銀の腕のレオニール   作:グレート・G

1 / 2
銀の腕を持つ狩人、レオニールの獣狩りの記録

彼の弟子たちも登場する作品。

元々は電撃文庫への投稿を考えて作成していたもの。




銀の腕のレオニール

 第一章 第一幕 肉茸、その醜悪さ

 

 

 

 記憶を紐解くと、この目まぐるしい一連の出来事は、帝国歴1889年の春、ダイオウブドウの薄紫の花が満開になる直前のことから始まったと思う。

 

 帝都郊外の自宅で古い友人から電報を受け取った私は、すぐに荷物をまとめると長距離列車の2等客車の切符を買って、丸一日使って目的地へと向かったのだ。

 

 龍が吠えるような轟音と鉄が擦れる金切り音ともに、私は目を覚ました。

 

 尻のほうから、地面が揺れる感覚が伝わり、ぼんやりした頭でふと右を向いてみる。

 

 窓があり、視線の先には少しずつ減速しつつ流れゆく若々しい緑の風景が見える。

 

 速度に目が慣れると、緑の中に民家がぽつん、ぽつん、と点在していることに気が付く。

 

 そして、その量が徐々に増えて、比例するように緑が減り始め、家が木々のごとく乱立し始めたその時。

 

『ご乗車ありがとうございます、只今ゴルドリバ駅、ゴルドリバ駅、降車の方は準備をお願いします』

 

 声に目を向けると、黒い車掌の制服を着てメガホンを持った、痩身の男の少しかすれ気味の声が響いた。

 

 制帽の下から伸びる髪は煤けているが、髪の中から横に伸びた長い耳は黒く、彼が黒い森の一族(ダークエルフ)出身であるということがわかる。

 

 夢うつつにぼんやりとしていると、彼は機械的に次の扉に入り、また同じ文句を入った先でも繰り返した。

 

 周囲の客も、ゆったりとだが下車の準備を始めている。

 

「……起きなさい」

 

「うぅぅん」

 

 少し寝ぼけた頭で、私は自身の方に頭を預けていたヒトを少しゆすった。

 

 香水の香りだけではない、女性特有の香りと柔らかさ、そして高めの体温。

 

 吐息とともに揺れる黒みがかった長い髪は、光を反射してつややかな鴉羽色で。

 

 顔を上げた際に、ふわりさらりと揺れるさまは、手入れの行き届きを感じる。

 

 眉は細いが色は濃く、まつ毛は長く、それらを兼ね備えた切れ長の瞳は非常に理知的かつ魅惑的で、その両目はルビーのように赤々としている。

 

 目鼻立ちはとても整っており、一目で美人と感じさせる、美の黄金比がそこにあった。

 

「大丈夫かね?」

 

「うぅ、まだ眠いのよ」

 

「それでもおきなさい、目的地についたのだから」

 

「はぁい」

 

 そんな黄金比を捨てるかのように間の抜けた声で起きた彼女は、いつものように髪を撫で上げる。

 

 薄青の地肌を持つうなじが見え、それと同時に額に親指大の少し曲がった角が見える。

 

 髪色と異なる、黒い色の其れを女は少し鬱陶しく感じているようだ。

 

 うーん、と伸びをすると、体から音が鳴り響く。

 

 平均的な女性より長身だが、威圧よりも体からにじみ出る艶が勝る。

 

「こうしてみると、角は不便なのよね」

 

「何度目だね、それを言うのは」

 

 開口一番そんなことをいう彼女にあきれながら、私も立ち上がる。

 

 窓ガラスに映る私は、高めの身長の彼女よりさらに高い身長で、頭には帝国軍が使う野戦用ヘルメットを被り、顔にはガスマスクの様な仮面をつけている。

 

 いや、それはガスマスクそのものと言っていいだろう。

 

 レンズは遮光の為に黒く、呼吸用のフィルターの入った薬缶が付いたシンプルなものだ。

 

 仕事着は、龍革の黒ベストを着こみ、その下には白霊銀(ミスリル)の糸を加工したワイシャツを着て、ズボンも黒い龍の革をなめしたタイプだ。

 

 ベルトも同様の龍革作りで、銀のバックルには煤けてはいるが獅子が彫られている。

 

 腰にはピストルサックがあり、大きな回転式弾倉拳銃(リボルバー)が収まっている。

 

 足を覆う頑丈な靴は軍隊で使用されるタイプで、すねを覆う長さの編み上げ靴。

 

 私の常で両手には牛革の手袋をはめており、素肌は見えない。

 

 素顔も見えなければ、素肌も晒さない、彼女とは対極の恰好をしている。

 

 一見すると帝国軍の野戦場からそのままやってきた軍人を思わせる格好の私は、長旅の常として首を肩をとまわして、コリをほぐす。

 

 その後、足をのせていた背嚢を持ち上げ、ふと気が付いた。

 

「コートを返してくれないか?」

 

「あら、アタシこれ気に入っているんだけど?」

 

「寝るときだけの約束だろう」

 

「はいはい、わかったわよぅ」

 

 口をとがらせながら、名残惜し気に私の持ち物であるロングコートを返す女。

 

 そのコートの下からは、艶めかしい肢体が露になる。

 

 青みがかった玉肌は、悪魔族(デモニアン)特有の肌であり、陽光を反射するかのように滑らかだ。

 

 体に身に着けているのは、布地の少ないデモニアンビキニと言われる衣装であり、悪魔族の女性の標準装備と言える服装である。

 

 胸の大きく張り出したふくらみや、くびれた腰つき、肉付きのいい太もも等を強調するその格好は、一部の地方では堕落や誘惑の象徴として禁止されている。

 

 腰のあたり、尾骨より少し上からは、悪魔族特有の尻尾が伸びる。

 

 なめし皮のようにつややかで、爬虫類を感じさせる尻尾の先は、まるでハートの様な形状をしている。

 

 彼女の存在は、文字通り男をケダモノに変えてしまうには十分だが、悪魔族との交流も多い私にとっては見慣れた格好だ。

 

 更には、彼女とは長年共に仕事をしている以上、見飽きている。

 

 バサバサとコートを振るって髪の毛を落とすと、それを羽織りなおした。

 

「ちょっとは意識しよう?」

 

「何を?」

 

「この唐変木」

 

「ふむ……?」

 

 取り付く島もない私の返答に、はぁとやる気なく返し、彼女は扉まで歩き始める。

 

 感情に任せて勢いよく出て行った彼女を見送り、私もまた背嚢を改めて背負いなおした。

 

 

 

 ゴルドリバは、昔は砂金と石炭で、ここ最近は金属加工及び細工と焼き物で栄えている。

 

 かつては大勢の山師、砂金取り、博徒、炭鉱労働者、鉱山に出没する魔物を倒す冒険者、雑多な人で埋まっていた駅前の大通り。

 

 今はつなぎを着た焼き物職人やその子弟、細工を買い付けに来た商人でにぎわっていた。

 

 帝都から長距離列車で揺られることまる一日、切符を切る駅員に見送られて私たちは大通りを、石造りの幅広な道を歩く。

 

 乗合馬車の御者から乗っていかないかと言われたが、目的地は歩いて行ける距離だからと断った。

 

 交通の便がいいからか、ここには様々なヒトが立ち寄る。

 

 その為、宿屋も数多く、遠くから来たヒトも宿泊には困らない。

 

 荷馬車が5台ほど横に並べてなおヒトが通るに困らない大通り、左右には漆喰で塗られた白亜の壁が立ち並び、屋外に併設された商品棚には様々な商品が並んでいる。

 

 食料品・衣類・この町の特産物の焼き物や金属加工品の数々。

 

 たくさんのヒトが、これらの商品を売って、買って、笑っている。

 

 道には子供たちが追いかけっこをして遊び、老人たちが猫と日向ぼっこをしている。

 

 男が威勢のいい声で食料品を、若い女がはきはきとした声で焼き物を売る。

 

 筋骨隆々の農夫がジャガイモの袋を大通りの八百屋へ納め、若い騎馬警官が巡回中に婦人へ挨拶している。

 

 この町の何の変哲もない日常が、私たちを出迎えた。

 

 同行者のほうは、実に気楽にあちらこちらの店にある商品を物色し、時にはそれを買い、くるくるとまるで童のように表情を変えつつ楽しげだ。

 

 機嫌よく、隣を行く私に話しかけた。

 

「いい場所だねぇ、活気もたくさんあるよ」

 

「ああ、そうだな」

 

「こっちも笑顔になっちゃうね、そうだろ?」

 

「あとで見て回るといい」

 

「アンタも一緒で、ね」

 

「ふむ」

 

 それに対し、私は我ながらそっけないと思う。

 

 職業柄、一定のリズム、一定の歩幅で歩きを止めないでひたすら歩く。

 

 まるで対照的な二人であり、衆目を引きそうなものではある。

 

 しかし、人々は私たちを当然のものと受け入れており、挨拶をしたりすることはあれども、奇異の目で見ることは全くない。

 

 駅から10分程度歩いたところ、私たちの目的地があった。

 

 少し煤けた漆喰塗り、3階建ての木造建築。

 

 かつては赤々としていたのであろう屋根瓦は、年季か風雨により黒ずんでいる。

 

 それでもしっかりと手入れされているためか、廃墟や廃家屋のような埃臭さはなく、年季の入った図書館や美術館のような雰囲気を醸し出している。

 

 正面玄関には大きな樫の一枚板の看板が掲げられていた。

 

『ギルド・ゴールドラッシュ』

 

 大きく書かれたその看板は、建物と同じく年季が入ったものだ。

 

 年季のある両開き扉を通ると、少しの土臭さと人の気配がする。

 

 大きな丸テーブル、壁際にはアルコールの入った酒瓶、立ち飲みのバーカウンター。

 

 自慢話と失敗話に花が咲いた長テーブルと長椅子には、当時の名残の傷跡が残る。

 

 町が喧噪に満ちていたころ、多くの冒険者が魔物狩りのためにいたギルドの中は、その熱気が収まった今、緩やかな時間の流れにすべてを任せていた。

 

 かつてにぎわっていたロビーも、今は人影がまばら。

 

 壁に貼られたコルクボードには、多くの依頼がはられている。

 

 だが、よく見ればすでに期限が過ぎている。

 

 新しい依頼もあるにはあるが、害獣駆除や野良魔物の討伐といったワンポイントな依頼しかなく、未踏地域の調査はない。

 

 たむろしているヒトも、よくみれば冒険者然としているヒトは少ない。

 

 せいぜいが、地元の猟師の延長といった風貌であり、背中には鳥銃を背負い、腰にはミドルソードを下げている。

 

 剣は野盗や魔物より、動物と枝葉を切った回数のほうが多いだろう。

 

 だが、ギルドにいる若者も壮年も、みな一様に顔に影ができている。

 

 一か所に集まり、話を続けており、その背中にはある種の悲壮感が漂う。

 

 私たちが入ってきたことも、集団は気が付いていないようだ。

 

「その、お客様ですかな?」

 

 バーカウンターの奥から出てきた、年かさは40程度、少し小太りの男性ギルドスタッフが私に声をかけた。

 

 その瞬間、話していた集団も彼らに向き直り、目を見開く。

 

 そんな彼らに目もくれず、男性に答えた。

 

「ギルドマスターと会う約束がある、取り次いでもらえるだろうか」

 

「わかりました……お名前は?」

 

「狩人が……レオニールが来た、と言えばわかるはずだ」

 

 やり取りをこっそり聞いていた集団の纏っていた空気が、ふっと和らいだ。

 

 

 

「やあレオニールさん、久しぶりです」

 

「ギルドマスターエド、君も元気そうで何よりだ」

 

「いや、寄る年波には勝てませんよ」

 

「そうかな、君が【ドゥーマン】だからか年を経るごとに若返っている気がするが」

 

「ふっはっはっはははぁ、うまいこといいなさる」

 

 旧知の仲であるゆえ、私が執務室に入った瞬間、ギルドマスターエドは椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで寄ってきた。

 

 エドは4~50程で長いあごひげを生やし頭髪をそり上げた男だ。

 

 双眸に若い頃の精悍な面影が今も残り、鍛冶用の作業着を着こんだ肉体も同年代よりずっと筋肉質である。

 

 壁には湿板写真と思われる写真がかかっており、彼とその仲間たちが若々しさを保ったまま、部屋の中を見つめている。

 

 ドゥーマン、すなわちドワーフとヒューマンの混血である彼は、その両方の長所を色濃く受け継いでいた。

 

 すなわち、ドワーフの人懐っこさと人間の愛嬌である。

 

 エドは、座ってくださいとソファにいざなう。

 

 レオニールが依頼内容について口にしようとしたとき、彼はそれを目で制した。

 

「何かあったかい?」

 

「ああいや、レオニールさんに紹介したいヒトがいるんでさ」

 

「紹介、狩人協会からかね?」

 

「いえ、女神神殿の聖歌隊からです」

 

「あら、珍しい」

 

 私の隣に座った彼女が、実に珍しいとばかりに言う。

 

 座って双方の近況報告などをし始めてから5分ほど、一人分の足音とともに先ほどの男性職員が一人の少女を連れて入ってきた。

 

「失礼いたします、この度同行させていただくラウラと申します」

 

 かかとを鳴らし合わせ、張りのある声でこちらに挨拶をしたのは、少女であった。

 

 少女の外見は、おおよそ16歳といったところであり、全身を女神神殿の戦闘神官が使用する黒を基本とした神官服で覆っている。

 

 衣服の上からわかる起伏のきちんとした肉体だが、豊満というよりも引き締まっているという印象だ。

 

 身長は私より頭二つ分低く、金糸で刺繍された袖から除く手は色白だ。

 

 しかし、その白い指は棒術を納めているのであろう、分厚さのある指だ。

 

 恐らく神官服の下には鍛えた体があると、こちらに思わせるほど背筋が伸びて一つ一つの動作に乱れがない。

 

 聖歌隊が使用する神官帽子は、生地に金の飾り刺繍が施されており、正面から見れば煌びやかなのだろうが、今は少女の小脇に抱えられている。

 

 部屋の明かりを反射する銀の髪は肩につく程度に切りそろえられており、髪質を保つ香油の影響で美しく輝き、まるで新雪をそのまま切り出したかのようだ。

 

 顔は小顔で童顔気味だが、しみなく整った顔立ちをしている彼女は、服装を変えれば舞台の男役をしているといわれても納得してしまうだろう。

 

 ただ、黒い服装と白い髪が冠鴉みたいだなと私は思った。

 

 結論を言えば、十人が十人、彼女を女神の使途であり守護者、女神神殿所属の聖歌隊と見間違えることはないだろう。

 

 だが何より、私の興味を引いたのは、彼女の首から下げたマスクである。

 

「久しぶりに見ましたね……聖歌隊の狩人とは」

 

「狩人ではなく、女神の使途と呼んでいただけると」

 

 ぴしゃり、と少女は言う。

 

 その線引きは、女神に使えるものとして譲れないらしい。

 

 昔縁のあった聖歌隊の狩人もそのことだけは非常にこだわっていたのを思い出す。

 

「これは失礼、女神の使途殿」

 

「どっちでもいいじゃない、やることは同じなんだから」

 

 改まった私の横で手持無沙汰にしていた彼女が、ぼそりとつぶやいた。

 

 彼女の気質から、聖歌隊とはあまり相性が良くない。

 

 聖歌隊の面々がよく訓練された犬だとすれば、彼女は自由気ままな猫なのだ。

 

 聖歌隊の少女は、私と同じく仮面(ガスマスク)を今は首から下げている。

 

 その仮面は、俗にいうペストマスクに似ており、バイザー状のレンズに鼻と口を覆う鴉の嘴を模した部分(吸気口)がついている。

 

 聖歌隊にとって、鴉は聖なる鳥であり、仮面がそれを模すのも当然のことだった。

 

「狩人レオニール、その……先ほどは高圧的な物言いで申し訳ありません」

 

 先と違って、黙って彼女のことを見つめている面々に居心地の悪さを感じたのか、少女が謝罪の言葉を述べる。

 

 少女は自分に何か非があったのではないかと気にしているようだ。

 

 特に、先のやり取りで不快な気持ちにさせたかもと。

 

 だが、私が気にしているのはそこではなかった。

 

「恐縮だが、狩人になってから日が浅い?」

 

「ええ、せいぜい2年ほどで……なぜ、そう思われたのですか?」

 

「君が入ってきたとき、足音がしなかった」

 

「えっ」

 

 そういうと、彼女は慌ててエド達に目をやる。

 

 エド達はそんな彼女を見て苦笑しており、少女は見る見るうちに耳まで赤くなった。

 

「お恥ずかしい限りです……」

 

「わーお、初々しい反応」

 

「茶化すんじゃない、パメラ」

 

「はーい」

 

 ますます赤くなる少女を茶化す悪魔族の彼女──パメラ──に対し注意する。

 

 ただ、どうしても私自身、この初々しい若駒をからかいたい気持ちが出てきてしまう。

 

「若い狩人は、日常生活でも足音を消して歩いてしまう癖がある、なんてことは茶化すようなことじゃあないぜ……だろう?」

 

「一番いじくりまわしているのはアンタじゃないの」

 

「これは失礼」

 

「ははは、お若いの気にしなさんな、レオニールさんが足音立てて歩くようになったんはつい最近さね」

 

「おいエド、それを言うな」

 

「やーい、未熟者のレオニールぅ」

 

「ぬぅ」

 

 私が笑いながら少女へ語ると、パメラとエドが引っ掻き回す。

 

 そこには、長年の付き合いからくる円熟味が感じられた。

 

 少女──ラウラ──は静かに口元を緩め、部屋に漂っていた緊張の糸が大いに緩んだ。

 

「あー、その、依頼のほうはよろしいので?」

 

 そのなかで、ただ職員の彼だけが真面目に仕事をしようとしていた。

 

 

 

「ラウラ、君はどのくらいの術式が使えるかね?」

 

「はい先生、基本は一通り」

 

「お、道具代ケチれるじゃない」

 

「パメラ、バカなことを言うんじゃない」

 

「道具と命では、命のほうが大事だ……でしょう?」

 

「わかっているならば」

 

「様式美よ、よ・う・し・き・び、まじめすぎよレオニール」

 

「君がいい加減すぎるんだろう」

 

「お二人は仲がよろしいんですね」

 

「違うわよラウラ、アタシが盛り上げなきゃ、こいつ何時もむすっと黙っているんだもの」

 

「ふふっ」

 

 馬が泥を跳ねながら、整備された街道をゆく。

 

 遠くを見れば、夕日の中にちらほらと大農家の屋敷が見える。

 

 行く手には林があり、街道はそこを通って目的地まで続いている。

 

 私が手綱を取る馬車には様々な道具が積まれており、まるで行商のようだ。

 

 今回の目的集落は開拓村であり、この馬車で半日ほどだという。

 

 恐らく、この道のりでは明日の明け方には到着するだろう。

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

『その、依頼というのはとある開拓村のことでさ』

 

 職員が退出し、彼が淹れた来客用紅茶をすすりながら、エドは切り出した。

 

 女神の使途、聖歌隊のラウラを交えての仕事の話し合いだ。

 

『実は2週間程度、その集落と連絡が取れません』

 

 そり上げた頭をなでつつ、困ったように彼は言う。

 

 喜怒哀楽の激しい彼は、まるでこの世の中の終わりかのように続けた。

 

 先ほどまでの勢いがなく、まるで老犬のように弱弱しい。

 

 とはいえ、さすがに2週間も音沙汰がないというのは、近辺を仕切るギルドマスターとして心配なのだろう。

 

『ここは帝都から遠い場所で、その、電話なんかも通っていませんで』

 

 だから手紙のやり取りが多いんです、とギルドマスターは続けた。

 

『郵便屋はどうしたんだ、ギルドお抱えの郵便屋もいるだろう?』

 

『その郵便屋が開拓村に行ったきり帰ってこないんです』

 

 五日前に出て行ったきり、そのそれなり以上に腕の立つ冒険者だったんですが、そういう彼からは心配と同時に諦めの気配が漂う。

 

 彼の漂わせる気配の原因を、私は知っている。

 

 ここにいる全員が、確信していることがあるのだ。

 

『冒険者を派遣したのかしら?』

 

 最後の確認とばかりに、パメラがエドに聞く。

 

 もっとも、その答えは聞く前にわかる。

 

『念ため、ギルドに寄った若い冒険者3人組にも依頼をかけたんですが』

 

『ことごとく帰ってこなかった、と』

 

『ええ、剣士オースティン、弓兵カエデ、魔術師ドゥロン、3人ともこの町で育って私を手伝ってくれていた冒険者です』

 

『『……』』

 

 パメラとラウラも真剣な表情で彼の話を聞く。

 

 今、この場にいる全員が同じ事を考えていた。

 

『おそらく、確信は持てませんが……』

 

『転生者の獣、ですか』

 

『ええ、そうですレオニールさん…………俺ぁ、覚悟はしているんですが…………チクショウ、うう、なんで俺は止めなかったんだ』

 

 ついに彼は鼻声になりながら、顔を覆ってしまう。

 

 パメラが立ち上がり、彼の背中を優しくさする。

 

 部屋の中の空気が、鉛のように重くなる。

 

 転生者の獣、とは一般的な野獣や魔物のことではない。

 

 この世界を守護する主神、ラウラ達聖歌隊が信奉する女神。

 

 武力と再生の女神【アヤノキュベレ】の手をすり抜けて生れ落ちる、怪異たる存在。

 

 この世界、通称「井戸の底」にのみ発生する、異邦人にしてその本性。

 

 女神との正式な契約者である我々狩人と違い、彼らは非正式な契約とそれに伴う権能を持って、私たちの住む世界に生れ落ちる。

 

 この世界に住む私たちは、この異邦人を『転生者』と呼ぶ。

 

 彼らの生態は様々だが、基本的に『全能感』や『過度な自信』等、自己肥大の要素が大きく、自分が他人と異なることを誇ることが多い。

 

 その力を持って、経済、軍事、その他さまざまな分野に首を突っ込んで荒らしまわる。

 

 そして、彼ら転生者の最も深刻な問題点として『自分は神に愛されている』という何の根拠もない自信を持っていることだ。

 

 借りものの権能を自分のものとして扱い、しかし扱いきることができず、最後は力に飲まれて怪物になり果ててしまう。

 

 その怪物を総じて『転生者の獣』と呼んでいる。

 

 そして、私たち狩人とは、それら転生者の獣を狩る者たちを言うのだ。

 

 聖歌隊のラウラが言った《女神の使途》という名称は狩人と区別の為に名乗るだけで、やることは変わらない。

 

 所属する組織において、名称が変わるだけだ。

 

 すべての狩人共通の使命こそ、この世に生まれた転生者の獣を殺すことだ。

 

『すいません、パメラさん、もう、大丈夫でさ』

 

『そう…………はい、チリ紙』

 

『ありがてぇ』

 

 エドは背中をさすっていたパメラに礼をいうと、チリ紙を受け取り、思いっきり鼻をかむ。

 

 それを2回ほどすると、チリ紙を丸めて、傍らのごみ箱に放り込んだ。

 

 彼は目元と、鼻も赤くなっているが、誰もそれを指摘するようなことはない。

 

『そこで、狩人であるレオニールさんに電報を打ったんでさ』

 

『それは分かったが、ラウラさんはどういう関係があるのかね?』

 

『あ、それ私も知りたい』

 

『そこは私が説明いたします』

 

 そういうと、ラウラは姿勢を正して、正面の私に向き直る。

 

 次いで、神官服の袖から一枚の便せんを取り出した。

 

『こちらをご覧ください』

 

『女神神殿からの封書ですか、それも公式の』

 

 見れば、封蝋で閉じられた便箋には、女神神殿が公式に使う丸に三又槍の焼き印が押されているではないか。

 

 自前のナイフで便箋を切り開き、中の手紙を確認すると、それは委任状だった。

 

『銀の腕のレオニール殿

 

 貴方の腕前を見込んで頼みたきことあり。

 

 聖歌隊のラウラ、我ら聖歌隊の60年ぶりの女神の使途なり。

 

 されど、我らに教育のすべあらず。

 

 恥を忍んで頼む。

 

 聖歌隊のラウラを一人前の女神の使途にしてほしい。

 

 重ね重ね頼む。

 

 汝に女神の祝福あれ

 

 女神神殿神官長 ヴェイグ・ハーディマンより』

 

 中に入っていた委任状は、私のよく知る人物だった。

 

 彼は、どうやら神官長まで上り詰めていたらしい。

 

 彼と仕事をしたのは、いったいいつだったか。

 

 おそらく、人間としてまっとうに年老いているのだろう。

 

『その、あの、いかがでしょうかレオニール殿…………?』

 

 おずおずと、私の顔色をうかがうラウラ。

 

 不安一色の顔で、ガスマスク越しの私の表情を懸命に読み取ろうとしている。

 

 そんな彼女の不安を払拭するように、私は答えた。

 

『いいでしょう、君の教育役としてできる限りの手を尽くしましょう』

 

『あ、ありがとうございます!』

 

『あらあら、初々しい反応よねぇ…………何人目かしら、お弟子さん』

 

『さあてねえ、この御仁は頼られると嫌とは言えませんからな』

 

 パメラとエドはそんな私たちをしり目に、ニヤニヤと笑いながらからかうような口ぶりであった。

 

 エドの方はまだぎこちない様子だが、先ほど取り乱したときと比べれば幾分落ち着いているようだ。

 

 まあ、頼られると答えたくなる、そんな自分の性質は理解しているが…………、ほんの106人目の弟子を取ったぐらいで全く。

 

 からかおうとする二人に言い返そうとしたときラウラが口を開く。

 

『それでは、狩人レオニール、これからは先生と呼ばせていただきます』

 

『むぐう』

 

『うふふ、先生だって』

 

『おうおう、こりゃあ責任重大ですなあ』

 

 きっちりとした性格なのだろう、ラウラの宣言に少しむずがゆさを感じる。

 

 ヴェイグとエドには認識があるから、おそらくラウラの件も含めて、今回の任務にあたるということになるだろう。

 

『エド、それじゃあ荷馬車と馬を1頭貸してくれないか?』

 

『辻馬車でなくていいんですかい?』

 

『ああ、少々必要な量が多くなりそうだからね…………パメラ』

 

『ハイハイ、あたしはあんたの必要としているものを準備すればいいのね?』

 

『ええ、頼みます』

 

『それでは先生、私は何をすればいいでしょうか?』

 

『まず、貴女の装備一式の点検と、できれば神官装束ではない、動きやすい服に着替えましょうか…………いろいろと動き回ることになります』

 

『はい!』

 

 私の指示で、各々が動き始める。

 

 私も立ち上がると、外に出ることにした。

 

 パメラだけでは必要な物を持ち運べないし、エドにはほしい荷馬車の詳細を伝えなければいけない、ラウラの為に動きやすい服を見繕う必要もある。

 

 出かけるのは、夕方くらいになりそうだ。

 

 

 

 テントを張り、焚火を囲むというという事は、心を自然に帰らせてくれるような気がする。

 

 それとも、科学者や歴史好き等がいうように、まだまだ文明とうたわれるものがない時代、原初の名残なのだろうか。

 

 私たちは目的の開拓村である【グストリンス村】まで道半ばというところにいた。

 

 人の手がよく入った街道であるゆえに、野生の魔物や盗賊のような輩に襲われる心配はあまりない。

 

 更に、「転生者の獣」が近いためか、野生生物の声も気配も感じることはない。

 

 火を焚いておくだけで、その気になれば朝まで眠ることができるだろう。

 

 現に、この中間地点まで来るのに、見かけたのは若い牡鹿が一頭だけだったし、その若い牡鹿は我々の晩飯として食された。

 

 街道のわきに、古い冒険者たちが野営していたであろう空地を見つけた我々は、そこで夜を明かすことにした。

 

 件の冒険者たちも、ここで一晩を明かしたようで、火を焚いた真新しい痕跡があった。

 

 3人で焚火を囲みながら、明日のことについて話し合う。

 

「おそらく、今回の獣はまだ成長途中でしょう」

 

「なんでそう言えるんでしょうか?」

 

「獣は成長するために、一時的に場所に留まる性質があります…………グストリンスはいわば、獣の巣となっているでしょう」

 

「ということは、私たちは敵地に乗り込むと?」

 

「そういうことです、だからこそ入念な準備が必要なのです」

 

 務めて安心させるように私は言う。

 

 実際、今回の獣は私の見立てではまだ成熟段階にない、成長段階だろう。

 

 成熟した場合、ゴルドリバの町すら勢力範囲に入ってしまう。

 

 今回の場合は、開拓村で済んでいるだけまだましと考えた方がいい。

 

 エドもその辺をきちんとわきまえている、私はそう続けた。

 

 だが、私の言葉を聞いたラウラの眼がどんどんと吊り上がる。

 

 これは、狩人になりたての若い衆がよくする反応だ。

 

 その時、自分の荷物を確認していたパメラが、ラウラに話しかけた。

 

「ふー…………ねえラウラ、貴女今日武装とかいろいろ準備してきたんでしょう?」

 

「へ、あ、はい」

 

「それじゃあ、ちょっと見せてよ、アタシも貴女の先輩としてアドバイスとかできるし」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「貴女、いったいアタシをなんだと思っていたのよ」

 

「冒険者かな、と」

 

「狩人と一緒に活動できるレベルの冒険者なんて、ここ数十年出てきていないわよ…………どの民族からもね」

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ、ウエストランド新聞にも出ているわよ、統計調査って」

 

「私、女神新聞社の新聞しか読んでないんで…………」

 

「じゃあ、今度ウエストランド新聞も読んでみなさいよ、割と面白いわよあれ」

 

「あー、ごほん」

 

 だんだんと脱線してきた話を元に戻す。

 

 パメラの明るく話し上手なところは大変魅力的だが、話が脱線するのが玉に瑕なのだ。

 

 ちなみに、パメラの言う通り彼女も狩人である。

 

 彼女は、私の105人目の弟子であり、ラウラの姉弟子ということになる。

 

「それじゃあ、先輩狩人として装備品なんかを並べていこうかしら」

 

 大きな目を嬉しそうに緩めながら、彼女は自分の装備袋の口をほどく。

 

 自分が先輩に慣れることを、思いのほか喜んでいるようだ。

 

 そして、彼女が取り出したのは小物の数々である。

 

 そのすべてが、私が教えた通りのもの、そして、彼女の経験に基づくもの。

 

「回復・毒消し・活力の各種水薬」

 

「これは、冒険者も狩人も同じなんですね」

 

「ええ、傷つけば痛いのは狩人だって普通の人間と同じよ、そして各種弾丸」

 

「へぇ、これはすべて魔法弾頭ですか?」

 

「ええそうよ、アタシは中折れ式大型ライフルを使うから大型弾頭なの」

 

「あー、私は教義の関係上銃器を使用できないので弓矢になりますが…………」

 

「いいわよ、要するに遠距離武器の有無だもの」

 

「なるほど、でしたら大丈夫ですね」

 

 女性二人の和気あいあいとした話し合い、それは同時に、初めての本格的な獣討伐に緊張するラウラを、精神的に安定させるものであった。

 

 ピン、と弓の弦の様に張り詰めていた彼女の表情は、馬車の中で笑っていたあどけなさをたちまち取り戻しつつある。

 

(緊張するのはいいが、それで動きが鈍られたら困るからな)

 

 ガスマスクの下の口が、少し笑うのを自覚する。

 

 あのパメラが、先輩面して教えているというのは、教える側として中々興味深い。

 

(泣き虫だったあの娘が…………)

 

 さて、感傷に浸るのも程ほどにしておこう。

 

「パメラ、確認作業は私に引き継がせてもらうよ」

 

「あら、何か不足でもあったかしら?」

 

「不足はない、ただし明日の準備だから君も聞いておいてほしい」

 

「あ、そういうことね」

 

「では、ラウラもいいかね」

 

「はい、お願いします」

 

 二人の視線が私を見る。

 

 周囲の気配を探るが、獣の眷属や斥候はいない。

 

「さて、明日我々が対峙することになる獣に関してだ」

 

 一人は薄々見当がついていると視線で語り、一人は見当がつかないと視線で語る。

 

「おそらく『肉茸』だと思われる」

 

「うわ、やっぱりか」

 

「にくきのこ…………ですか?」

 

 口をへの字に曲げて、嫌な顔をするパメラに対し、私の言った言葉が理解できないのか、きょとんとした顔になるラウラ。

 

 確かに、獣と呼んでいたのに「きのこ」の話などされても、何の冗談と思うしかない。

 

 しかし、事実『茸』と呼んでも差し支えない怪物なのだから、しょうがない。

 

 私は、先端に火のついていた枝を一本焚火の中から取り出すと、それを使って地面に略図を描いた。

 

「…………先生、私をからかっているのでしょうか?」

 

「いや、からかってなどいない…………茸と形容するしかない獣なのさ」

 

「そうねぇ、初心者狩人の入門としてはまあ、アリだけど…………うげえ」

 

 私が地面に書いた略図は、軸の長いマッシュルームというべきものだった。

 

 巨大な茸の絵は、しかしラウラにはあまり想像できていないようだった。

 

 半面、長い事狩人をしているパメラには、この姿が容易に想像できたようだ。

 

 目に見えて元気がなくなってきた、心なしか尻尾が垂れ下がった気がする。

 

 あれは強烈だ、言葉で話すよりも目で見た方がいいだろう、村の惨状も含めてだ。

 

「今回、肉茸と相対するうえで必要なことを、ここで確認しておきます」

 

「はいっ」

 

「ええ、わかったわ」

 

「まず【村人の会話を絶対に信じてはならない】です」

 

「信じない、ですか?」

 

「その通り、次に【村を一望できる高いところを探す】こと」

 

「高いところを探す」

 

「最後に【村人は皆殺しにし、冒険者は処置ができれば回収する】こと」

 

「みなごろ…………はい? 先生今なんと?」

 

 私の言葉に、真剣に聞き入っていたラウラが、目をむいて質問する。

 

 確かに、村人を皆殺しにしろなんて、非道であるといえるが、獣と戦う以上これは外せない事項だ。

 

「皆殺しです、決して手を抜かず、老若男女すべて、子供も病人もすべて殺します」

 

「いやいやいやいやいや、先生待ってください、それはいくら何でも…………」

 

「ラウラ、あんたの言いたいことはわかるわよ…………アタシも初めて戦った時にこいつは何を言っているんだ、と本気で思ったもの」

 

「だったら」

 

「でも、事実なの、残念だけど」

 

 ここで待っていてもいいわよ、パメラは真剣な表情でいう。

 

 彼女のやさしさであり、欠点だ。

 

 たとえ厳しくても、現実を直視しなければならないこともある。

 

「パメラ、わるいが彼女は現場に連れていく」

 

「パメラさん、お話はありがたいのですが、私も女神の使途の身です…………戦う覚悟はできています」

 

 心配はありません、と胸をたたくラウラだが、声が少し震えている。

 

 獣ではない、人を殺すということを忌避しているのだろう。

 

 だが、その心配は杞憂に終わると思うが。

 

「確かに、君の心配していることはどことなく察しはつく」

 

「で、でもですね、奇跡的に生き残っているとかそういう…………」

 

「それはない、少なくとも村人は皆殺しだろう」

 

「村人は、ということは?」

 

「冒険者たちは間に合うかもしれない、という事かしら?」

 

「そういうことだ」

 

 転生者の近くにいた村人たちは、ほぼ手遅れなのは間違いない。

 

 しかし、冒険者の3人はまだ時間的に適切な処置をすれば生き残ることができる。

 

 問題は、郵便屋のほうだろう。

 

 間に合うかどうか、ぎりぎりのところだ。

 

 そして、もう一つ。

 

「さあ、ラウラ君の狩り衣を見せてもらえないかね」

 

「ああ、確かにそうね」

 

 

 

「レオニール、この服はあんたの趣味?」

 

「いや、ラウラに選んでもらったものさ…………実用の面で少し口出しをしたけれどね」

 

「あはは、先生の見立てのおかげで、とても動きやすいですよ」

 

 執務室で会った時の袖や裾が長かった神官服と異なり、動きやすい戦神官の服装に着替えたラウラ。

 

 確かに非常に動きやすいだろう。

 

 長かった袖や裾は、俗にいう青色のパンツルックと新雪色のワイシャツのような形に変更されている。

 

 その上下の布地は、一見すればただの布だが、魔力を感じるため「魔法蚕の糸(マジックシルク)」で織られたものだとわかる。

 

 女神神殿のエンブレムが入った牛革と鋼鉄の混合鎧、胸当てには鉄を使用し、グローブとブーツは最下級とはいえ「蛇竜(ワーム)」製のものを選んだ。

 

 どこからどう見ても、元神官の冒険者といった風体である。

 

 元から中性的で舞台女優のようだったが、それが一層深まったように思う。

 

 少なくとも、外見を羅列すればだが。

 

「ラウラ、あんた胸もおしりもいいもん持っているじゃない」

 

「ちょっと、パメラさん⁉」

 

 まあ、パメラの一言がすべてだ。

 

 ラウラは、こう見えて発育が大変よろしいようだ。

 

 そりゃあ、ヴェイグのやつも困るだろうとおもった。

 

 アイツは男所帯で育ったせいか、女性への免疫が少ない。

 

 何せ、年を取ったいまだに嫁さんへの対応が初々しい青年期のそれなのだ。

 

 教育の「きょ」の字すら彼女に教えることができないだろう。

 

 アイツ、厄介なことを全部私に投げる気だな、生意気な。

 

「そして、ミドルコートは黒なのね」

 

「はい、女神神殿において青色はマナ、白は女神、黒は命をあらわしていますので」

 

「教団の教義を常に入れなきゃいけないってゆうのも、結構な話よね」

 

「慣れてしまえば楽ですよ、パメラさんもどうですか?」

 

「いやよ、そんな堅苦しいの」

 

「まあ、最初に出会った黒い教団装束よりはずっといいさ」

 

 あれは、礼装としても喪服としても使用できる。

 

 新しい一歩を踏み出すラウラには、言いたくはないが着てほしくない。

 

 そして、彼女は真新しい長つばの帽子を頭にかぶった。

 

 私も、狩人になりたての頃(もう思い出せないくらい昔のことだが)に被る帽子だ。

 

 背中には、女神神殿の神官戦士が使用するスピアを背負い、矢筒を背負い、折り畳み式の戦闘用弓(コンパウンドボウ)を持つ。

 

 女神神殿の新人狩人の完成である。

 

 汚れのない、初々しさのあふれるそのいでたちは、私がいくつになっても、どうしてか一種の感動を覚えてしまう。

 

 人間の理を自らの意思で外れた存在が、一つの「個」として自立する様は。

 

 いや、感傷に浸るのはやめよう。

 

 それは、すべてが終わった後でいいのだから。

 

「さあ、明日の朝日の出とともに出発することになります、二人ともよく寝ておくように」

 

「先生はどうなさるんです?」

 

「私は寝ずの番をすることになりますから」

 

「だーかーらー、アンタも寝るの、3人いるんだから3時間交代、以上」

 

「あははは、先生、どうしますか?」

 

「…………パメラの案を採用しましょう」

 

 やれやれ、女性の肌には睡眠不足は大敵だろうに。

 

 そう思いつつ、私は焚火の中に太い薪をくべたのだった。

 

 明け方は少し冷え込むだろう。

 

 

 

 第一章・2幕・油雨、地獄の日

 

 

 

「ようこそ、グストリンス開拓村へ!」

 

 舗装されていないむき出しの土道ながらも、しっかりと踏み固められていたはずのそれは、朝方の冷え込みでぬかるんでいる。

 

 村の中央には、規模に見合わぬ女神神殿が建立されており、欠かさず手入れされているのか、美しい外観を保ったままである。

 

 人々が暮らす石造りのしっかりとした住居だったそれは、壁一面苔が生えており、ムカデやクモが這いまわっているのが見て取れる。

 

 そんな中で、キンキンと高い声で、一人の老婆が私たち一行へ声をかける。

 

 瘦せこけた少年たちが畑を耕し、ぼろを着た少女たちがものを売っている。

 

 痩せて骨の浮いた老人が引きずりながらジャガイモ袋を運搬しているが、袋の底が破けて中身がこぼれている。

 

 こぼれ出たイモはすべて発芽し、腐り、食用に適さないものばかり。

 

 目の落ちくぼんだ男たちが笑いながら蹴り飛ばしているのは、なんだろうか。

 

 袋の中に入れられた、哀れな何かは必死に動いているようだが蹴り殺されるのは時間の問題だろう。

 

 女性たちが、生きた猫や犬を解体して売っている。

 

 哀れな動物達の血でまみれた毛皮や肉を、嬉々として売り買いしている。

 

 壮年の巡査がサーベルを抜き、人に襲い掛かり服や金品をはぎ取っている。

 

 なんという、地獄のような場所だろうか。

 

「なんなんですか、これは…………」

 

 ラウラが絶句している。

 

 しょうがない、本格的な「転生者の獣」の被害を見たことがなかったのだろう。

 

「ああ、本当に吐き気のする光景だわ」

 

 忌々しそうに、パメラが吐き捨てる。

 

 まったくもって同感だが、ここは敵地であり相手が我々の会話を聞いているという事を忘れないでほしい。

 

 周囲を見渡し、冒険者3人が紛れていないか確認する。

 

 いない。

 

 おそらく、本体の防衛装置として置かれているのだろう。

 

 周囲で安全性の高いところ、おそらく集会場やギルドが肉茸の潜む場所だろうが。

 

(ふむ…………匂いも消えてしまっているな)

 

 周囲を漂う腐臭等で鼻も利かない、あまりいいコンディションではない。

 

 子リスのように過剰に周囲を警戒するラウラと、惨状に忌々しそうに周囲をにらみつけるパメラ。

 

「お客人、どうぞこれを食べてください」

 

 そう言って、ぼろをまとった婦人と思わしき女性が差し出したのは、パンのようなものだ。

 

 カビが生え、表面をウジのような虫が這いまわる、不衛生極まりないなにか。

 

 それを差し出されたとき、ラウラが短い悲鳴を上げてその手を払いのけたのを、決して責めることはできないだろう。

 

 場数を踏んでいる私でも、あまり好ましくない。

 

 パメラも今にも銃を引き抜きそうな、臨戦態勢だ。

 

 しかし、このままでは、ほぼすぐに…………。

 

「おい、アンタ、何様のつもりだよ!」

 

「この村の歓迎を受けないなんて」

 

「最悪だ、最悪の来客だ」

 

「よそ者はこれだから嫌なんだ、追い出せ!」

 

「殺せ、その方が手っ取り早い!」

 

「そうだ、殺せ! そして、神殿に捧げよう!」

 

「「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」」

 

 やっぱりこうなるか。

 

 周囲の村人たち全員が、まるで示し合わせたかのように木の棒や鍬、鎌、鋤等を持って、殺せ殺せと叫びながら我々に向かって走り出した。

 

 正に示し合わせたかのように。

 

 肉茸の領域において、人は監視装置であり門兵でもある。

 

 自動迎撃装置として、人だったものが襲い掛かってきた。

 

「はっ、そっちの方が手っ取り早いわ!」

 

 怒鳴るようにパメラが叫び、背中に背負っていた大型の散弾銃を腰だめに発砲する。

 

 私も、大型回転式弾倉拳銃を抜き打ち、ラウラにとびかかろうとした老人の頭を粉砕する。

 

 一発、二発、老人が崩れ落ちる、三発、四発、鎌を持った少女が倒れて動かなくなる。

 

 私が二人斃す間に、パメラの中折れ式散弾銃が次々と火を噴く。

 

 対転生者の獣用の散弾には、燃焼魔法が付与されており、肉にめり込んだ鉛玉が発火するようになっている。

 

 複数人をミンチにしつつまとめて吹き飛ばし、包囲網に風穴を開け続ける。

 

 魔法弾頭により、襲い掛かってきた村人たちは火達磨となり消し炭になった。

 

 火だるまにならなかった村人たちも、散弾により肉が吹き飛び、手がもげ、足が砕け、その動きは明らかに遅くなる。

 

 だが、それでも。

 

「こ…………ろせ」

 

「ころせ…………」

 

「なんなんですか、本当に…………」

 

 這いずりながらも、こちらに迫る。

 

 弓を構えることができていない、槍を構えることもできない。

 

 ラウラはほとんど泣きそうな声を出している。

 

 ここにきて、彼女を連れてきて少し後悔した。

 

 まだ早すぎただろうか? 

 

「きゃああああアッ!?」

 

 其の瞬間、ラウラが地面に引き倒される。

 

 狂乱した村人たちが群がり、彼女のマスクをはぎ取って、先ほどの黒い何かを口の中に押し込もうとする。

 

 必死で抵抗しているが、彼女だけでは時間の問題だろう。

 

「チィッ」

 

 拳銃の6連射で群がろうとした村人の頭を吹き飛ばし、同時に腰に下げていた大ナタを走りながらも振りぬく。

 

 私に背中を向けていた婦人の肉と骨を断つ独特の感触と共に、上半身が吹き飛び血のような赤黒い液体が噴水のように湧きあがる。

 

 だが、まだだ。

 

 老人の頭に振り下ろし、かち割る。

 

 青年の首を振り切り飛ばす。

 

 少女の頭を、大ナタの峰で叩き潰す。

 

 血と臓物があふれているが、ラウラはマスクを抑える手を決して離さない。

 

 いや、緊張と恐怖でそれ以外の行動ができないのだろう。

 

 よろよろと、立ち上がるラウラ。

 

 その股間には黒いしみができているし、このままでは彼女を狙って村人が殺到するだろう、守りながら戦う余裕はない。

 

 撤退を瞬時に決めて、それでもと。

 

 だがそれでも、師として伝えねばならない。

 

「ラウラ、これが獣に取り込まれた人々の末路です」

 

「…………」

 

「次は、屠れますね?」

 

「二人とも、道は開けたわ!」

 

「ええ、さあラウラ、走りますよ!」

 

「…………はっ、はいっ!」

 

 上出来だ、と思う。

 

 この現実を直視してなお、足を止めない彼女はいい狩人になるだろう。

 

 確信を得ながら、私たちは包囲網を突破して、一時的に村の外に退却した。

 

 

 

 グストリンス村の見取り図は、事前にエドからもらっていた。

 

 今の襲撃で冒険者たちが出てこないということは、獣は冒険者たちを確実に自分の手元に置いているとみて間違いはない。

 

 村人と違い、戦闘技術を持った冒険者というものは、獣にとっては自分を守らせる最高の盾と言っていい。

 

 一目散に、村の外に逃げ出した私たちだったが、村人たち数十人が一塊となって追ってきていた。

 

 しかし。

 

「あれ?」

 

 全力疾走により息も絶え絶えなラウラが、村人たちの声が聞こえないことに気が付いたようで、立ち止まる。

 

 村からおおよそ1キロ程度離れた場所であり、目を凝らすと村人の集団が引き返していくのが見える。

 

「なるほど、ここまでが奴らの領域ですか」

 

「ふーん、アンタの言っていた通り、まだまだ成長途中みたいねぇ」

 

「そう、なん、ですか?」

 

「ラウラ、深呼吸を…………今ならば獣の腐敗臭はしないですから、マスクも外していいですよ」

 

「あ、ありがとう、ございます、先生」

 

 そういうと、ラウラは村に入る前からずっと着用していた、あのガスマスクを外した。

 

 彼女の端正な顔には、汗が伝っており、見るからに暑そうだ。

 

 パメラも念のために周囲を警戒しつつ、ガスマスクを外す。

 

 私のマスクは、特注品であり、涼しいために外さない。

 

 仮拠点としている先の古い街道と村の中間点にある木立の中。

 

 馬車に戻って一息つきつつ、ラウラへのレクチャーを始める。

 

「さて、支配下にあった村の惨状、目に焼き付けたと思います」

 

「はい…………」

 

「私の言った言葉の意味、分かっていただけましたか?」

 

「はい…………」

 

 私の言葉に、苦み蟲をかみつぶしたような顔をして、声を絞り出すラウラ。

 

 恐らく、心のどこかでかすかな希望を、誰か一人でも村人を助けられるのではないかという希望を抱いていたのだろう。

 

 だが、あの惨状では、抱くだけ無駄だ。

 

 それがわかっただけでも、今回の意味は大きい。

 

「先生」

 

「なんでしょう」

 

「獣に支配されるとあの村人達のようになってしまうのですか?」

 

「ええ、そうです」

 

「だからあたし、肉茸嫌いなのよ」

 

 私の言葉を聞いて、ラウラは愕然とし、パメラは地面に唾を吐いた。

 

 あの獣は種子で自分の領域を増やす。

 

 パンのような黒いものこそ、肉茸の種子であり、あれを入れられると、1週間程度で完全な支配下に置かれる。

 

 そして、徐々に体が変形し始める。

 

 腕や顔等が、蟲に刺された木天蓼の実のように変形し始め、最終的には頭などが茸の傘上になってしまう。

 

 現に、初めにあった村人たちも、作業していた村人たちも、大なり小なり、茸のような形相に変異していた。

 

 あれは、もう手遅れだ。

 

 残念だが、村人たちは根絶やしにせねばならない。

 

 でないと、肉茸は無尽蔵に増え続ける。

 

 一度馬車を止めてある、苔むした広場に戻る。

 

 馬車の中にある樽の中に入れてきていた、生成油(ガソリンというそうだ)を使用して村全体を焼却処分する必要がある。

 

 いくつになってもこんな方法しか取れない自分に腹が立つ、が、それ以上の対処方法を知らないし、対処方法が開発されていないというのもある。

 

 私の反応から対処法がないことを悟り、ラウラは天を仰ぐ。

 

 経験しているからこそ、パメラも長い髪を乱暴にかきむしる。

 

 鬱屈とした気分が私たちの間に満ちるが、それでもやるのが狩人の仕事だ。

 

「今回の初撃で、おそらく冒険者3人はまだ染まり切っていないと判断することができました」

 

「…………たしか、冒険者は本体の護衛をしているという事ですよね?」

 

「そう、そしてまだ時間もたっていない為、救える可能性が非常に高い」

 

「そして、さっきの攻撃で冒険者が出てこなかったということは、冒険者という戦力手札は元冒険者を含めて4枚しかないってことでしょ」

 

「ああ、その通りだパメラ、ラウラ…………さて、作戦の第二段階だ」

 

 私は、荷馬車を見ながら言う。

 

 二人も黙って、私に同意してくれた。

 

 

 

『風、すさび、手繰る、その力を持って、流れを示さん』

 

『水の精霊、我が供物、これ霧のごとくなり、対象へ侍らん』

 

 私とパメラの精霊への言葉が小高い丘に響く。

 

 私が風に、パメラが水に、それぞれの呼びかけを持ってこの術式は完成する。

 

『女神よ、我が武勇、我が神命に基づいて願う、この一矢を烈火とすることを』

 

 ラウラが戦闘用弓を構え、鏃の大きな矢をつがえた。

 

 この矢は、鏃からすぐ下に火薬が入っており、それを神命文字(ラウラの唱えたアメノキュベレへの言葉)により着火、対象に当たると爆発する。

 

 この丘は、グストリンス村を眼下に収めることができる距離にあり、高さは凡そ60フット(最近では共通の長さ単位として180メートルというらしい)のなだらかな場所だ。

 

 先ほどの襲撃により、獣が女神神殿を根城にしていると踏んだ我々は、女神神殿事村を焼き払う事にした。

 

 これには、理由がある。

 

 女神神殿事態に、外からのある程度の攻撃を防ぐことができる防衛魔法(この場合は障壁というべきか)がかけられている事が一つ。

 

 そして、村人たちは中央の女神神殿に入ることがない事を、観察した結果知ったためだ。

 

 私が再度忍び込んで調べた結果、村人たちは神殿の入口で礼拝のような事をするが、一切立ち入らないことが分かったのだ。

 

 恐らく、村人たちの言っていた『生贄』をささげるとき以外は、入ることはないだろう。

 

 私の風の魔法は村全体を覆う気流を作り出し、パメラの使う呪術は聖製油を霧状にしてから村全体に行きわたらせる。

 

 気流は停滞を生み、呪術は聖製油の増幅を生み、村全体を油が覆う。

 

 そこに、ラウラの持つ火矢を打ち込んで燃やし尽す。

 

 村人たちが逃げ出すということは、まずない。

 

 なぜなら、本体である獣が逃げないと、眷属はそれに従わない。

 

 肉茸の獣は拠点滞在型であるため、逃げるという手段を持たない。

 

 よって、このような手段が通じるのである。

 

 そして、女神神殿の守護が生きている以上、その中にいる4人は間違いなく無事だ。

 

 私が腕を振るうと、風は流れを変え大きな繭状の形になる。

 

 そこへ、パメラの呪術と精霊の力により、気化した聖製油を振りまき増幅させることで、村全体が精製油(ガソリン)の漂う繭の中に包まれることになった。

 

 そこに、ラウラの祈りの言葉で火力の増強された火矢が撃ち込まれる。

 

 一瞬の静寂の後、大爆発が発生した。

 

 こちら側にその大破壊力は到達せず、風の繭が捻じ曲げ、内で乱反射を起こしている。

 

 やがて、風の繭で扱いきれなくなったのか、天に向けて大きな火柱が立ち上る。

 

 火柱は風の力により火炎を伴う竜巻となり、村全体を覆いつくした。

 

 炎の中で異形の村人たちが焼けただれて死んでいく。

 

 その光景を無感情に私は見つめている。

 

 だが、心の中はやるせない気持ちで一杯だった。

 

(転生者よ、お前の身勝手で村人が死んだぞ)

 

 理性を失くし、獣になり下がった転生者へと心の中で悪態をつく。

 

 そうでもしなければ、無力感に苛まれてしまうから。

 

 しばらくの間、天に炎が昇り続けた。

 

 呪われた獣の毒に侵された人々の魂が、次の人生ではより良いものになることを願ってやまない。

 

(女神よどうか、彼らの魂に安息を)

 

 パメラとラウラも祈りをささげている。

 

 女神の使途であるラウラは、片膝をついて女神への祈りを。

 

 パメラは目をつぶり黙祷をささげている。

 

 村人たちに罪はないが、獣の眷属になってしまった以上は生かしておくことはできない。

 

 我ながら無常であり、人の道から外れていると思うが、それをするのが狩人の務め。

 

「風よ、我が声に答え、風の道を閉ざさん」

 

 風の精霊に働きかけ炎と風を弱める。

 

「水よ、我が願いを聞き届け、恵の雨をここに」

 

 パメラの呪文と共に、水の精霊の力を込めた弾丸を空へと放つ。

 

 村を覆うように、一時的に雨が降り始める。

 

 霧雨程度のそれが、徐々に雨粒を増して、豪雨となって残り火を消化してゆく。

 

 雨雲が貼れ、炭となった村に唯一残った建造物が女神神殿であった。

 

 転生者(そして転生の獣)は、曲がりなりにも女神のかごを持つゆえに、女神神殿は彼らを守る砦として機能する。

 

 だが、高熱と急速な冷却により、石造りの神殿にはひびが入りつつある。

 

 内部の獣を含めた4人を守り抜くことはできても、神殿自体を守り抜くほどの加護はもうないらしい。

 

 強い一撃があれば、神殿自体を打ち崩すことができる。

 

「私がやります」

 

 爆発弾頭付きの矢をつがえ、ラウラが静かな口調で言った。

 

 女神神殿所属の使途として、最後は自らがという事か。

 

(信仰のない神殿はないも同じ、か)

 

 真剣な表情で矢を引き絞るラウラを見つつ、ふと思うところがあった。

 

(獣のいない世の中では私たち狩人も同じようなものか)

 

 そう考えた瞬間、びょうという音と共に矢が飛んだ。

 

 神殿入り口で信徒たちを出迎える女神の彫像に当たり、爆発する。

 

 女神の祝福で強化された爆発矢は、弱った神殿に確実に止めを刺した。

 

 その崩れようは、まるで獣の巣になるくらいならば自死を選ぶといわんばかりだ。

 

 小高い丘だからこそ、その崩れようははっきりと見えた。

 

 そして、その中から醜悪な肉塊が顔を出した。

 

「うげっ」

 

「はぁ…………」

 

「…………」

 

 ラウラがとうとううめき声をあげ、パメラはその肉塊を吐き捨てるように見つめ、私は見慣れきっているために、二人のような初々しい反応はできない。

 

 獣の頭頂部が、まるで新芽が芽吹くように顔をのぞかせる。

 

 巨大な脳が、そこにあった。

 

 巨大な脳の直径は、統一規格で30メートルほどはあろうか。

 

 頂点には大きな目玉が四方を見渡しており、脳自体から数本の触手が伸びている。

 

 巨大な脳を支えるのは、太く巨大な神経の束で、大人三人が手を繋ぎ、輪を作れる程度には太い。

 

 足は無数の節に変形しており、移動手段としての機能を喪失する代わりに、非常にアンバランスな肉体を力強く支えている。

 

 胴体と神経がほとんど同化しているが、よく見れば枯れ枝のような腕が付いているのが見て取れる。

 

 それだけが、眼前の化け物が「元人間」だったことを証明していた。

 

「恐らく、あの触手のどれかに4人がつながれているとみて間違いはない」

 

 務めて事務的に、告げる。

 

 これから行う事は、私には事務的な事だ。

 

「何度見ても気持ちが悪いわ…………」

 

「悪夢の具現ですか、あれ…………」

 

 この2人の初々しさは、うらやましく思う。

 

 さて、私たちと肉茸の距離はおおよそ180メートル程度離れている。

 

 それでも、全貌がわかる程度には成長している。

 

 とはいえ、それも想定の範囲内。

 

 腕でつぶすとして、4人の冒険者たち…………否、3人の若者を救わなければならない。

 

「ここまで成長している以上、郵便屋は助けることができない」

 

「わかった、3人は助けられるのね?」

 

「ええ、3人は何とか間に合います」

 

「聞いたわね、ラウラ行くわよ…………レオニール、必ず仕留めてよね」

 

「でも、どうやって仕留めるん「銀の腕が必ず殺すわ」はい…………先生、お先に失礼します」

 

「ああ、よろしく」

 

 レオニールと呼んだパメラの声が、少し震えている。

 

(まだまだ泣き虫だなあ)

 

 恐らく、ラウラの手前涙を流すことを我慢しているのだろう。

 

 まあ、声が震えている以上ラウラも感づいているか…………余裕がないか。

 

 感受性の高いことがパメラの長所で欠点のため、普段は楽天家でぶっきらぼうな口調ですごす方がいいとアドバイスをしている。

 

 だが、根が優しい彼女はこういう時に素が出てしまう。

 

 がれきとなった村へと駆けてゆく二人を見送りつつ、腕を準備する。

 

「さあ、銀の腕の威力をご覧あれ」

 

 獣に言う。

 

 この距離ならば私の声など聞こえないだろう。

 

 それでも、気味が悪い単眼がぎょろりと私を見据えた。

 

 マスクの下で笑いながら、私は右手の手袋を外す。

 

 その下から現れるのは、銀色に輝く義手。

 

 手首を外側に向けて捻る。

 

 金属同士がかみ合う音と共に、銀の腕が変形し始める。

 

 右腕の親指を中心として、4本の指が円柱状になり膝の高さまで伸びる。

 

 質量が増大し、右手首から上が完全に長剣と言っていい長さに変化する。

 

 私の右肩から『魔力炎』が吹き上がり、右手首を這ってゆく。

 

 飴細工のように右手首の長剣が歪み、鞭のようにしなやかに変化した。

 

『鞭剣(ウィップブレード)』と呼ばれる、しなやかな剣。

 

 巻きつけて切り裂くということに特化した、対獣用の武器の一つ。

 

「風すさび給う、風道よ我が足下に」

 

 呪文を唱え、それは精霊により私の足元から伸びる一本の風の道を作り出す。

 

「体勢を低く、獲物にとびかかる肉食獣のように」

 

 師から学んだことを再度復唱する。

 

 百年以上たったが、これ以上の師からの助言を私は知らない。

 

 全身を使用して、大地をけり出す。

 

 地をけり一歩、体が風に乗り急加速を始める。

 

 地と風をけり二歩、風力がさらに加わり加速する。

 

 風をけり三歩、私は風と一体となる。

 

 暴風をけり四歩、周囲が白と黒の二色に変わる。

 

 五歩目、獣しか目に入らない。

 

 鞭剣が、肉茸の脳と体をつなぐ神経の束に巻き付いたかすかな感触が、右肩から全身に伝わるのがわかった。

 

 遠心力を利用して、長く伸びる鞭剣が獣に巻き付く。

 

『GURURURURURURU!?』

 

 今になり、うめき声のような鳴き声を上げるが遅い。

 

 白熱を秘めた鞭剣は、脳に、神経束に、巻き付き焼け付きそして。

 

 ぶつん、という肉を焼き断つ感触を最後に、転生者の獣は細切れになった。

 

 同時に、時間が遅くなったかのように周囲の色彩が戻る。

 

 風の精霊が私を地面に、まるで何事もないかのように下ろしてくれた。

 

「ごほっ、ごほっ、ごほっ」

 

 せき込みつつ、右手首を内側に捻る。

 

 鞭剣に変化していた右腕が、まるで巻き戻るかのように右腕に変形した。

 

「ごほっ、無理ができん体になりつつあるか?」

 

 年齢を感じて、少し悲しくなる。

 

 狩人の肉体等は女神の正式な加護で一般的な人間よりも極端に強いし永遠に若いが、時としてこのような場合に自分の生きてきた年数を実感することがある。

 

 肉体の破片が落ちてくる嫌な音を聞きつつ、自分の生きてきた、戦ってきた年数をふと思い返しそうになる。

 

 だが、まだだ。

 

 まだ終わりではない。

 

「獣よ、君に罪あらず、されど世界の敵なれば、我ら狩人の手により屠らん」

 

 女神の真言を唱える。

 

 この内容に、いまだに納得のいかないときがあるが、効き目は抜群である。

 

 獣の死体が白い炎を上げて燃え上がり、灰すら残さず燃え尽きる。

 

 ここに、肉茸の獣は消滅した。

 

「さて…………」

 

 ここからが、本当に肉茸の処理に困るところだ。

 

 散弾銃の発砲音が聞こえ、其の方向に顔を向けると、パメラとラウラが一人の元人間と戦っているのが見える。

 

 恐らく、元冒険者だろう。

 

 急いで近づいてみれば、考えが正しいことが立証された。

 

 郵便局員の黒い服は、布切れのようになって体に巻き付いている。

 

「GOAああああAAAああAっ!」

 

「落ち着いてくださいッ! 貴方を助けに来たんです!」

 

「無駄よラウラ、離れなっ!」

 

 やはり、肉茸の獣は自分のスペアを用意していたようだ。

 

 元冒険者の体は、見る見るうちに変化してゆく。

 

 我々の眼前で、脳が頭骨を突き破り、腕が泡立つように膨れ、足が太く平たい形に変化していった。

 

 まるで、昆虫に寄生する冬虫夏草のようだ。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ⁉」

 

 ラウラがその光景を見て悲鳴を上げた。

 

 パメラの後ろに下がり、弓に矢をつがえる。

 

 獣の種子はあざ笑うかのような笑い声をあげながら、パメラとラウラの後ろに横たわっている冒険者たちに一歩近寄る。

 

 足取りは遅い、しかし、もしも冒険者たちにたどり着いたら最後、自分の更なるスペアを彼らの体に改めて植え付けるのは想像に難くない。

 

「ラウラ」

 

「へ、ははいっ」

 

「化け物、切れるかい?」

 

「えっ」

 

 これこそが、本当の試験のようなものだ。

 

 狩人になるということは、今回のような事態に何度も遭遇するという事だ。

 

「もう、彼は人間ではない、切り殺せるかね?」

 

「…………」

 

「切れないようならアタシがやろうか?」

 

 パメラ、君のやさしさは今必要ないんだよ。

 

 目でそういえば、彼女は不満そうに顔をそむける。

 

「ふぅ…………はぁ…………やります」

 

「いいだろう」

 

 ラウラが腰に帯びていた剣を抜く。

 

「GUUHAHAHAHAHAHAHA」

 

 低いうなり声とも笑い声とも取れない声を発しながら、元冒険者はスペアを増やす為に歩く。

 

 もう、そこに彼の意思は存在しない。

 

 肉茸の種子は、本体が死ぬと、劣化した種子で何とか生き残ろうとする。

 

 ここで殺さなくては、増える。

 

 獣の瘴気がないいま、ラウラはマスクを外している。

 

 だからか、彼女の真剣な表情がくっきりとわかる。

 

 端正な顔を、苦み蟲をかみつぶしたような顔に歪め、それでも目はしっかりと前を、獣を見つめている。

 

 腰の剣を、抜いた。

 

「すうぅぅぅぅ、はあぁぁぁぁ…………しやぁっ!」

 

 息を思いっきり吸い込み、気合一閃で相手の首を切り飛ばす。

 

「GU────―」

 

 首が落ちる重い落下音と共に、獣の種子はよろよろと2歩、3歩と歩きどうっという音と共に倒れて動かなくなった。

 

 彼の死をエドに知らせるのは気が引けるが、それも併せて、狩りが終わったといえるのだ。

 

 冒険者三人は、種子を植え付けられていなかったが、獣の瘴気を全身に浴びている。

 

 とはいえ、ゴルドリバの神殿で見てもらえば数日のうちに回復するだろう。

 

 ラウラは、肩で息をしつつ自分が今切り捨てたモノを見つめている。

 

 人を殺したという思いと、これは獣だという思いが内心でせめぎ合っているのだろう。

 

 狩人の通過儀礼ともいえる葛藤、自分が抱いたのはいつだったか。

 

「…………ラウラ」

 

「なん…………でしょうか?」

 

「この村と、犠牲になった彼に祈りをささげてくれないか」

 

 私の提案に、ラウラは目をしばたかせると、頭をこくりと下げた。

 

 獣に祈りはいらないが、その犠牲となった人々は別だ。

 

 彼らへの祈りをささげることは、同時にラウラの心を少しでも軽くできるだろう。

 

「ありがとう…………ございます」

 

 彼女は私に背を向け、よろよろとした足取りで片膝をつき、祈りのお言葉を唱え始める。

 

 それを聞きながら、私に小声でパメラが話しかけてきた。

 

「こんなことをしても、何の解決にもならないわよ?」

 

「それでもいいじゃないか…………たとえ時間が解決するにしてもね」

 

「残酷過ぎないかしら」

 

「これも教育だと思ってください…………貴女の時もそうだったでしょう」

 

「まあねぇ」

 

 焼け残りのないこの村跡に、ラウラのか細い祈りの言葉のみが響き渡るのだった。

 

 




感想、コメントなど、お待ちしております。

※4月14日全体を編集
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。