楽して大金だけ稼ぎたいトレーナーと魔改造されるブリッジコンプちゃん 作:ぶり大根(元・孤高の牛)
「それじゃ、行ってくる。もうこうなったらなるようになる、そう思わないと現実を直視しそうで死にそう」
「なんかほんと、お疲れ様。でも応援してるからね!いつも心は4人一緒なんだからね!」
「まさかコンプがアメリカクラシック路線行くなんてね〜流石のケーキちゃんもビックリ。これお守り、キャッスルちゃんお手製!これ付けてればよゆーよゆー」
「君はわたし達の希望だ〜勝ってきてね〜それとお土産のプリンも買ってきてね〜」
「……プリン、ケーキ、スモモ……みんな、本当にありがとう。あたしもみんなの事応援してる!また6月に会おうね!」
4月末、遂にあたしはアメリカへ向かう。
目的はもちろん5月初頭のケンタッキーダービーから始まるアメリカクラシック三冠路線。
とはいえトレーナーは
「コンプ、お前の元々の距離適性は1000mから1800mだ。それをここ数ヶ月スタミナトレーニングとレース中に於けるスタミナ管理を重点的にやって2200mまでは勝てるように強化した、だからケンタッキーダービーには出す。だが距離が2400mになるベルモントステークスは完全に適性外。勝ち目の無いレースに出す程俺は夢追い人じゃないんでね、遠征はプリークネスステークスまでと思っておけ」
と言っていたから遠征は恐らく1ヶ月くらい。
サウジアラビア遠征より少し長くなるけど、宣言した通り『なるようになる』で全力でやってやる。
勝てる勝てないなんて考えない、考えてたら無理ゲー過ぎて気絶しちゃうってほんと。
「挨拶は済ませたか?」
「うん。1ヶ月くらい会えないけどその分あっちで頑張るよ。絶対みんなに誇れるウマ娘になって帰ってくる」
「意気込みは充分だな。まあ俺は誇れるというか二冠取らせて帰国は凱旋パレードにする予定だがな」
「あはは、トレーナーならちょっとやりかねないから怖いよ?」
「ちょっと?俺の予定は100%だぞ?」
「はいはい、そういう事にしといてあげますよー」
というかトレーナーは本当にあたしを勝たせる気でいるし。
どんだけ自信あるのよ……でもそれくらい自信があった方が何となく気負わずに走れる気がする、本来は逆なんだろうけどこの人がこういう事言ってると不思議と「あ、いつも通りだなあ」って力が抜けて楽になると言うか、なんと言うか。
「敦史……俺も応援してるからな」
「おう。ちょっくら伝説残してくるわ。……さあ行くぞコンプ、俺達の伝説を刻みに」
あたしは頷いて差し出された手を取る。
――これが本当の『始まり』だったとも知らずに。
「……ヤバい、間違いなくヤバいってこれ。日本ダービーくらいひといるってこれ」
「わっはっはっ、そりゃそうだろアメリカウマ娘レースの花形はクラシックなんだから」
「分かってた、分かってたけどこれは目眩がぁ……」
時間は飛んでケンタッキーダービー当日。
アメリカでは国を挙げての一大祭りみたいに盛り上がってたのは知ってた、誰がどんなウマ娘でどんな勝ち上がり方、勝ち方をしてるか詳しく解説されていたりテレビでもどのウマ娘が有力か議論が白熱していた。
でもこの盛り上がり方は想像してなかった、日本じゃ日本ダービーとグランプリが一番お客さんの入るレースだけどこっちじゃ一冠目からダービー並の観客数。
想像してなかった、こんなにもこのレースが注目されていたなんて。
ダラダラと冷や汗が流れる。
いやそりゃあたしは国内ジュニア級GIIIとサウジダービー勝っただけな上に事前に「マイルしか走ってない」情報が出たから2000mはそもそも適性外判定されて18人立て18番人気になってほぼ誰も注目してないけどさ。
それはそれでもう少し注目してくれても良かったんじゃ?と思わなくもないけど、それだけ有力なウマ娘が集まってる証拠にもなる訳で。
つまりここで下手な走りをしたら確実にあたしの競技者人生終わる……!間違いない、消し炭にされる……!
今までの重圧でビビってたのがバカバカしくなるくらいの大舞台だと言う事を、この控え室まで聞こえてくる地鳴りのような大歓声を聞いて実感してしまう。
「……い、おーい!大丈夫かー?」
「ハッ!?あたしは今何を!?」
「いや完全に頭ピヨピヨして意識が明後日に行ってたぞ」
「うぅ……覚悟決めたはずなのに、いざこうして歓声聞くと怖くなっちゃって……」
「まあなあ。初GIがここだし尚更だとは思うな」
トレーナーも珍しく下手な事は言ってこない。
それだけこのレースへの思いは真剣って事だ。
「……ごめん、なさい。こんな気弱で」
「ばーか、何謝ってやがる。初GIで緊張しない奴の方が珍しいんだよ」
「そう……なのかな」
「いやそれこそシンボリルドルフとかあの辺基準に出すなよ?ああいうのはデビュー前からGI勝つ事が当たり前みたいなプレッシャーを受け続けながら走ってきた狂人共だ」
「……うん」
「――格好良く、なりたいんだろ?」
「……あ」
どうやって走れば良いのか、どうやって集中すれば良いのか、頭の中が混乱しそうになった時トレーナーがそう語り掛けてくれた。
そうだった、あたしの想いは……
『勝負服、可愛い系じゃなくてかっこいい系で行くんだな』
『うん。このデザインにはね、こんなあたしでも格好良くなりたい、このデザインに恥じない成績にするんだって思いを込めたんだ。だからいつか、トレーナーに似合ってるって言ってもらうのが夢』
『面白いじゃねえか。んじゃ次のレースで勝ったら早速夢が叶うかもな?』
この勝負服と共にある。
確かに怖い、冷や汗は今も止まらないし震えてる。
でも、ここで一歩踏み出さなきゃこの衣装に込めた願いにはきっと届かない。
そんなのは嫌だ!
「もうずっとウジウジしてばかりでごめんなさい、トレーナー。でも今度こそ、今度こそ振り切る!」
「……くく、良い顔になったじゃねえか。ま、適度な緊張感はレースへのメリハリにもなるし残しといて損は無いがこれなら――『行ける』な?」
「す、少なくとも自分の走りで走り切るくらいなら!」
顔をパンパンと両手で叩いて気合いを入れる。
「んじゃ、いってこい!」
『今年もこの時期がやって来ましたケンタッキーダービー!我が国アメリカクラシック三冠の最初の一冠を決めるレースは今年も大盛況です!!その候補18人の選ばれしウマ娘の中で頂点に立つのは誰か!?間もなくレース開始となります!』
案の定と言うべきかパドックでも全く注目されずゲートまで向かう。
他の有力ウマ娘は人気度の高さが一目で分かるオーラを纏ってる子が何人かいて、間違いなくそのプレッシャーはあたしには向いてない。
なるほど、最下位人気はさすがにどうなのよと思っていたけれどこれは逆に好都合かも……?
誰にもマークされてない、だとしたら好きに走れるはず。
この初GIさえどんな着順でも良いから走り切れれば次のGIは間違いなく心持ちが一気に軽くなる、ある程度リラックスして走れるはず。
『18人全員がゲートに収まりました』
……や、やってやる。こんな大チャンス逃す訳にはいかない、自分の力を100%出し切ってやる。
『――各ウマ娘一斉にスタートしました!』
ゲートが開いた瞬間を狙って走り出す、そう言えばトレーナーからは
『良いか、逃げをするならコンセントレーションが一番大事だ。最初の一歩は誰にも譲るんじゃない。最初に踏み出して先頭に立て。何ならその練習の為だけにサイレンススズカにコーチングの直談判もしてやる』
なんて言われていたっけ。
そのことば通り間違いなく誰よりも速く駆け出し先頭へと躍り出る、勿論大逃げなんて事はしない……というかサウジダービーまでは普通の逃げが何故か大逃げになってただけだし。
『今までは大逃げでも良かったが今回は出来ると思っても控えろ。最終直線まで逃げながら脚を溜めるんだ、溜められるように俺は2200までのスタミナを作ったんだからな。丁度良い、後でビデオ通話でサイレンススズカに逃げて差すやり方を伝授してもらうぞ』
見ただけで分かるか!とかあの時はツッコミ入れたけど、走ってみて感じたのは……走れば何となくわかる!
いつもより脚が温存されて少し軽い、後ろとは2バ身差くらいだけどこの体力の余裕が精神を冷静にさせてくれる。
……残り500の標識を通過したのが目に入る、最終直線がそろそろだ。
『最終コーナー回って直線向いた瞬間だ。そこで溜めてた脚を使ってスパートしろ。差しや追い込みのスパートと比べたら加速度合いは低いだろうが十二分な加速にはなるはずだ』
あたしの脚はその言葉通り残ってる。
だったら……最終コーナー回って……ここだっ!!
「うおりゃあああああああああああああ!!!」
「嘘でしょ!?まだあんなスタミナあるの!?」
「地力が、違い過ぎる……」
「まずっ、それだと差し切れなっ……!」
風を切って走る、走る、走る。
もう無我夢中だ。ここから先は全ての力を出し切ってゴール板を駆け抜けるまで、限界まで、走り抜ける。
周りの景色もウマ娘も、音さえも見えなく、聞こえなくなりながら走って、走って、走って……
「……ッ!!」
一瞬映ったゴール板、それを超えたのが見えた。
あたしは駆け抜けたんだ、GIを、ちゃんと。
「………………あ、じゅ、順位見ないと」
その充足感に包まれて、放心して肝心な事を忘れてた。
何着かなんて関係無いとはいえ大事なものは大事なもの、自分がどれだけアメリカで通用したか、どれだけGIに近付けたか目に焼き付けて今後の成長に……
『① ブリッジコンプ』
「!?!?!?!?!?」
そして順位を見て自分の事とは思えずもう一度放心状態になってしまったのはきっと仕方ない事だと思いたい。
サイレンススズカ「コンプちゃん……言葉で伝えただけだけれど、ちゃんと出来てるかしら……」
~中継と結果を見て~
サイレンススズカ「……ふふ、心配しなくても大丈夫だったみたい?帰ってきたらお祝いしてあげなきゃよね」