『……皆、集まってくれてありがとう』
スクリーンに映った佐々木提督の言葉に一同が頷くことで返事をする。今回の提督達の会議はその一言から始まった。
『……言うまでもなく、今回の議題は先日の件についてだ。皆、自分の鎮守府が大変だというのにすまないな』
『……いえ、今回の件は早急に対処が必要な内容です』
『そうです、再びあれだけの被害を出さない為にも対策は必要です』
「……」
提督達が頷く中で七海だけは静かに手元の資料を見つめていた。その瞳は資料の一つの欄をずっと捉えている。今の彼女は周りの話など一切聞いていない。正に心ここに在らずといった様子だ。
そんな七海を佐々木提督は悲痛な面持ちで見ていた。
七海の手元にあるのは先日の戦闘での報告書だった。開かれたページに書かれてあるのは被害報告。そこには次のように記されていた。
〝作戦による被害報告〟
・出撃艦娘数(60)
・大破数(48)
・中破数(5)
・小破数(0)
・負傷無し(6)
―――――――行方不明(1)
◇◇◇
鎮守府の敷地内にある訓練所。
そこで一人、黙々と武器を振るっている姿があった。額に浮かんだ汗を拭うこともなく、唯々武器を振るう。その瞳にはギラギラと怒りの炎が浮かんでいるのがわかった。
「……天龍」
自らを呼ぶ声に天龍は武器を振るう手を止めた。
眼帯の位置を直し、鍛錬を開始してから初めて汗を拭った。振るっていた刀を鞘におさめる。
「……最上か、何の用だ?」
「……駆逐艦の子達が心配してる。あんまり無理しないで休んだ方がいいよ?」
「ああ、そうか……だけどな、何かしてないと自分を抑えられる自信がねぇんだ」
ぎりっ、と鞘を握る手に力が入る。震える程噛み締められた唇からは静かに赤い液体が滴り落ちた。
最上はそんな天龍の肩にそっと手を置いた。天龍は一言「……すまねぇ」と呟き、最上は静かに頷いてみせた。
先日の作戦は連合艦隊と深海棲艦の両方に大きな被害を齎した。連合艦隊の大部分は大破、又は中破であり、被害がなかったのは後方支援の中でも連絡や修理の為に更に後ろに下がっていた明石や大淀といった艦娘達だった。轟沈した艦娘がいなかっただけでも奇跡と言える。
深海棲艦側も半分以上が撃沈したものの、それは姫二人やフラグシップ級達を庇って攻撃を受けた通常個体が大半を占めている。
こちらの主戦力は壊滅、敵の主戦力はほぼ無傷。完全にこちらの敗北だった。
「あいつ、轟沈寸前になった鈴谷を庇って飛行場姫の攻撃を受けたらしい。そのまま気絶したところを攫われたんだとよ」
「……そっか、金剛さんらしいね」
「ああ、本当だよなぁ…………ッ!!」
静かに呟いた直後、天龍は思い切り壁を殴りつけた。殴った壁は大きく凹み、パラパラと破片が落ちていく。
「…………畜生ッ」
俯いて震える天龍に、最上はそれ以上何も言うことができなかった。
◇◇◇
執務室では電と霧島、そして大淀が書類の整理をしていた。
三人とも表情は暗く、会話は一切無い。まるで機械のように黙々と仕事を片付けている。
「……霧島さん、これが最後なのです」
「……ありがとう、電ちゃん」
「こちらもこれが最後ですね……」
三人の前には整理した書類が並び、やることがなくなった三人は顔を見合わせて困ったように苦笑いをした。
「……どうしましょう。仕事が終わっても何もやる気が起きないのです」
「……私も」
「…………」
ふと、三人の視線が同時に秘書艦の机へと向けられた。本来ならこの時間はもう一人の秘書艦が仕事をしている筈であった。だが、その彼女の姿はなく、丁寧に整頓された机がやけに寂しさを感じさせてしまう。
不意に啜り泣く声が聞こえて霧島と大淀が振り返ると、耐えきれなくなったのか電がぽろぽろと涙を流していた。
「……電ちゃん」
「霧島、さん……ひぐっ……こ、金剛さん……ぅく…………大丈夫、です……よね?」
「……大丈夫よ、電ちゃん。姉様はきっと帰ってくるわ。ほら、泣かないで?」
そっと電を抱きしめた霧島は、落ち着くように背中をぽんぽんとリズム良く叩く。電も霧島の服を握り締めてゆっくりと深呼吸をする。
ほんの数分で電は泣き止むと、霧島の腕を軽く撫でて大丈夫だと伝え、赤くなった目元を隠すようにそっと顔を背けた。
「……もう、大丈夫なの?」
「はい、みんな同じ気持ちなのに私だけが泣くなんてダメなのです……それに―――」
顔を上げた電の目線が提督である七海の机に向かう。
「……きっと、一番辛いのは司令官さんなのです」
いつもと違う重苦しい空気の執務室に電の呟きだけが虚しく響いたのだった。
◇◇◇
工廠の中には一つだけ一際目立つ倉庫が存在する。
といっても色や模様が派手だとか、大きな絵が描いてあるといったことではなくて、単純に新しく増設して作られたので周りよりも材質が新しくて浮いて見えるだけだ。
この倉庫にはこれまでコンゴウが提案した改良艤装が保管されている。彼女にとって艤装の改良は趣味になりつつあり、妖精さん達もコンゴウの提案する案には興味が尽きないでいる。結果、普段は使わない……又は使えない艤装まで生産してしまう有様だった。しかも、その開発は指定された資材上限を守って作られいるので誰も文句が言えないでいるのは余談である。
そんな倉庫の前で一人の艦娘が改良型の艤装をいくつか並べて悩んでいた。深々と被った帽子と長い白銀の髪から覗く瞳は普段の落ち着いたものとは違い、真剣な中に激しい感情が渦巻いているのが見えた。
「……響ちゃん、何をしているの?」
自らにかけられた声に響は顔を上げる。そこにいたのは扶桑であった。僅かに濡れた長い黒髪が隙間風で揺れている。どうやら入渠を終えたばかりらしい。
「……お疲れ様、扶桑さん。一番ダメージが大きかったみたいだから心配していたんだ」
「心配してくれてありがとう。でも、私だって戦艦ですもの……そう簡単には沈まないわ。それで、何をしていたの?」
「次の出撃に備えて使えそうな装備がないか探してたんだ」
そう言いながら響が手にしたのは12㎝単装砲を改良したものだ。
通常のものよりも砲身が長く、更には砲塔の一部にスコープらしき部品が装着されている。宛ら狙撃銃のような形だ。それを構え、素早く弾薬を装填しては解除するのを繰り返す。
どうやら気に入ったらしく、妖精さんに頼んで現在装備している単装砲と交換し、再び並べた武器へと視線を向ける。
「たしか、次の出撃は二日後だったかしら?」
「うん、本当はみんなも今すぐにでも飛び出して行きたいんだろうけど、私達だけじゃ無理なのはわかりきってる。だから、準備だけでもしっかりしておきたいんだ」
「皆がピリピリしてるのはわかってる。入渠してる間も聞こえてたわ……あの怒鳴り声は天龍よね?」
「ああ、聞こえてたんだね。……うん、そうだよ。今すぐに金剛さんを助けに行くって聞かなくてさ。出撃許可を出さない司令官に何度も怒鳴ってた」
「……そう」
「そんなことしても無駄死になのは本人もわかってる。それを司令官も金剛さんも望んでないのも理解してる。でも、ただじっと待つことしかできない事が許せなかったんだ。きっと、あの場にいた全員が同じことを思ってたはずだよ」
天龍の怒りはきっと皆の心を代弁した結果なのだろう。そして、七海もその気持ちは理解している。そう、理解しているからこそ彼女は出撃命令を出さなかった。自分達が未熟なのは自覚しているし、他の鎮守府の力を借りなければあの姫達相手に碌に戦えないのも理解している。
天龍に返答する彼女の表情が酷く歪んでいたのを響は見ていた。きっとあの部屋にいた天龍を含む全ての艦娘がその表情に気付いたはずだ。誰よりも一番悔しい思いをしているのはきっと七海なのだと。
「きっと、次の出撃は前回よりも激しい戦いが待ってる。取り返さないといけない人がいるんだから……誰が何と言おうと私は最前線に行くつもり。みんなもそう言うと思うけど、どうかな扶桑さん?」
「……ええ、私も同じことを考えてたわ」
「深海棲艦が何故金剛さんを攫ったのかはわからない。けど、あの人は私達の仲間なんだ。手を出した報いは絶対に受けてもらう」
「そうね、絶対に連れて帰って来ましょう……。ねぇ、戦艦用の改良艤装はあるかしら?」
「あるよ、倉庫の中の右から三段目の棚」
「ありがとう。今回ばかりはドックに籠ってる場合じゃないもの。自慢の主砲の火力、見せてあげるわ」
普段の憂いを帯びた顔とは別の力強い顔で倉庫の中に消えていく扶桑の背中を見つめていた響は小さく笑みを浮かべると、再び艤装の選別に戻った。
それからの二日間、岩川鎮守府は恐ろしい程に静かであった。出撃どころか哨戒警備すらなく、彼女達は自らの爪を研ぎつつ、出撃までの時間を思い思いの方法で過ごしていく。鍛練する者、装備を吟味する者、気持ちを整理する者……しかし、それらの先に待つ思いは全て同じ。全ては大切な存在を取り戻す為に。
――――今はただ、静かにその時を待つ。