二度目の人生は艦娘でした   作:白黒狼

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 今年はこの話で最後の更新になるかと思います。



困惑

◇◇◇

 

 それは、何時、何処で、何故起きたのか、どんな戦いだったのかもわからない。

 私の目に映ったのは遠い遠い過去の残骸……誰かの記憶の欠片。それを第三者として見ている。

 

 鉄と油、そして硝煙の香り。……それから、血の香りも。

 死体の山と、それが爆炎で焼ける嫌な臭い、その炎上する巨大な戦艦のその巨大な主砲、その下で一人の女性が座り込んでいる。よく見ると死体だらけの中で唯一生きていた誰かを膝枕しているようだ。長い髪に隠れて表情はみえないが、肩が震えているので彼女が泣いているのであろうことだけはわかった。

 倒れているのは軍服を着た男性だった。あちこちが血塗れで、呼吸も浅い。きっと……もう助からないと、私は理解してしまった。

 泣いている女性もあちこちに傷がある。不思議と出血はないが服はぼろぼろで、元は美しかったであろう髪にさしてある簪も砕けていた。

 不意に、男性の口が動いた。銃声や爆発、炎が甲板上の全てを焼き尽くす音の中で、彼の声は何故かはっきりと聞くことができた。

 

『はは……こりゃあたまげた。……こんな戦場に……別嬪さんが……いる、なんて……あんたは……誰……だい……?』

 

『……』

 

 女性は何も答えない。ただ、ゆっくりと男性の頭を撫でるだけだ。慈しむように、慰めるように……只々、優しい手つきだった。

 ふと、男性が何かに気がついたのかその目を見開いた。そしてすぐに笑顔を浮かべる。

 

『……そうか、お前は……』

 

『……』

 

 やはり彼女は何も言わない。しかし、彼は彼女が何者なのか気がついたのだろう。安堵の笑みと、力なく伸ばされた腕が彼女へと向けられる。彼女はそっとその手を握りしめ、縋り付くように胸に抱く。

 

『……寂しいのか?……退艦命令は出てるもんなぁ……もう、この船には……生きてるやつは、誰も……いない……俺も、すぐに死ぬ……』

 

『……』

 

『……すまねぇ……そうだよなぁ……お前も……俺らと……一緒に、戦って…たん、だなぁ……』

 

『……』

 

『……はは、いい冥土の土産に……なるぜ……お前の……○○の……その、姿を……見れた、なんて……』

 

『……俺は、後悔してない。……御国の為に、戦って……死ねるんだ……』

 

『……』

 

『……そうだ……悔いは……な…い……………』

 

 彼女の握る手から力が抜ける。それは彼の命が消えたということ。

 最後まで無言だった彼女は彼の亡骸をそっと寝かせると、立ち上がった。空を見上げたまま動かない。

 火の手が回り、彼女達の周りも炎に包まれる。浸水もしているのだろう、徐々に船体が傾き始める。それでも、彼女は動かない。ただ、空を見上げたながら一言だけ呟いた。

 

『それでも、私は貴方達人間に生きてほしかった……』

 

その言葉を最後に、彼女の姿は燃え盛る炎に消え、海へと沈んでいった。

 

◇◇◇

 

 

 腕を掴まれている感覚で目が覚めた。

 辺りは薄暗く、床には大量の古い資材が無造作に投げ捨てられている。よく見えないが倉庫らしき部屋のようだ。どうやら椅子に座らされているらしい。

 ふと、左腕に視線を向けると白い手が私の腕を掴んでいた。

 

「……っ!?」

 

 思わず立ち上がって振り払おうとしたが、突然足が縺れてその場に転んでしまった。

 よく見ると、足首に枷が嵌められており、壁から鎖で繋がれている。腕にも多少鎖が長いものの足と同じ枷が付けられていた。

 

「……これは」

 

 倒れたまま呆然とする私の側にペタペタと足音を立てながら小さな人影が歩み寄る。転んだままだった私はその姿を見上げ、驚愕した。何故なら…………

 真っ赤な瞳を瞬かせながら不思議そうに首を傾げる北方棲姫が立っていのだから。

 

 あの戦闘で私は轟沈寸前だった鈴谷を庇って飛行場姫の艦載機からの爆撃を受けた。流石は姫クラスと言うだけあって威力は最高クラスで、一撃で大破させられた挙句に気絶するという結果になってしまった。そして、どうやら私が気を失っている間に戦闘は終了し、案の定私は攫われてしまったようだ。

 この部屋に閉じ込められた時に予備を含めた弾薬の全てを抜き取られたらしく、艤装を展開しても砲撃を行うことができなかった。しかし、予備の鋼材や燃料、そして妖精さん達が全員無事だったのは幸いだ。どうやら弾薬以外には手を出していないらしい。

 機関をフル稼働させて鎖を引き千切ろうとも考えたが、どうやら特別な物質でできているらしく、鎖も壁もびくともしない。無駄な燃料を消費しない為にもここは大人しくしておくのが無難だろう。もっとも……

 

「……」

 

「……」

 

 思い切り暴れようにも目の前で私を見つめる北方棲姫のせいで迂闊な動きができない。しかし、妙なもので私が鎖を引き千切ろうとした時も、それから今も、全く動かずにこちらを見つめるだけで何もしないし何も言わない。てっきりゲームの様に何かを置いてけ〜とでも言うかと思ったが、それもない。

 機関をスローにして燃料の消費を軽減すると、最初に座っていた椅子に再び腰掛ける。思わず溜息が漏れてしまうが現在の状況を改善するのはやはり無理だろう。妖精さんに鎖や壁の材質を解析するように指示をしてから北方棲姫へと視線を向けて……っ!?

 

「…………」

 

「……えっ、と?」

 

 再び視線を向けた瞬間、目の前にまで迫っていた北方棲姫に驚いた。私が反応する前に腕を掴まれる。流石は姫クラスと言うだけあって力も強く、まるで万力に挟まれたかのように腕に痛みが走るが我慢できない程ではなかった。

 まさか、これから拷問でもするのかと身構えたが、北方棲姫はただ私の腕を握るだけで他には何もしない。何度も何度も握っては放すのを繰り返している。

 

「……その、どうかしたの?」

 

「…………壊レナイ」

 

 やっと喋ったと思ったらそんな一言である。私を壊そうとしていたのだろうか。しかし、それなら艤装を展開して至近距離から私に砲撃を撃ち込めば済む話だ。碌に回避もできない状態の今なら間違いなく私に避ける方法はないのだから。

 しかし、彼女は興味深そうに私を見上げながら体のあちこちを触り始めた。腕から始まり手のひら、足、背中、お腹に胸……って!?

 

「ちょっ、ちょっと待って!! そこはそんな強く握らないで……って、いたたた!?」

 

「……?」

 

 私の胸を鷲掴みにしたまま首を傾げる北方棲姫を何とか引き剥がして安堵の息を吐く。……もげるかと思った。

 北方棲姫は首を傾げたまま私の胸と自分の手を交互に見つめている。不思議がるその姿に私は違和感を感じていた。もしかしたら、彼女は自分がどれだけ強い力を出しているのか理解していないのではないだろうか。

 

「……ええっと……北方棲姫…ちゃん?」

 

「…………ホッポウ、セイキ?」

 

 少し戸惑いながらも名前を呼ぶが、彼女は首を傾げるばかりだ。どうやら生まれたばかりの個体のようだし、自分の名前も知らないのだろうか。

 そこでふと、気が付いた。私達が深海棲艦達を呼ぶ名前は人類が彼女達に付けたものだ。彼女達自身が名乗ったわけではない。もしかしたら彼女達には彼女達の名前があるのかもしれない。

 

「えっと……私はコンゴウ。貴女の名前は?」

 

「……ナマエ?…………ナマエ、シラナイ」

 

「名前がないの?」

 

「……ミンナ……ワタシヲ〝ヒメ〟ッテヨブ……」

 

 どうやら彼女は周りから〝姫〟としか呼ばれていないらしい。飛行場姫もそうなのだろうか……だったら少しだけ寂しいなと思えてしまった。

 

「姫……だけじゃ唯のクラス名だね。やっぱり、君は北方棲姫…………北方ちゃんって呼んでいいかな?」

 

「……ホッポウ、チャン?」

 

「そう、君は北方棲姫。人間達は君をそう呼んでる」

 

「……ナマエ……ホッポウセイキ……」

 

 確かめるように自分の名前を繰り返す彼女の姿は正に生まれたばかりの子供のようだ。きっと、彼女の周りには何かを教えてくれるような存在がいなかったのだろう。彼女はあまりにも無知で、無垢で、純粋だ。彼女から他の深海棲艦の様に嫌な気配がしないのも彼女自身が自分の存在をまだしっかり掴めていないからなのかもしれない。不用意に力を出しているのもやはり自分の力の使い方を理解していないからだ。よく周りを見れば握り潰された燃料缶や砕けたボーキサイトが散らばっている。きっと力を込め過ぎて砕いてしまったのだろう。

 

「北方ちゃん、何かに触れるなら優しく。力を入れ過ぎたら駄目だよ。私達艦娘や君達深海棲艦は人間に比べて遥かに力が強い。何も考えずに握ると傷つけちゃうからね」

 

「……ヤサシク?」

 

「そう、優しく……」

 

 そう言ってから右手を彼女へと差し出す。練度が高く改二である私なら彼女の力にも耐えられる強度を持っている。仮に力加減を間違えても壊れたりしない。

 恐る恐る手を差し出してきた彼女をじっと見つめる。やがて彼女の手が私の腕を掴んだ。その力は先程よりも明らかに弱く、人間であっても耐えられるであろう強さだった。

 

「そう、その調子だよ。君はまず力の使い方を学ばないとね」

 

「……ワカッタ」

 

 自分でも敵に何を教えてやっているのかと思いたくなるが、彼女からは敵意や憎悪といった感情を感じられない。あるのは興味と探求、それから……少しだけだけれど、信頼だった。

 だからだろうか、私は彼女をどうしても助けたくなった。

 

 暫く力加減のやり方を教えていたのだが、不意に北方ちゃんが小さな欠伸をしたのが見えた。どうやら眠くなってきたらしい。窓がない部屋なので外が見えず、時間もわからないので確認できないが、もしかしたら今は夜なのかもしれない。

 

「北方ちゃん、今日はこれくらいにしてもう寝ましょう?」

 

「……ウン、ネムイ」

 

 握っていた資材を放り投げ、北方ちゃんは眠たそうにフラフラと歩き出すと部屋の出口……ではなく椅子に座る私の膝によじ登ると、私の胸を枕にするように座り直した。

 

「……あ、あれ?」

 

「……オヤスミ」

 

「え、あ……うん」

 

 余程私のことが気に入ったのか、北方ちゃんは私に凭れかかる姿勢ですやすやと寝息を立て始めてしまった。どうやら懐かれてしまったらしい。

 仕方がないので彼女が落ちないように脇の下からお腹の前に手を回して抱き竦める。こうしているとただの幼女にしか見えないのに……。

 天井を見上げながら、私はどうしたものかと溜息をつくのだった。

 

 


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