蒼の瞳と無限の世界   作:天上金

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 ラクト・オーフン。流れの魔術師であり、その技量はギリギリ一流に齧りつける程度。

 そんな彼に一発逆転の可能性が訪れたのは、聖杯戦争の舞台となった冬木市へと足を踏み入れた時の事だった。

 寒空の下、右手の甲に浮かび上がった令呪の兆し。

 なぜ自分に、と色々と考えたが直ぐに考え直した。

 拠点は、冬木市外れの廃屋。魔術の気配を断つ隠蔽を施してから、彼はサーヴァントの召喚へと取り掛かった。

 呼び出すのは、アサシン。ラクトは己の分というものをよく知っていたから。

 三騎士と呼称される、セイバー(剣士)ランサー(槍兵)アーチャー(弓兵)は召喚したとしてフルスペックを維持できるとは思えない。ライダー(騎兵)も同様。

 残るは、キャスター(魔術師)バーサーカー(狂戦士)、そしてアサシン(暗殺者)

 この内前者二つは、扱いに難しい。

 キャスターはそもそも魔術師自体と人間的相性が悪く、バーサーカーはそもそも運用が並大抵の魔術師では出来ない。

 消去法と、自身への適性。そして勝ちを狙った選択。

 

 そして、それら選択は不意に遭遇した化物によって頓挫する事になった。

 

「くそっ!くそっくそっくそっ!何だアレ!?あんなの御三家レベルじゃない!?封印指定か!?何であんな化物が、野放しになってんだよ!?」

 

 悪態を吐きながら必死に逃げる準備を進めるラクト。

 アサシンは、他サーヴァントと比べても真正面からの戦闘が得意とは言えない。それでも、そこらの十把一絡げの魔術師では太刀打ちできない存在なのだ。

 それが、一瞬でやられた。月光の下、何をされたのか分からない程一方的に、圧倒的に。

 逃げてどうにかなるものでもないが、しかしだからといって生身でサーヴァントに勝てる化物(人間)にどう勝てと言うのだろうか。

 

 ラクト・オーフンの不幸は、偏に聖杯戦争に参加してしまった事。

 参加しなければ、化物と敵対する事も無かったのだから。

 

「――――はぁい、そこまで」

「ッ!?」

 

 真後ろから、声と共に後頭部に何かが触れた。

 一気に汗腺が開き、脂汗が滲む。

 蛇に睨まれた蛙というのは、正にこういう事か。

 その蛇に当たる、夜闇であっても陰る事のない鮮やかな青い瞳がラクトの後頭部を捉えて離さない。

 

「妙な動きをすれば、殺す。俺の眼は、君達の魔力の流れが見えるんだ。魔術を使おうとするならその時点で殺す。良い?」

「な、何なんだ……お前…………!」

「答える意味があるかな?君の生殺与奪の権利は、俺が握ってるんだよ?」

 

 軽い口調で、とんでもない事を言ってくる。

 だが、事実だ。今この瞬間、何かをミスればラクトの頭蓋は弾けて消えてしまうかもしれない。

 固唾をのみ込み、蟀谷を脂汗が流れる。

 

「な、何が望みなんだよ………」

「そうだね。それじゃあ、他サーヴァントとマスターの情報でも貰おうかな。こそこそと、他の場所も嗅ぎ回って来たんでしょ?」

「っ、く、詳しくは知らない……!で、でも、遠坂と間桐、アインツベルンはサーヴァントを使役してた!」

「クラスは?」

「あ、アインツベルンは、バーサーカーだ………!と、遠坂と間桐のクラスは知らない………!」

「へぇ?」

「ほ、本当だ!そ、その調査の帰りにアンタを見つけたんだ!サーヴァントも連れていないマスターは、その………格好の得物だったと思って…………」

 

 それが間違いだった。鴨かと思ったら、出てきたのはプレデターも真っ青な化物だったのだから。

 だが、後悔しても後の祭り。サーヴァントは脱落し、自分の命も握られている。

 一秒が一時間にも感じられるような地獄のような時間。

 化物が口を開く。

 

「嘘はついてない、かな。それじゃあ――――」

「ま、待ってくれ!?知ってる事は話した!だから……」

「ん?別に俺は、喋ったから助けるとは言ってないよ?」

「なっ……!」

「あれ?もしかして、嘘を吐かれた、とでも思ってる訳?」

 

 コツリ、と後頭部に何かが押し付けられた。

 

「そもそも、君は俺の命を狙ってサーヴァントを差し向けた。遭遇戦であったとしても、だよ。その時点で、敵なんだ。敵に容赦する義理はない」

 

 軽い口調も消えて、腹の底が冷えるようなその言葉にラクトは、自身の死を悟る。

 

「あ、ああ………」

「それじゃあ、お休み」

「あああああ――――!?」

 

 絶叫は唐突に打ち切られ、力を失った体は前へと倒れ込む。

 その背中を見下ろして、菅原司(化物)は頭を掻いた。

 

「脅し過ぎたかな」

 

 ラクト・オーフンは死んでいない。そもそも、司は殺しをしようとは思っていないのだから。

 サーヴァントは別だが。

 徐に倒れた男の背中へと手を伸ばし、その服を掴み持ち上げる。同時に、その右肩に小鳥が止まった。

 

『終わったかしら?』

「うん、滞りなくね。この人は……まあ、放置でも良いでしょ」

『何をしたの?』

「ん?瞬間的に脳へと無限の情報を放り込んで失神させたんだよ」

『本当に、何でもありね……それじゃあ、あのアサシンを倒した結界は何なのかしら』

「んー………その話は、そっちに戻ってからで良い?ちゃんと説明するからさ」

 

 廃屋を出た司は、持ち上げていた男を廃屋の壁に凭れかかる様にして置くと少し距離をとり両手を胸の前で組む。

 瞬間、彼の姿はその場から掻き消えていた。

 後に残るのは、月光に照らされた廃屋と気絶した男だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月光の下、自宅の庭へと戻ってきた司をキャスターは出迎えた。

 

「お帰りなさい、マスター」

「はい、ただいま。お茶請けに甘い物でも用意する?」

「その前に、説明を御願い。マスターの力は、無限を操るだけじゃないのかしら?」

「ん?そうだけど?」

「あの結界もそうなの?」

「んー……」

 

 キャスターの問いに顎を掻いてから、徐に司は歩を進める。

 その足取りで縁側へと腰かけて、自身の隣をぽんぽんと叩いた。

 

「とりあえず、座ろうか。立ち話もなんだしね」

「……」

 

 促され、キャスターもまた司の隣に腰掛ける。

 

「さて、と。まず大前提として、俺は君に嘘を吐いた訳じゃない。俺の能力は、確かに無限を操るものだからね」

「……それで?」

「アレは、領域展開っていう一種の……そうだね、奥義の様なものかな。自分の生得領域を結界という形で表に造り出して相手を閉じ込めるってものなんだ」

「生得領域……それって、つまり固有結界という事かしら?」

「固有結界?」

「術者の心象風景を具現化する結界の事よ。魔法寄りの魔術ね」

「確かに、似てるね。キャスターの分かりやすい認識で良いよ。話を戻すと、領域展開をする事で術者に与えられる恩恵は、主に二つ」

 

 そう言って、司はキャスターへと向けて右手の人差し指を立てた。

 

「一つ目は、領域内での術者のステータス上昇。当然だよね。自分のホームグラウンドで、最も動きやすい環境が整備されてるんだから。二つ目は、術式への必中効果かな」

「必中?」

「そう。領域内では、術式は相手に必ず当たる。そもそも領域に閉じ込めた時点で、術式に当たっている事になるからだね。領域内なら距離も相手の装備も関係が無いんだよ」

「……出鱈目ね」

「ちゃんとリスクもあるけどね。まず、呪力消費が多い。そう乱発できる物じゃないね。俺は効率よく呪力を回せるからその限りじゃないけど。もう一つのデメリットが厄介なんだ」

 

 月を見上げる司。

 

「領域展開を使った後、領域を消した後は術式が一時的に高負荷に耐えきれずに焼き切れるんだ。こうなると、一定時間だけど術式が使えなくなる。純粋な体術と呪術だけで戦う必要が出てくるね。もっとも、領域展開をした時点で仕留めきれない相手の方が稀だろうけど」

 

 淡々と語る司。

 そんな彼に、改めてキャスターはその規格外さを感じてもいた。

 明らかに、一人間が持つ力を逸脱している。

 

「……他にも何かできるのかしら?」

「うーん、まあ幾つかは。どれも、直接攻撃みたいなものだし、その内一つはポンポン使えるものじゃないけど」

「そう……もう一つ聞いても良いかしら?」

「勿論」

「マスターは、戦い慣れているようだけど……戦闘の経験が豊富なのかしら?」

「え、そう見えた?えーっと、期待させて悪いけど俺の場合は単に喧嘩慣れしてるだけだよ。ほら、結構派手な見た目してるでしょ、俺ってば」

「……そうかしら?」

「いや、まあ……派手なんだよ。一日本人として見たらさ。灰色の髪に、このマリンブルーみたいな目の色はあんまり居ない訳。それこそ意図的に染めたり、カラコンとか入れて無いと。それでまあ、派手な見た目をしてると絡まれるんだよね。喧嘩慣れはそのせいだよ」

 

 そんな事を言う司。因みに、彼は一度として手傷らしい手傷を負った事が無い。そしてその喧嘩のさいに無下限呪術を使った事もない。

 ナイフや鉄パイプなどの凶器を持ち込まれた事もあったが、それでも特に怪我を負う事は無かった。彼の才能はそれ程に破格なのだ。

 生まれる時代が違ったのなら、彼は英雄と呼ばれるだけの存在となっていた事だろう。

 だが、それは何処まで行ってもIFの可能性を超える事は無い。

 

 仮定は、何処まで行っても仮定でしかない。

 

 だから、

 

「それじゃあ、そろそろ寝ようか」

 

 菅原司が、化物に()()()()()()世界もまた仮定でしかなかった。

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