楽して大金だけ稼ぎたいトレーナーと魔改造されるブリッジコンプちゃん 作:ぶり大根(元・孤高の牛)
「ところで不躾な質問にはなるが、君はダートを走った事はあるかい?」
「ダートですか?……練習でちょくちょく走る以外では特には」
「やっぱり?そんじゃ1回ダート1600m走ってみてよ」
「はい?」
「ダート1600m。俺の考えだと君の適性は芝よりダートだと思ってるんだ」
「……ええ」
あたしの名前はブリッジコンプ、正直言ってここ中央トレセン学園じゃ誰も名前を知らない程度の『モブ』ウマ娘。
現にこの日だってスポットライトの当たらない場所で、スカウトの来ない他の仲良くなったウマ娘達と練習に励んでいた。
そんな時1人のトレーナーがこの場所を見に来て、私の事を呼んできた。
スカウト……という淡い希望を捨てながら話を聞いてみたところ、何故かダート1600mを走る事になっていた。どうしてそうなった。
今までレースというレースは芝限定で1800までしか走って無かったのにこのトレーナーには一体何が見えたのか分からない。
そんなの走れないに決まっている。
「い、いやあたしダートまともに走った事無いですよ?」
「一度だけで良いんだ。騙されたと思って、ね?」
「う、うーん……分かりました。せっかくのチャンスだし……」
何を考えてるか分からない……それに顔付きや新品そうなスーツを見る限り今年度から入ってきた新人トレーナー……?だとしたら尚更私達影の薄いウマ娘のところに来た理由も、そんなウマ娘に適性外を走らせる理由も分からない。
でも分かる事は、今はこんな変人トレーナーでもアピールチャンスという事……!ならやる事は1つ!走る!
「OK、ちなみに脚質は?」
「1番得意なのは逃げです」
「それじゃそれ想定でタイム測るから。あ、いつも走ってる感覚で走っちゃって大丈夫だからね」
「は、はぁ……い、いやダメダメ!走るんだから気合い入れないと!」
そもそもデビュー出来るかどうかすら夢物語だった私への千載一遇の大チャンス、たとえこの先未勝利で終わろうともまずはその舞台へ立たないと何も始まらない。
頼むぞ私の脚!
「はぁ……はぁ……」
走り切った、走り切ってやったわよ。
正直タイムとか何も考えられないまま芝で走ってる通りの逃げをしたからどうなったかとか何も分からないし、これでダメなら引退してやるって気持ちしか無かった。
後は……この人が何を言うかだけど。
「やっぱり、やっぱりだ」
タイムを見て頷く。
やっぱり……期待外れだったのかな、でもそうだとしても仕方ない。
ギュッと目を瞑る。
「俺の思った通り、やっぱりダートの方が適性あるよ」
「……え?」
でもそんな想いは不意打ちによって打ち砕かれた。
いやいやそんなはずは……一度もまともに走った事すら無いのに。
「ほら、これタイム。自分の出したタイムだぞ?」
「え、え?ええ!?これ、あたしが出したんですか!?」
「ああそうとも。まだまともに走った最初だから慣れてないんだろうが、それでこれなら素質だけでオープンクラスまではまず行ける。俺としてはこういう自分でも自覚の無い隠れた逸材を見つけたかったから嬉しいよ」
でもタイムを見てギョッとしてしまった。
この計測タイムは既にデビューしているジュニア級のダートウマ娘と比べてもかなりのもの。
これ現実?嘘でしょ?そう言いたいがスカウト目的で来ているトレーナーが嘘を付くなんてそれこそありえないし、これが現実だと受け入れるしか無い。
……もしも。もしもだ。本当にオープンクラスまで行けるのだとしたら。
デビューすら夢のように感じていたあたしにとってそれは、大恩も大恩になってしまう。
まだこのトレーナーには怪しさはある、だけど……
「あ……貴方は、あたしをスカウトしてくれるんですか?」
「ん?ああ、そうさ。自分の目に狂いが無いかチェックしてからスカウトする予定だった。尤も俺の目に狂いなんて無いからチェックは体裁上と、ウマ娘に信用してもらう為のものだが」
この人となら、もしかしたら。
グッと拳を握り締める、本能で分かるこれを逃せば二度と巡り会えないだろうと。
一生分の運をこの競技人生で費やしたって良い、その後ボロボロになったって良い……全てを託す。
「あたし、トレーナーの元で成長したいです」
「その言葉が聞ければ充分。俺の名前は時坂敦史、よろしく」
「あたしはブリッジコンプって言います!よろしくお願いします!」
差し出した手を、トレーナーは握ってくれた。
まずはやっと一歩踏み出せた……そう思い流した涙は、きっと無駄じゃないと信じて。
「んじゃそれ、トレーニングメニューね。俺が顔出すのはここと……ここ、計1時間くらいだ。後はメニュー表通りにやる事、大丈夫だとは思うが過不足無しでこなせよー」
「……時坂トレーナー?」
「なんだ?」
「あの、トレーナーの直接指導とか……は」
「それはスカウト前にしたのが大半だからな。俺は楽して金稼げりゃそれで良い、その為に先輩トレに目を付けられず、俺がちょちょいと助言すればそこそこ活躍出来そうなウマ娘を選んだんだ。コンプはメニュー表通りやって気楽にしてりゃ良いって事よ」
「ええ……」
自分の流した涙を早々に疑いかけた。
トレーナーは自室でプリントアウトされたトレーニングメニュー表冊子を渡して来た後ソファに寝転んでパソコンを弄っていた。
これでも仕事してるらしいけど『楽して稼ぎたい』のせいで全ての言葉が疑わしくなってきている。
「勘違いするなよ、俺はお前の素質と実力を発揮出来るだけの身体と知識を与えるだけだ。その為の最高効率として俺がトレーニングに出なくても良い時間までは面倒見ない、ま、その分練習効率は保証するから騙されたと思ってやってみ?」
「既に騙された気分になってるんだけど?」
「ははは、こりゃ一本取られたかもな」
「はぁ~……まあ仕方ないか……メニュー出してくれるだけマシだろうし……分かりました、やります」
とはいえ文句を言ったところでこのトレーナーが素質を見出してくれた上に他のトレーナーは本当に見てすらくれなかったから、逃げ場が無い。
変人なのはスカウト前に分かっていた事だし、やるっきゃない。
「あ、本当に過不足無しでやるんだぞ。俺の、コンプの為だけに組んだ最高効率メニューなんだからな!」
「~~ッ!!」
……それに、こんな事を言われたらどれだけ変なトレーナーでも気合いが入っちゃうし。
もう、なんなのこの人……普通に嬉しいんだけど。
「それで、サボってる風に見えて自分は成長してるからあのトレーナーが何なのか更に分からなくなってる……って事なの〜?」
「良い事じゃん!」
「でもちょっと見たけど確かに何考えてるか分からなかったかも」
あれから1ヶ月経った。
教室では相変わらず4人集まって話す事が多いけど最近はトレーナーの事を話す事が多くなっている……それもそのはず、適当に見えてあたしが意見を出すとメニュー表を微調整してくれたり仕事そのものをやらない訳じゃない。
あたしのトレーニングを見ない時間で書類やパソコンの仕事を終わらせてゲームを持ち込んだりラノベを持ち込んだりして遊んでるだけで。
いやそれはそれでどうなのよと言いたいけど、もうその光景にも慣れてきてしまっている自分がいるのが怖い。
「……変人だけど有能ではあるんだよなあ」
「そうだねぇ」
「それはほんとそう思う」
「応援してるからね、コンプ!」
「……うん、頑張る」
とはいえ、自分が成長しているのも本当。
これからどうなるかなんてその時の自分が考えればそれで良い!
4人でグータッチをして、今日もトレーニングに向かうのだった。