とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

15 / 19
第12話 『白髪、拳、一方通行』

 

 

 

「‥‥うわぁ」

 

 

 麗らかな昼下がり、というには若干日差しがキツイ午後。学生ばかりの学園都市では、学生が暇な時間帯には当然、人影は多い。

 実際、特に用事はないのだろう。科学技術が発展している学園都市の中では当然、ネットも盛んに利用されている。基本的に帰省ぐらいでしか学園都市の外に出られない学生達にとっては重要な情報源である。

 というかネットを使えば昨今は何でも出来る。流石に引きこもりを危惧した学園都市によって生活必需品をネット経由で購入することは規正されているが、正直学校から直帰しても一切問題ないのだ。

 

 ‥‥さらにぶっちゃけて言えば、特に彼女、佐天涙子にとってしてみればその方が都合が良い。正直、部屋に籠もってネットをしているだけで彼女にとっては幸せだった。

 やらなければいけないことは結構たくさんある。ブログの更新、@ちゃんねるのチェック、ネトゲの起動、ニヤ動のチェック。とりあえず家に帰って自動(オート)でこなす作業は、最低でもこれだけある。

 ちなみに持っているスマホで出来る作業は全て登下校中にやってしまうが、それでもPCでしか出来ないことというのもあるのだ。特に彼女には、それがやけに多い。

 

 

「‥‥ちょっと一方通行(アクセラレータ)サン、こんなとこで何やってんですか」

 

 

 景観を考慮してか、学園都市には比較的に公園の類が多い。

 学校から自宅である寮に帰るまでの間に丁度ある公園を通りかかった佐天は、そこに見知った顔を認めてふと歩みを止めた。

 

 

「ちょっと、一方通行(アクセラレータ)サンてば」

 

 

 いくつもあるベンチの一つに、だらりと背を預けて脱力する白髪赤眼の少年。下手すりゃ自分より年下に見えなくもない華奢な体躯なのに、秘めている能力(ちから)はトンデモない。

 猛禽類の爪と眼に見えなくもない模様のTシャツは、佐天も見たことがあるブランド物。但しかなりマニアックなもので、ついでに言うと大概の人間は似合わないピーキーなデザインである。

 

 

「‥‥あン?」

 

 

 まるで死んでいたかのように微動だにしていなかった少年の目が開かれる。

 鮮血のような赤い瞳。真っ白な髪の毛や肌と合わせて、かなり重度のアルビノであるようだ。

 体は華奢で、少女のよう。炎天下を歩いていたらフラフラと何処ぞで倒れてしまいそうなくらいに細く、頼りない。

 

 

「なンだよ気持ちよく寝てたってのに‥‥誰かと思えば没個性じゃねェか」

 

「だから誰が没個性かっ?! 年上だと思って下手に出てれば失礼にも程があるんじゃない?!」

 

「そンなのテメェの勝手だろォが。つかなンですか、黒髪ロング勝ち気ってだけでどォやってキャラ立ちすンだっつーの。もっと相棒の花瓶みてェに花乗せるとか考えろよ没個性」

 

「こッ、こッ、この男、殴りたい‥‥ッ!」

 

 

 見下ろしてるのはこっちの方なのに、ひどく不利な立ち位置で馬鹿にされている気がする。

 だが落ち着け佐天、拳士は自己のために振るう拳を持たない! こんなくだらないことで腹を立てるな。体の鍛錬は心の鍛錬だ!

 

 

「なァに震えてんだよ、便所でも我慢してンですかァ? ガキじゃねェだろ、便所ぐらい苦しくなる前に行けってンだ」

 

「くそぅ! くそぅ!」

 

 

 怒りを堪えかね、見た目はごく普通の少女であるところの佐天は近くの街灯をガスガスと音を立てて殴りつけた。

 流石にヘシ折れるまではいかなかったが、日頃から十分に鍛えた拳は金属だってものともしない鉄拳と化しており、街灯は見事に握り拳の形に凹んでしまっている。

 もちろん普通の少女にそんなこと出来るはずはなく、ぼちぼち人通りの多い公園を通る学生達は思わず二人のいるベンチを避けて歩いていった。

 

 

「‥‥気は済ンだか暴力女」

 

「誰がっ、暴力女かっ! ていうかアンタ殴ってないし! あたしが殴ったの街灯だし!」

 

「同じじゃねェか。‥‥で、なンの用事だよ」

 

「は?」

 

「気持ちよく惰眠を貪ってた俺にわざわざ声かけた理由だよボケ。貴重な睡眠時間を邪魔した罪は重ィぞコラ」

 

 

 ギロリ、と不機嫌そうに佐天を睨む一方通行(アクセラレータ)。華奢な体躯に比べて以上に眼力が強い彼に睨まれれば、大抵の人間は怖じ気づいて彼を避けていく。

 人殺しの空気をまとっているのが分かるのだ。とはいっても本職の殺し屋というよりは、殺人犯といった荒んだ空気なのだが。

 

 

「理由って‥‥別にそんなものはないですけど」

 

「はァ? じゃあ何か、なンの用事もねェのに俺を呼び出したっていうのかコラ」

 

「そこに知り合いが死んだみたいに眠ってたら、心配して近づきもするでしょ。あーあ心配して損した。ちょっと隣、失礼しますね」

 

 

 しかし佐天は怖じ気づかず、不満げに鼻を鳴らすと当然のように一方通行(アクセラレータ)の隣に座った。

 麗らかな午後である。中学生や高校生の時間というのは放たれた矢もかくやという速度で流れていく貴重なものであるが、だからこそのんびりとするのも悪くないと佐天は思う。

 ‥‥もっとも、隣にいる白髪赤目の少年は図々しく隣に座った年下の少女を心底迷惑そうな顔で見ているのだが。

 

 

「‥‥‥‥」

 

「あれ、どこか行くんですか?」

 

「隣でうるせェ女がいるからな。耳元できゃいきゃい騒がれちゃゆっくり出来ねェ」

 

 

 あまりにもやかましい佐天に嫌気が差したのか、一方通行(アクセラレータ)はベンチから立ち上がると、おもむろにポケットに手を突っ込んで歩き始めた。

 鞄も何も持っていないが、同じくブランド物であるジーンズの尻ポケットにはやたらと分厚く不格好な財布が入っている。おそらく、ゲーセンで使う小銭入れだろう。

 実際彼は度重なる実験による報奨金と、超能力者(レベル5)としての奨学金のおかげで相当に懐に余裕がある。普段の買い物なら全部真っ黒いカード一枚で事足りるぐらいだ。

 しかしゲーセンとなると話はそうもいかない。学園都市産の筐体ならばカードでピッすれば問題ないが、外部から運び込まれている筐体は昔ながらの、百円玉を入れて動かすタイプである。

 もちろん両替も出来るが、ある程度の小銭を持っておくのは当然の嗜みだろうと一方通行(アクセラレータ)は考えていた。

 

 

「‥‥なンでついて来ンだよ、没個性」

 

「せっかく会ったのにそういう態度とるのはどうかと思いますよ。少し暇つぶしの相手してもらってもいいいじゃないですか。どうせ一方通行(アクセラレータ)サンも、お暇なんでしょ?」

 

「‥‥チッ、好きにしやがれ。面倒に巻き込まれても知らねェからな、俺は」

 

「腕っ節しには自信があるんで、心配してもらわなくても大丈夫ですよ」

 

「心配なンてしてねェよ。勝手に好意的に解釈すンじゃねェ、脳天お花畑が」

 

「それ、初春のことですよね?」

 

 

 並んで歩く少年を、佐天は目線は前にやったまま瞳の端でそれとなく観察した。

 こうして並んで歩くと、ずっと華奢で小柄だと思っていた割には百五十センチちょっとある自分よりも十センチぐらいは身長が高い。手足はそれこそ少女のように細いし肩幅も下手すれば自分よりも狭いのが、身長に対してやけにアンバランスである。

 もっとも胸を張り、背筋はシャキンと伸ばして歩く佐天に比べて、一方通行(アクセラレータ)はまるで獲物を狙うネコ科の猛獣のような猫背だった。それも相まってこの少年を小柄に見せているのかもしれない。

 佐天の発する清澄で快活な気配に比べて、陰鬱で刺々しい雰囲気を漂わせているのも錯覚の原因の一つだろう。もっとも、それが彼を侮らせるという要因には全くなっていないわけなのだが。

 

 

「そういえば一方通行(アクセラレータ)サン、今日は学校どうしたんですか? あそこ、長点上機学園からは随分と離れてますけど」

 

 

 佐天が通う柵川中学と、一方通行(アクセラレータ)が籍を置いている長点上機学園は同じ第七学区に位置している。

 しかし学園都市は東京の西半分、さらに神奈川県や埼玉県の一部も飲み込む巨大な敷地を持つ。特に第七学区は学園都市の中央部に位置し、航空・宇宙関係の開発実験を担当している第二十三学区と共に、学園都市最大の敷地面積を誇るのだ。

 当然、そこに建つ学校の数も尋常ではない。というか学園都市の小中高の殆どは此所にあるといっても過言ではない。

 大学などになると、研究関係で各所との利権、連絡の問題もあるから、それぞれ商業や工業、農業などに特化した各学区に散らばっていたりもするのだが。

 

 

「別に、学校は行ってねェからな。此所ァ繁華街に近ェし、色々と便利だからブラブラしてただけだ」

 

「え? もしかして一方通行(アクセラレータ)サンってヒッキーなんですか? うわカッコ悪い、引きこもりって保険効かないんですよ? 病気になったらどうするんですか? 宇宙戦艦NEET気取ってると絶対痛い目見ますよ?」

 

「テメェは何処からそンな真偽も定かじゃねェ情報を仕入れて来やがンですかァ?! つーか勝手に他人様を引きこもり扱いしないンで欲しいンですけどォ?!」

 

 

 猫背のせいか、一方通行(アクセラレータ)と佐天は殆ど同じ目線で漫才じみたやり取りを交わす。

 年頃の男女が二人組とくれば騒いでいても周囲からは生暖かい視線、あるいは嫉妬を含んだ視線を向けられるものだろうが、ことこのヨクワカラナイ組み合わせの二人だと、周りの人間もこっそり避けて通らざるを得なかった。

 少なくともこの二人を見て、カップルだと思う奴は頭が沸いているに違いない。

 

 

「‥‥はァ、そォいやテメェと花瓶にゃ言ってなかったか。俺とカガリの奴ァ籍だけ高校に置いてンだ。普段は研究所の実験とかで働いてンだよ」

 

「あ、言われてみれば確かに高位の能力者は研究所とか企業で働くって、先生から聞いたことあるかも。流石は超能力者(レベル5)、学校行かなくていいなんて羨マシス」

 

「そもそも高校は義務教育じゃねェだろォが。中卒馬鹿にしてンのかコラ」

 

「籍置いてるだけの人間を高校生とは言わないと思うけど、学園都市一番の演算能力持ってる人間も中卒の称号にゃ相応しくないと思いますけどね、私は」

 

 

 学園都市の能力開発は、企業や国の利権とも深く結びついている。

 例えば空力使い(エアロハンド)ならば航空関連の分野で。発火能力者(パイロキネシスト)なら発電や金属加工の分野で。水流使い(ハイドロハンド)ならば流体力学の分野で。

 様々な能力者が様々な分野で実験環境を操作したり、提供したり、あるいは新たな現象を超能力によって引き起こすことで科学の発展を促す為に貢献する。そんな側面も学園都市は持っているのだ。

 

 流石に無能力者(レベル0)かつ中学生の佐天はそんなものには従事していないが、もちろん超能力者(レベル5)である一方通行(アクセラレータ)も例外ではない。

 彼が主に従事している"とある"実験以外にも、ベクトルを操るという能力はちょっと想像出来ない程の応用性を能力者に、周囲にもたらす。

 というよりも、もはや彼が何かの研究に貢献するというよりは、彼自身を研究することの方が大きな課題である。よって、ぶらぶらしている時間も多いが、当然のように実験に協力している時間も長い。

 ・・もっとも、彼が学校に通わない理由は多分に彼の精神的な要因と、あるいは学校という単純なカテゴリにすら収まりきらない強大に過ぎる能力なのかもしれないが。

 

 

「‥‥チッ、なンでペラペラ喋っちまったンだか。俺にばっかり口使わせンじゃねェ。テメェと一緒にいた‥‥花瓶はどォしたンだ?」

 

「かび‥‥じゃなくて、初春は風紀委員(ジャッジメント)のお仕事ですぐに支部の方へ行っちゃいました。あの()、なんだかんだで週の半分以上は風紀委員(ジャッジメント)の詰め所にいるから、実はあんまり一緒に遊べてるわけじゃないんですよね」

 

 

 支部の設備をある程度自由に使えるというメリットこそあれ、ほぼ完全なボランティアである風紀委員(ジャッジメント)の勤務体系は、支部によって大きく異なる。

 基本的には自分が所属する学校の治安維持が仕事であるから、担当地区以外から支部に所属する増員があるというのはあまり考えられない。よって人手が足りている支部と、足りていない支部が発生するわけだ。

 初春が所属している風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部は比較的人手が足りている上に高位能力者や有能な人材がそろっているが、人員も必要最小限しか確保出来ず、強能力者(レベル3)はおろか異能力者(レベル2)が関の山というところも少なくはない。

 そういうところでは自然と義務感の強い風紀委員(ジャッジメント)達がオーバーワークになりがちなのだが、初春の場合は単純に彼女の趣味だろう。

 

 

「多分、今日も嬉々としてパソコン弄ってるんだろうなぁ‥‥。ウチの中学、一応学業に関係ない物は持ち込んじゃいけないって古風なところなんで、昼間はパソコン弄れなくて悶々してるんですよね、初春」

 

「そりゃ立派な変態だな」

 

「でも実際パソコン使わせるとすごいですよ? あたしもこの前うっかり引っかかっちゃった架空請求サイトのこと相談したら、瞬く間にサイトのセキュリティ突破して色々報復行為を‥‥」

 

「本当に変態だなオィ?!」

 

 

 柵川中学一年、風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部所属、初春飾利。

 熱狂的なパソコンヲタクである彼女は支部のパソコンをほぼ自分専用に魔改造(チューニング)しており、何個ものディスプレイを幾つものキーボードで自由自在に操る女傑である。

 一部では機械仕掛けの女神(デウス・エクス・マキナ)なんてトンデモな渾名がついていたりするが、そんなことよりピーピングだと言わんばかりにあちらこちらのコンピュータや書庫(バンク)にハッキングをかけたりしているらしい。

 もはやはっきり言えることだが、彼女が風紀委員(ジャッジメント)として活動していなかったら、学園都市を電子面から引っ繰り返すことも決して不可能ではなかっただろう。というか、既に今の学園都市という体裁が保てていたかどうかも定かではなかったりする。

 

 

「そういえば一方通行(アクセラレータ)サンこそ、カガリさんはどうしたんですか? あたしと初春よりも、そっちの二人の方がいつも一緒ってイメージあるんですけど」

 

「イメージも何もまだ一回か二回そこらしか会ってねェじゃねェか。俺だって別にいつも一緒にいるわけじゃねェよ。アイツはアイツで色々と忙しいンだ。俺と違って、能力に応用性があるからな」

 

「は? でもカガリさんって発火能力者(パイロキネシスト)ですよね? 学校の授業で習ったんですけど、確か発火能力(パイロキネシス)ってあらゆる能力の中でも一番応用性が低いって先生が言ってたはず‥‥」

 

「ハッ、まァ一般論に照らし合わせりゃそォだろうな。でもよ、そりゃ有象無象の低位能力者の話だ。自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)が能力者にもたらす可能性は無限大だって、一緒に習わなかったのかァ?」

 

 

 発火能力(パイロキネシス)とは、単純に発火現象を起こす能力である。

 そこに炎を自在に操作する、というニュアンスはない。例えば火炎放射(ファイアースロアー)という能力者は炎を直線上に伸ばすことが出来るが、これは純粋に火力と、炎の出現方式の違いだ。

 例えば生み出した火球をある程度操作するのはそこまで難しいものではないが、それも発火点の操作が根底にある。見た目で"炎を操っている"ように見えたとしても、その実態は全く次元の異なる話。

 

 

自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)かぁ‥‥」

 

「‥‥?」

 

 

 くりくりとした勝気そうな瞳を曇らせて俯いた佐天を、一方通行(アクセラレータ)は横目で怪訝そうに見る。

 声をかけるような真似は自分らしくない。というか本当ならこうやって普通に一緒に歩いているというのも考えられないことだ。

 ‥‥あァそォか、この女も、いつぞや会った巨乳で眼鏡の風紀委員(ジャッジメント)も、フワフワとした友人も、遠慮なく他人様の中に踏み入って来る。

 胸くそ悪いが、確かに今までそンな奴らは決して多くなかった。だからこそ、こうして自分は一方通行(アクセラレータ)というスタンスを崩さないままに、それでも困惑しているのだろう。

 

 

「学校でも何度も教わったんですけど、あたしって自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)についての理解が足りないみたいなんですよね。能力を発現するための根底条件って言うんですか?」

 

「‥‥まァそォ言えなくもねェな。能力を身につけるためには、先ず自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)の確立が必須条件らしィ」

 

「ですよねー。でも結局のところ、それって妄想みたいなものと何が違うのかなって。妄想で能力が生まれるなんて、馬鹿らしい話だと思いません?

 そりゃあたしだってお伽話やSFみたいな超能力を夢見て学園都市に来ましたけど、それでも科学ってのが根底にないとって意識があって‥‥」

 

 

 自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)

 それは能力者が能力を扱う基盤、感覚のようなものである。例えば野球選手がバットを振る時に、迫って来るボールを狙う時の感覚。音楽家が音というものを捉え、歌に、曲にする感覚。そんなものだ。

 但し、彼らがあくまで現実に即したものについて感覚を張り巡らせるのとは異なり、超能力者のソレは現実世界の感覚とは全く違う。

 むしろ現実世界の法則に縛られたままでは決して創り出すことは出来ない。科学の世界の代物でありながら、科学だけでは説明出来ないナニカ。実のところ、佐天の言うところである妄想というのも、あながち間違いではない。

 

 実際に超能力者の能力というのは、最初に確立する自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)がキーになっている。

 極端な話をすれば自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)が確立出来なければ能力は発現しない。土台が無ければ家は建たないのだ。

 それ故に、簡単に無能力者(レベル0)と括られている学生達の中でも、差が存在している。全く能力が分からない、能力者という階段の一段目にも足をかけられていない学生と、紛りなりにも能力が判明している学生とである。

 一度能力が発現すれば、そこから不確かであった自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)が確立されるというのも珍しい話ではないが、それでも多くの学生が低位能力者に甘んじているのは、やはり超能力者という異能力の難しさが原因なのだろう。

 

 

「ま、演算能力が拡大すればそっから自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)が生まれるっつー話もあるらしィからな。勉強しろ、中学生」

 

「勉強ェ‥‥」

 

 

 間違いなく学園都市で一番の演算能力を持つ超能力者(レベル5)の第一位にそう言われてしまっては、反論のしようがない。

 ただでさえ少林寺拳法の修行で学業の方面はあまり芳しくない佐天は、蛙が潰れたような声を出すしかなかった。

 

 

「‥‥つゥか、テメェ一体何処まで着いて来やがンだ?」

 

「逆にあたしこそ聞きますけど、何処行くつもりなんですか? まさかいつもゲーセンばっかりとか? でもこの辺りのゲーセンって、あまり雰囲気良くないって有名ですけど」

 

「あン? まァそンな噂も聞くな。俺には関係ありませンけどねェ」

 

 

 第七学区は広く、多種多様な学校が集まっている。

 例えば常盤台などに代表されるお嬢様学校が集まった『学舎の園』のような場所もあれば、逆にその地区全体が所謂底辺校と呼ばれる学校の集まりであったりすることも。勿論それだけの学校が集まっていれば、繁華街も広く、自然とテリトリーというものも発生するだろう。

 佐天が下校に使っている路から少し離れたところにある繁華街は柵川中学に一番近いが、そこは繁華街を挟んで反対側の学校の縄張りである。決して立ち入り禁止とおうわけではないが、他所物は地下よりづらい雰囲気があった。

 よって柵川中学は比較的おとなしめの生徒が集まっていることもあり、さらに反対側の、大きな繁華街を愛用している。以前に銀行強盗があった大通りも、ここである。

 

 

「ま、ブラブラしに来たってのもホントだが、今日は別の用事だ。このあたりの中華料理屋で面白いもの出すっつゥ話を聞いてな」

 

「おぉ、ゲロマズ料理ktkr」

 

「ンだよ、その生暖かい目は。別に誰かに理解される必要なンてねェンだ。そこに料理があるなら、食ゥだけだ」

 

 

 たった一回きりの出会いであったが、佐天の目にはしっかり焼き付いている。

 小豆と納豆、そしてチリビーンズという理解不能なトッピングをしたクレープを嬉しそうに―――おいしそうに、ではない―――食べる学園都市序列第一位の姿が。

 あれは衝撃的な光景だった。少なくとも、美味しいという方向性を求めるべき料理という概念に対する冒涜‥‥とまではいかなくても、十分過ぎるほどの反逆、謀反であろう。

 

 

「じゃあなんですか、一方通行(アクセラレータ)サンてば基本的に毎日ゲーセン行ったりご飯食べたりしてばっかりなんですか? うわぁなんて自堕落、羨マシス」

 

「だから実験もあるっつってンだろォが?! テメェに都合のいいとこばっか聞いてンじゃねェよ没個性ッ!!」

 

 

 佐天達が普段使っている繁華街とは異なり、この辺りは随分と狭い路地や少し古く煤けた建物も多い。

 学区の中心部や外部からのツアー客、賓客などが頻繁に見学に来る地域は徹底的な再開発が施されているが、やはり全てを近未来仕様へと改装するのは不可能であった。

 よって他の部分、周辺に対しての外縁部は殆ど昔ながらの東京や神奈川の町並みが残っている。もちろん第七学区も同じである。

 中央区の天高く聳えるビル群とは異なり、せいぜいが五、六階から高くても十階建てぐらいだろうコンクリート剥き出しで、洒落っ気のないビルが並ぶ。

 路地裏も安定の薄暗さだ。この辺りも大きな通りや公園はしっかりとドラム缶型の清掃兼警備ロボットが巡回しているが、流石に数が足りないのか、こんな路地裏まではやって来ない。

 一方通行(アクセラレータ)はそんな埃が目立つ路地を、すいすいとポケットに手を突っ込んだ猫背のまま進んで行く。

 決して速いわけではないから大丈夫だが、もしもう少し少年らしい大股な歩みであったなら土地勘のない佐天などあっという間に離されてしまっていたことだろう。

 

 

「おゥ、あったぜ。此所だ」

 

「‥‥なんか普通の寂れた中華料理屋ってカンジですね。あたしの実家の近くにも普通にありそう。こんなところに一方通行(アクセラレータ)サンのお目当ての品があるんですか?」

 

「あァ、間違いねェ。ひしひしと感じるぜェ、店主の放つ独特のオーラをよォ‥‥」

 

「‥‥オーラ?」

 

「俺が目指す"ああいう"料理を出すような店の主なんてのはなァ、『食えるもンなら食ってみやがれ』っていゥ挑戦的な歪んだ性格してやがンのさ、大概がな。

 しかも連中、その料理に絶対の自信を持ってやがる。要は同類、同胞を見極めてンのさ。同じ志を持った、仲間ってヤツだな」

 

一方通行(アクセラレータ)サンなら仲間って言葉が出るのも違和感バリバリな希ガス‥‥。ていうかどんだけ捻くれてんのよ、料理人ってのは」

 

 

 道連れの少年少女がたどり着いたのは、少し大きめの通りのさらに裏側にひっそりと建っている、見た目はごく普通の、本当にありきたりの中華料理店だ。

 ほどよく薄汚れていて、寂れている。おそらく誰もが認めるところの変人である一方通行(アクセラレータ)が注目する要素など、それだけでは何処にも見あたらない。何故か『冷ヤシ中華始メマシタ』というカタカナ交じりの暖簾が目立つ。

 

 

「おィ、覚悟はいィか没個性」

 

「だからッ! 誰がッ! 没個性かッ?! ていうかあたしも食べることになってんですか?!」

 

「‥‥テメェなンのために着いて来たンだ?」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉に、佐天は自らが許す限りの踏み込みで大きく一歩後ずさった。

 いや、確かにここまで調子に乗って着いて来てはしまったけれど、まさか自分も一方通行(アクセラレータ)と同じ料理を食べなければいけなくなるとは‥‥。

 特殊な食癖を持つ一方通行(アクセラレータ)と違って、佐天は極めて普通の味覚と食べ物の好みを持つ。まだ彼の好む料理には一回しか遭遇したことがないが、今回もアレに匹敵するものであることは間違いない。

 近い将来に確実に訪れる悶絶という結末を思うと、佐天はこめかみを伝う冷や汗を止められず、仕方が無しに嬉々として扉に手をかけた一方通行(アクセラレータ)に続き、言われてみれば何処はかとなく不穏な雰囲気を醸し出している中華料理屋の中へと入っていったのだった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。