「ストーカーが現れたんです!」
仮面の人に促されてウィズの魔道具店に行ってみたら、そんなことを言い出したんだ。
正直、仮面の人の言った通りだったし、特段の驚きはない。
むしろウィズみたいな美人な店主が今まで男っ気がなかった方がおかしいまである。
……きっと、そんなことを思っているんだろうなぁ。
俺は誰にも見つからないように魔道具店の外から店内の様子を伺っていた。
ウィズ曰く「真っ黒なローブを着た人がローブを深くかぶったままこう言ったんです。『俺の名はデューク。お前に会うためにはるか遠い地からやってきたものだ……。何年もの間お前のことを調べ続け、お前のことだけを考え続けていた』――」
正直、こういう言い回しをするあの堕天使に非があるんじゃあないかと俺は思うんだ。
そして、このストーカーのような言い回しこそが勘違いではなく真実であると、それを伝えなかったバニルはデューク以上にたちが悪い、最悪最低な非の打ち所しかない立派な悪魔だ。
そんなこと思いつつも、今回天界で考えてきた解決案を実際に実行するか否かを頭の中で巡らせる。
「しっかしどうしたもんかなぁ……。このループを断ち切るにはデュークを倒さなきゃいけないが……うーん……」
アクアがいない今回、バニルやウィズ、そして俺たちだけで対応したら逃げられてしまった。
今回のリセットはデュークに逃げられたせいで起きた。
つまりしっかり討伐すれば防げるはず。
でもどう行動すれば討伐に漕ぎ着けられるのか……
リッチーになる前ならばウィズと比較して能力は若干劣勢であるものの、激情に駆られる前のウィズであればほとんど互角の攻防を繰り広げていた。
だが、リッチーになってからは互角以上……
それこそバニルやこっちの俺たちが戦いに参加しなければむしろウィズの方が押し負けていたかもしれない状況。
まあ、バニルがいたおかげで誰一人として死ぬ状況にはならなかったんだが、だからと言ってバニルはデュークに対して積極的に攻撃を仕掛けるわけでもなく、バニルがいては勝てないと踏んだデュークは逃げてしまった。
バニルをなんとかすればいいのではないかと思うも、俺から奴に直接接触すれば怪しまれて即時エンド。
なら一体どうすればいいか……
バニルがいなければ一応は互角の戦いをしていたデュークが逃げ出すこともないはず。
ウィズがデュークに対して変にこじらせた恋心を持つでもなく最初からクライマックス状態だったらあんなやつなんて終始圧倒、まるで八百長試合のような戦いになるはずだ。
ただし、デュークがリッチーになってしまったら……
アクアもバニルもおらず、ウィズとこっそり見ようとしていた俺たちだけじゃ死人が出てしまう可能性が高い。
つまり――
ウィズを恋から早めに覚まさせ、最初から手加減なしでデュークを相手してもらい、バニルが来る前に決着をつければデュークの討伐に漕ぎ着けられる。
そしてそのためには……
「ウィズにあのストーカー野郎は魔王軍の手先で一般人にも害をなす存在だとか、あの男は正真正銘のストーカー野郎だとか言ってやればいいだけなんだが、いかんせんタイミングがなぁ……」
そう、ウィズに俺の言葉を信用してもらうにはきっかけが必要だ。
だって考えてもみろ。
「あなた……男を見る目がないですね?」なんて言ったら単純に失礼なヤツとして信用に値せず、強制退店させられ。
「これからお前のことをストーカーする男には用心しろ」だなんて言ってもそりゃ当たり前のことだろうと返され。
「魔王軍幹部が……」とか言っても証拠も何もないので適当に受け流される可能性が高い……
確実にあのデュークを討伐してもらうための作戦としては物足りない。
というかもし俺が店員で、いきなりそんなこと言う不審なやつに出くわしたらカラーボール投げつけてやるし、ストーカーされる前に言うのはアウト。
だが、ストーカー後のウィズは恐怖のあまり店内に引きこもってしまうのでそんなことを言おうにもバニルとの接触が避けられない。
とそこまで考えて、一つの妙案が降りてきた。
「……ウィズって告白モドキされた後に恋を患ってダンジョンに引きこもるんだったな」
ここは最果てにある最も深いと言われる巨大ダンジョン。
魑魅魍魎跋扈する未開の地に、冒険者たちは憧れを求め、死を恐れず潜り続ける。
財宝を守る番人が如く配置されたガーディアンゴーレムやアースドラゴン。
ダンジョンの主の財宝を狙う賊を嵌めるため宝箱に擬態するミミック。
重厚で濃密な魔素で満たされているが故にそれが固まり、時空は歪み、悪魔など異界の住人が蔓延る。
そんな身の毛がよだつ地下深くに、今日もまた犠牲となるものが足を踏み入れ……
「ほう、人間が一人でのこのこと……この俺の前にやってきたが運の尽きだ。せっかくだし食らってや」
「はぁ……『カースド・クリスタルプリズン』」
「ぬぁにィイイィィイッッ!? バカ……な…………」
犠牲となるものが足を……
「すき……」
「うぎゃぁぁあああああっっ!?」
「きらい……」
「助けてママァァアアアアァッ!!」
「すき…………はぁ……花占いの結果は……きらい……ですか…………はぁ」
……
一人で足を踏み入れた元冒険者。
勇敢さと無謀さとをはき違えたわけではなかった。
その目は少なくとも生きることを諦めた人の目ではない。
そもそも人ではなかった。
初っ端に出会ったドラゴンにオリジナル魔法で死を与え、その死体を使役してモンスターの散る数を花びらの数と見立てて花占いモドキをしている。
おおよそ人の感覚ではありえない冷酷無慈悲な人外極まる感性。
では問題だ。
このダンジョンには絶賛絶対絶命真っ最中な3人組の冒険者がいる。
「くそっ! もう追いついてきやがった! フラッシュの魔法が込められたスクロール、もうないのかよ! もう一度めくらましを……!」
「もうないよ! さっき使ったので最後だから!」
「くっ、せっかくお宝手に入れたってのに、俺たちここで終わりなのかよ!」
「死にたくない……死にたくないよ……!」
「お、おい! もう少しで4階層への階段がある! しつこいモンスターも魔素の薄い上の階層までは追ってこないはずだ!」
「もう無理! 足が……!」
もし、このような状況に置かれた、不幸にも敵に見つからなかったせいでこのダンジョンの適正階層よりも深くに無謀にも潜り込んでしまった冒険者とソレが鉢合わせてしまったら一体どうなるか……
「『フリーズ・ガスト』……」
「た、助かったぁ…………! あ、ありがとうござい、ま……!?」
人助けをしようとしたソレはドラゴンゾンビと虚ろな瞳をしたノーライフキング。
一体一体が先ほどのモンスターよりも強力なのにそんなのが2体もいる。
しかもあと少しで逃げ切れると思っていたのにも関わらず、その逃げ道を塞ぐように立っている。
それすなわち……許容量を超えた恐怖による意識の喪失である。
「ああ、デュークさん……どうしてあなたは私のことをこんなに求めてくれるんですか…………? ああ、すいません、どなたかいらっしゃったんですか?」
「……」
「えと、き、気絶してます? どどどうしましょう…………とりあえずここは危険ですし、私のせいで気絶させてしまったみたいですし、テレポートでダンジョンの外まで送ってしまいましょうか……」
「いや、介抱してやれよ」
「そ、そうですよね、やはりダンジョンから脱出したとしてもモンスターの脅威から完全に逃れたことにはなりませんし目を覚ましてから外に送るのが……って今の声は?」
ここには気絶している冒険者と自分の姿以外に見えるものは何もないというのにどこからかそんな声がした。
あたりを見渡すもどこを見てもその声の主の姿はおらず、先ほどまでのボケボケしている様子から世界最高峰の冒険者がかくあるべきという顔つきにウィズは変わる。
「おおっと、別にこいつらを襲うために追いかけてきたわけじゃないから安心して大丈夫だぞ」
「そう言われたらおおよその一般人は安心するのでしょうけど、元がつくとはいえこれでも冒険者です。姿を現してください!」
ウィズのそんな声に応じて、先ほどまで冒険者が駆けていた方の通路から足音がコツコツと響き、暗闇の奥からその姿を見せる。
アンデッドの王なら種族特性として暗視は持っているはずなのに、それでも見えなかったその正体とは……
「そんなにピリピリしないでくれ、俺だよ俺!」
「か、仮面の常連さん! ……ってアレ、今、奥の方から来ましたよね?」
というわけでやってきました最果てにある最も深いと言われる巨大ダンジョン!
バニルとウィズにレベリングと言うかスキルポイントをゲットするために付き添ってもらって、その最下層をテレポート地点に登録するなんてことしたが、まさかこんなところで役に立つとは思わなんだ。
潜伏スキルと逃走スキルを駆使して階層ボスとか宝の地図に生息する雑魚モンスター(雑魚ではない)を回避しながら、ウィズを探してなんとかたどり着いた……
「もしかして今から帰りですか?」
「いや、そうじゃない。一連の騒動でここに引きこもってるって聞いたから大丈夫か確かめに……」
「私、誰にもここに行くって言ってないんですが……」
「……み、未来のウィズが言ってたんだよ」
「未来? ……もしかしてバニルさんが見通して、私に職場復帰しろと、連れ戻しにくるように言われたんですか!?」
「バニルなら喜んでウィズの退職を祝ってくれそうだが?」
「それはそれでひどい! でもどうしてでしょう、そう言われるとバニルさんが高笑いしながら私の新たな門出を見送る光景しか見えません……」
そもそも俺がバニルにウィズの未来を見通してくれだなんて口が裂けても言えない。
だってさ、仮面の悪魔さんは過去最大級の悪感情を貪りたいがためにわざと現状を放置するようなヤツだぜ?
俺が聞いたところではぐらかされるに決まってる。
そんなことを思っているとウィズは妄想上のバニルの行為のせいで結婚を祝われて嬉しいような、自分との約束をこんなにもあっさり破ってしまうのかとションボリしてるような……
「ウィズ、恋愛経験豊富な恋愛上級者である俺からアドバイスしてやろう」
「まさかここに私の求めていた答えがあるとでも!? ……よ、よろしくお願いします!」
「いいだろう…………結論、初恋は実らない!」
「ええっ!? なんか私の求めてた答えと違うんですが!?」
驚きの声を上げた後、自分の恋を否定されてがっかりと肩を落とすウィズ。
しかし俺の話はまだ終わらない!
「いいかウィズ、結論を言ったが、これにはちゃんと納得できる訳がある」
「わ、訳ですか?」
「そう。……まず質問させてもらうが、デュークと出会ったときの第一印象は?」
「……私のことを狙っているストーカー……でしたが! あの方は私のことを愛してるっていってくれたんです! 一生そばにいてくれると、そう熱烈にアプローチを……」
「してない」
「いいえ、確実にしました!」
ウィズの中のデュークは一体どんな告白をしたんだろうか。
恋は盲目とはいうが、見えてないどころか見ちゃいけないものまで見えてる気がする。
ウィズのすごい剣幕に引きながらも、俺はコホンと一拍おき。
「まあ、ウィズがそう言うんだったらそうなんだろ。ウィズの中では。でも第一印象が恐ろしいストーカーだったってのは間違いないんだろ?」
「え、ええ……」
「つまりウィズ。そこに恋愛初心者が陥りやすいミスポイントがある。恋をしてないのに恋をしていると勘違いしてしまうポイントが。……吊り橋効果って聞いたことないか?」
吊り橋効果……
それは、恐怖や不安を感じる状況で、その場に一緒にいる人に対して恋愛感情を抱きやすくなる心理的効果。
物事の原因を本来のものとは異なる原因に帰属させてしまう認知の誤り。
「それがウィズ、今回の恋の正体だ」
「そ、そんなの信じられません! わ、私にあんなに情熱的なプロポーズをしてくれくれたのに……その彼の心にドキッとしてしまったのではないかとずっと思ってました! やっぱり信じられま」
「ヤツが魔王軍幹部候補だとしても?」
「……え?」
「聞いてるんだよ。あの魔王軍でアクセルの街を襲撃しようとしている男如きで、アンタの止まった心臓がときめいてんのかって」
俺が被せるように解き放った言葉にウィズの眉がピクリと動いた。
その瞬間に俺はこの作戦の成功を人知れず感じた。