とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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第4話 『一位、六位、超能力者』

 

 

「いらっしゃいませ、こんばんわ。お客様はお二人様でよろしいですか? 喫煙席でよろしければすぐにご案内できますが‥‥」

 

「あー、ハイハイどっちでもいいですよォ。腹減ったんで早く案内しろっつンだ」

 

「‥‥まったく、キミは腹が減ると途端に機嫌を悪くするなぁ。あ、コイツのことは気にしなくてもいいってことです」

 

「は、はぁ‥‥? それではお席の方にご案内いたします」

 

 

 夜。時刻は大体十時ぐらいだろうか。いくら太陽が出ている時間が長い夏とはいっても、流石にこの時間になると外は暗い。

 基本的に暗くなったら完全帰宅時刻であり、自炊が推奨されている学園都市とはいっても、もろもろの事情で外食を余儀なくされる学生はいるし、当然ながら多数存在する大人たちも利用する。

 そのためにふつうならば学生が出歩かない夜の時間であっても、それなりの数の飲食店が営業していた。

 代表的なものは、ファミレスだろう。外の世界でも全国的なチェーン店が何種類か、学園都市の内部でも軒を連ねている。

 学生の昼食などにはお手軽で安価なコンビニやファストフードチェーン、丼チェーンなどが喜ばれるが、流石に夕食までそれでは心が貧しくなるというものだ。

 

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お手元の呼び出しボタンを押してください。こちら、メニューでございます」

 

「どうも、ありがとうってことです。ほら一方通行(アクセラレータ)、水」

 

「おゥ」

 

 

 店内は残業やら何やらを終えたのだろう大人たちで賑わっている。そもそも規模としてあまり大きくない店なのか、既に禁煙席は満席だ。

 ところどころにちらほらと親子連れも見えるのは、学園都市に勤めている教師や研究員たちの家族だろう。二百三十万人の八割を学生が占めているとはいえ、残りの二割は立派に大人。学生たちが快適に過ごすためには彼らの存在が欠かせない。

 

 そもアルバイトなどが推奨されない場所であるから、こういった店の従業員などはしっかりと外部から店員を派遣してきているのだ。

 大学生などになると比較的バイトもするようになるらしいが、特に高校生に対する学園都市のカリキュラムはバイトに現を抜かしていられるレベルではない。

 学園都市は、まさしく学問のための都市であった。 

  

 

「なんつゥか遊びすぎて腹減ったなァ‥‥。昼飯食ったのは三時ぐらいだったはずなンだが」

 

「お開きする頃にはボーリングやったりバッティングセンター行ったりしてたから、疲れるのも当然ってことです。もともとゲーセンなんてそこまで数がないんだから、仕方ないと言えば仕方ないかもしれないけどさ」

 

「最後のゲーセンで会った連中と意気投合しちまったからなァ。大勢で騒ぐのも、たまにはいいもンだ」

 

「よく言うよ、群れるのは嫌いだっていっつも言ってるくせに」

 

「だからたまにはって言ってンだろォが。それに普段からつるむようだと目障りになンだよ。一期一会で会った連中だから、後腐れなく騒げンだ。‥‥いつも大勢でいンのは、俺の趣味じゃねェ」

 

「‥‥ま、そうだね」

 

 

 カラリ、と店員が持ってきたお冷のグラスの中で氷が音を立てる。

 夏だからとキンキンに冷えているグラスは表面が自然と結露していて、手についた水滴を一方通行(アクセラレータ)はベクトル操作で一滴残らず床へ弾いた。

 

 ちなみに当初の予定と違い、昼食はアツアツの牛丼を余儀なくされたので、堪え性のない第一位は早々に熱と日差しの反射をデフォルトに戻している。

 体力を削る要素が一つ無くなったからか元気になった白髪の少年は、そこからさらにペースを上げて遊び倒し、第七学区最後のゲーセンで出会った、おそらくは武装無能力者集団(スキルアウト)の類だろう不良達と意気投合。

 互いの素性どころか名前も喋らぬままに、ボーリングやらバッティングセンターやらで遊び倒した。

 

 もっとも彼らも意気投合した相手の二人が、多かれ少なかれ能力者であるだろうことは勘付いていたし、二人にしても相手が無能力者(レベル0)だろうなと当りをつけていた。

 ここでその勘繰りを確信へと変えてしまえば、軋轢が生じるのは明白。よって互いに空気を読んで一切の個人情報を漏らさなかったのは、懸命であると同時に粋というものだろう。

 

 

「俺が一緒にいンのは、俺が触ってもコワレねェ奴だけだ」

 

「該当するのは僕ぐらいってこと、かな?」

 

「否定はしねェよ。まァいつかはテメェも、コワセルようにならねェといけねェンだろうがな‥‥」

 

「キミは僕を殺せないし、僕じゃキミを殺せない。お互いに能力の相性が悪すぎるってことです。

 まぁ楽しみにしてるよ。僕としても、誰かが僕を消してくれるのが心待ちで仕方ないってことです‥‥」

 

 

 片手の指で足りる友人と自分との視線を遮るように、水の入ったグラスを目の高さに掲げる。

 光のベクトルを操作すれば、水とグラスで偏光して僅かに歪んだ像など簡単に元通りに直すことも出来るが、特にそんなことはしなかった。

 決して長い付き合いというわけではないが、それでも外見上は軽く五つばかり年上に見える友人は、きっと相変わらずの色を感じさせない無表情でこちらを見ているのだろうから。

 

 

「‥‥さて、くだらねェ話は止めだ。腹も減ったし何か食わねェと死んじまう。

 ふつうの定食も飽きたし、何か無ェかな、季節限定とか当店限定とかの面白そうなメニューは」

 

「そのミーハーなところは何時まで経っても治らないね。僕にしてみれば、とっても不思議ってことです」

 

「俺ァ退屈が一番嫌いなンだよ。日々刺激が無ェと、退屈で死ンじまいそうだ。つーかテメェも似たような存在だろォが、いっつもいっつも愚痴ばっかり言いやがって‥‥」

 

「僕のそれはキミとはちょっと方向性が違うってことです」

 

 

 真面目な目を普段の気怠げなソレへと変えて、一方通行(アクセラレータ)はメニューへと視線を落とした。

 学園都市最強の超能力者(レベル5)である彼にとってみれば、日常は実に退屈な代物なのだろう。カガリが彼と知り合ってからずっと変わらず、面白いモノ、目新しいモノ、珍しいモノを探す姿勢は変わらない。

 特に顕著なのが食べ物で、基本的に目の前でメニューの端から端までじっくりと眺めている白髪の少年は、基本的に限定品の類に弱い。

 季節限定の商品には必ず手を出すし、奇抜なメニューがあれば一切躊躇せず、むしろ楽しそうに果敢に挑戦する。

 カガリ自身は体質上その煽りを食らったことはないが、それにしてもいくら珍しいモノが好きだからといって、その姿勢が一体どこから湧いてくるのか、彼にとってみれば不思議で仕方がなかった。

 

 

「お、いいなコレ。“夏を乗り切る新メニュー! 杏仁麻婆!”」

 

「‥‥‥‥」

 

「“ピリリとした麻婆ソースと甘い豆腐がナイスマッチ! 口の中で混じり合う、未知の甘辛メニュー”」

 

「‥‥ホント、僕には全く分からないってことです」

 

「なァに言ってんだ? こォいう少しの間だけ一瞬、だけど閃光のように輝いてアーッ!という間に消えてくメニューだからこそ、挑戦する価値があンだろォが。

 すいませェん、この杏仁麻婆っつーの定食で。あとコイツにメロンフロート一つ」

 

 

 メニューの写真には、杏仁豆腐と麻婆豆腐を合わせたトンデモ料理が載せられている。

 パッと見た感じでは変なところなど何も無いが、麻婆の泥の中に浮いた豆腐がやけに真っ白で、ついでに麻婆の泥はやや透明な汁と混ざり合っていた。

 写真を撮ったプロの腕が相当良かったのだろう。冷静に考えれば信じられない組み合わせなのだが。真っ赤な麻婆の中に純白の豆腐、そしてその周りに悪い夢かとでも言いたげに配置された各種の缶詰フルーツが、色鮮やかで目に美しい。

 

 

「‥‥いやァ楽しみだぜ。どんな味がすンだろォなァ?」

 

「きっと肩の肉が抉れたり、歯が生え替わったりするような味だと思うってことです。骨は拾ってあげよう、成仏するんだぞ」

 

「ったく、フロンティア精神を理解出来無ェ奴だな。そンな無気力な面してやがるから、路地裏歩く度に余計な連中から絡まれンだよ」

 

「あれはどっちかっていうと一緒に歩いているキミのせいってことです。僕は基本的に争い事は好まないんだよ。暴力は振るうのも振るわれるのも、教育上よろしくないってことです」

 

「失礼致します、お先にお飲み物の方をお持ち致しましたー!」

 

 

 やや大きめのグラスいっぱいに注がれた、盛大に気泡を立てる透き通った緑色の炭酸飲料。

 見る目を楽しませる美しい色の液体には目の前に座る少年の髪の毛よりも白いアイスクリームが浮いており、そこにチョコレートを棒状のビスケットに塗りたくった菓子が一本刺さっていた。

 例えばそれは小学生などの子どもが、好んで注文する商品。たとえ今が初夏の、それも尋常じゃなく暑い熱帯夜だったとしても、大の大人が飲むのは少々恥ずかしい代物だ。

 

 まだ辛うじて少年と言える一方通行(アクセラレータ)がそれを飲むのならば、まだ何とか絵になったかもしれない。しかし実に嬉しそうにストローに口をつけたのは、カガリの方だった。

 百八十を優に超える身長を持つ彼がメロンフロートを啜っている姿は、ある意味では十分に第三者が目を見開いてもおかしくはない光景だ。

 一口ごとにニコニコとはにかむ様子だけ見るならば、とても高校生には見えないだろう。精々が中学校低学年、あるいは女子中学生である。

 ‥‥もちろん彼が、身長百八十を超え、肩幅広く、足の長い立派な青年でなければの話なのだが。

 

 

「うん、やっぱり炭酸は美味しいな。この喉を通り抜けるシュワシュワって感覚がたまらないってことです」

 

「テメェは何か飲む時ァいっつもそれだよなァ? 俺には良くわかンねェってことです」

 

「‥‥人の台詞を取らないで欲しいってことです。そういえばキミは食べ物は嫌になるぐらい冒険するくせに、飲み物はいつも決まってブラックのコーヒーだよね」

 

「あァ、俺は至高の飲み物を見つけちまったからな。特に缶コーヒーは最高だ、あの安っぽい苦さがたまンねェ」

 

「―――大変お待たせいたしました、こちら杏仁麻婆定食でございます。熱かったり冷たかったりしますので、お気を付けてお召し上がり下さい」

 

 

 ドヤ顔で笑う一方通行(アクセラレータ)の前に、大皿が一つと小皿が二つ。それに中華スープとご飯の盛られたお椀が一つずつ置かれる。

 小皿が二つあるのは、メロンフロートしか注文していないカガリに対する配慮だろう。もっとも彼は友人と違ってこの手のゲテモノ料理を好かないので、口をつけることはないだろうが。

 

 

「来た来た! なるほどなァ、こいつが杏仁麻婆か‥‥」

 

「こ れ は ひ ど い」

 

 

 実際に目にしてみると、ソレのインパクトは並大抵のものではなかった。

 鉄鍋に盛られた麻婆豆腐は一般のソレとは異なり、血の池地獄と見紛う程に毒々しい赤色をしている。おそらく、いや、間違いなく辛い。それも、相当なレベルで。

 その麻婆豆腐に彩りを添えているのが、これまた目を見張るぐらいに真っ白な杏仁豆腐だ。こちらは麻婆で煮込んだわけではなく、麻婆豆腐の上に盛りつけているらしい。

 おそらくは麻婆の方の豆腐も杏仁豆腐に使われる独特の舌触りのものを用いているのだろうが、それにしても鮮やかな白だ。‥‥血の池地獄に浮かぶ、白骨のようなイメージだが。

 ちなみに鉄板の外周部に彩りを添えるべく並べられているフルーツ達は、当然しっかりと熱せられている。これがパイナップルやリンゴならまだ我慢できるかもしれないが、みかんあどになると十分に悪夢の範疇だ。

 こんなものを食べる奴は、よほどのキワモノか、味覚が破壊された奴に違いない。そう万人に思わせる料理である。

 

 

「いいねェいいねェいい面構えしてやがンじゃねェか! おい見ろよテメェこの毒々しい色をよォ! 食べる奴に食欲ってもンを起こさせねェ見た目、辛い麻婆ソースと甘ったるい杏仁豆腐の混じり合ったカオスな匂い!

 こいつァ俺に挑戦してやがンな。いい度胸だ、学園都市序列第一位の実力ってもンを、祖のみに味あわせてやらァ‥‥!」

 

「‥‥南無」

 

 

 スプーンを取り、ぐるりと一混ぜ。この手のミックス料理は基本的に混ぜ合わせるのが基本的なコンセプトだ。

 よく冷えた杏仁豆腐に、麻婆が絡む。どうやら豚挽肉ではなく鶏挽肉を使っているようで、あっさりとした鶏肉を使うことで甘い汁との調和を試みているらしい。

 

 

「そンじゃまァ‥‥」

 

「ドキドキ」

 

「いただきまーす‥‥っと」

 

 

 パクリ、パクリ、もぐもぐもぐもぐ。

 

 

「‥‥一方通行(アクセラレータ)?」

 

 

 もぐもぐもぐもぐ。

 期待にあふれた表情のまま、まるで凍り付いたかのように、機械にでもなったかのように、黙々と一口目を咀嚼し続ける。

 そもそもからして、そこまで歯ごたえがある食べ物ではないはずだ。豆腐の種類にもよるが、下手すれば飲み込むことだって簡単のはず。

 

 

「おい、そんな調子で大丈夫か?」

 

「‥‥だdだだdだ大丈bだ、mンだィ無ィ」

 

「見るからに問題大ありってことです。‥‥まったく無茶しやがって、僕は知らないって言っただろうに」

 

 

 ごくり、と杏仁麻婆を飲み込んだ瞬間、一方通行(アクセラレータ)は口から白い煙を吐き出して小刻みに震え出す。

 予想以上の味だったらしい。さすがに一方通行(アクセラレータ)とはいえ、味覚から来る精神的ショックまでは反射出来ない。他の能力者からの精神干渉なら話は別だが、この衝撃にはベクトルが存在しなかった。

 

 

「‥‥おいおい、ホントに大丈夫か?」

 

「―――あァ、大丈夫だ。ちょっと意識が良いカンジに飛ンじまったが、乗り切った。

 くそ、まさかこの俺が一瞬でも敗北しかけるとは、とンでもねェ敵だったぜ。俺はコイツを好敵手(ライバル)に認めてやンよ」

 

「随分と安い好敵手(ライバル)もあったってことです」

 

 

 ぶるぶると震えながらも、一方通行(アクセラレータ)は第一位としての矜持を賭けてスプーンを手にする。

 一口、たったの一口食べただけで、あの有様だったというのに。なおも挑戦しようと言うのか。いったい何処からそのエネルギーが沸いて出てくるのだろう、カガリは心底呆れた視線を友人へと向けた。

 

 

「まぁ、食べ物を粗末にしない姿勢は評価できるってことです」

 

「‥‥なァおい、これ炎で燃やせたりしねェか?」

 

「―――前言撤回。自業自得なんだからキミだけで頑張って下さいってことです」

 

 

 震えながらもスプーンを手にして杏仁麻婆に果敢に挑戦する一方通行(アクセラレータ)を見て、カガリは呆れたように溜息をついた。

 彼は生まれの関係上、食べ物を粗末にしたり、お金を無駄遣いしたり、そういう行為に対して非常に抵抗感がある。

 そういう意味では一方通行(アクセラレータ)は基本的に遊び以外ではさほど金を好んで使う生活をしないので、友好的な関係を築けている一助だ。

 

 

「‥‥そういえば一方通行(アクセラレータ)

 

「辛くて甘くてくか、かカ、かカkかカk―――っは、今おかしな世界に意識がとンでやがったぞ‥‥! なンだ?」

 

「今日の“実験”は、中止なのか? 僕の方には連絡が来てないってことです」

 

「‥‥ッ」

 

 

 ―――瞬間、空気が凍り付いた。

 何とか鋼の克己心で以て杏仁麻婆を退けた一方通行(アクセラレータ)から、途端に感情の色という物が消えて無くなる。

 怒りも苛立ちもなく、ただ純粋に氷のような事実がそこにあるだけ。

 あるいは何かの感情があったのかもしれないが、カガリはそれを探る、という姿勢をそもそもにして持ち合わせていなかった。

 

 

「まぁほら、最近この時間帯はキミと一緒にいるからね。僕の方に連絡が来なくてもおかしくはないってことです。

 けど僕としては正直、今日はもう眠らないと負担がかかってしまうので‥‥出来れば早めに用事をすませてしまった方が嬉しいってことです。無いなら無いで、それにこしたことはない。そうだろ?」

 

「‥‥あァ、テメェは夜更かし出来無ェ体質だったな。そりゃ悪かった、今日は散々連れ回しちまってよォ」

 

「‥‥そういうこと言ってるわけじゃ、ないってことです」

 

 

 何とか完食した、綺麗に空になった杏仁麻婆の皿に空虚な視線を落とす。

 その瞳には何も写っていなかった。皿も、机も、視界の上端にちらほらと見え隠れする友人も。

 実際に網膜に映像が投影されているか否か、そんなことは問題じゃない。瞳に移すという意志がなければ、人間はそれを見ているということにはならないのだ。

 

 

「今日で何回目だい、一方通行(アクセラレータ)?」

 

「さァな、百回から数えンの止めちまったよ。いつものお相手がペラペラ喋ンので確認するだけだ」

 

「キミの目標まで、実験完了まで、あと何回だろうね? 僕は正直、飽きてしまったってことです」

 

「‥‥そうかよ」

 

 

 ギロリ、と視線が疾る。その視線だけで人間を殺せるんじゃないかというぐらいに凶悪な視線だが、それを受けたカガリは相変わらずの無表情を崩さない。

 ‥‥あァそうだ、そォいえばこの友人は決してブレることがなかったンだったか。

 その感情の色を見せない無表情を暫く睨みつけた一方通行(アクセラレータ)は、1人で動揺して激昂している自分がまるで道化のようだと、フンと鼻を鳴らしていつも通りの不機嫌を装う。

 

 

「‥‥今日の実験は調整の都合で深夜らしい。場所は第十学区の倉庫、細かい時間は俺の携帯の方に連絡が入るンだとよ」

 

「おいおい、そいつは随分と、何時にも増して適当ってことです」

 

「さァな、俺にも理由なンて知るかよ。‥‥で、どうすンだよ? テメェ長い間起きてられねェ体質だろォが」

 

「‥‥うーん、とはいえ僕は強制じゃないとはいえ見届け役だからなぁ。それに、キミを1人で実験に出すわけにもいかないってことです。‥‥心配だ」

 

「―――ケッ、テメェに心配される程、耄碌しちゃあいねェよ。おい、俺の名前を言ってみな」

 

 

 不機嫌な表情の中に、自嘲を含んだ笑みが混じる。

 本人は自信満々の笑みのつもりなのだろうか。語調は勇ましいが、苦笑いにしか見えなかった。

 

 

「‥‥学園都市序列第一位、『一方通行(アクセラレータ)』」

 

「だろォ? いくら俺と第六位(テメェ)の能力の相性が悪いからってよ、格下に心配される云われは無ェんだよ。

 とっとと帰って、明日に備えて寝ちまいな。‥‥また明日も隙してンだろォが。どっか、行くぞ」

 

「‥‥やれやれ、生憎と振り回されるのは慣れてるってことです」

 

 

 無表情が一瞬崩れて、笑みが漏れる。

 その笑みも結局のところ感情が感じられない、仮面のようなものだ。それはカガリの特徴、個性のようなものなのだから仕方がない。しかし一方通行(アクセラレータ)には、そこに呆れを感じることが出来た。

  

 

「‥‥ホントに、大丈夫なのかい?」

 

「くどい。何もあるわけ無ェだろォが。俺ァ“最強”なンだぜ? なァ、“絶対無敵の第六位”サマ?」

 

「その看板、キミが相手でも下ろしたつもりはないから、皮肉みたいに使わないで欲しいってことです」

 

 

 ガタリ、と音を立てて席を立つ。

 こうして呼び出されて付き合った後は、基本的に飲食の代金は一方通行(アクセラレータ)が持つというのが二人の間での決まり事だった。

 もちろんカガリとて超能力者(レベル5)である以上はそれなり以上の額を学園都市から貰っているわけだが、そのあたりは当人達の感覚というものなのだろう。

 

 

「じゃあ僕はご厚意に甘えて帰らせてもらうってことです。また明日な、一方通行(アクセラレータ)

 

「おゥ帰れ帰れ。ちゃんと明日は朝起きンだぞ」

 

 

 ありがとうございましたー!と元氣な店員の挨拶を背に受けて、カガリは通い慣れたファミレスを出た。

 熱帯夜とはいえ、ビル風は勢いが良く随分と肌寒い温度だ。昼間との温度が違い過ぎて、一日中外に出ていた人などは風をひいてしまうこともあるだろう。

 

 

「‥‥やれやれ、心配な子ども達が多すぎて、お兄さんは心労が絶えないってことです」

 

 

 今し方出てきたばかりのファミレスを振り返りながら、カガリは呟いた。

 ああ言ってはいるが、一方通行(アクセラレータ)が“実験”に関して一定以上のストレス、悩みを抱えていることは間違いない。そしてその原因というのが単純に無いように関するものではないことも分かるからこそ、自分にはどう対処していいか分からない。

 

 そもそも自分は、能動的な存在ではなかったか。

 自分のような存在が、他人の悩みを解消しようと思案するのが、そもそも間違いなのではないか。

 もっと適役がいるだろう。結局のところ自分は、誰かの悩みに共感したり出来る存在ではないのだから。

 

 しかし同時に、実際それが誰かの役に立つか、ということは別にして、自分は誰かを心配する存在ではあった。

 それは純粋に、前提条件だ。自分という存在は、他者の“面倒を見てやる”姿勢を前提条件として植え付けられている。

 だからこそ、最終的にその“誰かの力になろうとする自分の悩み”が労を結ぶかどうかは別として、きっと自分は悩み続けるのだろう。

 

 

「‥‥うん、そうだね。悲しいかもしれないけど、それでもこれが現実ってことです」

 

 

 誰かに言い聞かせるように、教えるようにカガリは虚空に向かって囁いた。

 能動的に干渉する存在ではないから、だからこそせめて、友人として自分は一方通行(アクセラレータ)のそばにいよう。

 きっといつか、彼にも側に居てくれる人物が現れる。自分のような存在ではなく、もっと親身に、自分のことのように彼のことを考えてくれる人物が。

 

 そんなことを考えながら踵を返し、彼は学園都市の路地裏へと白衣を翻して歩き出す。

 一陣の突風、ビル風が白衣を巻き上げて、その次の瞬間には、陽炎のようにカガリの姿は消えていた。

 

 

 

 

 

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