楽して大金だけ稼ぎたいトレーナーと魔改造されるブリッジコンプちゃん 作:ぶり大根(元・孤高の牛)
ムーラン・ド・ロンシャン賞も終わり9月も後半を迎えた。
他のウマ娘がどうかは知らないが、俺とコンプはサンライズローズの陣営とテイエムクロードの陣営とのトレーニングになっている。
サンライズローズはダート組として、テイエムクロードは日本組として丁度良いのだろうが最近はその架け橋無しでも俺達以外の2陣営の仲の良さが垣間見える事がある。
本番の凱旋門賞まであと半月も無いというのに、何ともリラックスしていると思わず笑みが溢れる。
真剣にやる事は勿論大切ではあるが、その中でもピリピリしているのは俺は好ましいとは思っていない。
真剣にやる中でも肩の力を抜ける環境の方が身体も解れてコンディションが良くなりポテンシャルも十全に発揮出来る。
俺達のグループは少なくともそれが叶っている、そう思っている。
「後は優勝して金と栄誉を日本に持ち帰ってチヤホヤされるだけだな。その為にはちょっとばかしおサボりをおサボりってな」
とはいえずっと動いているのもそれはそれで時間の無駄、現在はパソコンに向かって専用の特別トレーニングメニューの微調整を行っている。
0時を回ってしまっているのは少し誤算だがあと10分もあれば終わるだろう、こちらが体調を崩しては本末転倒だからな。
さっさと終わらせてしまおう……と思った時だった。
「……メール?それも相手は……」
ピロンというメールが届いた通知。
それこそ俺にメールを打ってくる相手なんてURAくらいなものだし、そのURAも安田記念を走ったお陰か今は殆どメールをして来る事は無い。
珍しいものだ、と相手を確認すれば更に珍しい相手だった。
ニューヨークウマ娘協会会長デービッド・クルーガ。
ベルモントパークレース場のオーナーでもあるその人とは、ベルモントステークスの一件後少し話をしてお互いのアドレスを交換はしたものの今日という今日まで形ばかりの交換だった。
そのクルーガさんからメールとは……ふむ、気になるな。
軽い気持ちで内容をクリックする。
「…………なるほどね」
軽い気持ちで見ようとした事を瞬時に後悔した。
これは少し予想外でもあったし、ある意味ではあまりまだ考える余裕が無かったが予想範囲内とも言える文言でもあった。
『やあ、Mr.トキサカ久しぶりだね。突然のメール済まない、気付いた時に見てもらえれば良いよ。……さて、本題だけれど再来年僕の持つベルモントパークレース場で初となるドリームトロフィーリーグの開催が決まった。そこで、勿論断る権利はあるけれど一つだけ提案がある
……ブリッジコンプをその第1回レースに出してみないか?先に断る権利、と言ったのはドリームトロフィーリーグ移籍がつまりはトゥインクルシリーズ引退と同義である為だ。ただ、そこに出てくれるのであればその第1回の1着賞金は1500万ドル*1用意しよう。
何故わざわざ、と思われているかも知れないが君達はベルモントパークの伝説だ。あの2:24:0を出した君達だから呼ぼうと思えた。返事は年末まで待つからゆっくり考えてほしい』
「……そろそろ考えるべき事柄だとは思っていたが、まさかオファーという形でそれを現実として考えないとならなくなるとはな」
正直言って凱旋門賞を優勝したらトゥインクルシリーズでやる事と言うのはほぼほぼ無いも同然だ。
しかしコンプの能力に衰えは見られない、それどころか未だにずっと進化を続けていると言っても過言では無い数値を叩き出している。
果たしてたかだか賞金稼ぎの為にコンプの全盛期をやる事の終わったトゥインクルシリーズで続けていても良いのか、否か。
「アイツを最も輝かせるのであればドリームトロフィーリーグなんだろうが……」
分かっていても、『引退』を決断させる事の重みは計り知れない。
それがドリームトロフィーリーグ移籍という、他リーグ移籍前提であり競技者引退ではないと分かっていたとしても、言うのは責任重大だ。
無論このクルーガさんからの話が無かったとしても、近い将来には考えねばならなかった事だ……少し早めに決断せねばならなくなったただそれだけだ。
「思えばもう3年以上になるんだな、アイツと……コンプと初めて出会ってから。早いもんだ、あの頃はただただビジネスパートナーとして不都合の無い性格なら何でも良いと思っていたのに、本当に分からんもんだ」
思い返すのはスカウトしたあの日だった。
誰にも見向きもされてないのにも関わらず秘めたる才能がある、たったそれだけの軽い理由でスカウトした。
それこそ、プライベートなんて全くの別々でほぼ何も知らない、完全な仕事だけの関係性になるなんて思っていたのに気が付けば恋人になってるんだもんな。
あの時の俺に言っても信じてはもらえないだろう、今の俺からしても信じないだろうと思ってるからな。
「……いつ、アイツに惚れたか、ねえ。はは、考えてみれば俺も恋愛未経験だったから気付いてなかっただけでアイツと同じく半分くらいは一目惚れだったのかもね」
『やっぱり、やっぱりだ』
『俺の思った通り、やっぱりダートの方が適性あるよ』
『ほら、これタイム。自分の出したタイムだぞ?』
コンプのダートでの走りを初めて見たあの日。
一度で良いからダート1600mを走ってほしいと言って走らせて測ったタイム、あの、ジュニア級の平均的なウマ娘をも凌ぐタイムと一生懸命、それでいて楽しそうに走る姿にきっと俺は既に半分惚れていたのだろう。
お互い自覚無しに半分一目惚れ、全く良くそれでビジネスパートナーだのと宣ったものだと呆れてしまう。
「ま、今となっちゃ良い思い出だろ。それよか俺はもう寝……」
あとほんの少しまで迫った仕事は起きてからやってしまえば良いだろうと思い呑気に背伸びをし……かけたところで目線を感じた。
現在午前0時を少し回った辺りである。
そしてそんな時間この部屋にいるのはこの部屋で寝起きしている人間のみ、そして俺とコンプは言わずもがな同室だ。
すっかり寝ていたからと少し油断しただろうか、それとも俺の方の疲労で隙が出来ていたか、どちらにせよここまでのミスはトレーナーになって以来恐らく初めてだ。
しかしなってしまったものはなってしまったものだ、どうせいつかは聞かねばならなかった事でもあるのだからそこまでの痛手にはなるまい。
「……起きてんだろ、コンプ」
「あー……バレてた?」
「いつもは聞こえる寝息が聞こえずガサゴソ音がしたからな。大方ちょっと目が覚めたところで偶然俺の独り言が聞こえたんだろ?」
「ま、まあ……ね」
コイツとも凱旋門賞を走ったら次をどうするか、というのは割と話していた事でもある。
今更本番への影響は心配しなくても良いだろう。
「で、起きてるついでに聞くが……どうしたい?しばらくトゥインクルシリーズで走るか、それともベルモントパークレース場での第1回ドリームトロフィーリーグのオファーを受けるか」
「ドリームトロフィーリーグ……移籍したらもう戻れないんだよね?」
「ああ、そうなるな。だが移籍すればホッコータルマエともう一度走れるだろうな。それにスマートファルコン、コパノリッキー、ワンダーアキュートに……ジャスティファイもまだ現役のドリームトロフィーリーガーだったはずだ。ま、どちらの道でも俺はコンプ、お前をサポートするだけだから安心して選ぶと良い」
事実コンプがどちらを選ぶかは俺でも断定は出来ない。
一度移籍してしまえば二度とこちらには戻って来れない、だが来年をラストシーズンとするならジャスティファイとはまだギリギリ走れるはず。
どちらを選んだとしても納得出来る。
「うん……うん。――正直、あたしの中で決めてた事はあるんだ」
「そうか」
「凱旋門賞……勝ったら来年をラストシーズンにする。だから――勝つよ、あたし。勝ってちゃんと言いたい、笑顔でサヨナラを」
「分かった、じゃあ俺ももっと気合い入れていかないといけないな?」
選んだのは『勝てば引退』の道。
そして『必ず勝つ』という宣言。
だとするならばその覚悟を俺が現実にしてやらないとならない、これが終わってもまだ1年以上あるとはいえ実質的な最後の大仕事だ。
――俺も、密かに一つだけ大きな覚悟を決めよう。
それは勝ってから言うものになるが、その為にも、そしてコンプの決意の為に全力を持ってしてコンプに最高の花を持たせよう。
「お願いします、トレーナー!」
「任せとけ。お前を世界一にしてやる」
さあ、本番は目の前だ。
ブリコン「ところでトレーナー」
時坂「なんだ?」
ブリコン「……なんか対策とかあるの?凱旋門賞」
時坂「ハッハッハッ!」
時坂「ある訳無いだろ!スノーフォール相手に!」
ブリコン「デスヨネー」