二度目の人生は艦娘でした   作:白黒狼

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 遅くなって申し訳ありません!!



番外編・なぜ彼女は提督を目指したのか

 

 開いた窓から吹き込む冷たい風に書類を書いていた少女の手が止まる。

 ふと外を見れば辺りはすっかり暗くなっていた。時計の針は深夜の時間帯を指しており、誰も座っていない秘書艦の机に目を向ければ〝見回り中〟と書かれた札が置かれている。どうやら相当集中していたのだろう、固まった筋肉を伸ばそうと背伸びをすれば同時に心地よい倦怠感と眠気がやってくる。

 仕事を始めたのが夕飯後だった筈なので、軽く五時間以上は書類と格闘していたことになる。

 

「……ふぅ」

 

 小さく息を吐きながら、七海は集中し過ぎて自分の周りの変化に気づかないという悪い癖に頭を抱えた。

 きっと今日の秘書艦のコンゴウも見回り前に七海に一言くらい声をかけていた筈だ。きっと碌な返事も返していないのだろうということは七海自身も分かりきっていた。

 

「……私の悪い癖、か」

 

 脱力しながら机に突っ伏すと、僅かに感じていただけだった眠気が一気に彼女の意識に靄を掛けていく。徐々に落ちる瞼の先に見えたのはたった今執務室に帰ってきたコンゴウの姿だ。何かを言っているようだったが残念ながら今の七海には声は聞こえていない。

 彼女の意識はゆっくりと微睡みの中に落ちていった。

 

◇◇◇

 

 鈴音七海という少女は天才だった。

 その才能が開花したのが6歳頃。軍人だった父の影響か性格は真面目で正義感溢れる前向きで元気な少女であった。ただし、それを表に出さずいつも冷静な判断ができるように意識し続け、自分を常にコントロールしていた。更に初等部入学前から軍人学校の中等部までの問題で満点を取るなど、周囲から神童だの天才だの囃し立てられるのにそう時間はかからなかった。

 

 七海は父と同じく陸軍に入隊する道を選び、軍人学校へと入学した。

 丁度その頃、世間では深海棲艦の活動が活発だという話が持ち上がっていたが、陸軍を目指していた彼女にとって海への関心は殆ど無かった。

 ただ、艦娘と呼ばれる存在だけには興味があったのだが、まだ軍人ではない彼女に軍事機密である艦娘を見れる機会などある筈もなく、軍人学校初等部での生活は緩やかに過ぎていったのだった。

 

 そんな彼女の転換期となったのは中等部に入ってすぐの頃、初夏の日差しが眩しい休日のことだった。

 小さい頃から頭の回転が早かった七海は、その集中力故に一つの事に集中すると周りが見えないという悪癖があった。

 その日、彼女は夏休みの計画を頭の中で組み立てながら登校していてうっかり信号を見落としてしまったのである。

 結果、七海は右から走ってきたトラックに撥ねられ、意識不明の重体となってしまったのだった。

 

◇◇◇◇◇

◇◇◇

 

-七海side-

 

 深く沈む感覚。

 呼吸ができないくらいの圧迫感と、無理やり底に引っ張られる感覚に酔いそうになる。

 ただただ暗い水の底に引っ張られて意識が消えそうになった瞬間、声が聞こえた。

 

『そっちは駄目だよ。戻れなくなる。……こっちにおいで』

 

 声と同時に腕を引かれる様な感覚。

 知らない声なのにどこか安心する女性の声。それに逆らわず、ただ身を任せた。

 

 気がつくと、私は砂浜に立っていた。

 さっきまで感じていた息苦しさも、引っ張られる感覚もない。いつもの感覚に安堵しながら周りを見回す。

 そこは不思議な場所だった。

 地平線の彼方まで広がる広い海と、雲一つない青空。背後には小さな丘があって、その頂上に一本の大きな桜の木がある。風に揺れた枝から花弁が散るが、その桜は一向に減る気配がない。

 まるで時間が止まっているみたいだと、そう思った。

 

「君みたいな子供が来るなんて、珍しいね」

 

「……っ!?」

 

 突然聞こえた声に振り返る。

 全く気配を感じさせないまま、私の背後に一人の女性が砂浜に座り込んでいた。

 長い茶髪が印象的な女性で、前髪で顔が見えないが恐らく二十歳前後だろう。ボロボロの服を着ていて、その視線はずっと水平線を見つめている。

 

「君は迷子かな?」

 

 視線を動かさず、その人は私に語りかけてきた。

 初対面なのに何故か懐かしく感じる不思議な声だ。

 

「……お姉さんは、だれ?」

 

「私は艦娘だよ。もっとも、既に御役目を全うしたんだけどね」

 

 彼女は自分を艦娘だと言った。

 確かに彼女の背中や腰には中破した機械が取り付けられている。その視線に気がついたのだろう、彼女はそれが〝艤装〟というものであると教えてくれた。

 

「君はどうして此処に?」

 

「……わからない。でも、たぶん事故だと思う」

 

「……そっか」

 

 そのまま無言になり、二人で水平線を暫く見つめた。

 どれくらい見続けたのか分からないけれど、太陽の位置は変わらず、相変わらず時間が進んでいないのだと改めて実感させられる。

 

「君はそろそろ帰りなさい。此処は死者が来る所だから、君にはまだ早い」

 

「死者が来る所……じゃあ、お姉さんも死者なの?」

 

「まぁ、そうだね」

 

 大きく深呼吸をしながら伸びをする彼女はとても死者とは思えない程に気楽そうに見えた。

 

「お姉さんは帰らないの?」

 

「私は帰らないよ。此処で会わなきゃいけない人がいるんだ」

 

 そう言いながら立ち上がり、スカートに付いた砂を手で叩いて落とす。その左手の薬指に綺麗な指輪があった。白金の指輪は彼女と同じく汚れていたけど、それでも尚光を失わない力強さを感じた。

 

「私と違って君には未来があるんだ。さぁ、君のあるべき場所に帰りなさい」

 

 そう言って笑う彼女の前髪が風で揺れて、その時見えた顔が美しく、見惚れてしまう。

 気付けば砂浜を歩き出した彼女へと思わず声をかけていた。

 

「あの、名前を教えていただけませんか!?」

 

「私の名前?……私は●●●●だよ。君は?」

 

「私は七海……鈴音七海といいます!!」

 

 私の名前を聞いて、彼女は一瞬だけ驚いた顔をしたけど、すぐに元の優しい笑顔に戻った。

 

「そうか……君は…提督の……」

 

 呟かれた言葉は小さくて聞き取れなかったけど、疑問に思う前に彼女は徐に左手の指輪を外して私に手渡した。

 傷だらけだけど、綺麗な白金の指輪。

 どこか暖かい気持ちになる不思議な感覚が私を包んだような気がした。

 指輪を眺める私の頭を撫でて、彼女は真っ直ぐな瞳で私を見つめた。

 

「君を待ってる子達がこの海にいるんだ。私と同じ艦娘なんだけどね。」

 

「……私を、待ってる?」

 

「そう、君には彼女達を指揮し、導く資格がある。私が保証するよ。君は間違いなく提督になれる。その指輪は御守りとして君が持っていて」

 

「……私が、提督に?」

 

 頷く彼女の姿が徐々に霞んでいく。

 驚く私に彼女は「時間だね」と呟いた。きっと私は帰るべき場所に帰り、彼女は此処に残るのだろう。

 

「さよなら、七海ちゃん。……また会おうね」

 

「……ぁ」

 

 気がつくと、私の視界は再び暗い海面に沈むように真っ暗になった。でも、今度は苦しくもないし気持ち悪くもない。

 何時ものように自分の部屋のベッドで眠る感覚。緩やかな微睡みの中に落ちる様に、私の意識は暗転した。

 

◇◇◇

◇◇◇◇◇

 

 結局、私が目覚めたのは事故から十日後のことだった。

 あの後、家族や友達が泣きながら病室に駆け込んできて看護婦さんに怒られたり、検査やリハビリで夏休みの半分を無駄にしたりと色々あった。

 あの時、私が迷い込んだ場所は一体何だったのか、そして彼女が誰だったのか、それは今でもわかっていない。ただ、一つだけわかっているのはあれが夢ではなかったことだ。

 目が覚めた後も、私の手の中には指輪が残っていた。彼女がくれた指輪は今も確かに私の机の引き出しに仕舞われている。

 彼女はまた会おうと言っていた。なら、この指輪は彼女と再会したその時に返したい。

 そして、私を待っている艦娘達と共に戦いたい。あの場所での短い時間でそんな思いが私の中には芽生え始めていた。

 

 だから、私は提督を目指した。

 

◇◇◇

 

「……あれ?」

 

 肩に何かが掛けられた感触がして目が覚めた。

 懐かしい夢を見ていたものだと、そう思いながら振り返れば微笑んだ金剛が毛布を片手に立っていた。

 

「すみません、起こしてしまいましたか?」

 

 ふと、金剛の顔に彼女の顔が重なった気がした。

 長い茶髪も同じだし、何より笑顔がそっくりだ。それが何だか嬉しくて、ついつい笑ってしまう。

 

「……提督?」

 

「いえ、何でもないわ。懐かしい夢を見ただけ」

 

「夢、ですか……」

 

 金剛に私が体験した事を話すと、彼女も不思議そうに首を傾げて考えこむ。自分でも不思議な体験だったと思うし、こればかりは口で説明するよりも実際に体験しなくては理解できないだろう。

 

「……もしかしたら、提督が見た場所は〝桜の丘〟ってやつじゃないですか?」

 

「桜の丘……」

 

 死後の英霊達が辿り着くという死後の世界。

 現在は靖国の事をそう呼ぶことがあるのだが、きっと彼女が言うのは死後の世界のことだろう。

 いつか、私が死んだら彼女と再び再会できるのだろうか。

 それまでに立派な提督になれるといいのだけど。

 そんなことを思いながら、私は星空を暫くの間眺め続けていた。

 

 


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