とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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第13話 『中華、白髪、胃袋崩壊』

 

 

「ごめン下さァい」

 

 

 ガラリ、と懐かしい音を立てて引き戸が開く。

 多くの扉が自動ドアへと変わっている学園都市では、佐天が通う柵川中学の教室の扉と合わせて、懐かしい響きだ。

 

 

「‥‥あれ、やっぱり普通のお店ですね。ちょっと香辛料の臭いがキツイけど」

 

 

 入った中華料理店は、外見に違わずごく普通のお店であった。

 中は小綺麗に掃除してあるが、流石に年季が入っているためか薄汚れている。近くのテーブルに触ると、足が擦れてしまっているのか、ガタガタと揺れた。

 壁には開店当初から貼り付けてあるのではないかと思う黄ばんだ紙にメニューが書かれており、机の上にも同じようなメニューが薄汚れたラミネートで挟まれて置いてある。

 椅子もテーブルと同じ軽い印象のある木製で、机と同じでガタガタしている。確かに若干不気味ではあるが普通には違いない。

 学園都市の多くの店とは異なり、おそらくは一般的な学生向けに営業しているわけではなさそうだ。メニューをチラリと見れば値段は決して高くはないが、大通りに軒を連ねるチェーン店ほどには安くない。これでは懐が寂しい学生のための店とはとても思えなかった。

 

 

(‥‥多分、学園都市が出来る前から細々と続いてるお店なんだろうなぁ。学園都市の方から補助金が出てるかもしれないし)

 

 

 迷いなく近くの席についた一方通行(アクセラレータ)に続き、佐天も彼と相対する位置にある椅子に腰を下ろした。

 ああ、先ほどは古びたとか寂れたとか失礼なことを考えていたが、そこまで悪いものではない。ファストフード店やファミレスでは味わえない、安心感や緊張感がある。

 アットホームな印象と、それと矛盾する未知への期待と不安。

 例えばクラスの皆と昼食に行く、という状況にはあまり馴染まない店だろう。少なくとも佐天のような女子中学生の団体がキャイキャイ騒ぐようなことを許してくれる雰囲気ではなさそうだ。

 しかし一人でフラリと立ち寄ったり、あるいは気心しれた友人と二人で与太話に興じながら食事をとったりするならば、やはりこういった店に限る。

 未成年は居酒屋というわけにはいかないだろうが、こういった定食屋が未だにしっかりと生き残っている理由にはそういうところもあるだろう。

 もっとも未だ老成した価値観を持つに至らない佐天では、そこまで気づけはしないだろうが。

 

 

「いらっしゃーいお二人サン、中学生カナ?」

 

 

 と、物珍しげに辺りを見回していると、目の前にホカホカと湯気を上げるお絞りが姿を現した。

 

 

「こんな時間に君達みたいな若いコが来るなんて珍しいネ。お昼ご飯食いっぱぐれたのカイ? だったらサービスしちゃうヨ?」

 

 

 首を横に回せば、そこにいたのは椅子に座った自分と殆ど目線の変わらぬ少女の姿。

 年頃はそれこそ、もしかしたら自分よりも下かと見まごうぐらい。国籍不明の胡散臭いコック帽を被り、エプロンをつけている。

 

 

「えーと、親御さんのお手伝いかな? 偉いね、学校終わったら遊びたいでしょ?」

 

 

 佐天が選んだ言葉は、彼女なりに状況を判断した結果、最善と思うものであった。

 この場に第三者が居合わせたとして、誰も彼女を責めることは出来ないだろう。しかし、目の前の少女は佐天の言葉を聞くと俄かに眉間に皺を寄せて顔を顰める。

 

 

「随分と言ってくれるじゃないカ、お嬢サン。こう見えてモ、君の倍は生きてル自信があるんだけどナ」

 

「‥‥へ?」

 

「見た目で人を判断しちゃいけないってママに教わらなかったのかナ? まったく、近頃の若い者と来たら皆が皆、君と似たようなことを言うんだカラ‥‥」

 

「え、えぇっ?! す、すいません失礼なことを言って‥‥」

 

 

 途端、しどろもどろになる。

 本来なら子どもの戯れと一笑に付すところだろうが、こうして相対して、言葉を聞けば、雰囲気からそれが本当であることがはっきりと理解出来た。

 信じられないが、おそらくはこの人こそが。

 

 

「‥‥なる程、噂の通りじゃねェか。『第七学区にはチビッ子が店長やってる中華料理屋がある』ってな。眉唾もンだと思ってたが、まさか本当とは」

 

「ウン? その口ぶりダト、もしかして君も“アレ”が欲しくて来たのカナ?」

 

「へェ、分かってンじゃねェか。そォいゥことなら、別にわざわざ注文する必要もねェみたいだな?」

 

 

 ニヤリ、と笑う一方通行(アクセラレータ)とチビッ子店長。

 ただならぬ雰囲気に、佐天は思わず口の端が「ゲッ」という形に歪むのを抑えられなかった。

 果てしなく嫌な予感がする。やはり着いて来ない方が正しい選択肢だったのかもしれない。

 

 

「フラリとウチに立ち寄る客と昔からの常連サン以外で来る連中ハ、大抵が麻婆豆腐カ、“アレ”目当てだからネ。君はどうやらアッチ側の人間ラシイ。

 ここ暫くご無沙汰だったカラ、腕が鳴るヨ。ちょっと待っててクレ、すぐ用意シヨウ」

 

 

 エプロンをまるでマントのように翻すと、小さな影はキッチンへと消える。

 ちょっと遠くて高さもあるから、店長の姿はカウンター越しにチラチラとしか見えない。たまに見えるコック帽の高さから判断するに、おそらくは調理場が特注のものなのか、あるいは単純に台を使って料理をしているんだろう。

 いくらあの人の調理スキルが高くても、身長差を覆すまでには至るまい。

 

 

「ちょっと一方通行(アクセラレータ)サン、一体ナニを注文したんですか?」

 

「黙ってな没個性。店長の粋な計らいってヤツを無碍にすンじゃねェ」

 

「はぁ?」

 

「いくら注文が分かりきってるからって、わざわざ口にしなかったのは理由があンだ。あのチビ、只者じゃねェ。テメェが“コッチ側”の人間じゃねェことまでしっかりと見破ってやがった。

 何が出るのか分かンねェ。そンなドキドキも食事のスパイスだ。俺ァもう何が出るか分かっちまってるから味ぐらいしか想像する余地がねェが、テメェは料理そのものへの期待感も味わえる。

 これこそ粋な計らいって奴だろ? あァ楽しみだ、今のウチから、どンなもンが出てくるかよォ‥‥」

 

「だめだコイツら、はやくなんとかしないと‥‥ッ!」

 

 

 その心意気は買うが、今の自分が抱いているのは期待感ではなく純然たる不安であるということに、何故気づいてくれないのか。

 もとより覚悟は決めて着いて来ているつもりではあるが、それにも限界がある。何より店内に漂う刺激系の香辛料の香り。嫌な予感を助長する。

 

 

「―――さぁ、お出ましだぜ」

 

 

 よたよた、と真っ白い物体が歩いてくる。

 くす玉ぐらいの大きさはあるだろうか。とても子どもの体で一抱えに出来るサイズではなく、ついでに言えば重量も相当にあるようでフラフラよたよたと左右に、前後に揺れている。

 

 

「‥‥何よアレ」

 

 

 弾力がありそうだが、ゼリーとは違う。おそらく杏仁豆腐でもなく、プリンでもない。

 ちくわぶよりも硬そうだ。けど、完全に硬いわけでもない。多分、あ流程度は柔らかいだろう。

 

 

「お待ちどぉアルっ! ご所望の『泰山特製ナルトケーキ』だヨッ!!」

 

「‥‥おぉ、なんという」

 

「きたきたきたきたきたぜェェ!!」

 

 

 ドン、と鈍い音を立ててその謎の白い物体がテーブルの上に置かれた。

 何故かホカホカと湯気を立てる、円柱状の食べ物。上から見ると歯車のような形をしていて、上面にはピンク色の渦巻き模様が描かれていて、眼に鮮やか。

 佐天がめいいっぱい腕を回しても、とても一抱えには出来ないくらいの大きさ。正直言って、トンデモない。

 

 

「‥‥なると」

 

「おゥ。これがこの店の名物、ナルトケーキだ!」

 

 

 ケーキ、というには些か疑問がある。

 正真正銘の鳴門巻きだ。それ以上でも、以下でもない。あえて“以上”の部分を挙げるとすれば、おそらくそれは純粋にサイズ。

 それが特注の皿にドンと乗り、しかも、何故かホカホカと湯気を立てている。いったいどういうことなのだろうか。

 

 そも、鳴門巻きとは鳴門海峡の渦巻きをイメージした模様がある、要は蒲鉾(かまぼこ)の一種である。

 つまりはこんな短時間で出てくるものじゃないし、そもそもケーキじゃない。ていうか先ずサイズがおかしい。

 何もかもがおかしい。ゲテモノ、と一概に言い切ることは出来ない絶妙な料理だが、とにかく色々と存在そのものに疑問符を感じざるを得ない料理だ。

 

 

「これは私自身が定期的に静岡に行って作って来てるんダヨ。アル程度保存が利くからネ。まぁ趣味で出してる料理だカラ、採算は無視してるヨ」

 

「え? だってさっき『腕が鳴る』って‥‥」

 

「こんな大きくて重いんだモノ、そりゃ運ぶの大変ダシ、腕も鳴るサ?」

 

「‥‥うわぁ」

 

「さぁ食べた食べタ。別に暖かいモノじゃあないガ、それでも早く食べた方がおいしいヨ」

 

 

 渡されたナイフとフォークを構えると、目の前の鳴門巻きは更に大きく見えた。

 ナイフが良いのか、特別な鳴門巻きなのか、決意も露わに切り込んだナイフはすんなりと入り、とりあえずは自分のためにカットケーキぐらいのサイズを取り分ける。

 ‥‥何の変哲もない鳴門巻き、のかけらだ。なんとかピンク色の模様の部分まではいきついたが、それも端っこだから殆ど真っ白い謎の物体にしか見えない。

 というかケーキと言ったわりにはクリームもフルーツも乗っかってないし、断面も真っ白で中に何も入っている気配はなく、正真正銘の鳴門巻き。

 こんなものラーメンに添え物のように乗ってるペラペラしたものしか食べたことがないのだが。よくよく思い出してみても、味どころか食感すら思い出せない。

 

 

「い、いただきまーす‥‥」

 

 

 それでも、出されてしまったものを残すのは良くないことだ。着いて来てしまった以上、料理を出されてしまった以上、しっかりと食べる責任と義務がある。

 昨今の若者には珍しい殊勝な心掛けのみを頼りに南無三と唱え、佐天は切り分けた鳴門巻きをフォークに刺し、口に運んだ。

 

 

「‥‥あ、おいしい」

 

 

 以前に見たトンデモなクレープを思い出して決めた覚悟は、しかし意外な方向に裏切られる。

 口に入れた鳴門は、予想に反して実にまともな味をしていた。

 食感は蒲鉾に比べると粉が多いせいか、プリプリというよりはもちもち。では硬くて噛みづらいのかと言えばそんなことはなく、食感を大事にしながらも、噛みしめる時にはフワリと舌にとろける。

 

 

「しかも、仄かに甘い‥‥?」

 

「成る程、ケーキの看板に偽りなしってェことか。良い仕事すンじゃねェか、店主」

 

「ハハ、褒めてもお茶ぐらいしか出ないヨ?」

 

 

 おそらく生地には甘いシロップが混ざっているのだろう。この水気も不思議な食感に一役買っているのかもしれない。

 一番近い味を挙げるならば、杏仁豆腐の優しい甘味。決して自己主張の強い甘味ではないが、だからこそ良い。

 これが本当のケーキのようにしっかりとした甘味をつけられていたら、おそらくはすぐに飽きてしまうことだろう。

 何のトッピングもないが、故にこの控えめな甘味が活きて来る。未だ食に関して年齢相応の未熟な感性しか持ち合わせていない佐天にも分かる、職人芸だ。

 

 

「うん、おいしい。素直においしい。一方通行(アクセラレータ)サンの選ぶ料理にこんなまともなモノがあるとは、驚きだわ」

 

「まだ一回二回しか体験してねェ癖に、一端の口を利きやがらァ。まだまだこンなもンじゃねェぜ、俺の目指す料理達の深淵って奴はな」

 

「‥‥今日は甘んじて受け入れたけど、出来れば謹んでお断りしたいところなんですけど」

 

「あーあー成ってねェなァ。未知のもンに怖気付きやがって、みっともねェったらありゃしねェ。そンなンだと低能力者(レベル1)への道も遠いぜェ?」

 

「“未知”と“道”をかけたつもりですか。誰が上手いこと言えと言ったか」

 

 

 一口、二口、不思議とフォークとナイフは止まらない。

 これほどまでに飽きが来ない味というのも十分に珍味の範疇だろう。まるで駄菓子や乾物のようだ。

 くどくない甘味も慣れてしまえば、店主が出してくれたハーブの香りのする暖かいお茶が洗い流してくれる。こちらも普通の店やチェーン店で出されるものとは、少し風味が違っていた。

 

 

「‥‥とはいえ」

 

 

 しかし、ネックはやはりその圧倒的なまでの量。

 武芸者を自認し、日々修練を怠らないがためにそれなり以上の大食漢女である佐天であるが、いくら飽きが来ない味といっても限度はある。

 ましてやその華奢な体躯から受ける印象に違わず、少食の気がある一方通行(アクセラレータ)は言うに及ばず。もともと肉類など重いものを好む彼だが、意外にも許容量はそこまで多くない。

 如何に学園都市序列第一位でも、満腹までは反射出来なかろう。もし出来たとしても、それはきっと何か別の概念だ。

 

 

「ちょっと、一方通行(アクセラレータ)サン」

 

「‥‥なンだよ」

 

「こういう料理だって分かってたくせに、どうしてそんなに少食なのよ。ていうかあり得ないでしょ、食べ切る自信も無いくせにこういう料理頼むとか、あり得ないでしょ。大事なことなので二回言いました」

 

「煩ェ没個性。そこに料理があったら、食うンだよ。食える食えないは関係ねェ、俺ァ一方通行(アクセラレータ)だ」

 

「駄目だコイツ本当に早く何とかしないと」

 

 

 とても美味しいデザートだったが、やはりサイズがサイズである。最初に見た時に十分、というよりは確定的に明らかだったが、これを二人で食べ切るには無理がある。むしろ無理しかない。

 一方通行(アクセラレータ)はもともと真っ白な顔をもはや青白くしてまで完食を目指して頑張っているが、時間の問題だろう。痩せ我慢ならぬ満腹我慢とはこれ如何に。

 もちろん佐天もとうの昔に限界だ。圧倒的な炭水化物の暴力である。今夜は体重計に乗らない方が賢明そうだ。

 

 

「‥‥ごめんくださーい」

 

「あン?」

 

「あれ?」

 

 

 さて、この白い巨塔をどう制覇しようかと二人して顔を見合わせた時である。

 食事時を完全に外し、人気のなかった店の扉が、ガラリと開く音がした。

 

 

「‥‥あれ? こんなところで会うなんて奇遇ってことです」

 

 

 フラリと現れたのは、この暑い盛りにも関わらず裾が足首近くまである白衣を羽織った男子学生。

 髪の毛は無造作に後ろに撫でつけられ、目は優しげだが光が灯っておらず、生気が感じられない。背はかなり高めだが、ふわふわと頼りなさげに揺れている。

 白衣の下に見えるのは、シンプルだが相当に仕立てが良い制服。胸ポケットの校章を見る人が見れば、名門中の名門である長点上機学園のものであることが分かるだろう。

 長点上機学園の生徒は無能力者(レベル0)でもそれなり以上の額の奨学金が出るから、こんな場末に現れるのは当然のように違和感があった。

 

 

「カ、カガリさん?! どうしてこんなところに‥‥」

 

 

 学園都市序列第六位、無尽火焔(フレイム・ジン)ことカガリ。本名不詳。学園都市最強の発火能力者(パイロキネシスト)である。

 誰もが認める奇人変人の類である一方通行(アクセラレータ)の親友は、不思議そうな顔でテーブルに座っている佐天と一方通行(アクセラレータ)を見ていた。

 

 

「いやぁ、僕の知り合いがココの麻婆豆腐の大ファンでね。たまに届けて貰ってるんだけど、流石に皿まで取りに来てもらうのは申し訳ないから、こうして返しに来てるってことです。君たちは‥‥あぁ、一方通行(アクセラレータ)、君がいるってことはいつもの病気かな?」

 

 

 言われてみれば、確かに片手には中華料理屋の出前がよく持っているおかもちが提げられている。

 もっとも学生服に白衣を羽織った奇抜な格好のカガリが持っていると、何の冗談だと思わざるをえない光景ではあったが。

 

 

「おィこら、テメェこンな店知ってンだったらどォして最初に俺に知らせなかったンだ?」

 

「いやいや、僕もこの店のメニューで知ってるのは麻婆豆腐ぐらいでね。まさか君が気に入るような奇抜な料理を出してるとは、思いもしなかったってことです」

 

「まぁメニューには載せてないからネ。口コミでしか知らないと思うヨ、これ目当てで来るお客さんモ。道楽でやってるメニューだカラ、名物にするつもりもないシ」

 

「僕もその方がいいと思うってことです。コイツみたいなのが珍しいんだから」

 

「煩ェ。俺ァ未知のものに挑み続けるチャレンジャーなンだよ。この崇高な趣味が分からねェ奴ァ、所詮その程度の人間ってこった」

 

「‥‥だとしたら、あたしはその程度の人間で十分です。そうだ、カガリさんもお腹に空きがあったら手伝ってくださいよ。コレ、とてもじゃないけどあたしと一方通行(アクセラレータ)サンじゃ食べ切れませんし」

 

 

 悪態をつく一方通行(アクセラレータ)を横目に、佐天は恥も外聞もなくカガリに助けを求めた。

 いや、確かにこの鳴門巻きは美味しい。美味しいけれど、とてもじゃないが二人で食べれる量では決してない。多分こっち方向に特化してるのが一方通行(アクセラレータ)の関心を買ったのだろう。

 ちくしょう、少しでもまともな料理と思ってしまったのが間違いだったのだ。あの鬼畜クレープのイメージがあったからストンと安心してしまったが、普通に考えれば最初から逃げ出しても不思議じゃないトンデモ料理だったというのに。

 

 

「‥‥うーん、そうしてあげたいのは山々だけど、僕は食べ物を食べられないってことです」

 

「は?」

 

「こういう食べ物はね、食べられないってことです」

 

 

 困ったように笑いながら、カガリは二人と向かい合うように椅子に腰掛けた。

 おかもちは既に店主が回収し、今は厨房で皿を洗っている。

 ‥‥おそらくあの香辛料のキツイ匂いは名物だとかいう麻婆豆腐が原因だろうと佐天は一人心の中で得心した。どれほどまでに辛いのだろう、カガリの持ってきたおかもちからも微かに匂いがするのだ。

 まっとうな客なんて殆どいないのではあるまいか。こんな料理ばかり出していてよくも経営がなりたつものである。

 

 

「僕には生まれつき、味覚と嗅覚が欠けてるんだ。だから今までまともに食事ってものをしたことがないってことです」

 

「じゃ、じゃあ栄養とかは‥‥?」

 

「別に食事じゃなきゃ栄養がとれないわけじゃないってことです。他にもいろいろと手段はあるだろう?」

 

 

 料理とは五感で味わうものだと、とある料理人は言った。

 視覚を見た目の美しさで満たし、食欲をそそる匂いで嗅覚を満たし、焼ける音、したたる肉汁、氷のはじける音で聴覚を満たし、その触感で触覚を満たす。もちろん味は、味覚そのものだ。

 だがカガリはその内、最も大事な味覚と嗅覚が生まれつき存在していない。さらに言えば、触覚もかなり鈍い。物を持ったり握ったりするのはかなり苦手な方である。

 それらは彼自身の出自に密接に関係しているが、彼はその感覚を味わったことがないために、さして不自由と思ったことはなかった。だからこそ佐天の複雑な視線も、困ったように笑うしかない。

 むしろ一方通行(アクセラレータ)の食事に付き合わされた数少ない幾人かが辿った末路を見ると、味覚なんてものは無くて良かったのではとも思っていた。

 

 

「そんなわけだから、僕の体は食べ物をとるようには出来ていないんだよ。申し訳ないけど、手伝えそうにはないってことです」

 

「トホホ、結局これ全部しっかりあたしたち二人で食べなきゃ駄目ってことか‥‥」

 

「泣き言抜かすな没個性。出されたもンは、黙って食うンだよ」

 

「そう言ってる一方通行(アクセラレータ)サンは全然スプーンが進んでないみたいですけど?」

 

 

 希望が絶望に変わり、一気に食欲が失せてしまう。

 なにより付き合わされた自分が頑張って食べているのに、頼んだ張本人の一方通行(アクセラレータ)の方が食べている量が少ないのは納得できない。

 いや、明らかに自分の方が食べられる量が多いことは分かっているのだ。しかし、それでも感情が納得してくれないのである。

 

 

「おやおや、やっぱり食べられなかったカ。まぁ君たちを見た時から予想はしていたけどネ」

 

「‥‥煩ェ、俺ァまだ食えンだよ。放っときやがれ」

 

一方通行(アクセラレータ)、親切心から忠告するけど強がりは止めた方がいいってことです。君も流石に満腹までは反射出来ないし、体調不良も同じだろう?」

 

「だから、煩ェっつってンだろォが」

 

 

 自身の矜持(プライド)に賭けて何とか完食するつもりらしいが、一方通行(アクセラレータ)も明らかにこの辺りが限界である。

 付き合わされている佐天も佐天で限界スレスレであるが、食べ物を食べないカガリは楽しそうに二人が苦しむ様子を見ていた。なんというか、性格が悪いわけではないんだが、愉快犯であることには違いない。

 

 

「まぁカガリ君が言う通り、この辺りが限界ダロウ。お嬢サン、良かったら持ち帰る用にタッパーでも貸してあげようカ?」

 

「え? いいんですか?」

 

「君も彼も、興味本位とはいえ美味しそうに食べてくれたからネ。趣味人としては食べきれないのを見るのは寂しいガ、料理人としては悪い気はしないヨ。カガリ君と知り合いナラ、彼に返してもらえば良いしネ」

 

 

 間違ってもコレに使うモノではない大きな中華包丁で器用に、綺麗に切り分けていく。

 瞬く間に小さめの三角形に切り分けられた鳴門巻きが、タッパーに収まり、なおかつ布巾で上品に包まれた。

 

 

「‥‥って、なんで一つしかないんですか」

 

「そっちの彼は持って帰っても食べないだろうシ。どうせならお友達とかにも分けてあげて欲しいナ。せっかく作ったんだからネ」

 

 

 かなり巨大なタッパーだけど、言われてみればコレは保存が利くし、お腹いっぱいで食べられなくなってしまいはしたけど飽きがくるようなものではない。

 初春や寮の友達に分ければ問題はないだろう。どうせ一方通行(アクセラレータ)の奢りだ。自分の懐は痛まないし。

 

 

「じゃ、じゃあ、ありがたく頂きます」

 

謝謝(シェイシェイ)。何か誤解されてるかもしれないケド、ちゃんと普通の料理も置いてるからネ。もし気に入ってくれたら、他の料理も食べに来てくれるとうれしいヨ」

 

 

 佐天の隣で座る一方通行(アクセラレータ)は既に出された暖かいジャスミンティーを啜り、退席ムードに入っている。

 いつの間にか店主とのコミュニケーションを任されているのが自分だけという状況に、佐天は釈然としない感情を覚えた。一人で家にいるよりは有意義かもしれないが、これもこれでどうなんだろう。

 

 

「じゃあ、ここら辺でお暇しますね。一方通行(アクセラレータ)サン、どうするんですか?」

 

「‥‥俺も帰る。教は十分楽しンだ」

 

「君もまた来てヨ。何か面白い料理があったラ、教えてあげるカラ。カガリ君、彼女にもヨロシク」

 

「また来ますよ。暫くしたらまた食べたくなるに決まってるってことです」

 

 

 当然のように一方通行(アクセラレータ)が勘定をして、店を出る。

 どれぐらいの時間をあの中華料理店で過ごしていたのだろうか、いつの間にか外は夕暮れ時で、学園都市に夜の闇が訪れつつあった。

 中央区のビル街ならば夜でもそれなりに明るいが、やはりこの辺りはこの時間になると人通りも少なくなり、古い建物の明かりは消える。街頭も心なしか薄暗い。

 

 

「‥‥チッ、もォこンな時間か」

 

「面倒な時間帯になっちゃったってことです」

 

「へ?」

 

 

 チラリとこちらを見て渋面を作った二人に、佐天は怪訝な顔をして首を傾げた。

 確かに暗くなってから外を出歩くのは、あまり褒められたことではない。学園都市に来る前の門限は時間に関係なく、日が落ちるまでだった。

 しかし学園都市の学生達は基本的に親元を離れてここに来ている。自然と羽目も外しがちだし、夜遊びだってそこまで珍しいわけではない。

 もちろん完全下校時刻を過ぎれば警備員(アンチスキル)や警備ロボットのお世話になるわけだが、流石にこの時間はまだ全然学生たちの時間だ。もちろん遊び惚けるのは決して褒められたことではないが、ことこの二人がそんなことを気にするキャラには見えなかった。

 

 

「おィ没個性、テメェ家はどっちだ?」

 

「え? あ、いや、ここから東の方に二十分ぐらい歩けば着きますけど‥‥」

 

「ふむ、どうしたものかってことです。今すぐ別れるべきか、あるいは家まで送るべきか‥‥」

 

「‥‥研究所の方からメールが入ってる。次の実験に行くには中央区の駅からモノレールに乗る必要があンな。

 仕方がねェ、方向が一緒だから途中までは行ってやるか」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉に、さらに不可解は募る。

 女性を家まで送るのは男性としてのマナーだろう。しかしこの二人が―――カガリはさておき―――そういうことを知っていたとして実行するかと言えば‥‥微妙。

 

 

 

「‥‥何かあるんですか?」

 

「別に、何もねェ。何もねェなら、俺らも手間ァかかンなくて都合いいンだけどな」

 

「ちょっとちょっと、それって何かあるって言ってるようなものじゃないですかっ?!」

 

「だから、何もねェかもしンねェだろォが」

 

「まぁ寝覚めが悪くなるようなことがあるのは、僕らとしても本意じゃないってことです。それにしても一方通行(アクセラレータ)、君が彼女に気を使うなんてことがあるとは‥‥もしかして、ホの字ってヤツかな?」

 

「バカ言うンじゃねェ、消し飛ばすぞコラ。ただ後始末が面倒くせェ、そォ思っただけだ。コイツが巡り巡って俺のとこに厄介呼び込むかもしンねェだろォが」

 

「ツンデレ乙」

 

「は? おィこら没個性、テメェ今なンて言いやがった?」

 

「あ、ごめんなさい、つい口が自然と。‥‥とりあえず駅まで一緒に帰ればいいんですよね?」

 

「なァンでテメェが俺らに付き合うみてェになってンだよ。逆だ、逆。ありがたくも学園都市の第一位サマが送ってやるンだ、這い蹲って礼を言うのが基本だろォが」

 

「それだけは、死んでも嫌」

 

「じゃあ死ねクソアマッ!!」

 

 

 何故か仲良く帰ることになってしまった三人はじゃれ合いながら足早に道を進んだ。

 佐天の軽口に反応した一方通行(アクセラレータ)が叫ぶたびに小石やら小枝やらが飛び交い、それを見事なスウェーで佐天が器用に避ける。周りに人がいないからか、お互い遠慮がなかった。

 もちろん一方通行(アクセラレータ)が本気を出せば、いくら武道を嗜んでいるとはいっても佐天ぐらい簡単にボロ屑へと変えられる。

 そう考えると、彼は自分の意思でもって、それなり以上の手加減をしているのだろう。二人の隣でたまに流れ弾を喰らいながら、カガリは呑気にもそんなことを考えていた。

 

 

(‥‥まぁ、彼女が特別ってわけでもないだろうけどってことです)

 

 

 学園都市序列第一位。

 例えば学力で一番とかスポーツで一番とか、そんなことなら大したことではなかっただろう。学力と運動神経は比べられない。歌唱力と手先の器用さは比べられない。他と比べることの出来ないカテゴリーは、その中だけで完結する。

 けれど、“学園都市序列第一位”という肩書きが意味するところは、それらのどれとも全く以て異なるものだ。

 

 他のどれとも比較出来る、同じ土俵に立てるもの。それは、暴力、あるいは最も単純な“力”という概念だ。

 本来なら比較出来ないものを、暴力は組み伏せ、吹き飛ばすことが出来る。故に暴力、力による君臨は万人に価値がある。

 価値があるということは、誰もがそれを認め、ともすれば求めるということだ。力を表す最も単純な指標は、既に学園都市に存在している。それは能力者達の、序列だ。

 

 学園都市の序列は基本的に能力の強度(レベル)と威力、そして有用度で決定される。

 主に身体測定(システムスキャン)の結果がこの序列の基準となるが、決して頻度は高くない。むしろ低い方だといえるだろう。

 だとすれば可能な限り早く“成り上がる”ためにはどうすればいいだろうか? 答えは決まっている。しごく簡単だ。

 

 

「‥‥おィ」

 

「なんだい?」

 

「やっぱりこうなったじゃねェか。だからとっととポイして俺らだけで帰りゃ良かったンだ」

 

「一緒に帰るって言ったのは君ってことです」

 

「煩ェ」

 

 

 下の地位の人間が上の地位へと成り上がる簡単な方法は、即ち上の地位の人間が下の地位へと下って来てくれることだ。

 努力するよりも、上の人間を引きずりおろすことの方が簡単だと思うのは、自分に自信の無い人間の常套手段である。しかし、こと相手が学園都市序列第一位だとするのならば‥‥あるいは逆に、根拠のない自信があるのだろうか。

 

 

「え?! ちょ、ちょっとなんですかこの人達?!」

 

「あァ、ダチだよダチ。よく遊ぶンだ、この辺りで一緒によォ」

 

「明らかにそんな雰囲気じゃないんですけど?!」

 

 

 気がつけば佐天達は、五人ほどからなる集団に取り囲まれていた。

 男が四人、女が一人。着崩した学生服や私服姿で、統一性はないが揃って敵意に満ちた視線を佐天達、というよりは一方通行(アクセラレータ)に放っている。

 

 

「‥‥まぁ予想はしてたってことです。佐天涙子さん、覚悟は出来ているかな?」

 

「へ? へ? へ?」

 

 

 この辺りはこの時間になると建物の中にも人はいない。

 ましてや人通りも当然のように無く、ソワソワと不安そうに辺りを見回す佐天を余所に、五人の学生はじりじりと一方通行(アクセラレータ)達へと距離を詰めてくる。

 

 佐天の知らない学園都市の暗い部分が始まりを告げていた。

 

 

 

 

 

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