二度目の人生は艦娘でした   作:白黒狼

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 まるゆの出番が少ないので登場させてみました。
 ちょっとシリアスな内容です。


第三章・鎮守府の日常編2
雨とコンゴウとまるゆ


 

 薄暗い部屋の中、ベッドから一人の少女が起き上がる。

 

「……ふぁ……ん、むにゃ」

 

 まだ完全に目が覚めていないのかフラフラとした足取りで洗面台へと向かった彼女は冷たい水で顔を洗う。最近は暖かい日和が続いているが、まだ早朝は肌寒く、思わず身震いしてしまう。だが、完全に目は覚めた。

 

「ふぅ……よし!!」

 

 軽く頬を叩いてからお馴染みの白いスクール水着に着替え、その上から更に〝まるゆ〟と書かれた白い上着を羽織る。忘れ物がないかを確認してから部屋を出ると薄暗い廊下を歩く。目指すのは工廠だ。最初は怖かった薄暗い早朝の廊下も何度も通過するうちに慣れてしまった。

 廊下の角の扉を開けると外に出た。そこから数メートル先にある別の扉を開け、中に入れば鉄と油の臭いが鼻をくすぐった。工廠の中は今日も早起きした妖精さんがせっせと機材の点検や電源を入れる作業を行っている。

 

「おはようございまーす!!」

 

「まるゆさん、おはようです〜」

 

「毎朝おつかれさまですねぇ〜」

 

「今日も1日がんばるぞ〜」

 

 手をちょこちょこと動かしながら間延びした返事を返す妖精さん達に癒されつつ、工廠の保管庫から 一つの双眼鏡を取り出す。ひらがなで〝まるゆ〟と書かれたそれを首から下げて出撃ドックに向かう。

 

 彼女の毎朝の仕事は鎮守府周辺海域の見回りに始まる。しっかりと準備運動をしてから海水へと足を浸していく。少しだけ冷たい海水に一瞬だけ身震いするが、すぐに気にならなくなった。

 機関を起動し、ゲートに向かいながら慣れた手つきで上着を脱いで壁のフックにかける。最初はスムーズにいかなくてよく上着を床に落としてしまっていたが、何度もやっていれば流石に慣れてしまった。

 

「まるゆ、見回りに行ってきまーす」

 

 ドック内にいる妖精さんに手を振りながら潜行を開始する。だが、その深さはいつもの深度を大きく超えてしまった。

 

「あ、あれれ?……どんどん沈んじゃう!?」

 

 慌てて浮上を開始し、何とか安全深度突破だけは避けられたものの、彼女は溜息をついてもう一度潜行する。今度はしっかりした位置で深度を保つことができた。

 彼女は陸軍が作った艦艇の艦娘であるため、その性質を良くも悪くも受け継いでいる。潜水艦の製作法など知らなかった陸軍が作ったこともあり、本人が意図しない行動が誤作動のように現れることがあるのだ。先程の様に余計に潜行してしまったり、逆に潜行できずに浮かんだままになったりと、戦闘中ならば致命的とも言えるようなものばかり。だが、それでも奇妙な逸話を残してきた強運のおかげなのか、今までまるゆ自身がダメージを受けた事はほとんど無い。

 そのこともあって彼女は早朝の警備係として毎日鎮守府周辺を見回っているのである。

 

「今日も異常なし……かな?」

 

 岩場の一つに隠れながら双眼鏡で周囲を見渡し、敵影がないことを確認する。時計を見ればもうすぐ朝食の時間になりそうな時間帯になっていた。既に他の艦娘達も起き始めているだろう。

 

「よし、帰ろうっと!!」

 

 最後にもう一度だけ周辺の確認を行い、まるゆは帰路についた。

 

◇◇◇

 

 彼女が食堂に着いた頃には他の艦娘達は皆朝食を食べ終えてそれぞれの任務に出発していることが多い。どうやら今日は一人で朝食を食べることになりそうだった。

 

「間宮さん、おはようございます」

 

「あら、まるゆちゃん。今日もお疲れ様」

 

 笑顔で朝食の乗ったトレイを差し出してくる間宮に挨拶しながら窓側の席へと向かう。窓側の席は人気で、タイミングが悪いと他の艦娘に取られることが多い。しかし、今日は彼女一人だけのもの。得した気分だと優越感にひたる……少し寂しいが。

 

「あら、今日は遅かったですね?」

 

「おはよう、間宮さん。今日は一日休みを貰ってね。久しぶりにのんびり二度寝をさせてもらったよ」

 

 そんなことを考えていると、カウンターからそんな会話が聞こえてきて彼女は海に向けていた視線をそちらに向ける。

 間宮と話していたのはコンゴウだった。

 いつものポニーテールは解かれ、ストレートにされた彼女の髪が歩く度にさらさらと揺れる。少しだけ服装も崩れているし、普段よりも覇気がない。先程の会話から今日が非番であることがわかったし、随分とリラックスしているようにも感じられる。いつもの頼り甲斐がある姿とは違う様子にまるゆは少しばかり驚いた。

 

「あ、まるゆちゃん。おはよう」

 

「あ、はい。おはようございます」

 

 まるゆの存在に気づいたコンゴウが隣に座る。流石は戦艦、まるゆとは朝食の量も明らかに違う。自身の軽く三倍はあるであろう量に思わず驚愕の息を漏らす。

 

「ふあ〜、金剛さんの量は凄いですね」

 

「あはは、私は戦艦だからね。これぐらい食べておかないと動けなくなるから」

 

 笑顔で箸を動かすコンゴウを見上げながら、まるゆも朝食に手をつける。今日は駆逐艦達の間で大人気の出し巻き卵があるようだ。勿論、まるゆも大好物である。

 

「まるゆちゃんは今日もいつもの見回りに行ってきたの?」

 

「はい、今日も異常なしでした」

 

「毎日お疲れ様。たまには丸一日休みが欲しかったりしない?」

 

「いえ、まるゆは皆さんみたいに戦うのが苦手だから、せめてこれくらいはしっかりやりたいんです」

 

 笑顔で頷くまるゆにコンゴウも笑顔を返す。仲間想いの優しい子だと改めて感心しながらふわふわな髪を撫でる。潜水艦であるまるゆは任務中は常に水中にいる事が多い。だが、彼女の髪は痛むことも無く優しい手触りのままである。

 

「あ、あぅ……」

 

 恥ずかしいのか赤くなってしまったまるゆとの朝食を終え、二人して食堂を後にする。

 まるゆは朝の見回り以外には今日は予定がない。そのことをコンゴウに伝えると、彼女は少し考えた後にまるゆを自分の部屋へと招待した。

 

「今日は比叡も榛名も霧島も任務で一日海に出てるから、一緒にお茶する相手がいないんだ。よかったら食後のティータイムを一緒にどうかな。デザートもつけるよ?」

 

「あ、はい、それじゃあお邪魔します!!」

 

 扉を開けて最初にまるゆの視界に入ったのは可愛い装飾が施されたテーブルと椅子、そしてそこに置かれた豪華な紅茶セットだった。

 壁はシンプルな薄い桜模様の壁紙。床は真っ赤な高級絨毯が敷かれ、大きなベッドが二つ置かれていた。大人びた雰囲気の黒色のカーテンが備えられた窓からは明るい日の光が部屋へと入ってきている。

 そこでふと、まるゆはこの部屋に入るのが始めてであることに気がついた。

 

「そういえば、まるゆは金剛さんの部屋に入ったのは始めてです」

 

「そういえばそうだね。普段は食堂とか中庭でお茶会してるから、この部屋でのお茶に姉妹以外の誰かを呼んだのは始めてかも」

 

 紅茶の準備をしながら微笑むコンゴウを横目にまるゆはもう一度部屋を見回す。

 

「ベッドが二つしかないですね?」

 

「ああ、夜は二人で一つを使ってるからね。ベッドが四つあると部屋が狭くなるからって理由もあるけど……」

 

 コンゴウは苦笑しつつ紅茶をまるゆの前に差し出し、正面の席に座った。

 

「私と霧島がずっと一緒に寝ていたことを比叡と榛名が知ってね。霧島ばかりずるいって言い出してちょっとした騒ぎになったんだ」

 

「あ、なんとなくその様子は想像できるかも……」

 

「あはは……まぁ、そんなわけで、一日毎に私と三人のうちの誰かが一緒に寝るって話に落ち着いたわけ」

 

「金剛さんって、本当に姉妹艦の三人から慕われてますよね。凄いです」

 

「抱きつかれて寝苦しいときもあるけどね。でも、凄く温かいんだ。それに―――」

 

 コンゴウは手に持っていたカップを置くと窓の外へと視線を向ける。空は曇り、僅かだが風も吹いてきた。風に混じって湿った空気も流れている。どうやら雨が降りそうだ。

 その空を眺めながら、彼女はゆっくりと息を吐いた。

 

「私もまだ、雨の日は……怖いから」

 

「…………」

 

 自らを抱く様にして俯くコンゴウの肩にまるゆはそっと手を乗せた。どうしてか、彼女の体は冷水に浸かっていたかの様に冷え切っていた。そんな彼女をまるゆはとても寂しそうだと感じてしまう。

 

「……大丈夫ですよ、金剛さん」

 

「……まるゆちゃん」

 

「だって、ここには姉妹艦以外にもいっぱい仲間がいるじゃないですか!!」

 

 立ち上がり、コンゴウの隣へと座ったまるゆは彼女のその冷たい手を優しく握って笑みを浮かべた。それを見て、コンゴウも笑顔を浮かべる。

 

「ありがとう、まるゆちゃん。どうしても雨の日は気分が沈んじゃって……」

 

「いえ、金剛さんもまるゆ達みたいに落ち込んだりするんだなって……」

 

「幻滅した?」

 

「……違います。金剛さんにも皆と同じように助けが必要な時があって、まるゆでもその助けになれるのが嬉しいんです」

 

 そう言って微笑むまるゆ。コンゴウは少しの間呆然としていたが、やがて優しい笑みを浮かべると、まるゆの手を握り返して立ち上がる。その顔に先程までの憂いはない。

 

「そうだよね、私には皆がいる。……当たり前のことなのにね」

 

 不意に窓の外が明るくなり、二人の顔を照らした。どうやら通り雨だったらしい。曇り空の隙間から優しい日の光が辺りを照らしている。それを見上げていたまるゆが、ふと思い出したかの様にコンゴウへと向き直った。

 

「そういえば、金剛さん!!」

 

「……ん?」

 

「今日が何の日かわかります?」

 

 まるゆの問いかけにコンゴウは首を傾げて考える。今日は平日であり、祝日でも特別なイベントがある日でもない。答えがわからず唸っていると、まるゆは小さく声を漏らしながら笑った。

 

「えへへ……大丈夫ですよ、今日は世間では普通の日です」

 

「じゃあ、何の日なの?」

 

「今日はね、金剛さん。えへへ……まるゆが金剛さんを見つけてから丁度一年なんです」

 

 自慢げに胸を張って答えるまるゆ。彼女を見詰めながら、コンゴウの脳裏にはこの一年間の記憶が一斉に溢れ出していた。

 

 〝彼女〟を失い、艦娘になった。

 

 まるゆに助けられ、この鎮守府に着任した。

 

 新しい仲間との生活。装備の開発の日々。

 

 姉妹艦との出会い。

 

 大規模作戦への参加。

 

 北方棲姫との出会い。

 

 あっという間に過ぎた時間。しかし、その中で得たモノはとても多く、そして大きかった。

 長いようで短かったこの一年間は〝彼女〟と自分自身の命を失い、空っぽだった存在に〝コンゴウ〟という名を与え、新たな人生を与え、仲間を与えた。

 

「……そっか、もう……一年経ったんだね」

 

 コンゴウはゆっくり息を吐くと、窓の外を静かに見つめる。少しだけ滲む視界をそのままに、彼女は笑顔を浮かべた。まるゆも、そんな彼女を見上げたまま何も言わなかった。

 そうして、コンゴウの二年目はまるゆと共にスタートしたのだった。

 


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