とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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第9話 『強盗、少年、天衣無縫』

 

 

 

「おい急げ! 早いとこ退散しねぇと風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が来るぞ!」

 

 

 長閑な初夏の放課後。学園都市でも最大級の敷地面積を誇る第七学区の公園通りで、いつも通りの午後の風景を脅かす事件が発生していた。

 普段ならば学生たちに向けて預金の引き出しやローンの取引などをしている大手の某銀行が、今日に限って完全に営業を停止している。

 それどころか閉店を表す降りたシャッターは中心から大きく外側に向けてひしゃげ、爆発したかのような焦げ跡と、今もなお僅かながらも火が点いた破片が撒き散らされたままだ。

 

 

「へっへっへ、まさかここまで簡単にいくとはなぁ‥‥。お前の能力のおかげだぜ」

 

「無駄口叩くな、時間は無ぇぞ! 今ここで風紀委員(ジャッジメント)やら警備員(アンチスキル)やらに見つかったら終わりだぜ?!」

 

「大丈夫ですよ、車は用意してあるし、乗り捨てちまえば後は簡単に見つかりゃしません。とにかく早くずらからねぇとお縄で―――」

 

「―――お待ちなさい、そこの三人!」

 

 

 銀行から出てきた三人が、口々に勝手なことを言う。この暑い盛りに揃って黒い革ジャンを着込み、口元をスカーフで隠している。

 両手に持ったバッグにはパンパンに札束が詰め込まれており、風体と状況から見て、明らかに銀行強盗そのものであった。

 口元が隠されているためにしっかりと風貌を確かめることはできないが、大柄な男が混じっている割に全体的に若く見える。もっとも、学園都市は八割近くが学生であるから、仮に銀行強盗だとしても犯人が学生であるのは不思議ではないのだが。

 

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの! 器物損壊および強盗の現行犯で拘束します!」

 

 

 多少強引な方法ではあるが、とりあえず何とか強盗を終えて逃走を図る三人の前に、一人の少女が現れた。

 強能力者(レベル3)以上の高位能力者しかいない名門校である常盤台中学の制服を纏い、栗色の髪の毛を波打った特徴的なツインテールに結び、小柄ながら袖につけた風紀委員(ジャッジメント)の腕章を誇示して精一杯に威圧している。

 もちろん常盤台の制服を着ている以上は、彼女もまた強能力者(レベル3)以上の高位能力者であることは間違いないのだが、いかんせん中学生、しかも下手すれば小学校から上がったばかりと見える少女では迫力はない。

 それは銀行強盗の三人組にしても同じであった。いくら風紀委員(ジャッジメント)の腕章があっても、ここまで小さな女の子が相手で恐ろしいなんてことはなかろう。

 

 

「「「‥‥‥‥」」」

 

「‥‥?」

 

「「「ぶははははははははは!!!!」」」

 

 

 風紀委員(ジャッジメント)の少女、白井黒子は強盗三人組の嘲笑を受けてポカンと立ち尽くす。

 今までも外見から実力を低く見積もられることは多々あったが、ここまであからさまに、しかもこの状況で侮られるとは予想外であった。

 

 

「おいおい風紀委員(ジャッジメント)も人手不足かぁ?」

 

「こんなお嬢ちゃんが風紀委員(ジャッジメント)なんて、何の冗談だ?」

 

「ごっこ遊びも楽しいかもしれないけど、あんまりお痛が過ぎると怪我しちゃうぜぇ?」

 

 

 ‥‥風紀委員(ジャッジメント)になるのにどれだけの訓練が必要だと思っているのだろうか。そりゃ専門職としてコンピューター関連の技術を持っている初春などは別だが、黒子はしっかりと訓練を受けている。

 この訓練、やり方さえ工夫すれば無能力者(レベル0)でも能力者を捕縛できるようにみっちりと捕縛術を仕込まれるのだから、基本的に風紀委員(ジャッジメント)はやたらと強い。

 そもそも能力者同士の戦闘術というものは厳密に確立しているわけではないのだから、風紀委員(ジャッジメント)もやりやすいのだ。

 

 

「‥‥舐められたものですわね。相手の能力も強度(レベル)も把握しない内によくもそんな大口を叩けたものですの」

 

「ハッ、舐めてんのはどっちだ? こっちは三人、お嬢ちゃんは一人で三対一。勝ち目なんて―――」

 

「―――なら三対三の互角(イーヴン)ってことです」

 

「調子乗ってンじゃねェぞ、三下が」

 

「‥‥は?」

 

 

 女子中学生相手に大人げなく凄む強盗三人の前に、二人の男が現れた。

 背の高い、生気のない灰色の瞳を持った白衣の青年と、険しいをはるかに超えてもはや凶悪な目つきをした白髪の少年。

 どちらもこの場所にはあまりに不釣り合いであり、あまりにも異質。あるいは唐突な出現に、強盗は三人とも先ほどの黒子同様、ポカンと口を開いて立ち尽くした。

 

 

「な、何をしに来ましたの二人とも?! 治安維持は私たち風紀委員(ジャッジメント)の仕事ですのよ?!」

 

「煩ェなァ、俺達は俺達のケンカをしに来ただけだ。引っ込ンでな、ツインテ」

 

「ま、また人を属性で大雑把にに括って! どんなに強度(レベル)が高くても一般生徒が無闇やたらに能力を振るうのは立派な学則違反ですのよ?!

 風紀委員(ジャッジメント)として、そのような無法は許す訳にはいきませんの。ここは大人しく退いて下さいませ!」

 

 

 少なくとも窮地に陥ったお姫様(ヒロイン)を助け出しに颯爽と登場とした勇者様(ヒーロー)には見えない。

 むしろ印象としては、火事場泥棒に近かった。片や暑い日中に白衣の変態。片や人殺しの目つきをした小柄の少年である。

 

 

「だから煩ェっつってンだろォが。他人のケンカに首突っ込ンでンじゃねェよ、お節介女」

 

「‥‥いつの間にか私が邪魔者みたいになってますの。トンデモないお方ですわ、この超能力者(レベル5)

 

 

 常識的に考えて正当化されるべきは風紀委員(ジャッジメント)としての職務をしっかりとこなしている自分のはずなのに、何故かこっちの方が首を突っ込んでいるかのように言われている。

 もしかして超能力者(レベル5)の人達は自分達普通の人間とは感性が違うんだろうか。

 なんというか若干、敬愛するお姉さまの感性というものも不安になって来た。それだけでも十分損害賠償に値する。

 

 

「っつゥわけで、有り難くも俺達が相手してやンよ。泣いて喜べ、三下共」

 

「‥‥まぁ確実に涙を流す羽目にはなるだろうってことです。喜びの涙とは、限らないだろうけどね」

 

 

 ずずい、と二人が前に出る。自信満々なその態度に、強盗達は揃って顔を見合わせた。

 正直、この二人組をどう評価すればいいのか分からない。判断に苦しむ。

 どこからどう見てもカタギの人間には見えず、だからこそ実力を図りかねる。少なくとも女の子が可哀想だから、カッコつけたいから、という人種からは外れるだろう。

 

 だが同時に、外見から判断できる要素も多い。

 白衣の青年の方は上背こそあるが、ひょろひょろとしていて力など無さそうだし、少年の方はといえば下手すれば女子よりも非力ではなかろうか。

 もちろん学園都市で若者といえば、当然のように能力開発は受けているだろう。しかし、その大多数は無能力者(レベル0)弱能力者(レベル1)が占める。

 油断して潰されてしまうのは本末転倒だが、慎重に行動し過ぎても損をする。勘違いされやすいが、学園都市では強能力者(レベル3)の段階で十分以上にエリート。大学受験にたとえるならば、なれば外の世界における上位国立大学合格者ぐらいのランクなのだ。

 

 

「‥‥おぅ小僧共。もしヒーロー気取りなら痛い目見るからやめときな。そう簡単に漫画みたいにいくわけじゃねぇんだぞ?」

 

「そうだそうだ、痛い思いはしたくねぇだろ? おとなしくお家に帰って晩飯食ったら寝ちまいな!」

 

「‥‥三下共が、好き勝手言ってくれンじゃねェか」

 

「自分の実力と相手の実力、見誤るようだと長生きできないってことです」

 

「んだとテメェら?! 舐めてやがんのかっ!」

 

「舐めてンのはどっちだよ、クソ共。俺を誰だと思ってンだ? テメェら落ちこぼれ風情が適う相手じゃねェんだよ。さっさとケツ振って逃げ出しな、負け犬野郎が」

 

 

 ミシリ、と強盗三人組のこめかみの血管が悲鳴を上げる。

 無能力者(レベル0)やら能力者やらが混じった三人組であるが、腕っ節にはそれなり以上の自信がある。そうでなければ風紀委員(ジャッジメント)やら警備員(アンチスキル)やらと鉢合わせする可能性が高い銀行強盗なんてするつもりはない。

 いくら能力者である可能性が高いとはいえ、クソガキにここまで馬鹿にされちゃ黙っていられない。プライドだって、それなりにある。

 

 

「こっちが下手に出てやってるからって調子に乗りやがって‥‥! お望み通り痛い目に遭わせてやるよ、このクソガキがぁぁぁ!!」

 

 

 遂に耐えられなくなったのか、三人組の中で最も大柄な男が一方通行(アクセラレータ)に向かって走り出す。

 優に身長百八十センチを超え、体重百キロに達するだろうという巨体。対して中学生ぐらいの体格しか持たない一方通行(アクセラレータ)

 そして意外にも俊敏な巨男は既にそのハンマーのような右腕を白髪の少年へ降り下ろそうとしている。

 

 

「あ、危ないっ!!」

 

 

 あまりにも惨い結末を想像し、庇うには一歩出遅れた黒子が悲鳴を上げた。

 学園都市序列第一位という彼の位階は知っている。だが、常識的に考えて目の前の光景は十分悲鳴をあげるに値するだろう。

 咄嗟に動こうとするも、間に合わない。空間移動(テレポート)を行うには両者の距離が近すぎる。

 刹那の内の判断を行う間に、虚しくも大男の拳は一方通行(アクセラレータ)へと振り下ろされ―――

 

 

「―――ああ、そういう手で来ますか。それじゃつまらないな、一瞬ってことです」

 

 

 ゴシャッ、という肉と骨が砕ける音と、無音の驚愕。

 たったの二人を除いた誰もが予想した、限りなく百パーセントに近い想像は、覆されたがためにその者達に思考の空白を強制する。

 

 

「―――が、がかぁぁぁぁ?! 俺の、俺の腕が‥‥ぁ‥‥?!!」

 

 

 能力の発動を許さない奇襲と速攻。

 相手が能力者で、なおかつ能力が判明していない状況ならば決して悪手ではない。むしろセオリー通りだろう。

 しかし今回ばかりは、相手が悪かった。

 

 

「て、てめぇ一体なにしやがった‥‥ッ?!」

 

「あン? 別になンもしてねェよ。テメェが勝手にぶン殴って来て、勝手に怪我しやがっただけじゃねェか。みっともねェなァ、他人様に責任押し付けようなンて」

 

 

 何をしたというのだろうか、黒子は目を見開いていた。

 何をしたようにも見えない。一方通行(アクセラレータ)の言うとおり、ただ勝手に大男が彼に殴りかかり、ただ勝手に同じぐらいの勢いで弾かれた。

 だがしかし、同時にその様はあまりにも不自然。あまりに理解できない痛みに捲った袖から見える大男の右腕は、過度の負荷をかけられたかのようにひしゃげてしまっている。

 

 

「なンだなンだよなンですかァ? 大口叩いた割に無能力者(レベル0)とか、一体なンの冗談だよ?

 つまンねェ、そンなンじゃ全然楽しめねェぞ三下ァ! こいつァとンだハズレくじだぜ、失望だ」

 

「ぐ‥‥ぅ‥‥?!」

 

「おらどうしたよ、それで終わりか? そンな調子じゃアッー!という間に殺しちまうぞ木偶の坊がァ!」

 

「‥‥な、舐めやがって、この野郎ぉぉぉ!!!」

 

 

 衝撃か何かで肩まで外れてしまっているのだろうか、完全に動かないらしい右腕をぶら下げ、大男は一方通行(アクセラレータ)に飛びかかる。

 何故かは分からないが、殴ってしまえば自分が怪我をする。ならば相手は棒みたいな少年、残っている左手でもひっ掴んでアスファルトに向かって投げ殺してやればいい。

 

「‥‥く、くそ! くそ! くそ! な、なんだコイツ、触れねぇ?!」

 

「おィおィ、そりゃ悪手だろ三下。まァ知らねェなら無理はねェけどよォ、俺に触れる奴なンてこの世に一人いるかどうか‥‥」

 

「ぎ、ぎやぁぁぁ?!!」

 

 

 掴もうと必死に手を動かす大男の左手を、一方通行(アクセラレータ)が右手で掴み返す。

 たったそれだけで、さして力を込めていないだろう真っ白な右手に、大男は万力で締め付けられたような悲鳴を上げた。

 

 

「‥‥ちっ、失敗したな、ハズレだコイツ。せめて景気良く‥‥吹っ飛びなァ!!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ?!!!」

 

 

 痛みに耐えかねて前屈みになった大男の腹目掛けて膝蹴りを一発。続けて一歩離れ、豪快にくるりと後ろ回し蹴り。

 たったそれだけで、一体どういう力が働いたのだろうか。軽く倍、あるいは三倍ほども体重差があるだろう大男は、まるで弾丸のように吹き飛ばされて銀行の壁面に突き刺さった。

 

 

「こ、この野郎?!」

 

「おっと、君の相手は僕ってことです」

 

 

 短く針金のような髪の毛を立たせた男が仇を討とうと一歩踏み出すが、その前にカガリが立ちふさがる。

 ゆらり、と体重を感じさせない動きをする白衣の男は、一方通行(アクセラレータ)以上に得体が知れない。

 だが仲間の一人をやられてしまった今、男にも退くという選択肢は存在しなかった。

 

 

「‥‥へっ、あの野郎もお前もどんな能力持ってるか知らねぇが、俺だってなぁ‥‥!」

 

 

 突き出した右掌に、集まる炎。いや、それは自然界に発生する炎ではなく、明らかな敵意を含んだ、人の生み出す焔だ。

 その高温は能力者である男にこそ熱く感じることはないが、物理法則に従って生まれた弱い上昇気流は男の髪の毛を僅かに揺らす。

 

 

発火能力者(パイロキネシスト)。その焔の威力から見て強能力者(レベル3)か、あるいは大能力者(レベル4)か‥‥」

 

「悪いが容赦はしねぇ、仲間を傷つけられたからな。レアかミディアムかウェルダンか、焼き加減ぐらいは選ばせてやるぜ?」

 

「強盗犯が一丁前によく吠える 。‥‥ふむ、僕は料理のことはよくわかんないから、シェフのお勧めでよろしくってことです」

 

「そうかよ。じゃあウェルダンで決定だッ!!」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)を前に敗北した大男の二の舞を警戒しているのだろう。男はその場からさらに大きく一歩飛び退ると、右掌に生み出した焔を突っ立ったままのカガリへと投げつけた。

 質量が固体に比べて圧倒的に小さい焔の玉は、大リーガーの投げるボール並の速さでカガリに迫る。

 

 

「‥‥ハッ、なンだアイツもハズレじゃねェか」

 

 

 男の掌から放れた火球は見る見るうちに大きくなり、ビーチバレーなどにつかうかなり大きなボールよりも大きくなって、カガリの顔面に着弾した。

 着弾と同時に解け、弾ける。顔面だけではなく上半身全体を多い尽くす業火。とても人間に耐えられるものではない。

 先ほどと同じく黒子は口の中で悲鳴を押し殺すが、直後、一方通行(アクセラレータ)の不釣り合いなぐらいにのんびりとした声が辺りに響いた。

 

 

「何ボーっとしてやがンだよ、悪趣味だなテメェは」

 

「‥‥必要以上に痛ぶるキミ程じゃないってことです」

 

 

 ありえない。

 胸どころか腰から上を眩しいくらいの焔に包まれながらも平然と喋り始めるカガリに、黒子は目を見開いた。

 そしてそれは強盗犯の男も、また同じく。

 

 

「う、嘘だ、なんで生きてられる‥‥?!」

 

「生憎と僕も発火能力者(パイロキネシスト)でね。焔の類は効かないんだ。ご愁傷様ってことです」

 

「不可能だ! そりゃ電撃使い(エレクトロハンド)にスタンガンが効かないとかは聞いたことがあるが、発火能力者(パイロキネシスト)が火傷しねぇなんて幻想(ファンタジー)だ!」

 

 

 火傷や、温度による細胞の死。

 基本的に電撃使い(エレクトロハンド)水流操作能力者(ハイドロハンド)発火能力者(パイロキネシスト)空力使い(エアロハンド)などは念動力者(サイコキネシスト)の亜流である。

 特に発火能力者(パイロキネシスト)は原則として空気分子の動きを制御することを基盤に、発火現象を起こしていると考えられていた。

 空気分子に影響を及ぼし、発火させる。そこには『炎を自在に操作する』というニュアンスは含まれないし、当然ながら人体の構造上、火傷や火ぶくれなどの直接的に炎から受けるダメージならともかく、酸素が無くても生きられるなんてトンデモな副作用は備わっていない。

 

 

「‥‥まぁ、小細工してるからね。勿論どうやってるかまで、詳しく教える義理はないってことです」

 

「く、くそっ!!」

 

 

 上半身を包んでいた炎を振り払い、現れたのは完全に無傷な姿。白衣すら、焦げていない。

 強能力者(レベル3)は、大能力者(レベル4)は決して生半可な存在ではない。その自分の能力が、全く効いていない。これがどれだけ絶望的なことか。

 

 

(‥‥服も焦げてない? 私だってさすがにスタンガン押しつけられたら熱で軽い火傷ぐらいはするわよ?)

 

 

 乱入した二人が押しも押されぬ超能力者(レベル5)であることを知る美琴は、その戦闘‥‥というにはあまりにも可哀想なリンチの様子を少し遠くからクレープ片手に観戦していた。

 二人がどんな能力者だ、というのは流石に情報を持っていなかったが、それにしても超能力者(レベル5)である。

 超能力者(レベル5)とは、他の強度(レベル)とは隔絶した存在なのだ。大能力者(レベル4)強能力者(レベル3)とを比べるのとは話が違うん。

 その学園都市の頂点たる超能力者(レベル5)が、何の間違いであっても負けるなんてことにはならないだろう。そういった確信があった。

 

 

(にしてもアレは非常識よね‥‥。一方通行(アクセラレータ)の能力もわけが分からなかったけど、

こっちも同じくらいトンデモよ。

 ホントに発火能力者(パイロキネシスト)なのかしら? どっちかっていうと念動力者(サイコキネシスト)って言われた方がまだ納得できるっての)

 

 

 先程も述べたが、仮に発火能力者(パイロキネシスト)が焔によってダメージを追わない特質を獲得していたとしても、まさか酸素が無くても活動できるなんて化け物ではないだろう。

 しかしさっきのカガリは、上半身を完全に焔に包まれてしまっていた。それこそ呼吸に必要な大気どころか、肺の中の空気すら燃やし尽くされてしまうほどの。

 そんな状態では呼吸なんて出来ない。ならば何かしらの方法で焔を防いでいたということになる。

 

 

(‥‥念動力者 (サイコキネシスト)なら、防壁みたいなものを作って防ぐこともできるわよね。空力使い(エアロハンド)も空気の流れで焔を自分まで届かせないぐらいはやるだろうし。

 もしかして焔の上昇気流で同じことをした? ‥‥いや無いわ、だとしたらああやって焔に包まれるんじゃなくてt、消し飛んだり不自然に流れたりしているはず。

 だとしたら一体どうやって‥‥?)

 

 

 思考に耽る間にも戦闘は続いている。否、先に感じた通り、もはやそれは戦闘と称するものではなかった。

 強盗犯の男は自分が攻撃に晒されないように、格闘技でよく見る小刻みなステップを刻みながら、最初に放ったような火球を大小緩急つけて放っている。

 が、それも最初と同じく無意味。ただボーっと突っ立っているに過ぎないカガリは全ての火球に直撃しているが、まるで僅かの熱すら感じないとでもいうのか、平然と直立したままだ。

 

 

「くそ、くそっ、くそぉっ! なんで効かねぇんだよぉっ?!」

 

「残念だけど相手が悪かったってことです。こと、その手の攻撃が効いた試しがないんだ、僕は。

 キミが相手にしているのは学園都市最強の発火能力者(パイロキネシスト)だよ? それに、これでも絶対無敵の看板は降ろしたことが無いんでね。‥‥そろそろ飽きたし、お終いにしようか」

 

「‥‥ひっ?!」

 

 

 今まで動きがなかったカガリが、ゆらりと一歩前に出る。

 自分の攻撃が一切効かなかった得体の知れない能力者。そいつが始めて攻撃体勢に移る。自分に危害を加えようとする。それがどれだけ、恐ろしいことか。

 男はそれに、死のイメージすら抱いただろう。最初の威勢はどこへいったやら、無様に背を向けると、何時の間にかいなくなっていたもう一人の仲間を気にすることすらなく、がむしゃらに逃走を開始した。

 

 

「―――逃げるのかい? せめて最後の抵抗ぐらい

は期待してたってことです」

 

「うわぁぁぁっ?!!」

 

 

 その次の瞬間、目の前に現れる白衣の男。

 黒子は我が目を疑った。瞬きの瞬間、刹那の間にカガリは数メートルとはいえ移動の軌跡も見せず動いてみせたのだ。

 もちろん空間移動(テレポート)特有の空気を裂く音はしなかった。だというのに、空間移動(テレポート)としか思えない瞬間移動。困惑するに足る現象である。

 

 

「キミの焔はインパクトに欠けるってことです。発火能力者(パイロキネシスト)なら、このぐらいはやらなきゃ‥‥ねッ!」

 

「―――ッ?!」

 

  

 閃光、そして轟音。

 その後にやっと、それらはカガリが翳した両掌から生み出された焔が生み出したものだと知る。

 

 男が放った火球などとは話にならない、轟火。掌というわずかに十センチ四方強×2から放たれたものとは思えない、焔の津波。

 至近距離から放たれたそれは発火能力者(パイロキネシスト)の男の全身を直撃。まるで本物の津波に巻き込まれたかのように、悲鳴すら飲み込んで打ち据える。

 

 

「‥‥立派な公開処刑ですの」

 

 

 驚くべき事に、男は一切の火傷を負うことなく、しかし火焔の津波に押し流され、強かに全身を近くのビルの壁へと打ち付けて見事に気絶していた。

 打ち身や脳震盪はあるだろうが、命にまで別状はあるまい。制圧方法としては乱暴だが、理にはかなっている。

 

 

「‥‥一体どういう手品よ、火傷もしないなんて常識の範疇外じゃない」

 

「それを教える義務はないってことです、御坂美琴サン。キミも超能力者(レベル5)なら自分で頭使って考えて欲しいな」

 

「もちろん、そのつもりではあるけどね」

 

 

 離れて観戦していた身事が、ゆっくりとクレープを食べ終えて近づいてきた。

 後詰めをする気すらなかったらしい。万が一にすら備えないとは、大分良い、もとい太い神経をしている。

 

 

「‥‥おゥ、もう一人はどうしたよツインテ。ありゃテメェの獲物だぜ?」

 

「はっ! そういえば‥‥?!」

 

 

 呆然と戦闘を観察していた黒子が、一方通行(アクセラレータ)の言葉にハッと気を取り直して辺りを見回す。

 突っかかってきた二人組ばかり目立っていたが、そういえば確かに強盗犯は三人組であった。

 

 

「黒子! あそこ!」

 

「あれは‥‥佐天さん?!」

 

 

 美琴が指差した先に、全員の視線が向かう。

 そこには逃がした最後の一人の強盗犯と、その男に腕を掴まれた小学校低学年以下と見える子どもが一人。そして、その子どもをしっかりと抱きしめて、引き剥がそうとしている佐天がいた。

 おそらくは人質にでも取ろうとしたのだろうか、その光景に瞬間、黒子と美琴の頭が沸騰する。

 

 

「いい加減離せよクソガキィ!」

 

「離すわけないでしょjk! 子ども人質にするなんて、脳天お花畑か、この腐れDQNッ!」

 

 

 乾坤一擲、渾身の力と体重で子どもを男から引き剥がした。

 

 

「早く逃げて! さぁ!」

 

 

 すぐさまその子の背中を転ばせてしまうぐらい強く押し、走らせる。

 佐天の必死な瞳に、恐怖を力に変えて子どもはすぐさま近くに停まっていたバスの方へと駆け出した。

 そちらの方にはバスガイドらしき制服を着た女性の姿が見える。どうやらバスツアーに参加していた子どもらしい。

 

 

「て、てめぇよくも‥‥! こうなったらお前を人質にして逃げ切ってやらぁ!」

 

「佐天さん、危ないっ!」

 

 

 顔を庇うように上げた佐天の腕に手をのばす。

 その様子を見て、美琴が叫び、すぐさま黒子が空間移動(テレポート)のための演算を高速で開始した。

 

 

「甘‥‥い!」

 

 

 が、予想もつかないことに、最初に動いたのは危機に陥っていたはずの佐天だった。

 

 掴まれた右腕を支点に、肘を大きく上に掲げて体を入れ替え、空いている左手で男の手の甲を掴む。

 降ろした右肘はちょうど相手の腕の内側だ。器用にそれをつかって、男の腕をまるでアルファベットのSの字のように曲げてやると、そのまま手首をロック、自分の体を沈みこませるようにしながら左足に体重を移動、相手を引きずりこんだ。

 

 

「ぎ、ぎぃやぁぁああ?!!」

 

「「「「―――ッ?!」」」」

 

 

 瞬間、走る激痛。

 見事に手首の急所を極められ、男はみっともなく悲鳴を上げると堪らず自然に膝をつく。

 すかさず佐天は露になった後頭部、頚椎めがけて左拳で、ハンマーのような拳鎚打ちを見舞い、綺麗に男の意識をはるか彼方へと飛ばした。

 

 

「‥‥あ、終わっちゃってましたか。よりによって佐天さんに手を出すなんて、不幸な犯人さんですねー」

 

「おぉ初春、これって正当防衛よね? ちょっと加減効かなかったから不安なんだけど」

 

「問題ないですよ、むしろ協力ありがとうございました」

 

「‥‥え? え? どういうこと?」

 

 

 漸く警備員(アンチスキル)に連絡がついたらしい初春が、ひょっこりと安全な場所から姿を現した。

 さも当たり前のように佐天の鮮やかな手並みを受け止めているが、やっとこさ追いついた美琴や黒子は困惑しっ放しである。

 

 

「あぁ、私ちょっと健康のために少林寺拳法習ってるんですよね。子どものころから、ずっと。

 やっぱり家に篭ってパソコンばっか眺めてると不健康ですし。初春もやればいいのにって、いっつも言ってるんですけどねー」

 

「私は佐天さんと違って似非インドア派じゃないんです。物理的な暴力よりも精神的な暴力の方が好きですし‥‥」

 

「やだなー、暴力じゃないよ。あくまで護身術だってば、護身術」

 

「『知ってる初春? 少林寺拳法ってね、金的、目打ちアリなんだよ。へっへっへ‥‥』とか言ってる人の言葉なんて信用できません」

 

 

 軽くパフォーマンスとしてシャドーボクシングのようなことをしてみせる佐天の拳からは、ヒュンヒュンと鋭く空気を斬り裂く音がする。

 とてもじゃないが数年程度の修行で身に付くスピードではない。下手すりゃ十年近い修行をしているのではあるまいか。

 あんまりにもあんまりな決着に、急いで駆け付けた二人は肩を落として溜息をついた。

 

 

「結局私の取り分、というか出番は無しですの‥‥ってハッ! あのお二方たはいずこへ?!」

 

「あ、そういえば‥‥。さっきまでは確かに一緒にいたような」

 

 

警備員(アンチスキル)の先生に、また上手いこと処理してもらうしかないですかねぇ‥‥」

 

「そんな都合の良いことが、何度も通用するもんですか! ‥‥あぁ、胃が、胃が痛い‥‥」

 

 

 実は件の二人、一方通行(アクセラレータ)の方は彼ご自慢のベクトル操作で、カガリの方はその不可思議な能力で一気に飛び上がり、はるか上空、ビルの上へと逃げていた。

 一瞬のうちに数十メートル上空へと移動されては、流石に黒子とて追いきれない。そもそもそんなところへ逃げているなんて思わないだろう。

 

 ちなみにさして高くないビルだったから、屋上から道路は丸見えである。

 よって怒りのあまり地団駄を踏む黒子の様子はしっかりと二人に見られており、良い笑いモノにされていたわけであるが‥‥。

 

 それを考えると今回の最大の被害者は、

 めちゃくちゃに施設を破壊されてしまった銀行でもなく、過剰防衛に晒された強盗達でもなく、当然のように好き勝手暴れた超能力者(レベル5)二人でもなく。

 

 ここまで現場をしっちゃかめっちゃかにかき回され、ついでに後始末までやらされることになった、

 敏腕風紀委員(ジャッジメント)、白井黒子なのかもしれない。

 

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