6.冷たい涙~頬を濡らし~
……そろそろシルビアとの戦いか。
ハンスとの戦いが終わり、そんな考えが頭をよぎる。
アクアがいない現状、不測の事態に備え、ウィズ魔道具店で何かよさげな物が入ってないか見ようと思い入店したそのときだった。
「私と、その、子作りしてください!」
「あらまあ!」
「………………はい?」
どうしよう、ゆんゆんに求婚されてしまった。
しかもウィズの前で。
ウィズはお邪魔にならないように後ろにいますねと奥の方へ行ってしまった。
正直想定外だ。
だってゆんゆんは俺に「カズマさんの子供がほしい!」って言ってきて、今回もそうなるもんかと思ってたが……
いや、前と同じような状況ではあるのか?
一応俺もカズマだし。
そんなことを思っているとゆんゆんが激しく迫り俺の両手を握る。
「す、すすすみません、その、他にこんなことを頼める人がいなくて……びび、びっくりしますよね! だから順を追って話を聞いてくれると……」
「うん、じゃあまず手を離そうか? なんで魔法使いのくせにこんなに力強いんだよ……ちょっと痛い」
「ああっ、き、傷つけるつもりじゃ……すす、すみません! 魔法使いのくせに力強くてすみません!」
ゆんゆんが慌てて手を離し、俺は解放された。
手首をさすってみるが特に痣みたいなのはなさそうだ。
どこか怪我をさせてしまったのではないかとあわあわするゆんゆんに俺は。
「はぁ……ったく、なんだって急にこんなセクハラ始めたんだよ。柄じゃないだろうに」
「ううっ、すみません……でも私が子供を作らないと紅魔族が滅ぶって手紙が届いて」
「……それが本当だとして、何もかもをはしょって子作りを迫るのは野生のオークだと間違われるぞ」
紅魔族ってやつらは揃いに揃って俺よりも筋力ステータスが高いらしい。
ゆんゆんの手を振りほどけなかった俺の男としてのプライドはズタボロだぁ。
なんならゆんゆんとスワティナーゼ 17歳が被って見えたぞ……
当時はゆんゆんがいなきゃ俺はどうなっていたことかと思っていたが、まさかあのトラウマを思い出すことになるとは。
俺はぶるりと体を震わせるとゆんゆんが。
「そ、その、緊急事態で、気が動転してました……」
「まあ、紅魔の里が魔王軍に侵略されてーみたいなこと言われたらそりゃそうもなるか。とりあえず水でも飲めよ。ウィズー、コップ借りるからなー」
俺とゆんゆんの行く末が気になってしょうがない店主さんがドアを少し開けて覗いていたので、断りを入れてからゆんゆんにクリエイト・ウォーターで注いだ水が入ってコップを渡す。
それを受け取ったゆんゆんがいただきますと、こくりこくりと喉を鳴らしながら飲み干す。
プハァとコップを口から外したのを見て。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「は、はい、ありがとうございます」
「別にいいんだけどよ……それより聞きたいんだが、なんで俺なんだよ。カズマとかいるだろ」
「そ、そうですよね、こ、こんな私と一緒になるなんて嫌ですよね……」
「別に嫌とか言ってはいないが!? ただ俺みたいな仮面より、もっと美少女に似合うやつがいると思ってだな……」
「び、美少女……そ、そうお世辞を言ってくれるだけでも……」
「い、いや本当に美少女だと思うよ、うん。だからそんなに世界に絶望したような顔すんなよ」
絶対「友達に嫌われちゃったよ……もう生きてけない」みたいなこと思ってるぞこのぼっち。
このままだと悪魔を召喚して「友達になってください」って契約を結んでしまいかねない。
「そ、その、俺、だいぶ年上だし」
「友情や恋愛に時間も年齢も身分の差も関係ない……そう言ってくれたのは嘘だったんですか!?」
「いやいや、そこまで言ってないから。というか、その言葉を当てにして俺に頼みに来たんだろ。流石に友達の頼みだとしても『子供がほしい』はぶっとんでるから! 乙女としてもう少し恥じらいを……」
「で、でも! 里が滅んで私しか紅魔族の血筋を残せないって……」
「めぐみんがいるだろ」
「…………あ」
まさかこのぼっち、気が動転してめぐみんの存在を忘れてたのか?
まあ孤高の魔法使いを謳ってたから無意識のうちに除外するのはわかるが。
「とりあえず、その手紙は燃やしておこうぜ? どうせ紅魔族ってヤツらは『こんにちはお日柄もよく』ってのを『人類の繁栄が幕を閉じた日、世界はどのような様相に』みたいな言い返してるだろ。きっとそれで早とちりして……」
「あああああああああ!!」
それを聞いた瞬間にゆんゆんは手紙を破り捨てた。
思い当たる節があったみたいだ。
顔から指先までくまなく赤く染め、目をぐるぐると回して恥ずかしがっているのか怒っているのか、とうとう蹲って噎び泣いてしまった。
「なによこんなもの!! 紛らわしいまねしないでよぉ……!!」
「……ま、まあ噂によると魔王軍幹部の襲撃は受けてるみたいだしな」
「えっ、そ、そうなの? 確かに魔王軍に襲撃されているって書いてあったけど。そう聞くとちょっとだけ心配……」
「うーん、一回めぐみんたちの家に行って紅魔族二人で帰省してみたらどうだ?」
ゆんゆんが「なるほど」と手をポンとたたき、めぐみんのところに走って行った。
そんな彼女を追いかけて、辿り着いた先は屋敷。
俺は壁に耳を当て、こっそり盗聴スキルで会話を盗み聞きすることにした。
別にやましいことがあるわけじゃない。
ただあんまり積極的に関わりすぎると身バレしそうなんで、適度に距離を保って――いわゆるソーシャルディスタンスってやつだ。
そんなことを考えているとめぐみんの声が聞こえてきた。
「なるほど、魔王軍の侵攻が本格的になってきたみたいですね」
「という訳で帰省しようと思うんだけど、も、もしよかったらめぐみんも……」
「私は結構ですよ、道中お気をつけて」
「えっ!? し、心配じゃないの!? もしかして私が思ってる以上にめぐみんてば薄情者なの!?」
「はぁぁ……」
「何よその重いため息!」
「いいですか、我々は魔王も恐れる紅魔族ですよ? 里の皆がそう易々と、ただでやられるとは思えません。それに、ここに族長の娘であるゆんゆんがいる以上里に何があったとしても血が途絶えることはありません。なのでこう考えればいいのです。里のみんなはいつまでも私たちの心の中に……」
「ああぁぁあっっ!! 薄情者ぉっ!! 本当にどうして……どこで教育を間違えなのかしら!」
「コミュニケーションを忘れて子作りをしたいと言ったぼっちが言ってくれるではありませんか!」
「うわああめぐみんのあほーーっっ! 私一人でも助けに行ってくるからぁあっ!」
一から十を話してしまったゆんゆんは辱めに合い、めぐみんの肩をゆさっゆさと揺すぶっていたが、嵐のように玄関から去って行ってしまった。
涙目のゆんゆんを見て「今日も私の勝ちですね」みたいな勝ち誇った顔をしているめぐみんのことはさておき、カズマやダクネスの顔は少々真面目だった。
それもそのはず、つい1週間前には魔王軍幹部であるデッドリーポイズンスライムのハンスと交戦し、その脅威を身に刻んできたばかり。
めぐみんの強がりともとれる発言が本当に現実のものになってしまったらと考えると、めぐみんの家族もゆんゆんの家族も彼女たちの友人も……
そう思っているとダクネスが硬い表情で。
「……なあ、めぐみん。本当に行かなくてもよいのか」
「……いいのですよ。紅魔族は不滅なのです」
「なあダクネス、その割にはコイツ、やけにさっきからソワソワしてないか?」
「言うなカズマ、めぐみんも素直じゃないのだ。お前から水を向けてやったらどうだ?」
「聞こえてますよ! 別にソワソワなんかしてませんから!」
「そうは言っても私は思うのだ。何かできることがあるのなら後悔しないうちに動くべきだと」
ダクネスが普段の変態を抑え真面目な説得をしていると、めぐみんは帽子のつばを傾けて顔を隠す。
普段からライバルといって張り合ってるせいで変に意地を張ってるのか、自ら行きたいとは言えないようだ。
そんなことを考えているとめぐみんがつばを押さえたまま。
「……正直、私が出る幕はないと思いますよ? ただあの娘が紅魔の里への道中、安楽少女に出会ってしまったら確実に死にそうですが……。ま、まあ箱入りお嬢なダクネスが行きたいというのであれば迷子にならないよう道案内としてついて行こうとは思います」
「私を子供か何かだと勘違いしていないか? もしかしてそのようなお姉さんぶりたい時期なのかいたたたたっ! すまない冗談が過ぎた! でももうちょっと強めに……」
痛みを快楽へと変換する無敵クルセイダーにいくら攻撃を加えようと無意味だと気づいたのかめぐみんは頬をつねるのをやめた。
なんというか、その顔には若干陰りがあった。
それを見たカズマが。
「なあ、本当に行かなくていいのか? 故郷のピンチなんだろ?」
「そう言うカズマはどうなんですか。いつもならスケベ心を起こして、かっこつけながら俺がついて行ってやるくらいのことは言ってくれるでしょうに」
「だ、誰がスケベじゃ! 最弱職だし、体力ないし、足手まといになる自信しかない……だから俺は行く気はないぞ?」
「……ゆんゆんを誑かすに決まっていると、そう高をくくっていたのですが」
「なあ、お前の中で俺はどれほどのクズなんだよ、俺はクズはクズでも良識的だぞ? お前からもこいつになんか言ったれ!」
ダクネスのほうを振り返りながらそんなことを言うカズマだったが、選択を誤ったな。
何せこのドMクルセイダー、お前のいいところを挙げるときに「怠惰でだめ男なところ」だの「常時発情してる獣のような目」だのネガティブなイメージが7割を占めている変態だ。
「……ふむ、確かに誑かしそうだな」
「あれ!? 擁護の言葉が聞こえないぞ?」
「そんな言葉が出てくると思ったか? 私が惚れ惚れするレベルのクズマならやりかねない」
「誰がクズマだ! てかナニお前、惚れ惚れするって、俺のこと好きだったの?」
「バカを言うな、お前のような中途半端なクズは眼中にない!」
「中途半端なクズって何だよドMのくせに! 俺で妥協しとけって!」
「言わせて貰うが、お前はパンツを盗るセクハラ行為とか、ギルドの受付嬢の大胸筋をチラチラと…」
「みみ、み見てねぇし!」
「ギャンブルに明け暮れることもなければ酒やたばこに溺れることもない、ただセクハラ以外これといったクズさがない! 強いて言えばアルダープとか……それくらいになってから出直して来い」
「えっ? オマエ、アイツが好みなの?」
「強いて言えば……?」
この変態、なんて真面目な顔でそんなやばいこと正々堂々と言い放てるんだ。
というかコイツはアルダープのこと嫌ってなかったっけか?
……なんか自分が好かれていたのに鞍替えされたみたいな感覚にモヤっとする。
「……とにかく、俺は行かないからな。めぐみんが行きたいって言うんだったら別だが」
「そうですか……」
ソファーに座ってしゅんとなるめぐみん。
こいつもなかなか素直じゃないな……なんて思いつつ、俺は盗聴スキルを切り、ドアを叩いた。
「お疲れさーん、元気してたか?」
「あっ、ゆんゆんに子作りを迫られた男!」
「その呼び方やめろ! 本来はお前がそのポジションだったんだからな?」
「それってお前が俺のモテ期を奪ったってことか? なあ? だとしたら怒ってもいいか?」
「……勝手に告白されて、それが勘違いでしたー別れてーは怒られる対象じゃないだろ。むしろ同情してくれてもいい」
「ちり紙いるか?」
同情してくれたカズマに渡されたティッシュを使って鼻をかむ。
どうやら俺の悲しみはわかってくれたみたいだ。
「それで、何のようできたんだよ。やっぱりゆんゆんの手紙の件か? 俺は行かないぞ?」
「まあまあ、そう言わずに」
「んなこといったってさ、俺この前めちゃくちゃ頑張ったばっかりじゃん。流石にしんどいというか……」
わかる。
すんごいわかる。
だけどめぐみんの方をチラチラ見ながらそんなことを言ってもちっとも説得力がない。
きっと行こうと思えるようなきっかけがあれば自ら言ってくれるに違いない。
「……はぁ。しょうがねーなぁ。特別にお前が好きそうな情報教えてやるよ」
「な、なんだよ、そんなに俺のこと紅魔の里に行かせたいのか? おまえが関わってるってなるとますます怪しくていきたくな」
「凄腕の魔女は胸が大きい傾向にある」
「……詳しく」
「ウィズ、ゆんゆん、どちらもデカいだろ? 高い魔力を持つ魔女、つまりは大体の紅魔族の女性も……」
「大体、ねぇ……」
カズマの視線がめぐみんの方へ。
うん、気持ちはわかる。
というか俺が適当言ってるだけで、別にそういう法則があるわけじゃない。
紅魔族の女性が巨乳多めなのは事実だが。
そんな俺たちの視線に気づいたのか、めぐみんがジト目で。
「おい、私を見て、何か言いたいことがあるのなら聞こうじゃないか。確かに巨乳と魔法使いの偉大さは相関しますが、私はまだ成長期です。将来はボンキュッボンです!」
「……なあ仮面の人、こいつは本物の紅魔族なんだよな?」
「本当に失礼極まりない男ですね、私の伸びしろがもうないみたいに言わないでもらおうか!」
「コイツは例外ってやつだ。特殊変異個体、的な?」
「……何かそれはかっこいいので不躾な視線は不問にしてあげましょう。そうです、私は天才故に紅魔族の枠から外れた、謂わば戦闘民族の中でもエリート、スーパー紅魔人なのです!」
機嫌が回復してなんか言ってる戦闘民族のエリート。
まあ実際、爆裂魔法だけで魔王軍幹部に大物賞金首を撃破した最強の魔法使い……にこれからなるヤツだ。
「そんな爆裂魔人にうってつけもうってつけ、紅魔の里にキメラの魔王軍幹部が出現していてな。どうも魔法耐性が前のスライムとまではいかずとも強くてな……どうだ、おいしいところを爆裂魔法でかっさらってみては」
「ま、まあ仮面の人がそう言うのであれば是非もありません。久しぶりに実家に顔を出すのもやぶさかではありませんし、そのついでに魔王軍幹部を仕留めるのも…………な、なんですかニヤニヤして! カズマもダクネスもやめてください!」
かくして俺たちは紅魔の里に行くことになったのだった。