とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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第0話 『男、二人、ゲーセン巡り』

 

 

 誰かのために生きる。

 

 そんなことを言った人間が、有史以来どれだけ存在したことだろうか。

 高潔な言葉に聞こえるだろう。それはどこまでも献身的で、道義に法ったモノであり、誰もが賞賛を惜しまない生き方だ。

 いや、この際もう生き方なんて言葉をすっ飛ばしてしまっても構わないだろう。ただ『誰かのため』。そんな言葉の中に感じる響きを、どう思うだろうか。

 

 単純にこの言葉だけを考察するのなら、非常に多岐にわたる解釈があげられる。

 たとえば具体的に何をするつもりなのか。発言の主によってその方向性、方針というものも大いに変化してくるだろうが、それにしても共通理解として、やはり誰かのためにと言う以上は具体的に他者の利益になる行動をとることになるのだろう。

 

 例えば、ある人はご老人に電車やバスで席を譲ると言う。

 例えば、ある人は友人の頼みは快く引き受けると言う。

 例えば、ある人は募金を積極的に行おうと言う。

 例えば、ある人はNGOに参加して直接恵まれない地域の人々を救いに行くと言う。

 

 どれも程度や手段は異なるが、立派に“誰かのために”なることだ。

 何ら恥じるところはない。世間一般では間違いなく“善”とされる心と、その表れである行為がそこには存在している。

 

 しかしここで純粋に思考実験としてこの言葉を考えてみると、不思議なことがわかる。

 つまり当たり前のように誰もが口にするだろう“誰かのための生き方”とは、乃ち“不特定多数の誰かのための生き方”ということになるのだ。

 

 このことから何が分かるか。

 乃ち、人は基本的に“身内以外の他人”に対しての献身を“善”と捉えると、そういうことであろう。

 身内に対しては献身して当然、などと極端なことを論ずるつもりはないが、儒教的な文化が大陸を通じて遥か昔から形を微妙に変えながらも根付いているからだろうか、とかく日本は身内に対しての認識が他国に対して大きく違った。

 身内に対しての親切、献身を『偉い』ではなく『当然』と評価する。これは字面だけ取るとひどく傲慢で理不尽なことのように思えるかもしれないが、日本の風土を紐解けば当然のことで、一概に非難するのも偏った見方だろう。

 

 ある男は言った、『一人でも多くの人を助けたい』。

 ある男は言った、『大切な一人を守りたい』。

 

 この二つの発言に、どれほどまでの違いがあろうか。

 優劣をつけることが、出来ようか。

 どちらも尊く、美しい。後者にしてみたところで、いくら儒学的な精神に染まった日本人だったとしても文句なしに尊さを認めるはずだ。

 

 けれど、どうするのだろうか。

 『一人でも多くの人』と『大切な一人』との利益が食い違った場合は。

 片方を犠牲にしなければ、片方を救えない場合は。

 本来ならばどちらも尊い二人の信念。しかし、手を取り合う可能性はない。二人がどちらも自分の救うべき人を、救うべき人達を譲ることが出来ないのならば、そこには争いが生まれる。

 

 仮に法が存在するならば、

 おそらく多数の利益を少数の利益が阻害することは、好まれない。あるいは状況によって、悪と断ずることもあるだろう。

 しかし二人の間では、そのようなことは関係ない。そこには信念と個人のぶつかり合いがあるのみ。

 

 ならば、きっと、その善悪の判断は、

 

 勝者にのみ、

 

 委ねられることになる。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

  

「―――暑ィ。いや、もう、暑ィつか、熱ィ」

 

 

 ジリジリと太陽が照りつける中、午後の麗らかな繁華街で一人の少年が、こんな天気の中では誰もが抱くだろう苛立ちを呟いた。

 街を歩けばすれ違う人々の五人に一人は同じようなことを呟くだろう。今年の夏は例年に比べても随分と暑く、熱中症などの病人が多い。行政も例年より厳重に指導を徹底している。

 

 

「なンだなンだよなンですかァこの暑さは?! 俺を灼き殺すつもりですかァ?! 太陽サマが人間サマ灼き殺そうだなンて一体なンの冗談なんですかよォ!」

 

「‥‥怒鳴ると血圧が上がって、もっと暑くなるとか思わないのかキミは。周りも変人見る目で見てるし、僕としては少し静かにして欲しいってことです」

 

「あークソ、余計な体力消耗した。だから俺ァ外は苦手なンだよ、似合わねェんだよ、出来れば日陰でのンびりしてたいんだよ‥‥」

 

 

 その服装は決して涼しげ、とは言い難いものであったが、それにしてもこれ以上脱ぐことはできないレベルなのは間違いなく、現状で暑さを凌ぐ手段も持ち合わせていないように見える。

 そも、このような日中に何の日差し対策もしないで外に出ることは乃ち熱中症を予期させるものであるが、それにしても出ずにはいられないのが若者ならではということであろうか。

 少年は帽子の一つもかぶらないままに、フラフラと人並み溢れる歩道を歩いていた。

 

 

「久しぶりに外に出るからって、調子に乗って能力を切るから悪いってことです。キミの能力だったら紫外線はおろか、余計な熱を遮ることだって簡単だろうに」

 

「あン? 分かってねェなァ、テメェは。そういうのは風情がねェって言ったじゃねェか。この殺人的な暑さを感じてこそ、わざわざ夏に外に出る意味っつうのがあンだろうがよォ」

 

 

 駅前の繁華街は、モノレールの高架に隠れないところはビルの陰ぐらいしか日陰がない。

 公園があるにはあるけれど、都市設計の問題か大規模な広葉樹を植えるわけにはいかなかったらしく、緑は目を楽しませる程度の役割しかなかった。

 ベンチや花壇の縁は学生達やカップル達の恰好の語らい場かもしれないが、こと今日この時間においては殺人的な日差しが降り注ぐ拷問椅子だ。

 いつもなら楽しげに街を闊歩している学生達も、どうやら今日は涼しい喫茶店やファーストフード店内へと避難しているらしい。

 

 

「つかそれを言うなら部屋でゲームしててもいいンだよ、別に。大体よォ、家ン中でゲームやるばっかじゃなくて、外を歩きたいっつったのはテメェだろォに」

 

「僕は家に籠もっているのは好きじゃないってことです」

 

「テメェはそうかもしれねェけどなァ‥‥」

 

「まぁ確かにキミの言う通りかもしれないけどさ。とはいえ横で延々弱音ばかり吐かれても困るってことです」

 

 

 歩道を行儀よく縦に並んで歩く二人は、それなりに個性的な顔がそろった街の中でも随分と異彩を放つペアだった。

 

 だるだる~と歩きながら弱音を吐いている少年は、本当に男なのかと疑うくらいに華奢で、細い体つきをしている。白髪と赤目という典型的なアルビノで、顔つきは凶悪の一言に尽きる。

 黒いTシャツには獣の牙か爪、目のような意匠が施され、ブランド物のジーンズをしっかりと履きこなしていた。貧弱すぎることを除けば、モデルのように余計な肉がない。

 

 もう一人は冴えない男だ。精悍で爽やかな好青年といった顔立ちをしているのだが、表情というものがなく、呆れたように笑いながらも目には感情の色がなかった。

 声には十分に抑揚があって、間違っても機械的ではない。しかし、軽い。軽薄なわけでもなく、不愉快なわけでもなく、ただ単純に声の質が軽いのだ。

 そして彼はこの暑いのに長い白衣を着こんでおり、白衣の下には多くの学校で夏服として採用される白いシャツと黒い学生ズボンを履いている。

 シャツの胸ポケットには、今は見えないが名門として有名な長点上機学園の校章が縫い付けられていて、装いは奇抜だがエリートであることを分かる人には悟らせるだろう。

 黒く短い髪の毛は無造作に後ろへ撫でつけられていて、灰色の瞳でぼんやりと目の前を文句たらたら歩く友人を見つめている。

 

 

「というか僕としては、あちらこちらのゲーセンを回るよりも一つのゲーセンを楽しみ尽くした方が良いと思うってことです。こうやって一つで満足しないで他のゲーセン探して歩き回るから、一々外に出て暑い思いをしなきゃいけないんだろう?」

 

「それこそ馬鹿かってンだ。一つのゲーセンでウダウダしてたとこで何が面白ェンだよ? この辺全部のゲーセンを制覇してこそ、ゲーセン巡りの楽しみってもンだろォが」

 

「レトロゲームの醍醐味ってのは、僕にはよく分からないってことです。大体こうして徒歩で探すっていうのも納得できないんだけどな。どうして携帯の検索機能を使わないんだ?」

 

「俺の携帯は通話とメールしか出来ねェンだよ。研究所から支給されたやつだからな」

 

「そいつは無精してるなぁ‥‥」

 

 

 近頃この辺りの学生の中では人気のクレープ屋や、CDショップを通り過ぎる。

 朝早くからこの珍妙な二人組は、この付近に幾つか点在しているゲームセンターを軒並み手当たり次第にハシゴしていた。

 主に標的は対戦ゲーム。オーソドックスな格闘ゲームから、ゾンビを射殺する射撃ゲーム、あるいはレースゲームなど、意外にも二人はかなりの種類のゲームに精通している。

 ‥‥問題としては決して神業と呼べるぐらいまで洗練された腕前ではないということだが、それでも有る程度の勝ち星が得られているのならば、少々の黒星は刺激というものだろう。

 学校をサボってゲームセンターに屯(たむろ)している連中の大体を相手取ったら、移動。また好き勝手遊び回る。そんなことを白髪の少年はやたらハイテンションで、白衣の青年は何処はかとなく呆れた様子で、それでもそれなりに楽しんでいた。

 

 

「しかしなぁ、さっきのでもう五軒目だぞ? そろそろ昼時だし、客も減る。一端休憩した方が良いんじゃないのか?」

 

「‥‥まァそれもそうか。俺でも腹減りまでは“反射”出来ねェし。手近なところでメシでも買って、静かな公園でも探して食うとすっか」

 

「そこまでして外に拘るか?」

 

「騒がしいのが嫌いなンだよ、面倒くせェ。‥‥しかし何を食うかね。ここンところファミレスで洋食ばっか食ってたし、和食ってのも捨てがてェな」

 

「僕はよく分からないが、せっかく外で食べると決めたんだから手軽な物が良いんじゃないかと思うってことです。確かホラ、この辺りにはファーストフードとかも多かっただろう?」

 

 

 購買者達は基本的に、安い商品を探している。

 特にこの辺りはかなりの広さに渡って学生街だ。そしてこれはさらに基本的なことだが、金持ちの学生なんぞ一握りだ。否、そんな奴は学生じゃねぇ。

 学生街では安くて量が多く、気っ風の良いおばちゃんおじさんが店主をやっているような定食屋、というイメージが多いだろうが、駅前の繁華街ではやはりチェーン店が持て囃される。

 特に日本でも全国的に巨大なシェアを我が物としている某ハンバーガーチェーンなどは、ファストフードの代表店と呼べるだろう。

 駅前の一等地を狭いながらも当然のような顔をして占拠しているその店に、白衣の青年の発言に釣られた白髪の少年は自然と視線が吸い寄せられた。

 

 

「‥‥『ナツいアツを乗り切ろう! 南国の香り、新作トロピカルバーガー! 今ならセットで四百九十円!』、か」

 

「なんだい、その無性に背筋が寒くなる煽り文句は?」

 

「さァな。‥‥砂糖漬けの輪切りパイナップルとハンバーグ、あとサニーレタスってところか。へェ、このぶっ飛んだアイデア気に入ったぜ。買ってやろうじゃねェか」

 

「‥‥正気か?」

 

 

 店の正面にはパッと見た感じ一畳よりは一回り大きい布の看板が垂れ下がり、そこには新商品を一押しする文句と写真が並べられている。

 どうやらこの夏、本社が自信を持って送り出した新商品は白髪の少年が今まさに口にした『トロピカルバーガー』らしい。

 

 普通のハンバーガーに使われているバンズよりも分厚い特性のバンズには、ことさら分厚く存在感を主張する砂糖漬けの真っ黄色な輪切りパイナップル。そしてそれと一緒に普通のハンバーガーに使われているのと同じハンバーグと、色も鮮やかに緑なサニーレタスが彩りを添えている。

 見た目自体は、悪くない。実際に何処ぞの某ピザ配達チェーン店ではパイナップルを主役にしたピザを販売したりしているし、肉を柔らかくするからと酢豚にパイナップルを入れる主婦の方々も少なくはない。

 

 しかし、ハンバーガーである。

 さらに言うなら、一緒に挟まれているのは普通のハンバーグである。写真で見ると豪華だが、実際に食べてみると残念過ぎる分厚さ‥‥もとい分薄さのピラピラ牛肉だ。

 ちなみに使っているソースは『ハワイアンソース』らしい。ハワイアンでフルーティでホットサマーな味が楽しめるそうだが、さっぱりちっとも分からない。

 これに手を出すのは相当の強者、あるいは馬鹿、あるいは博打野郎だけだ。

 

 

「いや、でも気になンだろ『トロピカルバーガー』? だってトロピカルなんだぜ、南国だぜ? 南国って言ったらテメェそりゃハワイとかグアムとかサイパンとかそっちだろ?」

 

「まぁ、多分」

 

「さっぱり特産品が分かンねェじゃねェか! そこに痺れるねェ、憧れるねェ! こりゃ俺が直々に味を確かめてやンねェといけねェなァ!」

 

「‥‥それなりに深く付き合ってきたつもりだけど、僕にはキミのそういうところはさっぱり分からないってことです」

 

 

 やはり暑さで頭でもやられたか、と白衣の青年は先程よりも更に呆れた視線を白髪の少年に向けた。

 それなりに前に知り合った友人は、怪我はおろか病気や体調不良にも―――除く不機嫌および低血圧―――縁がないが、確か自分の知る限り、この暑さで能力をOFFにしたのは今日が初めてである。

 先程は偉そうに夏の楽しみ方について白衣の青年に講釈を垂れていたが、今までは能力を使って快適に外歩きを楽しんでいたのだ。

 

 

「よし、ちょっと買ってくるからよォ、そこら辺で待ってろ。なンなら公園を探しててくれてもいいぜ?」

 

「悪いけど御免被るよ、それこそ面倒ってことです。適当にブラブラしてるよ、買い物が終わったら僕の方から探しに行くから、そっちもこの辺りをブラブラしててくれ」

 

「おゥ」

 

 

 やはり暑いのが堪えているのかフラフラと、それでも何処はかとなく楽しそうに歩いていく白髪の少年の背中を見送りながら、こちらも何処はかとなく嬉しげな吐息をついた。

 日差しは相変わらず殺人的な光量と熱量で彼を照らし続けるが、幸いなのか不幸なのか、彼はこの手の感覚には縁がない。

 ただ流れる風景を目に収め、風と人々の声を耳に入れ、無表情に立ちつくすのみである。

 

 

「‥‥さて、昼時はとっくに過ぎてるけど三時のおやつの時間だし、店が混んでたら時間もかかるかな。ちょっとブラブラしてこようか」

 

 

 フワリと白衣を翻す彼を追う視線は、不思議なことに近くを通り過ぎる幾人かだけだった。

 驚く程に、存在感が薄くなっている。それは何かの能力、なんてもんどえは当然ない。ただ、彼という人間の持つ雰囲気が、先程まで友人といた時と比べて、薄くなってしまっているのだ。

  

 

「まぁ、今日も学園都市は平和ってことですよ、みんな‥‥」

 

 

 人混みで溢れた交差点でやけに大きく響いた独り言は、それでも誰の耳に届くこともなく、風に乗って、何処ぞ誰も知らない場所へと、飛んでいった。

 一体その呟きがだれに届いたのか。当然ながら知るのは、呟きを放った当人と、受け取った誰かだけである。

 

 

 

 

 

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