仕事が休みだったので二度寝しようかとごろごろしていたらふと浮かんだエピソードです。挿絵も含めて三十分で書き上げました。では、おやすみなさいzzzz
天気は快晴、風はなし、波もないという絶好の出撃日和。
この絶好の出撃日和にこの岩川鎮守府最強のコンゴウはどうしているかというと……
「……よし、準備はいいかな、暁ちゃん?」
「もちろんよ、いつでも行けるわ!!」
「……じゃあ、いくよ!!」
「はい!!」
眼前には犇めく無数の敵影、こちらのメンバーは二名だけで退路はなし。武装は己の肉体のみ。
開戦の合図と共に二人は駆け出した。艦娘の身体能力を全力で発動して雪崩の様に押し寄せる敵へと飛び込んでいく。
だが、敵もタダではやられない。
コンゴウが一人に腕を捕まれて失速した。その途端に一斉に敵の波に飲み込まれ、押し倒される。せめて道連れにするつもりなのだろう。
「しまった!?」
「金剛さん!?」
「……くっ、私のことは気にしないで早く先へ!!」
「で、でも……」
「行って!! 早く!!」
「くっ……金剛さん、ごめんなさい!!」
暁が走っていく姿を見届けて、コンゴウは穏やかな笑みを浮かべた。
小柄な彼女ならきっと大丈夫。そんな確信があった。
「……悔しいな、まさかこんな所で終わるなんて」
多くの人達の下敷きになりながら、コンゴウはそんなことを呟いた。敗北者である彼女にはこれより先に進む資格などないのだ。そう、ここは……
タイムセールという名の戦場なのだから。
◇◇◇
「いやぁ、大量だったね!!」
「ふふん、暁にかかればこれくらいは当然なんだから!!」
帰りの道を歩きながら、コンゴウと暁は両手に持った袋に目を向けていた。
あのタイムセールという名の戦場から無事に生還した二人は充実した疲労感に笑顔を浮かべていた。
「しかし、特売日にタイムセールが組み合わさると本当に戦場になるね」
「そうね、何時もの倍は人がいたんじゃないかしら。金剛さんが早々にリタイアしちゃったし、主婦ってすごいのね」
「そもそも艦娘の身体能力についてくる主婦の皆さんが異常だと思うんだけどね。まさか戦艦の私が押し倒されるなんて思わなかったよ」
金剛は目的の物を目指して突き進む奥様方のプレッシャーを思い出して身震いした。あれはフラグシップ級の敵をも凌駕する圧力だった。
今日は岩川鎮守府の決まりにある月に一回の間宮さんを休ませる日である。
いつも皆の食事を作ってくれる間宮さんを労い、彼女の代わりに他の艦娘達が料理を行うのだ。コンゴウと暁はその材料の買い出しに片道数十分の道を歩き街まで来ていた。今はその帰りである。
「少し休憩しようか、暁ちゃんも疲れてるでしょ?」
「そうね、喉も渇いたし」
鎮守府へと帰る最中に小さな公園を見つけた二人はタイムセールの疲れから少しだけ休憩をすることにした。
食材の中には生物もあるが自販機で買った飲み物を飲むくらいの時間はあるだろう。
「暁ちゃんは何を飲む?」
「ジュースくらい自分で買うわよ」
「さっきは早々にリタイアしたからね。ジュースくらい奢らせてよ」
「そう?なら、オレンジジュースがいいわ」
「了解」
コンゴウはお金を入れると、暁に言われたオレンジジュースと微糖の缶コーヒーのボタンを押す。
二人は公園のベンチに座ってそれぞれの飲み物の蓋を開けた。
「ふう、久しぶりに飲んだけど……やっぱり紅茶がいいかな」
一口飲んだコーヒーの缶を軽く揺らしながら、コンゴウは大きく息を吐いた。青空を何となく見上げてもう一口飲む。
「金剛さんって紅茶が好きよね。何でコーヒーを買ったの?」
「昔はよくコーヒーを飲んでたからね。久しぶりに飲みたくなったんだ」
「ふーん……」
何となく暁は隣に座るコンゴウを見上げてみる。
何処か遠くを見ているその姿は儚げで、指輪を眺めている時と同じく哀愁に満ちていた。
その姿に、何故か暁はどうしようもない焦りを感じていた。
今、この場から消えそうなくらいに儚くて、見えない壁を挟んだ別の世界にいるような感覚。突然目の前から消えてしまってもおかしくないくらいコンゴウの姿は希薄に見えてしまう。その姿を見て、暁は咄嗟に口を開いていた。
「こ、金剛さん!!」
「ひゃっ!?ど、どうかしたの!?」
「あ、いや……その……」
咄嗟にコンゴウを呼んだ暁だったが、自分が何故彼女の名前を呼んでしまったのかわからなかった。ただ、振り向いたコンゴウは元の頼りになる姉の雰囲気に戻っていたので、そのことに彼女は安堵した。
俯く暁の様子に困惑したコンゴウは立ち上がると暁の目の前にしゃがみ、ジュースを握る手を包むように握ってあげた。目線は同じ高さで、できるだけ不安を感じさせないように優しい笑顔を見せる。
「ゆっくりでいいから、何かあったの?」
「えっと、その……何かあったんじゃくて……うーん、何て言えばいいのか…………」
「そう……悩みがあるなら相談してね?」
コンゴウは暁の頭を何度か撫でると、再び隣に腰掛けた。
何故だか急に恥ずかしくなってきた暁は赤らんだ顔を見られないようにコンゴウとは逆の方向に顔を逸らした。
そのまま暫くの間二人の間に会話はなく、ただ飲み物を飲む二人の姿があった。
そのまま飲み物を飲み終えた二人は立ち上がるとゴミ箱に缶を捨てる。
再びコンゴウへと視線を向けた暁は何か雰囲気を変えるために徐に口を開いていた。
「コンゴウさんって凄く素敵なレディよね……」
「……へ?」
暁の呟きにコンゴウは首を傾げたまま疑問を口にしていた。いきなり素敵なレディだと言われても何のことかわからない。それに、コンゴウは見た目こそ艦娘だが中身は元男性、レディだと言われても違和感しか感じなかった。
「私はレディってガラじゃないよ」
「私からしたら立派なレディだと思うわ。気遣いはできるし、頭はいいし、苦いコーヒーなんかも飲めるし……」
それに、と暁は言いにくそうに少しだけ口籠もりながらも言葉を続けた。
「その指輪を見る時の表情が……その、凄く綺麗だなって思って……」
そう言った暁の顔は真っ赤になってしまっている。
自分が何故こんな話を選んでしまったのかと、暁は羞恥と後悔が混ざったような複雑な顔をしていた。そんな彼女をコンゴウは困ったように見つめている。
「うーん……そうだなぁ。暁ちゃんはそもそも〝レディ〟って何だと思う?」
「……え?」
コンゴウからの質問に暁は固まった。
日頃自分からレディと扱えなどと言っているが、そもそも一人前のレディとは何であるのか。暁はすぐに返答できなかった。
「えっと……大人で、何でもできる綺麗な人で……」
「うん、それも一つのレディの形なんだと思う。でもね、この問いに明確な答えなんか無いかもしれないよ? 考えは人それぞれだし」
「……そうなの?」
暁の不安げな顔にコンゴウは頷く。
「そう、一応私個人の考えでは素敵なレディっていうのは人を思いやれる人だと思うんだ。」
「人を、思いやれる……?」
「そう、家族や仲間、上司や部下、知らない他人まで含めて、思いやりを持って接することができる人を私はレディだと思う。綺麗だとかそういう見た目じゃない、心が強い女性をそう言うんじゃないかな」
その時のコンゴウの脳裏に浮かんだのは大切な〝彼女〟の姿。その姿を見た暁はコンゴウを見上げながらしっかり頷いた。
「私、もっと頑張る。皆から信頼されるような艦娘になってみせるわ!!」
「うん、暁ちゃんならきっとなれるよ」
眩しいくらいの笑顔を浮かべる暁に、金剛も笑顔になった。
そろそろ帰ろうかと置いていた荷物を持ち上げようとして、不意にコンゴウが暁に振り返る。
「ところで暁ちゃん」
「うん、どうかしたの?」
「この話題を私にしたってことは……誰か気になる相手でもいるの?」
「……っ、はぁ!?」
コンゴウの言葉に暁はまた赤面する。もう今日だけで何度赤面したかわからない。コンゴウはそんな彼女を微笑ましく思いながらも歩き出した。
「ちょっ……ま、待って金剛さん!!」
「ふふふ、暁ちゃんがレディになる日は案外近いかもね」
「違うから!!違うからね!?」
笑いながら歩くコンゴウとそれを追いかける暁の姿を、雲から覗く太陽だけが優しく見守っていた。
起きてから一度見直しましたが、文章がおかしかったり誤字脱字があるかもしれませんので見つけたらどんどん指摘してください。