轟音により両耳のセンサーに異常が発生する。……問題ない、一時的な麻痺だ。すぐに回復する。
続いて背後からの衝撃によりバランスを崩し、尚且つ飛来した破片が背中に直撃した。……問題ない、破片の大半は展開していた艤装が弾いてくれた。直撃した破片も小さいもので、跡も残らないだろう。両足に力を入れて踏ん張り、何とか倒れずにたたらを踏むだけで済んだ。
僅かに視線を背後に向ければ、私を避けるかのように逸れた砲弾によって壁が吹き飛んでいた。どうやら隣の部屋まで貫通したらしく、資材置き場のような部屋が穴から見える。
北方ちゃんは肩で息をしながら俯いたままだ。やはり、先程の攻撃は私を避けて放たれたらしい。彼女の艤装は既に消えており、完全に戦意を喪失している。
「……ナンデ、ナニモシナカッタ」
ポツリと、北方ちゃんが呟いた。俯いたままだから表情はわからないけれど、少し声が震えてるのはわかった。
「何でかな……わからないよ。北方ちゃんこそ、何故私に当てなかったの?」
「……ソレハ……ダッテ……」
何かを言おうとして彼女は言葉に詰まった。口を開こうとしては閉じるのを繰り返している。今の自分の感情を上手く理解できずにもどかしく感じているのだろう。
私はそんな彼女の側に歩み寄った。先程の砲撃で私を繋いでいた鎖の先は壁ごと吹き飛んでいるので、ジャラジャラと鎖を引き摺りながらも私は自由に動けるようになっていた。
彼女の前に座り、視線を合わせる。彼女は泣きそうに瞳に涙を溜めていた。
ああ、やっぱり。彼女は優しい子だ。
「……ヤダ……ヤッパリ、駄目ダ……コンゴウハ、沈メタクナイ……」
優しく彼女を抱き締める。彼女も抱き締め返してきた。
彼女はやはり普通の深海棲艦とは何かが違う。怨みや怒りといった負の感情とは違う、慈しみ、好意を持つことができている。それこそ艦娘に限りなく近いくらいに。
今の北方ちゃんは絶妙な立ち位置にいると言ってもいい。深海棲艦でありながら艦娘に近い存在。とても珍しい存在だ。できれば私がどうにかして連れて帰り、守ってあげたい。
しかし、どれだけ普通とは違うと言っても彼女は深海棲艦なのだ。私達の敵であり、人類の敵。迂闊に連れ帰れば即座に政府の管轄に引き渡されて実験体にされてもおかしくない。
「……よく聞いて、北方ちゃん。私は君と一緒にはいられない」
「……ッ」
「……でも、会いに来るよ」
「……エ?」
そう、彼女を連れて帰ることはできないけれど、彼女を見守ることはできる。彼女を導くことはできる。なんと言っても、私は元提督なのだから。
顔を上げて驚愕に目を見開く北方ちゃんの頭を撫でる。この小さな子が、もしかしたらこの世界の新しい希望になれるかもしれない。
相対する二つの存在の中間にいる不思議な存在。私はこの子の未来を見てみたくなった。
そう、だから……私も覚悟を決めようと思う。
髪を縛っていたリボンを解いた。纏めていた髪が広がり、視界に入る。
左手の薬指にはめていた指輪を外す。大丈夫、〝彼女〟との繋がりはしっかりと心に残っている。だから、大丈夫。
指輪にリボンを通して北方ちゃんの首にかけてあげる。これが私とこの子を結ぶ絆になりますように。
「……約束する。一緒にいられなくても、私は北方ちゃんの味方だから」
「……ッ」
先程とは違って力一杯抱きしめてくる彼女の頭を優しく撫でる。彼女が落ち着くまで、小さな嗚咽の声だけが暗い部屋に響いていた。
◇◇◇
「……おいおい、冗談だろ」
天龍の呟きが静かな空間に響いた。
全員の緊張した雰囲気がピリピリとした空気を作り出し、徐々に顔が引き攣っていく。だが、それも仕方ないことだろう。目の前にいる敵はそれだけの存在なのだから。
「……フフ、イラッシャイ……遠慮ナク沈ンデイクトイイワ」
幾多のフラグシップ級を引き連れて、飛行場姫が美しくも禍々しい笑みを浮かべていた。
「完全に予想外です……何でこんな場所に姫が……ッ」
霧島が眼鏡の位置を直しつつ、険しい顔で歯を食いしばる。ここは本隊の砲撃音すら聞こえない程に回り込んだ海域だ。飛行場姫は基地なので移動自体を滅多に行わない。そんな彼女がこの場所にいるということは、迎え撃つ準備も含めて完全にこちらの動きを読んでいたとしか思えない。
「味方ノ報告デ、オ前達ノ艦隊ノ本隊ノ動キガアキラカニ目立チスギテイタカラナ……別働隊ガイル可能性ハ高イト判断シタ」
飛行場姫は傍に浮かぶ自身の艦載機を撫でると、心底可笑しそうに笑いだす。その顔に浮かぶ歪んだ笑みは完全に艦娘達を馬鹿にした様な嫌悪感があった。
「……どうする?」
天龍が横目で艦隊全員へと視線を向ける。その視線を受けた全員が迷うことなく砲塔を展開し、敵を睨みつけた。通信機の向こうからも無言だが同じ気迫が感じられる。答えなど、最初から決まっていた。
「そうだよなぁ……考えるまでもねぇか」
天龍も腰の鞘から愛刀を抜き、飛行場姫へと突き付けた。その顔に浮かぶのは笑み。しかし、その瞳には燃えるような怒りの感情が渦巻いていた。
「こいつはあいつを攫った張本人だ、直接オレ達がブチのめさなきゃ気がすまねぇ!!」
天龍の叫びと同時に戦艦の四人が飛び出した。その後に北上と大井、天龍が続き、神通と那珂が援護の為に両サイドへと展開する。
空母の二人は即座に後退し艦載機の準備に入り、その二人を中心に駆逐艦のメンバーが輪形陣を形成した。
「……何度デモ、シズンデ……イキナサイ……」
飛行場姫が手を振り上げると同時に両側に待機していたル級フラグシップが前進を開始した。その後ろからチ級のフラグシップ級がそれぞれ一隻ずつ追従し、それを援護するかの様に浮遊要塞とヲ級フラグシップが並ぶ。
飛行場姫からも艦載機が飛び立ち、赤城と加賀の放った艦載機達と交戦を開始した。
「私達がなんとしてでも制空権を確保します!! 皆さんは其々の相手に集中してください!!」
「わかりました!! 榛名姉様、扶桑さん、片方のル級をお願いします。もう片方は私と比叡姉様で倒します!!」
「了解、やるよ霧島!!」
「榛名、全力で戦います!!」
榛名の返事と同時に敵のル級から砲撃が放たれた。だが、直撃はしない軌道だ。榛名も比叡も僅かに体を傾ける程度で回避する。
すぐさま榛名がコンゴウ特製の41㎝連装砲改良型での砲撃を開始した。高い練度の榛名の砲撃は複雑に移動しているル級を正確に捉えた。ル級は左手の艤装を盾に砲撃を防ぐが、改良型の連装砲は予想以上の威力だったようで、通常クラスよりも数段上の硬度を持つフラグシップ級であるにもかかわらず完全に艤装を破壊した。
「もらったわ!!」
衝撃でバランスを崩したル級へと扶桑が接近し、至近距離から砲撃を撃ち込む。勿論、扶桑の装備している連装砲も改良型だ。咄嗟に残りの右手の艤装を同じ様に盾にするが、至近距離で撃ち込まれた砲撃は盾にした艤装ごとル級を貫き、爆散した。
同時に、比叡と霧島ももう一隻のル級と戦っていた。
霧島がル級へと砲撃しつつ接近し、比叡が副砲を利用しつつ霧島を援護する。同じ鎮守府で何度も行った連携だ、その動きは迷いなく滑らかだった。
ル級が艤装を構えればすぐさま比叡が牽制し、霧島が踏み込む。だが、ル級も素早く動く副砲を使い霧島を近づけないように立ち回っていた。
「くっ、このままではジリ貧です……え?」
舌打ちしつつ、再び距離を離した霧島の両側を二つの影が走り抜けた。
両腕と両脚にいくつもの魚雷発射管を装備した二人は完全にシンクロした動きでル級を挟み込む。
「ちょっと、私達を忘れてもらっちゃ困るよー?」
「海の藻屑となりなさいな!!」
二つの影……北上と大井は一斉に魚雷を発射し、いくつかがル級へと直撃した。左足が吹き飛んだル級はバランスを崩し、その場に転倒する。
「北上、大井も……二人はチ級の相手をしていたんじゃあ……」
「あぁ、あいつらならもう倒しちゃったよ。魚雷で私達に敵うわけないじゃん。じゃあ霧島、止めは任せたよ」
「北上さんと私で作ったチャンスなんだから、外したら許さないわよ!!」
「ふふ、了解しました!!」
「負けてられません。気合い、入れて、撃ちます!!」
返事を返しながら、霧島と比叡は既にル級へと狙いを定めていた。轟音と同時に放たれた砲弾は正確にル級を貫き、爆散する。
完全に反応が無くなったのを確認してからすぐさま反転し、浮遊要塞とヲ級へと狙いを定める。敵は完全に赤城と加賀に集中しているらしく、こちらに気付いた様子はない。チラリと横目で見れば天龍と神通、最上が目立つように動き、注意を逸らしているようだ。
「チャンスね……北上と大井は飛行場姫の動きに注意しておいて」
「了解だよー」
短い言葉を交わし、すぐに行動を開始する。一切の迷いはなく、ただ一つの目的の為に彼女達は進む。
「待っててください、姉様!!」
その姿を、飛行場姫はただ静かに笑いながら眺めていた。