「どうして……。どうしてここにいるのですかカズマさん」
エリス様からの問いかけに黙りこくる。
俺がここに戻ってきたということは、つまりそういうことなんだ。
何か取り返しのつかない事象が起きてしまった。
そう言うことなんだ。
「……言うのがつらいのならば必要以上に言葉にしなくてもいいのです。ただ、私に聞かせてくれませんか、貴方の中に溜まったつらさを。何が貴方をそこまで追い詰めさせたのかを」
「そう、ですね。……じゃあまず、一つ言いたいことがあるんです」
「何でしょうか?」
「…………どうしてベルディアがいるんですかね」
天界に強制送還された根本について。
俺の知ってる限りじゃベルディアがアクセルの街の廃城に派遣されたのはアクアの膨大な魔力を感知した魔王軍の占い師が騒いだことが原因だ。
アクアが転生特典として連れてこられなかった以上、そうなる原因は潰れたものだと思ってたんだが……
1週間ほど前にギルドで魔王軍幹部の動きについての噂話を聞いたときには耳を疑ったが、原因がない以上来ないだろうと思って放置していたら、何故かベルディアは廃城にしっかりと住み着いた。
アクアがいない以上死の宣告を解除することも、アンデッドを浄化することもできない。
俺はベルディアをアクセルの街に襲撃させないようにするために、こっちの世界の俺にフォルスファイアをかけて爆裂散歩に行けなくなるレベルの精神的負荷をかけてやって、阻止しようとしていた。
しかし、どういうわけか俺の思い通りにはいかず、ベルディアがアクセルの街を襲撃。
本当にどうしてこんなことになってしまったのか……と考えているとエリス様が「あー……」と微妙な顔をして頬をかく。
「あのですね、一応判明している原因はありまして……」
「もうわかってるんですか? 流石できる女神は仕事が早い! それで、何が何の原因だったんですか?」
「ええと、前回天界から地上に送るときのことですが、アクア先輩が魔力譲り渡しましたよね? その時の神聖な魔力を魔王軍の占い師が感じ取りまして……」
「なるほどなるほど、つまりアクアのせいだってことだよな……女神チェンジで」
「ま、待ってあげてください! 確かに私たちは余計なことしたかもしれませんが、あの魔力譲渡がなければめぐみんさんの死を回避することは距離と時間的にできなかったんです!」
「もうそんなことはどうだっていいんだよ! 俺はあんな駄女神様より清楚なエリス様の方を希望します!」
「ええっ!? そ、それはちょっぴり嬉しい気もしますが……ってアクア先輩!? わかってます! わかってますから脳内に直接窓ガラスを破壊するバイオリンASMR流さないでください! というかよくそんな音口で再現できますね!?」
どうやらエリス様の脳内ではジャ○アンリサイタルに次ぐ窓ガラス粉砕音が鳴り響いているようである。
というかアクアも聞いてるんだったら姿見せろよ!
好奇心で窓ガラス粉砕音を聞きたい衝動に駆られていると、無意味に耳を塞いでいたエリス様の顔からシワが取れる。
アクアの脳内再生攻撃は終わってしまったらしい。
残念がっている俺にエリス様が、不機嫌を表現しているのか、頬を膨らませ可愛らしいジト目で。
「何を残念だと言わんばかりの表情をしてるんですか……アレを聞くのはオススメしかねますよ。好奇心は猫を殺すと言うでしょう?」
「……別に某マンガの再現度を確かめたいとか思ってないです」
「思っていないと言うのであれば目と目を合わせてくださいよ」
「スゥー……あー! そんなことしょうもないことより大事なこと思い出した!」
「あっ、話そらしましたね」
「そらしてません……大事なことってのはベルディアが来た理由ですよ! あの青い駄女神のせいでアイツが来たって言うならそれを信じますけど、なんでめぐみんは爆裂散歩に行ってるんですか! 俺がそのフラグはへし折ったはずなのに!」
別に不都合だから重要な話を滑り込ませてさっきまでの話を有耶無耶にしようとした訳じゃない。
だからエリス様が真剣な表情を取り戻して調べ始めたことにほっとなんかしてない。
しばらくするとエリス様が顔をあげて。
「えっと、一応調べてはみたんですが、今回はダクネスがめぐみんさんに付き添っていたみたいですね」
「いや、何でアイツが俺の代わりしてるんだよ。俺の記憶じゃ実家に帰省して自分のことをイジメぬくドMになるって言ってただろ、ナニ勝手にアクセルの街に居座ってるんだよ帰れ!」
「落ち着いてください! 何でカズマさんはダクネスに向かってそんなぞんざいな扱いをしてるんですか! 私は、私の信者が粗末に扱われてる現状に憤ってますよ!」
「いや、ダクネス本人は喜んじゃうからいいんじゃないか?」
「ダクネスがよくても私はダメです!」
ダクネスが喜ぶことをやるのは駄目らしい。
まったく、エリス様ってば嫉妬しちゃったんですね?
そんな冗談を言いかけた口を噤み、俺の頭はどうしてダクネスがめぐみんと一緒に爆裂散歩に行ったのか、どうやったら爆裂散歩を中止に追い込むことができるのかを考える。
エリス様の言うとおりにダクネスのことをいじめちゃ駄目って言うなら……
「じゃああの時の俺はどうしろと? あれか、こんなことになるんだったら、ほとんどもう恋人なめぐみんに干渉した方がよかったのか?」
「か、カズマさん? その、今回ダクネスの行動が変わったのは、前に話した世界の修正力が働いていまして……。何をどうしようとあのクソアンデッドが街に来るように運命は軌道修正されますので…………ってあれ? カズマさん? ブツブツっていますが私の話聞いてますか? おーい、カズマ君?」
「ブツブツ……可哀想で可哀想な俺を可哀想な目に遭わせないで、爆裂魔法撃てないように毎朝布団に侵入してマナドレインしとけばよかったのか!!? よしそれがいい、そうしよう!!」
……今まで俺は自分のことを心苦しくも苦しめてきた。
自分が苦しんでいる姿を見るたびに心が痛かった。
だが次の作戦は俺のことを虐めずに、なおかつ原因にダイレクトに響く。
別にめぐみんの甘やかし成分不足だとか、人肌恋しいとか、潜伏スキルのおかげで見つからないからやりたい放題じゃねとか、そんなことは思っていない。少ししか。
そう思っていたときのことだった。
エリス様が俺の肩をグアングアンと大きく揺さぶってきたので思考が途切れた。
目の前にいる女神様は必死な形相で。
「な、何を口走ってるんですか! MP吸収と布団不法侵入に全くの関係性を見出せないのですが!? カズマさんがクズとかカスとかゴミとか総受けとか言われるのは今に始まった事ではないでしょうけど普通にドン引きです!!」
「いや、俺はクズって言われようがカスって言われようが、この世界に帰るためなら何でもやってやるって決めたんだ。俺の決心は鈍らな……ってちょっと待て、総受けって何だ!? 今聞こえちゃいけない言葉が聞こえてきた気がするんだが!?」
「い、いや、別に……ただ、この前情報収集がてらに警察署散策していたのですが、そのときセナさん言ってたんです。カズマはガチムチのガテン系の親方とその弟子の方々といい感じだって……わ、私は男の子と男の子でも、ぜ、全然気にしてませんから!」
「俺が気にするわ! そんで何顔を赤くしてるんだよ、やっぱ気にしてんじゃねぇか!」
赤いエリス様とは反対に、変な想像をしてしまってゾワリと悪寒を感じた俺の顔色は青くなる。
オークの群れに襲われたときレベルの悪寒だ。
言っておくが俺はノーマルだ。
ゼスタとかダストのケツを追っかけてる貴族みたいなアクシズ教じゃない!
そんな中、真っ赤だったエリス様が僅かに恥ずかしそうに赤い色を頬にだけ残し咳を払う。
「コ、コホン……では他に、私に話していただけることはありますか」
「エリス様、流石に仕切り直すにしても強引な気がします」
「…………他に話していただけることはありますか?」
この女神様、RPGに出てくる同じ言葉しか話さない村人みたいなことしやがる!
俺がいいえを選択し続ける限り会話がループする系だ。
空気を切り替え話を進めるための苦肉の策なのかもしれないが、流石に無理を感じる。
いくら待っても俺は微妙な顔をするばかりで答えには答えず、それに痺れを切らしたエリス様が。
「……ちょっとくらいロールプレイゲームごっこに興じてくれてもいいじゃないですか」
「いや、なんかここで俺がエリス様のシリアスペースに合わせたら負けな気がして」
「別に、私だって暗い空気にしたいわけじゃないんですよ……でも」
「あー、わかったわかった。俺が悪かったからしょぼくれないでくれよ」
「しょ、しょぼくれてません!」
シュンっと申し訳なさそうに肩をすぼめているエリス様が否定するが、俺はそんなエリス様に対しておどけるように肩をすくめてみせる。
別にエリス様に呆れたって言いたいわけじゃない。
ただ、俺が今まで話そうとしなかった核心について話さないと、俺自身が先に進めない……
そんな気がして、今までエリス様と悠長に長話をして遠回りしていた自分に対してため息をつきたくなったんで、紛らわせたかっただけだ。
決心というか諦めというか、俺の中で話すことが決まって。
それを見たエリス様が。
「それでは、話してくれますか? ……今回の戦いではカズマさん、めぐみんさん、そしてダクネスの三人は生きていて、致命傷を負わず、あの魔王軍幹部を討伐したのに……なのにどうしてカズマさん。貴方はここにいらっしゃるのでしょう」
ベルディアが去った後のこと。
仲間を救うために魔王軍幹部の元に辿り着こうとアクセルの街に背を向けて歩き出した。
敵感知スキルで城内のモンスターを索敵。
潜伏スキルで隠れつつこそこそ行く。
毎日城に通って一階から順番に爆裂魔法で敵を倒す。
地道に敵を削り、最終的に最上階に着く。
そんな即席の作戦だったが、やはり思い通りに事が進んだとは言えない。
敵感知スキルこそ通用したが、アンデッド相手に潜伏スキルは通用しなかった。
隠れつつこそこそ行くという作戦は頓挫。
それでもダクネスが壁になりモンスターの攻撃を耐えしのいでいる間に俺がダクネスの援護、めぐみんが爆裂魔法の準備をして……
毎日城に通って一階から順番に爆裂魔法で敵を倒す。
地道に敵を削りついには最上階に着いた。
結局あのベルディアは「呪いを解いてほしくば俺を倒せ!」とかなんとか言ってきた。
めぐみんは既に魔力が枯渇しておりほとんど動けない。
俺の魔法、ダクネスの防御で何とか撤退しようとしてたのだがベルディアはどこまでも追いかけてくる。
ついに城の外に出れたが、めぐみんを背負いつつ逃げていた俺の体力は底を尽きかけ、ダクネスはそんな俺たちを守るために致命傷を避けながらも深い切り傷を全身の至る所につけられ……
城を出たとしてもその先は隠れられる場所がない開けた土地。
逃げようにも逃げられない。
3人に代わって俺がなんとか足止めをしようにも水属性魔法くらいしかできることはない。
アンデッドだから潜伏も見破られる。
接近戦なんてもってのほか、一瞬でコロコロされるに決まってる。
前の戦いで勝敗を決めたスティールも弱体化しないと効かないときた。
床をスケートリンクにしたり、罠設置でワイヤートラップを張ったり、頭を投げた瞬間に狙撃して不意を突いてやろうとか、いろいろ考えてはいた。
だが床を凍りづけにしたら今逃げている三人にも影響が出る。
屋内戦で頭を投げる瞬間なんてない。
実際に俺も隠れながらベルディアに仕掛けていたんだが、僅かな時間稼ぎになることもなく……絶体絶命だと思っていたそのとき。
街のお人好しが。
「どうせあのデュラハンがいるせいでクエストがねぇ。暇だし折角だから一緒に行ってやるよ」とか。
「今まで始まりの街で燻ってた俺だがレベルはお前らより高いぞ? このベテラン冒険者様が魔王軍幹部の首を手柄にして凱旋してやるぜ!」とか。
「おいおい、相手はデュラハンだぜ? 首を手柄にしたらって首ねぇだろ! アホに変わって俺が代わりに手柄立ててやる」とか。
……どうしてこの街にはこういう馬鹿が多いんだろうか。
俺はアイツらのことを知っている。
酒屋で「おいカズマ、あのララティーナの中身って実際どうなんだよ」「やっぱガチムチだったか?」って聞かれ、シックスパックリだって言ったところをダクネスに見つかり拳骨された仲のセドルとヘインズ。
「あのパーティーのリーダーなんて大変だろう……。その、頑張れよ」と、くせ者パーティーのリーダーだったという苦労人先輩のガリル。
死んだのはこの三人だ。
弱点を見つけるまで俺らが引きつけておくとか言って、あっさりと……
その三人が切り裂かれても三人の戦闘は終わらなかった。
アクアがいたときのように、笑える状況はこの後に待ってはいなかった。
……なかったことには、ならなかった。
だから、俺は自分が在るべき行動をして、この場所に居る。