無能【愚者】の俺は、燦然たる【太陽】を拾う〜ダンジョン攻略よりもバズる配信の方が大変な件~   作:雨在新人

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不死鳥とエリクサー

「改めて……君は」

 突撃されたときの勢いのまま馬乗りにされ、司は少女を見る。

 名乗った少女はというと、ボリュームのあるボブくらいの温度の高い白い炎を思わせる暖色の白髪を左右2つに金色のリボンで纏め、顔を司の胸元に埋めて擦り付けていた。

 

 「さっき名乗りました、ふーちゃんはふーちゃんです。忘れるとは酷いです、反省を要求します」

 どん。と本人としては軽く胸を叩かれ、司はその強さに咳き込んだ。

 「……プリミティブ・グランフェニックス……」

 「ふーちゃんです。次からふーちゃんと呼ばなければ心苦しいですが、呼んでくれるまで無視することにします」

 顔を上げ、司の茶色みがかった黒目を見下ろしながら、幼さの残る愛らしい顔立ちの少女は真剣な面持ちで告げた。

 ふんす、という声が聞こえてきそうで、思わず状況も忘れて司は笑いかけてしまい……

 

 響く鈍痛に顔を歪める。司の右脚は鋼の大蜘蛛によって叩き斬られたまま、血は今も流れ出している。

 安堵すれば、意識の片隅に追いやらなければいけない命の危機だから忘れていた痛みが戻って来る。

 

 「……キッサ?」

 「君はどうして、あがっ!」

 少女の人としては妙に熱を帯びた指に胸元を軽く押され、司は血を吐く。

 「どうしたのですか、キッサ?」

 それを受けてか、こてんと小首を倒した少女姿の不死鳥はゆっくりと己の背後を見た。

 「ぴゃぁぁぁっ!?」

 そして、すっとんきょうな悲鳴をあげたのだった。

 

 「キッサキッサ、脚はどうしたのですか?ふーちゃんが何か」

 「さっきの蜘蛛相手に、ね」

 「なるほどなるほど、どうして治さないんですか?」

 じっ、と地面に転がったままの司に馬乗りになり、ぺたんと上半身に比べて装飾がない衣装の脚を折って、少女は不思議そうに訪ねる。まるで、普通治せるとでも言うかのように。

 

 「……治せるのは、ダンジョンで極稀に見つかる霊薬、エリクサーくらいだよ。末端価格は数億円、手が出るはずも……」

 が、義足買えるかなと脳内で皮算用する司を他所に、妙に懐いた不死鳥はその愛らしい頬にほっそりした白い指を当て、むむっ?と目を閉じた。

 

 「エリクサーですか?」

 「そう、エリクサー」

 「ふーちゃんが居て良かったですねキッサ、感謝を要求します」

 すると、自分だけ何か納得した少女は眼の前に転がっていた折れた剣を持ち上げると、まるで果物の皮でも剥こうとしたように軽く、己の右手の指に向けてそれを振るった。

 滲み出る朱色に、司は目を見張る。

 

 「何をして、いきなり……ってそうでなくても」

 「あうっ!痛っ……」

 「だから何で!?」

 そして、意味不明の自傷を行った少女が痛みに瞑った瞳の端から涙を零せば、黄金に煌めく。それを少女は傷ついた方の掌で受け止めると……

 

 「ふーちゃんとした事が失敗です」

 「だから、怪我して何を」

 「ならば、えいっ!」

 が、司が何とか起き上がってこれ以上の自傷を止めようとその手を掴む前に、掌に掬った涙ごと、少女は己の指の血を金粉混じりのリップでもしたのか微かに煌めいて見える淡い桜色の唇へと突っ込んだ。

 

 「……ん?」

 何か可笑しい、そう思って司が動きを止めた瞬間……

 

 「あむっ」

 「んぐっ!?」

 突如、少女は獲物を狙う猛禽のように己の体を近付け、その血涙に濡れた唇で呆けて開いた司のそれを奪った。

 

 「んっ……」

 少女の甘い吐息が艶かしく、意を決したように瞑った瞳は司の至近距離、小さくカールしたした睫毛の一本すら見える程。唇は熱く、そして甘く……。

 (……レモンと聞いてたけど、桃のようにとろけるような……)

 司はふと、ダンジョンという場には似つかわしくない事を思う。

 

 「ん、ぷはっ……」

 そうして、数秒。司の口の中に何かを流し込んで、少女は名残惜しげに唇を軽く離した。つぅ、と。血の混じった唾液が朱い糸を引いて二人を繋ぐ。

 

 「だから、いきなり何で?」

 「そう、ふーちゃんの血+ふーちゃんの涙=エリクサー、なのですよ!」

 「はあぁぁっ!?」

 が、叫び、反射的に身を捩った司の右足が、ダンジョンの壁に軽く打ち付けられた。

 

 「ふふん!キッサ曰く凰源の不死鳥、プリミティブ・グランフェニックスを舐めるではないです、涙と血があれば死んでなきゃ治せますですよ」

 「死んでたら?」

 「灰が要るから治すの大変です」

 「出来は、するんだ……」

 ぽかんと、司は自信満々にその蒼い空のような色合いの瞳を煌めかせ、左にだけある八重歯を見せ付ける少女の顔を眺めた。

 

 が、得てして伝説の不死鳥とはそういうものであるのかもしれない。……妙に人懐っこい以外は、だが。

 

 「プリミティブ・グランフェニックス」

 「ふーちゃんはふーちゃんです。キッサだけは、二度とそれ以外の名で呼ぶことを許さないです」

 「ふーちゃん、別に口の中に入れる必要なくないかな?」

 「下手に涙が傷口に触れると、力を使ってその傷を治してしまうです、掌で混ぜたら涙が混じったエリクサーになる前に単なるふーちゃんの血になって問題です」

 「そっか、治らないのか」

 「血じゃ脚が生えるのに一週間掛かるですよ、そんなの出したらふーちゃんの名折れです」

 「血だけでも大概な効能じゃないかなそれ!?後経口する意味はない!」

 「ふーちゃん、自分は知ってるです。飲ませれば全身に効くですよ」

 反論手段を失いこほん、と咳をする司。切れた頬も何もかも、痛みはもう無かった。

 

 「……立たせてくれるかな?」

 「仕方ないですね、ふーちゃんがこの手を貸してあげるです。感謝を忘れたらぷんすこですよ」

 言いつつ握って握ってと出してくる小柄な司より更に小さな手を握れば、司の身体は発進する車にでも袖が引っ掛かったのかというほどの力で引き上げられた。

 

 そうして立ち上がれば、160ギリギリ無い司の身長より更に低い位置に少女の頭が来る。

 

 「……さて、一応整理させて欲しいけど、ふーちゃんは凰源の不死鳥と俺達が呼ぶモンスター……で良いのかな?」

 剣を消し、【太陽(ザ・サン)】のタロットを見ながら、おずおずと司は尋ねる。

 「そう、プリミティブ・グランフェニックスのふーちゃんなのですよ、キッサ」

 「……どうして、俺と契約したの?それに、どうして初対面でキッサって呼べたの?」

 そう、司の名前は佐天司である。キッサというのは、彼女にとってのふーちゃんと同じく渾名だ。

 

 「ふふん、カードの契約時に分かるです。ふーちゃんは、尻軽なんかではなくちゃんと契約した主の事は最初に理解する偉い不死鳥なのです」

 くるっとターンする少女。中華的……とは思うものの13、4歳くらいの外見に合わせたロリィタ風味、羽を模した白金のふわふわした詰め襟にタイト過ぎないスリット入りのパニエと二重になったスカート。それらがふわりと揺れた。

 特に目を引くのは、尻尾のような紅の羽根だ。

 

 「それよりキッサ、感謝はまだです?」

 「お手?」

 右手を軽く握って上げられ、思わず司は己の手を前に出した。

 

 ぽふん、とそこに降ろされる拳は、少しだけ勢いが強かった。

 

 「ふーちゃんは犬ではないのです、尻尾も無いのです」

 「……さっき見えたような」

 「あれは尾羽根で尻尾とは違うです、そこまで愚弄されたらおかわりまでなければ許さないです」

 (……犬か?)

 そう、何処までも続く偉そうな割に完全に懐ききった態度に疑問符を浮かべながら、司は逆の手も差し出した。

 「おかわり」

 「……本当に感謝があるなら撫で撫でまでを命令しますです」

 「勿論良いよ、君が居なければ死んでたからね」

 言いつつ、司は少女を呼び寄せ、左手で胸元に抱き寄せると右手でその頭を撫でた。髪というよりは、ふわりとした羽毛のような感触と熱さが司の手に伝わってくる。体温は司の家の近所の温泉くらいなので恐らく43℃無いくらい、髪はそれより少し熱いだろうか?

 

 「ふふん、ふーちゃんは偉いので一日5分で満足します」

 「5分要るんだ」

 「それくらいの役得が無いとこの偉いふーちゃんがわざわざキッサと契約してあげた必要が少し薄くなるのです」

 言いつつ、少女は少しだけ脚を伸びしてもたれ掛かるような体勢になると、司の胸元に最初のように頭を擦り付けるのだった。

 

 本当に犬か?と司は疑問符を浮かべてその頭を撫でる。

 「手が止まってるです」

 「胸元でスリスリされると撫でにくくて……」

 「ふふん、ならば次の暇な時間に撫でれば許すのです」

 と、少女の頭の動きが止まる。揺られて司の右足を撫でていたすらりと伸びた尾羽根もまた動きを止める。

 

 「そもそもふーちゃん、今何してるですか?」

 「……ダンジョン内で明確な異常事態が起きたからね。流石に誰かが来る筈。その為のダンジョンに入るときの配信義務だから。

 ってことで、救援の人が後からのこのこと来るのを待ってるんだ」 

 司の口調は少しだけ冷たい。非なんて無いことは分かっていても……有事に備えてとはいうが、間に合わないのだから意味がなかったと結果論で愚痴りたくもなる。

 

 「……もう来ます?」

 「どうだろう?」

 そうぼやく司の耳に、異音が響く。

 

 「ふーちゃん、何かした?」

 「キッサ、そういえばふーちゃん最初にあの蜘蛛ごと、コアに睨みの炎当ててたですよ」

 「え゛っ?」

 驚愕の声をあげる司。安置されていた蜘蛛が守っていたダンジョンのコアは、大きくヒビ割れ白い火を噴き上げていた。

 

 「いや、コア壊れたらダンジョン崩壊するからもう話とか……っ!」

 カッ!という光。それは司が消したはずの砕けた剣に吸い込まれていって……

 思わず目を閉じた司が目を開くと、昼間の日光が眼球を焼く。2011年、あの日失われたはずの太陽の塔内部、職員によって密かに手直しされてきた展示物が並ぶ世界に、司達は戻ってきていた。

 

 内部には、司とフェニックスの他には六人の人間が居た。試験を案内してくれたダンジョンの人、大貴達三人、案内の人と同じく黒いスーツの男、そして……

 「現実!?ぴゃっ!」

 逃げ去る猫耳フードの少女が一人。その手には黄金のタロット。氷河の中、ランプを右手に掲げた尖った耳の長毛ウサギが描かれているカード、【隠者(ザ・ハーミット)】だ。何処かホッキョクウサギをイメージしたのか、その前足は妙にひょろ長い。

 

 大貴のタロットのように有名な絵柄そのものではなく、元々の意匠を汲みつつ独特の絵柄に変わっているのは当人に合わせられたタロットの特徴である。その持ち主は、かなりの腕の探索者(クエスター)だ。救援に駆け付けてきた人であろう。

 

 「は、キッサ?」

 立ち尽くす司を見つけて、大貴が目を剥いた。一般的に考えて、数年間踏破されなかったダンジョン最奥に待ち構えるボス相手に、タロットを今日まともに手にした素人が勝てるはず無い。それが傷一つ無く生きていたら、幽霊にしか見えないだろう。

 

 だが、司は幽霊ではない。

 

 「……全くあの方は。佐天君、事情説明をお願い出来るかな」

 エージェントの眼は笑っていない。管理していたダンジョンが崩壊したというのは一大事だ。政府として犯人などを探さなければならないのだ。

 

 動こうとする不死鳥少女を手で制して、司は素直に黒服の前に立った。

 「大貴……グループ組んでいた佐藤君等から何処まで聞いているのでしょうか?」

 「見ていた監督役から、凰源の不死鳥の飛来という緊急事態が起きた、と」

 「ふーちゃんですか?」

 「いえ、それは誤報です。異常は起きましたが、再出現の前例がないダンジョンボス、多乱修羅-鬼面・村正が復活していました。

 あの中で単に逃げ回るだけなら一番都合が良かった俺……私がボス部屋内で気を引き安全な撤退を試みたものの、上手くはいかず」

 静かに見守る黒服。大貴が何か言っているが、聞くわけにはいかないと司は耳にも入れずに聞き流す。

 

 「再出現したボスは、通例を破りボス部屋から出る行動パターンを持っていました。その為、やむを得ず最後の手段としてコア破壊を敢行しました、申し訳ありません」

 コアを壊してはいけないなんて人間の常識を不死鳥に求めるのは酷だ。司は実際にやろうとしたしと軽く罪を被ってそう告げたのだった。

 

 「コアの、破壊を?【愚者】の君が?後、そこの子は?」

 言われ、司は重ねて手にしていたタロット2枚を拡げて翳した。

 「さっきは違うと言いましたが、後から実際に飛来した凰源の不死鳥相手に契約持ちかけたら、本当に何故かは知りませんが上手く契約出来てしまって。コアを破壊して貰った訳です」

 暫し、黒服は固まった。

 

 「正気で?」

 「タロットの中でも【(ザ・スター)】【(ザ・ムーン)】【太陽(ザ・サン)】【審判(ジャッジメント)】【世界(ザ・ワールド)】の5種類はほぼ確認されていないアリエです。嘘ならばそのうち一種を此処に用意なんて出来ないかと」

 「ふーちゃんは、ちゃんと不死鳥なのですよ?」

 ぽん、と少女はその腕に炎色の翼を生やして振った。

 「……大問題っ!?とりあえず二次の筆記の点数とか無関係に合格!辞退不可!確実にそのタロット持って大学来るように!

 良い!?」

 いきなりの勢い。黒服の剣幕に圧されるように司は頷くのであった。

 

 「あー、あとはちゃんとした探索者の方が案内してくれるからそれで。後、怖いからバケモンはタロットに仕舞って。

 ……どうなってるんだ一体……人間姿を取れるモンスターが、あそこまで最初から懐いている……?【愚者(ザ・フール)】のタロットには、本人に力は与えずともモンスターを懐かせる効果でもあったのか……?」

 そんな事を言われても、と肩を竦める司を白い手が手招きした。

 

 「大貴達は」

 「普通に試験内容次第。少なくとも君は落として佐藤君は通せと聞いてるけれど今やそれしたら此方がどうなるか……」

 頭を抱える黒服にお疲れ様ですと頭を下げた司は、不死鳥少女の手を引いて歩き出した。もう、一度も振り返ること無く。

 

 それは、司からすれば当然であった。司自身の目的はとあるダンジョンの踏破。というよりも、ダンジョンに呑み込まれて行方不明な家族等の弔いにある。

 だからこそ、命を拾った今、大貴に何かする気は特になかった。あのダンジョンに挑む気ある探索者になってくれるなら寧ろ願ったり叶ったり、応援したい程だった。

 

 が、それは司からの一方的な思いでしか無かった。

 少女の手を引いて去る司の背を、ハプニングを乗り越えた主役としての立場を完全に奪い去られた青年は豪奢なハンカチで壁近くに転がるダンジョンに呑まれたスタッフの白骨死体を見てしまって催した吐き気を抑えつつ、恨めしげな瞳で睨み続けていた。

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