凍傷気味のみかん箱   作:凍傷(ぜろくろ)

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相手の体内が透けて見えてしまったがために、この世界が鬼滅の刃の世界だと勘違いした馬鹿者転生者のお話。
なお似たような技術を範馬勇次郎が使えることを知らないものとする。


あっ、これ鬼滅の刃でしょ。知ってる知ってる!

 透き通る世界って知ってる?

 なんかこー……見た対象の筋肉とか、まあ皮膚の内側とかが見えちゃう能力なんだけど。

 鬼滅の刃っていう漫画で出た能力で、継国縁壱っていう存在が一番最初に持っていた能力……だったよね?

 うん。

 とにかくそういう能力があるんだけど……うん。

 やべぇどうしよう。

 俺、幼いながらに相手の内側とか見えちゃってるんだけど。

 服を透視してイヤーン叡智~♪ どころじゃないんですけど。

 え……なにこれキモい。常時見える人の姿が人体模型レベルとか吐きそう。

 なんとかなりませんか? ……あ、なった。オンオフ出来るっぽい。よかった。

 でも……そっかぁ。俺、転生したんだなぁ。

 だって気づいたら赤子で、こんな能力があるってことは、俺……下手すりゃ縁壱ポジってことだよね?

 ……あれ? にしては、なんか見える景色が随分見覚えのあるような。

 現代日本っていうか……平成とかで見た景色だ。なんなら昭和的って言ってもいい。

 大正桜に浪漫の嵐が吹きすさぶような景色には見えない。

 おんやぁ……?

 

「あぅぶーいっ(*訳:ハッ!?)」

 

 そうか分かったぞこれアレだ!

 鬼滅の後の話のやつだ! 最終話のあの!

 炭治郎の魂を継ぎし者(大袈裟)が、長男じゃなかった所為で怠惰になってるあの!

 長男だったらきっと炭彦くんも元気で立派で嘘が嫌いな少年だったろうに……!

 だがナルホロ。だったら……鍛えるしかあるまい!

 せっかく縁壱チックな能力を手に入れたなら、オンオフを自由自在にすることもそうだけど、持て余すなどもったいない!

 俺ね、貰い物の力でドヤるのとかダメなの。許せない。

 だからこれは俺の能力だ~って胸張れるように、自分に出来る努力は極力やっていくつもりでゴワス。

 よしやるぞ! やるっ……やっ……───!

 ア、アウアー! 母上殿! 母上殿ー! 便意が! 便意がー!

 括約筋がまったく発達してない所為で我慢が出来そうにありませぬ!

 お助けを! お助けをォオオオオッ! …………───アッ……!

 

 

……。

 

 

 人はそうして強くなるのです。

 遠い目をしながら涙したあの日を思い、黄昏る。

 しかしもう悲しむまい。

 我が括約筋はもう立派に成長めされた。

 どころか体だってムッキムキですよ。

 これも日々の鍛錬の賜物ですな!

 

 いや~やっぱり鬼滅世界なら、幼い頃から呼吸法の練習とかしたくなるじゃない?

 独学だけど出来ないもんかな~って頑張ってみたら、全集中の呼吸……出来るようになりました! たぶん出来てるってことでいいんだよねこれ!

 走っても疲れないし、身体能力も高くなったし、とてもいいことだ。

 ……あれ? そもそも縁壱の呼吸自体が最初から日の呼吸でいいんだっけ? ……まあいいや! 難しいことは、よー知らん!

 原作キャラには会えてないけど、まあ無理に会わずともってやつだ。

 天元さんの子孫とかメダルゲットとかしてたと思うし、いつかそれのニュースとか出たら、思いっきりほっこりしてやるのだ。

 しかし呼吸的なスキルが身に付けられるなら、波紋法の修行とかどうだろう。

 とかやってみてたら普通に出来た。

 コオオオオ……と呼吸をすると、体に走るスパーク。

 ふるえるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! 刻むぞ! 波紋のビート!

 山吹色と書いてサンライトイエロー、波紋疾走と書いてオーバードライブ! そりゃーズームパンチ! ……うわ本当に腕伸びた! すげぇ!

 

 そうして遊びも混ぜつつ、けど真剣に努力していたら、身体能力がやべぇことになった。

 まあ……普通に考えておかしいよなぁ。

 水の上走れて、アホみたいに身体能力高くて、だからって頭が悪いわけでもない。

 俺は努力が好きです。産まれて落ちて、最初から能力的なものが約束されていたとしても、鍛えないで強くなるアホなど居るはずもない。

 なのでしっかり鍛えた結果がこれだ。いいことだ。

 確かあのー……なんだっけ。格闘漫画の。そう、バキの。最初がグラップラーのあれ。友人にめっちゃ薦められたけど、ついには読まなかったアレ。立ち読みでチラッ……? とだけ見たけど、いやァ~……筋肉スゲかったなぁあれ。

 

 あ、で、だけど。あれで、持って産まれた天才的能力者は、鍛えるのはフェアじゃないってやつがあったよね。丁度立ち読みしたのがそこだったんだけど。顔に傷がある肥満……? とも違うデケェ図体のあのー……ヤクザだったのかな? と、黒い服とサングラスの、髪がザワザワしてる奴とのあの、あくび解消の時のアレだ。

 でもね、天才さんはそう思うのかもしれないけど、凡人さんは天才さんにこそ鍛えていてほしいって思うもんなのよ。

 だって鍛えてないのに鍛えてる人より強いって、イヤミもいいところだろ。

 凡人さんは負けた時の理由が欲しいもんなんさ。同じ鍛え方してみたけど、あいつ天才だから俺は敵わなかったよ~みたいな。

 

 だからってわけでもないけど、凡人を存分に味わった俺は、天才に生まれ変われたら努力しなきゃアもったいないって思ったんだ。

 フェアがどうだとか、天才がどーだとか、言ったらアンタぁ……『もったいない』ってもんじゃないだろ?

 あの天才がッッ! あの強者がッッ! 努力したらどーなるンだッ!?

 そう思って普通だ。

 凡人の言い訳的には、才能がなかったから負けた。それで、言い訳的には同等なのだ。努力なんてしてねぇなんて言われたらアンタぁ……そいつが頑張って来た過去が潰れッちまうよォ。

 

  ───だからってわけだから、したのだ。努力を。

 

 満足に動けぬ赤子……の時より、身体を動かし、頭を働かせ、日に出来る行動を増やし、ハイハイが可能になれば動き回り、世の中のことを少しずつ理解していって……やっぱりここの時代が大正ではないことを知る。

 んでもって……なんかね。どっかで聞いた名前であることを知る。

 俺、あのヤクザとあのー……なんか髪がざわざわしてる黒い服の人のさ、喧嘩ね? 雑誌立ち読みでたまたま見れただけなんよ。

 だからイマイチよく分かってなかったんだけど、そんな俺でもどっかで聞いたような~……って名前。

 なにで見たんだっけなぁ……友人に言われたのかもしれんのだけど。

 そのー……以蔵? 人斬りの名前だっけ?

 モトベ? なんかネットで『シュゴル』? とかいうスラングの元になった人だっけ?

 それをくっつけた名前なのね、俺。

 そう、モトベイゾウ。本部以蔵って書くんだけど。

 こんな名前つけられるって、もしかして昭和とか平成初期なんかなぁ……とか思いつつ、鍛錬は欠かさない。

 目指すはなんでも出来る人。現代の継国縁壱に、俺はなる!!

 

 

……。

 

 

 転生ってことで思ってたことはもちろんあるんだけど、この体……ほんっとにスゴい。運動も出来るし筋肉的なものの成長速度も、なにかを学べば記憶する力も、名称に“力”とかつくもの全てに特化してるって言われても納得できるくらいにすげぇ。

 もしやチート!? これは転生チートでござるか衛宮!? 誰だよ衛宮。

 あとやっぱり貰い物の力で胸を張る気はないので、努力は全力で続けるものとする。

 幸いと言っちゃなんだけど家は道場だった。

 なんというか、古臭いって言っちゃあれだけど古臭い。言ってしまった。

 ただ、武器を使った戦いを教えるような……そんなとこ。

 

 親は結構な歳だ。

 俺は随分とまあ遅くに授かった子供らしく、親は俺に自分の知識の全てを託すかのように様々を教えてくれた。

 で、俺がそれをすいすい吸収するもんだから、親は泣いて喜んでいた。

 喜んで喜んで───俺に教えることはもうない、と気づいたあたりで、道場の神棚を前に、拝んだ姿勢のまま正座で逝っちまってた。

 母親もその後、俺に料理だなんだの家のことを教え、遺産だなんだのことを知り合いに頼むと、親父を追うように逝っちまった。

 後見人はその知り合いで、俺が成人するまで親代わりを務め、成人してからは家や道場、遺産の全てを俺に押し付け、とっとと蒸発しやがった。

 

 大学を卒業する頃にはご近所でも有名な天涯孤独のマッチョマン。

 新社会人とは思えない肉体と冷静さもあって、いろんなヤツから距離を取られたりしていた。

 そんな俺でも暴力的なトラブルなんかで人助けをしたりしていたら、どこぞのおぜうなんかに惚れられて、付き合ったりアレしたり。

 俺ン中で未来への覚悟と、現在のヤンチャへのさよならを意識していた時───ソイツは、現れた。

 

「……超実戦流……本部以蔵だな…………」

 

 黒い服着たガキだった。髪はオールバックで、目ェ細めて睨んできてやがる。

 夜道でも分かるくらいに目ェギラつかせて、無造作に下ろした片手ずつをベキボキ鳴らしながら獲物を狩らんとする様相で、俺のこと睨みつけてやがるんだ。

 

「いかにも、本部の以蔵は俺だが。あんちゃん誰だィ」

「……てめぇは俺を満足させてくれるか……? 梃子摺(てこず)らせてくれるか……?」

「………」

 

 あ、やばいわ。

 これアレだ、鬼だ。

 マジかー、現代にも居るんだ、鬼。

 鬼舞辻無惨死んだのに、なんで居んの鬼。

 もしかして縁壱の転生体(……俺ェ?)が現代に蘇った影響かなんかで、無惨も蘇っちゃった的な………………?

 だってこれ明らかに人の表情してないよ?

 まだガキだってのにこんな顔とかさ、たまんねぇよもう。

 

「なんだボウズ、梃子摺りたいってか。ハネッかえりのガキ大将が調子に乗っちまって、えーとアレか! ああアレか! あいつが言ってたアレか! これがいわゆる“敗北を知りたい”、ってやつか!?」

 

 前世の友人が言ってたことを思い出し、ぽん、と手を打って言ってみる。と、ガキは馬鹿にされたと思ったのか、ミキメキと額やコメカミの血管を隆起させるほどに怒り、あ───飛び込みで蹴り来るなこれ。

 見えてる見えてる。やべェ奴を見たら、透き通る世界は使うようにしてるんだ、コレ絶対来るよ。

 

「ほいっ」

「!?」

 

 バオッ、と一歩下がった鼻先を蹴りが空振る。

 ひええ、すっげぇ跳躍力と蹴りの速度。

 

「これが合戦の狼煙ってェことで……いいかな?」

「~……避けられたのは初めてだ……!!」

 

 避けたことで余計に目をギラつかせたガキを前に、俺はあーあと溜め息を吐いていた。

 

……。

 

 ンで。

 戦ってやったんだけど、こいつがまた速いし強いしで。

 けどまあ……縁壱の相手になるかっつったら……なァ……?

 

「で……まだやるかいあんちゃん」

 

 相手はボッコボコの状態で、息を荒げながら俺を睨んで……睨んで……ニラ………………いやなんでこいつこんな笑顔なの。

 え? なんでこんな嬉しそうなのこいつ。マゾなの? Mなの?

 けれどもまあ向かってくる限りは、だ。

 

  ばァんッ!!

 

「ぶわっ!?」

 

 馬鹿正直に突っ込んできたそいつの顔面に、自作の目潰し爆弾。

 次いで腹に前蹴りを埋めてやると、そいつはすぐに足を腕で抱えてきて───ぺそっ、とズボンが抱き締められた。

 そう来ると思っていた。靴ごと一気にズボンを脱いだ俺は脱ぐために引いた足でその顔面に飛び足刀を叩き込み、足を着くと同時に踏み込ませていた体重とともに、正拳を叩き込んだ。

 ゲロ吐いて蹲るガキを前に、どちゃりと落ちたズボンを穿いて……そのズボンからじゃら……と鎖分銅を取り出す。

 それをヒョンヒョンと回転させ始めると、それを見たガキはなんだか拍子抜けの行動をされている、と言わんばかりの落胆を見せた。

 

「……武器でもなんでも使えばいい……とは思ったが。よりにもよって鎖分銅……」

 

 クスッ、クスッと笑うソイツは、鎖分銅を相当馬鹿にしたいらしい。

 武芸百般。

 これを舐めとると大変なことになるんだけどなぁ……。

 

「どうせアレだろお前、先端は速ェエけど手元を見れば行動やリーチは予測できる、とか思ってるんだろ」

「………」

「じゃ、避けてみろや」

 

 前世の友人が教えてくれた、架空武術を実践してみせる。

 腕の中にイメージの関節を作り出して、それで加速をさせるらしい。

 それで音速の行動を出せる~なんて言ってた友人。頭ダイジョブ? とは思ってたものの、今世でやってみたらなんか出来たから困る。

 

「さ、音速の回転だ。見切ってみせろ」

「~~~~ッッ……!?」

 

 バオッ、どころの速度ではない。

 もはやヘリコプターとも違う空気を裂く音が鳴り、やがて音速を纏った先端が空気を歪ませ始めた───ところで、目潰しの音を聴きつけたのか、ご近所さんが「なにやってンだァッ!」とか怒鳴り込んできたわけで。

 

「……ア~ッ……こりゃここまでだな。おいボウズ、走るぞ」

「……ッチィ」

 

 言ってみれば、確かに興覚めだとばかりに舌打ちをして、そいつは逃げる俺についてきた。

 

……。

 

 やってきたのは前世じゃもう珍しかった、屋台の居酒屋。

 そこにコゾー連れ込んで、頼んで出て来た酒をかっくらう。

 幸い、他に客は居なかった。

 

「ボウズ、酒はもうやれるかぃ」

「………」

 

 ほれ、と試すように差し出した酒をカッと口に入れると、ゴポ……ギュポ……と口の中で転がすように味わい、ゴキュ……と飲み込んだ。

 

「安い酒だな」

「はっはっは、アホウ。屋台で高級な酒なんざ出す馬鹿があるか。だらだら飲むのに高級酒なんていらねぇよ。安いからいい。遠慮がいらねぇ」

「へェ……アンタ、他者に遠慮するタマか」

「無駄な諍いは酒を不味くする。自分なりの誠意を以って、他者の店で持て成してもらう。常識がどーこー言うんじゃなくて、そうした方が美味ェって話だ。自由結構。ケド、それしてェンならせめて相手の店への敬意は必要だ。それが出来ねぇなら最初っから宅飲みでいい」

「………」

 

 ア~……そういや友人も言ってたっけ。

 ある漫画でのこと。

 

「お前ェさんも将来、ルールだマナーだ他者には押し付けんのに、店側が『お口から迎えてください』とか言われてんのにそれ無視するような男にゃなるなよ」

「…………………」

「…………おう?」

「……なんだそれ?」

 

 たっぷり間を置き、なに言われてんのか分からんって顔で言われた。

 うん、俺もよく分からん。

 

「自分は好き勝手やってるくせに、他者にばっかりルール押し付けんなってェ話だよ。一言くらい言うこと聞いとけ。お前、敗けたんだから」

「───」

 

 言ってみれば、ぞわりとオールバックの髪がざわつく。いややっぱこいつ鬼でしょ。なんなのそれ。血鬼術?

 

「負け…………敗北………………確かにな。今の俺では勝てん。こんなことを言う日がくるとは思わなかったが………………」

 

 そいつは怒った風でもなく息を吐くと、まるでそう……たまらん、とか言いそうなくらいどこか嬉しそうな「たまらん」言ったよ。

 

「負けると。勝てぬと確信出来たのは初めてだ。しかもまだまだ本気じゃない。……これか。これが、焦燥か…………! 勝てぬかもしれん、負けるかもしれん、どうすれば勝てる、ああすればこうすれば…………! これが、梃子摺る(・・・・)か…………ッッ!!」

 

 で、とんでもなく嬉しそうな顔でそれを言ってる横で、おでん食ってるのが俺です。

 あ、これ美味いね大将。言ってみれば「へィ」で返された。いいね、余計な口がない。やっぱ飯は静かに食いたいよね。

 店主にベラベラ語り掛けられるのはどォ~も苦手だ。せっかくの飯も冷めちまう。

 

「まッ。……またいつでも殴り込んでくりゃあいい。暇なら相手しちゃる。あ、もちろん奇襲は無しだ。俺ァな、自分の時間ってものは大事にしてんだ」

 

 親の遺産食い潰してる外道ですけどね。

 あ、これでも仕事はしてんだぞ? 道場だし、門下生やら軍隊への指導とかもしてるし。なんならガッコォの授業にお呼ばれされる時もある。柔道の授業ネ。

 その関係で先生、とか呼ばれたりもちゃんとしてるって。

 ノムラってやつが素直でさぁ。道場入ったら、壁掛けされてる武具に目ぇ輝かせて、カッコイイ……とか言ってくれるの。

 親から継いだものだから、それが嬉しくってねぇ。

 

「………………いや。しばらくはいい。今では勝てん。勝つために、策ってもんを練り上げてみるさ。……クッ、クフッフ……エフッ! エフエフッ……!」

 

 え? なにそれ、笑ってんの? 怖ぁ……エフエフってお前。いや笑いたいなら普通に笑いなさいよ、なんなのその笑い方。怖いんだけど。

 

「強者が強者としてそこに在る喜び………………おい本部。落とすなよ、その純度を。俺が喜び続けられるほどの強者であれ」

「アホウ。な~んで負けたお前が命令口調なんだ。俺ぁ好き勝手に生きるだけだ。最強~だの無双~だのどうだっていいんだよ。自分の人生精一杯守護っていけりゃあそれでジューブンなんだ。超実戦流……口にしてみりゃカッコイイが、あるのは武器OK反則OKの世界。こんなん、実際に使える機会なんざ訪れやしねぇ。使う気もねぇ」

「……クッ……。なるほど。道理で嬉しそうだったハズだ」

「───……」

 

 あ、目潰し爆弾とか鎖分銅使ってた時の俺か。

 まあ確かにテンションおかしかった。ナルホド……嬉しかったのか、俺。

 

「今度は邪魔が入らないことを願おう」

「なんだ、道場にでも来る気か? 今は門下生なんざ募集してねぇんだが」

「……? ……………………行くか、馬鹿」

 

 俺の言葉に、少しぽかんとした顔をしたあと、可笑しそうにそう言った。

 なるほど、言動はもう大人みたいな風でも、中身はまだガキが残ってる。

 周りが弱かった所為で、こうならざるを得なかったっていう究極なんだろうな、こいつ。

 

……。

 

 そいつとは屋台で別れた。

 金は持ってないっつーから、いやフツーに俺払うつもりだったから、と返して払い、気持ちよく酔えたこともあって、上機嫌で帰宅。

 それからうがいして歯ァ磨いてうがいして。

 風呂入って着替えて、さっぱりしたところで道場へ。

 

「ハハ……ここに入ると、酔いも醒めるな」

 

 道着でもないのに、意識が鍛錬方向に向かおうとする。

 それを苦笑で押しとどめて、さっきのガキのことを思う。

 なんかこれからアメーリカ行って強敵を探すだのどーのとか言ってたけど、本気かね。

 あいつアレか、戦いの中でしか成長出来ないタイプなのか。

 それが悪いとは言わんけど、難儀な生き方してんなぁとは思った。

 

「それにしても…………ッハァア~~~ッ……」

 

 はっ……恥ずかしィーーーッ!!

 なにやってんの俺、自分より年下の男になんか格好つけた口調で話したり、目潰しだの分銅だの……ハッ……恥ずかしィイーーーッ!!

 いやいや俺普段あんな口調じゃないからね!? なんか精一杯皮肉なおっさんんっぽく喋ってみたけど、あんなんじゃないから!!

 ていうかこいつもう酒とかやってんな、とか思って勧めたけど、本当に飲むとは思わないじゃん! なにやってんの俺!

 みっ……未成年……だよな!? だったよな!? 今が結構ガバガバな頃だったからよかったものの、前世だったら俺捕まってたよ!?

 

「………………精神統一……していくか…………」

 

 カァァ……と顔が熱くなるのを感じつつ、俺は神棚の前で正座をし、拝むことから始めた。

 

 

……。

 

 

 それからの日々は……なんて言えばいいのか。

 どこどこへ行った~とか、やってくる度に襲い掛かって来るボウズをブチノメしてからお土産を貰うことが通例となっていて、なにをどう語ればよいものか。

 やれ軍隊を潰してきただのボクシングチャンプに会ってきただの。

 いつの話だよそれ。

 そうやって時を経て、結婚して家庭も持って、子供も出来たしでのんびり生きても、こいつとの関係は変わらない。

 

「おい本部」

「さんをつけろバカヤロ。ったくお前は毎度毎度来る度来る度……で? 次はなんだ。前はベトナム戦争を片付けただのなんだの言ってたが、次は?」

「いい酒が入った。飲むぞ」

「………………………………………………………………」

 

 エ? お前が? 俺を? 酒に誘う?

 …………………………ヘェ~~~~……。

 いやイイケド。

 そんなわけで、道場で二人、中心にて足を崩し、ドッカと座って酒を飲む。

 盃を用意して~なんてもんじゃなく、二人して交互に、ゴムッ……とラッパ飲みだ。

 

「礼儀だ作法だマナーだなんだ、縛るつもりはねぇケドお前……道場で酒ェラッパって……」

「お前が言ったことだ。ここでルールは必要か?」

「…………はぁ」

 

 武器だのなんだのなんでもあり。超実戦流の道場で、ルール語っちゃどうしようもない。

 

「本部よ」

「おう」

 

 酒を飲み、緩む頬をそのままに返す。

 

「息子の育成は順調か?」

「……なんだお前、俺の息子に手ェ出す気か。生憎だがアレは勉学向きだ。格闘センスはまるでねぇよ。嫁も子供が出来にくい体だ。子供も一人で十分だ」

「道場はどうなる」

「俺の代で終わりだろうな。それでいいと思ってる。まあ、俺は生涯現役のつもりだが」

「フフッ……そうか。簡単に死んでくれるなよ、本部」

「人の寿命に勝手に期待すんねぃ。……ってか、また筋肉デカくなってねぇか、お前」

「実戦に勝る強化無し。酒が抜けた頃にでも仕合うとしよう」

「………………ア。喋るために酒ェ持ってきたのかお前。酔ってなけりゃあ襲う気満々だから。お前、相ッ変わらず不器用っつーかなんつーか」

「フフ…………純度の下がらぬお前が悪い。こんなご馳走を前に、襲わぬ俺をむしろ褒めてもらいたいほどだ」

「あーあー、そうして自制の域でも最強誇ってろ」

 

 巷じゃ地上最強の生物~とか言われ始めてるらしいもんこいつ。

 え? じゃあそいつに勝ち続けてる俺、なんなの?

 ……公式最強か。縁壱レベルじゃしゃーないよな、うん。

 なんてクスクスわやわややっていたら、さすがにラッパ飲みだからすぐに酒が無くなってしまった。

 

「あらら、もう無くなっちまった。こんなんじゃ大して酔えねぇな」

「………」

 

 あの。返事じゃなくて指をペキポキ鳴らすのやめてもらえます?

 あぐらァ掻いて両膝に両手乗っけて、人差し指から順に親指でペキポキ鳴らしていってんですよこの人。

 やだねぇ戦闘狂は。

 

「ちっと待ってろ。いい酒の飲み方ってのを教えてやる」

「ほう?」

 

 このままじゃ直突きが飛んで来かねないので、腰を持ち上げて屋敷の方へ。

 そこで親が遺したブランデーを手に、テキトーなキャンディも取って道場へ。

 律儀に座って待ってたコゾーを前にドッカと座って、ワイングラス、キャンディがテキトーに詰められた入れ物、ブランデーを置く。

 

「コニャックか」

「親が遺したもんだが……………」

 

 コプッ、トットットットット……。

 

「……………取っておいてもな」

 

 小気味のいい音とともに、グラスにブランデーが注がれていく。

 次いで、俺の方にも注ぐ。形が変わったグラスしかなかったから、なんかデュオンデュオン鳴る。こんな注ぎ音ある?

 

「ンン~~~ッ……」

 

 香りを嗅ぐ。

 前世の友人が教えてくれたことだ。

 コニャック……ハーディーには安物のキャンディーがいい、なんて言ってたっけ。

 お前ハーディーなんて高ェ酒飲んでんの? って訊いたら『イヤ……漫画知識……』って恥ずかしそうに言ってたっけ。

 でも一度はやってみてーよなー、とか言ってたソイツが奮発して買ってきた時にはビビった。やる時ゃやるヤツだ。

 で、キャンディの包装剥いてデケェグラスみたいな入れ物に入れて、ワイングラス二つ用意して俺にも入れてくれて。

 まず一連の動きをさせてくれっていうから見守ってたら、なんか『()りねぇ……』とか言ってきて……まあ、楽しかった。

 まあ40度だったからめっちゃキツかったけど、不味いわけでもなく、『うわっ! 樽ッッ……! あ、いい葡萄の香り……』って感じで……。

 

「ハーディー・ドス・ノール。こいつがな、安物のキャンディと()ると味が出る」

「………」

 

 注がれたコニャックを黙ってみていたボウズは、けれどそれを手に取るとカッと飲み込み、口の中でギュポ……ゴポ……と存分に転がしたあと、飲み込んでからしばらく。静かに鼻から息を吐くと、目を細め……キャンディを引っ掴んで口の中に放り込んだ。

 歯とぶつかった飴玉がカロ……と小気味の良い音を出し、直後にガリ、ボリ……と噛み砕かれ、追うようにコニャックを口に含む。

 

「どうだい」

「…………………………悪くねェ」

「ケッ、安くねぇのに可愛げのねぇ」

 

 まあ俺が金出したわけでもないし。

 ぼやきつつもせっかくだからと漬け込んでたものや、母に教えてもらった料理なども用意して、楽しく美味しく酒盛りをした。

 

「オッ……、……ふむ……」

「? どしたい。頬緩ませて」

「鮭の内臓の塩辛か」

「オウ。嫁の祖父母が北海道住まいでな。送ってくれた鮭を俺が捌いた。嫁以外に食わせるのは初めてだが、どーだ。美味く出来てるか?」

「…………気に入った。たった今から俺の好物だ」

「へ? …………ヘェ~~~……お前さんにも好物に思えるもんが───ってイヤイヤイヤそうじゃなくてだな。美味いか、って……ア~……その顔見りゃ十分か」

 

 メフンを食べて、なんでか白目になりながら口角を持ち上げているボウズ。

 次いで酒を飲むと、熱い吐息を吐き出した。

 

「で? どーだ、ちったぁ満足したか?」

「たまらねぇ……。食でも飲みでも、強者としてでも満たしてくれるなど」

「お前ェはどーしてそういちいちエラソーなんだ。なに? それ何目線?」

「望んだものは全て手にしてきた。必要だと思えば、全てだ。だが──」

「?」

 

 ちらり、と見られた。見たら見たで、クス……と笑う。

 

「届かぬ───と思えば与えられる。足りぬ───と思えば与えられる。猛獣を飼いならすが如く、少しずつ、少しずつ」

「………」

 

 なに言ってんだコイツ。

 すまん、本気で分からん。あの~……俺達会話出来てます?

 

「この俺が絆されるものか、と反発しようにも勝てるものがないと来る。…………これが震えずにおられようか………………ッ! どの分野においてもッ! 歩む先に貴様が居るッッ!! ……梃子摺らせてくれる…………それがどれほど嬉しく、そしてどれほど悔しいことか………………ッ!!」

「梃子摺れねぇよりゃマシだろ。腹ァ満たして舌ァ満たして心満たして本能満たして。振り返ってみりゃあ食い切れねぇものがある喜び。いずれ飽きるにしても、飽きるまで楽しんだらいい。12ィ離れた友人(ダチ)からの助言だ」

「友人…………?」

「いつでも好きな時にドツキ合って、気が向けば膝崩して酒盛りして、好き勝手に語らう。……ダチじゃなかったらなんだってんだ」

「…………………………………………ナルホドなァア~~~~…………」

「お前さ、時々抜けてるよな」

「フッ…………それこそ、友人とやらの前で気でも緩んでいるんだろう」

「だからそれなに目線だよ」

 

 笑い、食らい、時にグラスを軽くぶつけ、乾杯をする。

 コニャックは流石に強く、強烈ではあったものの……美味い。いい酔い方が出来そうだ。

 あとさすが、我が母直伝の料理と漬物。

 あのボウズが遠慮もなしに食べる食べる。

 ………………そういや俺、こいつの名前知らないんだよな。

 噂で、お宅に入っていく黒い子が、地上最強がどうとか言われてる~とか教えてもらったりするくらいで。

 俺の名前は知ってるくせに………………まあいいケド。

 今さら改まって訊くのもなァア……。

 そうしていると、酒も尽きた頃にボウズは立ち上がった。

 ボウズって呼ぶにはもうズイブンとガタイがデカいけど……

 

「もういいのかぃ」

「……………………堪能した」

 

 ボウズは満足そうに笑みを浮かべ、大きく息を吐き出した。

 

「そーかい。また気が向いたら来るとイイや。毎日は無理だが、また塩辛作っちゃる」

「───本部」

「ン?」

 

 返事と一緒に、グラスに降ろしていた視線を向けた瞬間、眼前に迫るは靴の裏。

 それ目掛け、口の中のキャンディをボッと吐き出し、靴の側面に当てることで逸らしてみせた。

 

「ア~~~ッもったいねェ。飴玉一つ無駄になっただろォ~が」

「酔ってなお。力を抜いてなおか。飴玉ひとつで俺の蹴りをいなしやがった」

「そりゃ、お前の蹴りが速すぎンのが悪ィやな」

 

 これも友人の話だけど、早すぎる物体は軽くなにかにぶつかっただけで軌道が逸れてしまうんだとか。

 ダイジョブ? 普通にそう思った。前世の友人はいったい何を見てそんな知識を得たのだろう。

 質量の問題とかいろいろあるでしょうに、速けりゃなんでも逸れるの? って思ったけど……逸れちゃったんだから仕方ない。

 そして、蹴りィ逸らされたのになんでそんな嬉しそうなのオマエ。

 飴ちゃんだよ? 飴ちゃんに逸らされて悔しくないの?

 

「息子の育成…………子供か………………フフ、なるほど。血筋ならば───」

「?」

 

 悔しそうどころか嬉しそうにして、ボウズは去っていった。

 イヤホント……なんだったんだろうね………………。

 

……。

 

 それから数年、静かな日が続いた。

 そりゃあ、数ヶ月の間を空けるとボウズが訪問して「立ち会えィッッッ!!」とばかりに襲い掛かってくるんだけど、それを問答無用でブチノメして。

 負けたってのに嬉しそうな顔で気絶すんのよコイツ。

 いい加減しつこいからって、前世の友人に教わった技術(漫画の技らしい)を練習。なんか出来るようになったので、それを何度目かの来訪のボウズにやってみたら、「ヌワッッッ!?」ってヘンな声とともに避けられた。

 

「避けるのかよ、初手で………………」

「…………本部ッ……キサマ……!」

 

 やってみて出来たのは、『相手を斬る』ってイメージを相手にぶつけること。

 なんかね、刀持ってないのに刀で斬れるんだって。ダイジョブ? って思ったけど、出来ちゃったんだからしょうがない。

 縁壱スペック絶対おかしいってコレ。

 なので見えない斬撃を飛ばしまくってみたんだけど、イヤァ~~~……これが避ける避ける。むしろ余裕で受けてみせるとか思ってたんだけど、全部避けてみせるの。

 なんで? どうせキミ、刀とかで斬っても骨まで達しないほど肉体がどうかしてるタイプの益良雄でしょ? だって絶対に鬼の生まれ変わりだろうし。

 きっと日輪刀とかで斬ろうとしても、皮膚すら斬れない有様とか───……ア~……自分で言ってて忘れてた。そりゃ縁壱スペックの斬撃とか、鬼にしてみりゃ死神の鎌だわ。

 なので斬撃をやめると、鬼の形相に笑みを混ぜたような顔で襲い掛かってくるじゃない? あ、失敗した。どうせ仕合うことにはなったんだろうけど、俺から火ィイ着火(つけ)ちゃった……❤

 

「どこまで進化する……! どこまで歓喜(ヨロコ)ばせてくれる……ッッ!! 俺以外の雄が存在することに、キサマの親にこそ感謝しよう───!!」

「嬉しいこと言ってくれるねェ~……」

 

 両親のことは本当に好きだから、褒めてくれるならアリガトォオ~~ッッ!!

 でもやかましいからとりあえず落ち着きなさい。

 関節のイメージを超高密度の蛇腹に、体は脱力。ゴキブリダッシュ……? とかいうやつのイメージを弾けさせ、体全体をトップスピードで速度の波に乗せ、拳は腕が破裂しない程度の音速一歩手前の速度。そして全ての速度が拳に乗ろうとする瞬間、その拳に自分の全体重を乗せる。

 ゴータイジュツ? とかいうらしい。ゴキブリダッシュ+音速拳+剛体術+消力、そして握力×体重×スピード=───破壊力!!

 

「!!」

 

 ソレの破壊力に気づき、本能で避けようとしたボウズに、無刀斬撃をゾッと入れる。

 一瞬の硬直。拳にこそ集中していたところへのフェイントに、珍しく引っかかったボウズはそれをクロスさせた両腕で受け止め───道場の床と水平に吹き飛び、壁へと激突した。

 

「あだぁ~~~だだだだだッッ!! いッッだッ!! アァ~~~ッ!!」

 

 けどこちらの拳もさすがに無事では済まず、コブシ・スゴク・イタイ劇場を繰り広げていた。

 ボウズはといえば、珍しく尻餅をついた状態で痺れているらしい腕を見ている。

 ……イヤ、あれくらって痺れる程度って、お前また強靭(ツヨ)くなった……?

 

「よぅ、ボウズ。……続行(つづ)けるかぃ?」

「───当然だ」

 

 今こそ鬼が笑ったような表情のまま、尻餅状態だったくせに弾かれたような速度で飛びかかってきた。

 そこへ、

 

「ンー……こう」

 

 ザンッ、と。刀ではなく鎖鎌で斬ってみせる。

 

「!?」

 

 距離が離れているならば、とでも思ったんだろうけどご生憎、無刀が出来るなら無鎌だって出来らァな。

 どうしようもなく襲い掛かる『斬られた感』に表情を歪ませながら、しかし実際は斬ってなどいないのだから、勢いは止まらない。

 まあ、それならそれでだ。

 

  ───日の呼吸

 

 竈門家に神楽舞として継承されたものではなく、縁壱が使った剣舞。

 ヒノカミカグラ、という名ではなく、名も無き剣舞が中空のボウズを襲った。

 当然切れはしないのだろうが、斬られた、という見えない感触は連なる。

 それが1400以上もの斬撃となって重なると、もはや耐えるどころではなく。

 ボウズは意識を失い、ザドッ、ドガッ……と床へと転がり、直後にカッと目を開くと起き上がってみせた。

 ……タフネス!

 

「不用意に無防備な体勢なんか取るねィ、らしくもねぇ」

「ッチィ……」

「まァ……見ての通り、手にゃあなァ~ンも持ってねぇ。だがおかしいね、振るえば斬った、という感触が残る」

「……………」

「宮本武蔵が目指した武、らしいぜ❤ 遊んでくかい?」

「───」

 

 宮本武蔵と聞いて、ボウズの目が変わった。

 その姿から発せられる殺気が、まるで景色を歪ませるような…………。

 それほどの殺気を持って挑むか、この本部に。

 ならばこちらも抜かねば………………不作法というもの…………。

 

「スゥ……ンッ!」

 

 意識を沈ませ、気配は広げ。

 無刀を模る意識で気配を作り上げ、やがてそれを……可視化できる像へと変える。

 象形拳、とかいうものらしい。

 言うまでもないが、これも前世の友人から教わったものだ。

 なンッつったっけ……あのー…………トリケラトプス……拳?

 その重さ、その速さ、その威力を、音速と剛体と呼吸と、自分の持てる全てで以って完成させる。

 ドンッ、と床を踏み締めれば、その音はどこぞのおっさんが床を踏んだとて鳴るような音ではなく。

 ズシと踏み込めば、その迫力はもはや人間のソレではない。

 

「~~~~~~~~~ッッ!!」

 

 見えているハズだボウズ。

 見えるだろうボウズ。

 俺の背後に、遥か昔の超生物の姿。

 ボウズはぶるりと小さく震え、ニィイマァアアアと表情を完全に崩すと、両足両腕をバッと広げ、『さァ来いッッ!!』とばかりに腰を沈めた。

 迎え撃つ気満々じゃないの。

 イヤいいケド。

 

  ドッ、と床を蹴り、ドガンドガンと前進する。

 

 ゴキブリダッシュと音速理論と剛体術を縁壱の身体能力と呼吸とで作り出し、やがて激突。

 ボウズは……受け止めんとしてみせたが、それは叶わなかった。

 エ…………なんて間の抜けた表情のまま吹き飛び、表情が激痛の歪みに変わったあたりで壁に激突。ダァンッと床に落ちると、胃の中のものを吐き出した。

 

「あ~……なにしやがんだ、汚ェなぁ……」

「ハッ……ハッ……ハッ……! …………ハァァァ……!!」

「で、なんでそう嬉しそうなのオマエ」

「本部ッッ!!」

 

 腹の痛みもなんのその。

 ボウズは再び襲い掛かってきて、そりゃあもう暴れた。

 そのたびに様々な技を見せ術を見せ、ボッコボコにしてみせた。

 やがてボウズは何度目かの気絶をすると…………もう時間もイイトコロ。

 料理の準備をし、持ってきて、ペチペチと頬を叩いては起こし、メシにした。

 

「で、今日はなんの用で来たんだ?」

「…………………………」

「ン?」

「息子が出来た」

「へ? ……オマエ、結婚してたの? 子供………………って………………ヘェ~~~~ッ…………」

 

 してたの? っつーか……お前についていける女性が居ることにオドロキだわ。

 

「で? 名前は? 男か? 女か?」

「刃牙だ。刃、牙、と書いて……バキ。男……ではあるな」

「刃牙………………って」

 

 ……ンゥ? ちょっと待て? 刃牙って…………なんか本屋とかで見たことあるぞ?

 刃に、牙で、刃牙だよな?

 なんかァ~~~……前世の本屋でさァ……グラップラー刃牙っての、なかったっけ? いやあったよ。転生して間もない頃、思い出してたじゃん。

 ……………………まァ、偶然かァ~ッ。

 

「今にも噛みつきそうなその名前……自分好みの強敵にでも仕上げる気か?」

「美味そうに育ったら食ってやろう。その程度だ。べつに、今は困ってはいない」

「なンでそこで俺を見んのかねぇ……」

 

 ニャモ……モム……モニュ……。

 イカの沖漬けを口に含み、よく噛んで飲み込む。

 さすがに酒ッて時間じゃないので、ほっくり炊けた白米を追わせる。

 ン、ウマイ。

 

「てか、腹ァダイジョブか?」

「トリケラトプスの突進…………堪能した。Tレックスの尾撃に、ラプトルの爪撃……現代にて原始を味わうとはな………………最高だ」

 

 腹をスリ…………とさすりながらの、その痛みさえ悦びだとでもいうように、ボウズは笑みを浮かべている。

 てかこいつ、なんで嬉しそうに微笑むと白目になんの? 怖いよ?

 

「100にも届かぬ体重で、(ワザ)(すべ)にて完成させる……まさに技術(・・)を味わった。こちらの技など通用しない、正しく野生の理」

「技ごとブチノメしたら力技で来やがったじゃねぇか。しかも技で来るより嬉しそうに」

「野生という本質(ちから)に対して、技で向かうなど愚かな選択をしたと理解(ワカ)っただけのこと。つくづく理解した。力なくして解放のカタルシスは味わえねぇ」

「で? 解放出来たかぃ」

「出来てなければ笑みなど浮かべるわけがなかろう」

「………………負けても悔しそうな顔、しなくなったよなァ、お前ェさん」

「言っただろう。現代において原始と戦うことが出来た。骨だけのモノを見て、どんだけ強ェェエんだと思い浮かべるだけではない。己の拳で殴り、己の足で蹴り、そこまでしてなお敗北(たお)れぬ野生力…………!! 食っても食っても食い足りないご馳走が手の届く距離にあって、敗北なぞはただのスパイスに成り下がることを知った……!!」

 

 まるで、俺の後ろに広大な原子の世界が見えているかのように、視線を俺の後方上部に上げて、嬉しそうに語るは地上最強。

 ア~……象形拳、やるべきじゃなかったかなぁ……。

 まあ……こいつ、遊んであげないと他に当たり散らかしそうだし、ストレス発散させたげないとなぁ……。

 それに…………ウン、俺も無形だけど、武器使えるの嬉しいし……❤

 

……。

 

 そんなわけでまた数年。

 ボウズがガキぃ連れてきたり、そいつにいろいろ教えてみたり、ボウズブチノメしたり、ノムラがなんか二重人格になったとか言ったり、その人格と戦ってボッコボコにブチノメしてみたり、そうして年月は過ぎ───

 

「イヤ………………デッケェェェェな……」

「……はい。先生……頼んます」

 

 とある高校の誘い。

 柔道教えるってンで呼ばれたのは……倉鷲(くらわし)高校ってところの授業だ。

 そこにまたトンでもねぇデケェ図体の一年が居てなァ~~~……。

 名前は…………花山薫………………ヘェ~~~……。

 顔に刀傷、特注でもピッチピチの柔道着の中にゃあ……銃弾の痕に、ヤッパり刀傷。

 あるんだろうなァ~…………背中。そのー……彫物(もんもん)

 まあ、だからって授業に影響があるわけじゃあねぇ。

 でも………………アレェ? キミ、前世で立ち読みした回でそのォ~……あくび対策の………………偶然だなッッ!!

 もう前世の記憶もあいまいな感じだし、気の所為気の所為。

 刀傷があって名前が花山薫とか、まぁフツーにあるあるッ! ……あるかなぁ……?

 

「柔道の経験は?」

「ありやせん」

「投げられたことは?」

「ありやせん」

「そか………………ン」

「………」

 

 道着の襟近くをホレ、と掴むように促す。

 そこを素直にムズ……と掴む花山くんの巨大(デッケ)ェエ手首にソッと手を添える。と─── 

 

「…………───!」

「ジワジワくるだろ。投げられるか? ……ああ、気にすんな、ヤワじゃねぇ。思い切りやってみろ」

「……ウス」

 

 ぐんっ! とリキが入る。

 けど、瞬時に花山くんの表情に戸惑いが現れた。

 浮かないのだ。動きもしない。

 

「柔道……ではないんだろうなァ。いいかボーヤ。これは合気だ。よくテレビだのなんだのであーだこーだ言われてるが、本気の合気は力に負けねぇ。そーゆー術だ」

「……………………!」

 

 小さく、スッゲ……と耳に届いた。

 どうやら本気で驚いてくれたらしい。

 

「花山くん。どうだ? ………………投げられて、みるかい?」

「………」

 

 無表情に近いその貌に、どこか…………希望……? 期待……? みたいなものが、浮かんだ気がした。

 

「もちろん全力で抵抗してくれていい。こっちはこっちでやりたいようにやるし、お前さんも好きに投げようとしてくれていい」

「………………ウス」

 

 では、と。一層に力が籠められる。

 その力を利用して、逆に花山くんに流してみせると、ごんっ、と俺に圧し掛かる筈だった彼の体重と俺の体重が、一気に彼の足へと圧し掛かる。

 

「!? オッ───」

「っと───!?」

 

 けど、そんな合気が一瞬、純粋な握力で覆されそうになる。

 マジか! イヤイヤイヤ……マジか!?

 この少年ホントに高1!?

 ケド…………残念だ。強いし確かに潜在的な能力はまだまだ眠っている。

 でもこの子はたぶん、『一度も鍛錬をしていない』。

 鍛えるってことを女々しいって思うタイプだ。

 だからどんな行動も、この体に見合わないドがつくほどの素人。

 …………だってのに、その握力がドを消し素人さを消し、襲い掛かってくる。

 結果として彼は俺の手で宙に舞ったけど、決して俺の道着は離さず、そのまま回転してフア……と着地してみせた。

 

「…………、…………!」

 

 あ、でも心底驚いたって顔してる。

 そんな顔も出来るんだ。

 

「ホッ……お見事。まさか着地するたァな」

「…………握ってただけです。俺ァ……ただ握ってただけ。操ったのはアンタ……いや、先生です」

「ハハ……生徒に怪我ァさせたとあっちゃあ、嫁に叱られっちまうンでな。まあ、怪我ァしたとしても、医術も齧ってる。傷でも病気でも直してやらァな」

「……………………」

「ン…………どしたい」

「たとえば…………ん…………癌、だとしても、………………ですか」

「癌かァ~~~~……まあ、深いところじゃなけりゃァなぁ。なんだ、身内に癌持ちでも居るのか?」

「…………会ってもらいたい人が───」

「オシ、今すぐだ」

「───」

 

 癌だっつぅんなら猶予はねぇよな。

 前世の俺の親も癌と戦って、逝っちまった。

 おいらがガキん頃はあんなにふくよかだったのに、最後はあんなに痩せッちまって。

 だから、出来ることはなんだってやるんだ。特に癌。テメェに今を生きる資格はねぇ。

 

……。

 

 会ってスグに執刀だった。

 組の連中は大将……花山が黙らせた。

 透き通る世界で彼女の身体を調べ、弱ってるところへの刺激は無いよう、麻酔刺激のツボを弾き、皮膚を貫き、不必要なものだけを切除。

 細胞が気づかない内の施術を終え、裂いた皮膚を撫ぜれば血も無く綺麗な肌がそこにあった。

 けど、この手には確かにある癌細胞の塊。

 あとは人体に存在する、彼女自身の力を活性化させるツボを刺激して、栄養も注入。

 これで………………まぁ、やれることはやった。

 

「オシ、これで終了だ。あとはこの人の体力次第だから、栄養は積極的に摂らせるように。まあ固形物は無理だわな…………ここまで来たら最後までだな」

「………」

「そんな顔すんねィ、絶対ェエ助けてやる。まあ、まずは体の毒素、抜かんとな」

 

 弱ってる体に栄養栄養って詰め込みすぎても毒だ。

 だからまずは、弱った所為で出せなかった毒、出していかねぇと。

 そんなわけで付きっ切りで世話ァすることになって、当然花山家に泊まることになって。

 そィで……一ヶ月。

 

「……ン……まあ、こんだけ回復すりゃあ上等だろ」

「薫…………!」

「………………!」

 

 自力で立って歩けるまで回復した母親に、ボーヤが呆然としている。

 組の連中も、呆然としている者や……涙を溜め、ボーヤの隣で「さ……! 大将……!」と促している、デコの広い若いモンや……チンピラがそのままヤクザになったっぽいやつがおろおろしてたり。

 

「すまねぇな、ボーヤ。集中したいから今まで会わせてやれなかった。だがもう大丈夫だ。あとはなんでも、好きなモン食べさせてやンな。あ、一緒に食うでもいいか。……家族だもんな」

「…………夢でも…………見てるみてェだ……」

「あんな…………白かった髪も……枯れ枝みてぇだった腕も……あんな…………っ……大将…………ッ!!」

「……………」

 

 助けたかったのは本当だろう。

 けど、いざ助かってもどう接したらいいのかも分からない。

 そりゃそうだ、現代医学じゃまず治せなかった。

 え? 俺? ……やり方強引だったしなぁ。

 どうせ死んじまうんなら、って方法だったし、説明してからやろうとすれば、たぶん力づくで止められてたと思うよ。

 

「……おふくろ」

「心配ばっかりかけて、ごめんねぇ、薫……。でも母さん、もう大丈夫だから……」

「…………───」

 

 十代とは思えないデッケェエ体に、ぽす、と。母親が抱き着く。いや……抱き締めたのだろう。

 戸惑いが先行した花山も、それでもやっぱり嬉しかったようで。

 チャ……と眼鏡を外すと、「ん…………」と木崎くんにそれを渡した。

 木崎くんはそれを両手で受け取ると、「良かったッスネ……! 良かったッスね大将……!!」と、もう顔中涙だらけって様相で微笑んでいた。

 

「アッ……本部サン! どちらへっ───」

「アホウ、漢の泣き顔なんざァ他人が覗き見るもんじゃあねぇや。帰ンぜ。何日も嫁ェ家に置いたままだ」

「~~~ッッッ!! アリガトウございましたァァァアッ!!」

「うるせェよ、ばか。感動の邪魔になンだろが……

 

 もう、くっしゃくしゃの涙顔で、木崎くんがお礼を叫んだ。

 それに返事をしながらご立派な屋敷から出ようとする中、備え付けてあったデッケェェエ鏡に映る自分の顔。

 だっらしねぇ顔しやがって。ニヤニヤしてんじゃねぇよ、馬鹿。

 

……。

 

 で。

 

「礼は受け取ったろが。なんでも押し付けりゃあいいってもんじゃねぇよ」

「イエ。これっばかりはキッチリ受け取ってもらいます」

 

 後日、道場ではなく屋敷の方に花山と木崎くんがアタッシュケース両手にやってきたわけで。

 ちょっとやめてよ、それ絶対アレでしょ、山吹色の菓子でしょ。現代版の。

 

「花山。俺ァ先生として、お前のお願いを聞いたまでだ。この一ヶ月、きっちり衣食住世話ンなったし、お前の母ちゃんに息子の自慢話もナンベンも聞いた。その上で言うぞ」

「…………ウス」

「金で解決するような関係にしてくれンなや。言っちまえばおめぇ、俺ゃ義理や人情で動いたようなもんだ。そこに金ェ積まれても困るんだよ」

「しかし先生ェ、こっちにもメンツってもんが───」

「んじゃ、友達(ダチ)にでもなってくれや。金も要らん。権力も要らん。ただ、暇ンなった時に飯でも酒でも交わせる関係になろうや」

「エッ……イヤ……酒…………ッて………………!」

「生憎と今はワイルドターキーしかねェんだが……アンちゃん、酒ぇ飲めるかぃ?」

「イヤイヤイヤイヤイヤ!! 未成年に酒って! 道場の師範がなに言って───」

「…………好物です」

「大将ォオオッ!?」

「はっはっはっはっは! そォかそおか! よっしゃ、ちぃと待ってろ。あ、この際だ、食べ物の好きなモンとかあるか? メシ食ってけ!」

「いやッ……ですからぁっ!」

「木崎クン。花山クンの好物は?」

「…………………………オムライス、とか、あの…………ケッコー甘党で……」

「よっしゃ、ンじゃあ組の中じゃあ堂々と食えねぇもんとかここで食って行きゃァいい。オムライスだろうとチョコレートパフェだろうと作ってやらぁ」

「…………」

「……大将。なに前のめりになってンですか」

「イヤ……………………なんでもねぇ」

 

 いやもうこいつら面白すぎる。

 オカンと子供を見ているようで、なのに実際の立場は逆…………って。

 ともあれ、言ったからにゃあ美味いモン食わせてやろう。

 

……。

 

 それからというもの、薫(こう呼んでくれと言われた)は結構な頻度で遊びに来るようになった。

 まあ宿題とかある場合はそれに集中するために、ってのもあるけど。

 道場の方では相変わらずボウズ(オーガとか言われてるらしい)が暴れに来るし、満足して帰れば刃牙ボーヤが来る。

 暇する暇がねぇよ。まあ夜までもつれこむこたぁないから、嫁にも息子にも構ってやれるんだが。

 …………ン? イヤ、まだまだ愛しまくってるぞ?

 言っちゃなんだがあのボウズ……ア~……もうオーガでいいか。と暴れたあとだと、どうも昂っていけねぇ。

 それを愛としてぶつける相手が居るってことにただただ感謝だ。

 縁壱効果なのかどうなのか、俺ってあんまり歳食ってる感じがしないンだよな……おっさんって感はあるものの、ジジイにはまだまだ、って驚かれる。

 嫁もその影響なのか、見た目はまだまだ若い。

 けど言った通り、子供が出来にくい体なのだ。

 息子ォ産まれてからも何回シたかは数えちゃいねぇケド……一度たりともHITしねぇ。まあ、そんなもんだ。

 

「で? どーだい、刃牙の成長は」

「キサマの下だけではない、経験を積むべく様々な場所へと向かってはいるようだが……」

「目覚ましくねぇって?」

「地下闘技場のチャンピオンになった、などと徳川が言っていた」

「地下闘技場ォ……? なんだいそりゃ…………」

「? ほぅ…………? 知らんと」

「生憎と(おいら)ァ普通~~~の道場師範だからなァ……地下? 闘技場? なんてのは知らんわ」

「クックッ……キサマが普通などと…………よくぞほざけたものだ」

 

 普通なんだから普通って言って何が悪いんじゃい。

 ……なんて言ったところで聞きゃしねぇよなぁこいつ。

 なんか今もエフエフいって笑ってるし。

 

「で? 奥さんとはどーだぃ」

「ン……アレはダメだ。親ではなく女であることを選択んでいる。あれでは刃牙は『愛』を喰らうに到れん」

「ア~……」

 

 毒親ってやつ?

 薫ンところはもう母親が毎日楽しそうでなぁ……薫も嬉しそうだし、オムライス作ってもらえたとか、無表情を貫きながらも隠し切れない喜びを滲み出しながら言ってたし。

 愛ってもんを伝えてもらってるからなのか、最近の薫の身体の成長具合とかがまたスゲェんだ。

 愛ほど人を強くさせるものなどあるものか……とか前世の友人が言ってたけど、これがそう? そうなの?

 まあそんなわけで、刃牙には朱沢グループの家から出ていってもらったとか。

 あんな場所でのトレーニングなぞなんの足しにもならん、とか。

 今? なんかアンドレサン……? とかいう人のところで大自然に囲まれながら鍛錬してるとか。

 アンドレって。ザ・ジャイアントとかつけたくなる名前だよね。

 

「さて」

「懲りねぇなぁお前ェさんも」

「地上最強。その名が耳に届く度、笑っちまいそうになる。本部……キサマを越えぬ限り、絶対に納得出来ん称号だ」

「強いからなにがどうなるわけでもねぇだろうに…………まあ、こっちも好き勝手やらせてもらうだけだ。ホレ、とっとと来いや、ボウズ…………❤」

「───」

 

 目は白目。顔はミキミキと血管を浮き上がらせ、けれど口角は持ち上がった、笑みと怒りを混ぜたような顔。

 そんな顔のままにまず蹴りを突き出してきたボウズに、クナイを構えて迎え入れた。

 

「───!」

 

 ゾッ、と靴を貫通するクナイ。

 そりゃそうだ、このボウズの蹴りが、靴程度でクナイが止まるほど軟弱なワケがない。

 けれども貫通した場所は靴の先端であり、咄嗟に蹴り位置を低くしたのか、丁度クナイの先を足の人差し指と親指で挟む形で止めていた。

 ……ここまで反応する? どうなってんのこいつの反射神経。

 大人になってズイブンとまた強くなってない?

 

「お見事」

 

 そんな先端を軸に体を回転させ、反対側の足で蹴りを放ってくる。

 まあ、軸が手の内にあるんなら、わざわざ回転に付き合う義理もない。

 足指に込められた力を反転させてやると、向かってきた蹴りは面白いくらいにあっさりと向きを変える。

 が、織り込み済みだとばかりに体を捻り、捩じられた勢いそのままに斜に降ろす踵落としをしてくる。

 それに音速で人差し指を添え、パァンと逸らしてみせれば、回転した着地のままに次は裏拳。その先端が凶器になる前に肩までの距離を詰め、止められぬ勢いのまま俺の後頭部へ押し付けられる裏拳の根元を頭で押し、伸び切った腕を肩越しにキャッチするとそのまま背負い投げ。

 

「カアッ!!」

 

 ミリッ……と腕に軋みが入るより早く跳躍したオーガは、離れる前にこちらに足刀を一撃くれると、ふあ……と着地する。

 

「ズイブンとまあ油断も隙も無くなったもんだ」

「世辞はよせ。大して効いちゃァいないだろう」

「クナイ、返してもらったわ」

「……フン」

 

 蹴られた時にひょいっと。

 その根元をピッと掴むと、大きく振りかぶって投げてみせる。

 対するオーガは指を構えると、ギウウ……と締め付けた指同士を弾かせ、デコピンでクナイを弾いてみせた。

 

「おもちゃ遊びはもういいだろう……魅せろ、本部」

「………」

 

 カリカリ……と首を傾げながら頭を掻く。

 けどまあ求められちゃあ超実戦流の先生としちゃあさあ……ねぇ?

 

「んじゃあまあ……あの夜の続きといこうか」

 

 腕を軽く持ち上げ、けれど力は籠めず。

 脱力からの力みでもって加速をさせると、既に体内の中で完成している音速理論で腕を振るう。

 あるはずのないものが回転する。エア鎖鎌だ。

 

「フン」

 

 対するオーガは鼻を鳴らし、手をズボンのポケットへと入れ、ゆっくりと近づいてくる。

 

「ほォ……抜拳術か」

「違ェえよ。こりゃあ散歩だ。構えるまでもねぇ」

「……同じ手は食わないってか。まあ……お前さんならそうだろうなぁ」

 

 ボウズがそれこそボウズの時に一度見せたのが最初。

 以降はこの道場で随分と見せてきた。……まあ、エア鎖鎌だったけど。

 

「んじゃあ……」

「……………………あ…………」

 

 じゃら……という幻聴。左手に現れるはおぼろげな鎖鎌。

 つまり、鎖鎌二刀流。

 存分に振り回し、存分に対処する。

 当然音速理論は完成しているので、無刀状態といえど、その迫力は大したものだ。

 

「ツッ!」

「!」

 

 右から一閃。バックステップで回避。

 一歩踏み込んで左の袈裟。踏み込んだ分だけ横にズレてスレスレで回避。

 

「アホウ!」

 

 そこへ、右の上段振り回し。それを───待ってたとばかりに床を蹴り弾いて、爆発的な速度でこちらへ突っ込んでくるオーガ。───を、待ってましたとばかりに腕に巻き付いて長さを減らしながら回転して襲い掛かる左の一閃。

 オーガはそれを、ドッと床を殴ることで身を翻して躱した。

 

「いらっ───シャイッ!!」

 

 そこへ被せる、道着の背から抜き出した木刀。

 身の翻しから浴びせ踵落としまでを綺麗にやってのけるオーガの、その踵から半身ズラしながら振り下ろすことで、顔面に直撃させる。

 あ。こんにゃろしっかり手で掴みやがった。

 床にこそ叩きつけてやったものの、大して効いちゃいない。

 まあそれならそれで……どんどん使用(ツカワ)せてもらうだけだけど。

 

「シィッ!」

 

 床に手をついての水面蹴り。そこにホレェとばかりに手を添えて、合気で振り回すとともに───足首を掴んだら、単純な剛力にて存分に振り回す。

 さながらヌンチャクのように。

 前世の友人がドレス……? とか言ってたものだ。

 ケドこんなもん、フツ~に握力とか強いやつならこっちの体のどこでもいいから掴んで耐えれば終わる話だ。

 …………掴めたらネ❤

 

「ぬんッッ!!」

 

 捕まれようが関係なしに、縁壱スペックで強引に引き剥がし、振りほどき、振り回し、やがて床へと渾身で叩きつける。

 ……叩きつけた、つもりなのに、こいつ強引に風圧に持ってかれる腕の先端伸ばして、床に手ェ添えて……ふわ……っと威力逸らしやがった。

 

「っほォオ~~~ッ……! 前までのオマエさんだったら絶対ェエ叩きつけられてただろうに……」

 

 うっかり口からこぼれる素直な感想に、オーガは一瞬キョトンとするけど、ニィヤァアアと顔を歪ませて、また襲い掛かって来た。

 え? なに? 褒められて嬉しかったの? いっつも世辞はよせって言うくせに?

 アッ……今の、俺が言うつもりもなかったのに、言ったってよりは口からこぼれたってのが嬉しかったの? もしかして今までの賛辞、真面目に聞いてなかった?

 イヤイヤイヤイヤ褒めてたって! お前すごいじゃん! 地上最強とか言われても納得できるから褒めてたんだってイヤ本気でッッ!!

 ていうか勢いが増して……! お前なに!? 褒められて伸びるタイプだったりしたの!? カワイイなオイ!!

 なんでこんなにバケモノじみた強さしてんのにところどころカワイイんだよお前はもー!!

 

 そうしてしばらくドタバタとイチャつきました。

 鬼なのにヘンテコな部分で可愛げのある、おかしなオーガがこいつです。

 あの……ここホント鬼滅の世界だよね?

 透き通る世界使えるからそうだよね?

 なんか最近おかしいなぁとか思い始めてるんだけど……。

 あのー、天元さんの子孫のメダル獲得とかまだですか?

 鋼鐵塚(はがねづか)さんのお店とかどっかにある描写なかったっけ?

 もうズイブン生きたからおぼろげなんだけど、あったよね?

 

  ………………ま、いっかァ。

 

 この世界で守りたい……それこそ守護りたいものも増えた。

 この力のお陰で助けられた人も居る。

 世界は平和だ。ダイブ。たぶん。

 グラップラー刃牙ってやつだと、ソイツの母親が夫にベアハッグで殺される描写とかあるらしいけど、この世界の刃牙ボーヤの母親は健在だし、きっと名前が同じだけの別のお話さ。

 地上最強……? 史上最強……? の親子喧嘩がウリらしいけど、べつにそんな様子もなさそうだし。

 こうしてここで、のんびりと生きていきゃあいいや。

 でもさぁ、こいつ日に日に強くなってきてるんだけど、負けたらどうなるんだろう。

 ………………なんか別のとこ行って暴れだしそうだし、俺も強くならなきゃアなぁ。

 あ、うん。家族優先で。

 そんなわけで、今回もなんとかオーガをブチノメせました。

 そろそろ本気でヤバいので、俺もなにか考えなきゃマズいかもだ。

 




最後までその力を縁壱スペックだから……と考えるのをやめていた主人公のお話でした。
オーガがほぼ本部の道場に来ることで本能を満たしているため、余計な諍いが起こらない平和な世界です。
なおその負担は全て転生者モトベに向かうものとする。
というか………モトベはむさいおっさんじゃなきゃアさぁ……。
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