一回目・まるゆ
二回目・まるゆ
三回目・まるゆ
………(´・ω・)
「オマエノ仲間ガヤッテクルヨウダ」
その言葉を聞いたのは此処に囚われてから三度目の朝を迎えた時だった。本当は朝かもわからないし、最初の日は気絶していたから感覚的には二度目の朝なんだけど、本当に唐突に彼女はやってきた。
北方ちゃんと同じ真っ白な髪。北方ちゃんと比べると何処か禍々しい真っ赤な瞳。背丈は私と同じか、少し高いかもしれない。
彼女の名は、飛行場姫という。
「ズイブント、気ニ入ッタヨウネ」
「……」
懐かれた日と同じく、私の胸元を枕に寝ていた北方ちゃんは飛行場姫の気配がすると同時に飛び起きた。呆然とする私の膝から小さな体らしい身軽な動きで飛び上がり、空中に浮遊要塞を展開しつつ入り口を睨むのとドアが開くのは同時だった。
飛行場姫は私の顔を見ると少し驚愕したのか呆然と数回瞬きをしたかと思うと、ニヤリと笑みを浮かべた。その視線は北方ちゃんへと向かい、何度か頷くと再び私を見て最初の言葉を言い放った。その次は北方ちゃんにも同じように言い放ち、値踏みするかのように彼女を見つめる。
「モウ壊シタカト思ッタガ、ドウヤラ今回ハ今マデトハ違ウラシイワネ」
「……出テケ」
見下ろす飛行場姫を睨み上げながら、北方ちゃんは静かにそう呟いた。「フフフ……コワイコワイ」と、それを面白そうに眺めてから、彼女は背を向けてドアへと歩き出す。そして、扉を半分開き、首だけで振り返りながら彼女は笑って言った。
「ワタシハコレカラ奴ラヲ沈メニ行ク。オマエハドウスル、小サイ姫?」
「……」
無言で睨む北方ちゃんに心底楽しいと言いたげな歪な笑みを浮かべたまま、彼女は静かにゆっくりと扉の先へと消えて行った。
「ククク、ソンナニ大切ナラ、奪ワレナイヨウニスルノヨ?」
背筋が凍る様な低い声で、そんな言葉を残して。
◇◇◇
「現在時刻、ヒトマルマルマル。只今より作戦を開始します。全艦隊、出撃してください」
通信機からの大淀の声が全ての艦娘達に伝えられ、海上で待機していた全ての艦娘達が前進を開始する。その瞳に強い意志を宿し、唯一人の仲間を救う為に彼女達は進む。
その様子を、七海は拠点となる大型船から眺めていた。その鋭い視線はずっと、同じ方角を見つめている。
『司令官、準備完了だよ。いつでも行ける』
通信機の向こうから響の静かな声が聞こえてくる。それに頷き、彼女は命令した。
「岩川艦隊、第一、第二、第三、出撃!!」
『『『了解!!』』』
返事と同時に船の側面が開き、第一から第三までの艦隊が同時に海上へと走り出す。艤装を展開し、足取りは軽く、しかしその意志は力強く、彼女達は海の先に待つ仲間の下へと急ぐ。
それを見送り、七海もまた通信機とモニターへと意識を向ける。感度は良好、ノイズも電波の乱れもないし、天気は快晴。風もなく波もない。もう、前回のような失態は犯さない。
一度、大きく深呼吸をしてから、七海は通信機の回線を開くのだった。
◇◇◇
波はなく、風もない絶好の出撃日和。雲一つない空の下、海面を滑るように移動しながら岩川艦隊のメンバー達は通信機に耳を傾けていた。
今回の出撃メンバーは第一艦隊が霧島、比叡、暁、響、赤城、加賀。第二艦隊が北上、大井、雷、電、扶桑、榛名。第三艦隊が天龍、最上、時雨、夕立、神通、那珂である。
『今回、私達の艦隊は自由行動が許可されています』
「それって、遊撃隊ってやつ?」
『そんなものよ。あと、私達の主な任務は敵に攫われた金剛の救出です。よって、戦闘は最小限にとどめ、速やかに金剛を捜索し、撤退するように』
「確かに、練度の低い者が多い以上、戦闘をするのはリスクが高すぎます」
「まあ、敵もフラグシップ級ばかりだし、戦わないのが一番だよねー」
七海の説明に霧島が頷き、北上がマイペースに答えた。他のメンバーも反対意見はないらしく、全員が霧島と同じように頷いている。
「パーティは金剛さんが帰ってきてからっぽい!!」
「まぁ、立ち塞がる奴には容赦はしないけどな」
「ははは、天龍さんらしいね」
『今頃、他の艦隊が敵の注意を引きつけてくれているから、こちらは側面から回り込む形で敵の拠点を探すわよ』
メンバー全員の戦意が高いのを確認し、七海は細かい作戦の内容を伝える。全員が了解と返事をしたのを確認すると、深く椅子に腰かけた。後は新たな連絡が来るまで待つだけだ。
七海との通信を終えた後、加賀や赤城による偵察で周囲を警戒しながら岩川艦隊はお互いに一定の距離を保ちつつ、海域を進んでいた。
その中で、新しく艦隊に加わった四人が装備している艤装を確かめるように動かしては感嘆の息を漏らしていた。
「今まで多くの艤装を見てきましたが、これ程までに改良された艤装は初めて見ました」
「はい、榛名もここまで使いやすいものは初めてです」
「これ、金剛お姉様が提案したものなんですよね。さっすがお姉様!!」
「軽いし、反動も小さいのに威力は増してるっていうのがまた凄いよねぇ。……いいねぇ、痺れるねぇ」
何度も凄いと言う四人に、我が事のように他のメンバーは笑顔になる。皆が尊敬するコンゴウが提案したものだけあって、彼女が褒められると同じように嬉しかった。高い練度のベテランに褒められたのも要因の一つだろう。
そんな中、一人だけ高い練度なのに姿の変わらない艦娘がいることに気づいた者がいた。先程から北上の右腕にくっついて嬉しさが溢れ出ている大井である。
「そういえば、北上さんは何故軽巡のままなの? 今の練度なら雷巡にもなれる筈よ?」
不思議そうに大井が首を傾げ、他の皆もそういえば、と視線を向ける。北上は微妙に視線を逸らしながら頭を掻いた。
「あぁ……何ていうかアタシ、ちょっとどっかに原因不明の不具合があるみたいでさ、改造ができないんだよねぇ……。戦闘に支障はないし、どこにもおかしい感じもしないのに、不思議だよねぇ」
「ちょっ、北上さん、それは本当なの!?原因は!?急いで精密検査を―――」
「いや、だから不明なんだってば。今のところは何もないから、落ち着いてよ大井っち」
「でも……」
余計にべったりとくっついてきた大井と、それをバランスよく支えながら器用に隊列を整える北上。あわあわとその二人を見て慌てる榛名と電。そして、それを落ち着かせる雷や扶桑。賑やかになった第二艦隊を眺めながら、第一艦隊の赤城はクスリと笑みを浮かべた。
「ふふ、楽しい艦隊になったわね」
「ここに彼女がいれば、もっと賑やかになります」
「金剛さん?」
「……ええ」
振り向いた赤城が見たのは微笑みを浮かべる加賀の姿。常に冷静で、感情の起伏を表に出さない彼女が笑っている。赤城にとって、その姿を見せる彼女こそが何よりも驚きだった。自分以外の人物にこうした顔を見せたことは記憶にない。それはただの兵器だった時代から変わらないことだった。
「……少し、妬けちゃいますね」
「……赤城さん?」
思わず呟いた一言はどうやら加賀には聞こえなかったらしい。それに少しだけ安心して、水平線を見つめる。
そして、その視線が一瞬で鋭くなった。
「……敵影捕捉、数は六、エリートやフラグシップ級はなし。およそ三分後に目視できる距離に入ります」
「……来たか」
赤城の通信に天龍が答え、全員に緊張が走った。先程までの賑やかな雰囲気は一切なく、全員が任務を遂行する兵器としての顔になる。
静かに、赤城と加賀が弓を構える。赤城の偵察機からの情報では敵はこちらに気づいていないようだ。配置された敵の種別的にもやはり正面から撃ち合う本艦隊に目が向いているのだろう。ならば、今やるべきことは敵に気付かれることなく戦闘を終えること。つまりは―――奇襲。
「敵は駆逐艦と軽巡のみ……。これなら、私と加賀の二人で十分です」
「……ここは、譲れません」
全くの同時に放たれた矢は爆撃機へと姿を変え、青空へと舞い上がっていく。その動きは完全にシンクロし、今日初めて艦隊を組んだもの同士とは思えない程であった。それは嘗ての経験と、互いを思う信頼からなる歴戦の強者の技である。他の全員が言葉もなくその姿に魅入る程にその姿は美しく、そして力強かった。
艦載機が見えなくなって数分後、一切気付かれることなく、六体の深海棲艦が海の藻屑と消えた。
◇◇◇
飛行場姫が部屋を出てから既に二時間程経過しただろうか。あれから北方ちゃんは私のお腹に顔を埋めたまま、一切動こうとしないでいる。
私はそんな彼女の頭を撫でつつ、どうしようかと悩んでいた。内容は勿論、現在こちらに向かって来ている仲間達のことだ。
前回の出撃は私の記憶にある限りでは大損害を受けた筈だ。気絶した後の記憶がないから最終的にどうなったのかは詳しくわからない。轟沈した子がいなければいいのだが……。
と、そんなことを考えていたら北方ちゃんが身動ぎし始めた。ゆっくりと顔を上げてこちらを見上げてくる。
「……コンゴウハ、ヤッパリ、帰リタイカ?」
涙目で見上げてくる北方ちゃんを真っ直ぐに見つめ返す。きっと、今の彼女は私という初めての理解者を失うのが怖くて堪らないのだろう。自分を理解し、力の使い方を教えてくれて、何より優しい。そんな相手から離れたくない気持ちはわかる。私が彼女の立場なら、きっと同じ事をするだろう。
しかし、私達はどうやっても敵同士なのだ。
「……北方ちゃん。私は艦娘で、君は深海棲艦だ。だから、いつかは戦わなきゃいけない日が来る」
「……」
北方ちゃんは黙って私を見つめ続けている。その手が小さく震えているのを感じるけど、私にはやっぱり仲間の皆が大切だから……。
「だから……ごめんね」
「……ッ」
その言葉で、彼女はやっと手を離した。
私からよろよろと離れた彼女は俯いて動かなくなる。それをずっと見つめ続け、彼女の決断を待つ。
もし、彼女が私を沈めるというなら、私は最後まで抵抗するつもりだ。私はここで沈むつもりはないし、深海棲艦の玩具になるつもりもない。どのような手段を使おうと絶対に脱出してみせる。
北方ちゃんが俯いている間、艤装を起動させて出力を上げておく。捕まった際に簡単な修理はされているが私は依然として大破のままだ。全力の稼働は一度きりだろう。それでこの拘束具を何とかして破壊しなくてはならない。弾薬もないから素手で彼女達と戦わなくてはならないが、きっと勝算はゼロではないだろう。
そうしているうちに、北方ちゃんがゆっくりと顔を上げた。その顔は何かを決意したのか真剣だ。
「……ワタシハ」
彼女の呟きと同時に彼女の背後に浮遊要塞と禍々しい艤装が展開された。同時に砲塔に弾薬が装填される音が響き、一斉にこちらに向けられる。
私も艤装を展開し、彼女の動きに集中する。
「……ワタシハ…ワタシハッ!!」
そして、彼女の叫びと同時にその砲塔から爆音を響かせ、彼女の砲撃が放たれた。