蒼の瞳と無限の世界 作:天上金
生まれついての
その瞳は人間離れした鮮やかなマリンブルーの様な青を宿し、その脳髄には己の身に宿った力の使い方が最初から放り込まれていた。
その濁流の様な情報量は、物心ついたばかりの子供を殺すには余りあるものだった。だが、生物には生存本能が存在する。
生きとし生けるものが持つ、生き残ろうとする、生き延びようとする、生き続けようとする本能。
頭の中に放り込まれた説明書を文字通り必死に読み解き、且つ自身の力へと昇華させる。
結果爆誕したのは、天上天下唯我独尊ベイビーだった。
そして、時計の針は大きく進む。
@
「あちゃー……コンタクト切れてるや」
朝の洗面台。自分の支度道具を一通り収めた一画で、空になった箱を手に司は頭を掻く。
鏡に映るのは、灰色の髪に、マリンブルーの宝玉の様な青い瞳を持った端正な顔立ち。
彼が手に持つ空箱は、カラーコンタクトの箱。眼の色を隠すために利用していたもので、先の通り買い足す事を忘れていたのだ。
仕方なく空箱を捨てて、代わりに付けるのは真っ黒のレンズを有したサングラス。
遮光率99.9%の常人が掛ければまず間違いなく何も見えなくなる様な代物。
「……似合わねぇ~」
サングラスをかけた鏡に映った自分を笑って、彼は洗面所を後にする。
その足で向かったのは、母屋の最奥。畳八畳の仏間だ。
仏壇に置かれるのは、三つの写真。その前に正座で座り込み、傍らに置かれたおりんを一鳴らし。
手を合わせて頭を下げた。
「…………それじゃあ、行ってくるよ。父さん、母さん、婆ちゃん」
広い日本家屋には、彼以外の生活音は無い。住人は彼一人であるから。
一分ほど手を合わせていただろうか、司は徐に立ち上がる。
天涯孤独の身であろうとも、時間は待ってはくれない。
現役男子高校生である司もまた、学歴という明確な経歴を手にするべく学校に向かわねばならない時間が目前に迫っていたのだから。
登校し、級友と談笑し、授業を受けて。その特異な見た目はどうあれ、司の日常というものは極々普通の男子高校生のソレと大差ない。
しかし、彼の異常性は世界が放っておいてはくれなかった。
その日の夜。司は気紛れに、外を散歩していた。
天気は、あいにくの雨模様。夕方ごろから崩れた曇天からは、サラサラと冷たい雨が降り注ぎ、真冬の空気を一段と冷たい物へと変えている。
その天気の下、上下黒の格好で司は傘もささずに雨空の中を歩いていた。にも拘らず、服は愚か靴なども全く濡れていない。
彼を象る様にして、雨粒が透明なナニカに阻まれて辿り着かないのだ。
異常性の一端。やろうと思えば、彼はたった一人で国を一つ葬る事も出来るだろう。
もっとも、本人にその気はない。出来る事と実行する事はイコールではないのだから。
一般的とは言えないかもしれないが、それでも人間的な善性を持ち合わせた少年。
だからこそ、この雨天にて濡れる誰かを無視する事は出来ない。
「ん?」
そろそろ帰ろうかと考え始めた頃、司は気が付く。
ポツポツと通りにある街灯。
その一つ、スポットライトに照らされる様にして黒い大きな何かが転がっていた。
徐に、司はその黒い塊へと足を進めつつ、掛けていた遮光サングラスを額へとずらし、ハッキリとその宝玉の様な瞳で視認する。
彼の瞳は、所謂ところのオカルト方面に関してあらゆる事象を解析、理解する事が出来る。それ故に、自身が視認した存在が何なのかも分かってしまう。
面倒事。理解しながらも、しかし彼の足は止まらない。
これが、彼にとっての運命の夜。
そして、長い戦いの始まりだった。
*
薬缶から湯気が立ち昇る。石油ストーブは、灯油の補充が面倒であるものの便利さも確かにある。
暖まった部屋に敷かれる一式の布団。横になっているのは、淡い紫の髪色をした女性。端正な顔立ちであり、目を閉じたその表情は一種の美術品を思わせる。
一方で、彼女のその鋭く尖った様な耳の形は自身が人ではない、と主張しても居た。
部屋の東側に設けられた縁側に通じる障子戸の向こう側はまだまだ薄暗く。耳をすませば細雨の音が聞こえてくる。
不意に縁側とは反対にある襖。その向こうから、木目を踏む足音が部屋へと近付いてくる。
足音は部屋の前で止まり、静かに襖が開かれた。
入ってきたのは、灰髪の少年。室内でありながら、サングラスをかけている。
彼は布団で眠る女性を、遮光性99.9%レンズ越しに視認して、
「起きたかい?」
そう声を掛けた。
彼の声に反応したのか、女性はスッと瞼を開ける。
「気付いていたの?」
「俺は、目が良いからね。君が、人間じゃない事も知ってる。まあ、だからって何かをする気はないさ」
サングラスを外して、菅原司は布団で横になる女性の側へと胡坐をかいて座り込む。
女性もまた、目だけで司を確認し、そして再び目を閉じる。
「その眼、ね。魔眼、とも少し違うようだけど。それに………」(凄まじい魔力量ね)
口を閉ざして、己の言葉を内心で紡ぐ。
変な所で言葉を切った女性に、しかし司は特に言及する事は無かった。
単純な話、興味が無かったからだ。彼の目には、女性が人ならざる者であるという情報が映っている。故に、よっぽど妙な動きをしなければどうこうするつもりもない。
「…………なぜ、助けたの?」
「質問は、それで良いのかい?」
「私が何なのか分かったのなら、助ける意味がないのではなくて?それとも、性欲処理をしたいのなら早くすれば良いんじゃないかしら?」
「酷い評価だな……ま、分からなくもないけど。でも、俺はそう言うつもりで君を拾ったんじゃない。単に成り行きだよ。道端で仔犬や小猫を見つけたら拾ってしまうような、そんなお節介さ」
胡坐に頬杖をついて、司は笑みを浮かべる。
下心は全くない。先の発言通り、犬猫を拾った様なものだったから。
女性としては、無体を働くような事をされないのは都合がいいが、その一方で一切の下心の欠片も無いのは少々気になる。
何より、この得体の知れない少年は彼女にとって逃したくない絶好の相手。
「…………貴方に折り入って頼みがあるの」
「頼み?」
「何でも願いのかなえられる機会を与えられる。そう聞いたら、貴方は私に手を貸してくれるかしら?」
「それはまた…………随分と、詐欺の常套句みたいな話だ」
「詐欺でも何でもないわ。ただの事実よ。それで、どうかしら?」
女性の問いに、頬杖をつく司は目を顰める。
彼女を助ける義理も何もない。拾った事も、先の通り単なる気紛れ。
かといって、鬼気迫る様な雰囲気のある彼女を捨て置く事が出来る訳でもない。
「んー……まあ、良いよ」
「えっ……?」
「乗り掛かった舟さ。俺も特に、やりたい事がある訳じゃない。それに、遅かれ早かれ君みたいなのに巻き込まれた可能性もあったし」
「そう………そうね」
頷き、女性は布団の上で上半身を起こした。
「それじゃあ、契約よ」
「契約か」
差し出される女性の手。その手を、司はとった。
「これより、我が術は貴方の力となる。私は、キャスター。魔術師のサーヴァントよ」
「よろしく、キャスター。俺は菅原司」
「ええ、マスター」
かくしてここに、契約は成される。同時に司の右手の甲に、赤い紋様が浮かび上がる。
模様は、割り梅鉢。そしてこれは、闘争への片道切符。
「とりあえず、サーヴァントってのは何だい?」
「………まずはそこからなのね」
幸先や如何に。