銀の腕のレオニール   作:グレート・G

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銀の腕のレオニール、第二話目です。


銀の腕のレオニール

 第二章 蝸牛の獣、その普遍的な悲劇

 

 

 

 エドたちに3人の冒険者を引き渡したのち、元冒険者の訃報伝達とそれに伴う簡単な葬儀に出席をした後の事だ。

 

 私は新弟子のラウラを伴い、私の住居である「レスター荘」への帰路に就くことになる。

 

 パメラは、ギルドを通しての獣の種子確認依頼の為に、あの町にしばらく滞在するという。

 

 一緒に街を見て回れなかったのは残念だと言ったら、彼女は笑っていた。

 

 どうやら、いつもはそんな事を言わない私の言うことが、ツボに入ったらしい。

 

 腹の筋肉がつるまで笑い転げていた。

 

 ラウラを弟子にとって少し感傷的になっていたのだろう。

 

 それが、言葉として出てきたらしかった。

 

 

 

「大丈夫、アンタが思っているほどラウラは弱くないわよ」

 

「そうかね、そうだといいんだが…………」

 

「女は決して弱くはないよ、覚えておきなさいな」

 

「…………ふ、そうだな、覚えておくとしよう」

 

 

 

 自信満々のパメラの言葉は、師である私すらも時に元気づけてくれる。

 

 そういう意味では、私よりパメラの方がラウラの師には適任かもしれない。

 

 

 

「先生、列車が出てしまいますよ!」

 

「ああ、すぐに行く! では、また」

 

「ええ、またね」

 

 

 

 駅のホームでお互いに手を振って別れる。

 

 長い狩人としての人生、この程度の別れは一瞬である。

 

 何年かかるか、何カ月かかるか、数日で済むかはわからない。

 

 でも、時間だけは我々には豊富にあるのだ。

 

 

 

「先生、これから向かうのはどちらでしょうか」

 

「む?」

 

 

 

 席へと向かう途中で、ラウラが不思議そうに聞いてくる。

 

 これからどこに向かうのか、とはおかしい事を聞くものだ。

 

 

 

「私たちの活動拠点である《レスター館》へ向かいます」

 

「え、山野で流浪の生活をしつつ修行するのでは?」

 

「いつの時代の話をしているんですか君は…………」

 

 

 

 赤面しつつ下を向くラウラに、私はやれやれとかぶりを振る。

 

 確かに、古い狩人の一派には、山野にて流浪の生活を送りつつ修行もおこなう一派が確かに存在していた。

 

 していたが、だいぶ昔にその一派は解散している。

 

 恐らく、女神神殿の狩人に関する蔵書を読んで勝手に想像を膨らませていたのだろう。

 

 だが、今の狩人は1つないし2つの拠点を構えている方が圧倒的に多い。

 

 中にはキャラバン隊を組んで巡回する奴らもいるが、何分効率が悪い。

 

 拠点と地域を決めて狩るのが、今の狩人の一般的な狩猟スタイルである。

 

 無論、同じところに留まり続けるわけではなく、10年を区切りとして別の拠点や地域に移動するという方が正しいが。

 

 

 

「さて、今回の狩りでは君には元々持っていた槍錫杖以外あり合わせで獣との戦いに臨ませてしまった」

 

「え? 確かにそうですが、皆様大体初めはそうなのではないでしょうか?」

 

「いえ、昔はそうだったのですが、今は自分に合わせた武装をするのが常識です」

 

「ということは、レスター館に向かうのは」

 

「はい、君の武装を制作したりすることになるでしょうね」

 

「レスター館についてからが、私の狩人としての第一歩ですね!」

 

「うーむ、本当は基礎から君に教えるべきなのですけれど」

 

 

 

 目を輝かせながら、頬を上気させる彼女を見つつ苦笑い。

 

 彼女がある程度の実績のある狩人であるため、どこから始めていいか判断が付きづらい。

 

 

 

(私のころとは本当に変わったなあ)

 

 

 

 内心、自分が初めて狩人になった時を思い出す。

 

 はて、こんなに純粋に物事に取り組んでいた子だったかな? 

 

 切符を手に、自分たちの席を見つけると腰掛ける。

 

 ボックス席に2人なので足を伸ばして乗ることができる。

 

 少々行儀が悪いが、今回に限っては許してほしいと女神へ言い訳しつつ、靴を脱いで足を対面の座席に伸ばす。

 

 車両の中にはだれもおらず、誰かが注意することもあるまい。

 

 

 

「先生、さすがに行儀が悪いのでは?」

 

「ラウラ、今日一日は列車に揺られますから眠っておいた方がいいですよ」

 

「狩人ならば眠らなくても大丈夫なのでは?」

 

「確かに、睡眠も食事も必要はありませんが、戦闘効率が落ちます」

 

 

 

 さあ、窮屈に感じるかもしれませんが眠っておきなさい、そういうと。

 

 

 

「うー、あー、女神よわたくしの行為をお許しいただきたく」

 

 

 

 ラウラは口に出して女神へ断りを入れると、私と同じように靴を脱ぎ対面に足をかける。

 

 コートをかけてあげようかとも思ったが、彼女は女神神殿の使途の法衣を着ている為、暖かそうだ。

 

 素直ないい子、という印象がますます強くなる。

 

 数分立つと彼女から寝息が聞こえてくる。

 

 寝入りはかなりいいようだった。

 

 

 

(若い、素直な若さだ)

 

 

 

 青臭いのとは違う、一種の清涼を感じさせてくれる初々しさ。

 

 自分が無くしたのは何時だっただろうか。

 

 エドが手配してくれた帝都行きの一等車は、珍しく人がいない。

 

 傍らの弟子の寝息以外聞こえない客室で、しばらく夕日を眺めていた。

 

 ひと眠りすれば、翌朝には帝都だと思い私も目を閉じた。

 

 ゆっくり眠れたのは、ものの数度もないけれど。

 

 

 

 翌日、帝都についた我々は大混雑の中にいた。

 

 何せ、大帝国の中心地たる帝都であるからして、人々の量はゴルドリバ等比ではない。

 

 まあ20本以上の鉄道が一点に集中する以上仕方のないことだが。

 

 そして、押し寄せる人波は壁となり、弟子を飲み込もうとしている。

 

 

 

「先生⁉ 先生、どこですか、先生!」

 

 

 

 ラウラが人をかき分け、私を探している。

 

 人波に慣れていないからか、ぶつかったり転げそうになったりを繰り返している。

 

 周囲からは生暖かい視線と迷惑がる視線が混在する、独特の視線をもらっているが、必死な彼女は気が付いていない。

 

 ならば、私のとるべき手段は一つしかなかった。

 

 

 

「あ、先生、よかったぁ…………ほへ?」

 

「次回からはこんなことはしませんよ、初めての帝都で迷子も嫌でしょう?」

 

「あ、ありがとうございます…………」

 

 

 

 さすがに、幼子のように手を引かれて歩くのは恥ずかしいのだろう。

 

 彼女の顔が赤くなるのが、レンズ越しにわかる。

 

 仕方あるまい、この駅は本当に迷いやすいのだから。

 

 

 

 前もってゴルドリバより電報を打っていたため、目的の馬車は帝都中央駅南口で待っていた。

 

 無人の2頭立て4輪の馬車であり、紋章として銀色の獅子が扉に付けられた黒塗り馬車だ。

 

 引いているのは軍馬であり、黒々とした筋肉からもうもうと湯気が立ち上っているように見える。

 

「旦那様、お迎えに上がりました」

 

 鈴の音のような声が聞こえると、御者台にいつの間にか少女と見間違う女性が一人。

 

 随分丈の短いメイド服を着用しているが、背中にある薄い薄桃色の羽で

 

 彼女が妖精族(フェアリアン)だということがわかる。

 

 

 

「旦那様、お弟子さん、こちらですよさあ、荷物を上げてくださいまし」

 

 

 

 はきはきとした口調で私の荷物を取り上げると、荷台へ乗せる。

 

 ラウラの持つ荷物(ゴルドリバで見繕ったもの)を取り上げ同様に。

 

 

 

「ありがとうサクラさん…………いつも時間きっちりでよい仕事をしてくれる」

 

「ほほほ、皇国出身の妖精たるもの、この程度のことは造作もありませんわ」

 

 

 

 薄桃色(彼女の故郷で桜色というらしい)の髪をふわりとなびかせて、彼女は鈴のような声で笑った。

 

 

 

「すごくバネのきいた馬車ですね」

 

「ええ、国立工場の最新型モデルですもの」

 

 

 

 御者台で鞭を振るう傍ら、ラウラの話し相手になっているサクラ。

 

 

 

(ラウラはすごいな、妖精族にも物怖じしないとは)

 

 

 

 私が妖精族と初めて出会ったときは、驚きのあまり叫んだような気がする。

 

 二人の様子を観察しつつ、私は馬車の揺れと陽光の力に抗うことなく、瞼を閉じた。

 

 

 

「旦那様、おきてくださいまし、到着いたしましたよ」

 

「ああ、失礼、実に気持ちのいい気分だったのでついね」

 

「お上手ですこと」

 

 

 

 帝都中央駅南口から快速の馬車で2時間程度だろうか。

 

 そこに私と仲間たちが当分の間拠点として使用している『レスター館』がある。

 

 そこは、ゴルドリバのギルドマスター、エドワード・エスターの祖父であるアレハンドロ・エスターが私に売ってくれた物件だった。

 

 当時の価格で250ゴドという、今では考えられない安さで販売してくれた。

 

 今は、土地の価格が上がってこのレスター館は最低でも40倍の高値になるそうだ。

 

 元々小領主の館として建築されたそれは、石垣で周囲を囲まれており、鉄の門は両開き式の大きなもので、建物はL字をした3階建てだ。

 

 周囲には空堀が存在し、石垣の角は円形になっている。

 

 これは、この館が小領主の館としてだけではなく位の高い人物を招くことも視野に入れていたことを表している。

 

 屋敷の庭には、クルミやベリー等の食用植物が植えられており、一時的な籠城にも耐えられるようになっている。

 

 馬車を降りると、踏み固められた参道を歩く。

 

 サクラの調教した2頭の軍馬は自分から厩へ向かっている。

 

 厩の管理をしている馬尾人(ホースマン)も、愛情深くあの馬たちと接しているからかもしれない。

 

 ドワーフ族の美しい彫金が施されたドアノブに手をかけて開ける。

 

 すると、中から少しばかりの冷気と土の香りが漂ってきた。

 

 

 

「ラウラ、先輩がいるようだよ」

 

「わぁ、そうなんですか」

 

 

 

 無邪気に喜ぶラウラ。

 

 そんな彼女を横目に、シャンデリアの吊るされたロビーに足を踏み入れると、冷気がどんどんと強くなり始め、

 

 室内のはずなのに強力な吹雪が暴れ回り室内の調度品がことごとく砕け散っていく。

 

 

 

『ここは入れば二度と出られぬ魔人の屋敷、そこに押し入るは勇者かされとも大馬鹿か?』

 

「ひょわあああああっ⁉」

 

 

 

 低い地鳴りのような声が空間に響き渡り、それに驚いたラウラがとうとう奇声を上げながら私の腰に抱き着いた。

 

 より冷気が冷ややかになった気がするが、そこは置いておく。

 

 

 

「ジルヴェール、麗人ジルヴェール、きみの妹弟子に対してこれはあんまりではないかな」

 

「おや、弟子だったのかい…………全く心配をかけさせて」

 

 

 

 指を鳴らす音と共に、冷気が晴れて、部屋の中にぬくもりが戻ってきた。

 

 調度品の類は一切壊れておらず、今までのことが眼前に座る女性の幻術であったことがわかる。

 

 その問題の術師は、ロビーに備え付けてある来客用のテーブルでのんきに足を組みつつ紅茶を飲んでいる。

 

 年齢は20歳程度、美しい銀色の髪を肩までの長さで切りそろえており、銀糸のような眉も左右対称に整い、両目はルビーとサファイアを埋め込んだように美しい。

 

 人より白い肌は、まるで白磁器のように滑らかだ。

 

 外見は男装をしているが、しっかりと主張しているふくらみが、彼女が男装の麗人であることを示していた。

 

 彼女の名は『幻惑のジルヴェール』もしくは『冷たい森のジルヴェール』といい、私の77番目の弟子にあたる。

 

 二つ名の幻惑は彼女が幻術を得意としているからであり、冷たい森とは彼女の出身地が北方のエルフィアン集落出身であることからきている。

 

 さっぱりとした外見は、どこか貴族の4女あたりを彷彿とさせる。

 

 しかし、その実態は獣を絶対に殺すことを信条とする根っからの『狩人』である。

 

 

 

「おうおう、これは可愛らしいお弟子殿を引き連れてこられましたな!」

 

「ああ、うるさいのが来た…………」

 

 

 

 ジルヴェールはそういうと、その美しい顔を少しゆがめた。

 

 雷のごとく轟く大声は男性のそれであり、ロビーの先にある研究室として使われている部屋の中から聞こえてくる。

 

「やあダンタリオン、君も、来ていたのかい!」

 

 扉越しに聞こえるように、私も大声で叫ぶ。

 

 ダンタリオンの性格などは非常に優れているのだが、この大声こそが玉に瑕なのだ。

 

「いやいや、大声を出さなくて結構ですぞ、今そちらに向かいますゆえ」

 

 ズシズシという地を踏みしめる音と共に、奥の部屋から現れたのは、2メートル以上の長身で白衣を纏った「ウルク族」の青年だ。

 

 スキンヘッドという、彼ら特有の頭髪をそり上げた頭は鈍色に光輝いている。

 

 大鷲のくちばしのように曲がった高い鼻を持ち、眉毛は色の濃い赤毛だ。

 

 その目は戦士としての凄みを感じる鋭さを持っており、右目にかけているモノクルと相まって正装であればどこかの国の軍の大将を思わせる貫禄がある。

 

 ただ、今の彼は筋肉質な全身を、麻で作ったシャツとズボンで覆っており、休日の大学の教授のようだ。

 

「やあお嬢さん、吾輩は『甲鉄のダンタリオン』もしくは『戦士ダンタリオン』とでも呼んでくだされ」

 

「ほぁ⁉ ウルク人の狩人ですか⁉」

 

「左様、見るのは初めてですかな?」

 

「あ、ご、ごめんなさい、その、ウルクの人は話には聞いていたのですが…………」

 

「ガハハ、我々ウルクと女神神殿とは少々反りが合わぬゆえ仕方なしですなぁ」

 

 再度ガハハと豪快に笑うダンタリオン。

 

 それにつられて、申し訳なさそうにしていたラウラの顔にも笑顔が戻った。

 

 彼の名前は『甲鉄のダンタリオン』といい、転生者や転生者の獣を研究するために狩人になったという、変わり種である。

 

 とはいえ、研究の理由は納得できるもので『相手の弱点とはこちら側が強化するべき点にほかなりませんからな』と言っていた。

 

 彼は、私の72番目の弟子で、蛇足ではあるが、帝国大学転生者研究室の室長を務める男でもある。

 

 ウルク人はみな彼のように、座学と実学を重視しており、ラウラ達女神の使途は神学を中心とした学問を重視しているため、主義主張で齟齬が起きやすく、双方の交流というのは驚くほど少なかったりする。

 

「ほら、そこの立ち話をしている皆様、お弟子さんの部屋に案内してあげなければ行けないんですから、退いてくださいまし!」

 

 サクラさんがラウラの荷物を持って来て開口一番そういった。

 

「おっと、失礼サクラさん」

 

「おお、こりゃあ失敬、サクラ殿」

 

「ラウラ、この館においてサクラはとても強いですから、滅多なことでは逆らわない方がいいですよ」

 

「え、あ、はい」

 

「旦那様、何をいけしゃあしゃあと仰っているのですか!」

 

「私はシャワーを浴びてくるから彼女を部屋に案内しておいてくれ」

 

「んもう、自分のお荷物は自分でしまってくださいまし!」

 

「わかっているとも」

 

 サクラさんに頭が上がらないというのはあながち嘘ではない。

 

 3人で顔を見合わせると、部屋に案内されてゆくラウラを見送った。

 

 

 

 皇国においては、風呂桶に湯を張りそれにつかる文化があるという。

 

 シャワーを浴びようとしたら、きっちり私の分の風呂が用意してあった。

 

 サクラさんには本当に頭が下がる。

 

(そういえば、ジルヴェールもダンタリオも部屋着だったな)

 

 湯につかりながら思う。

 

 恐らく、サクラさんに見つかって無理やり休息を取らされたのだろう。

 

 即ちそれは。

 

(今回の獣狩りは中々骨が折れるとみた)

 

 厄介という事だ。

 

 

 

 風呂から上がると、当然の様に下着と麻のシャツとズボンが用意されており、そこには一枚の紙に《少なくとも今日はゆっくり休むこと!》という注意書きが置かれていた。

 

 女神と契約した狩人は、人間が陥るあらゆる事と無縁なのだが、サクラさんには関係がないようだ。

 

 ちなみにラウラは、風呂の入り方がわからないと言うことでサクラさんと一緒にふろに入っている。

 

「さて、君達2人が揃ってレスター館に来ることは珍しいが…………」

 

 獣とそれ以外で何かあったな。

 

 私は断言する。

 

 獣に関して、この二人が後れを取ることは考えられない。

 

 そして、その何かがこの二人をして急を有することなのだろう。

 

「なぜそう思ったのか、理由をお伺いしてもよろしいですかな?」

 

 ダンタリオンが改まって聞いてくる。

 

 弟子の頃から、疑問に思う事は常に質問をしてくる子だ。

 

「根拠は二つある、まずはジルヴェールのティーカップだが口紅の跡がいくつもある。 これは几帳面な君からすると考えられないことだ」

 

「むう」

 

 私の指摘にジルヴェールがカップを見る。

 

 確かにカップのふちに沿って、薄赤色の口紅が残っている。

 

「次にダンタリオン、君だ。 君はもっとわかりやすいぞ、何せ何時も付けているモノクルが指紋でべったりしているじゃないか。 なのにそれを掃除し忘れるということはよほど切羽詰まっているんだろう?」

 

「いやあ…………御見それしました」

 

「ふう、いつまでたっても私たちは先生に頼りっぱなしというわけか」

 

 やれやれとジルヴェールが皮肉気に言うが、それは間違いだ。

 

 力が不足しているときには、周囲を巻き込むのが当たり前だろう。

 

 レースのついた純白のハンカチでカップ周りの口紅をふき取り、ジルヴェールが私に向き直る。

 

「先生、エルフィリアン達のいる黄金松(以下ゴールドパイン)という町を知っていますか?」

 

「ゴールドパイン島最大の港町で、確か人口は20万人程だったかな?」

 

「左様です、その島で少々厄介な出来事が発生しましてな…………その助力をと思いこちらに立ち寄ったのです」

 

 モノクルの指紋をふき取り、ダンタリオは声を潜めつつ言う。

 

 まるで誰にも言いたくない、と考えているようだ。

 

「本当ならばパメラのやつを使おうとも考えていたんだけれど」

 

「彼女はゴルドリバの町に残っているよ」

 

「肝心な時にいないなんて、もう、本当に」

 

 あのインキュバスもどきめ、とジルウェールは皮肉った。

 

 どうやら彼女は相当焦っているようであり、普段と異なり攻撃的だ。

 

 しかし、パメラに用事があったというのはどういう事なのか。

 

「先生、皆さん、すいませんシャワーをいただきました」

 

「ゴールドパインに蝸牛の獣が出現いたしまして」

 

 ラウラが部屋に入ってくるのと、ダンタリオが獣の名前を言うのはほとんど同時だったと思う。

 

 麻の部屋着を着用し、リラックスしている私達と異なり、ラウラは背筋を伸ばしてダンタリオの話を待っている。

 

 ちょっと生真面目すぎやしませんかな、とダンタリオンが目で訴えるが、君も同じようなものだったよと返したら、諦めたように頭をかいた。

 

「さて、物事を説明するには、まずは最初からと言いますからな」

 

 サクラさんの淹れてくれた紅茶を一口飲んで、ダンタリオは話始めた。

 

「吾輩の下に、ゴールドパイン政庁舎より正式な書状が届きました」

 

「それは何日程度前のことかな」

 

「今から3日前です」

 

「その時は、私もゴルドリバのごたごたを片付けていた時のことだ」

 

「ええ、吾輩もゴルドリバの事は聞いておりますゆえ」

 

「そうか、いや、話の腰を追って済まない」

 

「いえいえ、そして吾輩は教授をしつつ狩人をしておりますゆえすぐには出立できませんでした」

 

「何日ぐらい遅れたんだい」

 

「1日です、とはいえ今の時期、学生は休みの期間ゆえ、まあ、役所仕事の弊害ですな」

 

 ただ、とダンタリオは続けた。

 

「書状には《怪物》とは書かれていましたが、獣とは書かれておりませなんだ」

 

「成程、ゴールドパイン側の不手際だね」

 

「その為、吾輩は強力な魔物が現れたと認識し、魔物用装備を持って行ったのです」

 

 しかし、そういいつつダンタリオンは天を仰いだ。

 

「…………それが間違いだった、という事だ」

 

 彼から受け取るように、ジルヴェールが言葉をつなぐ。

 

「ゴールドパインという地名通り、松が主要産業だからね、最初は行政の対処できない魔物退治ということで、レスター館に寄っていた私もダンタリオに声をかけられた」

 

「ふむ、熟練の狩人が2人ならばどんな相手にも立ち回れるだろう」

 

「ああ、私もダンタリオも魔物用とはいえ火属性を付加した武器を持って行った」

 

 ダンタリオはポールアクス、ジルヴェールは銃と蛇腹剣の使い手だ。

 

 相手がジャイアントスラッグ等であれば、ほぼ1日でけりが付いたはずだ。

 

 しかし、相手は魔物などではなく獣だったと。

 

「こちらをご覧くだされ」

 

 研究室に引っ込んだダンタリオが、ガラス製の大型シャーレを持って戻ってきた。

 

 そこには、拳銃と思わしきものがあった。

 

「溶けてる…………」

 

 思わずラウラがこぼした言葉、その端々に恐怖の感情があった。

 

「吾輩の愛銃である帝国製中折れ式拳銃の名残です」

 

「成程、蝸牛の獣に間違いないな」

 

「先生は溶け方で分かるんですか?」

 

「ああ、普通のジャイアントスラッグが出す溶解液では、木製グリップを溶かすのが精いっぱいだが、これは金属部分も腐食してしまっている…………獣の溶解液でなければできないよ」

 

「そのぅ、人間が浴びたらどうなるんですか?」

 

「溶けるよ、跡形もなくね」

 

「うげっ」

 

 ラウラの恐る恐るといった疑問をジルヴェールが一刀両断した。

 

 ラウラの顔が真っ青になる。

 

 自分の顔が溶けるとでも想像したのだろうか? 

 

 経験の浅いラウラには、まだ早すぎるのだろうか? 

 

「…………ただ、現地はもっと大変なんだ」

 

 ジルヴェールは言う。

 

「変とは?」

 

「こればかりは一緒に来てもらって、見てもらった方がいいかな」

 

 ジルヴェールいうと、顔色の戻らないラウラに視線を向ける。

 

「パメラの代わり、頼めるかい?」

 

「私にできることであれば」

 

 今までの話を聞き、それでもラウラはしっかりと答えた。

 

 だが、しかし。

 

「ラウラの装備を整えねばならない以上、すぐに出立とはいかない」

 

 そもそもレスター館に戻ってきたのは、ラウラの装備を狩人としてふさわしい装備に変更するためだ。

 

 ゴルドリバの町で適当に見繕った装備では転生者の獣に勝てる見込みはなく、動きにくい神官服では、動きの速い転生者の獣を捕らえられない。

 

 そう伝えると、ラウラはあっという表情を浮かべた。

 

 どうやら本気で適当な装備で獣と戦おうとしていたようだ。

 

 

 

 レスター館の地下には、ゴブリアンの仕立屋がいる。

 

 彼もまた狩人であり、同時に私の友人でもある。

 

「オウ、野良助、若いねーちゃんの服をしたてりゃあいいのか?」

 

「ああ鍵鼻、せいぜい着られるものを仕上げてくれよ?」

 

「へっ、野良助風情がほざきやがらぁ」

 

「…………」

 

 ラウラがぱちぱちと目をしばたかせている。

 

 神殿育ちの彼女からすれば、こんな悪罵の投げ合いじみた会話など聞いたことがないのではないだろうか。

 

 ただ、人種によっては悪罵の投げ合いが信頼の証、という人種も少なからずいるため、こればかりは座学で教えなければいけない。

 

 やることが少し増えたなあ。

 

「さて、お嬢さん…………狩人用の服を作るということでよろしいかな?」

 

「え、あ、はい」

 

 いきなり口調の変わった仕立屋に驚いているラウラ。

 

 そんな彼女を後目に、彼は羽毛を扱うように慎重に彼女の寸法を測り始める。

 

「では、よろしく」

 

「おう、任されたぜ」

 

「レオニール先生、私はどうしたら…………」

 

「大丈夫、口は悪いが世界一の仕立屋だよ」

 

「はっ、どの口が言いやがるってんだ」

 

 そう言いつつ、彼の口角がニヤリと上がった。

 

 ラウラを預け、私は遠征の準備をするためにドアノブに手をかけた。

 

「それでは、今晩にでも」

 

「おう…………それじゃあお嬢さん、少々巻きで行くがよろしいか」

 

「えっ、へっ、ま、巻き?」

 

 何を言っているのかわからないという風なラウラを残し、私は武器の確認と調整の為に外にある小屋へと向かう。

 

 すると、ダンタリオンとジルヴェールもすでに来ていた。

 

 館の陰にあるその小屋は、地上と地下の二階建てだ。

 

 そこには、ホースマンの男が武器工房を構えている。

 

「皆様、対獣用の武器・銃器をそろえてありますよ」

 

 年季の入った声をしているが、私よりずっと若い彼は、ケンタウル人から分派した人種だ。

 

 より人間に近い外見をしており、頭のてっぺんあたりから生えている馬の耳以外はほとんど人間と変わらない。

 

 茶髪に少し白い髪の混じった彼は、狩人専門の武器職人であり、同時に狩人でもある。

 

 そんな彼は、地下工房で我々の為に武器を仕上げてくれる。

 

「まず、ダンタリオ様」

 

「うむ、吾輩の依頼通りになっているかね?」

 

「はい、50口径・単発式・中折れ大型ハンドガン・対大型獣用徹甲榴弾使用、全て兼ね備えております」

 

「使用弾薬はどうだね?」

 

「13×50となっています」

 

「うむ、素晴らしい出来だよマスター」

 

「ありがとうございます、ダンタリオ様」

 

 歩兵用ライフルを切り詰めたような、そんな大型のハンドガンも彼の手の内では普通のハンドガンに見えるから不思議だ。

 

 彼の手の内には、単純で堅牢な造りの『銃』がある。

 

「次に、ジルヴェール様」

 

「うん、私の依頼通りにできたかい? 少々無理を言った気がするんだけど」

 

「いえいえ滅相もない、こちらも楽しんで仕事をさせていただきました」

 

 そう言いつつ、彼は壁に立てかけてあるケースの中から一つを選び、持ってきた。

 

 ケースを開くと、そこには箱型弾倉の、自動式拳銃が入っていた。

 

 帝国陸軍の準正式拳銃であるシュネルフォイアー96とよく似ている。

 

「この子の使用弾丸は?」

 

「8×26口径弾を使用し、30発全弾頭に魔力を充足させられるように銃の作動機構にミスリルを使用しております」

 

「連射性能はどのくらいかな?」

 

「自動連射で毎分360発は可能です」

 

「…………依頼を出してなんだけど、仕事でき過ぎじゃないかい?」

 

「これが私の狩人としての仕事ですから、手を抜くなどとんでもないことです」

 

「はは、素晴らしいよガンスミス」

 

 彼女の言葉に頭を下げた彼は、私に向きなおる。

 

「それでは…………まずはレオニール様の方からまいりましょう」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「45口径、10ミリ炸裂弾使用、六連発のリボルバー、銃身は7・5cm」

 

「うん、戦闘に耐えうる十分な強度かい?」

 

「凡そ10時間の連続射撃に耐えうる堅牢なオリハルコン製です」

 

 そういうと、彼は棚から一丁の拳銃を取り出した。

 

 黒く鈍色に輝くそれは、加工したオリハルコンの色だ。

 

「いつもありがとう」

 

「そのお言葉で十分です…………そして、こちらが新しい弟子の方用のコンパウンドボウになります」

 

 長いケースを奥の棚から持ってきた彼は、そのケースを開けて私達に中身を見せてくれた。

 

 素体となる弓に、恐らくミスリルの歯車等を組み合わせて作られた射撃機構は、詳しくない私でも十分な威力を持つと実感させてくれる。

 

「ほう、これは業物ですな」

 

 ダンタリオも感嘆の声を上げた、武の一族ゆえに私より良くわかるのだろう。

 

「へえ、あの娘女神の使途かい?」

 

 ジルヴェールは、ラウラの出自が弓から女神の使途であると推察したようだ。

 

「ああ、だから重火器は使えないんだ」

 

「はい、ですから一般的なライフルより強力な矢を射ることが可能です」

 

 彼はそういうと、矢筒を持って来て、専用の矢を見せてくれた。

 

 否、これは矢というより槍先と言った方がいいのではないだろうか? 

 

「槍の穂先ではないんだよな?」

 

 念のために聞いたら、彼は事も無げに言う。

 

「通常の矢では獣の肉を貫けません、このくらいの矢でなければ」

 

「よう野良助、仕事が終わったぜ」

 

「速いな、夕日もまだ沈んでいないだろう」

 

 地下工房から出て、すぐに仕立屋が待っていた。

 

「元がいいんでな、真剣にやればこのくらいでできらぁ」

 

「ありがとうよ、鍵鼻」

 

「へん、俺の腕にかかりゃあこれくらい朝飯前だ」

 

 ゴブリアンの仕立屋がそういうと、その後ろからラウラがやってきた。

 

 服飾についてはあまり明るくない私でも、これはいいと思えるような代物だ。

 

 白いシャツとパンツにはミスリル銀糸が使用されているようで、光沢を放つも動きを邪魔しないようになっている。

 

 ベルトは黒い革製で、バックルはないが無骨で頑丈な造りになっている。

 

 ブーツは黒い竜革を使用しており、頑丈かつ軽量な物となっている。

 

 その上から、恐らく竜の皮をなめしたコートを着ている。

 

 このコートは、そこら辺の金属鎧以上の防御能力がある。

 

 ただ、全体的に私に似ているのはどうなのか。

 

「その、なぜ私の装備に全体的に似せているんだい?」

 

「恰好だけでも先生の技術を盗もうと思いまして」

 

「いや野良助、きっちりしているぜこの嬢ちゃん」

 

 仕立屋も少々呆れたように言う。

 

「一言目には『先生と同じような恰好にしてください』だからなあ…………おめえ何をしたんだよ?」

 

「さぁ…………?」

 

 私は普通に獣を狩り殺しただけなんだが…………。

 

 年ごろの子供というのは、実に難解であると頭をひねる。

 

 そういえば、私の弟子たちはロングコートの比率が多いような気がする。

 

 考えても正解は出ず、仕立屋と顔を見合わせて首をひねる。

 

「レオニール、何を面白いことをしているのさ」

 

 笑いをかみ殺してジルヴェールが言う。

 

「それじゃあ、俺はいくぜ野良助」

 

「ああ、ありがとうな鍵っ鼻」

 

「へん、ヘマするなよ…………ジルヴェールお嬢も気ぃ付けなさいや」

 

「ああ、ありがとう仕立屋君」

 

 仕立屋は振り返ることもなくひらひらと手を振ると、地下の根城に戻っていった。

 

「んで、何を話していたのさ?」

 

「いや、若い子は難しいという話さ」

 

「変なレオニールだ」

 

「そういえば伝え忘れていたんだけど」

 

「うん、何をかね、ジルヴェール」

 

「サクラさんが【今夜の飛行艇の席が取れました】だってさ」

 

「本当に仕事が速いな、彼女は」

 

「見習うべきところだねぇ」

 

 くすりと笑うジルヴェールだが、もし見習ってしまったら、獣も大量に高頻度に発生してしまうのではないかと思う。

 

 そうすると、いかに不老不死の狩人であっても、気疲れしてしまう。

 

「仕事の速さはマネできるだろうに…………まぁいいや、早く私達も準備をしようよ」

 

 ジルヴェールの言葉に頷くと、私達は皆自室へと向かった。

 

 夜の便までにやるべきことがある。

 

 それは、自室で休み体の調子を整えること。

 

 そして。

 

「ふむ、この腕もそろそろオーバーホールするべきかな」

 

 自分の腕を整備することだ。

 

 予備の腕を付けて、先日の肉茸との闘いで消耗した腕の整備を始める。

 

 簡単な整備及び調整は私個人でもできる。

 

 そして、この調整作業は、私の精神安定も兼ねている。

 

 休む必要のない不滅の肉体(というと語弊があるが)を持てども、精神は疲弊する。

 

 この作業は、疲弊した精神を回復させてくれる大事な作業なのだ。

 

 

 

 夕刻、4頭立ての大馬車が門の前に止まっていた。

 

 荷物と共に我々一同が乗り込んでも、まだ余裕のある大型馬車だ。

 

 思い思いの休み方で休息をとった我々だったが、やはりというか、ラウラはまだ人間が抜けきっていないようで、少し舟をこいでいた。

 

 狩人になって年が浅いという事は分かっているし、2人の元弟子たちも最初はこうだったことを思い出した。

 

 そういえば、なぜ人としての生活を続けるのかと問うた時に、人間らしさを捨てたらそれこそ獣と同じになりますぞ、とダンタリオに真面目に忠告された事も思い出してしまった。

 

 その忠告以来、私も私のできる範囲で人間らしい生活をしようと心がけるようになったのだ。

 

 もっとも、これがなかなか上手くいかないのにはまいった。

 

(人としての生活を捨てて獣を殺すことに躍起になっていた弊害か)

 

 世界から一体でも多くの転生者の獣を殺し減らそうと努力を重ねた。

 

 女神からのオラクルにより、この世界と獣の真実を告げられた時は、狩人を辞めようかとも思った。

 

 それでも、狩人を続けているのはこの道しか知らないからだ。

 

(弟子たちに私のようになってほしくはないなあ)

 

 そんなことを考えていた時、私の方に柔らかい感覚が乗ってきた。

 

 ラウラが眠ったらしい。

 

 ジルヴェールはそんな彼女を愛おしそうに眺め、ダンタリオは口に指をあてて起こさぬようにとジェスチャーをした。

 

 思えば、数日前から本日に至るまで、初めてのこと尽くしで気疲れしたのだろう。

 

 このまま、飛行艇発着場までの2時間を寝かせてやるとしよう。

 

 

 

「ほわぁぁぁ、おっきい…………」

 

「ほら、ラウラボケっとしてないで」

 

「ごめんなさい、ジルヴェールさん」

 

「なんというか、あの二人は姉妹のようですなあ」

 

「実際は親子以上の年齢差なんだがねぇ」

 

 タラップを登っていく二人を、ダンタリオと共に見ている。

 

 我々の前にあるのは、帝都航空の双胴式硬式飛行艇である【黄金の夜明け号】といい、私たちの眠気(この場合ラウラの眠気というべきか)を完全に吹き飛ばしたようだ。

 

 全長244メートル、直径42メートルの飛行部分を連結させ、その下には大型のゴンドラがあり、乗員乗客を150名も乗せることができる。

 

 最高速度も260キロと、かつて使われていた飛竜の3倍以上の速度を出すことができるのだから、時代の進歩には驚くほかない。

 

 もし昼間にきていれば、圧倒的な姿を我々の前に惜しげもなくさらしていたのであろう。

 

「1000馬力の大型エンジンを4基×2とは…………8000馬力という事でいいのかい、ダンタリオン?」

 

「吾輩、航空分野については専門外でして…………」

 

 こまった、ダンタリオンが知らないんじゃあ、私なんかもっとわからない。

 

 そんな中、低い重低音と共にプロペラが回転し始める音が響く。

 

「さあ、我々も行こうか」

 

「ですなあ」

 

「ダンタリオ、君はイビキがうるさい方かね?」

 

「と言いますと?」

 

「客室が取れなかったらしくて、我々全員相部屋なんだ」

 

「では、今夜は寝ずの番といたしましょうか」

 

「話し相手にはなるぜ」

 

「ありがたい」

 

 我々も話しながらタラップを登る、その途中でふと考える。

 

 文明の利器の、頼もしさについてだ。

 

(女神のおかげなんだろうな、こういうのも)

 

 専門的な知識のない私では、女神のおかげくらいにしか考えられない。

 

(勉強してみるか)

 

 狩人の仕事が一区切りついたら、ラウラを一人前に育てたら、その時は「自分の時間」でも取ってみようかと、柄になく思う。

 

「とはいえ、まだまだ先は長いがな」

 

「?」

 

 私のつぶやきが聞こえたのか、ラウラが私を見つつ、大きく伸びをした。

 

 

 

 第二幕・第二章・黄金松の港町(ポートゴールドパイン)

 

 

 

 息を吸い込むと、肺の中に帝都の数十倍奇麗な空気が染み渡る。

 

 煤けた帝都の空気と異なり、土と水のにおいが鼻につく。

 

 耳には潮騒が優しい音で我々一行を歓迎してくれているようだ。

 

 かつて、冒険者が全盛のころ、彼らが炎の武器を作るために。決まってこの町より出荷される黄金の松脂を使用したという。

 

 魔力を帯びた土壌で育つ松の木からとれる松脂は、火と相互関係にあり、剣に練りこめば手堅く火属性の武器が作れると大人気であった。

 

 今は、冒険者の縮小に伴い、産業用松脂としての出荷、松の実や油などを出荷と、この黄金松の町は今なおしぶとく生き残り続けている。

 

 冒険者のいなくなった港町は、少々静かになってはいたが、それに代わって輸出入担当の港湾員達によって、熱気ある働きぶりを示している。

 

「ようこそ、おいで下さいました」

 

 私たちの前で敬礼のポーズをとるのは、エルフィリアの女性だ。

 

 年は人間でいうところの20歳くらいだろうか、豊満な肉体を軍服の下に隠しているのがよくわかる。

 

 現に、胸のあたりが張っており、飾り紐が橋になっている。

 

 ラウラはその橋に目を奪われているようだ。

 

「出迎えありがとう、私はレオニール、君の名前は?」

 

「私は、マグナ・エル・シェリルと申します、シェリルで結構です」

 

「わかりましたシェリルさん、では案内を頼めますでしょうか」

 

「はい、おい馬車をここに!」

 

 シェリルが奥に言うと、曲がり角からすぐに大きな馬車が出てきた。

 

 軍馬の4頭立てで、大柄なダンタリオンが乗り込んでも大丈夫なタイプだ。

 

 御者台にはシェリルと同じ軍服を纏ったエルフィリアンの女性がいて、手綱を握っている。

 

「ではこちらにお乗りください、中で話しましょう」

 

 わざわざ扉を開けてくれるシェリル。

 

 プライドの高いと言われるエルフィリアンがここまで下でに出るのは珍しいことだ。

 

「相当参っているようですね」

 

「ええ、本当に」

 

 馬車に乗り込んで開口一番に、私の言葉にかぶせるように。

 

 先の凛々しい表情ではない、疲れ切った顔でシェリルは口を開いた。

 

「まず皆さんには、かわいそうなマードック族長の話をしなければいけません。そこの二人にはもう話してあるのですが、銀の腕のレオニール、貴方ならば2度目を話すのはやぶさかではない」

 

 それと、と言って彼女はラウラを見た。

 

「彼女は私の弟子であり、女神の使途でありますゆえ口が堅いと約束します」

 

 私はシェリルの眼に疑心の色があることに気が付き、とっさにそう言った。

 

 ラウラもはい、と緊張を含んだ声で同意したので、それならばとシェリルは再度、事の説明を始めた。

 

「まず、私達エルフ…………失礼、エルフィリアンにとって子供というのは文字通り宝なのです。 エルフィリアンは総じて寿命が長く、その分子供が少ない、ゆえに子を授かり育てることは男女問わず一種の大仕事なのです」

 

 一息でそういうと、彼女は深く呼吸をして息を整えた。

 

「そして、その大仕事を授かったのが、私の属するマグナ族の族長であるマグナ・フィン・マードック氏なのです」

 

「成程、族長に子供ができた…………続けてください」

 

「ええ、ありがとうございます…………結果論ではありますが、その子供こそ転生者であったのです」

 

「「…………」」

 

「そんな…………」

 

 ジルヴェールとダンタリオンが口を閉ざし、ラウラはあまりのことに絶句してしまう。

 

 私の正面にいるシェリルの眼には、涙が浮かんでおり今にもこぼれそうだ。

 

 そんな彼女に対して、ハンカチを差し出しながら思う。

 

 大切な我が子が転生者と知った時の、親の心痛は計り知れない。

 

 自身の子供の魂が、生まれる前にすでに別物にすり替わっている、そして何も気が付くことがなく、自分はそれを可愛がる。

 

 生まれながらにして、死んでいる我が子に微笑みかけることの虚しさを知らずに。

 

 そして、ふとしたときに、その事実に直面したら、人はどうなるだろうか。

 

「その後、族長は…………目で見てもらえばはっきりしますが、狂人となり果てました」

 

 私のハンカチで目をふきながら、シェリルは言葉を続ける。

 

「いない娘を探して、日夜街を放浪し続ける狂人として、今は留置場に閉じ込められているのです」

 

 出発前にダンタリオンから聞いた話では、獣は「蝸牛」である可能性が極めて高い。

 

 だが、一応確認を取らなくてはならない。

 

 又聞きではなく、直接聞かなくては。

 

「シェリルさん、答えにくいかもしれないが教えてほしいことがあります」

 

「何でしょうか」

 

「獣は族長の娘という認識でよろしいですか」

 

「ええ、その通りです…………」

 

「その転生者は、生前に何か誇っていることはありましたか?」

 

「誇る…………そういえば、自分の美しさには自信を持っていたとか」

 

「成程…………となると、獣の正体は『蝸牛』で決定でしょう」

 

「カタツムリ、ですか?」

 

「あの、先生、蝸牛と美しさにどう関係があるのでしょうか?」

 

 シェリルから教えてもらった特徴から、獣の正体を推察したとき、ラウラがおずおずと手を挙げて質問をしてきた。

 

 確かに、これだけの情報で断定するのは早いのではないか、そう思うのも無理はない。

 

「なぜ、蝸牛と断定したかというと、転生者が獣になる条件の一つとして『強い執着』が存在している」

 

「執着」

 

「そう、行き過ぎた執着の結果、転生者は力の許容限界を遥かに超えて、獣になってしまうんだ」

 

「力の許容限界とは、いったい何なのでしょうか?」

 

 シェリルは不思議そうに聞く。

 

 ちょうどいい、ラウラ含めて転生者の獣というものを簡単に説明しておこう。

 

「転生者がこの世界に生れ落ちるとき、何らかの異能を持っていることが多いのは知っているね?」

 

「はい、なんでも不思議な力で女神の権能から一部を削り取っていくとか」

 

「そう、ただし、女神の力…………この場合権能というべきその力に、この世界のものではない転生者が耐えられると思うかい?」

 

「きちんとした儀式と手順を踏んで、対価を払い始めて使える力ですよ、無条件に使えるわけがない…………あ、そうか」

 

 ラウラはピンと来たようだが、シェリルはまだいまいち明確にわかってはないようだ。

 

 これは仕方のないことで、狩人とただの人間の明確な差異と言える。

 

 シェリルにもわかりやすく説明するとしよう。

 

「即ち、女神の力の一端を無断で使用する為、肉体や魂にゆがみが生じ、その歪みが最大になったときに「獣」になるのです」

 

「成程、獣の発生メカニズムについては分かりました、しかし、なぜ族長の娘は蝸牛になってしまったのでしょうか?」

 

「それはですね、個人の経験も交じってしまうのですが、何かへの強い執着心が歪んだ形で獣になるようです」

 

「それは…………」

 

 少しあごに手を当てて、考えるシェリル。

 

「心当たりがあるようですね」

 

「ええ、転生者は美容をとにかく極めようとしていました」

 

「それが歪みを生み、結果、醜い蝸牛になったという事でしょう」

 

 敵は、ほぼカタツムリの獣で決まりだろう。

 

 そして、自分と同年代の少女を襲ったのは、同年代の中で自分が一番美しいと思っているからだろう。

 

 敵が蝸牛の場合、私の腕以外にもダンタリオンの長剣やジルヴェールの魔銃も効果的だ。

 

 だが、戦術を練る前にまずは族長に目を通さなくてはならない。

 

 可能性は低いが、救えるかもしれなし…………本音を言えば、転生者に取り入られた場合どうなるかというのを、ラウラに見せなくてはならない。

 

「カタツムリのいる場所は、族長しか知らないのでしたか?」

 

「ええ、自分の娘が転生者と知ったとき、急いでどこかへ連れて行ったらしいです」

 

 彼女は、そこでジワリと涙を浮かべた。

 

「かわいそうなマードック族長、もし、私の娘が転生者だったら…………」

 

 恐らく、ついこぼれた本音だろう。

 

 彼女はこう続けたかったのだろう『転生者であったら耐えられない』と。

 

 口をつぐんだ彼女は無意識だろう、左手薬指に触れた。

 

 そこには、銀に金細工をあしらったシンプルな指輪がある。

 

 彼女は軍人で、同時に誰かの妻であり、将来は母になるのだ。

 

 私は父親になれず、また、もう夫でもない為断言はできない。

 

 しかし、シェリルが将来腹を痛めて子供を産むと考えたとき、そう考えてしまうのは想像に難くない。

 

 女神のおわす天界から魂が降り、腹にいる子供に宿るという考えを持つエルフィリアンとしては当然の反応だ。

 

 夫婦の双方から愛されて子供がこの世に生を受けるのが、この世の道理だ。

 

 決して転生者という邪なモノが割り込んでいいものではない。

 

 馬車の空気が重くなる。

 

 狩人としての決意の沈黙だ。

 

 ラウラですら、この時、蝸牛の獣を自らの手で打ち倒す事を決心したようだ。

 

 その時、御者台から声が聞こえた。

 

「留置場に到着しました」

 

 

 

「私の娘だ、転生者ではない、妻が腹を痛めて産んだ、自慢の娘なんだ!」

 

「これが今の族長の状態です」

 

 エルフィリアンの族長は、留置所の床に寝かせられていた。

 

 否、そうせざる得ない状況だった。

 

 頭には包帯が巻かれているが、大きく血がにじんでおり、壁を見ると頭を打ち付けた際にできたのだろう血痕が生々しく残っている。

 

 両手足は拘束されており、自傷行為が出来ないようになっている。

 

 狂人の一歩手前というべき、目をそむけたくなる有様だった。

 

 全員が息を殺す中、私が一歩族長へ近寄る。

 

 一団を代表し、声をかけなくてはいけない、エルフィリアンが森の力を使って獣を隠している可能性は大きい。

 

 しかし、声をかけたのは失敗だった。

 

「私の娘だ! 卑しい転生者などではない、私は16年間あの子を育ててきたんだ、妻が、あの娘が2歳の時に死んでからずっと、そして今も!」

 

 私の声のする方に、彼は自分の顔を向けたが、左半分が焼けただれたような跡になっている。

 

 元々は精悍な顔つきだったのだろうが、今では右半分の死人めいた顔しか残っておらず、肩まである髪の色は白くなり、見かけよりずっと年老いて見えた。

 

 左耳も溶けたような痕跡があり、もはや彼が元の人格に戻るのは不可能に見えた。

 

 それでも、今の一言で何とか想像することはできる。

 

「失礼、その通りだ、ではこれで」

 

「娘に手を出したら承知しない! お前を必ず殺してやるぞ!」

 

 族長だった男の絶叫が、私たちの後ろから聞こえた。

 

 

 

「さて、今の面会で分かったことがある」

 

 ラウラ、何かわかるかな、私は新弟子にそう問いかけた。

 

 急に話しかけられたことで、ラウラはびくりと肩を震わせた。

 

 その後、唇に手を当てて考え始めた。

 

「ええっと、族長には16歳になる娘がいた、そして、獣になった」

 

「そう、そして獣になった娘に攻撃を受けてあの顔になった」

 

 私達は先ほどと同じく馬車に乗り込むと、ポートゴールドパインに一端戻ることにした。

 

 ポートゴールドパインは港町であり、同時に中心都市であるため、情報が集まると判断したからだ。

 

 それ以外にも、少し気になることがある。

 

 族長の娘は美しさに特に気を使ったというが、ほかに美しい娘はいないものだったのだろうか。

 

「シェリル、君の覚えている範囲でいい、このポートゴールドパインで同年代の少女が不審なケガや死を迎えなかったかい?」

 

「同年代、ですか」

 

「ああ、族長の娘は特に美しさに気を付けていたという…………だが、美しい事の基準は千差万別だ、美しい子は他にもいたはずだ」

 

「確か…………私の管轄範囲で2名の死者と3名のけが人が出ていました」

 

「年齢はどれくらいかね?」

 

「確か…………人間年齢で16歳の…………まさか」

 

「うむ、そのまさかがありえるかもしれない」

 

「何がまさか、なのか教えてくれないかい、先生」

 

 黙って聞いていた仲間たちを代表して、ジルヴェールが口を開く。

 

 これはまだ、予測の範囲ではあるのだが、話しておく必要があるか。

 

「恐らく、転生者は同年代で最も美しくなろうとした、そして、『美しい』と言われる同年代の少女を狙い、わざと攻撃する事もあったのではないか、とね」

 

「…………待ってくれ、じゃあなにかい、被害者の数は」

 

「そう、もしかしたら獣の毒、いや、転生者の淀みによって侵されている相当数がいるかもしれない」

 

「確かに、その、族長の娘への溺愛ぶりは有名でしたから、そのような事を隠ぺいすることも可能でしょう」

 

 私とジルヴェールのやり取りに、シェリルがおずおずと口をはさむ。

 

 恐らく、決まりだ。

 

 何年も歪み淀み続ければ、獣になろうというものだ。

 

「しかし、事はそうなると厄介ですぞ」

 

 ダンタリオンが話始める。

 

 耳のいいシェリルの為に、声を落としているが、それでも彼女は顔をしかめた。

 

「獣を倒しても、獣を倒す前に傷をつけられたら対処は難しいですからなあ」

 

 顎を摩りつつダンタリオンが言う。

 

 言葉の裏には、獣の瘴気を治療する人員が必要と言っている。

 

 しかし、エルフィリアン達は女神神殿とのつながりが薄く、治療が受けづらいのが現状であり、帝国議会でも問題になる程だ。

 

 だが、ここにはその癒しを施せる使徒がいる。

 

「ラウラ、君は獣の毒に侵されている人以外を治療する方法は教えられたかね?」

 

「はい、機材や材料があれば可能です」

 

「よろしい、では二手に分かれよう、ラウラとシェリルは共に被害者の救済に当たってほしい、私とダンタリオンとジルヴェールの3名で獣をしとめる」

 

「はい、先生」

 

「ラウラさん、よろしいんですか?」

 

 シェリルの眼には希望の光があった。

 

「我々エルフィリアンは女神神殿の信徒ではありません、我々は女神神殿の治療を受けづらいのです…………それでも、いいんですか」

 

「大丈夫、任せてください」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 ラウラのあまりに早い回答に、シェリルの方が驚いていた。

 

 かくいう私も、ラウラのこの判断力には驚いている。

 

 ダンタリオンとジルヴェールも同様だ。

 

「女神神殿の門徒だけが救われるなんて、虫のいい話はありません。 人を助けることに門徒も非門徒も関係ありません」

 

「ほう」

 

「へぇ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ダンタリオンもジルヴェールもラウラのことを見直したようであった。

 

 恐らく彼女は、女神神殿の中で多くの人々を見てきたのだろう。

 

 獣に襲われ、なすすべなく死んでゆく人々や、傷つき救いを求める人々を。

 

 だからこそ、この速い判断ができたのだろう。

 

 若く頼もしい決断を目耳にしたその時、馬車の窓からとある光景が飛び込んできた。

 

 主婦の井戸端会議のようであるが、いささか様子がおかしい。

 

 何より、私の直感が何か今回のことと関係があると告げている。

 

「シェリル、すまないが先ほど通り過ぎた井戸端会議の所まで引き返してもらえないか頼んでくれ」

 

「何かありましたか?」

 

「狩人の直感が告げている」

 

「わかりました…………先ほどの所へ引き返してくれ」

 

「はい」

 

 シェリルの言葉に端的に返し、御者は先の井戸端会議をしている主婦たちのもとへ、取ってかえした。

 

 戻ってきた馬車にぎょっとした顔を浮かべる主婦たちが見える。

 

 そんな彼女たちの横に、ぴたりと馬車が横付けされた。

 

 そこから、私が降り立つ。

 

「失礼ですがマドモアゼル、よろしければ何を悩みか教えていただけませんか?」

 

 自然に、紳士的に彼女たちに聞いたのだが、なぜか別の恐れを含んだ目で見られてしまうのは何故だろうか。

 

「先生、其のガスマスクが変だと思います」

 

「えっ」

 

「私達で聞いてくるから、ちょっと待っていてくれ」

 

 ラウラの指摘に私は一瞬言葉を失い、それに呆れたジルヴェールがラウラを伴って主婦たちの輪の中に入って行った。

 

「ダンタリオン、私のマスクはそんなにへんかね」

 

「いやあ、そういう問題ではないと言いますか、うーむ…………」

 

 言葉を濁すダンタリオン、なぜ濁すんだね。

 

「そういえば、皆様があまり指摘なさらないので無視していましたが」

 

 シェリルが言葉を選びながら何か言おうとしている。

 

「実は獣との闘いで負った傷が酷いもので、マスクは外せないのです」

 

「あ…………いえ、すみません興味本位で聞いてしまって」

 

「いえ、仕事柄この格好の方が楽というのもありますので」

 

 ハハハ、と口からは乾いた笑いが漏れる。

 

 その時だった。

 

「先生大変です!」

 

 ラウラが馬車の扉を開けるなり叫んだ。

 

「どうしたんだいラウラ」

 

 その声に、尋常ならざるものを感じた私は、聞いて後悔することになる。

 

「ベリーの群生地に行った子供たちが帰ってこないと!」

 

 なにせ、その口からは、知りたかった情報と知りたくなかった情報が共に舞い込んだのだから。

 

 

 

 子供が二人、ベリーの群生地に向かったこと。

 

 そこは、馬で30分程度の離れたところであること。

 

 そして、ベリーを取りに行って3時間以上が経過している事がわかった。

 

 子供の母親と思われる婦人が泣きながら我が子を心配しているのにはまいった。

 

 3時間も経過しているのであれば、子供たちは死亡している可能性が高い。

 

 二人が五体満足で生きていることは奇跡に近い。

 

 そして、そんな都合のいい奇跡は存在しないことを、私は経験として知っている。

 

 母たる女性も本能的にそれを分かっていると思いたい。

 

 それでもこうして、小さな奇跡にすがってしまうのは。

 

(それだけ娘達を愛しているからだ)

 

 そう考えればこそ、思えばこそ、女神に祈らずにはいられない。

 

(頼みますから、姉妹を生き残らせてあげてください)

 

 女神は時に残酷である、しかし、大変慈悲深い時もある。

 

 慈悲を願うしかなかった。

 

「子供たちが無事ならいいのですが」

 

「何、子供とは時に我々の予想を超えるものです」

 

 だからこそ、心配し過ぎなさるなと、シェリルの心配をダンタリオが払拭しようとしている。

 

 シェリルは、その言葉に少し元気づけられたようだが、それでも戦士として軍人としてのカンが最悪を予想しているのは明らかであった。

 

 ダンタリオンもそれを理解しているからか、それ以上何も言えない。

 

 馬車の中に沈黙が下りる。

 

 ただ、御者が馬に鞭を打つ音だけが鳴り響くのであった

 

 

 

 結果から言えば、姉妹は生きていた。

 

 女神は、一応の慈悲を与えたと言える。

 

 いざ森の中に入らんとした我々の耳に、何かが引きずられる音と共に姉妹が姿を現したのである。

 

 妹がその背中に姉を背負っており、背負われた姉はかろうじて息をしていた。

 

「…………」

 

 全員、口をつぐんだ。

 

 私自身、留置場に行くべきではなかったかと後悔をしたほど、姉の傷はひどいものだった。

 

「お願い、お姉ちゃんを助けてあげて…………」

 

 そうか細く懇願した後、安心したのか妹が倒れこむ。

 

 慌ててシェリルが妹を抱きかかえたその時、姉が力を失い地面へと落ちる。

 

 それを私が抱え込んだ。

 

 妹の全身には、獣の吹き出す瘴気と毒(おそらく蝸牛の獣の能力だろう)の症状が見て取れるが、治療できないわけではない。

 

 問題は、姉の方だ。

 

 姉は、背中一帯を毒と瘴気に焼かれ、溶けた衣服の下の皮膚はただれており、毒が全身に回ってその命が尽きようとしていることは誰の目から見ても明らかだった。

 

 それでも、妹を救いたい一心で生きていたのだろう。

 

 少し妹の方を見て、そして、私達を見て、微笑んだ後に、その若い命は幕を閉じたのである。

 

 私はコートを脱ぐと、その冷たくなろうとしている体を覆い、抱きかかえた。

 

 狩人は毒や瘴気に対して完全な体制を持つゆえに、体に影響はない。

 

 だが、心は痛かった。

 

 ラウラは手を組み、女神への祈りをささげた。

 

 ジルヴェールは帽子を脱ぐと黙祷をささげた。

 

 ダンタリオンは、ひざまずいて手を合わせた。

 

 そしてシェリルは、その両眼から涙をあふれさせ泣きながらも、生きている妹の体を抱きかかえたのである。

 

 

 

「どうか、娘の仇を撃ってください、お願いします、お、お願いします…………うぅ」

 

 叫ぶように言い、泣き崩れた婦人の背をジルヴェールが摩っている。

 

 少女の亡骸を持ち帰ったとき、婦人の夫等の関係者が今か今かと報告を待っていた。

 

 シェリルが、妹の方は生きていたといった時、彼女は意識を取り戻した。

 

 そして、両親を見て安心したのか涙を流し始めた。

 

 娘の両親や親族もまた、覚悟はしていたのだろうが、現実を受け止めきれなかったようで、抱き合いながら泣いていた。

 

 シェリルが娘の両親に事情を説明しているとき、私はこの家族の姉だった亡骸を両手に抱きかかえたままだった。

 

「レオニール殿、両親へ勇敢な少女を、どうか慎重に」

 

 シェリルが、私を振り返り言った。

 

 私は、コートにくるんであった亡骸を少女の両親に元へもっていくと、丁寧に地面へと寝かせて顔を見せた。

 

 毒に貴方方も感染するから、手で触れないでくださいと言うのが辛い。

 

 心の痛みを押しつぶして、きわめて事務的に言う。

 

 何時の時代でも、子供というのは理不尽に死ぬ。

 

 被害者父母が、愛した家族の亡骸に触れることもできず立ち尽くす様はいつ見ても、本当につらいものだ。

 

 何度見ても、この光景に慣れることはなく、慣れてもいけない。

 

 そして、冒頭に戻るのである。

 

 母親の言葉には、怒りや恨み、様々な感情が悲しみと共に含まれていた。

 

「…………先生」

 

「何かなラウラ」

 

「先生はいつもこんな感情と向き合ってきたんですか」

 

「ああ、いつもね」

 

「…………今回、私は二つのことをやろうと思っています」

 

「2つの事?」

 

「1つは、あの少女の仇を撃つこと」

 

「もう一つは?」

 

「獣以前の被害者を治療します」

 

「それは…………大変だぞ?」

 

「もう決めましたから」

 

 遠巻きに娘と最後の別れを惜しむ、娘の両親を眺めながら、ラウラは決意を口にする。

 

 義憤にかられた彼女を、止めようとは思わない。

 

 それもまた、狩人の動力源であるために。

 

 

 

 少女たちは、片方は治療院へ、片方は葬儀屋へと引き取られていった。

 

 転生者の獣により毒された場合の葬儀のやり方が、普通とは異なる為にダンタリオンが説明のために同行してゆく。

 

 治療院にはラウラが付いてゆくことになり、私とジルヴェールは今後の獣討伐について話を進めることにした。

 

 ゴールドパインとその周辺の地図を広げ、何かあるのかを確かめている時だ。

 

 シェリルが足音荒くやってきた。

 

「レオニール、なぜ我々を無視して敵を撃とうとしているのかっ!」

 

「シェリル、落ち着いて聞いてくれ、少なくとも無視をするつもりはない」

 

「はぁ…………頭に血の上った今の君じゃあ、私たちの足手まといにしかならないよ?」

 

「!」

 

 ジルヴェールの指摘に思うところがあったのか、大きく深呼吸してシェリルは冷静さを幾分か取り戻したようだった。

 

「…………ふぅ、ええ、確かにおっしゃる通りだ…………しかし、哀れな姉妹の、このあまりにも悲しい事だ、敵を取るためにも我々も同行させてもらいたい」

 

「その口調、先程の様子、妹さんの方から何か聞けましたか」

 

「ええ、姉とベリーを取っている時に強烈な腐敗臭を嗅いだと」

 

「その近くに蝸牛の獣がいたのですね?」

 

「ええ、姉と共に小さな穴の中に逃げ込んだそうですが…………獣は毒液を穴の中に発射し続けたそうです」

 

「それは…………」

 

「ええ、姉は妹を救うために、身を挺し続けたのです…………くっ」

 

 シェリルは、胸の内をすべて吐き出したかったのだろう。

 

 私たちに一通りぶちまけると、大きく息を吸って表面上は平静を取り戻した。

 

「今回の件、我々エルフィリアンの警備部隊も動員させていただきます」

 

「それは助かりますが、どれほどの数を動員する予定ですか」

 

「時間さえいただければ、2万を集めてローラー作戦を行う予定です」

 

 彼女の眼は同族・同胞を殺されたことで怒り狂っている。

 

 しかし、そんな悠長なことをしている暇はなかった。

 

「少々遅いですね」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「これを見てください、近郊の地図です」

 

 私はそう言って、シェリルに今回襲われた場所にバツ印を付けた地図を見せる。

 

 ベリー畑とゴールドパインはもう目と鼻の先と言えた。

 

「これは、まさか」

 

 シェリルも事の重大さに気が付いたのか、顔を青くする。

 

「ええ、獣は明確にゴールドパインに進んできている」

 

「シェリル、今すぐ動員をかけると、直ぐに集まるのは何人ぐらいだい?」

 

 今まで黙っていたジルヴェールが、思い出したように聞く。

 

 そんな彼女の問いに、唇に手を当てて考え込んでいたシェリルは、怒りを納めおずおずという風に口を開いた。

 

「恐らく今の状態では、600人が限度でしょう」

 

「そんなに! 実に素晴らしいじゃないか!」

 

 私が思わず叫んでしまったことを、誰が責められるだろうか。

 

 一個大隊も協力してくれれば、獣の居場所をすぐにでも突き止められるだろう。

 

「しかし、レオニール殿…………やはり大軍を使用した方が」

 

「いえいえ、実は地図上で獣のいる可能性がある場所を絞っていたのです」

 

「えっ、もう見当がついたのですか⁉」

 

 シェリルが驚くのを後目に、私は赤い鉛筆で地図に丸を3か所付けた。

 

「南西の洞窟、北東の沼地、沼地を抜けた森のどこかにいるでしょう」

 

 実質二か所と言えるが、このポートパインの町以外で大きな姿を隠せる土地は、この三か所しかない。

 

「成程、確かにこの3か所ならばうってつけですね」

 

 シェリルも頷いた。

 

 そして、こうも続けたのだ。

 

 この南西の洞窟には野生のゴブリンが住み着いていますから、隠れることは難しいでしょう、と。

 

 

 

 ベリーの群生地のほど近い土地に天幕を張り、陣地を作った我々は4つの部隊に分かれて行動を共にすることになった。

 

 街への襲撃を考え、街とこの場所に留まる予備隊を含めての部隊割だ。

 

「皆さんの知る《ジャイアントスラッグ》ならば、銃弾で数十発、大砲ならば1発で倒すことができます」

 

 眼前にいる600人の警備隊に、私は話を続ける。

 

「獣の厄介なところは、鉛玉が通じないことにあります」

 

 よって、もし戦闘になった場合は、皆さんに陽動をしていただき、狩人が止めを刺すという形になります。

 

 そう説明をすると、一部のエルフィリアンが不満げな顔をしている。

 

 確かに、君達の同胞が殺された怒りは分かるが、ここは我慢してほしい。

 

 通常の武装では獣を殺せない為、我々と行く必要があるのだと理解してもらわねば。

 

「では、第一歩兵・第二歩兵各小隊100名は洞窟へ、第一中隊200名は沼地と森へそれぞれ進軍を開始せよ!」

 

 シェリルの号令の下、それぞれの部隊が勇ましく行進を開始した。

 

 相談の結果、私はこの場所に残り即応、シェリルとラウラが洞窟へ、ダンタリオンとジルヴェールが沼地と森を担当することとなった。

 

 出発前に、シェリルとラウラの双方が私に『何故獣がいるとわかったのか』と言ってきた。

 

「シェリル、ラウラ、貴方達の疑問ももっともだ」

 

「先生、教えていただいてもいいですか?」

 

「私も、後学の為に教えてほしいのですが」

 

「ふむ、これは経験からの語りになってしまいますが」

 

 少しおいて答える。

 

「蝸牛の獣というのは、暗い・水気の多い・身を隠しやすい場所に潜むことが多い」

 

「成程、だから先生は断定できたんですね‼」

 

「ふむ、確かにこの3か所はその条件に当てはまりますね…………」

 

「ええ、早く見つかるといいのですが」

 

「レオニール殿、詳細は分かりました…………あの娘の仇、取って下さるということでよろしいのですよね?」

 

 シェリルは、ラウラを見つつ言う。

 

 ラウラも表情を引き締めている、ここは安心させるためにも断言しておこう。

 

「ええ、狩人の名誉にかけて約束します」

 

 恐らく、敵は沼地に潜んでいる、あの二人ならば大丈夫だろう。

 

 

 

 しかし、予想とは時に覆されるものだ。

 

 エルフィリアンの伝令が、私の天幕に転がり込んできたのは、40分ほどたった時だった。

 

「た、大変ですレオニール殿!」

 

「落ち着いて、まず水を飲んでください」

 

「んぐっ…………ふう、ありがとうございます」

 

「何が起きたのでしょうか?」

 

「はい、シェリル隊長とラウラ殿率いる第一・第二歩兵小隊、獣と遭遇しました!」

 

「なんだって‼」

 

 私は天幕を出て、つながれている馬に駆け寄った。

 

「レオニール殿、我々はどうすれば⁉」

 

「早馬を飛ばし、至急ダイタロスとジルヴェールに洞窟に向かうようにと!」

 

「了解!」

 

 伝令も早馬を飛ばす為に馬の方へかけてゆく。

 

「部隊長、部隊長はいますか⁉」

 

「はっ、ここにおります」

 

 男性エルフィリアンの部隊長が速足でかけてきた。

 

「皆さんは、ここに布陣をして獣がここに来る事態に備えてください」

 

「武装の方はどういたしましょうか」

 

「今大砲は何門ありますか?」

 

「我々は2門、保持しております」

 

「では、其の二門をすぐに撃てるようにしておいてほしい」

 

 それと、獣の毒にやられた人たちを回収する部隊を編成して出発させてほしい。

 

 私がそう頼むと、部隊長は大きく頷いた。

 

「わかりました、お気をつけて」

 

 部隊長の敬礼を見ることなく、私は馬の腹をけって洞窟方面に駆けだした。

 

 

 

 現場にはすぐに到着することができた。

 

 絶え間なく鳴り響く銃声と、男女の怒号が入り混じるそこは、戦場もかくやという有様であった。

 

「全体、獣の眼を狙って撃て!」

 

「獣の顔を撃ちます!」

 

 銃弾が獣の眼を寸分たがわずに打ち抜き、銀色に光る大きな矢が獣の顔に当たる部分を貫いて飛んで行く。

 

 しかし、決定打にはなっておらず、撃ったそばから再生しているというのが現状である。

 

 シェリルの左腕は、毒液によるものか変色しており、すぐにでも治療を受けなければならない状態だ。

 

 更に、各小隊の隊員たちの中にも、毒でやられたのか倒れているものが少なからずいる。

 

 そんな中でも、彼女は焦りを顔に出すことなく、全体に号令を発し続ける。

 

 ラウラも、グローブやブーツが溶けており、足は血まみれになってこそいるが、その闘志はいまだに健在だ。

 

「せいやあっ!」

 

 気合の乗った矢が、獣の眼付近をえぐり取って殻に突き刺さった。

 

「遅れてすまん、加勢する!」

 

「先生!」

 

「レオニール殿!」

 

 叫ぶと、私も馬上から拳銃を抜き放つ。

 

 10ミリの対獣用炸裂弾が、肉を弾き爆発する。

 

 小規模だが、こちらに注意を向けるのには十分だった。

 

『URRU』

 

 全体をひねり、私の方を見る獣。

 

 その悍ましい全容が明らかになった。

 

 人の顔を大きくしそのまま薬液で溶かしたような、見るだけで不快感と恐怖を人に与える、そんな全体像をしている。

 

 両目は長く蝸牛を思わせるほどに伸び、周辺を探る。

 

 口があった場所には大量の触手が蠢き、汚らしい液体をまき散らしている。

 

 嫌悪感を覚える体表は、水死体のようにぶよぶよとした白色で、口と同じく液体によってぬらぬらとひかっている。

 

 これが、元人間とは思えぬ醜さの塊のような奴だ。

 

「先生、私はもう打てる矢がありません!」

 

「すまないレオニール殿、我々も弾薬が心もとない!」

 

「私の後に救助部隊が来ています、合流しいったん下がってください!」

 

「はいっ!」

 

「すまん!」

 

 シェリルが大丈夫な右腕で指笛をふくと、周囲の着の影などからエルフィリアンの残存部隊が現れ、地面に臥せっている仲間たちを抱えたりして後退し始める。

 

 だが、それを黙って見過ごす獣ではない。

 

 その悍ましい触手でもって、隊員たちを絡めとろうとした。

 

「くらえっ!」

 

 私が、残った炸裂弾5発を連射、そのうちの一発が眼球に着弾して爆発する。

 

『GURURURURURURU⁉』

 

 さすがに目玉を潰されてはたまったものではないのだろう、醜い悲鳴のような声を上げつつ、私に全体を向きなおす。

 

 だが、その動作の間に私の銃は次弾を装填している。

 

 更に炸裂弾の6連射でその醜い体表をえぐり取る。

 

『URURURURU‼』

 

 体の一部を抉られつつ私に向き直った獣が、馬上の私を見て口から白い霧を放出した。

 

 それは一気に周囲を覆い隠すほどのものだ。

 

 そして、その霧に紛れて獣は逃げ出した。

 

 だが、私のガスマスクには、霧だろうと獣がよく見える。

 

 しかし、私はそれを追いかけることができない。

 

 シェリルとその部下たちが撤退している以上、彼らを獣の襲撃から守るのが今の私の最善だからだ。

 

 獣が逃げるのを、私は黙って見送るしかなかったのだ。

 

 

 

 その後、馬を飛ばして合流したダンタリオとジルヴェールと相談した結果、私たち3人で洞窟内へと突入し獣を殺すこととなった。

 

 ラウラとシェリルも同行を申し出たが、2人とも先ほどの戦いで消耗が激しい以上、連れていくことはできない。

 

 必ず獣を殺す、だから2人は治療に専念してほしい、そう言って引き下がらせるしかなかった。

 

 洞窟内へと突入するにあたり、ダンタリオとジルヴェールは私のようにガスマスクをつけている。

 

 ダンタリオは、帝国陸軍で使用されているガスマスクを狩人使用に変更したもの。

 

 彼の軍人のような体躯と合わせて、まさに陸軍軍人にしか見えなくなった

 

 ジルヴェールは、まるで鴉の顔のような意向を凝らしたマスクをしている。

 

 彼女の黒を基調とした服装と相まって、大きな鴉がそこにいるようだ。

 

「レオニール殿、どうやら獣は手負いのようですな」

 

「ラウラとシェリルの奮闘は無駄じゃなかったね…………よかった」

 

「ああ、急ごう、傷を癒されちゃ困る」

 

 マスクのレンズを通して見える獣の揮発した臭気、これは黄土色の体液が這いずった後として、洞窟内部へと向かっているのがわかる。

 

 

 

 洞窟の中に足を踏み入れる、湿気が多い。

 

 水場でもあるのだろうか、だとしたら厄介だ。

 

 獣の瘴気が水に溶け、下流地域を汚染するかもしれない。

 

 速く奴に追いついて、殺さなくてはならない。

 

「じめじめして嫌な気分だ…………マスクも取れないしね」

 

「そうですなジルヴェール殿、もしマスクを取ったら良くて気絶か、正気で肺腑をやられるのが落ち、というところですな…………シェリル殿がいなくてよかった」

 

「獣が一か所に留まっているのは此方としては朗報だ…………水場がなければの話だが」

 

「水場…………ね」

 

「洞窟が水場を通して別の場所に通じていた場合、厄介なことになりますな」

 

「被害が拡大してしまうということか」

 

 ああ、考えても嫌になるねぇ、そう言ってジルヴェールは悪態をついた。

 

 だが、こうして会話が出来ていたのも此処までの事だった。

 

 というのも、この洞窟で新しい犠牲者を発見したからだ。

 

 恐らく、シェリルの言っていた野生のゴブリンだろう、数は八匹程度。

 

 なぜ確実にそう言えないかと言えば、食い散らかされていたからだ。

 

「ゴブリンとはいえ、無残すぎてみるに堪えないわ…………」

 

「レオニール殿、この死体にはまだ湿り気が残っておりますぞ」

 

「ああ、近いな」

 

 私の言葉に、ジルヴェールが銃を、ダンタリオが長剣をそれぞれ抜く。

 

 私も、右手の手袋を取りいつでも腕を使えるようにした。

 

 奥に行くほどに、野生のゴブリンの死体が増えてゆく。

 

 それと同時に、獣の体液もより粘り気を増したものとなっていった。

 

 十分程度歩いたとき、急に奥行きが広くなった。

 

 岩が荒くホール状に削りぬかれており、巨大な部屋のようだ。

 

 骨をかみ砕き、肉を食らう音が響く。

 

 どうやら、この洞窟を根城にしていたゴブリンは、獣の血肉となって全滅したようだ。

 

 ゆっくりと、獣が私達に振り向く。

 

 獣の体に、先程のダメージの後は見受けられない。

 

「GURURURURURURU」

 

 そして、顔(というべきかわからない)が4つに分かれ牙の並んだおぞましい大口が露になる。

 

 そこにはゴブリンの頭や腕などの肉片がまだあった。

 

「ああはなりたくありませんなぁ」

 

「当り前さ、だがゴブリンたちはどうしてこうなったんだ?」

 

「考えられるのは、ゴブリンの巣穴を襲って餌の供給基地としたのだろう」

 

 ホール状の巣穴は、大人が3人立って入れる以上に広さと高さがある。

 

 ダンタリオが膝を曲げずに立てるのだ、大きいというほかない。

 

 まさに、獣のねぐらとして相応しいものだ。

 

「シヤァッ!」

 

 ジルヴェールが左へと走りながら、銃を全自動(フルオート)で叩き込んだ。

 

 小口径弾ゆえに、獣にとっては大したダメージになっていないらしく、獣はお返しとばかりにジルヴェールに向かって襲い掛かる。

 

 だが、その大口が彼女を捉えることはついになかった。

 

「GAAAAAAAAAA⁉」

 

 破裂音が同区地内に響き渡るのと同時に、獣の左顎が吹き飛んだのだ。

 

 獣が苦痛でのたうちまわる。

 

「さすが炸裂弾頭、いい威力ですなあ‼」

 

「世辞はいい、ダンタリオン行ったぞ‼」

 

「GRAAAAAA‼」

 

 獣は怒りにかられたのか、激痛から逃れるためか、ジルヴェールと同時に右に展開していたダンタリオに千切れた顎を再生させつつ迫る。

 

 だが、ダンタリオは巨躯に見合わぬ素早さで獣の突進を避けると、すり抜けざま

 

「ぬぅん‼」

 

 独特の気合と同時に、長剣が銀の一閃を描き、獣の右顎を切り飛ばした。

 

 滑らかな切り口と共に、右顎が飛ぶ。

 

「おまけにもう一発!」

 

 大口径単発の鉄鋼榴弾を、傷口に叩き込んだ。

 

 洞窟に響く爆音と共に、獣の下顎が粉みじんに吹き飛んだ。

 

「OOOOOOOO⁉」

 

 声も出せなくなった獣は、とうとう殻に閉じこもり防御の姿勢をとる。

 

 だが、それこそこちらの思うつぼだ。

 

 右手首をひねる。

 

 すると、右手が巨大な腕に変化する。

 

 その変化を見て、ジルヴェールとダンタリオが私の後ろへと下がった。

 

 私は加速をつけてその右腕を殻の中に叩き込んだ。

 

 そして、獣の肉をつかんで、唱える。

 

「煉獄の炎、腕に、肉体を焼却せん」

 

 殻の中に閉じこもった以上、獣に逃げる場所などない。

 

 肉の焦げる匂いすらさせず、文字通り炭になった。

 

「うわぁ…………」

 

「いつ見ても、凄まじい殺し方ですなぁ」

 

 2人の元弟子たちも少し引いているが、この手のやつにはこの方法が一番手っ取り早い、本当に。

 

「さて、唱えなければなるまい」

 

「なんでこの内容なのか、いまだに理解できないよ」

 

「吾輩も同意せざるお得ませんな」

 

「「「獣よ汝に罪はなく、ここに魂は浄化され、女神の下に帰りたもう」」」

 

 同区地内に響く声と共に、獣の死骸が白い炎を上げ、灰も残さずに消え去った。

 

 右手首をひねり、元の姿に戻すと手袋をつける。

 

 これで獣狩りは終わった。

 

 後は、転生者が獣になる前に傷付けた人々の治療だけだ。

 

「しかし、獣になる前の傷の治療は、ラウラ殿一人で十分とは思えませんな」

 

「しょうがない、先輩として手を貸しあげるとしよう」

 

「おやジルヴェール、君はそんなに真面目だったかな?」

 

「うるさいな、私だってそういう時もあるんだよ、セ・ン・セ・イ?」

 

 軽口をたたき合いつつ、洞窟の出口へと進む我々。

 

 確かに、この後にラウラの手伝いをすることになるのだろう。

 

 だが、それは獣を狩るよりずっと大変だと思う。

 

 なにせ、生きている人を救うのだから。

 

 

 

 ポートパイン新聞社 第1091号 掲載

 

 




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