二度目の人生は艦娘でした   作:白黒狼

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 はじめまして、白黒狼と申します。
 ゆったりと執筆しますので更新は遅いです。
 つたない文章ではございますが、どうぞよろしくお願いします。



序章
プロローグ


 暗い部屋にカチカチとマウスの音が響いている。

 パソコンのディスプレイの光だけで照らされた室内は整頓された本棚ばかりがひしめき合っている。

 部屋の中央にあるテーブルには一台のノートパソコン。そして、それを眺める一人の男の姿があった。

 風呂上がりなのだろう、タオルを首にかけ、ビールを片手にマウスを操作している。

 一通り操作し終わったのか、男は小さく息を吐くと窓の外へと視線を向ける。そこから見える景色は真っ暗な暗闇と、叩きつける様な雨だった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 酷い雨だ。

 外を眺めながら俺はそんな事を呟いていた。

 会社の帰りに突然大雨が降ってきて慌てて帰ったものの、服はずぶ濡れだ。

 幸い明日から休日なので風呂に入った後はビールを片手にのんびりとゲームを楽しんでいる。

 現在プレイしているのは『艦隊これくしょん』通称『艦これ』だ。

 彼女もいない俺にとっての貴重な癒しの空間として、このゲームは俺のハートを見事にキャッチした。個性豊かなキャラクター達に囲まれた提督ライフ……楽しいぜ。

 

 さて、そんな俺の秘書艦は金剛である。

 あの明るい性格とビジュアルが俺の好みにピッタリだったのだ。不思議と元気が出てくる。

 

 現在の金剛はLevel120。

 ケッコンカッコカリもして、第一戦で戦ってくれている頼もしい相棒である。

 だが、いくらLevelが上がろうと油断ができないのが艦これというもので、これだけ強くなろうと大破する時はするものだ。

 

「うーん、流石にイベントマップ終盤は一筋縄じゃいかないか」

 

 レべリングを兼ねて編成した第一艦隊で、珍しく旗艦から外している時に大破してしまった金剛を見ながら俺は一人呟いていた。

 大破した艦娘が出た以上、撤退は当然なので、俺はマウスを撤退の文字へと持っていく。

 

 その時、窓の外から強烈な光と音が飛び込んできた。

 

「……え?」

 

 同時に感じる全身を通り抜ける衝撃と激痛。

 ふと、頭に浮かんだのは「落雷」の二文字。妙にスローになった視界の先でバチバチと音をたてるパソコンが目に入った。

 焦げ臭い匂いはパソコンのせいか、それとも自分のものか……。

 仰向けで倒れると、天井に大穴が空いていて雨が全身を濡らしていく。

 あぁ、風呂に入ったばっかりなのになぁ……。なんて考えていると、徐々に瞼が落ちてくる。

 

 あれ……俺、もしかして死にそう?

 寒い、寒い、寒い……。

 

 ガタン、と音を立てて顔の横にパソコンが落ちてきた。

 映る画面には『進軍』の文字。

 

 ……おい、待てよ。違う、違うんだ。今進軍したら、金剛が……。

 

 俺の意識は、そこで完全に暗闇に落ちていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 暗いな、寒いな、嫌だなぁ……。

 どこまでも暗く、冷たい中を落ちていく。

 これが死後の世界というやつなのか?

 目を開けば、まるで月明かりを映す水面の光が遠くに見える。

 しかし、死ぬ直前に考えた事がゲームの相棒の心配なんて……。

 俺は本当に馬鹿なやつだなぁ。

 もっと両親に親孝行しとけばよかった、とか、そんな事を普通は考えるんじゃないのか。

 でも、まぁいいか。本当に心配だったんだから。

 金剛……無事かなぁ。

 

 そう思った時、突然隣に何かが落ちてきた。

 聞こえるのは水の音と、少女の呻き声。

 長い髪と、破れた服、傷ついた肌……。

 背中に巨大な何かを背負っているらしいが、それもボロボロだった。

 

「ぅ……体が、動かないネ。ここまで、か」

 

 少女は悔しそうに水面を見上げ、泣きそうな声で呟いた。

 彼女は左手の薬指にある指輪を見つめ、ついに泣きはじめた。

 

「ぐす……提督、どうか武運長久を……わ、私、ヴァルハラから、ぐす……見て、見ているネ」

 

 うっすらとした月明かりで見えた顔は、俺が最もよく知っている顔だった。

 何故なら、ほぼ毎日見ているのだから。

 

「……金剛?」

 

「……え?」

 

 ようやくこちらに気づいたのだろう、此方を向いた彼女は驚きに目を見開いている。

 しかし、次の瞬間には真剣な顔になりつつ、破損の小さい武器をこちらに向けてきた。

 

「貴方は……誰ですカ?」

 

 その雰囲気に圧倒された。

 歴戦の戦士の様な気迫、ボロボロになりながらも失われない凛とした姿勢。

 画面越しでは伝わらない本物の金剛という艦娘の存在感。

 

「Hey!!聞いてるデスか!?」

 

「え……あ、あぁ聞いてるよ」

 

 金剛の声で現実へと引き戻される。

 彼女は油断なく此方を睨みながら武器を構えている。少しでも不穏な動きをすれば即撃たれそうだ。

 

「俺は◼︎◼︎◼︎◼︎。ただの一般人だよ」

 

「一般人?……そんなわけない、此処は戦場デース。一般人が来れる海域ではないネ」

 

「……と、言われてもな」

 

 そうだ、此処が彼女の言う戦場ならば俺がいるのはおかしい。だが、本当に訳が分からないのだから仕方がない。

 だが、戦場ならば彼女はどうしてこうして海の中にいるのか、そして、彼女のしている装備と……指輪。

 まさかと、ある考えが浮かぶ。

 できれば、当たって欲しくないが……確かめなければ。

 

「なぁ、君は何故こんな所にいる?」

 

「何故って、決まってマース。敵を倒すためネ!!」

 

「違う、何故こんな〝海の底〟にいるのかを聞いてるんだ」

 

「……あ」

 

 彼女も今まで忘れていたのだろう。

 艦娘である彼女が海の底にいる理由など一つしかない。

 

 つまりは轟沈。

 

 彼女は深海棲艦と戦い、沈んだのだ。

 向けられていた武器がだらりと下がる。

 完全に戦意が喪失した彼女は海面を見上げながら再び泣きそうになっていた。

 

「そうだったデース、私は沈んだ。だからこんな事しても意味ないデスね」

 

 金剛は再び左手の指輪へと視線を向ける。

 それを撫でる姿はボロボロであっても美しいと思った。

 

「その指輪は、ケッコンカッコカリか?」

 

「……そうデース。名前だけで、顔も知らない提督デスけど、私は大好きデース」

 

「そうか……」

 

 恐らく、間違いはないのだろう。彼女が俺のプレイしていた艦これの金剛であるということは。

 やはり、あの時、彼女は轟沈してしまったのだろう。

 俺は罪悪感に押し潰されそうになりながら彼女に頭を下げていた。

 

「すまない、金剛……」

 

「……What?何の事デスか?」

 

「俺が何としてでも撤退させられていたら、君は沈まずにすんだかもしれない」

 

「……もしかして、提督なんデスか?」

 

「本当にすまない……」

 

「………」

 

 彼女が近づいてくる気配がする。

 頭を下げたままの俺からは見えないけれど、間違いなく目の前にいる。

 殴られるだろうか、罵られるだろうか……しかし、俺にはそれを受けとめる義務が、責任がある。

 

「……提督、顔を上げるデース」

 

 彼女に従い、顔を上げる。

 そこには……涙を浮かべながら微笑む金剛がいた。

 

「やっと会えたネ、提督」

 

「……金剛」

 

「提督、私は怒ってないヨ。今の様子だと、私達のこと見ててくれてたんでしょ?」

 

「……ああ、俺が何とかできたら」

 

「いいんデース。提督が自分の意思で進軍命令を出してないのは分かってマシタ。あの状況なら、いつもは間違いなく撤退してたデスから」

 

「……金剛っ!!」

 

「……きゃっ!?」

 

 金剛のあまりの優しさに、思わず彼女を抱きしめていた。

 驚いた様だった彼女も、すぐに小さく笑うと抱きしめ返してきた。

 

「フフ、提督は甘えん坊デス」

 

「……すまない、すまない、金剛」

 

 俺達は暫くの間、そのまま抱き合っていた。

 しかし、終わりの時間はやってくる。

 俺の体が少しずつ薄くなっているのである。

 

「あぁ、もう時間みたいだな……」

 

「……提督?」

 

「実はさ、俺死んだんだ。だから、最期に君に会えたのは、もしかしたら神様がくれたサービスだったのかもしれないな」

 

 金剛は俯いたまま、俺の手を握っている。

 もしかしたら泣いているのかもしれない。

 でも、彼女に見送ってもらえるなら、俺はとても幸せだ。悔いはない。

 そう思っていると、金剛が顔を上げた。その瞳には強い意思が宿っている。

 

「……提督、私決めたデース」

 

「……金剛?」

 

 金剛の強い瞳に何故か不安になる。

 彼女は俺の手を握ると、しっかりと俺を見て、言った。

 

「貴方はまだ死んではいけないネ。だから、私が提督を生き返らせてみせるデース!!」

 

「……は?」

 

 彼女の言葉に一瞬、呆然とする。

 彼女は何と言った?

 俺を生き返らせる?

 

「いや、金剛。気持ちは有難いがどうやって?俺はおそらく魂だけで此処にいる。肉体がないなら生き返れないだろう?」

 

「提督、思い出すデース。私達艦娘は第二次大戦中の艦艇を元にして作られてマース。九十九神みたいなものデース。

私達が意思を持っているのも、魂があるからデース。でも、魂だけじゃ私達は戦えないネ。だから体を建造するデース。私はそう考えてマース」

 

「あ、ああ……確かにそういう考えもあるな」

 

「なら、魂だけの提督も体があれば消えずにすむ筈デース」

 

「そうなのか?でも、こんな海の底にそんな都合良く体があるわけ……」

 

 その時、嫌な予感がした。

 目の前の金剛が笑うのに合わせて、それは大きくなっていく。

 

「体ならあるデース……目の前に、ネ」

 

 突然、金剛は艤装の中から発煙筒を取り出すと岩に何度も擦り付けて火をつけた。水中であるのに赤い光と泡を出しながら水面に向かっていく。

 

「……よかった、無事だった。工廠で妖精さんが作ってくれた水中用発煙筒デース。水の中でもしっかり使えマース。

もしかしたら近くの潜水艦の艦娘達が見つけてくれるかもしれまセーン」

 

「いや、金剛、それよりも先程の言葉は一体……」

 

「―――提督」

 

 静かな彼女の声に言葉が続かない。

 言葉に詰まる俺に抱きつきながら、彼女はしっかりと言葉を紡いだ。

 

「提督に私の体をあげる。そして新しい人生を歩んで欲しいデース」

 

「ま、待て!!」

 

「女の体デスけど、許してほしいネ」

 

「待てって言ってるだろ!!」

 

 しかし、次の瞬間、酷い車酔いみたいな感覚に襲われた。

 思わずその場に蹲る。

 目の前がぐらぐら揺れ、金剛の顔も歪んで見える。

 

「提督、私は貴方に二度目の生をもらったネ。だから、今度は私が貴方に二度目の生をあげマース」

 

「こ、金剛!?」

 

 感覚が戻った時、声や体に感じる感覚がおかしい。俺は金剛と入れ替わったのを感じた。

 目の前の金剛が少しずつ薄くなっていく。本当に成功した。……して、しまった。

 

「Good、上手くいってよかったネ。ケッコンカッコカリして絆を深めたお陰デスネー。大破してるから浮力がなくて水面まで浮かべないデスけど、浸水は多くないし何とか応急処置したから暫くは大丈夫デース」

 

 そう言って笑顔を見せる彼女に涙が溢れてきた。

 何でそこまで俺を生き返らせようとするのか。何で自分の体を使ってまで俺を心配するのか。

 

「何で、そこまで……」

 

「そんなの決まってるデース」

 

 彼女は最期まで俺に笑顔を見せてくれた。

 彼女は最期まで俺を助けてくれた。

 

「提督が大好きだからデース!!」

 

「金剛……ッ!!」

 

「提督、私はいつまでも待ってマース。好きに生きて、新しく誰かを好きになってもOKデース。

でも、1番は私デース。その指輪を離さないでくださいネ」

 

彼女が少しずつ消えていく。

それを止めたくて抱きつこうとしたけど、彼女と同じ細い腕は彼女をすり抜けてしまう。

 

「提督、どうか武運長久を。私、ヴァルハラから見ているネ」

 

数分前に呟いた言葉と同じ。

でも、その顔は満面の笑顔だった。

 

その顔を最後に、俺の意識は再び闇の中に沈んでいった。

 

 

 ―――提督、I love you、私はいつでも見ているネ。また、会いましょう。

 

 

 

 





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