とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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お待たせいたしました、『とある科学の無尽火焔《フレイム・ジン》』最新話をお届け致します。
アニメ2期も見所たっぷりですが、こちらも同じく濃い一話に仕上げております。今回はカガリの能力の秘密が遂に!
どうぞ、お楽しみ頂ければ幸いです。


第15話 『無尽火焔、空間固定、座標掌握』

 

 

 

 

「―――さて、こちらも始めるかなってことです」

 

「最初にぶちかまされたのはコッチだけどーね。それにしても随分と余裕なのーね」

 

「嘗められたもんだなぁ、無尽火焔(フレイム・ジン)

 

「おっと、気に障ったのなら失礼。けれど僕は君達を嘗めてるんじゃあなくて、ただ単純に戦いが楽しみなだけってことです」

 

「あら、意外に好戦的。ちょっと想像と違うかしーら?」

 

「こいつに関しては、そこまで情報はないがなぁ。しかし、それを余裕‥‥そして油断と言うんだぁ超能力者(レベル5)

 

 

 バンダナを巻いた少女と、薄手のブレザーを羽織った少年と対峙する白衣の青年。若干ゆらりゆらりと頼りなげで、隙だらけでありながら油断は出来ないと彼らは見ていた。

 学園都市二百万人の学生の頂点に、たった七人君臨するのが超能力者(レベル5)。その称号は決して実力以外で与えられることはない。風評や、根回しや、小細工や、そんなものでは決してありえない絶対の称号。

 戦闘開始のゴングもいい加減なままにブチ撒けられた紅蓮の焔の、様子見程度の初撃の威力は、未だ超能力者(レベル5)という絶対的実力者の力を知らぬ二人でも、十分以上に戦慄を覚えたほどのもの。

 故に彼らは油断しない。この日のための準備は十分にした。あとは、それを可能な限り万全に発揮するだけなのだから。

 

 

「それだけのことを、見せて欲しいってことです」

 

「やってやるわーよ!」

 

 

 互いに一歩踏み出し、再び能力の行使のための演算を始める。

 先手を取るのは、演算が単純で速い発火能力者(パイロキネシスト)であり、超能力者(レベル5)。白衣の青年、カガリの掌に焔の渦が巻き起こり、すぐさま奔流となって二人の学生を襲った。

 

 

「先ずは小手調べってことです!」

 

「嘗めんなぁ!」

 

 

 人間一人を巻き込むには十分過ぎる、焔の竜巻。ぎりぎりまで引きつけ、弾かれたように横へと跳んで避けた二人が一拍遅れて能力を行使する。

 大きく左腕を振りかぶったブレザーの男が、かぎ爪のように折り曲げた掌で空中を薙いだ。

 

 

「―――念動力者(サイコキネシスト)。応用性が広くて優れた能力だけど、ただ単純にモノを飛ばしてくるだけなら、僕には全く効かないってことです」

 

「へっ、そんなことはわかってるんだぜぇ。そっちも言ったように、小手調べだよぉ!」

 

 

 振るった手の動きに数瞬遅れて、弾丸のように吹き飛ばされてきたのは道端に据えられていた古風なゴミ箱。

 本来ならば殆どのゴミは学園都市ご自慢の自動清掃ロボットが回収するが、大きなゴミや、近くにロボットがいなかった時のためにアナログなゴミ箱も少なくはない。しかしそれらは本来は地面に固定されていて、生半可な力では動かせないはず。

 勿論生半可ではない力を生身で発揮するのが超能力者であり、そのこと自体に不審な点は何もない。どちらかといえば―――

 

 

「‥‥噂には聞いてたけど、本当に物理攻撃が効かないのーね」

 

「訂正させてもらうと、焔だって雷だって効きやしないってことです。そのくらいのリサーチは済んで、ここにいるんだろうね?」

 

「勿論だぁ。しかし、だとすると俄然やる気が出るってもんだぜぇ」

 

 

 念動力(サイコキネシス)で弾く、発火能力(パイロキネシス)で燃やし尽くす、水流操作(ハイドロハンド)で和らげる、空力操作(エアロハンド)で逸らすなど、物理攻撃を防ぐ方法はいくらでもある。

 しかし目の前で起こったことは、実に不気味で衝撃的だった。例え事前に十分な情報を得ていたとしても、まさか人間を、何の抵抗もなく頑強で重厚なゴミ箱がすり抜けるなんてこっとがあっていいものか。

 

 

「とりあえずは様子見だなぁ」

 

「そうね。一つずつ試していくわーよ。冷静に、着実にね」

 

 

 今度は粉塵が巻き上がり、続けてへし折れた街灯、花壇の煉瓦が放たれる。

 しかしそれも全て無駄。等しくすり抜け、粉塵の動きにも変化はなく、何か気流操作や蜃気楼で幻影を作り出しているわけでもない。

 成る程、やはり、コイツに物理攻撃は通用しない。たった十秒にも満たない効率のよいやり方で、二人はひとまず納得出来るだけの結論を得た。

 

 

「満足かい?」

 

「とりあえずはなぁ」

 

「じゃあ僕の番ってことです。黙って突っ立ってるのは、つまらないからね」

 

 

 学園都市最強の発火能力者(パイロキネシスト)が遠慮なくその猛威を振るう。大袈裟に振り抜いた掌から生み出された焔の弾丸。一直線に、恐ろしい速度で敵を穿つ。

 一つ、二つなら避けられる。三つ、四つ、五つも身のこなしによっては。しかしそれが、十や二十に達したら?

 

 

「よく動けるものだけど、そろそろ終わりかな?」

 

「ちっ、姉貴!」

 

「分かってるわーよ!」

 

 

 人通りのない、寂れた通りは存外に狭い。すぐに避ける隙間もなくなり、数多の炎弾が二人を襲う。

 とはいえ防ぐ策も無しに挑むはずがない。攻勢に出ていたブレザーの男子と交代で前へと飛び出したバンダナの女子が、大きく掌を突き出した。

 

 

「‥‥空力操作(エアロハンド)? それとも念動能力者(サイコキネシスト)かな? ここまで綺麗に防がれたのは一方通行(アクセラレータ)以来ってことです」

 

「お褒めあずかりどーも。あたしの防壁はそう簡単には抜けないわーよ」

 

「それは試してみないとわからないってことです。遠慮なくヤレるってんなら、容赦はしないよ僕はっ」

 

 

 続けていくつも宙に生じた火球が次々に二人を襲い、しかし全てが防がれた。まるで透明な壁があるかのように、何かに阻まれて火球は二人に当たらない。

 透明な防壁。乃ち、念動能力(サイコキネシス)か、空気の壁を用る空力操作(エアロハンド)か。あるいは他の手段かもしれないが、防壁、シールドを用いて防御をしていることは間違いないだろう。

 

 

(しかし‥‥)

 

 

 だとしても、些か疑問な点はいくつもある。

 まず空気の壁を作っているなら、あんなにきれいに火球が弾かれることはないはずだ。大気の噴流によってかき消されるとしても、あるいは固定化した空気に弾かれるとしても、コンクリートの壁にぶち当たったかのような綺麗な反応を見せるとは考えづらい。

 所詮、空気は空気。風は風。それらがどれだけ強固に能力によって操作されたとしても、空気、壁という概念を破壊するまでには至らない。能力とは決して己の欲するままに、思うがままに操作できるものではなく、物理という大きな壁を乗り越える必要があるのだから。

 

 

念動能力(サイコキネシス)あたりが妥当なところだと思うけど‥‥。にしても、能力の及ぶ範囲が広いとキャパシティいっぱいいっぱいになっちゃうだろうってことです」

 

 

 能力は万能ではない。

 それは及ぼす効果の話だけではなく、個人が保有する能力の枠までも至る概念だ。

 例えば二つ以上の能力を保有する例は今のところ観測されておらず、能力は等しく一人に一つ。出来ることも、また同じ。

 例えば最も応用性のある能力の一つに念動能力(サイコキネシス)である。単純に念動能力(サイコキネシス)によって物体や物理に影響を与えるものを指す。が、だからといって万能ではなく、個人によって可能なことには違いがある。

 防壁を作るものなら、防壁を作ることに。衝撃を与えるものならば、衝撃を与えることに。物を投げるものならば、物を投げることに特化しているのが普通だ。オールラウンドに全てのことを高いレベルで実現できるならば、それはもはや超能力者(レベル5)の称号を戴くに相応しい。

 しかし、やはりそれは考えにくい。能力の幅を広げることは、つまりは器用貧乏の側面を持つ。圧倒的な実力差というものがある超能力者(レベル5)ならばともかく、大能力者(レベル4)であるならば、きっと‥‥。

 

 

「もっと変則的な何かってことです‥‥!」

 

 

 カガリは攻撃の手を休めない。点攻撃の火球から、今度は面攻撃の火炎放射へ。もちろんそれもすべて、見えない防壁に遮られる。まったく届きはしない。

 しかし―――

 

 

「‥‥遮られる面が、随分と手前になったなってことです」

 

 

 火球を防ぐ時はだいたい一メートル程度の距離にあった防壁らしきものが、三メートル以上もこちら側へと近づいてきている。バンダナの少女からしてみれば、随分と前の方に防壁を張ったものだ。

 些細な、ほんの些細な違いが不思議だった。そして不思議ならば、試してみるのがカガリという男の性分だった。

 

 

「ちょっと火力を増すってことです‥‥!」

 

「―――ッ?!」

 

 

 せいぜいがトラック一台分くらいの大きさしかなかった、火炎の放射。それが一気に姿を変える。

 もはや火炎放射などでは断じてない。火炎の津波。何もかもを巻き込み、飲み込む波濤が二人を襲った。視界全てを覆い尽くす程の劫火である。流石にバンダナの少女も顔を青褪め、必至で演算を加速させた。

 

 

「‥‥流石に、今のはキツかったわーよ。ちょっと髪の毛の先っぽ、焦げちゃったじゃない」

 

「俺は鼻が焦げたぞぉ、姉貴」

 

「だまらっしゃい」

 

 

 だが、その怒濤をも彼女は防ぎきった。防壁を回りこんできた炎の端っこに少々炙られはしたものの、致命傷では断じてない。

 能力行使の演算が重荷だったのか、バンダナで隠れた額からは脂汗が零れ、吐息は荒かった。しかし、それでも彼女は超能力者(レベル5)の攻撃を防ぎきったのだ。

 

 

「‥‥なるほど。空気を固めているわけでも、単純な念動能力(サイコキネシス)でもない。君は空間を操る能力者だったってことです」

 

「―――ッ?! よく気づいたわーね‥‥!」

 

「君の手品は上手だったよ。でも、見たところ学園都市じゃあ二番目だ。何回も見れば、種明かしも必要ないってことです」

 

 

 ただただ能力の強大さで防いだように思われがちな一瞬を、カガリは見逃していなかった。

 確かにカガリの焔を防いだのは、透明な壁だったのだろう。だが、正確には壁ではない。それは壁というよりは、箱と言うべきだった。平べったくはないのだ。厚みがある。特に最後の焔の波濤を防いだ時、ほとんど立方体のような壁が生まれていたのだ。

 そしてカガリは見ていた。その防壁の中で、ついさっき舞い上がった土埃が完全に停止して、微動だにしていなかった様を!

 

 

「空間を固定する能力。さしずめ、空間掌握(ディメンジョンハンド)とでも言うのかなってことです」

 

「残念、惜しかったわーね。あたしの能力は『空間固定(キューブスペース)』。あんたの言うとおり、立方体状に空間を固定する能力よ」

 

「‥‥空間という概念に干渉する能力は、極めて高位ってことです。レアって言い換えてもいいけど、君らも本気だね。約束されたエリートの地位を捨てるなんて、生半可な覚悟じゃないってことです」

 

「まるで俺達がお前に負けるのが確定してる、なんて言い方だなぁ‥‥!」

 

「それはどうしようもないってことです。僕は超能力者(レベル5)で、君達はどう足掻いても最大で大能力者(レベル4)。これは覆せない差ってことです。なにせ相手が僕だ」

 

「絶対無敵の第六位、ね」

 

「伊達や酔狂で名乗ってるわけじゃないってことです」

 

「それは俺達がここで決めることだぜぇ!」

 

 

 格上の相手からの挑発に応え、再び弟が腕を振るう。吹き飛ばされる瓦礫、そして風。しかし全て物理攻撃。等しくカガリには意味がない。

 もはや避けることもせず、全てを受け、全てがすり抜けていく。無論、カガリとて攻撃を止めず、それもまた同じように空間自体を固定することで無敵の防壁とした姉によって防がれる。

 

 

「それじゃ、趣向を変えてくってことです‥‥!」

 

 

 火焔の奔流と無数の炎弾のコンビネーションも、鉄壁の前には効果はない。だが、カガリに出来ることはそんなに単純なことばかりではない。ただただ見かけの炎を操っているだけでは、とてもじゃないが恥ずかしくて超能力者(レベル5)は名乗れない。

 焦った様子も、機嫌を損ねた様子もなく。余裕を見せた、楽しそうな笑みを浮かべ、カガリは己という存在に与えられた能力を行使する。

 

 

「―――この手品は、見たことあったかな?」

 

「ッ!!」

 

 

 言い終わるや否や一瞬で消え失せる、百八十センチを超える長身。それは爆風と炎を目眩ましにしての、瞬間移動。

 ただの発火能力者(パイロキネシスト)には到底不可能な業。否、空間移動能力者(テレポーター)以外には断じて不可能な業。瞬きの間に背後へ移動し、掌を振りかぶる。

 

 

「そこ‥‥かぁッ!!」

 

 

 空間移動(テレポーテーション)による攻撃は、絶対不可避の速攻。だが二人はまさにカガリが背後に現れた瞬間、ほぼ同時に飛び退いてすぐさま防壁を張った。

 超反応、神経伝達速度の違い、そんなものでは断じてない。あらかじめ予測していたかのような、計算された回避である。攻撃を防がれたこと自体はどうでもいい。しかし、もしかしたら自分の能力を把握されたのではないか? カガリは俄に表情を険しくした。

 

 

「‥‥何故、僕が“発生”する場所が分かったんだい? 僕の“発生”は、普通の空間移動(テレポーテーション)とはワケが違うってことです」

 

「なぁに、簡単なことだぁ」

 

「強敵と戦う以上、準備をするのは当然なのーよ。ここを舞台にするって決めた時、もう既に仕込みをするつもりだったってことーよ」

 

 

 通常、空間移動(テレポーテーション)では空気を切り裂く、押しのける音がするものだ。そして十一次元座標変換による計算、そして次元の移動に伴うコンマ0秒以下のタイムラグが存在する。

 しかしカガリが語るところの“発生”にはそれらがない。

 まず空気を切り裂く音がなく、音を確認してからの回避は不可能。そしてタイムラグは、あろうことか逆にやたらめったら長くすることが出来るという奇天烈極まるものだった。どこかに一度転移をして、タイムラグを生じさせているわけではなく、転移が完了するまでに“そこに存在しない”という真似が可能なのだ。

 通常の空間移動(テレポーテーション)への対処法では決して予測出来ない、特殊過ぎるカガリの攻撃を、どうやって回避出来たというのか。

 

 

「これ、便利よーね。学園都市の外でも実用化され始めたらしいけーど」

 

「‥‥スマートフォン? 何の変哲もない携帯電話の一つってことです」

 

「その通り。でもコレって、要は小さなコンピュータなわけーよ。色んなことが出来て、結構便利よーね」

 

「‥‥‥‥」

 

 

 フッ、と再びカガリの姿が消える。しかも、今度はすぐさま姿を現さない。謎のタイムラグは、疑心暗鬼を相手に呼び起こし、不安や焦燥による負荷は生半可なものではないはずだった。

 だが、二人は全く焦った様子がない。あろうことか瞼を下ろし、目を閉じている。まるで第六感で、出現場所を予知しようとしているかのように。

 

 

「―――嘗めてくれるってことです」

 

 

 そして再び現れるカガリ。今度は二人の間に、両手を突出し出現する。

 一切の遠慮容赦なく放たれた、レーザービームのような火炎放射は、しかし、やはり空を斬った。

 

 

「嘗めてたのは、どっちかしらーね」

 

「‥‥!」

 

 

 むぅ、と唸る。確かに、完全に出現を予測出来ている。

 否、おそらくは、ほぼ同時の感知。しかしどうしても生じる、“発生”から攻撃までにかかる微妙なタイムラグ。ほぼ同時に“発生”を感知出来るなら、熟練の腕前を持つ者ならば対応は用意だろう。

 

 

「どうやってるのか、聞いても?」

 

「簡単なことだぁ。仕込みは上々だったわけだぜぇ」

 

「あんた、発火能力者(パイロキネシスト)の常として、いつも高温放ってるのーよ。空間移動(テレポート)する時もーね」

 

「流石に一瞬消える時は補足出来ねぇけどなぁ、現れる瞬間を熱探知レーダーで捉えて、その情報をスマホに送るんだぁ。そのぐらいのこと、簡単だろぉ?」

 

 

 簡単か、どうかで言うなら確かに難しいことではないだろう。彼らのスマートフォンは近距離短波によってセンサーからの情報をほぼリアルタイムで受け取り、それをバイブレーターに出力するだけなのだから。外の世界でだって簡単だろう。

 しかし実際にそれなりに離れた空間の温度を、正確に検知するだけの設備を揃えたというのは並大抵の準備のレベルではない。簡単な機械ならば入手も簡単だろうが、一世一代の大勝負に賭けるための準備は、生半可なものではなかったはずだ。

 

 

「これで、あんたの空間転移(テレポート)の対策は万全。発火能力(パイロキネシス)もあたしの空間固定で防げるわーね」

 

「そして俺の能力でぇ、おまえもここまでの運命だぜぇ」

 

 

 スマートフォンをズボンの後ろのポケット‥‥一番振動を感じやすい場所に入れ、弟が身構えた。

 再び突き出した掌を、ゆっくりと動かす。先程までと何ら変わらぬ仕草。ただ、その仕草に只ならぬ迫力を感じ、その長身からは思いもよらぬ身軽さで後方へと飛び去るカガリ。

 

 そしてその飛びのいた場所の石畳が、ぐにゃりと歪んで破砕されたのを、しかと

見てとった。

 

 

「大気、いや、空間の圧縮‥‥?! トンデモない高位能力者ってことです」

 

 

 念動力(サイコキネシス)によって起こされたものでは断じてなかった。物体にかけられていた圧力、捻じ曲げる力は、とてもまともなベクトルではなかった。意図してかけられる力ではない。複雑で、広範囲に及ぶ力だ。もっと大きな次元を介して大きな空間に対して干渉している。

 

 空間そのものを捻じ曲げる。そして捻じ曲げた空間を元に戻すとき、座標の相対関係をずらすことが出来る。

 

 例えば捻じ曲げる前に(a,b,c)という座標にあった物体が、捻じ曲げられて(a',b',c')へと移動したとしよう。

 しかしこの間、捻じ曲げられた空間内で如何に物体の座標が、物体の各パーツ―――例えば人間ならば胴体や足や手や頭―――の座標がてんでばらばらにされたとしても、この物体が破損するわけではない。

 通常の空間から見れば捻じれ狂っているように見えても、その空間の中では問題なく存在が出来ている。傍目に見れば(a',b',c')の位置に動いているように見えても、空間範囲の指定によってつくられた新たな座標視点から見れば、(a,b,c)は(a,b,c)のままだ。

 紙の上にいくつか点を書いてみて、ぐしゃぐしゃに丸めてみたところを想像するとわかりやすいだろう。一見ぐちゃぐちゃにばらばらになったように見えて、丸めた紙を元通りにしてみれば、点の位置は変わっていない。

 

 

「―――だけど、それだけじゃ話が片付かないってことです」

 

「そうだぁ。要は空間というよりは、座標を操る能力なわけだからねぇ。歪ませた空間、座標をそのまま普通に戻してやれば、何の影響もないがぁ‥‥」

 

「歪ませたままにしてやれば、どんなに硬いものでも壊せるってことです」

 

「正解だぜぇ。戻してやるにしても、一工夫いれてやればよぉ、その時の戻ろうとする力で吹き飛んでくって寸法さぁ」

 

「‥‥なるほど、色んなものが飛んできたのは、そういう仕掛けだったのかってことです」

 

 

 空間へと干渉する能力で最もポピュラーな空間転移(テレポーテーション)ともまた違う、それでいて同質な座標の制御。概ね空間移動能力者(テレポーター)は座標のみを扱い、ベクトルは保存するものとして計算には用いないのが通例だった。

 しかしこの男の場合、座標はおろか座標が形作る空間、そしてベクトルまでをも操っている。限りなく超能力者(レベル4)の一人、俗に『届きそうで足りない(ニアレス)』と呼ばれる超高位能力者の一人。本来ならば、こんな場所で喧嘩などしているべき存在ではない。

 

 

「ま、それは僕も同じかってことです」

 

 

 空間準拠の、座標操作を媒介にしてのベクトル付与。何もない場所に、何も関係のないベクトルを与えることは難しい。能力とは万能ではなく、あらゆる制限によって縛られる存在なのだから。

 だからこそ、関連性のある計算式をしっかりと作り、実行出来る能力者は高位能力者と呼ばれるようになる。その例外である、第七位やカガリを除いて。

 

 

「さて、流石にお前もただの念動力(サイコキネシス)ならともかく、空間そのものに干渉する能力は防げまい」

 

「逃がしもしないわーよ。その厄介な空間移動(テレポート)、察知するだけじゃなくて、防がせてもらうーわ」

 

 

 手を翳したバンダナの女性の能力行使。如何なる演算から生まれたものか、脂汗を流しながらも、恐ろしい程に素早い計算で空間の制御を行う。

 空間の固定と解放。それを限りなく短い間隔に微分し、高速で繰り返す。それこそ傍目には何の変化も見られない。あらゆる能力者も理解出来まい。

 例外は只少し。空間を操る能力者。或いはそれに準じる、或いはそれを超える特殊な高位能力者のみ。

 

 

「これで‥‥あんたの演算の連続性は失われたーわ‥‥ッ!」

 

「姉貴は空間移動能力者(テレポーター)の天敵だぁ。お前の能力、発火についてはさておき不死身性は空間移動能力(テレポーテーション)の恩恵と見たぜぇ。この密閉空間で、俺の全力の空間歪曲‥‥受け止めきれるかぁッ?!!」

 

 

 ゆらりと徐々に空間が歪む。まるで波でも生じたかのように。それが周囲から徐々に近づいていく。

 三人が存在していられる場所を制限していくように“普通の”空間が狭められていく。無論、他人の能力の影響にある歪んだ空間に空間移動(テレポート)することは出来ない。なるほど、地味だが着実に逃げ道を防ぐ。

 

 

「さて、これだけ精密に歪めてしまえば、お前も逃げ場はねぇだろぉ」

 

 

 もはやカガリの周囲には、ほんの少しの隙間しか残されていなかった。途轍もなく精密な操作によって、歪みはたった三人分を残して閉鎖された空間全てを満たしていた。

 この歪みに指一本でも巻き込まれれば、ただでは済むまい。しかし自分達の周りに安全な空間を作ってしまえば、そこにカガリが空間移動(テレポート)してくるかもしれない。ならば、そのぐらいのリスクは負わなければ。

 だらだらと滴る脂汗は能力行使と計算の影響だけでは断じてない。不具の覚悟を背負い、恐怖に怯え、それでも二人は勝利を目指す。

 

 

「言い残すことは、あるかしーら」

 

「‥‥お見事ってことです」

 

「あ、そ。―――やりなさい」

 

「応!」

 

 

 殆ど限界に達していた脳を、更に酷使して最高の行使をする。

 歪ませるだけではない。“閉じて”しまう。空間そのものを“無かったことにしてししまう”最強最悪の攻撃。

 ゆっくりと向かい合わせにした掌が合わされて―――

 

 

「―――勝った」

 

 

 

 派手な効果音も、閃光も無しに。

 まるでその部分のコマだけ切り取られてしまったかのように。

 最初からそんな事実は何処にもありはしなかったように。

 

 そこには何も残ってはいなかった。

 表面を数センチ削り取られた石畳と、空間そのものが消失したために流れ込んだ空気が生んだ風の音。それだけだった。

 中に在ったものは一切合切が失くなってしまった。ほんの一瞬だけ息苦しかったのは、自分達の周りの酸素も失くなってしまったためだろう。もっとも。

 

 そんなものはすぐに入り込んできた新たな空気で塗り潰されてしまったけれど。

 

 

「‥‥勝った、勝ったぜぇ姉貴! 俺達、超能力者(レベル5)に勝ったんだぜぇ!」

 

 

 溢れ出る歓喜を、普段なら気怠そうな仏頂面に浮かべて叫ぶ弟を余所に、姉は身震いを抑えられずに沈黙していた。

 超能力者(レベル5)に勝ったという実感は、同時に一人の人間を殺してしまったという事実を否応無く彼女に突きつけていた。総身の力が抜け落ちてしまったかのような恐怖があった。後悔もまた、同じように。

 

 跡形もなく消え失せてしまったのが、逆に恐ろしかった。

 死体という現実なしに、現実を受け止めなければならないのは苦痛だった。

 きっと恨めしげに自分を睨む死体があれば、罪を背負う覚悟も出来たのかもしれない。

 けれど、まるでゲームのように何も失くなってしまったのを見ると、もしかして自分はこの先、ただの空っぽの空間を見るだけで罪悪感に駆られなければいけないのかという不安があった。

 

 

「すげぇ、本当に俺達やったんだ‥‥。もしかしたら、俺たちも超能力者(レベル5)に―――」

 

 

 若さだろうか、熱病に浮かされたかのような呟き。

 あまりにも不自然な現実に迷うかのように尻切れになった、その空白。

 無言、無音の空白に、よく響く、それでいて軽い声が入り込む。

 

 

「それは、どうかな」

 

 

 ぴたりと、呼吸はおろか、心の臓の鼓動までもが、確かに止まった。

 ありえない。そんな言葉も喉から這い出て来ない程の驚愕。否、もはや恐怖。信じられないものを見た、そんな顔だった。

 

 

「おまえ、どうして‥‥!」

 

 

 生気の感じられない、ハイライトの消えた瞳。嘲笑うわけでもない自然で、感情の見えない緩んだ口元。風もないのにはためく白衣。

 一切の傷を負うこともなく、汚れの一つもなく、今までの苛烈な戦闘などまるで無かったかのように。

 ごくごく自然体で立つ、カガリの姿がそこにはあった。

 

 

「嘘よ、空間転移(テレポート)なんて出来なかったはずーよ。あたしの支配してた空間には、何も干渉なんてなかったーわ。十一次元探査の痕跡だって!」

 

 

 空間を固定するという単純明快な能力は、実は空間を支配するという絶対の概念を持つ。固定した空間の境界平面は、何の誇張もなく彼女の支配下にある。そこから抜け出すことも、そこに入り込むことも、彼女の知らぬ間に出来ることでは断じてない。

 彼女の能力行使の半径から抜け出すならば‥‥。否、そんな議論など何の意味もない。彼女にとって、うぬぼれなくそれは“不可能”以外の何でもないことだった。

 

 

「俺だってぇ、確かに空間は“閉じ”ちまったはずだぜぇ‥‥!」

 

 

 閉じられた空間には、何も残りはしない。空気も、物質も、人間も。

 そして彼はしっかりとその目で見ていた。カガリが、超能力者(レベル5)が、空間と一緒に閉じられて、消え失せて無くなってしまうところを。

 

 

「うん、そうだね」

 

 

 ゆらり、と近づいてくるカガリの痩身を前に、思わず一歩、いや、三歩は下がる姉弟。

 確定していた勝利を簡単に覆された。それだけではない。溢れてしまった水が独りでに盆の中に帰ってきたのを目撃してしまったような気分だった。

 確かに空間を閉じた時、その中のものを実際に潰し消した感覚なんてものがあるわけではない。しかし彼らからしてみれば、超能力者(レベル5)の不死身性のキモであるはずの空間転移(テレポーテーション)を封じた状態で、空間の揺らぎから逃げだせるはずがないのだ。

 

 

「実際、かなり効果的だったと思うよ? 少なくとも、空間を閉じるっていう攻撃自体を無効化することは僕にも出来ないってことです」

 

「‥‥どーゆうことーよ」

 

「だから、その通りなんだよ。僕にも無効化することが出来ない攻撃、お見事だったってことです。君達の作戦は間違いなく成功していたのさ。‥‥問題は、それでも僕を“倒す”ことは出来ないってことなんだけど」

 

「くっ―――ッ!!」

 

 

 ぴしり、と微かに鋭い音が疾り、攻撃するためだろうか、ゆっくりと掲げられていたカガリの腕が止まる。

 ピンポイントでの空間の固定。体の一部を問答無用で固定されることによる拘束。同じ空間操作系の能力者でも外すのは至難の技。

 

 

「‥‥ふむ」

 

 

 しかし、さも何でもないことであるかのように。

 なんということだろうか、カガリはその拘束からするりと抜け出してみせる。

 

 

「馬鹿、な―――ッ!!」

 

 

 空間から抜け出すわけでも、拘束を破壊するわけでもなく。

 信じがたいことに、そう、まるで信じられないことに。

 カガリの拘束されていた右腕は、空間ごと宙に浮いていたのだ。

 

 

「あんた、その腕いったいどうなってんのーよ?!」

 

「どうなってるも何も、動けないようにしたのはキミじゃないか。しょうがないから、捨ててしまったってことです」

 

「こ、こともなげに言うんじゃねぇぜぇ‥‥!」

 

 

 切断されたのか、あるいは分離したのか。どちらにしても訳が分からない。そもそも彼女の行う空間固定には、指定した空間面に対して切断の効果を持つような操作が出来るわけではないのだ。

 となると目の前の光景は、カガリ自身によって行われたことなのだろう。血も流れず、痛みも覚えず、しかし確かに腕は切り取られている。

 

 

「まぁホラ、別に問題はないってことです」

 

 

 次の瞬間、瞬きを一回するぐらいの短い時間で、元通りになるカガリの腕。

 そして固定を解除された空間に浮かぶ、自ら切り捨てた腕が炎に包まれ、消えた。

 燃やされたわけではないように見えた。まるで糸がほつれるように、炎として分解されるように消えたのだった。

 

 

「まさか、テメェ‥‥!」

 

 

 限界まで見開いた瞳の中に、口に出来なかった言葉は全て納まっていた。

 そうだ、そうだったのだ。物理攻撃だろうと能力による攻撃だろうと、ありとあらゆる攻撃が効かないのは小細工があったからではない。ただ単純に、本当に“効かなかった”だけだったのだ。

 よく考えれば簡単なこと。能力の名前は、決して無意味につけられるわけではない。

 彼の能力は『無尽火焔(フレイム・ジン)』。決して尽きることのない火焔の化身。炎の精霊(ジン)

 拳も、電撃も、杭も、刃も、炎を消すことは出来ない。水で、風で炎が消されても、再び燃え上がるのならば何ら意味などありはしないのだ。幾度消されたとしても尽きることのない火焔の化身。故に彼は、“絶対無敵”の看板を背負っていられるのだ。

 

 

「嘘だ、そんな、何かカラクリがあるに決まってるぜぇ‥‥!」

 

「そりゃあるさ。そうじゃなかったら僕はファンタジーの存在になっちゃうってことです。もっとも、キミ達がそれを解明出来るかな? あの第一位(アクセラレータ)ですら、僕と対面してそれを解明することは不可能なのだぜ?」

 

 

 人間の体が炎そのものになってしまうだなんて、そんな馬鹿げた話があってたまるものか。自分の体の回りを炎で覆ってカモフラージュしている? それとも、遠隔操作?

 なるほど確かにカガリの言う通り、そこには必ずカラクリがある。しかし断じて小細工ではない。

 

 

「キミら、僕の能力に惑わされ過ぎってことです。僕を倒したいなら能力じゃなくて、正体について考えないとね‥‥」

 

 

 ぽつり、ぽつりと火の玉が宙を舞う。先程のお返しのように、空間を覆い尽くすかのように。それこそ再現なく、節操なく、常識無く、どんどんと増える。

 二人の姉弟を取り囲むように、逃げ場はなく、防壁すら意味をなさない多角的、多面的、多方向からの物量攻撃だった。

 

 ―――発火能力(パイロキネシス)とは非常にメジャーで、かつ威力が高く、やたらめったら応用の利かない能力である。

 その由来から言えば、本来彼らには炎を操るというニュアンスはない。古くは発火能力者(ファイヤースターター)と呼ばれ、要は発火させるという一点に特化した能力であった。それも、多くは人体発火、要は自身の体や他人の体を発火させるという報告が多い。

 しかし学園都市の能力開発は従来の超能力(ESP)の概念を進化させた。炎を意のままに操る能力者も、強度(レベル)によってはいないこともなかった。

 とはいえ限度はある。大気自体を発火させることが出来る者は少なく、多くは塵やら何やらの媒介を要するし、その彼らも発火の起点、火種は概ね自身の周りに限定する場合が殆どである。

 元は人体発火である。どうしても、拡張性にも限界はあった。

 

 だから、これほどまでの多量の火球を、これほどまでに広範囲に展開出来るのは常識外だった。

 不死身性(アンデッド)だけではない。空間転移(テレポート)だけでもない。物理性能のある謎の炎だけでもない。とにかくコイツは、発火能力者(パイロキネイスト)ではない!

 

 

「だから教えてあげたってことです。―――能力ばっかり探るから、失敗するんだぜってね」

 

 

 一気呵成に、悲鳴も怒号も塗り潰す勢いで殺到する全ての炎弾。一切の情け容赦なく、炎は二人の姉弟を襲う。

 必死になって防ごうとしても、全く意味がない。自分の周りの空間ごと固定してしまえるだけの間合い、余力は既になかった。空間を歪ませて弾き飛ばすには、あまりにも多く、そしてあまりにもあらゆる方向から押し寄せていた。

 

 

「ぐ、が、あ―――ッ?!」

 

「こんな、そんな、馬鹿にされて―――ッ!」

 

 

 焔は焼かない。燃やさない。ただ打ち据える。

 『無尽火焔(フレイム・ジン)』の能力の一つ。燃やさない焔は、まるで野球ボールのように二人の体に激突していく。当然そりゃ軽い火傷ぐらいはするだろうが、実に優しい。というよりは、嘗めきっている。

 途端に二人の頭は沸騰するが、それもすぐさま顎やらコメカミやらを直撃した炎弾によって強制的にシャットダウンさせられた。‥‥優しい、なんて言葉は間違いだったかもしれない。尽きることがないかと錯覚するほどに大量の硬式ボールを、凄まじい速度で全身にあちらこちらから叩きつけられることが、優しい所行であるはずはないのだから。

 

 

「‥‥ま、こんなところかなってことです」

 

 

 聞くに堪えない断続的な殴打の音の後に、その場に残っていたのは全身を真っ赤に、あるいは真っ青に、いやしかしやっぱり火傷で真っ赤に染めて、もはや満身創痍の虫の息で横たわる二人の姉弟だけであった。

 超能力者(レベル5)と喧嘩をした数少ない連中の末路に比べれば遙かにマシだっただろうが‥‥。そいつらは暗部の闇に消え失せたので、おそらく表の世界では『最も酷い末路を迎えた』身の程知らずとして噂されることだろう。

 

 

「さぁて、いつになったら僕のことを消し飛ばせる人が現れるのかなってことです。一方通行(アクセラレータ)すら、真っ向勝負じゃ僕に勝てないんだからなぁ‥‥」

 

 

 やれやれ、とこともなげに頭を振ったカガリがゆらりと振り向いた。

 その視線の先には、いっそ超能力者(レベル5)よりもド派手な激闘を繰り広げる二人の姿。能力者の街である学園都市での能力バトルでは珍しい肉弾戦。

 それもそのはず、なにせ黒髪を流麗に振り乱して戦う片方の少女はれっきとした無能力者(レベル0)である。いくら異能力者(レベル3)が相手とはいえ、本来ならば比べることすら間違った組み合わせ。

 

 

「‥‥少し心配ではあるけど」

 

 

 助けに行くべきか、行かざるべきか。

 しかしそのさらに向こうでお気楽に缶コーヒーなんぞをグイ飲みしている友人を見るに、どうやら焦って手助けするほどのことでもないようである。

 あの白髪赤目の少年は、流石に一度見知った相手を見殺しにする程に冷徹ではない。それに自分などよりは余程戦いというものに精通している。彼が楽観を決めつけているなら、特に問題はなさそうだ。

 

 

「ま、啖呵を切っただけの腕前は見せて貰おうかなってことです。ね、佐天涙子サン?」

 

 

 圧倒的な実力を以て当然のように勝利を攫った二人の超能力者(レベル5)に見守られ、学園都市最弱に過ぎない少女が、また大きく髪を振り乱し、清冽に舞う。

 勿論こちらの決着も、同じくもうすぐのことであった。

 

 

 

 

 

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