たったそれだけの言葉をひねり出すのにどれだけ時間がかかったことだろう。
息が詰まるような感覚。
私の誘いを面倒くさがりながらもさらりと応と答える二人に驚愕したせいだろうか。
クーロンズヒュドラの討伐なんて突拍子もなくて、それでいて危険な話だっただろうに。
どうして……
「仮面の人に教えてもらったのです。ダクネスがクーロンズヒュドラの討伐を望んでいると。そして、その理由も。バニルに短絡的な行動をするとは言われていましたが、まさか早速その短絡さを見せつけるとは。我がパーティーのクルセイダーはせっかちにもほどがありますよ」
「そうだぞ。あの頭がおかしい娘の異名を持つ、アクセル一の喧嘩師であらせられるめぐみんにそう言われちゃあな?」
「おい、私のことを頭のおかしいなどと言ってる奴らが誰なのか聞こうじゃないか」
いつも通りに喧噪な我が家だった。
バニルから、仮面の人から話を聞いたのはわかった。
それでもわからない。
私の目的を、借金返済という目的を知った上で……
個人的で、パーティーには関係のない、私の願いなのに。
どうして……
「当たり前だろ? 俺たち、パーティーなんだからな」
「ええ、当たり前ですとも。仲間ならむしろ頼ってもらわないと……何というか寂しいではないですか。と、カズマの心の声を代弁してみたり」
「あっ! お前、俺の心の代弁とか言って、本当のところは単純に恥ずかしくなって俺にバトンパスしただけだろ!」
「ダクネスが俺以外の男と話をしてるのを見てるとモヤモヤするとか言っていたくせに。俺のダクネスを渡したくないと言う言葉の裏返しなのでしょう?」
「ちょっと待ってくれ? いや、本当に待て! 確かにそんなこと言った気がするがそういう意味で言ったんじゃないからな!?」
「はいはい、ツンデルツンデレですね」
「俺、お前、倒す」
「ほほう? アクセル随一の喧嘩師らしい私に喧嘩勝負をふっかけますか? よろしい、できるものなら私を打ち倒してみ」
「ドゥレインタァァッチィ……ッ」
「はあぁぁあ……ぁあっ!? 頭がぁぁぁ……」
まったく。
どうしてこの屋敷はこうも変わらないのだろうか。
自分の家のことを仲間に持ち出すべきではないと、悩んで、悩んで、それで話したのに……
「ありがとう…………ありがとう、二人とも……っ」
ああ、女神エリス様。
この様な素晴らしい仲間と巡り合わせてくださり、感謝申し上げます。
ああ、本当にありがとう、カズマ、めぐみん。
利害も関係なく、ただただ仲間を助けるのは当たり前と、平然と言ってのけてくれて。
私はいつにも増して
「……お涙ちょうだいなところ悪いが、俺のことを無視するのはやめてもらおうか」
「ッッ!?!?」
私が頭を下げて、涙をこらえていたところに突如そんな聞き覚えのある声が。
部屋に入ったときにはカズマとめぐみんしかいなかったはずなのに……!
「い、いいい、一体どこから湧いて出たっ!」
「いや、ずっといたからな? 具体的にいうと『カズマ! 賞金首モンスターを狩ろう!!』のところからずーっといたからな?」
「……そう言えば、バニルの抜け殻がインテリアの呪物のようにおいてあったと思ったが、まさかそれに扮してたのか!」
「扮してねーよ! おまっ、自分が泣きかけた顔見られて恥ずかしいのはわかるけどポンコツがすぎるだろ!」
「い、いや待て! 確かに恥ずかしかったのは事実だがうちには変なものを収拾する紅魔族がいるではないか! この前も魔王の血などという呪われたアイテムを持ってきた! ならば今回もバニルに抜け殻を提供してもらい、そこに観賞用の量産型の仮面を装着して楽しんでいるというのも考えられるぞ! うん、それしか考えられない!」
「ほほう、いいアイディアをもらいましたよ! ではクーロンズヒュドラの討伐の前にちょむすけを預けに行くついでに、バニルに抜け殻の提供を願いましょう」
ああああっ、私はなんて馬鹿なことを口走ってしまったのだろうか!
このままでは本当にこの屋敷に意味のわからない呪われた品が設置されることに!
比喩抜きでめぐみんの輝いている瞳がいかに本気で馬鹿なことをしようとしているかを教えてくれる。
それを見た仮面の人が、ヤレヤレと首を振りながら。
「やめておけよ悪魔に願いなんて……それに、アイツの抜け殻ってサキュバスとか悪魔を中心に死ぬほど人気で値がつけられないほど高価だぞ? それを巡って争いが勃発したなんて噂もあるくらいだ。設置するともれなく強盗に入られる呪いが付与されるからな、やめておくのが賢明だと思うぞ?」
「呪い……! なおさらほしくなりましたよ! それに強盗とかいうレアモンスターを呼び寄せる効果があるというのならなお良いでしょう! 街中で爆裂魔法を撃っても緊急時という免罪符を使えますし、なにより経験値おいしいです! カズマカズマ! どうでしょうか! 買いたくなってきたでしょう?」
「マジで買う気だったんならやめろよ? マジで。……というかバニルの抜け殻って何なの?」
……こんな調子でクーロンズヒュドラの討伐はできるのだろうか。
実家の借金よりこのパーティーの方が心配だ。
常識担当の私がいなくなってしまっては一体どんな馬鹿を……
そんなことを思いながら私たちはウィズ魔道具店へちょむすけを預けて例の湖へ。
「ふっふっふ! 今日は雲一つない快晴晴天! バニルの抜け殻をもらえなかったのは残念でしたがそれを考慮しても今日は絶好の爆裂日和です!」
「普通ピクニック日和とか、そういう朗らかな日和じゃね? 爆裂日和ってなんだよ。というかバニルの抜け殻って何?」
「爆裂ソムリエのカズマは晴天ではなく雷雲がよいと? 確かにそれはそれで雰囲気があっていとをかしです。しかーし、私は声高らかに言いたい。爆裂魔法の黒煙、熱がこもった爆風を直に感じるためには今がまさに絶好のコンディションだと! 爆裂魔法の使い手である貴女もそう思うでしょう?」
「確かにそうですね、本日はお日柄もよくまさに絶好の狩り日和です!」
「なあウィズ、バニルの抜け殻って何だ? この三人俺の話を聞かないフリして虐めるんだ」
「えっと、私でよければお教えしますよ? バニルさんの抜け殻というのはですね……」
今にも泣きそうなカズマにウィズが優しく微笑みながら説明を始める。
……何でウィズまでいるのだろうか。
というか普段は温厚で、冒険者を引退したといっているウィズがどうしてこんなに討伐にノリノリなんだろうか。
私がおかしいのだろうか。
そんなことを澄み渡る空の遠くを見ながら思っていると。
「説明しよう。今回は俺がウィズに声をかけたんだ。一狩りいこうぜ! ってな。まあ案の定渋ってたが、爆発するポーションシリーズと高純度のマナタイトを全部買ったら『あわわ、最近バニルさんに食事休みもなしで働かされてたのでやっと休めると思うと……! い、いえ、何でもないです! 常連さんの頼みです! 私にできることなら!』と快諾してくれてな。もちろんバニルも店主の休暇申請に超絶歓喜して珍妙な舞を踊っていた」
「な、なるほど? 何にせよ凄腕の冒険者と言われていた現役魔王軍幹部リッチーが協力してくれるのは心強い! よろしく頼む」
「はい! 精一杯頑張ります!」
「よーし、じゃあ作戦通りいくぞー! 『ティンダー』!」
カズマがそう言って湖に魔法を放つ。
毎度思うのだがカズマの使う魔法は何かおかしい。
原理的にはわかっているのだ。
魔法威力上昇にスキルポイントを費やすことで、魔力を上乗せし、普段より高火力の魔法が放てることは。
だが、どう見ても上級魔法級。
「ふっ、今のは
紅魔族的に見てもおかしいはずだろうが、めぐみんの方が馬鹿げた火力の魔法を放つ。
……常識外れのおかしなメンバー。
二人のことは大好きだが間違っても私はこの二人のようにはなりたくない。
「よしよしよしよし! 大物が来やがっ……ま、マジデケェ! ダクネス頼んだ!」
「任せろ、『デコイ』ッッ!!」
私は二人のように派手で威力の桁が違う攻撃手段は生憎持ち合わせていない。
だが、二人の猛攻にすら耐えうる自慢の防御力は唯一無二といっていいだろう。
私は肉体面では貧弱な二人に攻撃が届かないように敵を自分の方におびき寄せ、他の四人から遠ざける。
……本当ならここであの巨体にぶつかりに行き、押しつぶされたりしてみたいが自分の我が儘で討伐させてもらっている身だ。
私についてくるクーロンズヒュドラを尻目に、計画通り例の場所へおびき寄せる。
例の場所……
仮面の人が何かを仕掛けたみたいだが、だいなまいと?とか言ったか。
何でも爆発するポーションを改造して作成したカズマの国の兵器らしいが、その威力はどれくらいなのか。
王都の精鋭部隊が総出で封印するのがやっとなのに、夜なべして量産したそれでヤツを倒せるのか。
「おーい、足遅くなってるけどもうへばったか!」
「いや、カズマ、問題ない! ただ、ダイナマイトと言う未知の兵器の爆発力を想像したら……あのクーロンズヒュドラが羨ましくて」
「こんのド変態! 政略結婚を阻止するっていう重要な作戦でもぶれないのなんとかなんないのかよ!」
「なんとかならない! 己の内なる欲望を抑えられようか……!」
「流石ダクネス! 私の見込んだ女ですね! このまま己の道を突き進むがいいです、ふーははははは!」
「めぐみんちょっと黙ってようか! さすがにダクネスでも冗談抜きで死ぬからやめ」
「では、行ってくりゅ!!」
「逝くな!!」
カズマに止められながらもめぐみんの激励を受け、私は突き進む。
そもそも紅魔の里での出来事――あの紅魔族全員分の魔力を込められたに近しい爆風をこの身に受けても私は耐えきって見せた!
それ以上の爆発を用意しているというのならむしろ食らわせてみろ!
欲望のままに、より一層デコイの効果を強くして、私も足を速め、罠が張ってる位置へと自らの身を投げようとして……
「おい爆発の威力を考えてニヤついている変態クルセイダー! 間違っても罠の場所に留まるんじゃないぞ! もししっかり役目果たしたらカズマが後でダクネスが喜ぶとんでもないことするって言ってるから正気を保て!」
「と、とんでもないこと……っ! わ、私は一体どんな目に遭わされてしまうのだろうか詳しく!」
「さすが鬼畜仮面と名高い仮面の人に鬼畜と認められるカズマ……新なる鬼畜が爆☆誕っですっ!!」
「カズマさん……」
「ウ、ウィズ? 誰もそんなこと言ってねーよ? てか勝手に俺の名前を出してダクネスの士気を鼓舞するなよ仮面の人! めぐみんもその場のノリで俺のことを鬼畜とか言いやがったこと覚えておけ! 後でものすんごい目に遭わせてやる! 具体的にいうと爆裂魔法一週間禁止するために封印の魔道具を……」
「ごめんなさい。謝るので勘弁してください」
本当に真面目な態度で深々と心より謝罪をするめぐみん。
どうしてこの男はこんなにも人が嫌がることを的確に実行するのが得意なのだろうか。
この手のことに関してはなかなかの逸材だ。
もし、お父様のことやアルダープ、身分の差がなければ本当に運命のままに身を……
そんなことを思っているとウィズが。
「ダクネスさん! もうこちらは準備が整いましたよ! デコイを解除してクーロンズヒュドラを引き離してください!」
「終わったら俺たちの出番だ。ボトムレス・スワンプとクリエイトアースに巻き込まれるなよ! ……フリじゃないから!」
「わかった! あと2回待てば巻き込まれる許可が出たって判定でいいのだな!」
「よくねぇよ! いいからとっとと離れろ!」
カズマの指示に渋々従いながらその場を離れる。
一度私の体が罠が張ってある場所から出るとウィズの『ボトムレス・スワンプ』、カズマの『クリエイトアース』と言う名の上級魔法レベルの魔法がクーロンズヒュドラを取り囲むように放たれた。
仮面の人がくれたマナタイトを存分に活用した二つの魔法はクーロンズヒュドラを地面に沈め、十メートルに届きそうなほどの分厚い壁で囲った。
身動きがとれないことに不快を覚えたのか、クーロンズヒュドラの激しい抵抗が壁に首を打ち付ける音が聞こえるが、即席とは言え自分の重量と同じかそれ以上のものを容易に動かせるわけもなく、壁の一部が若干崩れる程度。
「よし、ウィズ、仮面の人、めぐみん!! 準備はいいな!! いくぜぇえーーっっ!!」
『ティンダー』『ウィンドブレス』
『『『エクスプロージョン』』』
真っ赤な炎が竜を飲み込む。
爆裂魔法とそれと同じくらいの高火力を合計四発。
加えてダイナマイトの爆発、カズマの用意した壁が爆風を反射し、爆裂魔法4発分の威力以上――灼熱地獄が目の前に顕現するという天災が発生したかと思える火力が敵を焼き尽くした。
魔力で肉体を再生させるクーロンズヒュドラ。
爆裂魔法一発ではどう頑張ろうと仕留められない。
ならば一気に、再生が追いつかないほどの火力を浴びせて倒す。
至極簡潔な考え方だろうが、未だかつてそんなことを考えるものはいなかった。
当たり前だ。
爆裂魔法でオーバーキルと言われているのに、さらに火力を出そうとする馬鹿がどこにいるか。
そもそも人類最大威力を放てる冒険者が4人いることが前提としておかしい。
この国に一体何人爆裂魔法を習得しているものがいるだろうか。
そんな頭のネジが1本どころじゃなく外れている誰かが立案した作戦は、めぐみんの冒険者カードに「クーロンズヒュドラ:1体」という記載が加わったことで幕を閉じたのだった。
これで借金を完済とは言わずとも大部分を払える。
そうすれば私とアルダープの政略結婚は取り消しだ。
面倒な貴族同士のしがらみは終わったのだ。
ああ、ようやくこれで……
結婚できる
珍しくリセットなしですね……
まあ、そんな順調な訳ないんですけどね
問題:カズマが所見殺し食らって死ぬ。
対策:対策も何もなしに敵に挑んだのがまずかった。しっかり情報提供しましょう。
問題:街のみんなで倒そうとするとダストが死ぬ。
対策:街のみんなで倒そうとしない。そうすれば死にそうなのはカズマだけだ!