あの人の動画を見てからというもの、お店等で缶ビールを見つめる時間が増えた気がする。
しかし動画内で、もう見飽きるくらいに缶ビールを見た自分。
味も知ってる。苦味も知ってる。
もはや買うまでもないのだ。
……買うけど。
いい人、っていう言葉にはいろいろと意味が存在する。多くの場合はやさしいだの頼りになるだのって意味───ではない。
そいつにとって“都合のいい人”って意味の方が大半だと思う。
そんな風に思っているから周囲のことはあまり好きではないし、人間関係もあくまで無難を突き進むような性格になった。だって面倒なのだ、仕方ない。
「んー……はぁ」
ぐうっと伸びをして、青い空を見上げる。
今日もいい天気。
そんな空の下、電線も建物も見えない大きく広い草原に立って───俺、里村葵は溜め息を吐いていた。
割り切ってはいるし、今さら戻ったってって思うのも本心だ。
俺はもう、あの世界に望むことも臨むこともほぼないのだから。そのほぼのために今を捨てなきゃいけないっていうのなら、喜んで過去を捨てましょう。
「異世界転移した奴は、どうしてあんなに必死に自分の世界に帰ろうとするのか、かぁ」
……ほんと、まったくその通りだ。
そりゃ、待っている人が居て求められていることに喜べる人ならいい。じゃあその逆は? 家でもろくな扱いを受けていない自分と、学校に行ってもいいことなんてひとつもない自分じゃどうだ? 戻る意味なんて、あの世界でわざわざ未来に希望を抱く意味なんてあるのか? ないね。分かり切ってる。
だから、端的に言うと……俺は今幸せなのだ。
=_=/回想
───集団転移、というものを知っているだろうか。
まあうん、“小説書きになろう”等ならよくあるお話。クラス丸ごと異世界に~とかそんなことが、実際に起こった。
HR中だったし、あとは帰るだけってタイミングで集団転移は起こって、俺のクラスの連中全員は、教師も含めて異世界……まあ、この世界に飛ばされた。
そこまではいい。あくまで俺的には。マジか……マジか! って喜んだのも束の間、あ、こういうのって俺みたいなモブはどうあってもクソダサ職業で、あそこのイケメェン? な
いいなーイケメンって。こういう時って絶対に誰よりも輝いてr───
里村葵:職業/器用貧乏
───泣くぞこの野郎。
おまっ……おいお前、おい。きよっ……おい。職業ってお前……おい。
なんて、お告げの神官を見ながら心の中でおいおい言いまくっていたら、枡達くんが王様に向かってなにやら言い出す。
「あのー、王様? 俺達べつに来たくて来たわけじゃないし、勇者がどうとか言われても困るんですよ。ようは望んでこの世界のために戦える奴がいればいいんでしょう?」
「うぬ? まあ、そうであるが───」
「……ひひっ……! ではそこの───里村くんがよろしいかと!」
「えっ───」
ここでいきなり指名されて、俺固まる。
その隙にと言わんばかりの勢いで、クラスの連中が騒ぎたてる。俺が何かを言おうとするたびに遮るように。
「おおそりゃ名案! こいつ、実は人一倍正義感が強いんですよぉ!」
「そーそー! 困っている人が居ると見過ごせないっていうかぁ!」
「ですのであとは全部こいつに任せちゃってください! 帰還魔法は可能で、けれど誰か一人でも“見送る者”が必要とのこと! その大役、そして魔王討伐は全てこの里村に!」
「ちょっ……お、俺は───」
「あ? なんか文句あんのかよ里村ぁ」
「「「「「───」」」」」
じとり、と……クラスの連中がひどく冷たい目で睨んできた。
そんな彼らに俺は言ってやるのだ。
「これって俺を犠牲にってことだよな?」
「おいおいなに言ってんだよ里村ぁ。お前こういうの好きなんだろぉ?」
「ニヤついて絡むなよ人殺しども。ああそうだな、お前らは勝手に俺を下に見て、俺を生贄にするわけだ。で? お前らが下に見る俺が一人で魔王を倒すだって? 出来ると思ってんの? この人殺しども」
「は、はぁ? 人……人殺しって」
「あー、神官さーん。生贄送還って担う人間がこっちの魔法陣に入ればいいんですよね?」
「え、あ、ああ、そう、だが───」
「いいですよ。俺だけ残ります。この殺人鬼どもを元の世界に返してください」
「お、おい……おい待てよ、殺人鬼って───おい……おいっ!」
「じゃあな。精々人の命を笑って、見下しながら踏み潰して得た日常を存分に楽しめよ。俺は生涯お前らを許さないからな。人殺しのクズども。集団で一人を追い詰められて満足かよ。あーそうそう枡達くんさぁ、クラスメイトを先導して俺の命を勝手に差し出したこと、何よりも許さねぇから。この顔だけのくそったれ野郎が」
「なっ……」
「お前最低だな。自分達が助かるために、誰よりも先に俺の命を差し出したんだ。イケてるメンズが聞いて呆れるよ。お前、俺の命を差し出す時、どんだけ醜い顔してたか自覚ねぇだろ。お前、将来すっげぇ外道になりそうだよ。結婚詐欺師になって捕まるんじゃねぇの? っくっははははは!」
「~……んだとこのっ───あっ……!」
言ってる間に強制送還が始まる。この国としては、一人でもこの世界のために戦う戦士が居ればいいようで、止めもしないし、むしろなにも言わずに送還を受け入れているクラスメイトたちに呆れている。
「じゃああなあああ人殺しどもー! 元気でなー人殺しどもー! よっ! 殺人鬼! これから人の苦労も知らずに誰かと幸せになるんだろうなー! 子供産まれたらちゃあんとテメェの背中見せて成長させろよ殺人鬼どもー! よっ! 人間のクズども! 眩しいねぇ殺人鬼(陽キャ)さん! おいおい目ぇ逸らしてないでこれから殺すことになる俺のことちゃんと見ろよぉ! なに目ぇ逸らしてんだよそんなことしたって結果は変わらねぇし、そこに立ってる時点で殺人鬼なんだからさぁ! いやいやごめんなんて言葉要らねぇよ欲しくもねぇよこれから死ぬ俺になんの価値があんだよそんなの! お前ら釣りする時に餌にするミミズにごめんなんて謝んの!? お前ら俺を餌に自分の平穏を釣るんだろ!? そのエサがたまたま人間だったってだけでさぁ! でもそれって殺人だろ!? よっ! 殺人鬼ども! 人の言葉遮ってまで勝手に正義感とかぬかしたんだから笑えよなぁおいぃ! あ、そうそう! 俺が居なくなったことに関してはちゃああんと馬鹿正直に説明しろよー!? 間違っても俺が望んで生贄になったーとか嘘八百は口にするんじゃねぇぞ殺人鬼どもー!」
だから盛大に殺人鬼扱いしてやった。結果は変わらないし。
……俺達は王様から事前に説明はされた。帰りたければ帰っていいと。ただし一人は残らなければいけなくて、残った場合はおそらく、もう二度と元の世界には戻れないと。たとえ魔王を倒したとしても、もう帰る手段はないのだと。
でも俺は、それを思い出して、心の中で“喜んで”と受け入れた。
他の者が帰る場合、その者達が持っていた職業やスキルを受け取ることが出来て、それを武器に戦うことが出来るそうな。その力の代償として、受け取った者はこちらの世界に完全に馴染んでしまい、帰ることが出来なくなる。
まあでも、多くの場合はどうせ“受け取った能力を満足に扱えずに死亡”なんてことになるんだろうけど、ご都合主義って言えばいいのか、どうせこの器用貧乏のお陰でそういったデメリットも覆るのだろう。ほんと、転生転移憑依ものは都合よく出来てらっしゃる。
ど~せ魔王を打倒したところで、今度は国が敵になるんだろこれ。
だったらほどほどに敵になる存在を倒しながら、この世界を知っていけばいいのだ。
俺は今日からこの世界の住人。勝手に能力を押し付けられただけで、魔王討伐なんて請け負った覚えはない。
やがてクラスメイトや先生が消えてから、自分のステータスを見てみる。
里村葵:職業/器用万能
ほれみろ。まあ、楽になるのに文句たれたら罰が当たる。
技能欄を見てみれば、あいつらが受け取ったであろう職業や、それに関係するスキルがずらーっと並んでいる。が、どれもレベル1。うわーめんどくさい、これ全部成長させながら生きていくのか。
や、そりゃあ平和に暮らすためなら努力は必要だから、もらっておいてぶちぶち文句を言うのはお角違いだ。むしろ俺が残ると決めて、自分で受け取った未来なのだから。
あーうん、よくない。これはよくなかった。自分で選んでおいて文句はないな、うん。反省。
あ、ちなみに。
彼ら彼女らに煽り文句を飛ばしている最中、いろいろ項目が出てきてたから、それは存分に利用させてもらった。
言伝だの呪いだの、まあいろいろ。
結果だけを言うのであれば、目論見が成功するのなら、あいつらは戻った先で『馬鹿正直に自分がしたことを話さなきゃいけない』。そういう呪いをかけさせてもらった。そのための最後の言葉である。
枡達くんは誰より先に、下卑た笑みで俺を生贄に捧げたことを告白しなきゃいけないし、級友たちも……いや、友じゃないが、メイツたちも俺の言葉を遮るようにして口々に俺の正義感を口にして生贄に捧げ切った。それを、訊かれたならば正直に話さなきゃいけない。というか話す。
いやー、いろんな職業とスキルが入っててよかったよ、人のこと生贄にしておいて、てめぇらだけ幸せにーとかふざけんなだ。
で、だけど。
「すまないな……こんなことになってしまって」
「あのー、知り合い全員に人として裏切られてからでなんですけど。なんで異世界の人間なんです? 別にこの世界の勇敢なる益良雄とかを採用して討伐させればよくないですか?」
「貴様! 王に向かって馴れ馴れしく口を開くな!」
「えー……いや俺別にこの世界の、ましてや国の民じゃないし。あ、そっすか、じゃあ出て行きますね。いやーすげぇなぁこの国の人。人のこといきなり攫っておいて、口開いただけで馴れ馴れしいとか。あ、じゃあどうぞ勝手に生きてください。俺もう関わらないんで」
「なっ!? い、いやっ、待っ───」
職業:テレポーター、なんてものがあったので、とりあえず適当に飛んだ。
いやこの国のことなんて知らんよ。文字通りいきなり飛ばされてきたのに馴れ馴れしいとか知らん。現状、一番コトを知っている人に訊くことに、なにかおかしなことがあるのがこの世界でこの国の常識ならますます知らん。
……ところで、飛べた先がさっきの広間の先っぽいんですが。
「………」
「………」
目が合った。王と。恥ずかしかったので逃げました、走って。
「ま、待ってくれ!」
「あばよぉ~~っ!? とっつあぁ~~~んっ!!」
待てと言われて待つ人は良心を持つ馬鹿者だ。
そして、戦おうともしないで他人に戦を押し付ける輩にろくな奴はいねぇ。
竜の冒険だろうがなんだろうが、子供に冒険を押し付けて玉座に座りっぱなしの王や騎士兵士どももろくなもんではない。
勇者じゃなきゃ魔王は倒せない? 魔物退治は勇者にしか任せられない?
じゃあルイーダさんに無限に仲間募ってもらってレベリングして魔物一掃してろよ。
王が誇る兵士どもよりよっぽど従順に働いてくれるだろうさ。時間かければ拳だけで魔物を屠る武闘家とかおすすめですよ?
ていうかだね、俺前々からずぅ~~~っと気に入らんことがあるのよ。
……相手、魔王ぞ? 魔物や魔族の、王ぞ?
なんで人間側の王が真っ先に立たねぇんだよナメとんのか。
これだから温室で育った命令しか脳のねぇ貴族様どもはよぅ。
なのでね、ハイ。一度でいいから魔王と渡り合える王とか見てみてぇわ。
魔族と敵対する者の中で王が一番役に立たんとか、ほんと王の自覚あるんですかね……。
人間が忌み嫌い、見下してる世界だってあるであろう魔族の王は、あんなにも実力を磨いて君臨してるってのにさ?
きっと魔法とか呪文とか頑張ったり、体も必死に鍛えたんだろうね……。
で、人間の王のデヴさ加減といったら! たっは……ッッ!! もはや無様レベルでしょうよぉもう!
……そんな努力しねぇ国家に手ェ貸す理由、ありますか?
そんな国のために命懸けで冒険する理由、ありますか?
ないよね? ないってことで。
「わーい僕自由だー!」
今こそ国を抜け出し、見える位置へのテレポートを駆使してとっとと逃げた。
能力だけ戴きます! 国の命運!? 知るか死ねボケ! 最初っから異世界に頼ったデヴ王のことなんざ知りません! 努力してからモノ言えボケ!
そしてこんなことを言うからには俺は努力をもちろんする!
うへぇ……って言いたくなるほどのスキル量だけど、いいだろう! すべてマスターしてくれるわー!
───そんなこんなで城下町の外へと辿り着いた。
さあ……いざ、スライムとかとの戦いを経て、まずは自分の実力と魔物の実力といふものを───!
[通りすがりの『イキり男を絶対ぶちノメすジャイアント』と遭遇した!]
───分からされちゃう助けてぇえええええええええっ!!
「ごごごごめんなさい調子に乗ってました真面目に静かにちくちく鍛えるので許してぇええええええっ!!」
涙と絶叫が溢れ出ました。
クラスの隅っこで陽キャどものやかましさに辟易していた自分です!
むかつくやつらに言いたいこと言えて、ちょっぴり調子に乗っちゃってたんです!
でもちょっとくらい調子にのっても許されると思うんです!
今まで随分とストレス溜めさせられてたんですマジで!
そこに来てあんな我儘な貴族さんたちと遭ったらさぁ! いろいろ言いたくなるじゃないですか! そう思いま
『ホガァアアアアアアアアッ!!』
「ナマ言ってごめんなさい!?」
だよねぇそうだよねぇ!? 隅っこ暮らしで真正面から言いたいことも言えず、相手らが帰還魔法陣から動けないって予想ついたから言えたものをドヤってる小者ですもの!
でも分かってください! ほんとスッキリしたんです! 自分を犠牲にしなきゃ自分の心の解放すらしてやれない情けねぇ馬鹿だけどさぁ! そんな癒しの瞬間を持つことくらい、許してやってください!
「アワババババなにかなにか助かるスキルはスキル多いわ!!」
普通こういう時って咄嗟にこれがあったァ~ンァとか言って最適解を導き出すものではございません!?
ああうん俺主人公の器じゃねぇわ! 問題点これだけだわ! どんだけスキル有っても扱う人間が馬鹿じゃもうどうしようもねぇや! わかりやすいですか!?
あああ通りすがりジャイアントさんが手に持った棍棒をすごく……大きく振りかぶって……!!
「消力」
シャオリーと読む。
ぴょいと跳躍して、脱力したまま殴られてみた。
……死んだ。
「ハッ!?」
死んだら、なんか出てきた城下町の入り口前に居た。
「エッ……アッ!」
何事!? と見れば、スキル欄に『オートセーブ』ってものがあった。
移動の際、町に入っただの町を出ただの、『境』を越えた時に復活場所は更新されるそう。普通に生きてたんじゃあ効果を知ることもなかったろうけど、スキルの中にある『一日に一度だけ死んでも蘇る』のお陰で復活出来たっぽい。
「スキルあってもこんなあっさり死ぬなんて……! ち、ちくしょうやってられるかー! お、俺は降ろさせてもらうぜ! こんな冒険、付き合ってられるか!」
映画とかだと別行動してあっさり死にそうな男みたいな言葉を吐いて、城下町の傍をとっとと離れた。
気持ち的には一日休んで復活効果を使用可能にしておきたいけど、贅沢は言ってられない。
「逃げるんだ……! 死にゲーはなー! ゲームだから楽しめるんだよ!」
やっぱりコゾーに魔王討伐を頼むなんてどうかしてる!
俺は退かせてもらうぜ! そして魔物が弱い地域でちくちく稼いで、平凡に暮らすんだー!
そそそそこでべつに美人じゃなくても気の合う女の子と仲良くなって……!
『───』
「あ」
[通りすがりの『女性目的の転移転生者を絶対に許さないオーガ』と遭遇した!]
「煩悩まみれでごめんなさい!?」
『ホガァアアアアアアアッ!!』
「キャーッ!?」
今こそテレポートで逃げた。
予想通り、一度訪れた場所や見えてる位置に飛べる能力のようで、俺はまた城下町前の草原に立っていた。
「…………」
うん。休めるところに着いたら頭でも丸めよう。
そして女性目的でも異世界無双でもない、自分の平和と幸せのためだけに生きよう。
地球の生活に嫌気を持つやつが、人との関わり合いに希望を持つだなんてどうかしていた……俺は一人で静かで豊かに生きられれば、それで───
「そ、そうだ、ほりにし大好きなあの人のようにアウトドアをつまみに、異世界生活という酒精を嗜むような日々を味わっていこう……!」
それだ。それがしあわせなのだ。
最後に最高の一日だって云えればきっと満足できる……!
そうだ、そもそも地球の生活も失敗してたような俺が、どうして異世界に行けば成功出来るだなんて思い込んでいたんだ……!
生活水準自体がそもそも違うんだぞ? そんなところに放り投げられて、一から成功なんて出来るわけないじゃないか……!
「……水を出すスキルはある。食事を出すスキルは……おお! 和菓子を出せる!? ……ってカロリーを消費する!? ダ・カーポかい!」
でも空腹には勝てないので和菓子を出して、食べた。よく噛んだ。美味かった。
よーく噛めば満腹感は得られるしね、カロリーも消化吸収で得られるなら、満腹感と味わいの数だけプラスだ。
次いでお水を出して、容器なんて無いから直にガヴォガヴォと飲み……
「っぷはっ……! ていうかさ、水は無消費で出せるのに、なんで和菓子はカロリーが……?」
魔法やスキルの謎である。
味か。味が重要なのか。
そこらへんの検証もしつつ、まずは誰にも追われない場所の確保と、せめて、って言える程度の生活水準を……!
[通りすがりの『静かなる異世界生活を祝福するスライム』と遭遇した!]
……。
「やはり煩悩……! 煩悩を殺さねば……!」
そうしてスライム相手に四苦八苦しながら勝利し、ようやく俺の異世界での成功が開始したのです。
欲張らず派手さも求めず、ただ静かに……名声など要りませぬ、静かに暮らさせてくださいとばかりに生き、決して奢らずイキらず、倒す魔物にも敬意を払い───
……やがて、冒頭へと戻りました。
デヴ王の城から遠く離れた……と思う、とある森の奥の奥の果て。
森の中心らしいそこで、ぽっかりと空いた陽の当たる小さな家の中で、ひっそりと暮らす俺。
建築スキルを駆使し、一人が暮らせる程度の家で、その日暮らしを続けております。
スキルには魔法らしい魔法はなく、着火~だの流水~だの微風~だののスキルがあるだけ。ウィンドカッター! とか言ってみてもなんも起こらんかったよ。
つまり元々、クラス丸ごとで一丸突破ベイベーをしろって異世界転移だったっぽい。
よくある陰キャぼっちが一人で無双できるように出来ちゃいなかった。ンなことやろうもんなら初日に死んでますマジで。
そう……よーするにこれでよかったのだ。
一人が犠牲になって、スキルの全てを受け取り、それでようやく選択肢が広がるような異世界生活だ……意見も意志もバラバラになるであろう他人同士が手を取り合って攻略~なんて絶対無理だった。
……まあ、俺魔王討伐なんてするつもりないんだけどね。
「今日も頑張って生きようか」
お腹が空いてきたので家を出る。
寝室、トイレ、お台所とテーブル、くらいしかない小さな家だけど、贅沢は敵だ。敵なのだ。
自分の便は、たい肥変換ってのがあって、作った畑の栄養になってくれる。
さすがに畑に直接っていうのは抵抗があったからトイレを作ったけど、結局は一度も便を受け止めていない、綺麗なトイレットだ。
そして畑は成長促進効果がスキルで施されているため、成長が早い。……雑草も。
なのでそれの処理をしたら、収穫物を手にお外の御台所たる土の盛り上がりへ。
そこを軽く小さな木のスコップで掘り、持続する炎をスキルで設置、削って作った石……岩……? をテレポートで設置すると、石窯の完成だ。
そこに水生成で水を溜め、沸騰するまでを待ったら、収穫した食べられる根菜などを入れていく。
そうして出来上がった茹で根菜を、自家製スパイスでいただくわけなのだが。
「ほりにしがあればなぁああ……」
ほりにしはどうせウマい。
でも、ここに無ければ味わうことすら出来ない。
それでも誰に縛られるでも強制されるわけでもない。
これは幸せ。あの世界では味わうことなど難しい、幸せなのだ。
栄養素は大地が与えてくれる。
なんならカロリーを消費するだけで創造出来る和菓子で、カバーできる栄養素もあるっぽい。なので必要なのはカロリーで、カロリーも大地が提供してくれる。
これはしあわせ。
誰に文句を言われるでもない、解き放たれたしあわせなのだ。
最高の一日だ。
「いつか飽きるにしても、人と話せなきゃ狂う人とはそもそも違ったんだろうなぁ俺……」
スキルに精神安定ってのもあるけど、実はそんなに使ってない。
どうやら俺には人と関わるよりも、仙人のように霞を食うような生活が合っていたらしい。
このままここで、この森が開拓に滅ぼされるまで住んでいよう。
人々の開発がこの場に及ぶようなら、さっさととんずらする。
誰かを滅ぼしてまでその場に住みたいって思わないしね。いよいよもって住む場所が無くなるようなら全力で抗うけど。
「ほんと、こんな考え方は地球に居たんじゃ考えられなかったな……」
ガッコー卒業したら嫌でも働かなきゃいけない。
労働は大人の義務とは言うけれど、ブラック企業ってそもそも世界に貢献出来てんのかなぁとか正直思う。なんのために会社立ち上げたんだろ、そういうところの社長って。
誰のためにもならずに人の精神追い詰めるのに特化する程度の力しか持たないなら、とっとと潰れちまえ。そしてブラックの待遇にも順応できるガッツを持つ優秀な人材を他所に譲れバカヤロウ。
「……解放されるとかつての自分の立ち位置にばっかり愚痴が出るのって、人間のサガなのだろうか」
うーんロマンシング。そして独り言が増えた。他人が居ないから遠慮なんて要らんのだけど。
「ン、うまい」
根菜とか野菜とか、草食はやっぱり日本男児には合っているらしい。
こんな生活を始めて数ヶ月は味覚が追い付かず、肉食いたいだのラーメン食べたいだの文句ばっかり口に出たけど、慣れれば野菜根菜超最高。
コメモドキもふっくら炊けるようになったし、栄養素を逃すつもりはないから玄米モードで食べている。
異世界あるあるで脚気云々は怖いからね。
もしも対策に解毒スキルがあるから、毒になっても問題ないし。
「職業、スキルといえば……あの人殺しども、元気でやってるかなぁ」
今頃ガッコで居場所が無くなって、引き篭もってたりして。
……いや、こういう時って自分が望んだ結果とはとことん結びつかない場合が多いもんだ。期待なんてするだけ無駄だし、あいつらのことを思い出すだけでも無駄だ。
「ん、それよりそれより」
野菜様をもっと豊かに。
最近野菜根菜穀物等々が美味しくてたまらん。
肉? 和菓子創造がレベルアップして肉菓子も作れるようになったから、正直要らん。無益な殺生もせずに済む……なんと素敵な異世界ライフ……!
ウフフ、お陰でご覧……? 最近じゃあ動物たちも僕の生活圏に近づいてくる始末で、───ってこらこらそこなウサギさん!? それ俺が木を削って乾燥させてとか頑張って作った箸だから! ガヂガヂ噛んじゃダメ!
うぉいそこのハスキーもどき! 人のメインディッシュを奪おうとすな!
……とまあ、よーするに危険はないと思われて、いや思われずぎて、正直ナメられとります。いいけどね。害するつもりとかないし。
こういう時は便利だよねー異能とかって。
毒が排除できるなら動物が持つ菌とかも怖くないし。
なんならこのぽっかりと森の中に空いた陽の当たる空間のみ、能力で聖域化してるから入って来た時点で菌とか呪いとか毒とかヤベェもんは浄化されてるしね。
毒にしかならん微生物とかもブチコロがせるステキ能力です。たぶん、メイツの中に僧侶っぽい職のヤツとか居たんだろうね。それ系の能力だ。
なお、勇者職の能力てんで使えねぇ。こういう生活に勇者は必要ないってことだ。
……ちなみに。基本はドラクエの職業的なものにも届かないものばかりでした。
テレポーターとかはレア職で、異世界あるあるの聖女とか賢者とか剣聖とかは一切無し。
俺あれ嫌いだったからむしろ嬉しかったわ。
いや、あるのが嫌とかじゃなくてさ、なんの鍛錬も修行もしてない分際でいきなり剣聖~とか聖女~とか賢者~とか、職業ってもんナメとんのかって思ったのがきっかけです。
それまで頑張って鍛錬訓練してた王国騎士とか、我武者羅に戦って己を鍛えた冒険者とかがポッと出の異世界人に職業ひとつで負けるとか、あんまりにもあんまりだ。
いやあの、神様女神様? そういう能力さ、現地人にこそ与えてくれません?
そして修行の果てにようやくなれる~とかなら分かる。スゲーよく分かる。
レベルアップの果てに到れるドラクエなんかは、そこんとこよく分かってるなって思うよ。
だが異世界転移転生のチートども、テメーはだめだ。
や、だから【チート】なんだろうけどね? 俺、異世界転生人たちがチートをチートだって意識せずにドヤってるのがものすごーく嫌侍に候。ズルして俺スゲーするの、そんなに気持ちええかなぁ……。
それ、
アータそれ、たまたまそいつよりいい
『男爵乙www 俺侯爵家の息子だからwww 転生しても俺より下とかwww』と他者を見下すようなものでは?
なのでね、ハイ。
こうして仙人みたいな生き方をしながら、地道に、どう伸ばせばいいかも手探りのまま、能力のレベルアップを図ってる原始人が俺です。
いいよね、手探り。最高の暇潰しだと思う。
べつにさ?
[こうすれば簡単だったのにーwww]
[とんだ無駄足じゃ~ん、プークスクスwww]
[へっぼwww]
[あーっはっはっはっはwww]
[ぺぺーちょwww]
[生徒会~www]
とか笑いたい奴は笑ってりゃいいのだ。
だって俺がやりたいこととキミがやりたいこと、違うのだもの。
効率重視でレベル上げをしたいのならしてなさい。俺がしたいのはそれじゃない。
このね? 手探り感がいいのよ。回り道だっていい。遠回りだって構わない。むしろイイッ!
ピピンッ♪《癒しの能力と解毒の能力が一定値に達しました》
ピピンッ♪《複合職:僧侶を合成出来ます》
ピピンッ♪《複合職:僧侶を合成しますか?》
はい →いいえ
秒でいいえを選びました。
や、複合職とかいいのよ。どうせあれでしょ? 鍛えていったら賢者とかになるんでしょ? 要らんし。剣聖も要らん。聖女も要らん。
ていうか上級職とかいいから。
俺こういう質素な感じがいいの。分かる? 癒しや解毒はまだしも、能力使わんでもギリ実現可能な異能を、ちまちまちまちま育てていく……そんなのがいいの。
アータそれあれでしょ? 僧侶があるなら魔法使いもあるんでしょ?
そしたらどうせ、複合職合成で賢者とか出てくるんでしょ? いいよ要らんよそんなん。そういう必要迫られるような事態が起こるんだから。
俺はね、職を得たら極めたいタイプの人間です。
見れば職業レベルは99まであるようじゃないですか。それを20で複合職に? ……とんでもない!
なので目指すは99。そして無理に急いたりなどいたしません。
もちろん複合職なぞも知りません。
いつかそれもやってみたいなぁ~とか思った時にでもすればいいのでは?
まあ、目指すっていったってのんびりやるだけだけどね。
急いでレベル99までを達成してみて、やることが無くなって積みゲーになったRPG、結構あったんだよなー……ドラクエ7とか。
「薪は薪割りダイナミックで綺麗に両断。火起こしも能力で十分だし、怪我したら癒しで、回復魔法、なんてものも必要ない」
無消費で出来るほんのちょっぴりの異能。
そんなんでいいのだ。なるほど、魔法、までいったらそれはちょっと行き過ぎなのだ。
そこまで行っちゃったら平凡からは離れてしまう。
そして、そんなところまで行ってしまっては、俺こそがこの平凡な聖域から弾かれてしまう。
今こそ吉良吉影になろう。植物のような生活を。行って仙人のような生活水準までで。
───……。
……。
十年後。
「あ~さ~ひが~の~ぼる~♪ わた~し~はゲ~ン~スル~♪」
質素な生き方にも完全に慣れ、動物たちに囲まれながら暮らしています。
え? 職? スキル? ああもう成長とか気にするのもやめました。
欲とかどうでもいいと思いませんか? 三大欲求には勝てませんが。
性欲は……こんな生活で湧き出てくるとお思いか?
異性も居ないから全然です。
異世界転移転生に憑き物*1の異性多すぎ問題なんてここでは無縁です。
代わりに動物が居ます。癒しです。性への執着など滅んでいきます。
だから発情期に俺の足にしがみついてヘコヘコするのをやめろ、ハスキーモドキ。
───……。
……。
何年経ったか忘れた。
動物語が分かるようになった。
といっても、分かりやすいように変換されて耳に届いてるっぽいけど。
『なぁなぁ。なんでも王国が魔族に滅ぼされたらしいぜ』
「マジかよドスコイカーン」
『で、魔族は疲弊してるところを竜族に滅ぼされたらしいぞ』
「マジかよハッキョイカーン」
『その竜族は魔王が死に際にかけた呪いで滅んだらしい』
「マジかよゴッツァンカーン」
なんか世界は勝手に平和になっていた。
なお、国は懲りずに勇者召喚をしたらしく、真面目でやさしい生徒たちが勇者として召喚された───のではなく、なんか元の世界に疲れた社畜のおっさんどもばかりが召喚されたらしく、好待遇で迎えられたおっさんたちは元気に突貫。
魔族と戦ったらしいのだが、最終的に量で押しつぶされて国とともに滅亡。
しかし魔族側も大分疲弊し、そこへ竜族がぐへへと突貫。
竜族によって魔王もろとも滅ぼされ……たが、呪いをかけられ竜族も滅亡、と。
「あのー……ジャイアントさんとかは?」
『? ジャイアントは魔族だぜ? 当然滅ぼされたよ』
「───」
では、もう欲望を解放しても欲望剥き出し男子を滅ぼすジャイアントさんは現れないと?
…………まあ、今さらそういった欲も湧いてこないのですが。
若かったなぁ……あの頃。
しかしまあ、年齢がどうなろうがやることは変わらない。
職業レベルが80を超え、出来るこも大分増えても無理に生活水準を上げることはしなかった。
いいじゃん質素。
むしろ欲を出したらもっともっととなってしまうのが人間です。
そして届かないものにまで手を伸ばしたがる。
いいじゃん質素。
そういう部分に帰ろうとする行為が、きっとキャンプなのだと思います。
なんでか謎の満足感があるものね、あれ。
懐かしくも、ゆる~いキャンプの例の口笛チックなBGMを奏でながら、今日も今日とて火を熾す。
食事を摂り、動物とともに森を駆けまわり食材を探し、傷ついた動物が居たら癒したりして、けど弱肉強食には極力手を出さない。
まあ、この森とことんまでに草食動物ばっかだけど。
気分はジャングルを守るターちゃんだ。
「ちなみに森の外ってどんな感じになってる?」
『国が滅んだお陰で人の手が外に回らなくなったみたいだぞ』
『人も滅んだわけじゃないけど、生きるだけで精一杯ってやつなんだろーぜ』
『だから森の外も、外から先も、草ばっかりになってるんだぜ』
『魔族も居ないから動きやすいし、俺達にしてみりゃありがてーこったぜ』
まあ、そりゃそっか。
納得しつつ、森の外へと久しぶりに出てみれば───なるほど、草を踏み慣らす冒険者なども居ない所為か、随分と伸び放題の草木がたくさん。
覚えてる限りの道を歩き、町があったであろう場所には崩れた瓦礫があるのみだ。
ラノベ主人公ならこういうところで孤児の異性を見つけたりするんだろうけど、生憎と拙僧にはそんな機会も邂逅もござんせんし、無理に探そうとも思いません。
なので、森に帰った。
やはり実家が一番です。
「人も魔族も竜も居なくなったら、この世界の脅威ってなんなんだ?」
『怖かったのはその三種族だけだぞ? 今、この世界は俺達動物にとっての天国だ』
あーなるほど。
人は滅んでないにしても、ここから元の水準に戻るのにどれほどかかるか。
むしろ貴族制度とか死んで喜んでるんじゃない? 知らんけど。
文明滅んだあとに、『貴様! 朕を愚弄するか!』とかどれだけ言っても関係ないしね。
「じゃ、あとはこのまま動物の国が出来るのを見届けるくらいか」
『動物の国かぁ……動物だって他の動物を食うやつも居るから、案外ひっどい世界になるかもだぜー?』
「まあ、たしかに」
『お前だってそうなったら助けてくれるわけじゃないんだろ?』
「好き好んで敵対したいとは思わないしなぁ。人の平穏ぶち壊そうってんなら抗うけど、そもそも勝てる気がしないよ」
というかだ。
魔物が滅んだから、魔物を倒してレベルアップ~が出来なくなりました。
俺がこれ以上を望むなら、使用してレベルアップを目指せる職業レベルくらいしかない。
……まっ、いっかぁ。
「今まで通り、静かに生きるか」
『寒い時期が近いから、食料集めんのも忘れんなよー?』
「お前らは自分で集めなさいよ」
『餌付けしたのはオメーだろーが!』
「人ン家の穀物勝手に食うことを餌付けと呼ぶならね!?」
今日も平和。明日も平和。
質素で静かで、だけど全然嫌じゃない。
そんな、代わり映えはしなくても生きているを実感できる日々を今日も生きませう。
そう、これがしあわせ。これもしあわせ。
───最高の一日だ。
あの人のアルコール分解能力どうなってんでしょうね。
ちなみに自分が買うのはノンアルコール。
新!ALLFREEばっか買ってます。
酔うのは嫌いじゃないんですけど、寝落ちは嫌なもので。