とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》 作:冬霞@ハーメルン
日本には、まるで嘘のような都市伝説が一つある。
否、言い換えよう、都市伝説のような都市が一つある。
言葉遊びのように思われてしまうかもしれないが、事実だ。それは紛れもなく、“都市伝説のような都市伝説”だった。
曰く、外界に比べて数十年の違いを見せる圧倒的な科学技術。
曰く、実用不可能なレベルの研究が平然と実用され、そもそも理論の段階にしか至っていない理論が平然と実験の段階にあり、机上の空論だと検証すら馬鹿にされる理論を、まじめに議題として発表する。
曰く、東京都の三分の一の面積を、神奈川や埼玉に一部を及ばせながら円形に占拠し、その総人口は二百三十万人にも及ぶ一大都市。
曰く、学園都市。総人口の八割は学生であり、日夜最高レベルの学問を修めることが出来る世界最先端の実験都市。
曰く、部外者の出入りは完全に管理された、秘密の園。その学園に通う全ての学生を守るために、ありとあらゆる警備体制が敷かれた完全無欠のセキュリティ。
最先端科学によってあらゆるものが管理された生活に、誰もが憧れを禁じ得ない。
学園都市は巨大な場所で、相応の人数の学生が集まっている。
よって日本全国、ありとあらゆる学生は学園都市での生活に憧れる。それなりの情報統制、そしてそれなりの情報公開がされているとはいえ、やはり学園都市での内情というものが正確に流布するわけではない。
色々な憶測や噂が、その情報の信憑性を大きく揺らがせている。‥‥とはいえ概ね科学技術に対する情報は、主に学術論文などの必要性から比較的正確に外界に把握されていると言える。
如何に科学技術が、それも数十年のレベルで進歩しているとしても、既にある程度は公開されている情報に、噂好きとはいえ学生が過度の憧れを示すことはない。
それこそ、ほんの触りぐらいの情報しか無く、かつ全く実態が明らかになっていない。そんな情報にこそ学生は想像を膨らませ、仲間内での話は加速度的に肥大化していく。
ここには噂の広まり、尾ひれがつく様子の真実が含まれているだろう。実際、学園都市については愚にも付かない多数の噂が流布している。
曰く、密かに人体実験が行われていて、学園都市に通う生徒は皆、その実験台として集められているとか。
曰く、学園都市には警備と称して暗殺機関が存在しており、学園都市に害を為すと判断された者は秘密裏に始末されるとか。
曰く、その為に学園都市には全体に秘密の監視網が敷かれており、全ての学生の動きは秘密裏に全て監視されているとか。
‥‥その全てがあながち荒唐無稽な噂話だと、切り捨てることも出来ないのが学園都市であるのだが。
「うぅーいぃーはぁーるーぅぁーっ!!」
「きぃやぁぁぁあああ?!!!」
さて、そんな科学最先端の街である学園都市でも、世界気候までも簡単に操作できる訳ではない。
相も変わらず、当然のことながら夏は暑い。初夏に入ったばかりだというのに暴力的な日差しはアスファルトで綺麗に舗装された道路を焼き、優雅に敷き詰められた赤煉瓦の歩道を熱する。
学園都市においては五、六世代ほど前になる某家庭用据え置き型ゲーム機の第三世代などは、使用時にはその表面で卵焼きが焼ける程に発熱したと言うが、今の歩道も同じくらいには暑い。
靴の底が焼け付いて路面にくっついてしまうのではないかという暑さ、否、熱さに学生達は皆1人残らず肩を落とし、力なく家路に着いていた。
「なっ、何するんですか佐天さんっ?! こんな往来でスカートめくるなんて止めて下さいよぉっ!」
「いやーごめんごめん、初春ってばまた無防備なお尻さらしてるもんだから、ついうっかり世の中の厳しさを教えてあげようかなーって。
ていうか相手が絶賛アブラギッシュ四十代な中年親父ならともかく、私のはスキンシップだしねー。初春がしっかりとジャッジメントとして周囲に気を張ってることが出来ているか、チェックするのも友人としての勤めってヤツよ」
「いやいや私この前もう止めてって言いましたよね?! ていうか女の子同士でもセクハラって通用しますよね?! 私ジャッジメントだから変態行為現行犯で詰め所まで連れていってもいいですよね?!」
学園都市ほぼ中央に位置する、第七学区。
数多ある学区の中でも最大級に近い面積を持つ学区には、それこそ多数の学校がひしめいており、道を歩く生徒達の制服も多種多様。
有名ブランドのデザイナーの力を借りた制服も多く、センスも良く独創的な服装は生徒達の自尊心の類を大いに刺激する。中には制服のデザインで学校を決めようとし‥‥結局失敗撃沈した学生も数多い。
その中でもシンプルな部類。真っ白な生地に紺色の襟(カラー)に白いライン。そして赤いタイ。スカートは膝上少し上の落ち着いた丈。
世間一般的な女学生の制服をパターン化したら、紛れもなくトップ3には入るだろう代表的なデザインのそれは、ある意味では野暮ったいと言えるかもしれない。
生徒からも賛否両論だ。中には奇天烈なデザインの制服もあるから何とも言い難いらしいが、やはり学生として個性は拭いがたい。
しかし学園都市の清潔なイメージには十分以上にマッチする。そんな制服を着込んだ女子中学生が二人、姦しいという表現がこの上なく似合う雰囲気を辺りに撒き散らしながら騒いでいた。
「今日のパンツはピンクのストライプかぁ‥‥。別に悪くはないけど、ちょっと王道過ぎない? まぁこれが水色だったら本当にテンプレ乙ってカンジだけど、もうちょっと上品で大人っぽい下着でも文句は言われないっていうか‥‥」
「ななななんで私の下着のことまで佐天さんに言われなきゃいけないんですかっ?! もういい加減にして下さいよーっ!」
一人は背中の中程まである長い黒髪を真っ直ぐに下ろし、白い花の意匠をした髪留めをアクセントにあしらった少女。
勝ち気そうな眉毛が特徴的で、今も気っ風の良い姉御肌といった笑みを浮かべ、目の前で慌てふためきながらスカートめくりを抗議する友人をからかっている。
もう一人は百を超える学生の中に埋もれない強烈な個性を放つ少女。いや、顔立ちはそこまで目立つものではない。可愛らしいが、悪く言えば十人並み、良く言えば親しみやすい美少女である。
一際異彩を放つのは短めに切りそろえたショートカットの頭の上にのせられた、花冠。
子どもが遊びで作るようなレベルではない、色とりどりの、見事な花の盛り合わせだ。炎天下だというのに頭の上の花は元氣に咲き誇り、見慣れたのだろうか、道行く生徒達からの視線は奇異を含んだものではないが、彼女自身が都市伝説の一つになりかけているのは、知らぬは本人ばかりなりというものであった。
「ふぅ、初春は毎日毎日ホントにからかいがいがあるよねぇー。‥‥ところで初春は今日も風紀委員(ジャッジメント)のお仕事?」
「えーと、今日は確かシステムのチェックとかで支部に入れないんですよね。私、せっかくの機会だから支部のPC根こそぎ魔改造(メンテナンス)しようと思ってたのに、入るなって言われて‥‥。
だから部屋のお掃除でもしようかと思ってたんですけど。佐天さんは何か用事でもあるんですか?」
「ああ、そりゃ良かったわ。ちょうど今日さ、一一一(ひとついはじめ)の新譜が発売されるっていうから、CDショップに寄りたかったのよねぇ」
「CDショップって、駅前広場の近くにある店ですか?」
「そうそう。最近改装したとかでキャンペーンやってるからさぁ、せっかくだし初春に付き合ってもらおうかと思ってたんだけど、どう?」
「いいですよぉ。ヒマでしたし、一人で部屋の掃除するのも寂しいですからね」
相も変わらず日差しは暴力的だが、それでも日常は普通に存在している。
暑いからといって部屋に閉じこもるのは残念な大人の選択肢かもしれないが、現在進行形で青春を謳歌している彼女たちにとってはあり得ない選択肢だ。
学園都市では技術が進歩している分だけ、家の中にいても娯楽は数多い。特に髪の長い方の少女、佐天‥‥佐天涙子にしてみれば、趣味によってヒマなど簡単につぶれてしまう。というか潰れてはいけない時間まで潰してしまい、テスト前に痛い目を見ることも多い。
しかし自然に、外に出ることを選ぶのも彼女たちぐらいの年頃だからこそだろう。実際あまり長時間炎天下に居ては熱中症の危険性すらあるのだが、そこまで考えてはいないようだ。
「トンクス。じゃあ突っ立ってるのも何だし、さっさと行こうか! CDショップに寄る前に喫茶店で涼んでくのもいいし。このまま立ってるとこんがり焼けちゃいそうだわ。日焼けって意味じゃなくてさ」
「それもそうですね。早めに行かないと混んじゃうかもしれませんし、急ぎましょうか」
第七学区は巨大だが、その分だけ駅やバス停なども充実している。
涙子や初春、初春飾利の通う柵川中学も駅から微妙に離れたところにあるから、バス路線も通っている。とはいえ生活に必要な設備だから学生は格安で利用できるとはいえ、やはり混む。
特に朝、一分一秒でも早く学校に急ぎたい時などに混んでいて乗れなかったなんてことになったら悲惨だ。そのためにそれなりの数の学生が徒歩通学を選択していた。
「あーあ、今日は五限が長引いちゃったから、それだけでも不利よねぇ。教師もプロなんだから時間通りに終わらせるのが職務意識ってものだと思うんだけど」
「まぁ先生方にも色々あるんですよ。‥‥ウチの中学は低レベル能力者ばかりですから、指導に熱も入っちゃうって前に別の先生も言ってましたし」
「‥‥どれだけ指導に熱入れられても、それだけで能力が伸びたら苦労はしないんだけど、ね」
「あ‥‥」
何処か自嘲気味に呟いた涙子に、初春は逡巡気味に声を発した。
彼女の事情からすれば、確かに褒められたものではない発言も納得出来る。だからこそ自分が慰めの言葉を持っていないことにも、自分自身への苛立ちの一種を感じさせられた。
―――学園都市を、外の世界に対して神秘的な、非現実な存在にしている要素の一つ。
それは外部との交流を立つ閉鎖的な体質でも、数十年分も進んだ超科学(オーバーテクノロジー)でもなく、秘密警察やら暗殺組織やらの根も葉もない‥‥とも言い難いが、そういった確証のない噂でもない。
「‥‥すいません、佐天さん」
「え? ―――あぁ、別に初春が謝るようなことじゃないでしょ? 私が無能力者(レベル0)なのも、一向に超能力者(レベル5)はおろか低能力者(レベル1)にすらなれないのも、初春のパンツがピンクのストライプなのも、ぜーんぶ誰が悪いわけでもないでしょ?」
「私のパンツは関係ないですよぉっ!!」
超能力(ESP)。
近代に入り、科学技術が進歩して、魔術や呪いや占いの類の噂の信憑性が薄らいでいくのに代わり、根も葉もないトリックやペテンの類として広まった噂の一つ、と認識されている。
曰く、手も触れずに物を動かす。
曰く、人の心を読む。
曰く、心で会話をする。
曰く、遮蔽物の向こうのものを見ることが出来る。
曰く、未来を幻覚として視る。
曰く、瞬間移動をする。
曰く、火を出すことが出来る。
昨今ではバラエティ番組などで見せ物のように登場したり、詐欺師としてトリックを暴こうという企画が生まれたり、与太話の一種であった。
もちろん中には、あるいは本物がいたのかもしれない。けれど当然のようにそれを確かめる手段などなく、結局のところ大抵が正真正銘の詐欺、ペテンの類である。
‥‥しかし、そう、つまり、偽物があるということは、本物があるということだ。
乃ち、念動力(サイコキネシス)。
乃ち、読心能力(サイコメトリー)。
乃ち、念話(テレパス)。
乃ち、透視能力(クレヤボヤンス)。
乃ち、予知(プレコグニション)。
乃ち、空間移動(テレポーテーション)。
乃ち、発火能力(パイロキネシス)。
「薬も脳開発も、なんか自分が能力者に向かって前進してるって実感ないし‥‥。ホント、あんなので実際に超能力者になれるのかなぁって思っちゃうわよね」
「まぁ実際にウチの中学からでも異能力者(レベル2)や強能力者(レベル3)も出てますし‥‥。まぁ年に一人か二人いれば良い方だって言いますけど」
この、学園都市が外の世界に対して異常と言われる所以が、これだ。
昔から与太話として信じられていた超能力の、超能力者の開発。それがこの学園都市の最大の特色。
約二百三十万人の学生は、基本的に残らず能力開発を受け、超能力者への道を歩んでいた。
無能力者(レベル0)。六割方の学生が当てはまる、能力を発現出来なかった学生。全く能力が無いわけではないが、それでも所謂落ち零れとして扱われてしまう大多数が持つ力。
低能力者(レベル1)。多くの学生が当てはまる、スプーンを曲げる程度の力。
異能力者(レベル2)。レベル1と程度は大体同じ。日常ではあまり役には立たない力。
強能力者(レベル3)。レベル1やレベル2とは異なり、はっきりと観測され、日常では便利だと感じる程度。このあたりから、能力的にはエリート扱いされ始める力。
大能力者(レベル4)。このあたりになると圧倒的な威力を持ち、軍隊において戦術的価値を得られる程の力。
超能力者(レベル5)。‥‥学園都市でも七人しかいない、一人で軍隊と対等に戦える程の力。
能力者はこのように5段階の区分けがされ、自らが持つレベルによって学園都市から受ける恩恵も様々だ。
具体的に言えば奨学金の増減やや入学する学校の制限、利用できるサービスの違いなど。特に基本的にはアルバイトをせずに奨学金で生活をする学生にとっては、収入の増減はダイレクトに生活に影響する。
だが、どちらかといえばそういうことは些事でしかない。結局のところ学生の為の街なのだから、生活必需品の類は非常に安価に設定されているのだから。
「あれ、でもウチの学校で強能力者(レベル3)なんていたらすぐにエリート扱いで噂になってるはずだけど‥‥」
「そういう人って、すぐに他の学校に転校しちゃうらしいですよ。‥‥ホラ、ウチの中学じゃ高位能力者向けの学習環境が整ってないらしいですから」
「ああ、エリート様はもっと良い学校に行っちゃうってわけね。‥‥はぁ、大星覇祭でも良いトコなしだし、イマイチ冴えないよねぇウチの学校」
「大星覇祭だと、高位能力者の数が勝負を分けますから‥‥。私達の学校は、そもそも無能力者(レベル0)と低能力者(レベル1)が殆どを占めてますから、高位能力者が多い中学相手だとフルボッコですよね‥‥」
何処の街にもチンピラはいる。同じように、学園都市の路地裏にも不良が溜まっていて、問題を起こす。
けれど学生ばかりの都市だから、学生ならではの問題も他に比べて多くなるのだ。
乃ちそれは、能力による格差と虐待、偏見。それらは能力のレベル別に厳格な区別がされている学園都市だからこそ、外の世界に比べて根強く息づいていると言えた。
虐める方もそうだが、虐められる方の弱者意識にも、きわめて根強く。
「最近は高位能力者による、無能力者(レベル0)狩りなんてものも流行してるって上層部でも問題になっているらしいですよ? 佐天さんも、一人で路地裏とか歩いちゃだめですよ!」
「分かってるってば、初春は心配性だなぁ。第一このあたりの中学はみんな似たり寄ったりで、高位能力者なんて数えるぐらいしかいないじゃないの」
「そうはいっても、第七学区は繁華街とかも多いですから‥‥」
暫く歩くと店も増え、日陰側に寄れば日差しも防げる。その分だけそちらに通行人も多めになるから歩道は随分と混むが、それは仕方がないことだろう。
この辺りはまだまだ長閑で、学生達が繁華街と呼ぶようなところではない。せいぜいが学校帰りによる喫茶店と言ったところあり、野暮ったい。
それにこの辺りで喫茶店なんかに入ってしまっては、また駅前まで長く暑い道のりを堪え忍ばなければいけなくなる。それは勘弁被りたいところだった。
「ところで初春、なんかいつもすっごく忙しいけど、風紀委員(ジャッジメント)って具体的に何やってるんだっけ?」
「え? 佐天さんだって風紀委員(ジャッジメント)がどんな組織だってことぐらいは知ってるでしょう?」
「そりゃ、警備員(アンチスキル)と並ぶ学生主導の治安維持組織っていうお題目ぐらいなら知っているし、パトロールしてる風紀委員(ジャッジメント)は良く見るよ?
けどさ、初春が仕事してるとこなんて見たことがないし、風紀委員(ジャッジメント)の支部だって見たことないし。そこんとこ詳しく(kwsk)」
「‥‥まぁそれは確かにそうですけどね」
初春が右袖に付けた緑色の腕章。盾をモチーフに扱った、外の世界では警察官も付ける腕章に似たデザイン。
学園都市にある二つの治安維持組織の内の一つ、風紀委員(ジャッジメント)。学生達によって組織され、実際の警察官と同じような役割を与えられた事実上の警察組織。
不完全ながら逮捕権なども持った権力構造の一端でありながら、その殆どを学生だけで占められており、いわゆる文字通り、一つの学園を守る風紀委員という体だった。
「そうですねぇ、まぁ一番の仕事はパトロールってことになるんですけど、その道すがら色んな仕事をしてますよ?
ゴミ拾いとか、失くし物探しとか、迷子案内とか」
「意外に地味なんだなぁ」
「地味言わないで下さいっ! いいですか佐天さん、事件なんて起こらないに超したことはないんです! 私たちは所詮学生なんですから、学生の視点からの風紀管理が必要なんです。押しつけた風紀なんて学生としても楽しくも何ともないですからね。
私達、風紀委員(ジャッジメント)の本当に仕事っていうのは、そういう草の根からの治安維持とか風紀管理ってヤツですね!」
「‥‥すごい難しいこと言ってるけど、自分で分かってる?」
「べ、別に研修で教えてもらったことをそのまま口にしてるわけじゃないんですよっ! 分かってないから暗記してテスト乗り切ったってわけでも、ないんですからねっ!」
警備員(アンチスキル)は逆に、教員によって構成された治安維持組織である。
実際の逮捕権や拘留権などは主に大人であるこちらが担当している。しかし如何せん相手は学生、乃ち、超能力開発を受けた学生が相手では所詮一般人である教員には荷が重い。
何せ生身でトラックをぶん投げたり電撃飛ばしたり火炎放射器よろしく炎を飛ばして来たりする学生である。戦車か装甲車でも持ってこないと相手にならない。
結局のところ風紀委員(ジャッジメント)の後始末、あるいは後詰めとして存在している点もあった。もちろん、学生では不十分な判断力を補う役割もあるのだが。
「まぁ総括すると、やっぱりパトロールが基本ですね。通報された場所に急行することも多いですけど、やっぱり支部で籠もっていても出動が遅れますし。
‥‥まぁ私は低能力者(レベル1)ですから戦闘は役立たずですし、支部で情報整理とか後方支援をやってることが多いんですけど」
「へぇ、そういえば初春ってPCいじくるの好きだったよね。適材適所、ってヤツかしら」
「そう言ってもらえると嬉しいですけど‥‥まぁ、高位能力者に憧れはありますよ、やっぱり。学園都市の学生ならみんなそう思ってるはずです」
もう十五分ぐらいは歩いたことだろうか、次第にビル街に近くなって来た。
ここまで来ると学生の数も多くなってくる。様々な制服は、しかし通い慣れた今となっては物珍しいものではない。
超能力を学ぶ学生達とは言えども、本質は外の世界と全く変わらない。道行く顔が無駄にキリリとしていたり、無駄に理知的であったり、逆に暴力的に見えたりということはなかった。
結局のところ人間の本質なんてものは早々変わるものじゃないのかもしれないと、佐天はぼんやりと考えながら歩いていた。
「パトロールって、いつもやってんの? 初春ってば週の半分は風紀委員(ジャッジメント)のお仕事なんですーって忙しいけど」
「大体は夕方、暗くなるまでぐらいですね。風紀委員(ジャッジメント)も学生ですから、例外を除いて完全下校時刻になったら軽々しく出歩くわけにはいきませんし」
「その後はどうするのよ?」
「警備員(アンチスキル)の出番ですね。まぁ基本的には人通りとか無くなるはずですから、仕事も楽で良いって聞いたことがあります」
モノレールの駅から少しだけ離れた、しかし繁華街にはほど近く、遊びの前に寄るにはちょうど良い場所。
そんなところにある大きめの喫茶店。学園都市内でしかないチェーン店のファーストフード。既に放課後を楽しむ学生で溢れている。五限の能力開発が長引いたせいか、二人分ならやっとという席しか空いていない。
「ふーん、成る程ねぇ。パトロールなんて言葉だけ聞くと簡単そうだけど、色々と頑張ってるんだ、初春は」
「まぁ雑用みたいなものばっかりですけどね。
でもパトロールの最中に因縁ふっかけられることはまぁ、無いわけじゃないんですよ? 路地裏で屯(たむろ)してる不良とかだと風紀委員(ジャッジメント)に恨みを持っている場合も多いですし」
「へぇ‥‥って、それって危ないんじゃないの?!」
「大抵は白井さんと一緒にいますから、瞬殺してくれるんですけどね。‥‥前に一回、ちょっと一人の時に絡まれちゃったことがあって、その時は通りすがりの人が助けてくれたから問題は無かったんですけど」
「通りすがり?」
夏場に無性に飲みたくなる不思議飲料、マクロシェイクを頼んで席につく。
店内は冷房がガンガンに効いていて快適だが、全面ガラス張りの外を見れば暴力的な日光は相も変わらず道を歩く学生達を殺したいのかという勢いで仕事をしており、まるで天国と地獄だった。
「夏の太陽ってホント殺人的よねぇ‥‥。こうでなきゃ夏! って感じはしないんだけど、それでもやっぱり嫌になっちゃうわよねー」
「まぁ学園都市でも天候操作出来るレベルの能力者は限られてますし‥‥。ていうか佐天さん、なに勝手に私のシェイク味見してるんですかっ?!」
「私のはバニラだしー、初春のストロベリーはどんな味かなーって。ほら、初春も私のバニラ味見してもいいからさぁ」
「そういう問題じゃないです‥‥って、こんなに飲んで! もー仕返しですっ! ポテト下さいねっ!」
「あーどうぞどうぞ、お好きなだけ。私ケチャップ貰ってくるねー!」
楽しそうに跳ねてカウンターへと向かう涙子に、初春は軽くため息をついて遠慮無くバニラシェイクを啜った。
確かに涙子は強引でお調子者なところがあるが、やはり良い友人だ。自分は振り回されがちだけれど、不思議なことに何だかんだで楽しい。
なぜ一緒にいるのかと問われれば、やはり楽しいからだと答えるのだろう。‥‥パンツめくるのだけは止めて欲しいけど。
「はぁ、ホント佐天さんは台風みたいな人です‥‥。少しぐらい私が佐天さんを振り回せたら、楽しいのに―――ッ?!」
瞬間、轟音。そして震動。
机と一体化された椅子を激しい震動が襲い、思わず手にしたバニラシェイクを取り落とす。緩く蓋を閉じられていたのだろう、簡単に中身がこぼれ落ちてしまった。
「な、何っ?! 何なんですかっ?!」
慌てて爆音がした方向へ視線を走らせると、そこは店の入り口だ。
綺麗にガラスが張られていた自動ドアは無惨にも焦げ付き、爆発し、吹き飛んでしまっている。床まで真っ黒で、かなり高威力の火炎か、あるいは電撃で攻撃されたのだろう。
基本的にはカウンターの下に、警備ロボットが据えられているのだが、攻撃はそこまで及んだのか、警備ロボットの格納スペースは完全に破壊されてしまっていた。
「手を挙げろっ! 全員その場から動くなっ!」
学生達が自由を謳歌する放課後。
その放課後に不釣り合いな怒鳴り声を上げたのは、誰が見ても明らかな格好をした二人の男。
久しぶりの非番から、仕事へ。
風紀委員(ジャッジメント)の職場が、そこには広がっていたのだった。