とある科学の無尽火炎《フレイム・ジン》   作:冬霞@ハーメルン

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第8話 『少年少女、放課後、クレープ屋』

 広い広い学園都市の中でも、格段に広い第七学区。その中央広場には当然のように学生たちが多く集まっている。

 中央広場と言っても、言葉から想像するような開た空間があるわけではない。強いて今、言葉による説明を試みるならば、広い遊歩道の両側に車道が据えられた、暗渠のような公園と表現するべきだろうか。

 実際に一般的な暗渠といえば車道一車線分ぐらいが精々なのだろうが、ここは元々からしてこういう作りである。

 

 故に学生たちが限られた放課後を謳歌する公園は、広々としていて快適だった。

 

「いやぁ遊んだ遊んだ! 久しぶりに遊び尽くしたねー、初春!」

 

「そうですね、佐天さん。最近は風紀委員(ジャッジメント)の活動と勉強で忙しすぎてゆっくり遊ぶ時間もとれませんでしたし、満喫しました」

 

 そんな夕方近く、というには若干早いおやつ時の時間帯。思い思いに寛ぐ学生たちの中に、些か異質な集団が散らばっていた。

子ども連れと思しき、大人である。

 

 学園都市には二百三十万人以上の住人が居住しているが、その八割以上が学生。

 いくら教師や研究員、各種施設の職員なども存在しているとは言っても、二百三十万人中の八割には束になっても敵わない。特に第七学区は学生街ということもあり、纏まった数の大人の姿は目立つ。

 近くにはバスガイドらしき制服をまとった女性の姿もあることから、おそらくは学園都市のガイドツアーであることは予想できるが、それでも物珍しく、それなりに学生たちの視線は集まっていた。

 

「確かに、今日はこれでもかというぐらいに遊び尽くしましたわね。私ゲーセンなんて初めてでしたわ、お姉様」

 

「の割にはシューティングとかイイ線いってたじゃない。やっぱり空間移動能力者(テレポーター)って空間把握能力が高いから、ガンシューティングとかレーシングゲームとか得意なのかもね。

‥‥それに引き換えアンタ達、言った割にはそこまで強くないし」

 

「あン?」

 

「こちとら毎日毎日ゲーセン通いしてンだよ、なんて大口叩いといて、私と格ゲーで五戦中二勝ニ敗一引き分けなんて、随分と残念な戦績じゃない?」

 

「うっせェな、今日は寝起きだから全力出すのが怠かったンだよ。本気出せばテメェなんてイチコロだ第三位。手加減されたことも分かンねぇのか、三下が」

 

「‥‥まぁ経験値が高くても強いとは限らないってことです」

 

 だがその中でも更に異質な集団がいた。

 間違いなく学生であり、第七学区の中央通りを歩いていても年齢的には一切違和感はないだろう。

 しかし彼ら、彼女らの風貌と雰囲気は、それなりに超常現象についての親しみがある学園都市の学生たちでも、思わず二度見してしまう特異さが存在していた。

 

 まず常識の範疇から目立つのは、常盤台中学の制服を着込んだ二人の美少女。

 そも美少女という段階で人類の半分の熱烈な視線を獲得したことは保証されるものであるが、こと学園都市の中においては常盤台中学の制服というものにも大きな意味が存在している。

 誰もが憧れる、強能力者(レベル3)以上の能力者でなければ入学を許されないお嬢様学校。その押しも押されぬ名門校は女子校ばかりで構成された『学び舎の園』という自治区に近い空間の中にあり、全寮制ということもあって、このような広場へは滅多に出てこない。

 もちろん『学び舎の園』の外にも寮はあるのだが、純粋培養お嬢様の多い常盤台中学の生徒は、登下校の途中に寄り道をするという発想がそもそもない者が多かった。

 言わば学園都市的な希少種。お目にかかればご利益があるかもという類の存在だ。

 

 さて、その集団の中にはもう二人組の少女達がいた。

 こちらも常盤台の二人には若干派手さという点でこそ見劣りするが、実際には負けず劣らずの美少女である。

 シンプルな明るい紺色の襟と鮮やかな赤いタイのセーラー服は、第七学区に存在する柵川中学の夏服。

 特に背の低くショートカットの方の少女は頭に色とりどりの花々をお花畑のように乗せており、それが童顔な彼女には非常に似合っており、魅力的であった。

 背中の中ほどまで綺麗な黒髪を伸ばした少女も、白い花弁をあしらったシンプルな髪飾りをしており、清潔で清涼なイメージを自らに添えている。これもまた、魅力的だ。

 

 だが、どちらかといえば、やはり人目を引いたのは彼女達に同行している二人組の男だろう。

 

 片方は目つきの悪い少年だ。だいたい中学校一年生か二年生ぐらいの年頃で、ブランド物の黒いシャツと、これまたブランド物のスリムなデザインのジーンズをシンプルながら見事に着こなしている。

 日本人的な顔つきをしているのに髪の毛は新雪よりも真っ白で、その凶悪な光を宿した瞳は鮮血のよおうに紅い。

 何より今し方、人を殺してきましたよとでも言いたげなピリピリとした空気を辺りに放っており、見ているだけでも圧迫感がある。

 それが同行者達に向けられていないというのが、もはや奇跡なのだろう。少しでも武芸を嗜んでいたり、多少の修羅場を経験したことがある人間ならば、彼に人殺しの匂いを感じることが出来たはずだ。

 

 もう一人は連れの少年よりも少しばかり年上の青年だ。高校生にも大学生にも見える長身で、短めの髪の毛を無造作にオールバックに纏めている。

 着込んでいるのは、このクソ暑い初夏の日中うだというのに長袖の白衣。しかも裾はダラダラと脛の辺りまであるコートに近いものだ。

 顔立ちは精悍で、ハンサム。優しげな微笑みを浮かべてはいるが、その目をよく見れば、実は何も映していない空虚なものなのが分かるだろう。

 初夏という季節に全く不釣り合いな格好と特異な存在感に思わず視線が行くが、実際に目にしてみれば驚くほどに存在感が薄い。

 フワフワと雲か霧のようだ。まるで学園都市の超科学によって現実世界に投影された、立体映像であるかのように。

 

「しっかし、思う存分遊んだら少し小腹が空いちゃったわね。どこかで軽くオヤツでも食べよう

か?」

 

「賛成です! 私、最近@ちゃんでちょっと話題になってるクレープ屋知ってるんですよ! すぐ傍なんで案内しますよ、こっちです!」

 

 やや浮かれ気味の佐天が楽しそうに先行する。普段からネットサーフィンを趣味として愛好している彼女は学園都市の様々な噂や伝聞形式の情報について非常に詳しい。

 もっとも信憑性という点では若干の不安要素があるわけだが、彼女ほどにもなるとガセネタであっても楽しんでしまう豪胆さを併せ持っていた。

 勿論クレープ屋に関してはネットの口コミではあるが、それなり以上に信頼性のあるサイトから仕入れた情報である。個々人によって好みも変わろうが、試してみる価値はあるだろう。

 

 

「佐天さん、随分とご機嫌ですね」

 

一方通行(アクセラレータ)からマルヲカートで三勝もぎ取ったからね。‥‥っとに、誰が没個性だっての誰が!」

 

 どうやら先ほどの暴言をかなり気にしていたようである。

 一方通行(アクセラレータ)に没個性呼ばわりされた佐天は、常々自分の個性はともかくキャラクターが弱いことを気にしていた佐天は、ゲーセンに入るや否や一方通行(アクセラレータ)のプレイスタイルをじーっと観察していた。

 そして彼が苦手にしているゲーム、そしてそのゲームプレイの癖を観察し、分析の結果として見事に勝利をもぎ取ったのだ。しかも、三回も。

 

「けっ、あンなの偶然に決まってンだろォが、調子に乗りやがって‥‥」

 

「へっへーん、『勝負ってのはなァ、その時点での実力がモノを言うンだよ。コンディションとか相性とか場所の不利とか、グダグダ言う奴は負け犬だぜ』なんて大口叩いてたくせに、よく言うよ!」

 

「‥‥クソ、このアマ絶対いつか殺してやらァ」

 

「学園都市序列第一位ともあろうものが、無能力者(レベル0)相手に本気出すんですか?

 そこは空気読むでしょjk」

 

 

 ギリギリと一方通行(アクセラレータ)の口の中から破壊的な音が聞こえる。佐天の軽口には非常に苛々するが、確かに無能力者(レベル0)相手に、それも特段自分に敵対しているとかいうわけでもなく、ましてや先ほどまで一緒にいた相手に能力をふるうのはカッコわるい。

 自分に向かってくる者にはどんな仕打ちをしたところで心が痛むことなどないが、それ以外の弱者相手に暴力を振るうのは品性が下がる気がする。

 何しろそれは、自分が最強であることの証明にはならないのだから。

 

 

「‥‥ふむ、君が言いくるめられてるなんて初めて見るってことです」

 

「煩ェな!」

 

「君がそれにキレないのも、珍しい。なんか随分と丸くなったってことです、一方通行(アクセラレータ)?」

 

「‥‥‥‥」

 

 

 逆らう奴は、問答無用で全殺し。

 全ての人間が自分に恐怖していればいい。全ての人間が自分を忌避していればいい。全ての人間が、自分に触れなければいい。

 自分はただの恐怖でありたい。自分はただの暴力でありたい。自分はただの脅威であればいい。

 それが自分、学園都市序列“第一位”、一方通行(アクセラレータ)

 

 

「まぁ、この面子だからね。色々と思うところもあるのも分かるってことです。君らしくは、ないけどね。僕としては君が楽しければそれでいい」

 

「‥‥別に、そんなこたァ無ェよ。俺ァいつでも変わンねェ、一方通行(アクセラレータ)だ」

 

「そうかい。それならそれで僕は別に構わないってことです。もともと僕が君にどうこう言う権利なんて無いからね」

 

 

 すぐ近くにあるはずのクレープ屋が、やけに遠くに思える。

 常盤台と柵川組の四人は、背後から漂ってくる不穏な気配に思わず無言。楽しいはずの道中が、突然おかしな空気に包まれた。当然ダラダラ冷や汗を流している佐天の責任では絶対にないのだが。

 

 

「あ、あぁっそろそろ近くですよクレープ屋! ていうかアレですアレ!」

 

「ほ、本当だ! うわぁー綺麗な屋台ですねぇ佐天さん!」

 

 

 ついに空気に耐えられなくなり、佐天は慌てて目の前のクレープ屋に走り出した。

 ごちゃごちゃした装飾が流行る中で、必要最低限のセンス有る外観はクレープの味そのものに自信があるのだという無言のメッセージを発信しており、分かる人には分かる玄人向けな店である。

 もちろん女の子向けということもあり外装は全体的にファンシーな色を用いているが、それでもシンプルなことには変わりない。

 ともすれば男性でも違和感なく来店することが出来るだろう。もちろん外見と服装による個人差と、注文の内容による差もあるだろうが。

 

 

「さぁて、何にしようかなー! イチゴクリームは鉄板だけど、バナナと小豆も捨てがたいし‥‥。ちょっと今月のお小遣いピンチだけど、奮発してデラックス三種盛りとかも―――」

 

「すいませェん店員サン、この『ホイップクリームとお好み三種の豆クレープ』を一つ。小豆と納豆とチリビーンズで」

 

「―――ってちょっと待ったぁぁぁ!!」

 

 

 クレープ屋の大きめな看板を眺めながらメニューを悩んでいた佐天が、隣で何の躊躇いもなくスラスラと注文をする一方通行(アクセラレータ)に待ったをかける。

 自分だってこの店はネットの口コミで漸く知って、今日が初めての来店だというのに。どうしてこの少年はまるで知っていたかのようにメニューを選べたのだろうか。

 しかも、こんなマニアック、というか誰も選ばないだろうチョイスを。

 

 

「あン? そンなの知ってたからに決まってンじゃねェか」

 

「どこで?! どうやって?!」

 

 こともなげに言い放つ一方通行(アクセラレータ)を問い詰める。

 自慢じゃないが自分はかなりの情報通であるのだ。ネット媒体にこそ限られるが、親友の初春のようにハッキング技術こそ持ち合わせていないが、それでもそれなりにネットの世界のことは通じているのだ。

 だというのにこの男、自分が巡回している板の片隅にあった情報を何故知っているというのか。

 

「よく行くサ店の兄ちゃンがなァ、俺がそういう料理とか好きなの知っててよォ。オススメだってンで、この店教えてくれたンだ」

 

「あの人は他にもいくつか紹介してくれてたね。やっぱり最後に頼りになるのは人伝ての情報ってことです」

 

「ま、俺ァそういうメニューばっかりの店ってのは逆に風情が無くて嫌ェなんだけどよ。

このメニュー、豆の種類がお好みで選べっから、逆に簡単にゃ気づけねェ組み合わせってのが気に入ったぜ」

 

「こちらホイップクリームとお好み三週の豆クレープ、小豆と納豆とチリビーンズですねー。お待たせしましたー!」

 自慢げに話す一方通行(アクセラレータ)のの前に、注文した品が差し出される

 それはおよそ、佐天にとってクレープという定義に当てはめることが出来るギリギリのラインというものを、そりゃあもうブッちぎりで、一切の良心の呵責なく斜め上どころか次元すら異なる世界線へと

向かって吹っ飛んでいく代物であった。

 クレープ生地はごく普通の、スタンダートなものだ。昨今では生地に色々と混ぜ物をする風潮もある中で、しっかりと基本を守っているのは好感が持てる。

 クレープのベースはホイップクリームだ。厳選された素材から作られたそれは舌に優しく触れるまろやかな食感を食べる者に与え、ふわりと崩れるクレープ生地と共にこの店のランクというものを悟らせるだろう。

 だが、トッピングがいけなかった。純然たる事故、というよりは人災と言うべきだろうか。ここまで酷い組み合わせを、佐天は未だかつて見たことはおろか、聞き及んだことすらない。

 

 一番最初に目に付くのは、小豆。薄い黄色のクレープ生地と、白いホイップクリームの中で一際に目立つ。

 どうして餡子というのは乳製品との相性がよいのだろうか、よく一緒に使われる。だからこそホイップクリームに小豆という組み合わせはむしろ定番のものであり、今更騒ぎ立てる代物ではない。

 しかし次が不味かった。小豆の隣に見え隠れするのは茶色く、ねばねばと白い糸を纏った日本人の朝ご飯のお供。即ち、納豆である。

 甘納豆、なんて食品も存在するが、基本的にこれは甘味と合わせる食料ではない。そもそも日本人の中でも強烈な臭気から苦手とする者も多いというのに、何故よりによって小豆とホイップクリームに合わせようと思ったのか。

 注文主、否、もはや店主の正気すら疑う。これは

魔の組み合わせと言わざるをえない。

 

 しかし最も恐ろしいのは、それらではないのだ。

 その二つの豆の隙間からさらに強烈に個性を主張する刺客。茶色というよりはまさしく小豆色をした、スパイシーで濃い臭いを放つ物体。

 そう、つまり、これこそチリビーンズである。

 タコスなどに使われるスパイシーな味と食べ応えが持ち味であるこ食べ物は、確かにクレープ生地と合わないこともないだろう。

 小豆と納豆の隙間から見える千切りキャベツと白髪ネギは、おそらくこの組み合わせに対して店員がチョイスしたトッピングなのだろう。何とか全体の味の調和がとれるようにと工夫が見られるが‥‥正直どうなんだろうか。

 

 

「‥‥それ、おいしいの?」

 

「分かンねェから、食うンだよ」

 

「‥‥それ、食べれるの?」

 

「食べられるか、じゃねェ。食べるンだよ」

 

 

 店員からクレープ(謎)を受け取った一方通行(アクセラレータ)が、その物体をしげしげと眺める。

 見るからに毒々しい色合いと、ここまで近くに来れば明確に嗅ぎ分けることができる強烈な臭い。そもそも臭気が強い食材であるチリビーンズ、納豆、ネギ、甘ったるいホイップクリームとこっそり入ったカスタードなどが組み合わさっているのだから当然とも言えるのだが、それにしても酷い。

 あまりのカオスに、思わず意識が遠くなる。とりあえず近寄るなと言いたくなるが、この店に寄ろうと言い出したのが自分である手前、さすがに逃げるわけにもいかなかった。

 

 

「そンじゃまァ、いただきまァす」

 

「ドキドキ‥‥」

 

「もぐ、もぐ、もぐもぐ、もぐもぐもぐもぐもぐ‥‥‥‥」

 

「‥‥?」

 

「‥‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥???」

 

 

 作った張本人である店員を含め、沈黙が辺りを支配する。

 そんなきわめて特殊な空気の中で一方通行(アクセラレータ)はいつものように、ドキドキと見守るカガリの前で、クレープを一口、そして二口三口、黙々と満足するまで口に運んだ。

 全くの無表情、そして鬼気迫る雰囲気。言葉をかけることすら躊躇われる無言の“行為”。

 「食べる」という行為にここまで真剣な姿を、佐天達は未だかつて見たことがない。

 楽しんでいる、というのとは違う。嬉しい、というような感じでもない。それは言うならば彼の中では趣味を超え、もはや習慣であった。

 

「―――う」

 

「う?」

 

「うごァがァげェぐォgggggg?!!」

 

「「「「えぇぇぇぇ?!!」」」」

 

 突如奇声を上げて悶え苦しみ始めた一方通行(アクセラレータ)に、旧知の仲であり普段の奇行を

よく知るカガリ以外の全員が驚愕の声を発する。

 一応しっかりと立ってはいるのだが、一方通行(アクセラレータ)の両足と上半身はガクガクと震え、痙攣一歩手前だ。

 こと“食べ物”を口にして、やっていい反応ではない。風紀委員(ジャッジメント)である初春などは心配を通り越し、半恐慌状態で慌てふためきながら救急車を呼ぼうと携帯電話相手に悪戦苦闘している。

 

「こ、こ、ここここ、こってりとしながらまろやかな小倉の甘みを中和するあっさりした味つけのホイップクリームとのベストマッチ! そしてそこに去来する粘着質ながらも丁寧な豆の味と芳香! チリビーンズのスパイシーな辛味がその調和にカオスを添えてやがる‥‥。

 何より異なった三種類の豆の異なった食感がたまンなく違和感を醸し出してンぜェ! こいつはパネェ、マジでイかれてやがる! どうしたらこンな組み合わせが選択肢に上がるようなメニューを平気な顔して出してられンだァ?!」

 

「‥‥‥‥」

 

 

 総括

 どうやら人災レベルとしか思えないこの混沌とした食べ物に、一方通行(アクセラレータ)は随分と高評価を下したようである。

「要するに、おいしかったってわけ? その存在そのものが信じられないクレープ‥‥」

 

「いや、不味ィ。とンでもなく不味ィ。けどその中にも極めて特異な調和が存在しやがンだ。

 こォいう料理はよォ、美味くっても意味が無ェンだ。かと言って不味けりゃいいってもンでもねェ。

 その組み合わせは無ェだろ?!って中に、考え出した奴の個性とか、思わず納得しちまうような部分があってこそなンだよ。

 その点コイツはパーフェクトだ、堪ンねェ! 店といいメニューの裏側をつくようなやり方といい、一流だぜ。いいセンスしてやがる」

 

「‥‥あっそ。もう、よくわかんないから言及しないわ」

 

「テメェみたいな三下にゃ分かンねェだろォな、この興奮はよ。まだまだ成ってねェぜ第三位」

 

「それに関しては真剣に余計なお世話よ、ホント、マジで」

 

 凶悪な顔つきを歪めたドヤ顏でさっぱり共感出来ない、というよりは理解できない持論を滔々と述べる一方通行(アクセラレータ)に、美琴は心底疲れた様子で反応する。

 自分の感性とあいいれない存在はことさら相手するのが疲れるというものだ。基本的に話が一方通行になるのだから。

「ていうか黒子、あんたダイエットしてたんじゃないの? 豆乳ホイップクリームとバナナなんて甘ったるいもの食べて大丈夫?」

 

「‥‥あまりよろしくはないですの。ですがお姉様、私最近ちょっと胃の調子が悪くて‥‥。お腹に優しくてストレス解消になる甘いものでも食べなければやってられませんわ」

 

「アンタも苦労してんのね‥‥」

 

「そう思って頂けるのでしたら、もう少し黒子を労わって貰えますと嬉しいですの。‥‥ぐ、具体的には、そう、身体的スキンシップとかピカチュゥッ?!」

 

「調子にのんなっ!」

 

 クレープ屋の前で騒ぐ六人組はこれでもかという程に目立っていた。既に何人もの学生が、珍しい常盤台の制服に目を付けて写メっていたりしている。

 そもそも五人組という人数の段階である程度目立ってしまう上に、一人一人のキャラクターが外見を含めて非常に濃いのだから、人目を引くのも当然だろう。

 もちろん件の五人は今更そんなものを気にするようなタマじゃない。悠々自適に、クレープ屋の前での馬鹿騒ぎを楽しんでいる。

 もちろん店の前で営業妨害一歩手前の馬鹿騒ぎをされるクレープ屋の方はといえば、たまったものではないだろうが。

 

「‥‥つかよォ、花瓶にツインテ」

 

「人を大雑把に属性で括るのは止めて頂けません?!」

 

「私は花瓶なんかじゃありませんっ!」

 

 好きで頼んだものではあるが、やはりその圧な臭気に耐えられず盛大に噎せていた一方通行(アクセラレータ)が初春と黒子に問いかける。

 トンデモない渾名をつけられた二人は懸命に抗議をするが、そもそもこの男、しっかりと本名で呼ぶ他人なんて片手の指で数えるぐらいしか存在しないので、まったく気にした様子もなかった。

 

風紀委員(ジャッジメント)ってのは随分と暇人なンだなァ? 支部の人員が二人もこンなところでサボってて大丈夫なのかよ?」

 

「‥‥本来、風紀委員(ジャッジメント)の活動は校内の治安維持が主ですの。近年では警備員(アンチスキル)の手が足りないので校外でも活動しておりますが、基本的には越権行為ですわ」

 

「ですから校外の見回りとかは手が空いている風紀委員(ジャッジメント)や研修中の新人とかで自主的にやってるんですよ。

 拘束権こそありますけど、それも現行犯とか指名手配犯とか相手に限りますし、実は普通の学生とあんまり変わらなかったりします」

 

「まぁボランティアに過ぎませんから。もちろん仕事はしっかりとやっておりますわよ?

 とはいえ毎日毎日風紀委員(ジャッジメント)として活動していては体が保ちませんの。今日は自己申告の非番ですわ」

 

 豆乳で作られた体に優しいホイップクリームのまろやな甘みを味わいながら、澄ました顔で黒子は言う。

 給料や報酬の出ない風紀委員(ジャッジメント)は、自らの正義感を糧にして職務に励むより他ない。ならば自己管理は普通に仕事として治安維持を行っている市政の警察などよりしっかりとやらなければならなかった。

 疲労や無気力を言い訳に仕事をサボることがないように、かといって体を壊すこともないように、学業の妨げにならないように、風紀委員(ジャッジメント)の仕事が必要以上の負担にならないように。

 であるから休暇や非番は基本的に自己申告であるし、その日の見回りのシフトなんてものも、研修などの例外を除き基本的に組まれていない。

 その日いる人員で回す。もちろん助っ人などを非番の人間に“お願い”することぐらいはするが、その姿勢がないものにはそもそも風紀委員(ジャッジメント)など務まらないのだ。

 

「もちろん非番の最中だろうと風紀委員(ジャッジメント)としての自覚はしっかりと保ち、一般学生の模範となるべく行動するのは当然のことですわ。そうですわね、初春?」

 

「え? えぇ当然じゃないですか白井さん! こうやってぼーっとしているように見えて、その実しっかりと周りにおかしなことがないか確認してるんですから!

 例えば‥‥」

 

 本人の言葉とは真逆に、目の前のクレープを食べることに集中しているようにしか見えなかった初春が、黒子の言葉にキョロキョロと慌てて辺りを見回す。

 口の端っこに拭い損ねたクリームがついてしまっているのはご愛嬌だろう。その姿はどちらかといえば風紀委員(ジャッジメント)というよりは、リスやウサギといった小動物だ。

 

 

「あ、ほら見て下さいあの銀行!」

 

「あァン?」

 

 

 キョロキョロと辺りを忙しなく見回した初春は、大通りに建っている何の変哲もない銀行を指さした。

 外見も名前も別に不思議な点などない。学園都市の中でも幾つかの支店を持つ持つ大きな銀行だ。

  

  

「あの銀行が、どうしたンだよ」

 

「もう、しっかりと見て下さいよ! ほら、こんな昼間なのにシャッターを閉じてるなんておかしいと思いませんか―――」

 

  

 瞬間、轟音。

 夜間の重機による強盗すらも防ぐ分厚いシャッターが、内側から大爆発を起こして拉げ、吹き飛ぶ。

 大質量による攻撃もしっかりとシャットダウンするはずだというのに、恐ろしく違和感のある光景であった。

 

 

「―――って、えぇぇぇぇ?!」

 

「おのれ何事、私とお姉様との蜜月をぉ!! 初春! 惚けてないで警備員(アンチスキル)に連絡を!」

 

「ふぇぇぇ?!!」

 

  

 明らかな異常に、黒子は風紀委員(ジャッジメント)として自分の頭を切り換え、手にしていたクレープを一気に口の中へと放り込む。

 確かに非番ではあるが、目の前で異常が起こっているのに見過ごすわけにはいかない。厳密な職務時間の設定が無いというのは、すなわち何時いかなる時であろうと職務中ということでもあるのだ。

 

  

「黒子!」

 

 

 馬鹿騒ぎをする他のメンツを尻目に既に自分の分のクレープを食べ終えていた美琴が叫ぶ。

 今の爆発、例えば爆発物だとしたら自分も相手も危険なものであるし、仮に超能力であったとしたら強能力者(レベル3)は優に超えるだろう。

 

 

「お姉様はそこでおとなしくしていて下さいませ! 毎回毎回申し上げておりますが、超能力者(レベル5)であろうと一般生徒は一般生徒ですの。治安維持は我々風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)にお任せを」

 

 

 二の腕につけた風紀委員(ジャッジメント)の腕章を握りしめ、若干のホイップクリームがついた口元を威勢良く拭うと駆け出した。

 

 

「‥‥なによ偉そうに」

 

「まぁまぁ、彼女の言うことも一理あるってことです。一般人がむやみやたらに能力をふるうと、それこそ自分が風紀委員(ジャッジメント)にとっ捕まりかねない」

 

 

 能力の乱用は禁じられているが、もちろん学園都市の学生がそんなことを守るわけがない。俗に不良と呼ばれる人種にしてもそうだが、真面目に能力向上のために努力している学生にしても、ただ学校のカリキュラムを黙々とこなすだけで能力が上がるなどと考えるはずがなかった。

 それは風紀委員(ジャッジメント)として活動している学生としても同じであるため、ことさら強く言えない部分はある。黒子とてあまりにも便利すぎる能力を持った空間移動能力者(テレポーター)であるから、なおさら乱用の傾向は強い。

 しかし、それも対人となると話は変わる。ただでさえ強度(レベル)によってはっきりと威力が変わる超能力を高位能力者が低位能力者相手に行使するうことは、プロボクサーが場末の不良相手に本気の殴り合いをすることと同義だ。

 

「そりゃ言いたいことは分かるけど、一応は超能力者(レベル5)の私がああやって能力が必要な場面で蔑ろにされるってのは‥‥って、ちょっと待ちなさいよ第一位(アクセラレータ)

 

「あン? 用も無く話しかけンな第三位(レールガン)。俺ァこれからお楽しみなンだからよォ」

 

「お楽しみ、じゃないわよ! 今さっき止められたばっかなのに、どうして何の躊躇もしないで向こう行こうとしてんのアンタは?! 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

「はッ、そんなの決まってンじゃねェか。お祭りだってンなら、飛び入り参加も歓迎だろォ? 便乗しねェのは損ってもンだ。違ェか?」

 

「大間違いよッ! さっき黒子が言ってたでしょうが。一般生徒が無暗やたらに能力を使ったら懲罰モノよ? ちょっと癪だけど、ここは風紀委員(ジャッジメント)であるあの子に任せて‥‥」

 

「懲罰ゥ? 笑わせンな、一体どこのどいつに俺が罰せられるってンだよ?」

 

 

 焦ったような美琴の言葉を、一方通行(アクセラレータ)は嘲笑う。

 そこにあるのは絶対の自信。学園都市第一位として、否、ベクトルの支配者である一方通行(アクセラレータ)としての絶対の自信。

 強者にのみ許される傲慢と驕りは、決して馬鹿にされる対象、愚とされる対象ではない。むしろそれは、その者の実力を悟らせる場合すらありえる。

 ましてや彼ならば、それも当然と頷けることだろう。

 

 

「俺ァ一方通行(アクセラレータ)だぜ? 誰も俺を止めらンねェ。俺ァ俺のやりたいようにやるさ、好きなことを、好きなだけな」

 

「それに振り回されるこっちの方の事情も考えて欲しいってことです」

 

「煩ェな! ‥‥オラ行くぞ、久々の鬱憤晴らしだ。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよよアンタ達! 何のこと話してんの?!」

 

 

 おもむろにシャッターが爆破された銀行の方へと歩き出した一方通行(アクセラレータ)とカガリに、ペースを乱されっぱなしの美琴は驚きの声を上げた。

 今、自分が言ったことを忘れたのかコイツらは。風紀委員(ジャッジメント)のお世話になるって話したはず、っていうかソレを私に諭したのはアンタ達だろうが。

 

 

「うーん、でもキミと僕たちとは立場が違うだろう? 悪いんだけど、僕は基本的に楽しそうなことがあったらすぐ首を突っ込むのが信条ってことです」

 

「それに振り回されるこっちの事情も考えて欲しいってことでェす」

 

「別に僕はキミに付き合って欲しいとは、言ってないはずなんだけどな」

 

「‥‥チッ、そォいう細けェことばっかり言いやがって、面倒臭ェ」

 

 

 美琴の言葉など意に介さず、二人は悠々と歩を進める。

 誰も彼らに指図することなんて出来ない。何故なら‥‥」

 

 

「なァに、テメェが気にすることなンて無ェよ、第三位。俺たちは“最強”で‥‥」

 

「“絶対無敵”ってことです」

 

 

  あまりに自信満々に言い放つ二人に、美琴は言葉を失くす。

 別に二人の身が危険だから止めたわけではない。二人共が自分と同じ超能力者(レベル5)であり、なおかつ片方は学園都市序列第一位、もう片方にしても第六位である。

 この二人に勝てる者など、否、まともに勝負が出来る可能性のある能力者でだろうと両手の指で数えられるぐらいしか存在しないのではなかろうか。

 勿論その中には自分も数えられているだろうし、そもそも自分に勝てる人間を考えたところでも、やはり同じくらいの数しか想像出来ない。

 先ほどもちらと言及したが、驕りでも何でもなく、真実として超能力者(レベル5)はそれrだけの実力を持っている。

 

 だから美琴が言葉を失くしたのは、単に彼らの自然な態度に拠るものだった。

 

 彼らは、自分達が能力を振るうことを、ごくごく当然のものとして捉えている。

 自分達の能力を、暴力を正当化出来ている。道端に屯っている不良たちの振るう安っぽい暴力などではない、本当の暴力を自分のものだと正当化出来ているのだ。

 それがどれほどまでに異質なことか。どれほどまでに鮮烈なことか。どれほどまでに憧れることか。

 勿論、決して善いことではないだろう。むしろ悪い、とことんまでに凶悪だ。しかし美琴は憧れるとまではいかずとも、その仕草、在り方に目を奪われてしまった。

 

 あるいはそれは、例えば学校で何の問題もなく生活していた優等生が、放課後の河原で殴り合いをしていた不良たちの生き生きとした姿に惚れるようなものだったのかもしれない。

 言うならば隣の芝生、あるいは他人の持つ花、そのような類の憧れに類する感情だったのかもしれない。

 だが確かに彼らは美琴とは違う在り方をしている人種で、故に止められなかったのも事実。

 そして自分と違う在り方をする人間との出会いとは、往々にして自らの変化をも指し示すものである。

 

 学園都市序列第一位『一方通行(アクセラレータ)』。

 学園都市序列第六位『無尽火焔(フレイム・ジン)』。

 

 彼らとの出会いが生み出す大きな波乱と、物語の変化。

 それらはすぐそこに、迫っていたのであった。

 

 

 

 

 

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