二度目の人生は艦娘でした   作:白黒狼

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お待たせしました。
でも演習は短いんじゃ。
ごめんなさい。


コンゴウさん、困惑する

 波飛沫と、それに反射した太陽の光がキラキラと輝く。

 普段ならその光景を眺める余裕もあるのだが、今はそんな事をしている暇はない。

 波飛沫の隙間を射抜く様に迫る砲弾を回避する。反射的に副砲を放ち、牽制しながら接近する。高速戦艦の速度を使い距離を詰めようとするが、同時に同じ高速戦艦である榛名も同じ速度で距離を離す。

 常に一定の距離を保ちながら互いに砲撃を撃ち合う。副砲から主砲へと攻撃をシフトさせ、更に動きに不規則な左右移動を加える。

 

「やりますね、お姉様。……でも、榛名には見えています!!」

 

「……ッ!!」

 

 不意に榛名の零式水上観測機が発艦して視界に飛び込んでくる。これは弾着観測射撃ではなくただの撹乱だ。観測機自体に攻撃用の装備は積んでいないが、艦娘としての本能なのか一瞬だけ目がそちらに向いてしまう。

 その一瞬は榛名が私の動きを捉えるのには十分すぎる時間だった。

 彼女の連装砲から放たれた砲弾がスロー再生の様に遅く感じる。きっと高速で思考しているせいで周りが遅く見えているだけだ。その軌道は間違いなく私に直撃するコース。体を傾けているこの姿勢では回避は厳しい。……ならば、弾く。

 

「……ハッ!!」

 

 気合の掛け声と共に右手による裏拳で砲弾を殴る。

 戦艦である私の拳を受け、砲弾は軌道を変えて大きく逸れていった。しかし、この方法は直撃はしなくとも演習では被弾扱いになる。ちらりと妖精さんに確認をとれば〝小破〟と書かれた旗を振っている。つまり、私は小破になったことになる。

 お返しとばかりに私も主砲を連続で発射する。榛名は既に距離を離しつつ新たな観測機を発艦させていた。流石というか、私が砲弾を殴った事に対する驚きなどは無いらしい。いや、単純に表情に出してないだけかもしれないけど。

 私は榛名へと一発、空中の観測機へと三発の砲弾を発射する。榛名も同時に主砲を私へ発射しており、同じ主砲を使う私達の砲弾は同時に着弾する…………筈だった。

 

「きゃっ!?」

 

 榛名へと向かっていた砲弾が突然破裂し、閃光と火花を散らしながら爆散する。

 そう、実は榛名へと放った砲弾は三式弾と改良型の照明弾だった。観測機への対空砲撃や夜戦だけにしか使わないと思ったら大間違いだ。三式弾は起爆すると花火の様に飛び散る性質があるし、改良型の照明弾は閃光弾の代わりにもなるので、目くらましとしても最適な砲弾なのだ。榛名は目を開けられないのか目を押さえたまま数歩後退る。

 

「……シッ!!」

 

 短く空気を吐きながら機関を全力で回転させ海面を蹴る。巨大な波飛沫と同時に私は一気に榛名の目の前に迫った。流石の榛名も怯んだ姿勢から距離を離すのは難しかった様で、閃光により明暗する視界の中で焦っている。

 チャンスとばかりに左手を前に構えた半身の姿勢をとりつつ右手を引き絞る。接近戦時の私が使う構えだ。だが―――

 

「……ッ!?」

 

 未だに目を開けない筈の榛名が構えをとった。よく見れば薄っすらと右目が開いている。

 しまった、罠だ。

 咄嗟に右目だけを庇い、閉じたままでいる事で閃光で視界が塞がれたと思わせていたのだ。

 更に、榛名の構えは私が教えた接近戦で唯一の〝受け〟を主軸にした技。力が強い相手ほど効果が高まる受け流しを利用したカウンターを狙うものだ。

 

「せいッ!!」

 

「……くッ!?」

 

 振り抜きかけていた腕を止めようとするが時既に遅く、中途半端に伸びた右腕を掴まれて一気に引き寄せられる。そこから来るのは相手のパワーを使った誘導にぶつける様にして繰り出される拳の一撃だ。まともに受ければ間違いなく轟沈判定だろう。

 

「まだまだぁ!!」

 

 榛名が拳を繰り出す瞬間に左舷の主砲を一斉に発射。反動で僅かに右へとずれた私の脇を彼女の拳が通り抜けていった。

 

「くっ、外しましたか……でも、もう一撃くらいは―――」

 

「いや、今ので決められなかった時点で次はないよ」

 

 伸びきった榛名の腕を抱え込む様にして脇で挟む。同時にそこを主軸に体を捻って榛名の腕を捻り上げる。「えっ!?」と驚愕する榛名の胸元を掴み、捻った腕を今度は手前に引き寄せる様に動かしながら投げ飛ばす。

 捻られた腕のせいでバランスが取れなかったであろう榛名は前後に振られた重心を支えきれずに一回転した後にうつ伏せに海面に叩きつけられた。

 

「ひゃん!?」

 

 可愛い悲鳴をあげながら倒れた彼女の顔の横に拳を振り下ろす。衝撃で盛大な飛沫が上がるが、榛名には一切の衝撃はいかなかった筈なので大丈夫だろう。

 今回使った投げ技は相手が人型でいる事が前提なので深海棲艦相手にはあまり使わない。ヲ級や姫級、鬼級には通じるだろうが、基本的に人型の深海棲艦は強い個体が多いので接近戦は最後の手段となる。不意打ちで接近し、強力な攻撃で沈めるのが目的なので投げ技は使わない。投げる前に殴った方が早いし安全だからだ。

 そういう理由もあって榛名達には投げ技は教えていない。

 

「ま、参りましたぁ……」

 

「そこまで、勝者は金剛だな」

 

 榛名を立たせようと左手を差し出すと、彼女は苦笑いしながら私の手を掴んだ。

 

「やっぱり、お姉様には敵いませんね」

 

「ふふ、私は教える立場だからね。まだ負けられないよ」

 

 私は格闘技を教える立場なんだからそう簡単に負ける訳にはいかない。少なくとも私がいなくても深海棲艦の姫と戦えるくらいには強くなってもらいたい。

 そんなことを思いながら榛名の腕を引っ張って―――

 

 私は……突然、腕に走った激痛に倒れこんだ。

 

「……ッ!?」

 

「お姉様!?」

 

 慌てて榛名が支えてくれたので何とか膝をつく程度で済んだのだが、左腕が痺れて動かせない。これは一体……?

 

「お姉様、大丈夫ですか!?」

 

「……え、ああ、うん。大丈夫、ちょっと足が縺れちゃっただけだから」

 

 榛名に悟られないように立ち上がり、右手で今度こそ彼女を立たせる。何時もの様に、笑顔で。

 榛名は少しだけ心配そうにしたが私が笑顔だったからか、やがて安心した様に笑みを返してくれた。

 気付かれない様にそっと、左腕に触れてみる。どうやら感覚は残っているらしく、何かに触れる感触は感じられた。しかし、やはり動かせない。

 

「これなぁに?」

 

「わわ、コンゴウさん大丈夫?」

 

 どうやら私の中にいる妖精さんにもわからないらしく、皆が心配してくれていた。大丈夫だよと声をかけつつ砂浜に戻ると、大勢の子供達から拍手をもらった。

 結果から言えば今回の講演会と演習は大成功で、少しでもこの国の未来の為になったなら幸いだ。

 ただ、私の左腕の痺れは暫く続き、演習後に生徒達から講演会のお礼だと花束をもらう時などは誤魔化すのが大変だった。動かない腕を見せないように自然な動きで隠し、何とか鎮守府まで帰還した。

 

◇◇◇

 

 七海への報告を済ませた後、私は工廠へと足を運んだ。理由は勿論この左腕の事だ。皆に心配をかけない為にも、半ば独立したと言える私専用の資料室へと向かう。

 この部屋は私が独自に艤装を改良するようになってから明石さんが用意してくれた部屋で、図面を引いたり集めた資料を保管するために倉庫だった一角を改造して作られた。明石さんも利用しており、お互いに意見を出し合いながら試行錯誤するのが日課となっている。

 椅子に腰を下ろして左腕をテーブルの上に乗せ、妖精さん達にも詳しく点検をしてもらう事にした。感覚的には足が痺れた時に似ているし、もしかしたら時間が経てば治るかもしれないが、用心して徹底的に調べる事にした。

 妖精さん達が慌ただしく走り回り、私の左腕に虫眼鏡やら聴診器やらを使って次々と検査をしていく。

 

「神経に異常なし〜!!」

 

「骨にも異常ないよ〜」

 

「どうなってるの〜?」

 

 飛び交う報告には困惑が混じり、ああだこうだと試行錯誤した後、最終的には原因不明という結果だけが残った。

 

「とりあえず高速修復材をかけてみよ〜」

 

「おお〜!!」

 

 艦娘の修理は入渠することで行われる。私のこの左腕が果たして怪我や疲労によるものなのかは不明だが、艦娘である以上は入渠で大抵の事は治ってしまうものだ。

 皆に心配を掛けない様にこっそりと入渠施設に入り、服を脱いで湯船に浸かる。左腕が動かなくて少し手間取ったが、他に誰もいないみたいだし大丈夫だろう。

 

「……くぅ、やっぱりお風呂はいいな」

 

 両足と右腕を伸ばして体を解す様に動かしてみる。人間だろうと艦娘だろうと風呂に入った時の心地よさは変わらない。よく風呂は命の洗濯と言われるが、艦娘だとそれが修復という形でリアルに体感できるのだから笑えない。

 そんな事を考えて苦笑いする私の頭上に緑色のバケツが運ばれてきた。高速修復材だ。

 中身は透明な液体なのに、どういうわけか通常の修復材と混ぜ合わせると私達の傷を一瞬で治す液体へと変化する。原理や材料の一切が不明。妖精さん達が作成しているのだが誰もその工程を見た事がない。本当に妖精さんとは不思議な存在だ。

 

「どれどれ、腕の方は……」

 

 高速修復材を混ぜ合わせた修復液を左腕に擦り込む様にマッサージをしてみる。同時に力を入れて肘を曲げてみる。

 すると、ぎこちないながらも左腕は確かに動いた。安心して思わず背後の壁に寄りかかって溜息をついた。

 

「……ふぁ、良かった。一時はどうなるかと―――」

 

 

 ―――ピシッ

 

 何かが、欠ける音がした。

 

「……ぇ?」

 

 左手の指先に、小さな罅があった。

 

 ―――ピシッ、ピシッ

 

 指先から手の平へ、そこから手首へと、それは広がった。

 

「……な……ぁ、え?」

 

 何だ、これは?

 痛みもなく、まるで脆くなった塗料が剥がれる様にそれはゆっくりと、腕を侵食するかの様に。

 

「……ぁ……ゃ………ぅあ」

 

 そして、次の瞬間―――

 

「……ぁ」

 

 パリン、と私の左腕の肘から先が、粉々に砕け散った。

 

 

「……あ、ぁあぁあぁぁあああぁぁあぁああ!!??」

 

 バシャバシャと修復材が顔にかかるのも構わず、私は盛大に浴槽から転がり出た。吐き気が込み上げてくるのを抑える様に〝両手〟で自分の喉に触れる。

 

「……ハァ、ハァ、ハァ……ぅ……あ?」

 

 一瞬頭が真っ白になってから慌てて左腕へと視線を落とす。

 シミ一つない、綺麗な手がしっかりとそこにあった。

 

「……ゆ、め?」

 

 自分が浸かっていた浴槽へと視線を向け、もう一度左腕へと視線を向ける。どうやら左手が動く事を確認した途端、私はそのまま眠っていたらしい。風呂の温かい湯が気持ち良かったのも原因なのだろう。

 しかし、随分と酷い夢を見たものだ。

 

「……疲れてるのかな、私」

 

 あの悪夢を振り払うかの様に何度か左腕を曲げ伸ばしする。

 

 ―――そこで気が付いた。

 

「……あ、れ?」

 

 動く様になった左腕。

 しかし、その肘から先は完全に〝何も感じなく〟なっていた。

 




次回はもう一人の主人公のターン!!

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