あの素晴らしい世界に帰るため   作:桃玉

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シリアス書くの難しい……


10.過去の自分との葛藤~確かに燃えている~

「カズマさん」

「久しぶりですね、エリス様」

 

その柔らかな声が、心に染み入るように響く。

短い言葉で挨拶を交わし、彼女の透き通った紫紺の瞳を見つめる。

天界の澄み切った空気の中、その瞳はまるで全てを見通すかのように輝いている。

しかし、その輝きの奥には、どこか悲しげな色が。

その視線に捉えられ、俺は罪悪感からか、無意識に頬をかく。

 

「いや、そんなにまじまじ見られても恥ずかしいですよ、エリス様」

 

軽い冗談を口にしても、どこかぎこちなさが残る。

天界に再び舞い戻ってしまった事実が、胸の奥で重くのしかかる。

そう、ここは天界。

つまりは俺はまたしても、やり直しをすることになったのだ。

 

沈黙が俺たち二人の間に流れる。

エリス様を見ると、その瞳の奥には揺れる不安と躊躇い。

それでも彼女は、そのまま言葉を飲み込み、わずかに震える唇を閉ざす。

どうやらエリス様は余計な負担をかけまいと、質問を口にすべきかどうか思案しているらしい。

やがて、エリス様は意を決したかのように、俺の目をまっすぐに見つめ、控えめな声で口を開いた。

 

「あの……その。今回、私はめぐみんさんの爆裂魔法による魔王軍幹部の討伐を見届けた、はず、なのですが……」

「ええ、しっかり倒してきましたよ?」

「……では、どうして……」

 

その言葉に込められた疑念と困惑が、まるで胸に突き刺さるようで、その痛みを紛らわすがごとく、俺はあえて軽く答える。

どうして俺が再びやり直しを選んだのかを問いたいのだろうが、彼女はその言葉を飲み込んだままだ。

その優しさに、逆に心が痛む。

 

エリス様の慈悲深い目が、まるで全てを許そうとしているかのように優しく俺を見つめる。

女神然としたその眼差しに、俺は堪え切れず、深く息をついて……

 

 

 

 

今回、アクアがいなくて変わったことに対してはうまい具合に修正できたはずだ。

ドラゴンゾンビや外壁の補修はこっちの俺の転生特典のおかげで問題なく代用がきいた。

ゾンビは攻撃魔法を駆使して何とか掻い潜ってたし、クリエイトアースで外壁は分厚くなったし、劣化マイトは代わりにとっさのティンダーで対処してた。

毛玉の大精霊についてはアクアがいないおかげで何事もなく終わった。

現場の士気もシュワシュワの差し入れで高い状態を維持できた。

そして、最後も俺が体験した筋道通りに……

俺はうまくやった……はずなんだ。

 

「あなた、やっぱり勇者の末裔じゃないの? 私さえ知らない恐ろしい魔法を使ってくれたけど」

「威力が桁違いで気づかなかったのか? あれは初級魔法、ティンダーだ」

「そんなわけないでしょ!?」

 

ウォルバクの視線が鋭く俺に向けられるが、こっちの俺は冷静を装って答える。

信じる信じないはあなた次第ってやつだ。

しかし――

 

「なあ、本当に俺たちと戦わない道ってのは残されてないのか? 俺としてはちょむすけを見逃して、今後俺たちには関わらないと誓うんだったらこっそり見逃してもいいと思ってるんだが」

「……未知の魔法だとしても、初級魔法だとしても、あなたのような恐ろしい魔法を躊躇なく人に向かって撃ってくるような鬼畜、生かしてはおけないわ」

「鬼畜いうなし! ただ単に敵に対しては冷静かつ無慈悲なだけだから!」

「それを人は鬼畜というのよ? ……それと、その黒猫を見逃すってのも無理だから。私は力を失いすぎたの」

 

ウォルバクは腕部分のローブをめくり、俺たちに見せつける。

そこには半透明になった腕。

まるでウィズがアクアの涙に当てられて消えかけてるときそっくりだ。

 

「私の部下――いえ、私の信者のことを殺しまわったせいよ。女神の力の根源は信者たちが神を崇めるその心。もう私には自分自身を回復させる力すら残っていない。つまり、このままだと私は、私の半身に取り込まれちゃうのよ」

 

……もしかして、アクアが『私がスーパートップオブ女神だから消滅しなかったのよ!』的なことを言ってたのは本当だったのか?

めっちゃくちゃ馬鹿っぽくて信用ならなかったから完全にアクアの思い込みかなんかだって思ってたのに、割と嘘でもないのか?

信仰心は神の力の本質で、それは世界のシステムに抗うことができる者こそが女神…………いやいや、何めぐみんみたいな妄想膨らませてるんだ俺は!

わからないことを考えている間にも話はどんどん進んでいく。

 

「あの、紅魔の里で封印が解かれた時のことは覚えていませんか?」

「覚えてないわね」

「じゃあ、紅魔の里で五歳、六歳くらいの女の子がいたりは……」

「覚えてないわ」

「……なるほど、合点がいきました」

 

ぼそりと、誰にも聞こえないような声でつぶやくと、両手で杖を握りしめるめぐみん。

ウォルバクがめぐみんのことを覚えていないという理由、勝手に俺の中で魔王軍幹部の封印を解いた張本人だと大勢の前で知られることがないように配慮してくれたんだと、そう思っていたんだが。

 

「本当は、覚えてくれてたんですね? あなたにずっと言いたかったことと、見せたかったものがあります」

「……」

「あなたに教えてもらった爆裂魔法、もはや詠唱がなくても制御が可能なほど、誰よりも極めることができました――ありがとう」

 

その言葉は、静寂の中で響いた。周囲で見守っている冒険者たちには聞こえないほどの小さな声だったが、その声には、確かな決意が込められていた。

そして、めぐみんはその決意を胸に、恩人へ向けて手向けの花を捧げた。

 

「『エクスプロージョン』――ッッ!!」

 

 

 

 

その夜のこと。

すべてが終わったというのに、心はすっきりと晴れ渡らなかった。

 

ウォルバクが跡形もなく、まるで亡霊のように消え去った姿を見て、俺は悲しさを感じているのだろうか。

それとも、自分の正体が見破られたとき、俺もあのように消えてしまうのかという恐怖心からなのか。

あるいは、めぐみんのひどく辛そうな声――二度と聞きたくなかったその声を、再び耳にしてしまったからなのか。

 

「私はとても恩知らずです。自分を助けてくれた恩人を手にかけてしまいました」

 

かつて俺が与えられた部屋。

ドア越しに聞こえてくる、めぐみんの負い目に満ちた独白。

その言葉を聞いていると、本当にこれでよかったのかと葛藤が沸き上がる。

……教えてもらった爆裂魔法を習得できたことを報告するため、あのときのお礼を言うためにウォルバクを探してたのに、どうしてこんな形になってしまったんだろう。

 

 

 

 

寝付けない。

俺の中で感情がせめぎ合ってて全く眠気なんてない。

どうしようもなく、仕方なしに夜風に当たりながら外壁で酒を呷る。

しばらく一人で曇った空を見ていると、一つの声が聞こえてきた。

 

「おっ、仮面の人じゃん」

「……なんだ、カズマか。傷心気味の美少女に夜這いされ、結局自ら夜這いを拒否し、悶々として眠れないのか?」

「ち、ちっげーよ! ……半分は」

 

半分は正解らしい。

きっともう半分は「これでよかったのか」という終わりのない自問自答だ。

というか前の俺もそうだったしな。

ここは人生の先輩らしく慰めてやろうか。

 

「……寝酒に一杯飲んでくか?」

「おっ、悪だなぁ、お酒は睡眠の質を悪化させるんだぞぉ?」

「じゃあこれは全部俺の分ってことで」

「ああっ、冗談! 飲む、飲むから!」

 

そう言って、暗闇で何も見えない中、やるせなさを酒でかき消すように喉に流す。

しばらく秋の訪れを感じさせるような物寂しい空気に吹かれながら、ただ徒に時が流れていく。

そんな静寂だったが、こっちの俺はそれを打ち破る。

 

「なあ、仮面の人……これが本当に最善手だったのか?」

 

いきなり、されど静かに問いかけられたその言葉に、俺は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

しかし、その意味を咀嚼した瞬間、心臓が一拍大きく脈打つ。

 

「……最善手に決まってるだろう?」

 

言葉に出してみたものの、自信のない声が自分でもわかる。

確かに、俺たちはウォルバクを倒し、世界を救った。

しかし、それが本当に最善だったのか? 

問いかけが、俺の中にくすぶっていた疑問を無理やり引っ張り出してきた。

 

「本当にこれがベストだったのか、考えてみたか?」

「……どういう意味だよ?」

 

その苛立ちが含まれていた声に、思わず俺は言葉を詰まらせる。

俺自身が、その問いかけに答えられないことをわかっていたからだ。

だってそうだろ?

俺の役目は俺が体験した筋道を通るようにこっちの俺たちの補助をするだけだ。

余計な道を書き加えて、それで魔王に負けるような道にそれていくようなことだけはしたくない。

 

俺はさ、あの駄女神……アクアがいない分、何とか上手くやったつもりだ。

でも、それが正しかったのか、ずっと考えてるんだ。

でもできないんだ。

俺には、今まで体験してきた筋道をなぞることしか。

 

「ほんとか?」

「……ああ。俺は、俺なりにベストを尽くした」

「ベストを尽くした、ね」

 

自分に言い聞かせるように、俺は言葉を絞り出す。

しかし、その言葉は空虚に響いた。

 

「……ウォルバクを消滅させる以外に、本当に方法はなかったのか?」

「ああ……」

「ベストを尽くしたってのに何でそんなにテンション低いんだよ。本当はもっといい方法があったかもしれないって顔だぞ?」

「顔……仮面で見えないだろ」

「でもお前は俺たちの顔見えるだろ? ……なあ、お前さ、今のめぐみんを見て何も思わないのか? めぐみんがどう思ってるか、考えたことあるか? ないだろ」

「……ッ ないわけないだろ!」

「じゃあどうしてこんな結果になった! いつも俺らのことを最善に連れてってくれんのに! 今日のこれがベストだって? ふざけるのも大概に……」

「じゃあ! 俺はどうすればよかったんだよ! どうすれば……よかったんだよ……!」

 

言葉が胸に突き刺さり、俺は感情を抑えきれずに叫ぶ。

そんな言葉が何もない暗闇へ吸い込まれていく。

――私はとても恩知らずです。自分を助けてくれた恩人を手にかけてしまいました。

 

めぐみんの独白が頭の中で想起する。

あまりにも辛そうで、痛々しい声。

俺はめぐみんに何をしてあげられたのか、何ができたのか。

そう考えた瞬間、胸の奥がきしむように痛んだ。

それでも、俺にはウォルバクを消滅させる以外の道なんて考えられなかった。

 

「……悪い。酔ってるみたいだ」

「いや、俺こそ。……アンタみたいな完全無欠の超人だったら何でもできるんじゃないかって。そう思って苛立ちぶつけてたわ」

「超人ね……俺はそんな大層なモンじゃないんだけどな」

「そうみたいだな。酒で酔ってるし、感情爆発してるし、今まで得体の知れないなんかだと思ってたけど、意外と人間じゃん」

「人間だわ! ……まさか今まで人外だって思ってやがったのか!?」

「だってベルディアとか、何なら魔王より強いって噂のバニルをもほとんど一人で完封するんだぜ? んなもん人外だろ」

「……確かに」

「ほらな?」

 

少し笑い声が聞こえると、月影が俺たちを照らす。

ふと、顔を見ると冗談めかした笑いの顔には、眉が寂しげに浮かんでいた。

そんな俺に気づいたのか、こっちの俺は見つめ返し、そのまま静かに問うた。

 

「わかっちゃいるんだがなぁ……本当に……それしか方法がなかったのか?」

 

頭をかきながら言うその言葉には、無力感から来るいらだちをわずかに感じる。

そして俺への問いかけと同時に、自らへの問いかけも含まれているように感じた。

俺は口を開いて何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。

その問いかけが、俺の中の揺れ動く感情をかき乱していた。

何が正しかったのか、何が間違っていたのか……俺にわかるわけもない。

 

「俺がどうすればよかったのか? ……本当に、わからないんだよ」

 

俺の声は弱々しく響いた。

心の中に溜まった後悔や苦しみが、言葉となって漏れ出た。

俺は、本当はどうしたかったのか。

ウォルバクを消滅させること以外に、何ができたのか。

 

「なあ、カズマ」

「なんだ?」

「……お前は、どうしたい。もし、再びこのときをやり直せるとしたら、どうしたい」

「どうしたい、か……」

 

こっちの俺は、少し考える様子を見せ、望月を見た。

遙か遠く、手を伸ばしても届かない願望に手を伸ばすように。

 

「俺は……ウォルバクを消滅させたくない。いや、めぐみんのあんな顔……見たくないから、何とか方法があるんだったら、そうしたかったよ」

「……やっぱそうだよなぁ」

 

俺は俺だもんな。

俺の声は、今度ははっきりと響いた。

俺自身の意思が固まった瞬間だった。

 

「よし、決まりだな」

「仮面の人? 一体何がだ?」

「今はまだ、どうすればいいかとか、全く思いつかないが、何とかひねり出してやる」

「ひねり出す? それしたところで過去は過去で変わんないだろ」

「……いや、やり直そう」

「えっ?」

「今度こそ、俺たちの手で最善の道を選ぼう」

「な、何を言って……頭でもとち狂ったか?」

「そうだな、今の俺は……ちょっとばかり狂ってるんだろうな」

 

俺の我が儘で、エリス様に迷惑をかける。

俺自身の迷いと未練が原因で、どうしようもない我が儘だ。

 

それをしたところで、俺が戻るべき世界で出来事は何も変わらない。

起きてしまったこととして、これからもずっと変わらずその事実はあり続ける。

それでも好きな人の悲しい顔を、負い目を作らせたくはない……これは俺のエゴだ。

 

 

 

 

「……って訳なんですよエリス様。いや、本当に我が儘言ってすいません」

 

そう言うと、エリス様は微かに眉をひそめたが、すぐにその表情を元に戻し、優しい眼差しで俺を見つめてくれた。

まるで全てを受け入れる覚悟ができているかのように。

 

「はぁ……もうなれましたよ。あなたの我が儘は先輩のソレより酷いんですから、たまににしてくださいね? 見てるこっちがつらいものがあるんですから」

「いや、マジすんません」

「それに、今回の場合、本当にカズマさんが体験したとおりの展開なのですから……」

 

何かを言いかけたエリス様が口を閉じる。

エリス様の言いたいことはわかる。

確かにそうだ。

 

「確かに、ウォルバクを倒したことで、表向きの問題は解決しましたよ。でも……それが本当に最善だったのかと問われると……。めぐみんが、俺のせいで心に深い傷を負って……これが、果たして正しい選択だったのか。ウォルバクを討つことで、何か大切なものを失ってしまったんじゃないかって」

 

俺の言葉にエリス様は静かに耳を傾け、何も言わずにその場に佇んでいた。

彼女の沈黙は俺にさらなる重圧を与えるようで、胸が締め付けられる。

言葉を紡ぐたびに、心の中に溜まっていた蟠りが形を成し、俺の口からこぼれ落ちていく。

全てを打ち明けたことで、ほんの少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。

 

「だから……俺はもう一度、やり直したかった。今度は、ウォルバクを討たずに別の方法で」

 

エリス様はしばらくの間、俺の言葉を噛み締めるように沈黙を保っていた。

そして、ゆっくりと微笑みながら頷いた。

 

「……カズマさん、あなたがそう決意されたのなら、私はそれを応援します。あなたの選択が、きっと誰かを救う道になるでしょう」

「ありがとうございます、エリス様」

「あまり無謀に突っ込んではだめですよ? ですが……ここに戻ってきたということは、何の策もなしに天界に戻ってきた……わけではないのでしょう?」

「ええ、少し確認したいことはあるんですが……」

 

エリス様の言うとおり、何も考えなしに自分の首をかっさばいたわけじゃない。

俺は、いつぞやの祭りの時のアドバイザーをしていたときのように、にやりと笑ってやった。

 

「俺に、考えがあります」




なんか、何というか、シリアスな雰囲気に流されてるし、カズマらしくない……気がしなくもない。
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