執筆中のデータがエラーで消えてしまい、書き直すのに時間がかかってしまいました。泣きたい。
晴れ渡る青空を見上げながら、体をいっぱいに使って一気に空気を吸い込む。
強い潮の香りが鼻をくすぐり、この場に立っている実感を持たせてくれる。吸い込んだ空気をゆっくり吐き出し、瞼を閉じて気持ちを落ち着かせる。
瞼を開ければ空と同じ美しい海が目の前に広がっていた。太陽の光を反射した波がキラキラと光り、微かな風が私の髪を撫で上げていく。
「気持ちいい風ね」
「そうだな……今日は快晴で良かったよ。こんな仕事、さっさと終わらせて鎮守府に帰って間宮さん特製のカレーでも食おうぜ」
「ふふ、天龍は本当に間宮さんのカレーが好きなのね」
「なんだよ扶桑。オレだけじゃなくて皆も大好きだろ?」
私の隣でお互いに笑顔で話す天龍と扶桑と暁を眺めながら、私は久しく感じていなかった艤装の重さを確かめる様に海面を滑る。
最初は不思議な感覚だった。海面に立つこと、艤装を稼働させること、全てが初体験であるのに何故か体が覚えているような、そんな感覚。
何度かターンをしてみたり、急停止してみたりして調子を確かめる。
『どうかしら、何か異常は見当たる?』
耳に付けた小型の無線機から七海の声が聞こえてくる。
「今のところは異常なしだよ、提督。もう少し奥まで進んでみる」
私の後ろで偵察機を飛ばしていた最上が返答しながら辺りを見回す。
その隣で電が不安そうにしていたので、私はそっと手を握ってあげた。嬉しそうに笑ってくれたので、そのまま手を引いて一緒に海面を滑る。
「金剛さん、楽しそうですね」
「まぁ、〝久しぶり〟の海だからね……」
電の言葉にそう返したけど、私がこうして海に立った回数は片手で数えるくらいしかない。〝久しぶり〟なんて言ったけど、本当は〝私〟にとってこうして艦隊を組むのは初めてだった。
そう……私は今から、戦場に向かうのだから。
◇◇◇
その通知が来たのは雷鳴が轟く雨の日だった。
ずぶ濡れになりながらも重要書類だから、と配達してくれた郵便屋さんにお礼を言い、封筒を受け取って執務室に向かう。
大型の封筒に記された住所からすると、どうやら別の鎮守府の提督からの書類らしい。
執務室で七海に書類を渡すと、彼女はすぐに中身を確認して、少し困ったように額に手をあてた。
「……困ったわね。思っていたよりも早く戻ってきたみたい」
「戻ってきた……というと?」
「私達が最近、練度を高めるために出撃してる南西諸島海域なんだけどね……。実は私みたいな新米提督に経験を積ませる場所として、ベテランの提督達が強い深海棲艦を別の海域に誘導してくれていたの」
「それは……初耳だね」
「まぁ、伝える程のことでもないと思っていたしね。……それで、この海域を偵察していた提督によると、どうやらエリート級の深海棲艦を何体か確認したそうよ」
エリート級……それは通常の深海棲艦よりも一段階強い個体を指す名称だ。
艦娘に近代化改修や改装、改造による〝改〟や〝改二〟があるように、深海棲艦にも強さの段階がある。
禍々しい赤のオーラを纏ったエリート級は通常の個体よりも凶暴で、更に砲撃そのものが段違いに強くなる。 硬度もより硬くなり、油断していると手痛いダメージを負わされる場合がある。
「エリート級が出現しただけなら大した問題じゃないわ。私達も練度は高まっているし、そもそも相手の数はそこまで多くはないもの。……ただ、エリート級がいるということはーーー」
「フラグシップ級の出現もあり得る……か」
「……ええ」
エリート級の更に上位に位置する個体……それがフラグシップ級と呼ばれる存在だ。
エリート級よりも巨大な金色のオーラを纏ったその深海棲艦達は数は少ないがエリート級とは比べものにならない強さを秘めている。駆逐艦であるのに戦艦並みの火力を叩き出したという報告もあるくらいだ。
だが、フラグシップ級の恐ろしい点はそこだけではない。この世界のフラグシップ級は高い知能を有していることが明らかになった。
ゲームではただ強いだけの敵だったのかもしれない。しかし、ここは現実だ。実際にエリート級以下の個体を統率し、的確な指示を出せるだけの知能があったという報告が何度もあるのである。
「エリート級がいるなら、付近にフラグシップ級が出現する可能性も十分にあり得るわ。それに、放置していればエリート級がフラグシップ級を呼び寄せる場合もあるのだから、タチが悪いわ」
「……これは、早急に対策が必要だね」
「そうね……フラグシップ級が現れる前にエリート級の排除を行うのが一番の方法でしょうね」
「……それじゃあ―――」
七海は私の目を見て小さく頷く。その瞳には既に覚悟の色が見えた。
「練度は高めたし、資材も充分集めた……私達もそろそろ次の段階へ進むべきだと思うの」
「……うん」
「だから、今回からは貴女にも動いてもらうわよ。……金剛!!」
「了解!!」
力強い七海の声に、私も敬礼を返す。
この鎮守府に配属されてから……いや、この世界に来てから、遂に私の出撃命令が下された瞬間だった。
◇◇◇
出撃メンバーは旗艦が私こと戦艦コンゴウで、残りは扶桑、最上、天龍、暁、電だ。このメンバーが一番練度が高く、経験が豊富であるという七海の考えであった。
実際に最初から改二となっている私を除いても、全員が既に改へと改装済みだ。
特に最上と扶桑は航空甲板を装備した航空巡洋艦と航空戦艦になっており、偵察や爆撃まで行える万能な能力を備えている。
「……敵影捕捉。重巡リ級が三体。エリート級の姿は見えないね」
水上偵察機を発艦させていた最上がこちらに視線を向けてくる。いつもなら迷わず戦闘を開始するところだが、今回の目的はエリート級の個体だ。意味のない戦闘は弾薬と燃料を無駄にしてしまう。
「今日は無視しよう。電ちゃん、気付かれないように迂回するルートはあるかな?」
「はい、あそこに見える島を迂回すれば見つからずに先に進めます」
電の指差す先に一つの小島があり、ちょうど深海棲艦から隠れつつこの海域を抜けられそうだ。迷わずそちらに向かうよう全員に指示を出す。
「……金剛さん。エリート級、見つかりませんね」
「もうすぐ日が落ちる時間よ。今日はもう引き返した方がいいんじゃないかしら?」
「……そうだね、そうしようか」
結局、幾つかのエリアを回ったがエリート級の姿は見当たらず、今回は帰投することになった。
しかし、いざ帰ろうと来たエリアを戻っていると、首の裏がムズムズする様な、なんとも言えない不快感を感じ始める。まるで何かを忘れているような、見落としているような……そんな感覚。
「…………」
「……金剛さん、どうかしたのです?」
「……いや、何だか妙な気配が―――」
首を傾げる電に辺りを見回しながら返事をしていると、暗くなってきた空に光る星の中に妙な光を見つけた。最初は航空機か何かだと思っていたが、どうやら違うようだ。真っ直ぐ移動していたかと思えば突然方向を変えて不規則に動き出し、何度か点滅を繰り返している。
あれは……ッ!?
「しまった、全員戦闘態勢!!艦載機を確認、発見されてる!!」
「……え!?」
「なんだと!?」
すぐさま全員が対空砲を上空の艦載機へと撃ち込む。
予想は当たっていたようで、空で複数の爆発を確認する。どうやら私達の行動は完全に読まれていたらしい。
次々と私達を囲むように電探に反応が現れる。どうやら電探に反応しない程かなり深い水深を移動していたようだ。対潜レーダーがなければ探知できない深度を移動できるのは潜水艦しかいない!!
「潜水艦だ!! 暁ちゃんと電ちゃん、天龍は対潜装備を、最上と扶桑さんは私と一緒に空母の相手を!!」
「了解!!」
「決して無茶はしないで、危なくなったらすぐに退いて!!」
「わかりました!!」
指示を出した後、すぐさま包囲網から脱出すべく各自がバラバラに散開する。
水中の反応もそれぞれを追うように散らばるが、天龍が咄嗟に私が妖精さんに開発を頼んでいた閃光弾とジャミング弾を水中へと撃ち込む。これは水中で爆発と同時に閃光と電磁波で潜水艦の〝目〟を一時的に潰すものだ。
天龍の咄嗟の判断に感謝しつつ、電探を最大まで稼働させる。既に暗くなった中では意味はあまりないかもしれないが、駄目押しで零式水上偵察機も発艦させる。
同時に無線機のスイッチを入れ七海に通信をつなげた。
「提督、深海棲艦と接触。これより戦闘に入ります!!」
『……了解。相手の規模は?』
「潜水カ級を五隻確認。恐らくこちらは全て通常の個体です。姿を確認していませんが索敵する艦載機を確認したので軽空母、又は空母もいるようです。ですが……」
『ええ、この暗い中で艦載機を飛ばせるなんて……もしかしたら―――』
私の考えと七海が想像していることは間違いなく同じだ。
艦娘も深海棲艦も、空母は夜戦になると艦載機を使えなくなる。だが、例外が存在するのだ。
「恐らく……フラグシップ級がいます」
そう、フラグシップ級の空母は夜間でも関係なく艦載機を飛ばしてくる。他にも〝例外〟の深海棲艦がいるのだが、まさかこの海域まで彼女達がやって来ることはないだろう。
電探に微かだが反応を捉えた。
私達の索敵範囲のギリギリから感じる微かな反応。それは先程から感じている正体不明の不快感そのものであり、認識した途端に強くなってきている。
間違いない……これは深海棲艦の気配。それも、とても強いものだ。
「最上、扶桑さん、敵の位置がわかった。ここから南南東の島の陰だ!!」
『『了解!!』』
三人で全速力で標的を目指す。急がなければ暁や電、天龍が危ない。私が旗艦になった以上、誰も沈ませなんかしない。絶対に全員が無事に帰投してみせる!!
最上と扶桑が私に合流し、お互いの顔を見て頷き合う。
「我、夜戦に突入す!!」
こうして、私の初めての戦闘は始まった。