とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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番外話 『第一位、風紀委員、幻想殺し』

 

 

 学園都市は、外の世界と比べて遙かに勝るオーバーテクノロジーを持つ。

 数十年単位で進んだ科学は学園都市に住まう全ての住人達に恩恵を授け、しかしそれでも彼らの生活字体はそこまで変わっては居ない。

 

 もちろんそれも、よくよく考えてみれば当然のことだろう。

 人間、数十年の間に大きく暮らしぶりが変わることはあったとしても、その根本的な在り方が劇的に変わるなんてことはない。あるいは、日本の科学というのも頭打ちになっていたのだという可能性もある。

 例えば2010年代を思い返してみても、数十年前との違いはネット環境や急速に発展した携帯電話の普及によって大きく変化を認識することが出来るが、その実システムとしてはすでにある程度完成されてしまったものであり、あまりにも便利に過ぎたそれは学園都市でも殆ど変わらずに運用されていた。

 

 そして学生達の生活も、また同じ。

 基本的に彼らの生活は、朝起きて学校に行き、帰って予習と復習をするというサイクルに固定されてしかるべきだ。

 当然ながらそんな生活を想定されている以上、彼らの娯楽というものも今までの学生達と大して変わりはしない。ゲームやネット環境が整備されているからインドア派の学生も多いが、外にあるゲームセンターやカラオケなどにも出入りする。

 とはいっても完全下校時間までの営業だから、ささやかなものだ。それに勉強も能力開発もあるのだから、そうそう遊んでばかりもいられない。

 

 学園都市の学生達は、意外に勤勉で努力家なのだ。

 

 

「‥‥‥」

 

 

 ちょうど放課後の時間帯、夕暮れにすらまだ早い。

 学校によってはまだ授業があるところもあるだろうが、一部の学校はカリキュラムの関係で午前授業だったりするから、繁華街にもぼちぼち学生の姿が見えた。

 

 

「‥‥‥‥」

 

 

 学園都市でも最大級の敷地面積を誇る第七学区は、各種学校とそこに通う生徒達が住む寮。そして娯楽施設や商店街などを完備している。

 その中でもカラオケほど滞在時間が長くならず、かつ使う気が起きなければ全く金を使わなくても良い娯楽施設としてゲームセンターは特に人気であった。

 

 まがりなりにも科学の進んだ都市、外の世界に比べてゲームの種類は非常に多い。特に一般的に知られているゲーム会社のゲームもそうであるが、一部に据えられている学園都市の学生たちが作ったゲームもかなりの人気を誇る。

 なにせホログラム映像なども高水準のものが普通に出回っている―――流石に完全な商品化までは達していないが―――学園都市だ。それこそ外の世界ではとても体験できないようなゲームも数多く揃えられていた。

 

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 

 しかし、いくら最先端の科学技術を駆使しているからといっても、ゲームの良さは決して技術力のみに左右されない。そのゲームが“面白いか”というのは、当然のことだが他にも様々な要素に左右される。

 特に学園都市ほど最先端の技術を用いていないというのに、大手のゲームメーカーはそういったノウハウを大量に所持している。もちろん学園都市内部のゲームも面白いかと言われれば面白いが、やっぱり一歩劣ってしまう。

 

 そして何より、ゲーム愛好家の中にはレトロゲームマニアと呼ばれる連中もいて、それこそ下手すれば自分が生まれる前に現役であったようなゲームを好んでプレイするのは、決して稀なタイプではない。

 勿論その傾向を学園都市のゲームセンターとて把握しており、当たり前のようにハイテクな街のハイテクなゲーセンには、十数年前に流行した、いわゆる格闘ゲームの原型を未だに踏襲する古いタイプのゲーム機も備え付けられていた。

 

 

「‥‥おーい」

 

「‥‥‥‥」

 

「おーい、聞いてますかー?」

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

「聞いてんのかって言ってるんですけどー? 聞かないふりか? それとも集中してんのか?」

 

 

 そんな懐かしい系のゲーム、略して懐ゲーのコーナーに、1人の少年が座っていた。

 染めた訳でも、年を経たわけでもない見事な白髪。そして今さっき人を殺して来ましたよとでも言いたげな凶悪な赤い瞳。全体的に不機嫌そうな気配を辺りに振りまき、年頃はおそらく中学生ぐらい。

 あまりにも不穏な気配から、それなりに人が多いゲーセンの中でも彼の両隣の筐体には人影が見られなかった。誰もが彼に怖じ気づき、避けているのだ。

 

 そんな彼の背後に、彼を恐れぬ一人の勇者が現れた。

 特徴的なツンツン頭はウニかハリネズミか、白い無地のワイシャツと黒いスラックスは、女子の制服にばかり気を遣う学園都市の高校にはありがちな夏服で、どこでも見ることが出来るスタンダートなものだ。

 顔つきも平凡で、どちらかといえば冴えない印象を受ける。別に道で肩が触れあったとしても軽く会釈をして何も気にせず通り過ぎてしまうような、そんな只の男子高校生である。

 強いて特別な点を挙げるとすれば、袖に緑色の、盾の意匠が施された腕章を付けていることだろうか。

 

 学園都市の治安維持組織の一つである風紀委員(ジャッジメント)。ある意味では周りに迷惑をかけていないこともない白髪の少年に注意をするというか、事情を聞くぐらいならば仕事の一環だろうが、勇者であることには違いない。

 

 

「‥‥おいアンタ。ゲームが楽しいのは分かるけどさ、いい加減に返事ぐらいしろよな」

 

「―――ッ?!」

 

 

 遂に痺れを切らしたのか、ツンツン頭の風紀委員(ジャッジメント)は白髪の少年の肩を軽く叩き、呆れた声で注意を促す。

 それは別にイラついているとか、相手をどうにかしてやろうとか、そういった悪意を持った叩き方ではなかった。

 例えるならば、電車が終点に着いたというのに眠りこけている乗客を駅員が起こすよりも、さらに気を遣った叩き方。流石に叩かれて痛いなんてことはないが、背後の人物に気づくには十分な圧力。

 

 不良ならば、そのぐらいの叩き方でも喧嘩を売ったかもしれない。ヤのつく自由業の方々でもちょっと嘗められていると思うけどかもしれない。

 しかし白髪の少年が振り返った顔に浮かべた感情は、怒りでも苛立ちでもなく、驚愕。

 

 この世でありえるはずがない、それこそ何の兆候もなく周りのありとあらゆるものが爆発したり、地球が真っ二つになったりするようなレベルの出来事。

 触れられた肩を確かめ、自らの手をしげしげと眺め、次いで目の前でポカンと目をぱちくりさせているツンツン頭の風紀委員(ジャッジメント)を睨みつける。

 正しく仰天動地。彼以外の者がこれほどの驚きに遭遇したならば、おそらくもんどり打って座っている椅子から転げ落ちてしまうだろう程の。

 

 

「‥‥テメェ、何しやがった?」

 

「は?」

 

「だから、テメェ何しやがったって聞いてンだよ、三下ァ」

 

 

 いつもの若干甲高い声からとは異なる、押し殺した低い声。そこには抑制された驚愕と、警戒が含まれている。

 体は十分過ぎるぐらいに警戒を表し、すぐさま飛び退さる、あるいは迎撃が出来るように臨戦態勢。頭脳は相手の一挙一投足を見逃すことのないように、次の策を練ることが出来るように、未だ且つて無かったぐらいに明晰に。

 まるで戦時下にいるかのような最大警戒態勢(レッドアラート)。ツンツン頭の風紀委員(ジャッジメント)は、その猛獣を思わせる気配に思わず一歩後ずさった。

 

 

「何したって‥‥別に、何もしてないぞ? そりゃ肩は叩いたけど、もしかしてアレ痛かったのか?」

 

「そォいうワケじゃねェ。なンで俺に(さわ)れたのかって聞いてンだよ」

 

「‥‥あのなぁ、お前ずっとこの筐体で遊んでるだろ? 連コインはマナー違反だぞ。他に遊びたそうにしてる子どもとかいるだろ? もういい年なんだから、ある程度遊んだら周りに譲るのが気遣いってもんだと上条さんは思うんですがね」

 

「‥‥あン?」

 

 

 白髪の少年の詰問に、ツンツン頭の風紀委員(ジャッジメント)‥‥上条当麻は困惑しながらも返答した。

 確かに風紀委員(ジャッジメント)は多少悪ぶった学生からは厄介者として嫌われてはいるが、警戒されるというのは微妙に普段の反応とは違う。

 しかも白髪の少年は、紛うことなき臨戦態勢なのである。ここまで露骨な警戒を示されたことは、当麻としても覚えがない。

 

 

「ふざけてンのか、テメェ? 俺ァなンでテメェが俺に触れたのかって聞いてンだぞ?」

 

「だから、お前が連コインで周りに迷惑をかけてっからだろーが!」

 

「そうじゃねェっつってンだろォが三下ァ! 俺に、

どうやって、触ったのかって、聞いてンだっつってンだろォがァ―――ッ?!」

 

「うおぉっ?!」

 

 

 白髪の少年は能力を解放、その右手を力任せに当麻へと振るう。

 彼の能力によって、貧弱に見える女子よりも細い右腕は破城槌もかくやという威力を発揮する。人間など木っ端微塵だ。

 

 

「‥‥おィおィどォいうことなンだよこりゃァよォ」

 

 

 ‥‥だがしかし、振り下ろした手はいとも容易く当麻の手によって受け止められる。

 信じられるだろうか、ベクトルを操作する学園都市第一位の大きく振りかぶった一撃を、軽く差し出した右掌だけで受け止めた上条当麻という風紀委員(ジャッジメント)の存在を。

 それこそ天地神明が全く信用ならない事態。それこそ自分の頭の中で行われた計算、1+1が2ではなく、他のトンデモない数に変化してしまったかのような、常識を土台からひっくり返す出来事。

 絶対に通用するはずのことが、通用しない。周りにとってみれば普通に不可解なだけの出来事が、彼にとってみればどれほど、正気を疑うまでに異常なことだったか。少なくとも目の前でポカンとしているツンツン頭の風紀委員(ジャッジメント)には分かるまい。

 

 

「この一方通行(アクセラレータ)様の能力が効かねェなンて‥‥。テメェ一体なンの能力者だ?」

 

 

 白髪の少年、学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の第一位である一方通行(アクセラレータ)は驚愕を通り越して呆れた笑いを浮かべると、挑戦的にそう言った。

 自分の能力が効かないなど、正しく彼にとってみれば、どんな冗談かという出来事である。

 

 確かに今の拳は、単純にベクトルを操ることで“威力を飛躍的に上昇させただけ”の拳だ。

 人間だろうが片手で造作もなく吹っ飛ばし、コンクリートの壁だろうが呆気なく粉砕するだけの威力を持ってはいるが、あれだけならば例えば念動力者(サイコキネシスト)の張るバリアーや、皮膚などを硬質化させる能力者などがいれば防げないことはない、かもしれない。

 もちろんベクトルを操ることによって生まれる威力は生半可な能力者では対抗することが出来ないものである。それは間違いないのだが、理論の段階で話をすれば不可能ではないことだ。

 

 

「あぁ、もしかして今、能力使ってたのか?」

 

「煩ェな、喧嘩売ってンのかテメェ」

 

「わ、悪い。別に嘗めてるわけでも怒らせたいわけでもないんだぜ? ただちょっとほら、俺の能力じゃ打ち消したかどうかなんて分かりやすいエフェクトがないと判断できないからさ」

 

 

 ため息をついて頭を掻く当麻の様子からは、別段おかしなところは見えない。とてもじゃないが一方通行(アクセラレータ)という能力者に挑む態度ではなかった。

 一方通行(アクセラレータ)は、ただ純粋な驚異であるべきなのだ。驚異の前にいる人間が取るべき態度は、すなわち恐怖のみ。

 ならば目の前の風紀委員(ジャッジメント)は一体どうして、どうして自然体で立っていられるのだろうか。

 恐怖を感じない程の実力者か。本人も言っていたが、そもそも風紀委員(ジャッジメント)だというなら何かしらの能力者であることは間違いない。当然のように危険な仕事であるから、風紀委員(ジャッジメント)無能力者(レベル0)はいないのだ。

 

 

「テメェの能力? オイオイ冗談は程々にしとけよ三下ァ。俺の能力を打ち消せるなンてトンデモな能力、見たことも聞いたこともねェぞ?」

 

「まぁ確かに、学園都市の方でも解析出来てないらしいからな、俺の幻想殺し(イマジンブレイカー)は‥‥」

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)だァ?」

 

「あぁ。俺の右手で触れれば、どんな能力でも例外なく消し飛んじまうんだ。それこそ神様の奇跡だって、殺せるかもしれないな」

 

「右手‥‥?」

 

 

 スッと視線を当麻が掲げた右手へと移す。成る程、そう言われてみれば自分の肩に触れたのも、毒手を受け止めたのも、あの何の変哲もない右手だった。

 別段、変わったところなどない。光り輝いているわけでもなければ、変色しているわけでも変形しているわけでもない。

 どこの男子高校生でも持っていそうな、右手だ。

 

 

「どンな能力も、ねェ‥‥?」

 

「まぁ流石に全部試したわけじゃないけどな。学生の数だけ能力はあるし、上条さんが見たことない能力だってたくさんあるでしょうからねー」

 

「実戦経験豊富ってことですか。ハイハイ格好いいですねェ」

 

「‥‥そういう言われ方すると、非常に他意を感じるわけですが」

 

 

 ありとあらゆる能力を打ち消す能力。幻想殺し(イマジンブレイカー)

 その看板には全く嘘偽りない。事実、当麻が風紀委員(ジャッジメント)として活動する中でどれほど世話になったか分からないのだから。

 発火能力者(パイロキネシスト)の炎も、空力使い(エアロハンド)が起こすカマイタチも、水流操作(ハイドロハンド)が操る水弾も、電撃使い(エレクトロハンド)が発する電撃も。

 全て例外なく、当麻の右手の前には無力だった。どんな能力者も自分の能力には自信を持っているもので、その能力が通用しなかった瞬間に必ず囚われる一瞬の驚愕を利用し、当麻はいつも暴れる学生たちを押さえ込んできた。

 

 だが一方通行(アクセラレータ)は、確かに打ち消されたと思しき自分の能力を感じても、当麻に対して懐疑的だった。軽口を叩き嘲笑うような笑みを浮かべながらも、その警戒は些かたりとも緩んではいない。

 能力者は自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に即した能力を振るうものだ。そこには確かに超常現象を能力として操る理不尽が存在しているが、やはり物理の壁は重々しく立ち塞がっている。

 どんなに理不尽で、幻想(ファンタジー)に見える能力でも、そこには確固たる法則が存在するものだ。決して理不尽に、万能に、意味も分からず行使される力ではない。

 圧倒的な地力の差、実力の差によって理不尽が生じることはあっても、それを“理解できない”ことはないのだ。ましてや学園都市最高の頭脳を持つ、一方通行(アクセラレータ)その人にとってみれば。

 

 

「はぁ、とりあえず他のゲームに移れよ。お前なんか気配が怖いし、周りの小学生とか怯えてるんだよ。なんつーか、存在が迷惑? いや、まぁそこまでじゃないけどさ」

 

「おいテメェ殺されてェのか‥‥?」

 

 ミシリ、と一方通行(アクセラレータ)のコメカミが軋む。特に嫌味などが入っているようには思えないのだが、それにしても失礼過ぎる。ましてや自分は学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)なのだ。

 こんなに失礼な奴は今すぐに愉快なオブジェに変えてしまいたいものだが、確かに辺りを見回せば、本気で殺しにかかるには不似合いな場所であった。

 自分の筐体の周りにプレイヤーの姿は無く、かなり離れて遠巻きに他の学生がチラチラとこちらを横目で確認しながらゲームをしていた。何人かは、既に荷物をまとめてそそくさとこの場を離れようとすらしている。

  ‥‥自分は確かに純粋な脅威でありたかった。純粋な恐怖そのものでありたかった。けれど、別に年端もいかない小学生を怯えさせて満足するような人間であるつもりもない。

 というか、どっちかっていうと情けない部類に入るだろう。人は人、自分は自分と分けて考えるにも限界はある。一方通行(アクセラレータ)はその辺り、意外に気を使える大人であった。

 

 

「‥‥チッ、表に出ろ三下」

 

「お、おう」

 

 

 ゲーセンの中、全ての人間の視線を浴びながら二人は出口へと向かった。別に逃げ去るようにでもなく、威圧しながらでもなく、努力して自然体を装って。

 途中で筐体の裏にいる幾人かが小さく拍手をしていて、一方通行(アクセラレータ)はそいつらの

顔をしっかりと記憶した。いつかそれらしい因縁つけて懲らしめてやろうと思って。

 

 

「ふぅ、全く巡回始めてすぐこれだよ。ホント不幸だ、事件に出くわす確率おかしすぎんだろ‥‥。つかどうして上条さんはいつのまにやら風紀委員(ジャッジメント)なんてやることになってるのやら‥‥」

 

 

 ゲーセンから出た瞬間、当麻は人目も憚らず盛大な溜息をつき、掌で顔を覆うと空を仰ぐ。

 なんというか、紆余曲折あって風紀委員(ジャッジメント)として過ごすことになってはいるが、それにしても自分が事件に遭う確率は高すぎるだろう。

 なにしろ外を巡回していれば、必ず事件に遭うのだ。というか、巡回してなくて、非番の時だって必ず何かしらの面倒事には直面することになる。正直、いつもの口癖の信憑性すら揺らぐ。自分が不幸なのではなく、不幸が自分なのではないかと。

 

 

「おいコラ三下、何勝手にどっか消えようとしてやがンですかァ?」

 

「ぐぇ」

 

 

 そのまま溜息混じりにその場からそそくさと立ち去ろうとした当麻の襟を、一方通行(アクセラレータ)がしっかと掴む。

 男子高校生とは思えない華奢な体と低い身長の一方通行(アクセラレータ)ではまともに考えて当麻を止めることは出来ないはず。なにせ当麻は風紀委員(ジャッジメント)としてそれなり以上の戦闘訓練と鍛錬を受けているし、そもそもまともな男子高校生のガタイを持っている。

 

 

「‥‥へェ、右手以外だと能力を無効化出来ねェのか。ホント訳分かンねェ奴だな、テメェは」

 

「上条さんはこれから風紀委員(ジャッジメント)のお仕事が有るんですけど?! ていうか公務執行妨害的な法律に抵触してるんじゃねぇかな、これ!」

 

「いィぜ、なンでもテメェの思う通りに行くってンなら、まずはその幻想をブチ殺す」

 

「なんかデジャブ?! ていうか痛いんですけど?! 襟に引っ張られて首しまってる! 首首首首ビビビビ‥‥!」

 

 

 当麻が襟を引き戻そうとする力のベクトルすら操作して、一方通行(アクセラレータ)はズルズルと当麻を引きずっていく。当然のことだが、自分の全く知らない、正体不明の能力者を前にして学園都市第一位が黙っているはずがない。

 その向かう先は、人気のない路地裏。基本的に学園都市の学生達は目的地に一直線で、必然的に、特に昼間は殆ど人気がない空間である。(そもそも寄り道なんてものは時間に余裕が出来て“しまう”大人になってからするものなのだバーカバーカ)

 

 

「おらよ、ありがたくも離してやったぞ三下。泣いて感謝しやがれ」

 

「痛ぇ?! もうちょっと優しい離し方だと嬉しいんですけどねぇ?!」

 

 

  一方通行(アクセラレータ)に投げ出され、見事に尻餅をついた当麻は恨みがましげな目で白髪の少年を見つめた。

 それなりに鍛えてるとはいえ、流石に尻までは鍛えていない。そもそもいくら寛容な当麻でも、ここまで体格差のある少年に良い様に弄ばれるのは、それなり以上にプライドに障る。

 もちろん相手が学園都市序列第一位という化け物であることを知れば、そんな些細なプライドなんて大抵の人間は吹き飛んでしまうことだろうが、当然、当麻はそんなことを知りはしない。

 あと地面、埃っぽい。ていうか汚い。標準的な男子高校生なら制服は毎日洗ったりしないから替えなんてないのに、あんまりだ。

 

 

「てゆーかさ、マジで仕事あるから勘弁してくれねーかな? そりゃイライラすんのは分かるけど、連コインしてたお前が悪いんだぞ?」

 

「そンなつまンねェことで怒るかよ。嘗めてやがンのか三下」

 

「いや、明らかに機嫌悪くしてんだろ。顔怖いんだよ、顔が」

 

「‥‥ホントに愉快なオブジェにされてェらしいなァ。これァ素だよ、素。顔怖いとか余計なお世話なンですよォ!」

 

 

 コンプレックスの一つを刺激されて、一方通行(アクセラレータ)の眉間に刻まれた皺がまた一つ増える。

 あ、いや、確かに脅威でありたいとは思ったが、別にそこら辺の子どもに泣かれるのは望んでいたことじゃないのだ。

 挙句の果てには騒ぎを聞きつけて既に顔なじみになってしまったガミガミ喧しいメガネで巨乳の風紀委員(ジャッジメント)まで現れるは、現れたが最後、学生なんだから学校に行くべきだと見当違いも甚だしいお説教をされるわ‥‥。

 どこかに隠れても必ず見つけ出されるのは、あのアマ、透視能力者(クレヤボヤンス)か何かなのだろうか?

 

 

「‥‥チッ、おィテメェ、三下」

 

「だから三下じゃねぇって‥‥なんだよ白髪灼眼」

 

「メタっぽい渾名はヤメロ。‥‥名前、聞いてやるよ。言いな」

 

 

 ‥‥この場に彼の親友(ツレ)であるカガリがいたならば、目を丸くしして驚き、続いて空を見上げて天気を確かめたことであろう。あるいは人工衛星の一つでも降ってくることを恐れ、周りの人間に避難を促したかもしれない。

 基本的に他者に無関心、というより関わりを断ちたがる一方通行(アクセラレータ)が、自分から誰かの名前を聞きに行くなど、正しく青天の霹靂と呼んでも何の不足もない事態なのだ。彼が普段会話をするのはカガリと一部の研究者達、あるいは妹達(シスターズ)に対しての一方的な演説じみたお喋り程度なのだから。

 

 

「‥‥風紀委員(ジャッジメント)171支部所属、上条当麻だ。能力はさっきも話した『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。強度(レベル)強能力者(レベル3)

 

強能力者(レベル3)ィ?! おィおィどォいう冗談ですかァ? この俺の能力を打ち消しといて、ただの強能力者(レベル3)とか笑いすぎて腹筋崩壊しちまうぜゴラァ!」

 

 

 強能力者(レベル3)

 学園都市序列第一位であり、押しも押されぬ超能力者(レベル5)である一方通行(アクセラレータ)では全くその辺りの実感が湧かないことであろうが、強能力者(レベル3)といえば十分に胸を張って自身の能力を自慢出来る程のものである。

 なにせ強能力者(レベル3)もあれば、念動力者(サイコキネシスト)なら人間ぐらいの大きさのものを持ち上げ、発火能力者(パイロキネシスト)ならば学校のゴミ捨て場にある焼却炉顔負けの炎を発する。

 能力者としては十分にエリート。ここから研鑽を積めば、大能力者(レベル4)だって夢ではない。

 

 

「‥‥しょうがねーだろ、右手だけでしか能力を無効果できないんだから。上条さんとしては強能力者(レベル3)になれたことだって驚きですよ。つい最近まで普通の身体検査(システムスキャン)じゃずっと無能力者(レベル0)の判定だったんだからな」

 

無能力者(レベル0)‥‥? 俺の能力を打ち消せる奴が無能力者(レベル0)? そりゃ腹筋崩壊通り越して悪夢だぜオイ」

 

「まぁ路地裏で喧嘩に巻き込まれてた時に風紀委員(ジャッジメント)の女の子に会ってさ。進められるまま精密な身体検査(システムスキャン)受けて、それでも結果が出なかったから実際に能力者用意して実験して‥‥。なんつぅか、ありゃモルモットの気分だったな」

 

「‥‥そいつァ御愁傷サマ」

 

 

 現在進行形で被験者(モルモット)をやっている一方通行(アクセラレータ)は、無感動に言葉を紡いだ。

 だが確かに、目の前のツンツン頭の能力が『異能を打ち消す』というものならば、身体検査(システムスキャン)に不具合が出てもおかしくはない。

 何せ普通の身体検査(システムスキャン)では結果を見て強度(レベル)や能力の種類を決定する。コイツのように極めて特殊な能力が相手では、いくらプロフェッショナルとはいえ普通の高校の教師では荷が重いことだろう。

 もっとも、それが『超能力である』以上は、専門の研究機関が行う精密なスキャンで結果が出ないなど、どう考えてもおかしいことであるのだが。

 

 

「まぁおかげで奨学金も増えて上条さんとしては万々歳なんですけど、無理やり風紀委員(ジャッジメント)までやらされることになるとはなぁ‥‥。実験に協力するのはまぁ、お金もらえるからいいんだけど」

 

「‥‥小せェなァ」

 

「バイトもしてない普通の学生にとっては、お金は死活問題なんだよ! お前みたいな奴には分から‥‥

って、そういえばどうしてこんなところまで連れて来たんだ? ていうか上条さんはお前の名前、聞いてないんですけど?」

 

 

 おや、と当麻が気づき当然の疑問を口にする。

 確かに自分は強引に釣れられ‥‥もとい連れられて来てしまったが、いくら注意されたとはいえ風紀委員(ジャッジメント)相手に癇に障ったというだけで喧嘩を売られるとは思えない。

 もちろん今まで風紀委員(ジャッジメント)としてそれなり以上の場数を積んで来てはいるが、なんというか、こういう手合いを相手にするのは初めての気がする。

 

 

「‥‥あァ、そォだったな。ついうっかり本題の方を忘れちまってたぜ。悪ィ悪ィ、待たせたなァ」

 

 

 瞬間、突風。

 ビルの隙間にある路地裏は元々ビル風が激しいが、その風は一方通行(アクセラレータ)が、タン、と小気味いい音を立てて軽く振り下ろした足から発生していた。

 

 

「俺ァよォ、今まで何でも自分の思うとおりにしてきたつもりだったンだ。まァ思うとおりっつっても、何も考えなくてボーっと突っ立ってても別に不自由ねェだけの“力”があったわけだよ」

 

 

 何でも“反射”してしまえばいい。

 攻撃も敵意も、好意も。人と人との関わりも、思念すら自分は反射出来る。操作出来る。

 今までそのやりかたで通用しなかったのは一人だけ。だが、それはソイツ自身の中で完結する力だったから、そこまで自分は気にしなかった。

 例えば全力で殴ってソレが壊れなかったとしたら、自分の込めた力よりソレが硬かった、頑丈だったというだけの話。そこに自分が主体になる問題は存在しない。

 

 

「なンつゥか、つまンねェよなァ。そりゃやることは結構あるけどよォ、やりてェことだってあるけどよォ、結局それも作業ゲーみてェなもンだから、そこまで熱くなれねェわけよ」

 

「‥‥何言ってんだ、お前?」

 

「いいから聞けよ三下。今、すっげェ気分がいいンだ、久しぶりにワクワクしてきやがる」

 

 

 妹達(シスターズ)との戦闘も、襲いかかってくる馬鹿共との戦闘も、どれも適当に遊ぶことはあっても熱くなることはなかった。

 だからゲームは楽しい。自分の指先を、タイミングを、効率よく使ってクリアしていくのはベクトル操作とは別の問題で、そこでは敢えて反則的に優秀な自分の演算能力を行使しないで楽しめる。パズルゲームの類は別だが、格闘ゲーやレースゲーム、

シューティングは負けても楽しい。

 だが戦闘は別だ。つまらない、とんでもなくつまらない。自分の能力を適当に現状維持しているだけで終わってしまう。自分に干渉出来る奴なんて存在しない。それこそ、絶対無敵の第六位であろうと。一方通行(アクセラレータ)はいずれ自分が、彼を殺せるようになってしまうだろう確信があった。

 

 

「だってのによォ、クク、だってのによォ、なンだよ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ってのは? クク、ククククク、ヒャッヒャッヒャッヒャ!!」

 

 

 笑いが、止まらない。嗤いではなく、久々の笑いだ。

 知りたい、試したい、未知の存在への興味が尽きない。

 あぁなンてこった、こんなに面白いことが転がってるなンて、やっぱり面倒くさがらずに外に出てみるものだ。

 ‥‥カガリに会う以前の自分なら、こうして人目の多いところまでわざわざ用事もなく出てフラつくようなことはしなかっただろう。

 今日は一緒にいない友人が頭をよぎり、理解していながらも頭を振って脳の片隅へとやってしまう。なんというか、認めてしまうのは癪だった。

 

 

「おいおい勘弁してくれよ、またこういうパターンですか‥‥?」

 

「あァそォだよ三下。分かってンなら話は早いぜ、諦めて俺の実験に付き合いな」

 

 

 ベクトルを操作、砂塵を巻き上げて路地裏の出口を覆う。

 別に壁にこそならないだろうが、人目を避けることは出来る。今はこの楽しみを邪魔してもらいたくなかった。

 

 

「さァ、構えな三下。安心しろよ、殺すつもりはねェ。ただ全力で、俺の実験に協力してくれりゃぁいい。‥‥あァでも、あンまり期待外れだと勢い余って殺しちまうかもなァ?」

 

「‥‥‥‥」

 

 

 一度巻き上げた風のベクトルを操作して、自分の周りをくるくると回らせる。

 特に意味はないが、一方通行(アクセラレータ)はこういった意味のない示威行為が嫌いではなかった。台詞回しや大袈裟な動きなど戦闘に雰囲気を求めるところがあり、それは十分に弱点と言えるだろう。

 もっとも学園都市序列第一位である彼にとってみれば、それは自分の実力に裏付けされた十分すぎるほど十分な余裕なのだろうが。

 

「‥‥しょうがねーな」

 

「あン?」

 

 

 笑い続ける一方通行(アクセラレータ)を前に、呆れたような顔をしていた当麻が少しの間だけ俯き、顔を上げる。

 その顔を見た一方通行(アクセラレータ)は、少しだけ面食らった。今まで、自分と対峙した者には見ることの出来なかった表情だった。

 

 

風紀委員(ジャッジメント)としてはよくないのかもしれねーが、喧嘩ってんなら相手になる。ていうか自信満々すぎて上条さん恥ずかしくなっちまいますよ、ホント。何が殺しちまうかもしれねー、だ。殺すだの殺さないだのバカバカしいぜ」

 

 

 当麻は、笑っていた。それも嘲笑うわけでもなく、自らの上位を確信した笑いでもなく、ただ純粋に、不敵に笑ってみせていた。

 誰でも一方通行(アクセラレータ)と戦う者は、自らの勝利を確信してニヤニヤしたり、或いはこちらを馬鹿にした笑みを浮かべているものだったが、その誰とも違う、不思議な表情だった。

 

 

「‥‥テメェ、ホントわかンねェ奴だな」

 

「あ?」

 

「普通はよォ、俺みてェな奴に喧嘩売られたら逃げたり命乞いしたりするもンだろォが。右手だけなンだろ? 能力を無効果出来ンのは。だったら俺に、身体の何所か触られただけでアウトだろォが。ヒーロー気取ってンですかァ?」

 

 

 嘗められている、のだろうか。

 学園都市序列第一位と名乗ってこそいないが、ある程度場数を踏んだ者なら対峙している相手がヤバイかヤバくないかぐらいは判別出来て然るべきだろう。

 

 

「まぁお前が殺し合いしたいっていうなら話は別だけどさ、たかが喧嘩だろ? そのぐらいだったら毎日みたいに大立ち回りやってるから、今更身構えろって言われましてもね‥‥。

 もちろん上条さんとしては喧嘩しないで済むならそれに越したことはないわけですが、どうよ?」

 

「ふ ざ け ん な」

 

「ですよねー」

 

 

 じり、と当麻が戦闘体制を取る。狭い路地裏、正直この逃げ場のない戦場で一方通行(アクセラレータ)に勝つことは不可能だ。

 だが一方通行(アクセラレータ)の能力を知らない当麻は愚直に右手を握りしめる。すべての幻想をぶち殺す、彼が持つ唯一の異能を。

 

 

「ていうかお前さ、自信満々すぎるだろ。自分が負けねーとでも思ってるんですか?」

 

「当たり前だろォが。俺ァ学園都市最強だぜ?」

 

「へっ、ご大層なこと言ってくれるじゃねーか。

 いいぜ、お前が何でも思い通りに出来るってなら―――」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)が接地している足に触れたベクトルを操作、巻き上げていた風が一点に収束する。

 その仕草、わずかな仕草が喧嘩開始の合図だった。当麻も、一方通行(アクセラレータ)も、どちらも理解して、すぐさま戦闘へと移る。

 

 

「―――その幻想をぶち殺す!!」

 

 

 ‥‥結果、一方通行(アクセラレータ)が人除けのために撒いておいた砂塵は殆ど意味をなさなかった。

 調子に乗った一方通行(アクセラレータ)による戦闘が巻き起こす轟音はたちまち他の風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)を引き寄せ、二人の喧嘩はめでたく中断。

 研究所や第一位という称号の関係で厳重注意で済んだ一方通行(アクセラレータ)とは違って一介の風紀委員(ジャッジメント)である当麻は相当に絞られ、また、いつもの口癖を叫ぶことになったのだが。

 そのあと二人がごくごくたまに街で出会った際には立ち話をするような関係になったのも、それはまた、別の話である。

 

 

「不幸だぁぁぁあああーーーッ!!!!」

 

 

   

 

 

 

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