楽して大金だけ稼ぎたいトレーナーと魔改造されるブリッジコンプちゃん 作:ぶり大根(元・孤高の牛)
「……今日は宜しくお願い致しますね、ブリッジコンプさん」
「は、はいっ!こちらこそよろしくお願いします、スノーフォールさん!」
「ふふっ、楽しみにしていますよ……貴方と紡ぐ私のフィナーレ、それに未来永劫語り継がれる伝説の日になる事を」
とてつもない威圧感だった――というのが、あたしから見たスノーフォールさんの印象だった。
とても上品で温和で、見るからにお嬢様といった風貌で物腰も柔らかいと思ったのに、その目に宿るものは絶対王者の闘争心そのもの。
飲まれてはいけない、あたしにはそれを回避するだけの経験が備わっているはずだ。
ふぅ、と息を吐き出し落ち着かせる。
「大丈夫……大丈夫……あたしは大丈夫……」
「――何を震えてらっしゃいますの、ブリッジコンプ」
「ぅえ……ろ、ローズちゃん……」
しかし震えは収まらない。
気圧されちゃダメだと分かっていても、どうしても止まらない。
そんな時に聞こえた、いつもあたしと共に走ってくれていた
いつも明るいそれは、今日だけは違っていた。
「貴方はワタクシが憧れ、今日という今日まで追い付けなかった絶対的チャンピオンですわ。自信を持ちなさい、そして堂々と走りなさい。それでこそワタクシが勝ちたかったブリッジコンプです」
「……」
「まあ、その絶対的チャンピオンも今日こそはワタクシがジャイアントキリングを達成して引きずり降ろして差し上げますから!覚悟してくださいまし!」
「も、もう……はぁ……そんな事言われたら、震えも無くなっちゃうじゃん……ありがとう」
でもやっぱり、それはいつもの『サンライズローズ』だった。
まるで太陽のように輝いて、それでいて道に迷い掛けた時には思い切り道を照らし出して導いてくれる。
やっぱりあたしは、一人じゃここまで来れなかったと思うと同時に一人ぼっちじゃないんだと実感する。
隣にいてくれる事がこんなにも心地良い。
大丈夫だ、もう迷わない、ちゃんと走れる。
「やっと『らしい顔』になりましたわね」
「あはは……お陰様でね」
「これならもう大丈夫ですわね。……後はターフで会いましょう、今日という今日は……ぶち抜いてやりますから」
「うん……楽しみにしてる」
グータッチをかわす。
これは親友として、永遠不滅のライバルとしての約束。
ローズちゃんは決してへこたれずあたしを追い掛けいつか勝つ、あたしはどんなに強い相手でも必ず勝って最強を証明する。
前々からそんな感じで走ってはいたけれど、今日、凱旋門賞というこの日に誓う事に意味がある。
必ず果たそう、この誓いを。
そして。
「絶対勝って今度はあたしからキスしてやるんだから」
最後に浮かべるはトレーナーの顔。
あの人が帰りを待っている、だから勝って帰ろう。
『世界には様々な代表的レースがあります。日本には日本ダービー有馬記念、アメリカにはケンタッキーダービートレーナーズカップ、イギリスにダービーステークスチャンピオンステークス。どのレースが世界一か、という問に客観的に答え切れる人間は存在し得ないでしょう。
ですが今年の凱旋門賞は間違いなく、世界一のレースと断言出来るレースになります』
『刮目してください。今年最高の、そして歴史上でも僅かにしか存在しない程の熱狂そして戦いを。凱旋門賞は間もなくレース開始です!』
思い出すのはケンタッキーダービー。
控え室でずっと大歓声に怯えて冷や汗をダラダラ流していたあの日が本当に懐かしい。
初GIがケンタッキーダービーだなんて、思えばトレーナーはなんて事をしてくれたんだと今でも思い返す度苦笑いを浮かべてしまう。
しかしあの日があったから今日がある。
だからこそ思い返す事が出来る。
『さあパドックに移りますが……今年は5番人気まで誰がどんなレースをするか全く読めないとんでもない戦いになりますよタルマエさん!』
『ええ、中でもやっぱり注目は1番人気・スノーフォール選手と2番人気・ブリッジコンプ選手の芝ダート世界最強対決です』
『その2人も後々紹介しますがまず5番人気は13番、日本から参戦した1人である《新世紀覇王》テイエムクロード。仕上がりは上々ですね』
『ここ2戦は負けているもののどちらもブリッジコンプ選手の2着と本来の走りは見せられています。ロンシャン芝でも好走出来たので期待大です』
クロードちゃん……安田記念とは全く違う、全盛期のオペラオー先輩の様な気迫が見て取れる。
あたしだって負けてられない。
『4番人気は10番、ダートからの刺客の1人《神速の薔薇姫》サンライズローズ』
『ここまでダートと芝で計11冠。正にブリッジコンプ選手の永遠のライバルと言うに相応しい道標を歩んできたフロリダの女王。貫禄すら感じてしまいます。ロンシャン芝での経験がフォワ賞のみなので人気薄ですが問題無いでしょう』
あたしに激励とエールをくれた大親友。
ゲートまで隣になるなんて思わなかったけど、これも運命か。
だとするなら尚更格好良く走りたくなる。
『3番人気は15番、《守護騎士》ガルーダナイト』
『地元パリ出身の最有力ウマ娘ですね。ムーラン・ド・ロンシャン賞では3着に終わりましたが地元の応援は全く衰えませんね。この歓声は彼女には心強いと思いますよ』
ムーラン・ド・ロンシャン賞でも走った地元のウマ娘。
想いの力をベルモントステークスで味わったあたしとしては絶対にマークを外せない1人でもある。
『2番人気は9番、ここまでダート13冠、《始皇帝》ブリッジコンプ。今までで見た事の無い気迫を感じますよタルマエさん!』
『……これは私と走った時の何倍も凄い威圧感です。直で喰らったら私でも必ず無事だったとは言い難いくらいですよ……この凱旋門賞に懸ける想い、ダート世界最強としての想い、日本勢としての想い、全てを背負って出陣していきます。彼女なら大丈夫です』
もう、大丈夫だ。
雑念も消化出来ていない想いも無い。
真っ直ぐ、ゴールだけ見つめて走りきる。
あたしの中にあるのはその一点だけだ。
『そして堂々の1番人気は2番、凱旋門賞3連覇ウマ娘にして今日が引退レースの《不滅の氷晶》スノーフォールです。引退レースとは思えない凄まじい身体の仕上がり具合じゃないですか!?』
『芝のレースを担当する事って本当に少なくて、海外芝GIなんて初めてなんですが……それでもブリッジコンプとスノーフォールの出来栄えは群を抜いていますよ。あの2人の両隣で唯一平気なのはサンライズローズだけなのがその凄まじさを物語っているでしょう』
『ええ、本当にこのレースは今後数十年、数百年、もしかしたら数千年語り継がれるレースになるかも知れません』
ここが本当に本当の、スノーフォール選手のトゥインクルシリーズラストレースだ。
そこに懸ける想いがあたしまで伝わってくるみたいで、それに応えて超えていける走りがしたいと俄然思ってしまう。
そうだ、やっとあの緊張していただけの自分を卒業する事が出来た……遅過ぎると自分でも思ってしまう程だけど、ようやく自分が王者足る器に少しだけなれたと思う。
『さあ全ウマ娘がゲートに入りました』
だから見ていて。
『――スタートッ!!』
あたしの、走りをッ――
『さあハナに立ったのはやはりブリッジコンプ!日本の、我らのブリッジコンプがグングンと引き離して先頭に立ちます!』
『スノーフォール選手はいつも通り後方から照準を定めていますね。また後方外目にはテイエムクロード選手、サンライズローズ選手もいます。ガルーダナイト選手は先行といった位置づけでしょうか』
前へ前へ、ただ1秒でも0.1秒でも0.01秒でも良い。
誰よりも速く、速く、速く駆け抜けたい。負けたくない。誰にも。
その想いが脚を動かす。
『最初の1000mを、ブリッジコンプのみが通過していく!なんと55秒7!!55秒7!!2400mの1000m通過タイムとは思えないとんでもないタイムが出ていますよ!!』
『これは……正に言葉では表せないです。しかしこれで安心出来ないのがスノーフォールという選手です。彼女はムーラン・ド・ロンシャン賞のブリッジコンプ選手の上がり3ハロン31秒ジャストを「凄いが抜かせないタイムではない」と豪語しました。それを言っても納得してしまうそれが凱旋門賞3連覇ウマ娘の説得力でしょうか』
これなら――いや、後ろからとてつもない殺気にも近い威圧感を覚える……スノーフォールさんだ、間違いない。
彼女はここからでもまだ射程圏内と言わんばかりに虎視眈々と獲物を狙うようにこちらを射抜いている。
……脚を速めるべきか?
いや、ダメだ。
それはあたしの良さを一つ消す事になる。
ベルモントステークスで通じたのは奇跡のようなもの、二度も同じ手法がやれると思うな。
一度抜かされたって良い、最後に一番になっているのがあたしであれば良いのだから。
『さあ、最終コーナーにブリッジコンプのみが!!ブリッジコンプのみが差し掛かります!!』
『いや、スノーフォール選手も内を突いて一気に上がってきましたよ!!これは凄い!!テイエムクロード選手とガルーダナイト選手は上がりきれない!!物凄い勢いでブリッジコンプ選手に迫ってきますよ!!』
『残り533m最終直線逃げ切れるかブリッジコンプ!!』
――なんて威圧感、それに速さだろう。
見えていなくても分かる程の、これが不滅と言われる所以の、スノーフォールの強さなのか。
500mを超える長い直線、どこで脚を使うべきか――一瞬でも間違えればその時点であたしの負けだ。
負けたくない、その感情が少しだけ芽生えた……瞬間だった。
『いやもう1人上がってくる!もう1人上がってくるぞ!!これはサンライズローズ!!この末脚は異常だ!!果たして保てるのか!?』
「――怖気るなッ!!行けッ!!」
「――ッ!!」
ああ、これは。
本当に……最後の最後まであたしはこの子に支えられっぱなしだ。
そうだった、いつも考えるより先に脚が動いていたはずだった。
だったら、それで良い。
難しい事なんて関係無い、駆け引きなんて関係無い。
「…………後は、頼みましたわよ。ワタクシ達の……英雄ッ……」
『サンライズローズはここまでか!!少しずつ落ちていく!!しかし!!しかし!!ブリッジコンプ粘る!!ブリッジコンプ粘る!!日本の、遙か遠い夢のその先まで残り200ッ!!』
『お願い……ブリコンちゃんッ……!!』
「抜かせや……しない……!!」
「……!!」
並ばれる、いやそれでも。それでも抜かせやしない。
一度抜かされても良い?そんなのはただの妥協だ、そんなものが通じる相手じゃないだろう、通じて良いものか!!
そうだ、まだあたしの脚は『残っている』!!
『ブリッジコンプ!!!スノーフォール!!!ブリッジコンプ!!!スノーフォール!!!お互い一歩も譲らない!!!』
沢山の人の想いが、ローズちゃんの、トレーナーの、想いがあたしの脚には宿っている。
だから……
だから、だから――
「だから、絶対に負けるもんかああああああああああああ!!!!!!」
「ああそれでこそ!それでこそです!!ですがだからこそ!!私も負けられないッ!!はああああああああああああ!!!!」
『世界最強の四連覇かッ!!!ブリッジコンプかッ!!!どっちだ――』
『…………勝ったのは』
『勝ったのは、ブリッジコンプだああああああああああああああああ!!!!!!!』