とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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第11話 『焔、電撃、交叉衝突』

 

 

 

 第七学区を走る大きな川。地図には名前があるだろうが、この川をジョギングや部活動の練習などで使う学生たちは、ただ「川」とだけ呼んでいる。

 朝や昼間にはジョギングをする大人や部活動の外練の場として使う学生たち、あるいは放課後に緑が恋しくなってフラリとやって来る人達で賑わう河川敷も、完全下校時刻を過ぎた今となっては人気も無い。

 ごく稀にませたカップルなどが夜のデートに洒落こもうと訪れることもあるが、今日は普通に平日であるからか、魚が跳ねる水音とビル風しか聞こえなかった。

 

 そんな静かな河川敷に、今夜に限って不穏な気配が漂っている。

 いつも通りのはずのビル風も、何故かごうごうと不気味に鳴り響いている気がしてしまう。ビル風の音と相まって、川の流れも普段よりも速く感じてしまうことだろう。

 河川敷の下、川岸の開けた空間。芝生と砂利石が混在する地面の上に立つ二人の学生。彼らから、その不穏な気配は放たれていた。

 

 

「はぁぁぁああ!!!」

 

 

 片方の人影、名門で知られる常盤台中学の制服を着込んだ少女から、突如何条もの電撃が迸った。

 細かく枝分かれした電撃は、一筋一筋がヒグマをも昏倒させる圧倒的な電気力と電圧を持っている。護身用、あるいは疚しい目的でしようとするスタンガンなど比では無い威力のソレが、飛び道具として放たれた。

 

 

「おっと、先制攻撃とはやる気満々ってことです」

 

「どうせ超能力者(レベル5)ならこの程度は簡単にあしらえるでしょ? 現にホラ、普通に立ってる

じゃないの。

 最初の一発なんて小手調べよ、小手調べ。手加減

してあげたんだから感謝しなさい」

 

「よく言うよ。確かに威力は精々が強能力者(レベル3)相当だったけど、速さは本気だったってことです」

 

 

 放たれた先に立っていたのは、白衣の男性。百八十センチぐらいの長身で痩せ型、精悍な顔立ちをしているが、電撃使い(エレクトロマスター)の少女とは反対に瞳に力はない。

 その彼は瞬間的にこちらに迫って来る電撃をしっかりと目視すると、ゆらりゆらりと不気味にも見える足取りで、しっかりと電撃の全てを躱してみせる。

 

 

「冗談じゃないわ、そこら辺の大能力者(レベル4)と私を一緒にしないで欲しいわね。

 小手調べって言ったはずよ? まだまだ強力になるし、まだまだ速くなるに決まってんじゃないのっ!」

 

「おおっ?!」

 

 

 常盤台中学の制服を着込んだ電撃使い(エレクトロマスター)、御坂美琴の全身から、更に強力な電撃が迸る。

 鮮烈、なんてものじゃない。このレベルの電撃になると近くにいるだけで生命の危機を感じる程のものだ。とてもじゃないが怖くてこの場に居られないだろう。一目散に逃げ出しても誰も責めはしない。

 

 大能力者(レベル4)以上になると、天候すら操作することが出来ると言う。

 水流操作(ハイドロマスター)空力使い(エアロマスター)ならば膨大な質量の水分や風を操ることで嵐を巻き起こし、電撃使い(エレクトロマスター)ならば大規模な雷を生じさせることすら可能だ。

 その能力に誘われたのか、いつの間にか空は曇り、ゴロゴロと雷の音すら聞こえる。

 

 雷撃ではなく、電撃であったのは白衣の男‥‥カガリには幸いだったろう。稲妻の疾る速度はとてもじゃないが常識内の人間では反応できる速度じゃない。

 とはいえそれはあくまで比較して比べたらの話である。携帯電話のスイッチをONにして、起動するまでにどれほどのタイムラグがあることだろうか。

 美琴の放つ電撃は拳銃弾にも匹敵する速度で、カガリを着実に追い詰める。

 

 

「ちょろちょろと鬱陶しい、避けんな!」

 

「いやいや普通は避けるだろうってことです。ていうかキミは普段からこんなトンデモない電気力でケンカしてんのかい?!」

 

 

 しかしカガリは驚くことに、ふわりふわりとまるで体重などないかのような軽快なステップで、全ての電撃を躱してみせている。

 まるで宙に浮いたティッシュを殴ろうとするかのように、掴み所がなく、当てることが出来ない。まるで魔法のようだった。

 

 一見すると不可思議な光景だが、タネはある。

 ある程度以上の出力の電撃を放てば、多少は空気に誘電して拡散してしまうことも多い。故に派手で恐ろしげに見えるが、実際に自分へと向かって来る電撃はそこまで多くなかったりするのだ。

 よってカガリは冷静に、自分に向かって来る電撃のみを判別してスレスレの位置で避けていた。それこそ身体をかするぐらいの距離で。

 

 

超能力者(レベル5)が相手なら加減も“気持ち”で大丈夫でしょ! 大人しく痺れときな‥‥さいッ!」

 

 

 電撃、炸裂。

 相手が上手に避けるならば、絶対に避けられない攻撃をすればいい。正解は避けるだけの隙間すらない、物量による面制圧攻撃だ。

 美琴の全身から、自分の目の前いっぱいの範囲を灼き尽くすかのような勢いで放たれた電撃は、避ける場所も逃げる隙もなく、津波のような勢いで一瞬にしてカガリを飲み込んだ。

 

 

「‥‥さぁて、普通ならコレで一発病院送りいってとこなんだけど。まぁ、そこまで甘くはないわよね―――?」

 

 

 十分に必殺と称されるだろう豪快な一撃を放ち、なお美琴は油断しない。

 あまりの威力に爆発すらしてしまった地面が巻き起こした砂煙の向こう、そこからの攻撃を警戒している。

 普通に考えれば、起きて来るはずなどない。下手すれば病院どころか棺桶送りな威力の電撃をお見舞いした。けれど、油断してはいけない。

 どうしても不可解な光景が、頭から離れないのだ。炎に包まれても平然としているカガリが、空間移動(テレポート)してみせたカガリが、質量すら持っているのかとでも思ってしまう炎の奔流を生み出したカガリが。

 

 

「‥‥やれやれ、本当に容赦しないねキミは」

 

 

 果たして巻上がる粉塵の中から聞こえた声に、美琴の警戒と予想は報われる。

 これで終わり、では物足りなかった、これで終わり、ではなくてtよかったと、美琴は自分でも不思議ながら安堵の溜息をついた。

 

 

「このぐらいでヤラレちゃうなら。それはそれで期待はずれよね。まさか超能力者(レベル5)の質がそんなものだなんて思いたくないんだけど」」

 

「ふむ、それは保証してあげるってことです。確かに超能力者(レベル5)は化け物であるべきだ。学園都市の頂点に君臨するたった七人なんだから、ね」 

 

 

 ぶわり、と熱せられた大気が生み出す上昇気流によって粉塵が吹き飛ばされる。

 美琴の予想通り、そこには焼け焦げ一つも負っていないカガリの姿があった。

 ‥‥ちょっと派手にやりすぎたか? 粉塵が巻き上がってしまったおかげで、自分の電撃を防いでくれる瞬間を確認出来なかったのは痛い。

 発火能力者(パイロキネシスト)の焔を防いでいた時には何の能力を使っている兆候も読み取れなかったけど、あれは同系統の能力者が相手だったからかもしれないのだ。

 相手の能力の系統によって対処方法が違うのか、それとも普遍的に万能に対処出来る方法なのか、どちらにしてもこの第六位は、何かしらの手段によってこちらの攻撃を無効果出来るらしい。

 

 

「しかしどうするんだい、御坂美琴サン? 老婆心ながら忠告しておくと、少なくともそういうやりかたでは僕に勝つことはおろか、ダメージすら与えられないってことです」

 

「ご注進どうも、痛みいるわ。けどね、私ってば先ずはありとあらゆる方法を試してみないと‥‥気が済まないのよねっ!」

 

「―――ッ?!」

 

 

 再び電撃、今度は威力と手数よりも速度を重視した一条の太い稲妻がボーっと突っ立ったままのカガリへと疾る。

 その攻撃を感じてから、脳へと伝わり、それが更に『避けろ』という指令になって身体へ届く、その瞬きよりも短い時間すら許さぬ、速攻。

 その太い稲妻がもたらす衝撃は乱暴ながらも圧倒的な磁力と電力の複合により力場を発生させ、地面をも揺らす。

 カガリに能力の演算すらさせないつもりの攻撃が、違うことなく白衣を貫いた。

 

 

「‥‥なるほど、これでも全然効かない、か」

 

「いやいや、今のは死ぬよ御坂美琴サン。普通の人間なら確実に死んでるよ、立派な殺人未遂ってことです」

 

「死んでないんだからイイじゃない。ていうかどんな化け物よアンタ、今の喰らって小揺るぎもしないなんて」

 

 

 もはや呆れ混じりの溜息しか出てこない。予想通りではあるのだが、またしてもカガリは無傷だった。

 

 

念動力(サイコキネシス)で絶縁したり、空気の壁とかで遮断してるの? いや、でも装甲とか防壁の類じゃないわね。だとしたら電撃が弾かれるところが見えるはずだもの。

 ‥‥能力を無効果してるの? いくら超能力者(レベル5)っていっても、そんなこと出来る規格外な人間がアイツ以外にいるはずが‥‥。ていうかコイツは発火能力者(パイロキネシスト)だし‥‥」

 

 

 威力の大小はさておいて取り合えず電撃を防ぐことが出来る能力者ならば、美琴にもいくらか心当たりがないこともない。

 例えば同じ電撃使い(エレクトロハンド)ならば、まぁ多少は電撃に対する抵抗力もあるだろう。勿論最強の電撃使い(エレクトロマスター)である美琴の電撃を完全に防げるとは思えないが、一番確実だ。

 

 他にも高位の念動力者(サイコキネシスト)空力使い(エアロハンド)などもまた、念動力(サイコキネシス)や真空状態などを利用して絶縁状態を作り上げることも出来るだろう。

 ちょっと現実的ではないが、水流操作(ハイドロハンド)でも電気を通さない純水を生成出来るのならば、考えられないこともない。

 

 だが目の前の男は、発火能力者(パイロキネシスト)なのだ。学園都市に数多いる能力者の中でも最も応用性が無いと言われる、発火能力者(パイロキネシスト)なのだ。

 熱を通して空気の流れを操り、絶縁した? いや、今の攻撃は確実に身体を貫いていた。絶縁状態を作り上げる能力ならば、電流は周囲に誘電して拡散する様が観測できるはずである。

 いや、そのようなことは些事に過ぎない。何せ今、自分の電撃を受けた瞬間のカガリは、『能力を発動しているようには見えなかった』のだから。

 

 

「そろそろ僕のターンかな? 待ちに回ってあげるのも鬱憤が溜まるってことです」

 

「余裕見せてくれるじゃない、そっちの攻撃だって当たりゃしないわよ」

 

「言ってくれるね。確かに発火能力者(パイロキネシスト)は応用性に乏しいけれど、それでも火力は全能力者中でトップなんだけどな。痛い目みるよってことです」

 

「吠えてなさいよ、こちとら最強の電撃使い(エレクトロマスター)よ。ビビッてなんかいられますかっての!」

 

「‥‥威勢だけは一人前ってことです。それじゃ、行かせてもらうよ!」

 

 

 カガリの両手に、現れる焔。ゆらゆらと大気を焦がすそれはガスバーナーなんて真っ青になるぐらいの高温で、すでに赤色を通り越して仄かに青い。

 たったそれだけで、その焔の持つ威力が軽く大能力者(レベル4)クラスであることは明々白々。

 純粋に戦闘においての攻撃力のみを比較した場合、実は超能力者(レベル5)大能力者(レベル4)の間にそこまでの差は無い。 だからこそ美琴は驚きはしなかったし、同じ理由で油断もしていなかった。

 

 

「後味が悪いから、せいぜい焦げないように逃げ回って欲しいってことです!」

 

 

 轟、と空気を焼き尽くす音を伴って焔が迸る。

 まるで龍か大蛇がこちらを狙って飛びかかってくるかのような錯覚を受ける、焔の帯。

 電流と同じく質量らしい質量を持たない気体のようなものであるが故に、その焔は恐ろしい速度で美琴へと迫る。

 

 

「そうこなくっちゃ‥‥ね!」

 

 

 手を突き出し、能力を行使する。

 念動力者(サイコキネシスト)空力使い(エアロハンド)、あるいは水流操作(ハイドロハンド)などであるならば障壁や装甲のようなものを直接作り出すことが出来るだろう。

 水流を使って焔を消したり、突風で消し飛ばしたり。けれど電撃使い(エレクトロハンド)が操り電撃はカガリが操る焔と同じく、個体や液体、また直接に物質へ干渉できる代物ではない。

 

 ‥‥普通の電撃使い(エレクトロハンド)ならば、逃げ回るしか方法はないだろう。なにせ電撃では焔を防ぐことなど出来ない。

 だが超能力者(レベル5)の第三位、最強の電撃使い(エレクトロマスター)である自分なら?

 

 ああ認めよう、確かにカガリの焔は大したものだ。その威力、自分と同じく最強の発火能力者(パイロキネシスト)の名に相応しい。

 だけど自分だって超能力者(レベル5)、それも位階は目の前に立つ白衣の男よりも上なのだ。その能力の本分を出力なんて簡単な尺度で測られちゃ困る。

 ただ身体能力が高いだけじゃ、オリンピックに出て金メダルを取れるような一流のアスリートには成れないのだ。

 

 

「はぁぁあああ!」

 

 

 意識を集中、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を展開し、能力を行使する。

 今度発動するのは今までのような電撃ではない。狙うのはカガリではなく、自分の周りの砂利石で出来た地面。

 更に言うならば、その砂利石の奥にいくらでも眠っている、本来ならば全く使用途の無い、存在すら意識しない砂鉄。

 それに干渉し、自分の力とする!

 

 

「そぉ‥‥りゃあっ!!」

 

 

 美琴の能力に操られ、大地から黒い砂のようなものが大量に湧いて出てくる。

 それらはしっかりと空中を動き、途中で大量の小石を一緒に巻き込み、さながら津波のように、あるいは盾のように美琴の前に展開し、カガリが放った焔の帯を頼もしくも受け止めた。

 

 

「‥‥砂鉄を操り、小石で防壁を作るとは。随分と多芸なんだなってことです」

 

「高位の電撃使い(エレクトロハンド)って、磁力使い(マグネティックハンド)も兼ねるからね。一応は最強の電撃使い(エレクトロハンド)って触れ込みだし、この程度なら手品の領域よ」

 

「石の類は電気を通さないけど、同時に優秀な耐熱性を持っている。それを砂鉄で間接的に操るとは、よく考えたってことです。

 手加減したとはいえ、今のを真っ向から受け止められるとはね‥‥」

 

 

 電撃ではどうしても焔を防ぐことが出来ない。どちらも確たる物質干渉力を持たない存在だ。片や気体の一種で、片や分類が難しい電子の世界のマテリアルである。

 となると、ここからの攻防はお互いに底の見せ合い。単純に戦い方、というよりは、能力の多様性の勝負になってくるだろう。

 

 

(‥‥イケる、と思うわよね、普通なら。相手は全能力者の中でも一番融通が利かない発火能力者(パイロキネシスト)だし)

 

 

 だが自分が相手にしているのは普通の発火能力者(パイロキネシスト)ではないのだ、と美琴は眉間の皺を深くした。

 同系統の能力である焔を寄せ付けないのはおろか、電撃も完全に防いでみせる。なおかつ『絶対無敵』の看板が本当だと仮定するならば、きっとあらゆる能力に対して同じように無効果の手段を持ち合わせているのだろう。

 おそらくは今となっても全く正体の分からない、学園都市序列第一位の持つ最強の能力ですら。

 

 自分の能力が本当に通用するのだろうか?

 

 もしかしたら何をやっても意味がないかもしれない。

 

 けど、負ける気もしない。

 

 

「‥‥ま、取り合えず全部試してみるしかないわよね」

 

 

 気づいたことが、一つある。

 実際に小石混じりの砂鉄でカガリの焔を受け止めてみて分かったのだが、あの焔は見た目の派手さの割には威力がそれ程でもない。

 もちろん鉄なんて簡単に溶けてしまうぐらいの温度はある。実際、防御に使った砂鉄は軒並み溶けて、蒸発してしまっているのだから。小石を混ぜなかったら簡単に自分もミディアムに焼かれてしまったことだろう。

 しかしそれでもなお、その威力は超能力者(レベル5)としては物足りなかった。おそらく目の前に立つ白衣の男の出力は、大能力者(レベル4)とそう大して変わるまい。

 

 だが、それはそこまで特別なことでもないだろう。

 自分は最強の電撃使い(エレクトロハンド)として圧倒的な出力を持ってはいる。けれど自分の真価は、先程カガリにも啖呵を切ったように、決して膨大な出力というわけではないのだ。

 電磁波を用いたレーダー、ハッキング、磁力を用いて間接的に念動力者(サイコキネシスト)のモノマネすら出来て、建物の壁に鉄骨が入っていれば壁を歩くなんてことだって可能だ。

 それは出力系が暴走しただけの大能力者(レベル4)にはとてもじゃないが不可能な、手数の多さ。戦闘能力にも自信はあるが、それはこの手数の多さ、応用性の高さにも由来する。

 

 だから恐らくは、この男の真価も隠し持っている奥の手の数。

 正体不明の防御力や、空間移動(テレポート)。それは出力ではなく、能力の使い方に違いがあるのだろう。

 ならば自分がすることは、一つずつ可能な手を試して行く詰め碁のような戦い方だ。

 

 

「今更だけど、アンタと腕試し出来て本当によかったわ。ここまでワクワクするの、久しぶりよ」

 

「そりゃ良かったってことです。こっちは結構、肝が冷えてるんだけどね」

 

「嘘つくのも大概にしなさいよ。ヘラヘラ笑って、そんな態度で信じられるわけないじゃない」

 

「ふむ、どうだろうね。まぁ絶対無敵は伊達じゃないってことです。試したいなら色々試してごらん? 試すだけなら、君が疲れるだけだからね」

 

 

 美琴と同じく、カガリも今の状況を楽しんいるのだろう。にやりと笑ってみせ、威圧感がひた増した。

 

 

「けどね、いつまでも僕が受け身でいるとは思わないで欲しいってことです。余裕綽々の態度もいいけど、たまにはカッコイイところも見せないとさ、“あの子たち”も残念がるからね」

 

 

 大気が揺らぎ、カガリの周囲にいくつもの火球が浮かび上がる。その数は十や二十を優に超え、三十にも届きそうだ。

 三十、と聞くと大したことのない量に聞こえるかもしれないが、トンデモない! 一つ一つが野球ボールより少し大きいぐらいのサイズとはいえ、それが三十、カガリの周囲に浮かんでいるのをしっかりと想像してみて欲しい。

 ドッジボールとは話が違う。要するに、三十の大砲がこちらに向けられているのだ。とてもじゃないが普通の人間ならば避ける気する無くしてしまうことだろう。

 

 

「さぁ、踊れ」

 

 

 一斉砲火、三十の砲口が遠慮呵責無しに美琴を狙い、その威力を解き放つ。

 速度はてんでバラバラ、美琴の退路を無くそうとするかのように次々と地面に着脱し、焦土に変える。飛び散った小石、砂利が熱せられて肌に熱い。

 しかし美琴はその尽くを砂利混じりの砂鉄の奔流を操って、叩き落していった。

 

 

「レディにダンスを強要するなんて、紳士のやることじゃないわよっ!」

 

「キミからそんな言葉が出てくるとは、驚きってことです」

 

「やっかましい!」

 

 

 ギラリ、と受けに回っていた美琴の瞳が光った。

 いくら小石の類が優秀な断熱材だとしても、そこら辺の何の変哲もない小石では限界もあるのだ。既に操る砂鉄の一部は溶け、美琴の制御を離れてしまっている。

 いや、別に溶けてしまったから操れないというわけではない。しかし磁力は大質量の物体に対しての干渉力に劣る。特に細かい制御を液体に対して行うのは、流石の美琴でも骨が折れた。

 

 

「調子に乗るんじゃ‥‥無いわよっ!!」

 

 

 ちょうど三十の火球が尽きた瞬間。

 今まで大蛇もかくやと動き回って美琴を守っていた黒ずんだ帯が、今度はカガリへ牙を剥いた。

 

 熱せられた小石による質量攻撃。そしてそれを散弾、あるいは爆撃として解放した後の砂鉄はとても周期を計れない程に細かく振動し、触れるモノ皆等しく斬り裂く魔剣と化す。

 上から降り注ぐ小石と砂利の散弾、爆撃。そしてその後ろから迫る砂鉄の超振動カッター。

 電撃や火焔とは異なる、質量による攻撃。美琴は勝利を確信し―――

 

 

「―――よく考えたね。電撃使い(エレクトロハンド)であるキミに、ここまでの質量攻撃が出来るとは思わなかったってことです」

 

 

 巻き上がった粉塵の中から現れたのは、相も変わらず無傷のカガリ。

 裾の長い白衣は粉塵に塗れたはずなのに、純白のまま。たった今アイロンをかけたばかりのようにパリッとしている。当然、体の方に怪我を負っているようにも見えず、消耗しているようにも見えない

 

 

「‥‥化け物」

 

 

 だが、美琴は見た。

 よしんば自分の、今の攻撃が効かなかったとしても、今度こそ能力を使って防御をするところを見ようと、粉塵の中を電磁波まで使ってしっかりと“見て”、“視て”いた。

 

 第一弾の、小石と砂利の絨毯爆撃。第二弾の、砂鉄による超振動カッター。

 

 そのどちらもが、まるで『そこに何もないかのように』、カガリの体をすり抜けた。

 

 

「‥‥どういうことよ、一体何をやったら個体をすり抜けるなんてことが出来るの?」

 

「それを言ったら僕が負けちゃうってことです。それなりに危うい能力なんだよ、僕の『無尽火焔(フレイム・ジン)』はさ。

 絶対無敵だけど、意外に脆くてね。秘密を知られたら、お終いってことです」

 

「じゃあお終いになっちゃえばいいのよ、そんな軟弱な能力」

 

「あっはっはっは! でもその軟弱な能力に、みんな手も足も出ないってことです。それぐらいじゃなきゃ超能力者(レベル5)は務まらないけど、ね」

 

 

 ‥‥熱で空気を操り、蜃気楼を作り出しているのか? 順当に考えればそれが一番可能性が高く、実現性もある。

 つまりは照準を乱させて、自分の遥か前や明後日の方向に攻撃を着弾させるのだ。しかもそれを相手からは自分の攻撃が当たっているのに平然としている、無敵の化け物であるかのように見せる。それはそこまで難しいことではないだろう。

 

 だが、美琴は電磁波を使って周囲を索敵していた。

 確かにカガリの周囲は高温状態になっていて、しっかりと一挙一投足を把握する、なんてトンデモな真似は出来なかった。しかしまぁ、もともとそこまでの演算はちょっと厳しいものがある。

 そして上手く言葉には出来ないけれど、そこに確かに在ることだけは分かる。電磁波が蜃気楼に跳ね返されることはない。

 例えば今こうして見えている背丈や体格が誇張されたもので、それを利用してギリギリを躱しているなんてことがあったとしても、とにかくそこにカガリは居るのだ。

 

 

「さて、万策尽きたかな、御坂美琴サン? だとしたら―――」

 

 

 ぞくり、と悪寒が背筋に疾る。

 決して戦闘者ではない美琴でも感じた嫌な予感。電撃使い(エレクトロハンド)として生体電流などの作用が齎す第六感の研究にも一家言ある美琴は自身の感覚を咄嗟に信じ―――

 

 

「―――もう眠いし、さっくりと終わらせちゃうぞってことです」

 

「くっ?!」

 

 

 しゃにむに前方へと身を投げ出し、一回転して立ち上がる。

 ちょうど綺麗に後方を向いた視界には、一瞬にして空間移動(テレポート)し、美琴の背後をとっていたカガリの姿があった。

 

 

「‥‥この非常識能力者」

 

「まぁいい加減非常識なのは認めざるをえないってことです。で、どうするんだい? まだ手があるんだったら付き合うけど、正直本当に眠いから早く帰ってしまいたいってことです」

 

「眠い眠いって、子供かアンタは!」

 

「あながち間違ってないけど、これは純然たる体質、僕にはどうしようもない衝動ってことです」

 

 

 ふわぁ、と大袈裟な欠伸をしてみせるカガリに、一瞬で顔面が朱に染まる。

 別に恥ずかしかったとか、屈辱だとか、まかり間違っても恋に落ちたなんてものでもない。

 それは純然たる、怒りによるものだった。

 

 

「‥‥嘗めてくれんじゃない」

 

「ん?」

 

 

 スカートのポケットに、いつも数枚入れている“武器”を取り出す。

 それは銀色に光る、一枚のコインだった。安っぽい装飾が施された、ぼちぼちの程よい重みがあるゲームセンターのコイン。別に集めても景品が貰えたりはしない、純粋に遊びを楽しむための擬似貨幣。

 しかしそれは、最強の電撃使い(エレクトロマスター)である美琴の手に渡れば、彼女の代名詞ともいえる、彼女最強の攻撃の砲弾と化す。

 

 

「‥‥正直、加減してたわ」

 

「‥‥‥‥?」

 

「アンタの能力があんまりにもワケわかんないから、先ずはそれをどうにか暴いてやろうと思って色々と試したわけだけど‥‥それってお遊びみたいなものよね?」

 

 

 磁力使い(マグネティックマスター)としての能力を解放し、真っ直ぐに磁力の路を作る。これは砲身だ。地球上のありとあらゆる兵器でも最高速と呼ばれる兵器の、砲身代わり。

 本来ならば強力な電磁石と強力な電力、そしてそれなり以上に巨大かつ洗練された機材が必要なその兵器を、たった個人が再現できるという異常。

 おかしいことだろうか? 否、この学園ならばちっともおかしなことではない。なにせ彼女達は学園都市が誇る超能力者。単独で軍隊をも相手出来る存在なのだから。

 

 

「やっぱり全力でぶつからなきゃ、意味ないわよね。超能力者(レベル5)同士なんだもの、遠慮することなんて‥‥ないわよね」

 

「‥‥それはちょっと、遠慮して欲しいかなと思うってことです」

 

「や か ま し い」

 

 

 無表情で砲弾(コイン)を構える美琴の声色に、怖気を感じたカガリが思わず一歩後ずさった。

 彼とて当然、超能力者(レベル5)の第三位の代名詞とまでなっている必殺技のことぐらい知っている。そしてそれがおそらく、自分に対しては全く効果を表さないだろうという確信もある。

 だけどそれとこれとは別問題だ。だって人間は―――その定義が自分に当てはまるかは甚だ疑問だが―――は生命に危機を覚えるから、ソレに対して恐怖を抱くわけじゃない。

 例え自分の方が強大だったとしても、怖いものは怖いのだ。

 

 

「私、間違ってたわ。ごめんなさいね、アンタを侮ってた。侮辱してたわ。

 でもそれもさっきまで。‥‥こっからは、本気出させて貰うわよっ!」

 

「一生手加減してくれても、僕としては構わなかったんだけど‥‥うぉっ?!」

 

 

 能力によって作られたレールが、砲弾発射のための電力を供給されて唸る。

 磁界と電界と力。フレミングの法則を用いた電磁界は辺りに余波として力場を撒き散らし、突風という結果を引き起こした。

 

 

「真っ向勝負よ、第六位! 受けてみなさい、これが

私の全力全開―――」

 

「―――ストォォォォップ!!」

 

 

 注ぎ込まれた膨大な電力が砲弾を飛ばす準備を全て整え、今にも発射される状態の能力が、何者かの一声によって止められた。

 完全に予想していなかった、第三者の存在。電磁波による索敵もカガリに集中していた美琴では気づけず、完全な不意打ちである。

 

 

「‥‥誰だい、君は? 楽しく戦ってる最中に割り込んでくるなんて、随分と風情がないと思うってことです。消し炭にしちゃうぞ、少年?」

 

 

 そこに立っていたのは、見るからに平凡な少年だった。

 カガリのような不気味さ、虚無さもない。美琴のように清冽な個性があるわけでもない。そんじょそこらを歩いていそうな、特に際立ったところのない男子高校生。

 雰囲気もそうだが、容姿もまたさしたる特徴を上げられなかった、強いて特徴を上げるとすれば、ツンツンとウニのように立った髪の毛ぐらいだろうか。

 白いワイシャツと黒いスラックスは、校章すらついていないが学校指定のものなのだろう。ちょっと離れたところには、慌てて飛び込んだ時に放り出したのかシンプルな学生鞄が投げ捨てられていた。

 

 

「‥‥ん? どうしたんだい御坂美琴さん?」

 

 

 目の前に立つ美琴がフルフルと震えているのを見て、カガリが不審そうに疑問の声を発する。

 手にしていたコインこそ取り落としていないものの動揺は激しい。カガリもそうだが、彼女も頭の中は疑問符で溢れかえっているのだろう。

 というか、どちらかというと、これは動揺、疑問というよりも―――

 

 

「―――ッ! なんでアンタが、こんなところにいんのよ?!」

 

 

 叫びと同時に、砲口が新たな闖入者の方向を向く。

 もしやこの二人は知り合いなのだろうか、とカガリはかくんと首を傾ける。

 

 

「‥‥はぁ、そりゃ見回りぐらいしてるに決まってんだろうがビリビリ。こんな時間にこんな場所でドンパチやりやがって、文句言いたいのはこっちなんですけどね?」

 

 

 大きくため息をつくと、美琴の追及に闖入者の少年はごそごそとポケットを探り、取り出したモノをおもむろに右の袖へと巻く。

 緑の生地に、白い帯と盾の意匠。特に昼間は町中のあちらこちら、校内のあちらこちらを見回る便りになる学園都市の治安維持組織。

 

 

風紀委員(ジャッジメント)だ。お前ら派手に暴れすぎですよ、そのぐらいにしとけ」

 

「‥‥完全下校時刻を過ぎたんだから勤務時間外ってことです」

 

「まぁ迷惑行為を取り締まるぐらいなら、いいだろ。上条さんの安全のためにも」

 

  

 頼りになるはずの風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけた少年は、一転頼りなさげに肩を落とす。

 いまだ正体の知れない闖入者の介入を受け、カガリと美琴、二人の超能力者(レベル5)の腕試しは、終わるのではなく更なるカオスな方向へと加速していくのであったが、それはまた、次のお話である。

 

 

 

 

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