とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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原作で第六位の存在が示されましたね。いつかは来ると思っていましたが‥‥!
まぁ気にせずに頑張ります!


第14話 『跳躍衝撃、重力操作、一方通行』

 

  

 

「‥‥学園都市序列第一位、一方通行(アクセラレータ)。学園都市序列第六位、無尽火焔(フレイム・ジン)で間違いないな?」

 

 

 人通りの殆ど無い、第七学区西の方の路地。

 学生達が中央区へと向かう途中の通り道にあるこの区域は、学生達がちょうど下校する時間帯を過ぎてしまうと殆ど建物が店仕舞をするので、本当に人気がない。

 心なしか街灯までも薄暗くなり、警備ロボットの巡回の間隔も長くなる。

 つまり何か後ろ暗いことをするには、絶好の場所になるということだった。

 

 

「まぁ、その通りってことです」

 

「で、だとしたらお前らは何処のどちら様なンですかァ?」

 

「答える必要は、あるか?」

 

「‥‥うわぁ、なんて傲慢。自分から質問しといて返さないとか、失礼にも程があるってことです」

 

 

 大通りだというのに人通りの絶えたアスファルトの上に、総勢八人の男女が立っていた。

 五人の男女に囲まれるように、三人組。それぞれがそれぞれ、奇抜といえば奇抜、普通といえば普通の格好。だが放っている雰囲気は、そこら辺を歩いている凡百の高校生や中学生とは比べものにならない。

 

 

「ま、分かりきってるっちゃあ分かりきってるがな。最近、どォも俺らに突っかかってくる連中が少ねェと思ったが、出待ちしてやがったってェことかよ」

 

 

 口を開いたのは、白髪赤目の一際目立つ少年。

 猛禽類の爪を思わせる黒地に白のブランドTシャツと下半身にフィットしたジーンズを着込み、華奢な体躯でしっかりと大地を踏みしめ立っている。

 囲む男女に向ける視線は、殺気すら籠もっていない自然なものだというのに、恐ろしいぐらいに胡乱である。まるで、この場の支配者であるかのように。

 

 

「あぁ、そういえばお客さん少なかったね。何か、手でも回してたのかなってことです」

 

 

 白衣を羽織った長身の青年が言う。

 堂々とした白髪赤目の少年、一方通行(アクセラレータ)に比べて、まるで案山子のようにフラフラと頼りない。吹けば倒れる、という言葉がこれほど似合う人間もそういないことだろう。

 

 

「ちょ、ちょっと二人とも、なんですかお客さんって! なんですか出待ちって?! 一体どういうことなんですかこれはっ?!」

 

 

 と、それでも場慣れしている二人に比べて、明らかに気怖じしているセーラー服の少女が叫んだ。

 背の中程まで伸ばした黒髪に、白い花びらの髪飾りがアクセントになっている。意志の強そうなキリリとした眉とはっきりとした瞳が特徴的だが、他の二人とは違い、ごく普通の女子中学生といった様子である。

 

 

「いやぁホラ、僕ら一応は学園都市の頂点というか、一番上の番付にいるわけでしょ?」

 

「俺らを倒して名を挙げようってェ前時代的なこと考える連中がまだ多いンだよ。丁度こンな時間帯に、こンな場所でな」

 

「‥‥うわぁ、今時そんなこと考える人ってまだいたんだ。ていうか立派な学則違反じゃん、そんなことやって本当に序列が上がるの?」

 

「さァな、負けたことねェから分かンねェし、少なくとも今の超能力者(レベル5)で、そォいゥやり方の下克上した奴ァいねェはずだが」

 

 

 学園都市での能力研究のお題目は、科学の発展である。

 実際に高位能力者は研究所や企業での実験などに従事することで学園都市と科学の発展に貢献するし、そも超能力とは科学に根ざした技術だ。

 ただでさえ学生の脳みそに電極を刺してむにゃむにゃという一歩間違えれば非人道的なことをやっているのだから、学術研究や人間という種族の発展という立派なお題目が無ければ許されない。

 しかし能力者の強度(レベル)を表す例えに軍隊での貢献度、軍事上の利点を用いることが多いように、超能力は戦闘、戦略といったものから切り離すことは出来なかった。

 

 もちろん透視能力者(クレヤボヤンス)読心能力者(サイコメトリー)など戦闘に不向きな能力もあるが、おおむねその通りである。

 ならば能力者同士の優劣が、学園都市が定める序列に加えて、腕っ節によって付けられようとするのは至極単純明快なことだろう。

 それが正しいことか、実際に学園都市に認められることなのかはさておいて、短絡的にそう考える学生達が少なくないのは覆しようのない事実なのだ。

 

 

「‥‥あまり我々を見くびってもらっては困る、一方通行(アクセラレータ)

 

「あン?」

 

「貴様を倒せば単純に序列が覆るなど、思ってはいない。学園都市の定める学則、能力やそれに関する種々の定義は盤石だ。イレギュラーなことが幾つか起こったぐらいでは揺るがないだろう」

 

 

 一歩、他の者に先んじて歩み出たんのは金髪の青年。

 鮮やかなその髪の色は、おそらく染めたモノではなく天然。水底のように澄み、湖底のように冷たく凍りついた蒼い瞳がその予測を肯定する。

 学園都市最強の男を前にして僅かも気圧されない様子は、それなり以上の自信と矜恃を思わせる。

 

 

「てゆーか、そもそもそーいうつもりなら1人で来ますってーの。手柄が集中しないでしょーに。アンタ倒した後に共食いなんて笑えないーわ」

 

「‥‥へェ、じゃあ数に頼ってでも俺を倒してェ理由があるってことかよ?」

 

「そうゆーこと。こういう無様なことは、本当ならしたくないーの」

 

 

 洗いざらしのTシャツにボロボロのミリタリーパンツというラフな格好をした女が、これみよがしにガムを膨らませた。

 バンダナで頭の上半分をしっかりと覆い、余った髪は結び目の上から尻尾のように出している。一方通行(アクセラレータ)に負けず劣らず、胡乱な目つきに不適な笑みだ。

 艶のある黒髪が、まるで鴉の濡れ羽である。もっとも鋭い眼差しと油断ない立ち姿は、猛禽類とでも言うのが相応しい。

 

 

「そんな仲悪くて、よく僕らに挑む気になったってことです」

 

「生半可な覚悟じゃねぇんだわ、俺たちもな。こんな腐った街じゃ、こうでもしねぇと何も変わらねぇんだな」

 

「はぁ、どういうことなんだか、僕にはよく分からないってことです」

 

「別に徒党を組むのが嫌というわけじゃないがねぇ。もとより、一対一じゃ君らに勝てないことぐらいは分かってるんだよぅ」

 

「情けないと思われたッて構わないのサ。そういう連中が集まッてここにいるんだから」

 

 

 短くて固そうな髪の毛をツンツンと逆立てた少年は、ことさら真剣に構え、カガリ達の隙を狙っていた。

 全体の総意さえ取れれば、今すぐにでも飛びかかってしまおうと考えているのは明らかである。

 彼に続いて口を開いた薄手のブレザーと、学ランを腰に巻いた少年もまた同じ。しかし、それでもしっかりと統制は取れているのが本気の度合いを伺わせた。

 

 

「貴様は強すぎるんだよ、一方通行(アクセラレータ)。いや、貴様に限らず超能力者(レベル5)という存在が、遠すぎる」

 

「‥‥はァ」

 

「貴様は自覚したことがないだろうな。貴様ほどの能力者になれば、我々のような下の立場にいる能力者のことなど、気にもかけないだろう。

 しかし今の学園都市は、貴様たち超能力者(レベル5)の圧倒的な力の前に淀んでいる。いや、お前たちだけではないか。先行きが不透明な、この都市の体制そのものが原因だ。

 我々はそれを打開すべく、お前を倒す。二つの目的が、利害が一致した同志だよ。個々人の名誉のためではない、学園都市の未来のために集ったのだ」

 

 

 芝居がかった大仰な仕草で、腕を広げる。そんな彼を一方通行(アクセラレータ)は馬鹿らしいと嘲りながら、カガリは興味深そうに、佐天は何が何やら分からずキョトンと見ていた。

 

 学園都市では全ての学生の能力のデータが書庫(バンク)に保管されている。それには原則として一つの例外もないが、では全ての情報を全ての学生が閲覧出来るのかといえば、話は異なる。

 それなりに高い閲覧権限を持つ風紀委員(ジャッジメント)ですら一般の生徒の能力と所属が関の山で、警備員(アンチスキル)にしてもその範囲が少し広がり、住所が表示される程度だ。

 本当に重要な能力者、乃ち超能力者(レベル5)や暗部と呼ばれる学園都市の裏の世界の住人達は、一般の人間では決して覗けぬ深淵に隠されていた。

 特に学園都市の最高位である超能力者(レベル5)は半分が能力名だけ知られている状態であり、多くの学生に知られているのは精々が二人か三人。

 もちろん一方通行(アクセラレータ)とカガリも、書庫(バンク)に能力名と顔写真こそ載っているが、そもそも一般の学生には正当な理由のない書庫(バンク)への接続(アクセス)権限はないから、知られているわけがない。

 

 

「‥‥ハッ、馬鹿馬鹿しい。圧倒的な格の違いがあるから超能力者(レベル5)っつゥンだろォが。羨ましいンですかァ、負け犬サンよォ?」

 

「ふざけてんじゃないのーよ。アンタ達の理屈、学園都市の理屈じゃそうかもしれないけーど、実際それが学園都市の腐敗の原因になってるってわけーよ」

 

「どういうことだか、よく分からないってことです」

 

「圧倒的な強者がいるとな、そこに行こうっていう気がなくなるんだな。憧れるだけじゃ、能力は上がらない。

 結局のところ上を目指すというよりは、前後の強度(レベル)でやり合うだけなんだな。そんなのは学園都市が目指す状態じゃない」

 

 

 超能力者(レベル5)

 学園都市の六つある序列の最高位であり、軍隊において戦略的価値を持つと言われる大能力者(レベル4)に対して、超能力者(レベル5)は軍隊を相手に立ち回れる存在だと定義されている。

 もちろん大能力者(レベル4)も十分過ぎる程に強力な能力者だ。装甲車を一撃で破壊する火球を生み出し、濁流で何もかもを薙ぎ倒す。風の噴射点を作ることにより、タンクローリーを砲弾のように発射出来る者もいるのだ。

 しかし、それでもなお超能力者(レベル5)大能力者(レベル4)強能力者(レベル3)に比べて隔絶した能力を持っている。それは誰もが認めるところだろう。

 

 

超能力者(レベル5)は学園都市の頂点だぁ。たった七人しかいないそいつらを、徒党を組んだとはぁいえ俺らが倒したらどうだぁ?」

 

「それが広まったらどうだい、超能力者(レベル5)といえども、普通の能力者で勝てない存在じゃないッて思うことだろうサ。ボクらの望みは、それサ」

 

 

 たった七人しかいない、超能力者(レベル5)。その中でも公に存在が公表されている学園都市序列第三位。超電磁砲(レールガン)

 その威力は、おそらく報道などで殆どの学生が一度は眼にしたことがあるのだろう。もしかしたら直接見た者もいるかもしれない。

 一直線に目標へと向かう、閃光。向かう途中のものを暴風と溢れ出た電撃と共に薙ぎ倒し、貫く大技。どんな大きなものも、どんなに重いものも、全てを吹き飛ばし、貫く光。

 ただ圧倒される威力。格の違い。あれほどまでに超能力者(レベル5)という存在を表すものはない。

 

 

「貴様達を倒し、全ての学生に前を向く力を! 学園都市を、前へ、未来へ進める力をッ!」

 

「―――ッンだとォ?!」

 

 

 リーダーの金髪が、力強く大地に脚を振り下ろす。

 途端、疾る衝撃。

 路地の両側のビルについていた、エアコンの室外機が外れ、勢いよく三人へと襲いかかった。

 

 

念動能力者(サイコキネシスト)かァ?!」

 

「さぁどうだろうな! それよりも、私ばかりに気を取られていて大丈夫なのか?」

 

「ちィッ!!」

 

 

 大きく飛び退った三人がバラバラになったのを見てとるや、残りの二人を一瞬横目で見たために気が逸れた一方通行(アクセラレータ)に、もう一人の男が飛びかかる。

 小柄だった、学生服を腰に巻いた男。何の能力かは分からないが、体は常の倍以上に膨れ上がった筋骨隆々。丸太のようになった右腕を大きく振りかぶり、一方通行(アクセラレータ)へと迫った。

 

 

「貰ったァァアアアア!!」

 

「―――させますかってぇの!」

 

 

 だがしかし、一方通行(アクセラレータ)に届くはずだった拳を寸前で防ぐ、二人の間に潜り込んだ小柄な影。

 突き出された拳を触れるようにとると、そのまま回転、筋骨隆々の巨体と化した少年をいとも容易く担ぎ、一方通行(アクセラレータ)へと向かっていた力の方向を真横へと逸らし、投げ飛ばす!

 

 

「ぬぁぁああッ?!」

 

「五対一か五対二かは知らないけど、多勢に無勢を見て見ぬふりするのは趣味じゃないんだよね。

 二人とも、余計かもしれないけど一枚噛ませてもらいますよッ!」

 

「あらら、どうする一方通行(アクセラレータ)?」

 

「‥‥知るか。テメェで首突っ込ンだンだ、テメェのことぐらいテメェで守りやがれ」

 

「上等!」

 

 

 俗に言う、一本背負い。柔よく剛を制すとはいえ、自分の倍はあろう体格と体重を持つ相手を投げ飛ばすのは、並大抵のことではない。ましてや、相手が今まさに殴りかかる寸前という瞬間的な状況では。

 自分の身につけた技に自信があるのか、あるいは強がりか。

 佐天は右腕を大きく振るって気合を入れると、不敵な笑みを浮かべて半身に構えた。

 

 

「‥‥なんなのサ、キミは。ボクらの邪魔をするのか?」

 

「あたしの知り合いが襲われてて、黙って見てられますかっての。義を見て為ざるは勇無き也。我ら真の勇者たらんことを帰すってね」

 

「ボクはキミに興味がないんだけどサ。‥‥立ちふさがるというなら相手するまで。キミを倒してあの二人に挑むとしよう。

 参考までに聞いておこうか。キミの強度(レベル)は?」

 

無能力者(レベル0)ッ!!」

 

 

 一息に踏み込み、刹那の内に放った足刀が水月と呼ばれる急所に直撃する。

 だが、男に微塵も揺らいだ様子はない。分厚い筋肉の壁が、矢のように放たれた鋭い蹴りをしっかりと受け止めていた。

 

 

「‥‥無能力者(レベル0)? 学園都市の最底辺で、強能力者(レベル3)のボクを相手にする気か?」

 

「たかだか強能力者(レベル3)で威張ってないでよね。あたしの知り合いには超能力者(レベル5)が三人と大能力者(レベル4)が一人いるけど、少なくともアンタよりは随分と謙虚なのにさ。

 それに、見くびるのも程々にして欲しいかな。あたしが無能力者(レベル0)だからって、あたしが弱い証明にはならないっしょ?」

 

「‥‥ふん。それだけ吠えることが出来るならサ、一方通行(アクセラレータ)無尽火焔(フレイム・ジン)と同じくらいにはボクを楽しませてくれるんだろうねぇ?!」

 

「だから上等って言ってんでしょーがッ!」

 

 

 唸りを上げて迫る剛腕を大きく屈伸して避け、佐天と男は急速に残りの六人から離れていく。

 無能力者(レベル0)強能力者(レベル3)。この二つの強度(レベル)の間には大人と子どもに近い力の差があるというのに、佐天には一切の怖気付いた様子はない。

 そんな知人を横目でチラリと見て、一方通行(アクセラレータ)はこれみよがしに溜息をついた。

 誰も近くに寄せたくないと思っていたのに、どうしてこういう特殊な連中に限ってゾロゾロと徒党を組んで近づいてくるのだろうかと。

 

 

「‥‥ヤツの能力は『身体強化(レイズ・ポテンシャル)』。その名の通り、自分の身体能力を大幅に引き上げる能力だぁ。

 彼女も何某かの心得があるみたいだねぇ。けど、ヤツが相手じゃあ、ちょっと相性が悪いんじゃないかぁ?」

 

「さぁて、どうだろうね。あのコも考えなしに突っ込んだわけじゃないだろうってことです。勝算があるから戦いを挑んだんだろうさ」

 

 

 もっとも、彼女が本当に何の勝算もないのに義によって戦いを選んだというのなら‥‥。

 それはどれほどまでに無謀なことだろうか。どれほどまでに、気高く貴いことだろうか。

 カガリはそんな難しい精神を理解するという成熟した感性を持ち合わせていなかったが、不思議とその姿に、心が昂ぶるのを隠せなかった。

 

 

「‥‥やっぱりまだ子どもっぽいのかな、僕も。お兄さんだってのに、まだまだってことです」

 

「何を言ってるのか知らないがぁ、丁度二人づつで

別れそうだなぁ。相手してもらうぞぉ、無尽火焔(フレイム・ジン)

 

「ふむ、あのコの言葉を借りるなら、“上等”ってことです。思う存分やり合おうよ、挑戦者(チャレンジャー)

 

「そんな余裕な態度が、どれぐらい続くかしらーね!」

 

 

 ユラリと不気味な程に身軽な動きで距離をとったカガリを、ブレザーの男とバンダナを巻いた少女が追いかける。

 すぐに能力を発動したカガリの爆炎が周囲を包み、何も見えなくなってしまった。超能力者(レベル5)が本気で能力を発動すればご覧の通り。

 焔に包まれた街路樹が松明のように燃える。立派な環境破壊だが、一方通行(アクセラレータ)とカガリはそんなものに気を遣って戦ったことなど一度もなかった。

 

 

「‥‥あの野郎、俄然張り切ってやがンな。普段はフラフラしてるくせに俺よりも喧嘩っ早ェンだからよォ」

 

「貴様も余裕だな、一方通行(アクセラレータ)ッ!」

 

「そりゃ余裕だろォが。こンなの日常茶飯事だ。いつものことだっつゥの」

 

「成る程、では私が貴様に、最初にピンチを送る者となってやろうではないか! 吹き飛べッ!」

 

 

 再び大地を踏み付ける、金髪の男。

 その衝撃に呼応するかのように、今度は一方通行(アクセラレータ)の隣に立っていた街灯が真ん中からへし折れ、小柄な第一位を下敷きにせんと倒れて来る。

 

 

「ハッ、面白ェ能力だが効かねェなァ!」

 

「‥‥成る程、噂は事実だったか。第六位もそうだが、お前もありとあらゆる攻撃が効かないと」

 

 

 だが、一方通行(アクセラレータ)に当たった街灯が彼を傷つけることはない。

 一方通行(アクセラレータ)の頭に触れた瞬間に、街灯は根本から不可思議な方向へと吹き飛ばされる。もちろん、白髪の少年は小揺るぎもしなかった。

 

 

「まぁ、そのぐらいは予測してた範囲なんだな」

 

「‥‥あぁ、そうだった」

 

「俺達だって覚悟して来てるはずなんだな。だったら、躊躇う必要なんてないはずなんだよな!」

 

「―――ッ?!」

 

 

 大気が、いや、空間が歪む。

 一方通行(アクセラレータ)は驚愕した。自分にかかる重力というベクトルが、急激に増加したのだ。

 

 

「ちィッ、味な真似ェしやがって‥‥!」

 

「俺の能力は単純明快、『重力操作(グラビトン)』なんだな! 一定空間内の重力を操作出来る、大能力者(レベル4)なんだな!

 ‥‥どうも、あんまり効いてないみたいだけど。ちょっと自信なくなるんだな」

 

 

 自身の体にかかるベクトルを瞬時に計算し、その方向を変換する。

 一方通行(アクセラレータ)にはベクトルの大きさ、スカラーまでをを操ることは出来ない。重力を大雑把に体全体にかかるベクトルと捉えた場合、これを弄ると下手すれば空へと舞い上がってしまう。

 勿論ベクトルというものは、その一部だけを操るなんてことが出来る存在ではない。一方通行(アクセラレータ)の頭脳を以てすれば決して困難なことではないが、一般的な能力を相手することに比べると遙かに厄介であった。

 

 

「ちくしょう、面倒臭ェ。こンなことなら少しぐらい体鍛えとくべきだったぜェ!」

 

 

 重力ベクトルを体の各所で分散して把握、計算。

 可能な限り身体に負担がかからないように注意しながら、上手にそれを分散、流していかなければ立っていることもままならない。

 勿論、可能だ。その計算自体は全く問題なく行える。しかし、相手は重力ベクトルである。どれだけ拡散、分散しても負担自体は無くならないのだ。

 殆ど鍛えることをしていない一方通行(アクセラレータ)にとって、どうしようもない苦行であった。耐えられない程ではないが、常人にとって分かり易い例えを用いると、マラソン中ぐらいの負担はかかる。

 

 

「成る程、貴様も流石にこれは堪えるようだな。だがそれだけではないぞ、私と二人で挑んだ理由を、思い知れ!」

 

「やってみろよォ三下ァ!!」

 

「ならば見るが良い、一人の能力者では出来得ない偉業を今成し遂げる時!」

 

「何ィ?!」

 

 

 街路に響く、金髪の男が街灯を殴りつける音。その衝撃が、今度は多数の小石を、砂利を、空高くへと舞い上がらせる。

 ツンツン頭の能力で高重力と化している空間で、小石とはいえあそこまで高く舞い上がるだろうか。再び一方通行(アクセラレータ)を、驚きが襲う。

 

 

「俺が大能力者(レベル4)だってことを忘れてるんじゃないかな? ただ重力を増すことが出来るぐらいだったら、異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)が関の山なんだな」

 

「‥‥自由に能力が及ぶ範囲を設定出来て、しかも重力軽減までやってのけンのかよ。随分と多芸な奴だなァおィ」

 

「余裕でいられるのもそこまでなんだな。いくらお前が俺の重力操作に耐えられても、他の物は‥‥そうはいかないんだなッ!」

 

 

 再び能力によって、高重力空間が展開される。

 空間が揺らぐほどの重力の歪み。重力ベクトルを演算して体全体への負荷を軽減している一方通行(アクセラレータ)には多少体が軋む程度でしかないが、宙に浮かんだ小石にとってはそうはいかない。

 如何に軽いものだとはいえ、一気に何倍もの重力をかけられれば、それが持つ位置エネルギーは元のそれとは比べものにならなくなる。

 当然、支えが無いのだから位置エネルギーはすぐさま運動エネルギーへと変換され、恐ろしい速度で眞下へと落ちる。眞下にいる、一方通行(アクセラレータ)へと。

 

 

「倒れろ、第一位―――ッ?!」

 

 

 追撃にと踏みつける大地。

 重力による加速度と、金髪の男の謎の能力による衝撃。

 両者共に大能力者(レベル4)。学園都市の中でも頂点に近いトップクラスの能力者だ。その全力の能力行使は、まるで流星のように白髪赤目の少年に迫る。

 

 

「―――ざァンねェん」

 

  

 だが、その渾身の攻撃も。少なからぬ覚悟を持って挑みかかった崇高な信念も。

 学園都市序列第一位という、圧倒的な称号の前には通用しない。

 

 

「はじめっからこォいゥやり方してくれりゃあ、コッチも楽で良かったンだがなァ? ま、演算の練習ぐらいにゃなったから、よしとしてやるか」

 

 

 称号とは、残酷なまでに客観的なものだ。

 誰かが誰かに授けるものだというのならば、確かに完全なものではないだろう。理論的には、例えば百という数字が五十という数字よりも絶対値として大きいように、数学的に、論理的に正しい比較でなければ客観的信用性を持たない。

 特に学園都市が定める序列は、科学的、研究的な貢献度を元に決定されている。

 具体的な例を挙げるならば、例えば序列第四位の扱う『原子崩し(メルトダウナー)』の破壊力そのものが、第三位を象徴する必殺技である『超電磁砲(レールガン)』に勝るように。

 

 挑戦者達は忘れていた。

 彼らは知っている。超能力者(レベル5)という存在の遠さを。誰よりも知っていて、誰よりも理解しているからこそ、ソレを覆そうと立ち上がったつもりだったのだ。

 ここで逆説的な証明が行われる。誰よりも知っているのなら、そもそも戦うべきではなかった。

 七人が七人、多くの学生が挑むということすら考えない圧倒的な格の違いを持つ、圧倒的な存在である超能力者(レベル5)

 その彼らの中にも順位はある。そして総じて自分の能力に多かれ少なれ矜恃(プライド)を持つ彼らが、第一位という最強の存在に対して挑みかかることをしない。

 表立って超能力者(レベル5)の中で順位争いが行われていないという事実。それは彼らが自身の序列に興味を持っていないという解釈も出来るが‥‥。

 

 

「どういう、ことだ‥‥? アレは軽く隕石が激突したぐらいの衝撃はあったはずなのに‥‥」

 

「そりゃあテメェ、どンなに衝撃が強くてもよォ、そりゃ単なる物理衝撃だろォが。だったら俺に、一方通行(アクセラレータ)に通用するわけがねェ。詰めを誤ったな、三下」

 

 

 全く同じだけの速度で以て、真上へと跳ね上がる小石。

 確かに攻撃は為されたはずだ。一方通行(アクセラレータ)の真上へと、それこそ瞬間的ながら隕石のような速度で小石は墜落していった。

 だというのに、一方通行(アクセラレータ)にダメージはない。

 小石がスピードと衝撃に耐えられずに圧壊し、粉となって降り注ぐのが二人の絶望の感情を助長していた。

 

 

「くっ、オオオォォォォ!!」

 

「無駄無駄ァ、そンなンじゃ掠り傷一つだってつかねェぞォ?」

 

 

 地面を勢いよく何度も踏みつけ、街灯を拳で叩き、その度に視界に見えるありとあらゆるものが飛び上がって、跳ね上がって一方通行(アクセラレータ)を襲う。

 しかし、全て等しく意味がない。

 彼の体に触れたものは、どんなに速度が速くても、どんなに重くても、全てがまるで録画を逆回しでもしたかのように跳ね返されてしまうのだ。

 

 

「厄介だと思った重力操作も、慣れちまえばたいしたことねェな。一度演算さえ済ンじまえば、あとは日光浴みてェなもンだしよォ」

 

「くっ、俺の能力が効かないんだなッ?!」

 

「どォしたよ重力使い(グラビティハンド)、そンなンでおしまいかァ? 重力弾はどォした?! 重力ブレードとか使ってみせて下さいよォ?!」

 

「そんな都合のいいものがあったら、苦労はしないんだな!」

 

 

 高重力範囲を維持しながら、重力操作(グラビトン)はゆっくりと近づいてくる一方通行(アクセラレータ)から間合いを取る。

 殆ど正体の知れない謎の能力者。根源的な恐怖が、自分の能力に対してそれなり以上の自信を持つ彼をして後退という積極的ではない行動を取らせていた。

 

 

「おのれぇ、一方通行(アクセラレータ)ァァァアア!!」

 

「吠えンじゃねェよ、三下。テメェの種も割れてンだ。吠えると、弱く見えるぜェ?!」

 

「ッ?!」

 

 

 金髪の男が吠え、大地を踏みつけ、それに呼応するかのように叫んだ一方通行(アクセラレータ)が小石を投げた。

 軽く投げられた小石は、たいした力も込めてないだろうに拳銃の弾よりも速く、重く飛び、今まさに浮き上がろうとしていた花壇を粉々に吹き飛ばす。

 

 

「‥‥ハッ、やっぱりテメェは念動能力者(サイコキネシスト)じゃねぇな。自分の体で与えた衝撃を飛ばす空間移動能力者(テレポーター)。そォだろ?」

 

「ぐ、う‥‥!」

 

空間移動能力者(テレポーター)なら、能力を発動するときに空気を押しのける。飛ばすモンが衝撃なンて物体じゃないもンでもな。

 だったらその押しのけた空気を感じ取りゃ、どこに物が飛ンで来ンのかぐらい分からァ。‥‥もっとも、そンなことしなくてもテメェの能力なンざァ俺には効かねェけどなァ!!」

 

 

 自分の体の表面のベクトルしか操れない一方通行(アクセラレータ)

 だが裏を転じれば、表面に伝わるベクトル全てを把握し、演算出来る。ならば空間移動(テレポーテーション)によって押しのけられ、自分のところに届くまでには拡散しきって本当に微かにしか感じ取れない空気だろうが、彼ならば容易に把握出来る。

 もちろん本来ならばそんな周りくどいことをする必要はない。一方通行(アクセラレータ)にはありとあらゆる物理攻撃が通用しないのだ。例え読心能力者(サイコメトラー)であっても彼に干渉することは出来ない。

 だからこの周りくどい説明は、愚かにも“最強”である彼に挑みかかってきた馬鹿者を絶望させるための、ポーズ。彼は、彼を侵そうとする者を決して許さなかった。

 

 

「よォく分かったら、二人仲良く愉快なオブジェになりやがれェ!!」

 

「ひ、ひぃっ?!」

 

 

 効かないと分かっていて、根気よく高重力空間を維持していた重力操作(グラビトン)が怯えを含んだ悲鳴を漏らす。

 どんなに覚悟を決めたつもりでも、出来ない覚悟がある。圧倒的な力の差を前に、人間は根源的な恐怖を感じるものだ。

 

 

「そォらァ!」

 

「オ、オォオォオ?!!」

 

 

 びゅう、と一瞬の内に距離を詰め、風を裂く唸りを上げて迫る一方通行(アクセラレータ)の掌を無様に転がって避ける重力操作(グラビトン)

 あの手に触れてはいけない。何が怖いのか全く分からないが、あの手に触れたら、終わる。そんな恐怖を超える恐怖が、みっともないままに彼を衝き動かした。

 

 

「まだだ、まだだまだだまだだまだだまだだぁっ!」

 

「おしまいだよ三下ァ!!」

 

 

 既に皮は切れ、血に塗れた拳でなお金髪の男は側のビルの壁を叩く。だが、もはや“反射”を前回にした一方通行(アクセラレータ)には何も効かない。

 お返しとばかりに踏みつけた大地から散弾銃のように吹き飛んだ小石や砂利が、二人の全身をくまなく打ち据える。

 

 

「ご‥‥あ‥‥ッ?!」

 

「く、くそ、こんな馬鹿な‥‥ッ!」

 

「馬鹿な、ってよォ、随分と都合のいい言葉じゃねェか。足りねェンだよ、技も力も、何もかもが足ンねェ。そンなもンじゃあ俺は殺れねェなァ!」

 

 

 転がって逃げても、また小石が襲う。

 先ほどの二人の攻撃とは異なり、こちらは殆ど予備動作がいらない。ただ地面を踏みつければいいだけで、しかも金髪の男の攻撃よりも強力だ。

 

 

「い、いったいアイツの能力はなんなんだな?!」

 

「おィおィ、そンなことも知らないで勝負挑みやがったンですかァ? 俺ァ一方通行(アクセラレータ)だぜ? 全てのベクトルを操る、ベクトルの支配者。だから一方通行(アクセラレータ)っつゥンだろォが」

 

 

 タン、と踏みつけた地面から小石が飛び上がる。トン、と叩いた街灯がありえない力を受けたかのようにへし折れる。

 成る程、と勘も頭もいい二人は理解した。あれはベクトルを計測し、それを自在に操ることによって生じていた現象だったのかと。

 すなわち単純にモノを殴るだけでも、そこに生じる瞬間的な拳に対する反発力を弄ってやれば、威力は単純計算で二倍である。数字にすると簡単だが、実際いはそれがどれほどまでに恐ろしいことか。

 

 理解したと同時に、二人は絶望する。

 ヤツはありとあらゆるベクトルを操作する。それこそ、まだ望みがあった重力ベクトルすらヤツの手の内だというのではないか。

 ならば自分たちは、ベクトルに依存しない攻撃をしなければならない。そんなものはあるだろうか? 否。数学的概念でも比較的上位に位置するこの概念を、含まないものなんて早々見つかるわけがない。

 仮に見つかったとして、それでどうやって攻撃すればいいというのか。あらゆるベクトルを操る一方通行(アクセラレータ)の前で、学園都市序列一位の能力と頭脳の前で、何を試みて、成功に移せばいいのだろう。

 

 

「‥‥負けられん。こうやって学園都市の未来を背負って戦いを挑んで、無様に敗走など許されるものか」

 

「おィおィ、分かりやすい死亡フラグ立ててンじゃねェぞォ? ま、そォ思うのも仕方ねェか。

 テメェの能力は“衝撃の伝達“。空気に衝撃を伝達したところでテメェが生身で出せる力じゃ俺にダメージを与えるこたァ無理だ。だったら、直接俺に攻撃することは出来ねェ。

 けどさっきまでみたいに物ォ飛ばしたところで、俺には効かねェよ? デフォじゃ“反射”に設定してあンだ。物理攻撃は効果ねェ」

 

 

 例えば彼が人間を超える膂力を持っているというのなら、モノを殴りつけた衝撃そのものを一方通行(アクセラレータ)に接する大気へと空間移動(テレポート)させ、白髪の第一位を攻撃することも出来た、かもしれない。

 しかし彼は未だ大能力者(レベル4)。自分の生身で殴りつける、踏みつける衝撃しか物体に伝えることは出来ないのだ。それでは物体の結合部や大地に衝撃を与えて跳ばすという攻撃方法しか不可能だ。

 

 

「くそぅ、くそぅ! くそぅ! くそぅ!」

 

 

 威力には自信があった。衝撃を分散化して伝達するなど、大能力者(レベル4)の称号に恥じない応用性も持っていた。事実、通う学校や近隣では名前を知らない者がいないぐらいのエリートだった。

 だからこそ挑んだのに、徒党を組んでまで勝利を目指したのに、この有様か。

 これほどまでに遠いのか、学園都市最強は。所詮自分は、二百万を超える学生達は、ここまでの人間だったのか。

 

 

「―――否ッ!!!」

 

「あン?」

 

「否! 否! 否! 断じて、否ッ!

 そんなことはあってはいけない! 学生達には、私達には、無限の可能性と無限の能力が秘められているべきなのだッ! 貴様を倒して‥‥証明する! 力を! 我々弱者の叫びを知れェッ!!!」

 

 

 ただ吠える。勝算も、秘策も尽きたままに。思いが強ければ勝てると信じるかのように。

 自分は自惚れていただろうか? 周りにチヤホヤと持て囃されるがために慢心し、分不相応な相手に手を出した愚か者なのか?

 断じて違う! 自分は、仲間たちは、崇高な信念の下、学園都市のために立ち上がった勇者である。

 

 そんな金髪の男を、一方通行(アクセラレータ)は心底ツマラナイモノを見る目で眺めていた。

 彼らの言っていることを、一方通行(アクセラレータ)は理解出来ない。彼が目指すのは比類無き存在、即ち無敵であり、弱者を顧みるということをしない。

 それは彼にとっての悪徳ではなかった。彼は、常に進化し続けることを自分で自分に強いている。誰も傷つけないために。それをどうして咎められようか。

 

 

「下だぁッ! 私に能力を使えッ!」

 

「りょ、了解なんだな!」

 

 

 金髪の叫び声に応え、重力操作(グラビトン)が能力を全力で発動した。

 対象は味方のはずの金髪の男。大能力者(レベル4)が本気で高重力を展開すると、人間が耐えられる現界ギリギリの高重力空間となる。

 現に金髪の男は歯を食いしばり、こめかみの血管を破裂させ、全身の筋肉と骨を軋ませながらも耐えていた。

 

 

「ぐ‥‥オォォ! 見ろ、一方通行(アクセラレータ)! これが、私の渾身のぉ、一撃だぁっ!!」

 

 

 自分の体重が何倍にもなったかのような高重力の中で、金髪の男はずたずたになってしまった拳を振り上げる。

 ただそれだけの動作でも体への負担は並大抵のものではない。ビキ、という嫌な音をたてて一方通行(アクセラレータ)の攻撃で罅が入っていた肋が悲鳴を上げるが、そんなもの、気にしてなどいられるか。

 どうしてこのまま無様に逃げ帰れようか。この五体が砕けようとも、必ず第一位に一矢報いなければ死んでも死にきれない。

 

 ‥‥金髪の男は気づいていただろうか。既に自身の中に、“勝つ”という気概そのものが消えてなくなってしまっていることに。『これだけ苦労したんだから、痛い思いをしたんだから許してもらえるだろう』という甘えへと変わりつつあることに。

 いや、おそらくは気づいていまい。彼にとって最初に目指した目的の成功こそが確定的な事象であり、他は全て成功へと辿りつくための道中に起こる不測事態(イレギュラー)に過ぎないのだ。

 謂わば妄想とでも言うべき視野狭窄の具現。一方通行(アクセラレータ)がつまらなそうに眺める彼の瞳は、まるで霧がかったかのように曇っていた。

 

 

「ッシャアアアアァァァァァ!!!!」

 

 

 何倍もの重力を受け、その重み自体で軋む拳が唸りを上げる。

 彼の能力、『跳躍衝撃(ジャンプインパクト)』は自身の体で物体に与えた衝撃を他の場所へと空間移動(テレポート)させるものだ。乃ち、ハンマーのような重い物体を使って、自身の身体能力や体重を超える衝撃を生み出すことは出来ない。

 ならばどうやって衝撃を強化するのか。答は簡単だ。自身の腕力を強化するか、あるいは自身の重量を増加させるか。それが、この、自爆のような手段である。

 

 能力を発動させ、狙うのは先ほどまでのような、花壇や室外機などの結合部、接地部ではない。目標は、一方通行(アクセラレータ)が立っている地面そのもの。

 彼は衝撃を対象とする敵に対して直接伝達することも出来ない。与えた衝撃は、物体にしか空間移動(テレポート)出来ないのだ。つまり何かの物体に与えた衝撃で、一方通行(アクセラレータ)を攻撃するしかないのである。

 一方通行(アクセラレータ)に接している、何か堅い物体。彼が分かり易く壁などに接してくれていたり、大きな堅いものを抱えていたりしてくれるのならば話は別だが、そんなことはない。ならば、狙えるのは一つしかない。

 

 

「―――はァ、つまンねェ」

 

 

 足下からの衝撃を、ベクトルを、どう反射するというのだろうか。

 金髪の男、跳躍衝撃(ジャンプインパクト)はその問いに対して自身で否と応える。

 単純に考えて一方通行(アクセラレータ)は、何種類ものベクトルを彼の肌で計測し、演算しているものと推測される。おそらく酸素や重力などの生活に最低限必要なベクトルについては反射しているはずがない。

 だが、地表からのベクトルはどうだろうか。

 大地に接しているならば、そこに何か有害なベクトルが挟まれる隙間はない。“真下”からのベクトルは、微量な放射線や熱量以外を除いたならば理論上は自身の体重によって生み出される垂直抗力だけだ。

 その垂直抗力を反射してしまえば、一方通行(アクセラレータ)は足を踏み降ろす度に激しく跳躍を繰り返さなければならない。そんな状態でまともな生活を送れることだろうか。

 いくら学園都市序列第一位の頭脳を持ってしても、ありとあらゆるベクトルについて常に演算をし続けるというのはナンセンスだ。ならば、足下などという日常範囲の概念について、普段からベクトルを計測しているとは思えない。それこそ、日常的に高重力範囲に紛れ込んだり、自身の体重がめまぐるしく変化したりするのでなければ。

 ならば、奴の死角は―――

 

 

「死角ゥ? ありませン、無敵でェす」

 

 

 だが、その希望は無惨にも破られる。

 跳躍衝撃(ジャンプインパクト)は一つ勘違いをしていた。それこそ、子どものような、物理や数学、科学に基づくわけではない感嘆な理屈を勘違いしていた。

 

 

「おィおィ大能力者(レベル4)ともあろうもンが耄碌したンですかァ? 俺が垂直抗力を反射してたところでな、俺が与えるベクトルは反射したりゃしねェ。

 なら俺が生きてくのになンも不都合はねェよ。俺の体重が二倍に増えたところで、アスファルトがへこむかァ? 砂とかなら別ですけどねェ!」

 

「―――がぁ?!」

 

 

 ガッ、と一瞬のうちに距離を詰めた一方通行(アクセラレータ)に頭をわし捕みにされる重力操作(グラビトン)

 自分より一回りも小さな矮躯の少年の掌が、どうしても外れない。いや、掴むその手を外そうと試みる事すら出来ない。まるで強力な磁石の同極同士を接しようとしているかのように、触ることも出来ない。

 

 

「ひ、ひぃ?! やめろ、やめろぉっ!!」

 

「さァて、テメェはどのくらい飛ぶか‥‥なァッ?!」

 

「うううわぁぁぁああ?!!!!」

 

 

 振りかぶり、伸ばす腕。

 まるで発泡スチロールか、あるいは風船で出来た人形でも持ち上げるかのように軽々と重力操作(グラビトン)を持ち上げた一方通行(アクセラレータ)は、下手なピッチングフォームで成人男性の体格を持つ高校生を、呆気なく、いとも簡単に放り投げる。

 歪な軌道を描いて飛んでいく大の大人。趣味の悪いアニメーションでも見ているかのように現実感のない光景を、跳躍衝撃(ジャンプインパクト)は呆然と眺めていた。

 

 

「‥‥さァて」

 

「―――ッ?!」

 

 

 振り返る白い悪魔。思わず漏れそうになる悲鳴を押さえるだけで精一杯だった。

 どうしてこうなってしまったのか。策は十分に弄したはず。自分の能力は超能力者(レベル5)に挑むに不足ないものだったはずだ。今までどんな能力者にも負けたことがなかった。

 自慢の能力を、崇高な信念で固めたはず。大能力者(レベル4)が二人だぞ。それがどうしてここまで易々と蹂躙されているのだ。

 

 

「だから言ったろォが三下。足りねェンだよ、何もかも。力も、技も、策も、心もな」

 

「なん‥‥だと‥‥!」

 

 

 ゆっくりと、散歩でもするかのように歩み寄ってくる一方通行(アクセラレータ)。だが、跳躍衝撃(ジャンプインパクト)の足は動かない。金縛りにあったかのように、蛇に睨まれた蛙のように。

 あぁそうか、今更ながら理解出来た。自分は、所詮は蛙だったのだ。井の中の蛙だったのだ。上には上がいることを理屈では、頭では分かりながら、本当の意味では理解していなかった愚か者だ。

 

 

「本当に勝ちてェンなら、もっと数を揃えて来ただろォが。本当に勝ちてェンなら、テメェのチンケな能力使うために地雷でもなンでも埋めただろォが。本当に勝ちてェンなら、そンな何かを飛ばすだけってェなチンケな能力を自慢しねェだろォが。

 テメェは甘ったれだ。努力してるフリをすりゃ、苦痛を我慢してりゃ、勝利が手に入ると妄想するバカタレだ。そンな奴に負けてやるわけにはいかねェし、そンなことは逆立ちしたって成功しねェンですよォ!」

 

「そ、そんな、そんなことは、そんなことは‥‥!」

 

「ハッ、救ェねェなァ三下ァ? テメェは所詮テメェの世界の中でチヤホヤされてりゃ良かっただけのチンケな人間なンだよ! 図に乗ンじゃねェよ、猿山の大将の分際でよォ!!」

 

「ひぃっ?!」

 

 

 ぐい、と胸ぐらを掴まれる。それでも最早、漏れるのは悲鳴だけだった。

 砕けてしまった拳が痛くて、もう握れない。足の骨にも罅が入っているのだろうか、もう立っているだけでも痛くて痛くて尻餅をついてしまいそうだ。疲れ切って、体には力が入らない。

 病院に行って治療を受けて、家に帰って眠りたかった。傷が癒えたら学校に行って、またカリキュラムをこなしていこう。伸び悩む者には助けを、互いに鎬を削り合う者とは切磋琢磨の志を持って磨き合おう。

 そう、いつもの性格に戻ろう。

 

 ‥‥そんな現実逃避を、いや、妄想からの離脱を、一方通行(アクセラレータ)は曇りきってしまった跳躍衝撃(ジャンプインパクト)の瞳の中に確かめ、今度こそ心底つまらないと言いたげなため息をついた。

 所詮、こんなものか。少しは期待したが、結局コイツもこの程度。自分に並び立つには至らない。

 

 

「おゥ、もォ分かっただろォが。分不相応な夢から醒めろよ三下。無様にケツ振って、元の居場所に引き返しやがれェ!!」

 

「ああああぁぁぁぁぁぁあああ?!!!!」

 

 

 重力操作(グラビトン)と同じように、跳躍衝撃(ジャンプインパクト)も無様に宙を舞う。

 同志は意識さえ失っていなければ、重力を操作して軽減することで怪我なく着地出来ただろう。だが、自分はどうだ? 何かに衝撃を与えて着地のダメージを軽減することも出来なければ、緩衝剤となる何かを用意することも出来ない。

 使い方さえ心得れば万能だと信じていた自分の能力も、こんなものか。今までは用意が万全だったから、環境が万全だったからこそ無敵だったのか。

 あぁ、でもそれでいい。これでもう悪い夢は醒める。また、元の生活に戻ればいい。何事もなかったように。

 

 

「‥‥ハッ、本当につまンねェ。ちったァ楽しめると思ったンだがな」

 

 

 今までの連中に比べれば、まぁ骨はあった。最近は同じ相手ばかりと戦っていたから新鮮ではあったが、それまでだ。

 ご大層な信念とやらも一方通行(アクセラレータ)には届かない。そんな言葉だけでは、こうやって少し撫でられただけで諦めてしまうようなチンケなものでは一方通行(アクセラレータ)は動かない。

 ただ前へ。頂点へ。最強を超える、無敵へ。

 

 

「さて、カガリと没個性の奴ァどォしてンだ? ま、あのヤロォは天地がひっくり返っても負けちゃいねェだろォが‥‥」

 

 

 だから彼にとって、さっきまでの十数分はさして気にとめることではない。埃もついていない手をパンパンと払うかのように打って振り返ったら、既にあの二人のことは忘却の彼方だった。

 どこまでも純粋に、彼は一方通行(アクセラレータ)である。きっといつまでも、このままだ。

 勿論その理屈も幻想もいつかはぶちこわされることになるのだが‥‥それはまた、別の話である。

 

 

 

 

 

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