二度目の人生は艦娘でした   作:白黒狼

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やっと地震の混乱が落ち着いてきて精神的余裕も持てる様になりました。ボランティア活動や多くの援助をしてくださった皆様に心からの感謝を。
そして、お待たせ致しました。久しぶりの更新です。
本当に生きてるって素晴らしい。命の重さを再認識しながら書いてました。


北上さんの場合

それは、遠い遠い昔の夢。

彼女がまだ物言わぬ鋼鉄の体を持ち、人間を乗せて海を駆けていた頃の話。

何度かの改装を受ける度に姿を変えた彼女はその度に違う任務を請け負い、この国の人を守ろうと全力でその身を賭して戦った。姉妹が沈み、一隻だけ取り残されても彼女は諦めなかった。戦況が悪化し、敗戦の色が濃くなってからも、彼女は諦めなかった。

 

しかし、彼女を待っていたのは一つの絶望だった。

 

「機密呼称〝○六〟を搭載する」

 

敵に知られない為の機密情報による呼称。○六とはとある特攻兵器の別称だった。

 

「……人を、撃ち出すの?……あたし、が?」

 

国を、人を守る為に戦ってきた自分に、今度は守るべき人の命を弾にして放てと言うのか。

 

「違う……あたしは、ただ守りたかったんだ。こんな兵器を使う為に、生まれたんじゃ、ない……」

 

人には見えない半透明な人の姿で、彼女は泣き続けた。側にいた姉妹艦はもういない。沢山いた仲間たちも殆どが沈んだ。彼女は孤独なまま、泣き続けた。

それが終わったのは終戦直前。二度に渡る軍港への空襲に彼女は巻き込まれ、二度目の爆撃で遂に大破した。しかし、胸に抱いた感情は安堵であった。

 

「これで、アレを使わなくてもいい……そう、これでいいんだ」

 

その日からほんの少し月日が流れ、戦争は終わった。

戦後の後片付けをする為に改装された彼女には兵器は積まれていなかった。共に戦った仲間達を想いながら、彼女は輸送艦として戦後を過ごし、解体された。

 

「……ああ、疲れたなぁ。でも、これでゆっくり眠れるよ」

 

解体と同時に少しずつ消えていく自分の体を見詰めながら、彼女はゆっくりと微睡みの中へと落ちていった。

 

◇◇◇

 

「……んあ?」

 

若干の寝苦しさを感じてあたしは目を覚ました。

見慣れた天井はカーテンの隙間から入り込んだ朝日によって模様まではっきり見える。あんな所にあんな模様なんかあったかなぁ、なんて寝ぼけた思考で考えつつ首を隣に向けてみた。

あたしの腕に抱きついて寝ている相方の幸せそうな寝顔がそこにあった。寝苦しかったのは彼女がいつもより強く抱きついているからだったようだ。まるで子犬が甘えてるみたいだと、思わず笑ってしまった。

 

「……なーんか嫌な夢、見ちゃったなー」

 

自分の生前の艦生を振り返るなんてどんな拷問だと思った。

自由に動かせる方の腕を持ち上げて目の前に手の平を広げてみる。あの頃とは違う確かな実体として存在している体。ふとあの時、あたしが物言わぬ軍艦ではなく、はっきりと声に出して思いを伝えられる艦娘だったら、あんな思いをしなくて済んだんじゃないかと考える事がある。

あんな……あんな思いは二度としたくない。

 

そっと起き上がって壁に掛けられた自分の服に目をやる。

艦娘は一定の練度に到達すると改装によってより強い艤装や身体能力を手に入れる事ができる。その状態は〝改二〟と呼ばれ、艦娘の中には艦種すら変わる者もいる。

そして、あたしは既にその練度に到達していた。

しかし、あたしは〝改二〟になれなかった。原因は不明。妖精さん達も不思議そうに首を捻るだけで、結局今日まであたしは現状維持のままでいる。

 

でも、たぶん理由なら分かってるんだよね。

生前何度も改装されて最終的にアレを積む事になったあたしは改装自体が怖くて仕方がない。それが原因なんだって今ならはっきりわかる。

あんな嫌な夢まで見ちゃったんだからまぁ、仕方ないよね。

 

「……ん、北上さん、おはようございます」

 

「おはよー、大井っちー」

 

隣で寝ていた大井っちが起きたので、慌てて笑顔を向けてあげる。大井っちはあたしの事をよく見てるから、暗い顔なんてしてたらすぐに気付かれてしまう。

大井っちは私の顔を見るなりうっとりと瞳を潤ませながら艶やかな息を吐いた。伸ばされた手が私の頬に触れる。

 

「あぁ……朝から北上さんのこんな笑顔を見れるなんて、今日はきっと一日が輝いてーーー」

 

「二人ともー、もう朝食の時間っぽい。いつまで寝てーーー」

 

「ーーーふん!!」

 

「きゃん!?」

 

頬に触れていた大井っちの手が一瞬で動き、ノックも無しに入室してきた夕立へと枕を投げつけた。顔面に枕が直撃した夕立は突然の衝撃に驚いたのかふらふらと廊下の壁まで後退する。

その夕立へ大井っちは素早く距離を詰めると、小声で何かを呟いた。あたしには何を言ってるか分からないけど、きっと邪魔するなとかそんな感じだと思う。

あたしの予想は当たってた様で、夕立の顔色はどんどん青くなり、何度もガクガクと頷いている。

 

「……次はないわよ?」

 

「……ぽ、ぽい〜」

 

涙目になりながらふらふらと廊下の先へと消えていく夕立に心の中で合掌しながら着替えを済ませて食堂に向かう。当然腕には大井っちが抱きついていて少し歩き辛いんだけど、むしろあたしにはこの感覚がデフォルトになってきちゃったから一人で歩くと逆に違和感があるんだよね。

 

二人で他愛のない話をしながら食堂に向かうと、丁度中から提督がでてきた。きっと今日も夕立にベッドから引き摺り出されたんだね……微妙にはねた寝癖を撫でつけながら時々痛そうにしてるし。

あたし達に気づいた提督は笑顔で挨拶をした。

 

「おはよう、二人とも今から朝食?」

 

「あら、おはようございます提督」

 

「おはよー、今から朝食だよ」

 

「たしか二人共今日は午後から哨戒警備だったわよね?」

 

提督に頷いて肯定すると、提督は丁度良かったとばかりに手を叩いた。

 

「それなら出撃前に北上は金剛の所に行ってきなさい。貴女用に新しい改良艤装を用意してるらしいから」

 

「おーそれは嬉しいね。後で行くよ」

 

提督に手を振って別れると、食堂に入って窓際の席に座る。何時もなら第六駆逐隊の誰かが先に座ってるんだけど、今日は誰もいないみたい。ちょっとラッキーだね。

席に座って海へと視線を向ける。今日は雲一つない快晴で風はなく、波も穏やかな絶好の出撃日和だ。この空の下で大井っちと一緒に海を走れるならそれはもう楽しいに違いない。

 

「北上さん、朝食を持って来ましたぁ〜♪」

 

「おー、ありがとね、大井っち〜」

 

毎回自分で取りに行こうとするんだけど、大井っちはあたしに負担を掛けたくないって進んで朝食の準備をしてくれている。あんまりにも一生懸命に懇願してくるので好きにさせてるけど、流石に過保護すぎるんじゃないかと思えてくるよ。

 

◇◇◇

 

楽しい朝食を終えたあたしは出撃前の準備として工廠に居るはずの金剛さんの所に向かっていた。新しい艤装を貰えるというのだから嬉しくて思わずその場で試し撃ちしちゃいそうな自分の気持ちを抑えつつ廊下を歩く。

金剛さんの工廠は元からあった工廠に付け足される形で作られていて、一旦工廠内に入り一番奥にあるドアを抜けた先にある。

今日も元気に作業する妖精さんたちに手を振りながらドアの前で足を止める。ノックしようと片手を上げた時、中から誰かの声が聞こえてきた。どうやら話し合いをしているらしくノックしようとしていた手を下ろして聞き耳を立てた。

扉越しだがはっきり聞こえる。これは金剛さんと……明石かな?

 

「……ごめんなさい、原因は全くの不明です」

 

「いや、なんとなくそんな気はしていたんだ。きっと普通の症状じゃあないんだろうって……」

 

「今すぐ提督に報告をーーー」

 

「いや、報告はしないでいいよ」

 

「ーーーなっ!?」

 

明石の驚いた声が聞こえた。同時に何かが倒れるような大きな音も。

きっと明石が椅子を蹴飛ばして立ち上がったんだと思う。

 

「何を……何を言っているかわかっているんですか!?」

 

扉越しにも聞こえた明石の声に工廠内の妖精さん達も驚いて動きを止めた。あたしも驚いて扉から数歩離れてしまうほどの大きな声だった。

 

「貴女は自分の命がどうなってもいいと言うんですか!?」

 

「そんなわけないよ。自分の命は惜しい」

 

「なら、どうしてッ!?」

 

「皆に迷惑を掛けたくないから……かな?」

 

その澄んだ声に思わず息を呑んだのが自分でもわかった。

彼女が口にした内容に驚いた訳じゃない。彼女がその事を〝まるで当たり前である〟かの様に平然と口にしたことだった。それはまるでーーー

 

「……貴女は、私達が心配するから言わないのですか?」

 

「そうだよ」

 

「……戦いの中ではない日常生活すら……私達が優先だと?」

 

「うん、そうだね」

 

「ーーーッ」

 

明石が息を呑んだのがわかった。

金剛さんは自分よりもあたし達が大切だと言った。自分の命よりもあたし達を不安にさせることを良しとしなかった。つまり、それは些細な日常よりも彼女の命が軽いと……そう言っているのだ。

 

ーーーどうして?

 

あたしの中に浮かんだのはその一言だった。

 

あたし達が弱いから?ーーー違う。

 

あたし達を信じていないから?ーーー違う。

 

あたし達に頼りたくないから?ーーー違う。

 

それ以前の問題だ。

彼女はあたし達の為なら〝命を捨てるのが当然〟だと思っている。

彼女自身は自殺志願者じゃない。自分の命は大事だと言っていた。ただーーーその順位が仲間よりも遥かに低い位置にあるだけ。

それはおかしい。

あたし達は確かに元々軍艦だ。命をかけて国を、人を護る覚悟がある。

でも、あたし達も死ぬ事は怖い。皆と二度と会えなくなる恐怖。二度と帰らない仲間を見送る恐怖。目の前で命が消えるという恐怖。あたしはそれを、よく知っている。

でも、金剛さんの〝ソレ〟は違う。

彼女には死ぬ事に対する恐怖とか、迷いがない。それはまるでーーー

 

「それじゃあまるでーーー貴女が犠牲になることが当然みたいじゃないですか!?」

 

あたしと同じ事を明石も思っていたみたいだ。

彼女はきっとあたし達が危機に直面したら迷わず自分を盾にする。あたし達を護るために動き、全ての傷を引き受ける。たとえその命が尽きる事になったとしても。

 

「……うん、そうだね」

 

少しの間の後、彼女はそう言った。

その声色は平坦な様で……でも、どこか寂しそうだった。

 

「……少し前の私ならもっと命は大事だったよ」

 

でもね、と彼女は続けた。

疲れた様な……でも、強い意志を感じさせる声だった。

 

「私にはもうーーー時間があまり残されていないみたいだから……」

 

◇◇◇

 

明石が出て行ったドアから隠れる様に逃げ込んだ棚の隙間から出る。

涙を堪えて走って行った彼女の顔を思い出して更に気分が沈んでしまった。これからこの中に入らなければならないなんてどんな罰ゲームだろう。

あぁ、いっその事提督の伝言を忘れたフリしてこのまま出撃しちゃおうかなぁ……なんてーーー

 

「北上さん、そこにいるでしょ?待ってたよ、入りなさいな」

 

「あー……うん」

 

ーーーこの人には通用しないみたいだね。

諦めて部屋の中に入れば優しい微笑みを浮かべた金剛さんの姿があった。傍にはあたし用に調整したであろう艤装が置いてある。

明石が倒した椅子を元の位置まで戻してから、あたしはいつもの笑顔を浮かべてそこに座った。

 

「あー、えっと……提督から伝言を聞いて艤装を取りに来たんだけど……」

 

「うん、いらっしゃい。ごめんね、あんな話を聞かせちゃって」

 

「いや、勝手にあたしが聞いちゃっただけだし……」

 

気まずい雰囲気を拭う様に金剛さんは笑顔で艤装を手に取ると、あたしに手渡してきた。しっかりと調整されて、しかも綺麗に磨かれている。重さも以前より軽く、動きやすい。

 

「さっきの話は皆には内緒にしてくれるかな?」

 

「いや、まぁいいんだけどさ。……金剛さん、どこか悪いの?」

 

「……まぁね」

 

困った様に笑いながら、彼女は右手で左腕を握りしめた。その時の顔を、あたしは今でも鮮明に覚えている。

何かを悟った様な、安らかなのに寂しい顔。次の瞬間には消えてしまいそうな儚い気配。まるで……そう、まるで今から死んでしまうかの様な、そんな正気のない顔。

あたしに搭載される筈だった〝あの兵器〟に乗る人達が見せた顔と、重なって見えた。

 

「……うん、わかった。皆には内緒にしておくよ」

 

「そっか、ありがとう」

 

「でも、一つ約束して」

 

「……約束?」

 

新しい艤装を装着して部屋から出る直前、あたしは金剛さんへと振り返る。あたしには彼女にかける言葉が見つからないから、だからせめてーーー

 

「沈まないでね、金剛さん。あたしはやだよ、金剛さんがいなくなるなんて……」

 

「……」

 

金剛さんは困った様に笑うだけで返事を返してくれなかった。

でも、あたしにはわかる。きっと、あたしが今の彼女には何を言っても無駄なんだって。

彼女を救えるのはきっと別の誰かだから。あたしじゃないんだ。

それが悔しくて、静かに閉めた扉の前で少しだけ泣いた。

 

◇◇◇

 

「あ、北上さん!」

 

出撃の為にドックまで移動すると、既に大井っちが待機していた。あたしを見つけた途端に満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる彼女に沈んでいた気分が少しだけ浮上する。

 

「お待たせー、大井っちー」

 

「大丈夫です。私も今来たところですから」

 

腕に抱きついてくる大井っちに笑顔を返すと、彼女はあたしの顔を見て首を傾げた。

 

「……あの、北上さん。何かあったんですか?」

 

「……え?」

 

大井っちの言葉にどきりとする。あたしは今、しっかりと笑顔を浮かべれているだろうか。

 

「んー、特に何も無かったよー?」

 

「……そう、ですか。……ええ、きっと私の勘違いです」

 

「じゃあ、行くよー」

 

「はい!」

 

大井っちにこれ以上顔を見られない様に先に海上へと向かった。艤装を展開し、海面を滑る様に移動する。新しい艤装があたしの動きに合わせて弾薬を装填した。

哨戒警備でこんなことを思うのはどうかと思うけど、できれば敵艦を発見したいものだ。大井っちとの新しい連携とか、新しい艤装の使い心地を試したいのもあるけど……。

 

今は、この胸の奥に渦巻く悔しさを、思い切り誰かにぶつけたい気分なんだから。

 

 

 

 


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