とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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遅くなりましたが最新話をお届けします! 今回は没個性‥‥もとい佐天さん無双です!趣味爆発です!
アニメ二期も熱い展開目白押しで、見ていて疲れてしまうぐらいですね!拙作もとっとと原作の流れに入ってしまいたいものです!


第16話 『身体強化、没個性、少林寺拳法』

 

 

 

「おおおおおおおおお―――!!!!」

 

 

 ぶぅん、と大気を斬り裂く唸りをあげて拳が迫る。

 もはや人間の腕とは思えない、丸太そのものと化した凶器。その先についた拳は岩塊か何かだろうか。

 当たれば骨はおろか、内臓まで持っていかれそうな一撃。まともに受けるのはどう考えても下策。佐天は横合いから大きな円を描いて迫る豪腕を前に、ヒョウ、と短く息を吐いた。

 

 

「え゛ぁッ!!」

 

 

 狙われた顔面をカバーするように、相手の攻撃に対して真っ直ぐに手刀を突き出した。

 手首の裏側にある“寸脈”と呼ばれる急所めがけて、適切な角度、適切な速度、適切な威力の鋭い一撃。攻防一体の受け技。だが―――

 

 

「―――ッ?!!」

 

 

 一瞬の判断。瞬きの間に覚えた悪寒を頼りに、大きく後ろへと飛び退る。

 ミシィ、と骨が鳴る前に、肉の悲鳴が本能に警鐘を鳴らした。少なくはない経験もまた同じく。

 

 

「止められない! なんてパワーなの?!」

 

 

 吹き飛ばされた勢いを利用して素早く後転し、隙なく起き上がる佐天。その表情は実に渋い。

 受けた左手はジンジンと痺れていた。幸い、骨までは痛めていない。しかし寸分の狂いなく急所を打ち抜いたはずが、まったく効果はなく、こうして自分が圧し負ける。

 確かに体重は軽く倍は違うことだろう。とはいえ今の攻撃は、予測していたものよりも協力。それは認めなければいけない。たった一撃とはいえ、武道家たる自分が競り負けたのは実に悔しかった。

 

 

「‥‥さっきも聞いたが、心得があるみたいだネ。流派を聞いても?」

 

「金剛禅少林寺拳法准拳士初段、佐天涙子」

 

「少林寺‥‥? それはアレかい、サッカーの映画で有名な?」

 

「それは少林拳。よく間違われるけど、あっちは中国拳法で、こっちは一応純国産の武術よ」

 

 

 強く拳を握り、痺れを堪える。骨まで達していないなら、肉の傷みは我慢の範疇だ。力も入る。問題はない。

 それよりも問題なのは、予想外にも強い相手の力。

 見た目以上に協力だった。ただの馬鹿力、といえばその通りではあるが侮れない。力が強い、体重が重い相手との稽古は十分に積んだつもりである。しかしこれほどまでとは。

 

 

「聞いたことない武術だけど、マイナー武道家相手でも手加減はしないヨ?」

 

「上等って言ってんでしょうが。そっちこそ腕っ節だけで真っ当な武道家に勝てるとは思わないでよねッ!」

 

 

 音もなく踏み込み、中段と上段への回し蹴り。脛でも脚の甲でもなく、しっかりと指を立てて前足底での刺すような強烈で素早い蹴り。だが、こともなげに垂らされた腕と、くいっと竦められた肩の筋肉で止められる。

 如何に佐天の体重が軽いとはいっても、踏み込みの勢いだけではなく純粋に速度の威力が凄まじい。生半可な受けでは、その隙間を強引に通してしまうだけの力がある。‥‥そのはずだった。

 

 

「‥‥へぇ、意外にやるねぇ」

 

「くっ!」

 

 

 効かなかったことは蹴った瞬間に理解した。蹴り足をそのまま下ろさず再び水月へ一直線に吸い込ませる、三段蹴りも、分厚い筋肉の前に弾かれた。

 本来ならば大きく踏み込んで逆突きにいくべきところを、踏み込めない。能力によって異常なまでに膨張し、鋼のように硬直した筋肉が持つ迫力が佐天をして踏込を躊躇わせる。

 

 

「本当なら蹴りを受け止めて、ぶん投げてしまおうかと思ったんだケド‥‥。それが出来ないぐらい速い。そこらへんの不良とはワケが違う。戦い応えがあるみたいで、安心したサ」

 

 

 大きく間合いをとった佐天にゆっくりと近づいていく。あまりにも無造作で、あまりにも無防備。しかし佐天は動けない。

 もともと彼女のスタイルは待ちを基本とするカウンターファイターだ。今まで多くの相手はすぐに殴るなり蹴るなり掴むなりしてきたので、対処は容易だった。ある意味では、体格や腕力においてはさておき、彼女は常に自分より弱い相手としか実戦をしたことがなかったのだった。

 

 

「まぁ、遠慮なく叩き潰させてもらうけどネッ!」

 

「‥‥ッ!」

 

 

 動くに動けない緊張の中、漸く自らの間合いへと入った男が拳を振り上げた。

 宣言通り、上から叩き潰すかのような大振りな拳槌打ち。無論その威力は実際のハンマーのそれと何ら変わらないことは疾うに理解出来ている。受けては潰れる、躱す! 佐天は大きく横へステップを踏み、顔面を防御しながら蹴りで反撃。しかし、やはり効かない。

 

 

「硬過ぎんでしょjk!!」

 

 

 打ち下ろした腕を八方目の端で確認すれば、見事に砕けた石畳。そして息つく暇もなく襲ってくるバックブローを鼻先を掠めさせて何とか避ける。

 だが、膨れ上がった筋肉を盾に使って、男の攻撃は止まらない。バックブローの勢いをそのままに、下からすくい上げるようなアッパー。溜まらずこれは前方に大きく身を投げ出して躱した。

 

 

「くるくるとよく動くねぇ、君はサ」

 

「そりゃこっちの台詞よ、コマみたいに回って!」

 

 

 躱し際にさりげなく蹴りを腕に叩き込んでいるが、大して効果はなかったようだ。流石に堪えた様子はあるが、的が大きい分、砕くつもりで蹴っているのにそれだけの効果が得られない。

 あの独楽のような動きも厄介だった。胴体は筋肉の鎧で守られており、そうそう簡単に守りを突破出来ない。その分だけ大胆に、出来る限り威力やスピードを殺さないような動きに特化している。

 どんな武術とも格闘技とも違う。術、技というのは弱い者が強くなるためにあるといっても過言ではなく、彼の動きはひたすらに、強いものが強いままであるために洗練されたものだった。

 

 

「独楽とは酷いな。もっとこう、風車とか何とか勇壮な例えを使って欲しいものだネ」

 

「どっちでも変わらないじゃないの。ていうか独楽ディスりっぷり半端ない件について」

 

「女の子の玩具っぽくて好きじゃないのサ」

 

「男の子の玩具にもあるじゃない」

 

「僕は世代じゃないからなぁ、アレッ!」

 

 

 軽口も程々に、再び二人は動き出す。

 まるで赤ん坊をあやす時に使う、でんでん太鼓のように両腕を振り回し、ひたすら愚直に佐天を殴り倒そうとする身体強化(レイズポテンシャル)に対し、左右や背後に気を配りつつ、追い詰められないように佐天は立ち回っていた。

 基本的には体を反らして顔面の寸前を拳が掠めるような反身。あるいは鋭い踏み込みに対しては、頭を大きく横に躱す振身。さらに体の動きに加えて腕を使って攻撃を受け、あまつさえ相手の体勢を崩して反撃する。

 

 

(‥‥侮れないネ)

 

 

 高度に完成された法系に支えられた、最適な防御と最適な反撃。筋肉の鎧によって守られているとはいえ、こちらの攻撃が当たらず、向こうの反撃は当たるという状況はなかなかに苦々しいものだった。

 まともに当たればコンクリートですら砕ける一撃が、まったく当たらない。自分の攻撃は単純な馬鹿力ではない。生半可な攻撃はしていないはずである。

 彼の立ち回り方は、既存のどんな武術とも整合しないものだった。そもそも一般的な体型を想定した武術と異なり、非常識なまでに膨張した筋肉を使った、非常識な動きなのだ。馬鹿力に任せた戦いではなく、馬鹿力を有効に活用するための戦い方である。そうそう馬鹿にされるつもりはない。

 しかし彼女には通用しない。いや、通用はしている。事実、自分の受けているダメージは微々たるものだ。彼女も防戦一方であり、おそらく防御()けている腕も決して万全ではないだろう。少なからぬ痺れや打ち身があるはずだ。

 だが―――

 

 

(あまり認めたくもないけど、こっちも無視できるほどのダメージじゃないのサ‥‥!)

 

 

 何故か打ち込んでいるはずのこちらの、はるかに重いはずのこちらの、はるかに速いはずのこちらの腕がしびれている。

 主に手首から数センチ上の、内側の部分。この辺りが、防御()けられた時に強く打ちつけられている。そのから伝わる痺れが、打ち付けられるごとに次第に肩へと伝わり、おそらくこのまま続けていれば拳は握れなくなる。

 彼の能力は微弱な電流によって筋肉を膨張、硬直、強化するものであるが、更に攻撃の重さを増すために特殊なリストバンドを巻いている。大きさのわりにやたらめったら重い学園都市の特別性だ。これがあるからこそ、彼の攻撃は並の格闘家の威力を超えるわけだが、このリストバンドぎりぎりを打ち据えられ、だんだんと眉間の皺も深くなっていた。

 

 

(‥‥痛い。やっぱり真っ向から殴り合える相手じゃなかったか)

 

 

 一方の佐天もまた、それ以上に歯を食いしばって耐えていた。ただでさえ細見で華奢の部類に入る佐天にとって、まるで太くて硬くて重い鉄の棒を叩きつけられているような気分だった。骨で受ければこちらが折れてしまうから、掌を広げ、腕の筋肉を張って受け止めていた。

 無論、ただ受け止めるだけでは吹っ飛ばされてしまう。だから彼女は初撃を受け止めた時と同じように、相手の手首や腕の内側にある“急所”を狙って防御をすることで僅かにその勢いを逸らすことに成功していた。

 それは相手が佐天と同じような、或いは普通の人間と同じような腕の作りをしているならば実に効果的だったことだろう。今のところ身体強化(レイズポテンシャル)は微かな痺れを感じているぐらいだが、常人ならば既に両手の間隔が消え失せていたっておかしくはない。

 

 しかしいくら熟練の拳士である佐天を以てしても、この体格差、体重差はどうしようもないほどに拭いがたい差。

 物理の世界の常識として、重いものと軽いものがぶつかり合えば、軽いものが吹き飛び、場合によっては壊れてしまうのは道理。

 故にもはや脂汗すら流し、佐天はこの状況を打開する策を考えていた。

 

 

「―――、―――。―――、―――」

 

 

 鼻から肺いっぱいに息を吸い込み、その七分ほどを口から出して呼吸を整える。

 ジンジンと響く腕の痛みを意識の外へと追いやり、キッと目の前の敵を睨み付ける。辛い時、キツイ時、痛い時、苦しい時。それを我慢して、えぇい、と気合いを入れる稽古は十分に積んでいた。

 

 

(ちょっとえげつない方法で―――ッ?!)

 

 

 びゅおん、と唸りをあげて再び拳が飛んでくる。先程までと何ら変わらない普通のストレート。だが、考えがまとまっていなかった佐天は大きくスウェーバックでそれを躱す。

 二撃目、三撃目が来ても十分に対応出来る安定した姿勢は教科書のようで、さっきまでもそれで十分以上に対応出来ていた。

 

 

「かかったナ‥‥ッ!」

 

 

 ニヤリ、と嗤い二撃目を放つ。

 初撃と同じ軌跡を描きながらも、狙う場所は遙か手前。石畳の地面。

 

 

「―――ッ?!」

 

 

 砕かれる石畳、飛び散る破片。

 もはや飛び散った、などと形容しがたい程の破壊と勢いは、何の変哲もない石の欠片を散弾銃の如き威力へと変貌せしめていた。

 一つ一つが掌よりも大きな、砕けた石畳の砲弾が佐天を襲う。躱すには数が多すぎるし防ぐには重すぎて速すぎる。佐天に出来たのは顔面と肋骨、胸骨などの部位をとにかく守って堪えることだけ。

 

 

「‥‥と、飛び道具は卑怯でしょjk」

 

「jkは君‥‥いや、中学生かナ。どうでもいいケド、卑怯だなんて言葉は嫌いだヨ。使えるものは何でも使うのが戦いってものだロ」

 

「それでも嫌いなものは嫌いなのよッ!!」

 

 

 軽く切れた額から血が滲む。稽古での怪我は日常茶飯事であるが、やはり実戦での怪我は心理的圧迫の度合いが桁外れであった。

 骨まで折れてはいないだろうが、あの鋼のような腕を受け止めるよりも遙かにダメージが濃い。もはや受け止めるという体裁すら繕うこと適わず、ただ打ち据えられる無様な失態を描いた己が情けなくて、涙が出る。

 

 

「さて、手痛い思いをしてもらったところで悪いけれど、容赦はしてあげないヨ。君は中々の手練れだけど、二度と無能力者(レベル0)が高位能力者に挑もうなんて考えないように、徹底的にヤらせてもらう」

 

「この変態!」

 

「何故そうなル?!」

 

 

 叫ぶと同時に、宣言通り一切の容赦をしない右腕が今度はコンクリートの壁を削り取って弾丸にする。地面よりは砕きやすくて飛ばしやすいからか、先程よりも苛烈だった。

 だが佐天とて同じ手を二回喰らうような愚か者ではない。自らの左前方から瓦礫の砲弾が飛んでくるのを見てとるや否や、素早く体を投げ出した。

 

 

「く‥‥ッ!」

 

 

 地面についた右掌から腕を伝って肩へ、そして反対側の腰へと地面を転がり立ち上がる。転がる時に何個かの瓦礫が脚を掠り、痛みはそれほどでもないが傷は深く、出血が心配だ。

 佐天は稽古の量も人並み外れているが、喧嘩の数もそれなりだった。そして飛び道具は死ぬほど大嫌いだった。死ぬ、というのは、相手が、という意味である。

 

 

(遠くにいれば何でも砕いて投げてくるし、無理して近づいたらその隙を狙われる。っとに、冗談じゃないっての!)

 

 

 ぎしり、と音がなるぐらいに歯を食い縛り、ちょっと年頃の女の子としてはどうなのかと思ってしまうぐらいに苛烈な殺気を滲ませる。その強烈な目つきに、思わず身体強化(レイズポテンシャル)も後ずさった。

 だが容赦はしないと言った手前、それこそ礼儀として手加減は許されない。殺すわけにもいくまいが、再起不能ぐらいは覚悟してもらわないと。

 

 

「これ以上怪我はさせたくないナ。降参してくれないカ?」

 

「冗談。そのいつまでも上から目線の気に食わない根性叩き直すまでは諦められますかっての」

 

「そういう態度だけは嫌いじゃないゼッ!」

 

 

 地面が砕けるほどの踏み込みから、さっきと同じような左右の腕による連続攻撃が再び佐天を襲う。余裕があるように見えて、彼へのダメージも次第に蓄積されていた。佐天ほどではないが、あまり長引かせたい勝負ではない。

 一方の佐天も限界ぎりぎりだ。拳を握ることも辛くなってきた程に両手は痺れ、あちらこちらの皮膚が切れて血が流れていた。

 

 

「ッ指弾‥‥! あーもう許さない、絶対に許早苗!」

 

 

 拳による攻撃に、小石を指で弾いての小技も馬瀬始めた男に、佐天の怒りも爆発する。

 もちろん卑怯を謗っているわけではない。単純に自分が苦手な部分を突かれ、イライラが頂点へ達した。そして今まで彼女は飛び道具を使ってきた相手に容赦したことはない。

 

 

「よし、ちょっとタンマ! ザ・ワールド!!」

 

「‥‥?」

 

 

 唐突に佐天が吠えた。

 ビリビリと空気の震えが伝わってくるかのような大音響。武道家は肺活量と瞬間声量も半端ではない。両手を使ってTの字を作り、清々しいまでのストップをかけた佐天に、思わず身体強化(レイズポテンシャル)も呆気に取られて攻撃の手を止めた。

 

 

「‥‥容赦しないって言ったわよね。あたしも限界近いから、手加減やめるわ。全力で戦わせて貰うよ」

 

「―――まさか、今まで手を抜いてたってことカ?」

 

「そういうわけじゃないけどね。ただ、ベストじゃなかったってこと。使ってない技もあるし、用意も足りないし。ちょっと調子に乗ってたのもあるし」

 

 

 手早く髪の毛をゴムで括り、白い花びらの飾りを外す。靴を脱ぎ捨て、靴下すらも放り投げた。

 スカートの下は最初からスパッツを履いているので特に気にした様子はない。そもそも中が見えてしまう程、遅い蹴りを佐天は放たない。

 

 

「これ、意味わかる?」

 

 

 靴を脱いで地面を踏みしめた足を指差し、ニヤリと笑った。

 

 

「グローブを外したのよ」

 

「‥‥はぁ?」

 

「あ、馬鹿にしてるでしょ。言っとくけど、さっきまでと同じように私の蹴りを受け止めない方がいいわよ。ちょっと、いや、かなり痛いと思うから」

 

 

 呆気に取られた様子の身体強化(レイズポテンシャル)を前に、不敵な笑顔を浮かべながら揃えた指先でクイックイッと挑発する佐天。

 なんとも珍妙な気分だった。先程まで明らかに自分が優勢だったはず。現に目の前の年端もいかない症状は全身に怪我を負い満身創痍の体でいる。或いはからかわれているのかと、みしりと身体強化(レイズポテンシャル)の奥歯が鳴った。

 

 

「やってヤル―――!」

 

 

 安い挑発だと思った。だからこそ乗ってやろうと殴りかかった。

 真っ正面から、顔面を守る佐天のガラ空きになった腹部へのストレート。腰の捻りと上半身の筋力を余すことなく使った全力の突き。まともに食らえば内臓なんてひとたまりもない。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 佐天が鋭く息を吐いた。

 顔面近くを守っていた掌が素早く下がり、コロのような捻りを足して身体強化(レイズポテンシャル)のストレートを受け流す。

 そして間髪いれずに、ほぼ同時に跳ね上がる膝。その膝の勢いを使って前へと伸び上がる脚。狙いは分厚い筋肉に包まれた中段。何を馬鹿なことを、同じ真似を、とニヤリと口が緩む。

 

 

「え゛ぁッ!!」

 

 

 そのニヤリと緩んだ口が、母音に濁音をつける佐天の独特の気合と共に、驚愕の形に歪んだ。

 全幅の信頼を寄せていた圧倒的な厚さと硬さを持つ自らの腹筋。その腹筋を通り抜けて、内臓へと達する蹴りの衝撃。

 痛みよりも先に眩暈と吐き気が込み上げる。衝撃で体から力が抜ける。そして同じく緩んだ拳に感じる、嫌な予感。

 マズイ! このままではマズイ!!

 

 

「お、おおおおぁ―――ッ!!」

 

 

 遮二無二、両手を振り回し、その勢いを使って大きく少女から距離を取る。

 先程までの佐天の突きや蹴りの衝撃を、さらに強くした鈍い痛み。断じてそれだけで戦闘不能になるような威力ではない。筋肉はさておき、自分は頑丈だ。

 ―――だが、今までのように筋肉の鎧を頼りに、受け続けて良い威力では決してない。

 

 

「‥‥突き蹴りに大事な要素って、色々あるんだよね。本当はパワーなんて二の次。一番大事なのは、適切な箇所を最速のスピードで、最適な角度で打ち込むこと。それも、面じゃなくて点でね」

 

 

 横一文字に見えるように、五本の指を張った掌を腰の前へと構えた独特のファイティングポーズ。淡々と、或いは自信たっぷりに佐天は口を開いた。

 身体強化(レイズポテンシャル)は動けない。筋肉の鎧に防御を任せて突っ込んでいた、今までとは話が違う。蹴り一発で思い知った、互いの戦闘能力が拮抗しているという事実を。ならば、安易な踏み込みはカウンターを旨とする彼女相手では逆効果なのだ!

 

 

「靴履いてると怪我しないで済む分だけ、蹴りづらいのよね。靴って重いし、足が思う通りに動かないし。だからグローブを外したって言ったわけ。

 素足だったら筋肉の隙間を狙って、足首を上手く動かして、最速で蹴り込むことが出来る。ちょっと瓦礫で怪我しちゃうけど。短時間で決着付けて手当しちゃえばいいわけだし」

 

 

 ジリ、と佐天が間合いを詰める。だが身体強化(レイズポテンシャル)は下がれない。

 下がったら負けだと思った。いくら自分が能力によって膨張させた筋肉によって常人離れした運動能力を手にいれているとはいえ、どうしても小回りは効かない。追い詰められてしまえば、そこで終わる。

 

 

「本当は守りに徹したかったんだけど、血も流れすぎたし、こっちから行くよっ!」

 

「ッ!」

 

 

 一息で踏み込み、跳ね上がる脚。

 狙いは上段、反射的に大きく膨れ上がった肩の筋肉を使ってガードする。だが筋肉の隙間に打撃を喰らい、ミシリと骨まで悲鳴を上げた。

 

 

「おぉおっ!!」

 

 

 ガードした腕を使い、必死の叫びを上げてのストレート。だが知っていた、するりと暖簾に腕を通したように躱され、先程と同じ位置に中段突きが刺さる。

 

 

「ぐ‥‥ッ!」

 

 

 否、突きだけではない。次の瞬間には蹴りも入っていた。殆ど間のない二連攻。しかもこちらのストレートを受け流された時に生じた、一瞬の隙、筋肉の弛緩を狙っての攻撃だった。

 普通の人間に比べて能力を使って筋肉を膨張させている彼には、無意識における弛緩もそこまでの差ではない。とはいえ今までのそれと比べると、グローブなしの打撃は堪える。

 

 

「まだまだぁ!!」

 

 

 蹴り足をそのまま再び体に引きつけ、体重のかかった膝の裏を狙った足刀。いわゆる洗練された膝かっくんに、思わず倒れそうになりながらも彼は耐えた。

 ここで倒れてしまえば無防備に背面を晒すことになる。それがどれほどまでに危険か、もはや本能で察していた。

 

 

「っしゃあ!!」

 

 

 敵が近いのを見てとるや、腰を捻って渾身の裏拳、バックブロー。

 だが肘の付近を掌で打たれ、佐天はその勢いのまま無傷でフワリと間合いを取る。洗練された武の動き。まったく掴めない、焦りが生じる。

 まるで得体のしれない何かを相手にしている気分だった。動きは先程までと変わらないのに、圧倒的有利と共に、身体強化(レイズポテンシャル)の余裕も吹き飛んでいた。

 

 

(あれだけ大口叩いて、不利になった途端に引け腰なんて無様は晒せるかヨ‥‥!)

 

 

 肉体を頼みに戦う連中は須くプライドが高く、そして彼は特に自身の実力に比して誇り高かった。

 何か理由や言い訳をつけて負けや不利を誤魔化すなんて絶対に許せなかったし、そしてそれ以上に、負けを認めるのも嫌いだった。

 だから、吼えた。

 

 

「でりゃあああ!!!」

 

 

 大きく体を振って、フェイントも何もない上段からの振り下ろし。

 だがどれだけ気合いを入れても変わらない。さっきまでだって決してことさら手加減していたわけじゃない。しかし当たらなかった。ならば、今だって当たるはずがない。

 

 

「ぐ‥‥ッ!」

 

 

 跳ね上げた掌が切り上げるようにして振り下ろしをいなし、再びの蹴り。もう何回、同じところに蹴りを入れられたのか分からなかった。

 確かに蹴りの威力は上がった。だが問題はそちらよりは、完全にペースを佐天に掴まれてしまったことか。動揺はどうしても治まらず、気ばかり焦る。元々まったく攻撃は通用していなかったという事実を実感させられる。ただただ翻弄される。

 だが―――ッ!

 

 

「掴んだヨ‥‥ッ!」

 

 

 例え威力が増し、的確な位置に的確な角度と最速のスピードで突き蹴りを入れることが出来るようになったとしても、身体強化(レイズポテンシャル)によって強化された筋肉の鎧の防御力は絶大だ。

 ただの一撃も堪えられないはずはない。そう覚悟を決めた。そして、耐えた。

 その成果は大きい。間合いを取られる寸前で、間一髪掴むことが出来た、右腕。容赦はしないと放った、その言葉を証明する。

 

 

「悪いケド、この腕を貰うゼ‥‥!」

 

 

 関節技なんて知らないが、この腕力で無理矢理へし折ってしまえば良い。ちょっと勝ち方としてはエグい部類になるけれど、容赦はしないと確かに言ったのだ。

 流石に腕の一本も折れば観念するだろう。そう思って力を込めた時だった。

 

 

「―――浅薄」

 

 

 掴まれた場所を支点に、自分の手首を回転する。そのとき掴まれた手の甲を覆ってやり、固定。キュ、という音がするぐらい鮮やかに腰の捻りを使って手首を圧迫、その動きに連動して肘と肩もロックされる。

 

 

「ッ?!」

 

 

 引っ張ろうとしたのに、引っ張れない。まるで地面にアームをついたユンボだ。自分の体が引っ張られ、ぐらりとバランスが崩れた。

 肘と肩のロックも相まって、お辞儀のように膝をつく。ミシリ、という音が手首から聞こえた気がした。

 

 

「が、あ―――ッ?!!」

 

 

 Sの形に極まった手首に切り込むように体重をかける。故に龍華拳が一、切り小手。

 疾る激痛に、思考が乱れる。前にも後ろにも逃げられない。二人分の体重がかかっているのだ。バランスは既に佐天によって制御されるが儘。しかしこのまま無防備な首筋を晒してしまっていては更にマズイ。

 

 

「畜生がぁぁああッ!!」

 

「ッ?!」

 

 

 もはや形振り構わぬとばかりに、握り込んだ左拳を全力で地面に叩き込んだ。

 その豪腕、佐天の脚を狙ったものではなかった。乾坤一擲の一撃は、石畳を割り砕き、深く罅を入れる。

 流石の佐天も足場へ一瞬にして罅が入れば隙も生まれる。ただその隙を狙い、再び吼えた身体強化(レイズポテンシャル)が極められた腕ごと佐天を放り投げる!

 

 

「極まったと、終わりだと思ったかテメェエエ―――ッ!!!」

 

 

 フワリと猫のように、しなやかに隙なく着地した佐天を追って身体強化(レイズポテンシャル)は跳んだ。

 振り上げるのは右腕。そして振り下ろすのは左腕。近代武道やスポーツにはない、両手による完全同時攻撃。まるで狼か、或いは虎か獅子か、はたまた龍か。鋭く牙の生えた顎が閉じれば、どんな腕自慢であってもひとたまりもなかった。

 

 

「フ―――ッ!」

 

 

 だが猛獣の顎を前にも怯む気配もなく、鋭い呼気と共に、ひゅおんと佐天の腕が撓った。

 蛇のようにしなやかで素早く、音のない疾風。拳ではない。掌でもない。揃えた指先が狙ったのは、むき出しになった眼球。

 

 

「目つぶしだとッ?!」

 

 

 清冽な戦いっぷりとは反転、こちらも容赦のない急所狙い。対戦相手の今後の生涯など知ったことか、と言わんばかりの技に思わず身体が硬直する。

 しかしもはや退けない。正確無比な狙いならば逆に躱すは容易い。ぎりぎりまで引きつけ、額で受け、指を砕き、その隙に両腕を叩き込む!

 まるでコマ送りのように、眼前へと迫る佐天の白くて細く、長く、美しい指先。整えられた爪。一秒にも見たぬ呼吸の隙間が永遠のように感じられ、正に爪が睫に掠るか否かの瞬間。

 

 

「‥‥か、あ‥‥そんな‥‥ッ?!」

 

 

 ぐらり、と身体強化(レイズポテンシャル)の身体が傾く。

 今まさに飛びかからんとしていた勢いを完全に殺され、全身の力が抜けたかのように崩れ落ちる。

 戦いに興奮し、紅潮していた顔は一転青ざめ、歯の根は合わず、ただただ震えるばかり。もはや立つことも、走ることも、殴ることも適わぬ。ひたすらに苦痛を堪え、衝撃を押さえ込む。それしか出来ない。

 ‥‥さもありなん、佐天の目突きに集中していた彼は気づけなかったのだ。目に見えない速度で放たれた、佐天の金的蹴りに。

 

 

「卑怯‥‥者‥‥!」

 

「卑怯も何もないのが、あんたの流儀じゃなかったの?」

 

「だからといって、こんなのがあるかヨ‥‥!」

 

 

 男は女より一つ急所が多いとされている。言うまでもない、睾丸、金的である。

 ここを素早く、つま先で引っかけるように打たれてしまえば堪ったものではない。大した力も要らないから速度は普通の蹴りと比較するまでもなかった。

 身体強化(レイズポテンシャル)の両手突きも不可避の必殺技であったが、こちらも同じく、必殺の目潰しを囮にしての不可避の必殺。いわば二重の構えである。

 その効果ときたら、ご覧の通り。

 

 

「どんなに鍛えても、鍛えられないところはあるってね。潰れてはないはずだけど、とても動けないでしょ?

 こうなってしまえばあとは簡単。この佐天はこのようにゆっくり近づき、花を摘むようにあんたの命を刈り取るまでよ」

 

 

 身体を起こせば殴れる、掴める距離に近づかれても、男は動けない。事故で金的を打つことはあっても、それそのものを目的として、最適な一撃を金的に受けたことがある者はそうそういないはずだ。

 我慢して、すぐに身体を起こせるような生半可なものではない。故に必殺。相手を必要以上に傷つけず無力化するのに、これほどまでに適した攻撃があるものか。

 

 

「ま、そんなことはしないけどね。降参も聞けなさそうだし、軽く眠って貰おうかしら。言うこと、ある?」

 

「‥‥!」

 

 

 腹の中へと引き上がった睾丸の痛みに苦しめられながら、身体強化(レイズポテンシャル)は脂汗に覆われた顔を歪めて笑った。

 無能力者(レベル0)の少女一人を倒せないで、どうして超能力者(レベル5)に勝てると思ったのか。ばかばかしい、やられてしまった、あぁ畜生、こんなものだったのかよ。悔しさ、憎しみ、ある意味では喜び。色んな感情が駆けめぐった顔だった。

 

 

「次は負けないヨ‥‥!」

 

「あ、そう。じゃあまたね」

 

 

 互いにニヤリと笑みを見せ、佐天は拳槌を振り下ろした。

 後頭部の、髪の毛の生え際。軽く、しかし体重をしっかり落とした一撃は青年の意識を簡単に吹き飛ばし、地面へと打ち倒す。

 だが、佐天もそれで限界だった。体中が痛い。出血も酷い。もしかしたら残っちゃうかもなぁ、せっかくの美少女なのにと独りごちて、フラリとよろめいた。

 

 

「あ―――」

 

「おっと」

 

「派手にやったなァ、生きてンのか没個性?」

 

 

 足を縺れさせ、ぐらつき、倒れそうな佐天を支えたのは同じく一戦やらかした超能力者(レベル5)の二人。

 もっとも支えたのは年下にはめっぽう優しいカガリであり、一方通行(アクセラレータ)はそっぽを向いたっきり。あまりにも薄情に見えながらも、その言葉からはどうやら佐天の戦いっぷりはしっかり見ていたことが分かって、思わずヘッと笑いが溢れる。

 

 

「かっこつけちゃって、超能力者(レベル5)共が」

 

「そりゃ僕らは余裕あるってことです」

 

「じゃなきゃ超能力者(レベル5)じゃねェだろォが」

 

「知ってるけどね。あーあー、先は遠いなぁ」

 

 

 よいしょ、と佐天を背負ってカガリが歩き出した。二人は無傷だが、佐天は結構な大怪我。病院に連れていかなければならないだろう。

 良い医者に診せなければ傷が遺ってしまうかもしれない。女の子にそれはつらかろう。もっとも、そういう気遣いが出来るのはカガリだけで、一方通行(アクセラレータ)はまるで気にした様子はなかったが。

 

 

「‥‥まさかテメェ、超能力者(レベル5)にも勝つ気かよ?」

 

強能力者(レベル3)に勝ったぐらいで、随分とまた剛毅な女の子ってことです」

 

「うっさいわね。夢はでっかく、よ。説明はしんどいから、また今度ね」

 

「はぁ、凄い子だ」

 

「一度痛い目でも見ねェといけねぇンじゃねェか、この没個性はよォ‥‥?」

 

 

 いったい何がそこまで彼女を戦いに駆り立てるのか。或いは単に意地の張り合いなのか。

 どちらにしても自分たちの周りには濃い人間ばかり集まるものだと顔を見合わせた二人の超能力者(レベル5)。無論、自分たちのことは棚に上げているのはお約束。

 この拳法少女についてはまだ色々と話すことはあるのだが‥‥。それはまた、次の機会に回すこととするのであった。

 

 

 

 


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