あの素晴らしい世界に帰るため   作:桃玉

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祝福と書いて、呪いと読む。


9.残酷な明日~終わらない祝福を!~

アクアが言っていた、親父さんには呪いをかけられてる。

一体誰から? 何のために?

……アルダープに利益が収束する。

アイツが裏で何か手を回していたと考えれば今回の一連の事件に一本まっすぐに筋が通る。

 

 

大体おかしいと思ってたんだ。

どうして王家の懐刀と言われているダスティネス家が借金なんてするレベルで金欠だったのか。

善政を敷いている、領民のことを一番に思っている領地こそ栄え、潤っているはずなのに。

 

そもそも、どうして借金をしたんだ。

本来アルダープが領民に補填すべき分なのだ、立場もアルダープよりダスティネス家の方が上なのなら「貴族としての責務を全うせよ」と命じればすべて解決した問題なのに。

そこでどうしてアルダープから借金したのか……愚鈍ではなく、むしろ頭が回る、まともな貴族と評判の親父さんがする行動ではない。

 

それに加え、娘を担保として借金するのもおかしい。

自分の溺愛していた娘を、いくら苦しくなったからと言って、親父さんの人柄的にありえない。

誰かに魔法で操られていたとか、偽物が演じていたとか言われた方が信じられる。

 

そしてこの世界でのダクネスの言動……

何かが違うと思ってた。

アルダープのことが好きだと言うし、俺のことを中途半端なクズとか言うし、屋敷に忍び込んだときだって「一緒に大人になろう」みたいなことを言わなかった。

ダクネスらしい変態っぷりだったが、強く覚える違和感。

アクアと一緒に冒険したあの世界では、アルダープは嫌悪の対象だったし、結婚に前向きじゃなかった。

 

なにか、アルダープが仕組んだんじゃなかろうか。

『ランダムにモンスターを召喚する』神器が本邸の地下から発見されたとかクリスが言ってたし、他人を操るみたいな魔道具の一つや二つ保持していてもおかしくはなさそうだ。

そう思ってアルダープの屋敷に忍び込むと……

 

 

地下には悪魔がいた。

 

「ヒュー……ヒュー……、君は、アルダープのお友達? それとも食べてもいい人類?」

「お前は……悪魔、だよな」

「そうだよそうだよ、僕はマクスウェルだよ。それで君は食べてもいいのかな?」

 

マクスウェル。

ダンジョンでスキルポイントを乱獲したときにバニルから聞いたことがある。

後頭部がすっぽりとない、異世界から来たバニルの友人の悪魔……つまり同格、地獄の公爵。

 

「バニル……この名に聞き覚えはないか?」

「ヒュー……ヒュー……、懐かしい感じがするよ! どこかで何回も聞いたことがあるような? ヒュー……もしかして君、僕のこと知ってるのかい?」

「まあな」

 

喘鳴と貼り付けられたような笑み、人外特有の整った顔立ち、光のない瞳。

歪なそれらが不気味さを強調させる。

加えて頭が物理的に足りないから忘れっぽいのか、いまいち要領を得ない回答。

だが、地獄の公爵で間違いなさそう、か……ったく、なんて大物がいやがんだ。

 

「ところで、お前、親父さんに記憶の改竄とか呪いとかけたのか?」

「知らない、知らないよ。でも辻褄合わせは得意だよ」

「辻褄合わせ……? 質問を変えるが、呪いを解くことはできるのか?」

「ヒュー……ヒュー……術者を殺すか、歴史を書き換えればできる、できるよ。でもそれには対価がほしいよ。君が払ってくれるの?」

「……アルダープのツケにできないか?」

「それはムリ、ムリだよ……契約は代価を支払う人自身がしないと」

「そうか……ちなみにその代価は如何程になりそうだ?」

「払ってくれるの? 払ってくれるんだね! 絶望の悪感情がいいなぁ! おいしいおいしい絶望の悪感情! 満足するまでくれるなんて夢みたい!」

 

そう言って三日月に歪められた口から涎を垂らし、恍惚の表情を浮かべる悪魔。

その表情でいきなりこちらに首をぐるりと回し、それが思わず不気味で……

 

攻撃した。

 

ファイアボールの魔法を使って攻撃をしたのだが外れる。

まるで風が吹いて、そのせいで軌道が逸れたみたいだったが、不気味さが狙いを狂わせたのかと思って特に気にしなかった。

 

もう一度、今度は狙撃スキルを使って、しっかり狙いを定めて放つ。

しかしこれも当たらない。

不自然にマクスウェルの目の前で逸れて、当たらなかったソレは壁に着弾し、壁を焦がし始める。

 

しっかり狙いをつけたはずなのに外れていくその様を見て余計不気味に思って、今度は狙撃で矢を撃つ。

しかし、魔法と同様に的外れな方向へすっ飛んでゆく。

そればかりではなく、矢が壁に反射して俺目がけて飛んできた。

普通矢が壁に当たったら突き刺さるか何かするだろうに、反射なんて……

なんとか回避スキルが発動して避けることができたが得体の知れない不可解さが背筋を震わせる。

 

一度逃げようと思った。

俺じゃこいつに勝てない、リスクが高すぎると思って俺が降りてきた階段の方へ逃走スキルを使って逃げようとして……

辺りを見渡せば炎の渦。

俺がさっき使った魔法なのか、それともあの悪魔が何か魔法を使ったのか。

どちらにせよ退路は断たれてしまっていた。

 

酸欠で頭が回らないせいだろうか。

本来ならクリエイトウォーターかクリエイトアースで消火して逃げるなんて考えるところを遠距離攻撃が駄目ならと接近して魔法をたたき込む。

ダクネスでもないのに足下の窪みに足を取られ外れ、距離感を見誤り外れ、天井が崩れて……

懸命に攻撃を当てようとするその様は滑稽な道化のようだったろう。

 

瓦礫に足が挟まり、炎が視界を覆う。

意識はぼんやりしながらも自身の死を予感する。

 

このまま一太刀も浴びせられずに息絶えるのも癪だ。

命を粗末にするつもりは毛頭ないが、どうせこのままやられるなら最後に一発かまそうと最後の手段だと爆裂魔法を使おうとして……

不意に詠唱が頭から抜け落ち唱えられずに不発。

 

 

文字通り手も足も出ず、アイツも俺に何かしたわけじゃないのに、気づけば目の前にエリス様の姿が。

それでようやくリセットされていたことに気づく。

エリス様が心配そうに、何か俺に声をかけていた気がするが俺の頭はあの悪魔のことでいっぱいだ。

 

バニルの見通す能力とは違う得体の知れなさ。

マクスウェルが呪いをかけたのか?

アイツが親父さんやダクネスの思考を操っていたのか?

どうして攻撃が当たらない?

悪魔との契約には代価が欲しいはずなのに、どうやってアルダープはアイツを使役してる?

確認しなければいけないことは山積みだが、それでも解決の糸口は掴んだ気がする。

俺はようやく思考の海から意識を現実へ引き上げ……

 

何も言わず、転移の魔法陣へと入り、もう一度やり直しを始めた。

 

 

 

 

案の定、俺の考えた通りだった。

クリスから悪魔臭さを感じると聞けた時点でマクスウェルが呪いを親父さんにかけた可能性が濃厚。

『ランダムにモンスターを召喚する』神器が本邸の地下から発見されたってことは、アルダープがソレを使ってマクスウェルを召喚したのだろう。

対価は……神器の効果で対価なしでも大丈夫にしてあるのか?

それともあの忘れっぽい感じから見るに、大悪魔相手にちょろまかしてる可能性も……

どちらにせよ、考えるだけ時間の無駄だってことだ。

 

そして、俺の攻撃が当たらなかった理由。

……辻褄合わせが得意、ねぇ。

バニルの異名、見通す悪魔みたいな感じで、マクスウェルも辻褄合わせの悪魔とか呼ばれてるのかもしれない。

歴史を書き換えるっても言ってたし、何かに干渉して上書きして、因果関係の辻褄を合わせてるってところか?

ダクネスや親父さんがおかしくなったのも、俺らしくもなくマクスウェルとの戦いで逃げずに立ち向かってたのも、爆裂魔法の詠唱を忘れたのも、魔法が逸れるように風が吹いたのも、全部そういう能力で干渉されたって考えれば筋が通る。

ならどうすればいいか。

 

 

俺は一つの方法を思いつく。

実行に移すためにアルダープの屋敷へ忍び込み……

 

「けりをつけようか、マクスウェル」

「けり? そんなことより君からはすごく怒りを感じるよ、絶望がほしいなぁ……」

「その願い、叶えてやってもいいぞ?」

 

悪魔と契約を交わした。

 

 

 

 


 

「ああ……くそっ! くそっ! くそおっ!」

 

寝室の地下にある隠し部屋。

そこでイライラと、薄汚い一匹の悪魔に当たり散らかしていた。

願いの一つも満足に叶えられない壊れた悪魔、マクスを何度も何度も足蹴にする。

 

ひゅー、ひゅーと喘鳴をあげながらうずくまる様を見るのは本当に気分がいい。

悪魔を支配できている全能感が苛立ちを解消してくれる。

だが、それでもその解消度はほんのわずか。

物覚えが悪いこいつは代価を受け取ったかどうかすら簡単に忘れるので使い潰せるなと思い使い続けていたが、どうしてこんなにワシを苛つかせるのだ!

怒号は叫び足らず、不快な憤りは収まるどころかフツフツと煮えくりかえる。

 

「どうして! どうしてララティーナはワシのものにならぬのだ! お前がもっと使える悪魔なら! あそこでララティーナは奪われるはずもなかったのに! お前の辻褄合わせの強制力を使わせていたのに、あの黒髪の男は何だ! あの銀髪の神官は何だ! すべてを台無しにしおったあの盗賊団の二人を殺せ!」

 

忌々しき盗賊団だ。

王都でもワシの策略を台無しにした!

生かしてはおけない!

惨たらしく殺し……

そこまで考えて、一つ、天才的なひらめきが神様より届けられ、思わずニィと口角が上がり、憤りが収まる。

 

「……まあ、いい。今すぐララティーナを取り返せ。それであの盗賊の死体を王族に献上すればワシとララティーナの結婚は確実だ」

「ヒュー……ヒュー……それは無理だよ、アルダープ」

「なぜだ! 人一人を呪い殺すくらい悪魔ならわけないだろう! そうだ、下級悪魔だからといって貴様に拒否権はない!」

「ムリ……ムリなんだよ、アルダープ。あの神官、光が……神気が呪いを邪魔するんだ」

「やれ、やるんだ! 無理だろうが何だろうがやってこい! そうしたら今までの代価を払ってやる!」

「代価? 代価を払ってもらえる?」

「何でもいいからさっさとやれ!」

 

最後にもう一度足で蹴りつけ命じた。

……その時だった。

「『領主殿はいるか?』」という凜とした声がドアの奥から聞こえてくる。

ララティーナの声だ!

 

「よーしよくやったマクス! 代価を約束通り払ってやろう!」

「代価! 代価を払ってくれる!」

 

マクスはワシの優しい言葉を聞き大喜びしている。

ワシはどうしてこの場所を知っているのかなど何も考えずにドアを開け……

 

「『こんばんわ、醜い豚領主ことアルダープ殿? 愛しのララティーナお嬢様かと思ったか? 残念、俺でした!』」

「と、盗賊の男!? なんだその声は……!」

「もちろん『こうやって』変幻自在に『声を変えられる』魔法を使っているだけだが? まあ、正体がばれたからにはもう不要か」

「マ、マクス! この汚らわしい男を殺せ!」

「わかったよアルダープ!」

 

ああ、従順なマクスは好きだ。

そうやってお前はワシの望みを叶えていればいい。

マクスの手が仮面の男を握りつぶそうと掴みかかるが、男はそのまま逃げるように外に。

手間のかかる!

もたもたしないでさっさと倒せばいいものを!

 

そう思いながらもワシは外に出て行った男を追いかける。

もちろんマクスを先行させて。

こいつはワシの指示がなければ何もしない木偶の坊だ。

何が何でもあの男を殺すように命令を下し、追いかけさせる。

 

「ふははははは! 今宵は満月! とても気分がいいとは思わないかマクスウェル!」

「ヒュー……ヒュー……! 魔力がとっても高まる夜!」

「そうだ、そうだとも。そんな気分のよい夜、こんな屋敷に閉じこもっていては全力を出すのは無理だろう?」

「外だ! 外に行こう! ヒュー……ヒュー……」

 

どういうわけか幸運にも屋敷に配置していたはずの警備兵が一人もいない。

マクスの存在を知られたら問題なことをマクス自身がわかって遠ざけたんだろう。

普段からここまでものを考えられればいいものを。

 

男が火炎魔法を使っても、弓を射てもワシはマクスに守られているから一切当たることはない。

無駄な抵抗をやめて大人しく殺されればいいものを。

氷結魔法で床を滑りやすくしたり、鉄の棘を巻いたり……小賢しいまねをしてくれたせいで全く追いつけない。

 

「おい、マクス! アイツに魔法だ! 悪魔なら魔法も得意だろ! 魔法であいつの動きを止めるんだ!」

 

そんなことすら自前で考えられないマクスめ!

罵声を浴びせると、マクスは手を前に突き出して……

高熱の塊と冷気の塊をいくつも作り出し、それを男に向かって放った。

 

下級悪魔が使う魔法にしては威力の高いそれが床に着弾すると激しい炎と氷のつららを生じさせる。

屋敷の壁や床を破壊してしまう殺傷力のある攻撃が屋敷をハチャメチャにしていくも、仮面の男はそんな攻撃を意に介さずに、こちらを一切見ずに避けきって見せた。

 

「マクス! 屋敷は壊すな!」

「でもアルダープ。こうでもしないと止められないよ……」

「くそっ、役立たずめ! 呪いでも何でもいい! 足止めするか殺すかしろ!」

 

警備兵がいないから好き放題できると思っていたが、そのせいで足止めは誰もいない!

やっぱり使えない悪魔め……

このままでは足の速い盗賊を外に逃がしてしまうと焦っていたが、どう言うわけか少し外に出たところでその男は足を止めた。

 

「はぁ……はぁ……、やっと観念したか! それともマクスの呪いが効いたか! どちらでもいい、マクス! やれ!」

 

これでワシを陥れようとした賊は惨たらしく殺される!

大勢の前でこのワシに恥をかかせた罪を償え!

そう思って目の前で起こる惨たらしい殺戮を期待してにやりとしたが、全く始まらない。

 

「おい、マクス! 一体何をやってるんだ! あの男を殺せ!」

「ヒュー……ヒュー……ムリ、ムリだよアルダープ」

「何が無理なものがあるか! お前が走れば数秒とかからない距離だろうが!」

 

唾を飛ばしてマクスに命じるもマクスはこれ以上進もうとしない。

思い通りに動かない焦れったい木偶の坊め!

 

「もういい! お前はそのままあの男の動きを止めておけ! ワシが……」

 

そう言いながら仮面の男に近づこうとして……

巨大な赤い魔法陣が空を覆い尽くした。

そして……

 

 

『エクスプロージョン』

 

 

マクスがワシのことを乱暴に投げた。

こんな扱いをしたマクスに怒りを覚えるも、次の瞬間激しい熱風と赤い爆炎が目に飛び込んできた。

爆炎の中心はさっきまで自分がいた場所。

そこにマクスが静かに立っていた。

そして、爆炎が静まって。

 

「ヒュー……ヒュー……だからムリだって言ったのに。アルダープ、流石にこの魔法は避けられないよ」

「お、おいマクス? 一体何を言って……賊ごときの一撃で……」

「ヒュー……ヒュー……残機が減っちゃったよ……これ、で、契約は……解除……。辻褄合わ、せの代償、がやって、くる……代価は……」

「おいマクス! 代償といったか! 代償とは何だ!」

「今まで、の、辻褄が、合わなくなる……」

「あ、ああ……」

 

絶望だ。

マクスが消えれば、今まで合わせていた辻褄が合わなくなる?

そうすればワシは……破滅だ!

どうすればこの破滅を回避できる!?

そんなことを必死に考えて、マクスがなんとかならないかと思ってマクスの顔を見たとき。

 

「マ、マクス? なんだその顔は……どうしてそんな悍ましい笑みを浮かべてる!」

「ヒュー……ヒュー……、最高だよ、最高だよアルダープ。君の代価の悪感情! 絶望の悪感……情……」

 

絶望的に悪魔的な笑いをワシの脳裏に貼り付けて、マクスは灰となって散っていった。

最後の最後まで、苦痛そうな表情ではなく、恍惚の表情。

酷く悍ましいものを見て背筋が震えたそのとき、仮面の男がケタケタと笑い始めた。

 

「なっなにがおかしいっ!」

「ふはははっはっ! 自分の行いをこれっぽちも悪いと思わず、挙げ句の果てに考えなし! 俺が爆裂魔法を使おうとしていたのを知って攻撃をしないでいたマクスが無理だというのに考えなしで近づき、そのせいでマクスを殺した愚かな豚よ! 自分の破滅を知って絶望しているところ悪いが、そろそろスペシャルゲストのご登場だ!」

「何を頭がおかしいことを! 貴様を突き出せば、アイリス王女の、第一王子ジャティス様のものを盗み取った盗賊を捕まえた英雄だ! 今ここでお前を……」

「それ以上の言葉を慎んでください」

 

どこからともなく美しい女性の声。

思わず声の方を見ると、そこには後光を背負ったあの像の通りの女神エリスが。

一目見ただけで本物だとわかってしまうほどの神々しさに思わず頭を垂れる。

 

「この方をどなたと心得る。このベルゼルグ王国の国教として崇められている女神であるエリス様である!」

「……仮面のお方、流石にその説明は恥ずかしいのですが」

「おおっと、それはそれは失礼しました」

 

どういうことだ?

この男と女神様はどういう関係なのだ!?

万が一にでもワシの死後を決めるときにワシの行いを告げ口するような関係だったら……!

思わず自分がしてきたことが地雷であり、このままでは地獄行きが確定し、またあのマクスの悍ましい笑みを見ることになるなんて……

這いつくばりながらにじり寄り、息をするように嘘にまみれた自己保身と弁明の言葉を吐く。

 

「エ、エリス様! わ、私は一体何を……! ま、まさかとは思いますが悪魔に操られていたのでしょうか! 私としたことが何という失態! 私は抵抗していたのです! あの悪魔に心を屈することなく……」

「アルダープ」

 

優しい声に呼ばれ、思わず声が止まる。

思わず顔を上げると張り付いたような、人工的で不気味で完璧な笑顔が。

判決を待つように思わず静かにしていると。

 

「アルダープ。今まであなたの行いを見てきました」

「そ、そっそれはどういう!」

「それを鑑みまして……あなたは天国行きです」

「……へ?」

「決定事項なのでどう足掻いても覆りません。今日はそれを伝えに来たのです。」

 

天国。

私の行いのすべてを見ていたといって地獄行きが確定しているのかと思ってガタガタと震えていたが、確定で天国行き!

聞き間違えでなければそう言ったか!

ワシは天国行きが決定している!

ああ、やはりワシがしてきたことは間違えじゃなかった!

 

「聞いたか仮面の男! わしは女神にすべてを肯定された! ワシのやってきたことは何も間違ってなかったのだ! これからも好き勝手生きて、それが女神に許されたのだ! ワシのことを小馬鹿にしたように振る舞っていたが、もしワシが地獄に落ちると思っていたのなら残念だったな!」

「……なあ、何か勘違いしてないか?」

「…………はぁ?」

「天国行きで喜んでいる超絶脳天気な悪党よ。俺が断言してやろう。天国とはお前が想像してるような理想郷ではない!」

「天国が……理想郷じゃない?」

「ああそうだ。酒池肉林のやりたい放題できると思っているのだろうが、天国はそんな楽園ではない。天国とは、人生をすべてやりきったと後悔がなく成仏したおじいさんとおばあさんばかりが集う老人会。若い霊などほとんどいないばかりか性欲とは無縁のデストピア! 肉体がない故に接触もできぬわ何もできぬわ、生き地獄……ですよね? エリス様」

「その言い方なんとかなりませんか? 否定はしませんけど」

 

ワシが思い描く天国は……存在しなかった?

これから牢獄で一生を過ごし、それから待っているのは……

いや、嘘だ!

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!

この地位に座るまでに今までどれだけの努力をしてきたと思って!

 

「え、エリス様……ワ、ワシは天国などいきたくないのです! それだけは! それだけはお許しください!」

「あははは……許すわけないじゃないですか。悪魔の力を利用して私の親友を傷物にしようとしたその罪、万死に値しますよ?」

「ひ、ひぃ!」

「あっ、すみません、つい女神としての外面が崩れてしまいましたがそんなに怯えないでください? 私が嫌悪するのは貴方ではなく悪魔です。貴方は悪魔の力に魅入られて愚かなことをしてしまっただけの人間です。人間は子供のような存在なのですから、悪魔と違って存在を抹消しようとまではしませんよ?」

「といいつつ、一生輪廻の輪に戻さないっていう措置は精神を摩耗させるだけの鬼畜な措置だと思いますがね」

「……誰が提案したと思ってるのですかね?」

「誰が承諾したと思ってるんですかね?」

「…………とりあえず、私はこれで失礼します。悪魔の公爵を倒した貴方の素晴らしい功績に免じて女神様を人前でいじったことは許しますが、これからはやめてくださいね?」

 

そう言って女神様が消えていった。

物静かな屋敷の目の前にあるのは大きなクレーターと仮面の男。

もう、どうしようもない現実を突きつけられて、受け入れられないと顔がゆがむ。

いやだ! いやだ! いやだ!

そんな地獄のような場所に行くくらいだったら!

そう思ったそのとき、仮面の男が虚空に向かって話し始めた。

 

「さて、どうだったかな? 上げて落としたときの絶望の味は」

「ヒュー、ヒュー。アルダープ! 最高にいい絶望だよ!」

「それはそれはよかった。でもまだ仕上げが終わってない。そういう約束、だったろう?」

「マクス? マクスじゃないか! 生きていたのか! よかった! せめてこれから死ぬまでは……! そしてあの体を入れ替える神器! あれをもう一度探し出せば永遠の命で…………えっ?」

 

ぐしゃりと何かが潰れる音。

急に軽くなった自分の腕。

マクスの手に握られた誰かの腕。

いやな予感がして自分の腕を見て……ようやく現実が追いつき脳に鋭い痛みが走った。

 

「あっ、あああああぐああああっ!? 痛っ、いっ、いだああああっ!?」

「アルダープ! アルダープ! いい声だよアルダープ! ヒュー、ヒューッ!」

「何をっ! マクス!」

 

マクスの顔を見ると、あの表情だ。

脳裏に焼き付いてしまったぐにゃりと歪められた悪魔の笑顔。

 

「アルダープ! これから代価を払ってくれるんだよね! ヒュー、ヒューッ!」

「た、助け……! お、おい! そこの仮面! ワシを早く助け…っ!」

「アルダープ! それは無理だよ! 無理無理! ヒュー……ヒューッ! あの仮面の人は僕に約束してくれたんだ! 君を地獄に持って行っていいって! それまでに君から最高の絶望を引き出してくれるって!  今まで感じたことのない怒濤の悪感情! いいねぇいいねぇ!! 今日から僕らはずーっと、ずーっと一緒だよ!」

「って訳だ。俺の仲間に手を出そうとしてただで済ますわけないだろ?」

 

誰も味方がいない。

生きても地獄、死んでも地獄、どこへいっても地獄。

そんな意識を手放したくなるほどの絶望の中でも、何故か意識ははっきりとしてしまう。

痛みに慣れることもなければ、狂うこともできない。

 

「ヒュー、ヒューッ! 仮面の人間! 君は本当にすごいよ! いいことを教えてくれてありがとう!」

 

そんな言葉を聞いて今の状態を把握してしまった。

深い、深い絶望の中、地獄へ引きずり込まれていった。




実はアクアがいたからこそ、ダクネスに悪魔の能力が届きにくくなって、認知を歪ませられず、最後までアルダープとの結婚に抵抗を示すことができていたダクネス。
今回はアクアが不在のため、己の状態異常耐性のみで、異常に高い耐性のおかげである程度自我を保ってられたが結構思考の方向を誘導され、おかしな言動をとるようになっていた……という設定で書いてました。

ところで、小説第8巻ってアクアがいないせいで詰むシーンありましたか?
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