら楽になれるなら、それでもいいかなって思うくらいには面倒で溢れてると思うんだ。

 心の癒しを見つけて、毎日それを楽しみにしたとしても、嫌なことはどうしようもなくあるもんだ。面倒なことなんてそれ以上。

 好きだった飯屋が材料費云々の所為で潰れちまって、続けたかったって泣いてたおやっさんとおかみさんを知っている。

 若い頃になんとか開店して、頑張って稼いで、やっとこさ土地も店も自分のもんだって胸張れた、二人の宝なんだって自慢してたこともあった。

 額縁に色あせた写真があって、若いふたりが『これから頑張ろう』って、力強い笑顔でそこに居た。

 子供には恵まれなかった。だからこそ二人でずうっと頑張ろうと決めてたんだと。

 都会は家賃が高いから、と親の遺産で残っていたらしい田舎の家に行くと言って、もはやここらへんにすら住んでいない。

 

 人生ってのは───

 

「ねぇ陸斗。わたしたち……別れましょう?」

 

 ……本当に、めんどい。

 

 

───……。

 

……。

 

 俺、池澤陸斗が幼馴染で妻となった浅村七海と出会ったのは小学生の時だった。

 1年からずうっと同じクラスで、面倒なクラス委員を二人で務め、家も近くってことで登下校も一緒だった。

 朝が弱いあいつを俺が迎えに行って、おはようと言い合って、なんでもない日々を過ごしていく。

 そんな毎日が当然だったし、将来は漫画家になる、なんて夢を、俺は本当に強く強く抱いていた。

 

 最初は応援してくれた母は、俺が中学に上がる頃には「絵ばっかり書いてないで」と言い始めた。

 運動はしている。朝のランニングは日課だし、頭の回転が良くなる気がしたから。

 学校の通知表でだって怠けた結果は出した覚えがない。

 でも……母が漫画家、という職業に将来性を感じていないことは、その目からはありありと見えていた。

 そうして俺は漫画家を目指さなくなった。

 誰かに反対されることを貫いてまでやりたくないと思ってしまったから。

 母は喜んでいた。父も、苦笑しながら「そうか」と言った。

 ……どうやら父も、あまり賛成ではなかったようだ。

 そんなこと、最初に言ってくれたらよかったのに。

 

 中学までの時間を一瞬で無駄にされた俺は、周囲に置いてけぼりをくらった気分でいっぱいだった。

 だから趣味ではあった走ることを夢に置いてみても、趣味は趣味でしかなかった。

 俺より速いやつなんていっぱいいたし、習うことなんてしてこなかった俺はフォームもバラバラ。

 多少はあった自信が体験入部程度で粉々になっていた。

 そうなったら自分にはなにが出来るのかなんて分からない。

 勉強も一番にはなれなかったし、運動もだめだった。

 

 結局、そこそこのことしか出来なかった俺は、大した夢も抱けないままになんとなく生きて、そこそこだった俺と腐れ縁だからと一緒に居てくれた七海と結婚して、どうということもない人生を歩んで、現在は国がどうとかの話の所為で会社が倒産。

 そこそこの金を受け取って、再就職先を見つけようとするも、どこも不況不況で人を雇えないとくる。

 それでも七海が居るからと頑張ってみたけれど、その七海とも離婚した。

 

 人生とは、めんどいものである。

 こんな俺と結婚してくれた七海だけは、絶対に幸せにしようって頑張ってきたのに。

 飲みの誘いも遊びの誘いも全部断って、自分の時間の全てを費やすつもりで七海と一緒に居た。

 でも、結局残ったのは国への恨みばっかりだ。

 会社も人脈も、金も癒しも、家族さえもが残らないとくる。

 なんなんだよこの国。

 仕事が忙しい、なんて言い訳にしたことなんてない。

 努力だって怠らなかったし、昇進だって出来る筈だったんだ。

 もうすぐ定年退職だって言ってた、尊敬する上司だって居たのに。

 

「………………ああ」

 

 夜。明かりも付けない部屋で、呆然とテレビのニュースを見ていた。

 その先で、国のトップが何事かほざいている。

 やれ少子化をなんとかしようだとか、産まれた子供の夢をどうたらとか。

 あなたの子供の夢はなんですか、だとか。

 

「……よくもまあ」

 

 生きる価値ってどこにあるんだろうな。

 この国は、どんなことでこの国で生きる喜びってのを示してくれるんだろう。

 懐古がくだらないって? よしてくれ、今のこの国に笑える未来があるか?

 少なくとも俺がガキの頃にはあったんだよ。今はもう無い。無いんだ。

 分かってくれ。なんで分かってくれないんだよ。

 無邪気に笑って漫画家になる、なんて言える世界だった。

 両親は笑ってくれた。

 でも傾いたから笑えなくなった。

 今なら分かるよ。父さんのあの苦笑は、罪悪感が混ざったものだったんだって。

 

 子供が欲しかった。

 でも経済的に無理だったから、俺は七海に謝るしかなかった。

 お金を溜めれば、昇進すれば、そのうち、今に、きっと、国が良くなるからと希望を持って。

 でも。

 悪くしかならなかった。

 懐古するななんて無茶だよ……もう、やめてくれ。

 夢があった。夢を語れば周りが頑張れって言ってくれたあの頃を返してくれ。

 夢を語れば「なにを馬鹿な事を!」と親が本気で怒るような今なんていらない。

 

 結局両親は孫を抱くこともなく、病気であっさり亡くなった。

 最後の言葉はどっちとも、「漫画家の夢、応援しきれなくてごめんね」って……涙を流しながらの本気の謝罪だった。

 俺が両親に残せたのは、そんなもん。

 孫や、妻の家族に見守られながらの穏やかな旅立ちなんかじゃない。

 孫も抱かせてやれず、妻には離婚され、夢すらこの手に残っちゃいない、寂しい息子にだけ見つめられながらの、そんな息子への後悔だけ。

 幸せに旅立ってほしかったのに、なんで最後の最後、後悔に涙して眠る親を見送らなきゃならない。

 

 ……なんなんだよこれ。

 なんでこんな思いしなきゃなんねぇんだよ。

 俺、なにかしたか?

 努力して努力して、夢諦めて親のためって努力して。

 手に入れたいもん全部こぼれてって、今俺になにが残ってる?

 国が、いったい俺に、俺達になにを残してくれた?

 

 ~……夢はなんですかだって!? よくもなにも知らない子供にそんなことが訊けたな!

 この国に、抱いた夢を叶えさせてくれるなにかがあるってのか!?

 叶えたって食い潰されるだけだろうが! 叶えられなきゃ中途半端に潰されるだけだ!

 なんでただ生きるだけでこんなに息苦しいんだよ!

 『国民が笑って暮らせる未来を』なんて、よくもほざけたな! 

 

「………~っ……ぁああああああああああああっ!!」

 

 息を荒げ、ひとり叫んでいた自分。

 気づけば涙は溢れんばかりに出ていて、自覚したら、口からは言葉にならない叫びが溢れ、近くにあった七海と撮った写真が収まった写真立てを、床に叩きつけていた。

 砕け散るそれ。

 頭を掻きむしり、誰にぶつければ晴れるのかも知らない思いを、ただただ叫んだ。

 

 

───……。

 

……。

 

 ……だから、俺は人生に希望を持たない。

 

「や、陸斗。……って、どうしたの!? なんかすっごい顔してるよ!?」

 

 ふと、世界が巻き戻ったことに気づいた。

 気づけば若い頃の七海が目の前に居て、気づけば制服を着た俺が居て。

 瞬時に受け入れてしまうくらい世界に絶望していた心は、時が戻ったところで若い頃のように希望を抱いたりしない。

 なんとなくわかっていた。

 今から金を稼いだって、今から未来への投資を頑張ったって、結局それらは国に潰されるんだと。

 でも、それでも前よりは、と……そう思える心くらいは、灯火程度に残っていた。

 

  株や投資は思っていた以上に難しかった。

 

 少しずつやっているのにバイトで稼いだものが軽く消し飛ぶし、SSなんかで見るような未来知識程度で上手くいくほど甘くない。

 宝くじだってそうだ。

 前回、毎年自分の誕生日に1枚だけ買っていたから覚えていたものがある。

 1等が俺が買った店じゃなく、隣の県で出た、という情報。

 買える限界まで買ってみたって当たりは出なかったし、当たりが出たのは前回の時に買った店だった。

 自分の今が前回とは違うように、世界だって違う。

 かつての親友は夢を懸命に追わなかったし、その夢に潰されて自殺することもなかった。ブラック企業で使い潰され、毎日死人のような顔で家と会社を往復する毎日に到達する。

 なにをすれば幸せになれるのかも分からない世界で、俺はまた、こんな世界を生きなきゃならなかった。

 

 ……だから。

 俺は、七海に告白しなかった。

 七海は腐れ縁なんだからと傍に居ようとしてくれたけど、俺は別の道を選んだ。

 故郷を離れて、出来ることを探して。

 就いた仕事は前回と似たような職種。

 おかげで仕事はスムーズに出来たし、教育係には頼もしいと喜ばれた。

 喜んでもらえたのがうれしくて、張り切った。

 罅割れた心でも、まだ喜べる気持ちはあるんだなって、また頑張れた。

 ……数年後。休憩室で、教育係だったその人が俺の悪口を言っているのを耳にするまでは。

 だから思い出した。自分の、前の死因を。

 パリッとしたスーツ着て、日本のお偉いさんが集うなんたら議事堂に行って、警備の人に取り押さえられながら言いたいことぶちまけて、こんな日本のどこに未来があるんだと叫んで……ヨウツヴェを生配信したまま、人の苦悩を聞いて笑ってやがるお偉いさんどもの前で、首を掻っ切って自殺してやったんだった。

 

……。

 

 人生ってのは、めんどい。

 俺は会社をやめた。クビになった。

 元教育係をブン殴り、ブン殴り、ブン殴ったからだ。

 言い訳はしない。スッキリもしない。

 気づけば異常なほど仕事が増えていたことなんて分かってた。

 元教育係が自分の分を俺に押し付けていたことも、知っていた。

 それでも恩があるからと、いつの間にか勝手に恩義を抱いていたらしい俺は、勝手にそいつを神格化でもしてたのか、陰口を言うそいつに幻滅し、勝手に傷ついて、勝手にボコった。

 言葉にしてみればただそれだけの話。

 

 退職してみれば住んでる場所に居場所はなく。

 会社で暴力を振るってクビになった男は、これまでの挨拶習慣や笑顔を見せて来た習慣の全てが逆転し、ご近所さんに距離を置かれてはコソコソ話をされる存在となっていた。

 結局俺はなんにも得られないまま故郷に帰って、父さんに頭をポンポン叩かれ、家から仕事に通っていたらしい七海に、「ほら、根を上げて戻って来た。あんたにはこの街がお似合いなのよ、ばーか」なんて笑われた。

 

「…………え? あ、ちょっ……なんで!? ごめんっ! ごめんって!」

 

 ……気づけば泣いていた。

 結局。

 そうだ、結局俺はなんにも出来ないで、なにも得られないで、全部が中途半端なままにこの街に居る。

 時間が巻き戻ったって、前回に得たものをどれだけ利用したって、なにひとつ、誰一人幸せに出来ない。

 

「ごめん……ごめん、ごめん……ごめんっ……! ごめんなさいっ……!!」

 

 ごめん、って言葉しか出てこなくて、どれだけ謝っても涙は止まらなくて。

 そんな俺を……七海が抱き締めてくれて。

 

「……鼻水つくぞ、ばか……」

「うえばっちぃ。もうこのスーツ着れないじゃないこの馬鹿」

「ひでぇ」

 

 苦笑混じりの嗚咽。

 でも気づけば苦笑は笑いに変わっていて、そういえば……もうずいぶんと笑っていなかったことに気が付いた。

 

……。

 

 人生ってのはめんどいもんだ。

 

「ほーん……? じゃあ今の陸斗には前回? の記憶があって? 私と結婚してたと」

「ん……」

「で、あんたは今回、前回に私を幸せに出来なかったことに責任を感じて、私から距離を取ったと」

「ん」

「んで、離婚した理由は?」

「不況……いや。俺がお前に金が無いから子供は待ってくれって散々待たせた挙句、会社が倒産したからだ……と、思う」

「んや、そりゃないね。言っとっけど私、べつに子供とかほしくないわよ? 未来が、っていうか、もう世の中大分不景気だけど、そんな中で子供作ることに合意するほどアホじゃないわよ私」

「ぇ……で、でも」

「大方病気かなんかでも患ったんじゃないの? 癌とか」

「っ……!」

「で、あんたは物分かりのいいフリして理由を追求しようともせず同意した、と」

「なんで……」

「そりゃ分かるわよ。何年あんたのこと見てきたと思ってんの。あとね、腐れ縁がどうとか口にはしてきたけど、好きでもない男と結婚するほど恋する乙女捨てとらんわ」

 

 ま、とりあえず診断にでもかかってみるわ、と言う七海はのほほんとしている。

 俺の動揺はそっちのけで、にかっと笑って。

 

「で。健康だったら観念しなさい。早期発見で治ったら観念しなさい。もはや手遅れなら、ここでさいならだね」

「っ……お前っ……!」

「あのね。両親の後悔の臨終の話まで聞かされて、私の死に際なんて見送らせるわけないでしょーが。……そのままでいい。あんたは自分に真っ直ぐに生きな。私は、そんなあんたを好きになったんだから」

「………」

 

 我慢なんて出来なかった。

 俺は正面から七海を抱き締めて、前回の後悔も、今回の後悔も合わせたってくらいに大声で泣いた。

 その声で両親が心配して部屋までくるくらい、ドラマでもそうそう見ないくらいの大号泣。

 七海が両親に「ごめんなさい、今は私に任せてください」って言って締め出すくらいには、俺の様子は七海から見ても相当やばかったのかもしれない。

 

「……頑張ったね。……頑張ろう? 私もがんばるから、頑張れたら道を一つにして、大事に大事に石橋でも作っていこう? 石橋叩くようなやつが現れたら、二人でやっつけるんだ。……いいでしょ? 昔あんたが描いてた、漫画みたいで」

「~……いつの話を……」

「ずっと昔の話。あんたが描いてた漫画、私は好きだったんだ。誰かの安心のために石橋を作るイシバシマン。最初見た時は大笑いしたけど」

「……お前、まさか」

「自分じゃできないから捨ててくれって、私に渡したのが間違いだったかもね? 今では私のお宝だよ?」

「~……!!」

 

 とおいむかし。やり直してもその過程に存在する過去のこと。

 親に夢を否定され、自分じゃ出来ないからって七海に渡した小さな夢。

 自由帳に書いた、子供みたいな夢の詰まったそれ。

 ペンでの描き方も、デジタルでの描き方も知らなかった、シャーペンで描かれた子供の夢。

 思い出しても恥ずかしさしか浮かんでこない内容。

 でも……毎回石橋を作っては壊されていたイシバシマンが今の自分のようで……滑稽で、笑ってしまう。

 

「……ね。イシバシマンは、最後まで幸せになれないの? 作った先から悪い集団ブリッジブレイカー団に壊され続けるだけ?」

「……なんにも知らない子供の頃は、イシバシマンが絶対に傷つかない石を見つけて、それを橋にして、めでたしめでたしみたいな内容だったよ。でも、多少大きくなりゃ嫌でも分かる。傷つかない石は、橋の材料になんか出来やしない。“絶対に壊れないなにか”は、“絶対に壊れないなにか”の材料にだけは絶対になりはしないって。……加工できないんだもんな、当たり前だ」

「夢がないなぁ」

「……両親の期待する夢を探しながら、ずっと頭の中ではキャラクターが走ってた。ある時に“それ”に気づいて、イシバシマンは誰にも勝てなくなってしまったんだ」

「なんで? 私が知ってるイシバシマンは、“絶対に壊れないなにか”なんかに頼らなくたって何度だって石橋を作って、いろんな人を幸せにしてたよ? ブリッジブレイカー団にも真っ向から立ち向かって、壊されたって壊されたって諦めなかった」

「………」

「陸斗の中のイシバシマンはさ、きっと落着を急ぎすぎちゃったんだと思う。目指せなくなっちゃったなら、結末を作ってあげなくちゃって、余裕がないまま急いだから」

「ぁ……」

「陸斗はさ、へんなところで真面目なんだもん。頑張ろうって思ったら頑張りすぎちゃうし、期待されてないって思ったら切り捨てちゃう。“絶対に壊れないなにか”なんてね、陸斗。“石橋になったら壊れない材質”を使った、なんてご都合主義でよかったんだよ。イシバシマンが頑張って努力して作れるようになったそれが、ブリッジブレイカー団には壊せなかった。他の誰に壊せても、悪者に壊されなければイシバシマンの勝ちだったんだ。それで笑ってあげればいい。『どうだ、まいったか』って、子供みたいでも笑っちゃえばいいんだ」

「……でも」

 

 それじゃあ、きっと読者は。

 

「陸斗は誰に、あれを読んでもらいたかったの?」

「………」

「言えないしピンとも来ないなら、あれはあれでいいんだよ。わたしが胸張って、あれはわたしの宝だって言えてるんだから。わたしが読んで、きっとこうだったのかなって未来を描ける、誰かのために頑張れるヒーローのお話なんだから。だからね、陸斗。ヒーロー作ったやつが、いつまでも俯いてるんじゃないよ」

「………」

 

 頑張れるんだろうか。

 今からでも、過去に戻らなくても、やり直せるんだろうか。

 俺は。

 俺は───

 

 

───……。

 

……。

 

「あ、うん。陽性だったわ。しかも治せそうもないって。残念」

「───……っ」

 

 今こそ俺は、この世界を許すことは出来なかった。

 殴ったことをネチネチとしつこくメールや電話で言ってくる元教育係に直接会いに行き、憂さ晴らしをこれでもかってくらいした。

 そこに遠慮なんてなく、犯罪者になったって構わないって鬼気迫るどころか鬼気こそを纏って殴りまくった。

 元教育係の家にはそいつの友人も遊びに来ていたが、止めるなら容赦しねぇと睨みつけながら言ったら、とっととおいとました。

 陰口叩くようなヤツの友人関係なんて所詮そんなもんだ。

 けどさすがに警察は呼ばれたようで、暴行云々でお縄についた。

 で、ポリスにいろいろ訊かれる中で、真っ直ぐ真面目に答えていけば、事情も知らねぇくせにただやりたかっただけなのか、怒鳴りながら机を殴ったりした。

 

「聞く気がねぇなら訊いてくんなよ!! 人の正直さも理解出来ねぇなら黙ってろクズが!!」

「なんだと貴様ぁ~っ!!」

 

 自棄といえば自棄だったんだろうけど。

 ようするに取っ組み合いの喧嘩が出来ればどーでもよかったのだ。

 隙を見てチャカをいただき、ビクッとするポリスを前に、

 

「世の中ってなんでてめぇみたいなクズばっかなんだろな。お前さ、警官向いてないよ。辞めな? 俺も人生辞めるから」

 

 頭をブチ抜いた。

 当然即死。俺は馬乗りになった警官に上手いこと脳漿をプレゼント出来るように体勢を傾けてたので、結構ステキなプレゼントになったと思う。

 

 

───……。

 

……。

 

 で。

 戻ったことを自覚してから、すぐとある場所に行って自殺した。

 元教育係の実家前である。

 

……。

 

 で。何回目かのやり直し。

 死ねば戻ることを確認すると、七海と久しぶりに話し、順調に仲良くなってから自分の漫画ノートを黙って奪い、燃やした。

 これでもう未練はない。説得材料もない。

 結局、俺の中に未練なんてものがあるから戻るんじゃないか? と思っての行動だ。

 七海にはすぐにバレ、泣きながら「なんで!? どうして!?」と言われたけど。

 

「お前ね、少ししたら癌見つかって死ぬよ」

「は……は? な、なにそれ……ぐすっ……いみわかんない」

「全部知ってる。俺、未来から来た。だからお前がノート捨ててなかったのも知ってたんだ」

「……だとして。なんでわたしにそれ教えるの?」

「俺とお前、結婚したんだ。腐れ縁だから、なんて言って、お前が俺を拾うかたちで。それでも俺は嬉しくて、お前のためにって、自分の時間全てをお前のために使った。……でもさぁ、お前別れてくれって言って」

「……それで、癌だったって?」

「いや、最初は気づけもしなかった。物分かりのいいふりしたまま別れて、社畜続けて、国に恨み言言って、そのまま自殺したよ」

「……え?」

「未来から、来たんだ。……何回やり直したと思う?」

「───!」

「親の臨終も見送った。二人とも、俺に漫画家の夢を応援出来なくてごめんねって泣きながら死んでった。……俺一人なら、真面目に生きればなにか報われるのかって頑張ってみたけどさ、無理だよな。だって国が腐ってんだもん。子供の頃はさ、生きるだけで苦しい未来が来るなんて、思ってもみなかった」

「………」

 

 溜め息ひとつ、燃え尽きた夢を見下ろして、最後に消火用に用意しておいたバケツの水をぶっかけて、俺の夢も未練も終わったんだと思う。

 

「お前に嫌われれば腐れ縁も切れるだろ。俺がやり直す理由も、きっと無くなる。だからさ、お前も病院通って、癌なんてさっさと発見して治しちまえ。そんで、幸せに生きろ。……俺には、それが出来なかったから」

「っ……なにそれ……! わ、わたしの幸せを、あんたが勝手に決め───」

今ここで俺が教えなきゃあ!! っ~……死んでんだぞ、お前はっ……!!」

「!!」

「生きてくれよ頼むから……! 幸せがどーだかなんて全部そっからなんだよ……! 生きたあとで決めることなんて全部お前が決めりゃあいい! けどな、それを治さない限り、幸せを掴む権利すらねぇんだよ!」

「陸斗……あんた……」

「……俺はもう、やることは決めたから。夢も未練も後悔も、きっとない。このやり直しで最後だ。身の丈に合った人生ってやつを、軽く生きるさ。……デジタルで軽く漫画描いてさ、自由に投稿出来る場所に貼り付けて、漫画家だ~って言い張って、親には夢、軽くでも叶えたって言って、二人には笑って生きてもらう」

「……あんた自身の生きる意味は? そんなんで夢叶えたって胸張れんの!?」

「張れる。張れるさ。……なぁ、後悔抱いたまま死んでいく親を見たことあるか? その後悔を息子に、涙しながら語って死んでいく親を、見たことあるか……!? ~……どんだけ無力感噛み締めたと思ってる……!? 無力さを噛み締めながら、じゃあなんで応援してくれなかったって、どれほどの怒りと悲しみに挟まれたか、お前に分かるか……!?」

「ぁ……」

「張らなきゃいけねぇんだよ……! 誰に届かなくても、後悔抱いて親ァ逝かせるくらいだったらって……! 生きるだけで精一杯の世界で、夢なんて満足に追えなくて、叶えたからってなんなんだって、終わったあとに俯いちまう世界で、なんにも残せないこんなクソくだらねぇ世界でだって!」

 

 成功した親友が冷たくなっていた。

 成功しないで社畜になって、過労で冷たくなっていた親友を見送ったのも俺だった。

 幸せなんて誰も保証しちゃくれない。

 生きるだけで辛い世界で、老後に備えた用意も国に食い潰される世界で、備えた筈だったのに、備えたものがすべてかえってこない世界で、それでも渡されたちっぽけで生きていかなきゃいけない、こんな腐った世界で。

 

 いったい誰が、いつまで笑って胸を張っていられるのだろう。

 目の前の七海を見る。

 涙をこぼす彼女は、まだ高校生の制服を着ている。

 これからきっと輝かしい未来が、なんてこれっぽっちも思えない。

 癌を克服したって、きっとそれは変わらない。

 どうすれば幸せになれるのかだって俺には分からない。

 やり直したって幸福は掴み取れないし、やり直した数だけ悩みは増える一方だ。

 

  あの頃に戻ってやり直したい

 

 きっと誰もが思うこと。

 でも、やり直したところで辛いことは変わらず起こるし、前の方が上手く出来たなんてことだって当然ある。

 知識がチートになるっていうなら、それを潰すのが世の中だ。俺はそれを、繰り返すやり直しで悟った。

 やり直すだけ違う人と出会い、繰り返すたび人の汚さに絶望する。

 でも変わらず汚ぇと思うのはいつだって国だった。

 

「なぁ、七海」

「……なに」

「俺達は……どうしたら幸せになれたんだろうな。お前の癌がすぐに見つかって治せたら? 俺がずっと在宅で仕事して、お前の異常に気付けたら? 人との関わりを切り捨てて、俺達で過ごせたら? …………わっかんねぇよな。わかんねぇよ」

「……そんなの簡単でしょ」

「簡単? ……簡単か?」

「まずひとつ。さっきも言おうとしたけど、わたしの幸せをあんたが勝手に決めんな。病気知って別れようって言い出したなら、わたしはあんたの悲しむ顔がよっぽど見たくなかったんだ。それだけ好きで、負担をかけたくなかったんだ」

「ああそうな。じゃあ俺も返そう。───俺の負担を勝手に決めんな」

「だよね。わたしも未来のあんたの妻とやらにそう言ってやりたい。でもさ、あんたは幸せだったとして、自分の病気が原因でそれを壊したいって思う?」

「別れ話の瞬間から不幸だったわ。見くびんな」

「あんたわたしのこと好きすぎじゃない」

「お前じゃない。妻の七海だ。自惚れんな馬鹿」

「うわカッチーン。人のイシバシマン燃やしたのもだけど、今のでほんとむかついた」

「うっせ。イシバシマンは、橋として完成させたら壊れない素材を見つけて完成させてハッピーエンドなんだよ。あれはもう俺ン中で完結してんだ。もう、無くたって夢に届いたんだ」

「わたしの中じゃ完結してないの! 漫画なら絵で完結させろこのばか!!」

「………」

 

 手招き。公園に行き、砂場で随分と久しぶりにイシバシマンを描いた。

 石橋を壊せずに頭を抱えてるブリッジブレイカー団の前で、「どうだ、まいったか」と胸を張る……イシバシマン。

 ……途端、目の前が滲んで、涙がこぼれた。

 

「……………………そっか。ちゃんと、完結出来たんだ」

「見んなばか……ぐすっ」

「うっさいばか。いーい、陸斗。暇、無理矢理でも作って自由帳にイシバシマン描きなさい。あんたね、泣くほど未練引き摺ってるもの、消えちゃうような媒体に描くだけとか馬鹿もいいとこよ」

「うるせぇよ……いいんだよもう……俺はもう満足───」

「すんな馬鹿! いいからっ! ……描いて、なに言われたっていいから、おじさんとおばさんにそれ見せるの。俺は、こういうのが描きたかったんだって」

「笑われて終わりだろ」

「それ、本気で言ってる? 臨終に後悔残すようなことに対して、二人が笑うなんて本気で思ってる?」

「………」

「ぁいった!?」

 

 デコピン一閃、歩き出す。

 後ろからギャーギャー騒がれたけど、ただ歩いた。

 その足で自由帳買って、家に戻って、部屋にこもって───

 

「……なんで居んのお前」

「人の宝を燃やした罰じゃ」

 

 目を閉じ、口の端に指を引っかけての、いーっをされた。

 それがあんまりにもガキっぽかったから、子供の喧嘩かよ、なんて笑って……七海の頭を撫でた。

 

……。

 

 人生ってのは、まあ、めんどい。

 結局イシバシマンは自由帳一冊に纏まって、親の手に渡った。

 二人はぽかーんとしてたけど、さすがに他人が自分が描いた漫画を見ているのをその場で見守る空気に耐えられるはずもなく、俺は七海の手を引いてリビングを出───

 

「なにをする貴様! おじさんおばさんの次はわたしが読むんだぞ!」

「どやかましい!」

 

 何故か高貴なる者っぽく怒る七海を引っ張り、七海を連れて七海の家へ。

 そんで、もろもろ説明して首を傾げるおばさんに、ど直球。

 

「おばさん。こいつの中、癌があるかも」

「え? ……………………七海? 癌を疑われるような行為を、してきたの……!? もしやしこたま胸を触られてしこりなんぞが発見されたとか……!!」

「してないからそんなもん!! 説明したでしょーがこいつが未来からーって!!」

「でもねぇ、いきなりそんなこと言われたって」

「すいません。証明出来る方法がないんです。あの、俺が誕生日のたびに宝くじ買ってたの、知ってますよね? 一回目の時は近所のスーパーで大当たりが出て、でも二回目の時は遠くのスーパーでした。繰り返してるからって同じ場所で同じことが起こるとは限らないんですけど、ひとつだけ同じことがあった」

「? それは?」

「七海が癌だったって事実です。一回目はただ急に別れようって言われて離婚しただけでしたけど、二回目で確定。三回目からは……まあ、無駄にしたこともあったけど───」

「あらあらまあまあ! 離婚って言った!? じゃあ結婚したの!?」

 

 いや聞きなさいよ。

 今アータの娘のこの先のことをですね……!

 

「───ちなみに、七海のおしりには?」

「───谷間の部分にちいさなほくろがある」

「七海、これ本物だわ」

だとしてもその確認の仕方はないと思うなぁ!?

「じゃあなによ。もうそんなことする仲にまで進んでるわけ? 避妊はしなさいよコノヤロウ」

告白もまだよドチクショウ……!!

 

 ……軽いなぁ。

 まあ面倒くさくなくて実にいいけどさ。

 

「で、あー……つきましては、ちょいとこいつを病院で検査させてほしいんですが」

「おっけーいいわよ? そこまで言われちゃ確認しないのは怖いもの。進行が遅いものだったら、もう既にある可能性だってあるわけだしね」

「……大丈夫だっつってんのに、もう……!」

 

 そういうこたぁ無かったことを確認してから言いなさい。

 

……。

 

 で。

 

「あったじゃねぇかこのばか!!」

「だってー!!」

 

 見つかった。めっちゃ早期発見。

 手術の日時もソッコーで決まり、その日を待って、あっさりと完了。

 ……早く見つかればこんなにもあっさり終わるもののために、俺達は別れちまったんだな、って……溜め息を吐かずにはいられなかった。

 もちろん術後の転移の確認も必要だから、完治が確認されるまでは何年もかかるものだ。油断なんてしちゃならない。でも───

 

「……ま、あんたはわたしの傍で、石橋作っててくれたらいいよ。よかったじゃん、壊れない石橋の完成だ」

「え……」

「腐れ縁。続ける意思はある? わたしはある。子供なんざ別にいらないし、欲しいならまあ考えるけど。でもね、わたしはあんたが欲しい。あんたはどう?」

「格好いいこと言いたいなら目ぇ見て言おうな」

「だって陸斗って告白とかしてくれるタイプじゃないからわたしが!!」

「あ~……」

 

 そういやそうだった。

 そう……そうだよなぁ……うわぁ俺格好悪ぃ……。

 

「お父さんもお母さんも、陸斗はわたしの命の恩人だーって言ってるし、腐れ縁、って言い方が嫌ならそのー……別の呼び方でも、いいんだけど?」

「どこのツンデレだお前は」

「ツッコミ入れるくらいなら甘い言葉くらい吐き出してみなさいよ! おおぉん!?」

「ふむ」

 

 もっともだ、と七海の言葉にひとつ頷くと、ソッと七海の耳に口を寄せて───

 

「え、え? なななに? えっ!?」

 

 急な接近に慌てる七海に、

 

「練乳……!」

 

 吐息混じりに甘い言葉を囁いたら怒られた。

 これは、こんなくそったれな世界でもそんな調子で少しずつ幸せになっていく、俺達の物語だ。

 

 





やうに。
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