「ウィズ、帰ってきてたのか!」
ゼーレシルトの言葉を聞き、降りしきる雨の中、魔道具店にやってきた俺たち。
店のドアを開けると、そこには恋した顔の呆けたリッチー
――ではなく、何か険しい顔をしたウィズが、俺たちの声にも気づかない様子で頭を抱えていた。
「……なにこれ」
「帰ってきてからずっとこうなのだ。帰ってきたかと思えば何を尋ねても上の空というか、一人で頭を抱えている。何でも『私のこの気持ちは嘘なのでしょうか』だとか『デュークさんは私のことをどう思ってるのでしょうか』だとか、どこぞの馬の骨の告白を受け入れるかどうするかを悩んでいるようでな。経営が黒字に傾いたので放置しているところだ」
「いや、相談に乗ってやれよ。ギルドで相談屋やってんだろお前」
「しかしだな、このように……」
バニルは腕を組んで構え――
仮面の奥が赤く光り、その腕から光線が放たれた。
予期しない流れるような自然な攻撃に思わず顎が外れる思いだったが、それ以上にウィズがその光線を瞬時に氷の魔法で相殺するのを見て目が飛び出かけた。
そんな俺にバニルは。
「と、このようにだな、意識をこちらに戻そうとバニル式破壊光線をやっても、反射で防御こそすれどそれ以外の反応は示さんのだ」
「なんでそんな過激な方法を!? 普通に肩揺すってやれよ」
「そんなもの、とっくにやっておるわ。……きっと、この店主は夢中五里羅の特殊スキルに当てられたのだろう、しばらくはこの状態のままであるので観賞用の置物として接するのが吉である」
「何だよそのムチュウゴリラって。というかリッチーって状態異常が無効なんだろ? これ大丈夫なのかよ」
状態異常無効という種族特性を有していながら、それを貫通してこんな状態になってるなんて、大丈夫なのかと心配していたのだが……
ウィズにネコミミつけて招き猫みたいなポーズさせて店頭に飾るバニル。
……うん、心配して損した。
「ついでに店主のブロマイドを作ってやろう。外界からの刺激に対して無反応なのでこれを利用して儲けてやろう。ふはははははは! 見える、見えるぞ、これで商売繁盛する未来と店主から悪感情を引き出す未来が見える見え…………」
「ん? なんだよバニル、急にスンっとなって」
「……とびきりの悪感情を得ることができる未来を見た。が、その未来は我が輩が知らぬ存ぜぬ間に潰えた……救いも神なんぞもいなかった! そう、我ら悪魔が宿敵である神は死んだのだふはははは……ふは……」
乾いた声で笑い続ける悪魔。
どうやらそのすべてを見通す瞳は、悲惨な未来をも見通してしまったらしい。
それでもウィズにポージングさせて魔道カメラで写真を撮る手は止まらない。
……もう、帰っていいかな。
「すみません、お騒がせしたようで……」
「いや、うん。大丈夫だぞ?」
しばらくして、ようやく正気を取り戻したウィズ。
自分の頭に装着させられているネコミミに気づかないまま頭を下げられても……
そんなウィズを見て、いたたまれなくなったのかダクネスが頭を上げるように促し。
「バニルから事情は聞いているが、その、一体ムチュウゴリラとはどのようなモンスターなのだ? 魔王軍幹部のリッチー相手に状態異常を与えるその特殊性……ぜぜぜ、ぜひ私に聞かせてくれっ!」
訂正しよう。
いたたまれなくなったわけじゃない。
ゴリラという屈強な動物とその戦闘力にドMが暴走しただけだった。
「ムチュウゴリラ、ですか? 初めて聞きますが、それはモンスターですか?」
「あれっ!? さ、先ほどバニルに……」
「屈強な筋肉だるまに組み伏されたい変態貴族よ、あれは冗談である」
「なっ!?」
さっきの言葉、悪感情を搾り取るための布石だったか……
仮面の悪魔に殴りかかろうとする変態。
話が進まないからとドMを外に運び出すペンギンとロリっ子を見やりつつ。
「じゃあ実際どうしてあんな状態になってたんだよ? デュークの告白から逃げて、そのまま家出して、帰ってきたと思ったらあんな魂が抜けたような有り様だったのは……」
「えっと、実は……」
話を聞けば、世界の最果てにある最も深いと言われる巨大ダンジョンに籠もってモンスターを狩りながら告白についてずっと悩み続けていたそうな。(このノロケ話で数十分かかった)
しかし、ダンジョンの奥から仮面の人が現れ「ウィズのそれは本当の恋じゃない(意訳)」「あのストーカー野郎はアクセルの街を攻撃しようとしている魔王軍の一人だ(意訳)」みたいなことを言われたらしい。(この話は5分もかからずに終わった)
「それでどうすればいいのか、考えていたら……」
「バニルの攻撃にすら気づかないレベルで考え込んでたのか」
「はい……」
……どうして引き籠もり先がダンジョンなのか。
なぜダンジョンから仮面の人が湧いて出てきたのか。
待ち伏せしてたのならどちらがストーカー野郎なのか。
そんな考えは話をめんどくさくしないためにぐっと心の奥底に仕舞い込む。
ウィズは店に飾ってあった花をもじもじと弄び始め……
「私は一体どうすればいいのでしょうか……」
「玉砕覚悟で返事をしてくるといい。我が輩が見通した限り、汝を慕うその男がこの街で貴様の情報収集に勤しんでおる。そして素晴らしい、素晴らしいぞ! 見通す悪魔が宣言しよう! 汝がその思いに応えるとき、これ以上にない至上の歓喜と幸福を享受するものが生まれるだろう!」
バニルの宣言にウィズが満更でもなさそうな顔で口元を緩めた。
「……おかしい。実におかしい」
「一体何がおかしいというのですか? もしかして私というものがありながらウィズに嫉妬ですか?」
「ちがわい!」
魔道具店からの帰り道、そんなことを言うめぐみんに反論する。
マジで嫉妬ジャナイよ。
「じゃあ何だというのだ? 浮気性なお前のことだから……」
「少しくらい俺のこと信用してくれてもいいんじゃないかって思うんだ」
「信用してるから言ってるのだ」
「そうですとも、信用してるから言っているのです」
おっと、仲間から信用されてないみたいです。
泣いてもいいかな。
涙をホロリとこぼしていると、クスリと笑ってめぐみんが。
「それで、冗談はこの辺にしておいて、一体何がおかしいというのですか?」
「……仮面の人だよ。あの人がわざわざウィズをストーカーしてそんなことを言ってきたってことは何かある、そう思うんだ。それにデュークが魔王軍だって言ってたってのも引っかかる」
「確かに引っかかりますが、バニルは正反対のことを言っていましたよ? 契約にうるさい悪魔は嘘をつけませんしウィズの恋を思えばこそ静かに見守っておくべきでは?」
「それにカズマがあのときあの男とウィズの会話を読唇術スキルで見て、それで認めたんじゃないか」
「それは……そうだけどさ……」
ダクネスとめぐみんの言葉ももっともだ。
俺だってさっきまでそう思ってたが……仮面の人の言葉がどうにも……
「ふははははは! 探りを入れるために逆ナンに失敗した箱入りクルセイダーとますます混乱している冒険者、それから敵前逃亡したロリコン特攻型爆裂魔法使いよ、久方ぶりであるな!」
「誰のせいだと思って!」
「誰のせいも何も、お前たちがあいつに直接魔王軍なのかどうか聞けば済んだ話だろうに。一体どうしてくどい聞き方してんだよ」
「だ、だって将来ウィズの旦那になるやつかもしれないんだぞ! そんなやつにいきなり魔王軍ですかとか言ってみろ! もしそうじゃなかった場合第一印象最悪でぶん殴られるところの話じゃない!」
「それにあの男が情熱的で一途な男なのは告白現場を目撃したおかげで知っている! むしろ仮面の人、貴様の方が嘘をついているんじゃないかと疑っているまであるのだ。この際事の真相をしっかり白状してはどうだ」
目撃したっていうか、俺の読唇術スキルで要約したのを聞かせただけだろ。
あまりにも胡散臭すぎて信用されてない仮面の人がマジで言ってんのこいつみたいな顔してるが、普通こういう反応が当たり前なんだからな?
俺だって本当は信用したい……だって女神エリスとか女神アクアっていう神聖な大物と知り合いだし、今までどうにも俺たちに害をなさないし。
でも信用されてなくて解せぬという顔するんだったら、まず初めにその仮面を外すところから始めるといいと思うんだ。
この場に味方が誰一人としていないことに気づいたのか仮面の人はあからさまに大きなため息をつき。
「その調子だとウィズにも俺の言葉はあんまり届いてない感じか……」
「いや、わりとどうしようかって悩んでる風であったぞ? というか何でお前ダンジョンにいたんだよ。もしかしなくてもウィズのストーカーってデューク以外にもう1人いるだろ」
「マジか! まさか俺の知らない情報が……できればそいつに会わせて欲しいんだが」
マジかこいつ。
1ミリも自分のことをストーカーだと思っていないぞ。
本当に危ないやつってこういう自覚のないやつのことを言うんだろうな……
こんな会わせてやるつって鏡の前に立たせてやろ。
「と、そんな冗談は置いといてだ」
「いや自覚あったんかい! もしかして自覚ある方が逆にやばいやつなんじゃ?」
「安心しろ、俺はウィズのことは追いかけてない。ウィズの行動を先読みしてダンジョンの最終階層に登録してあったテレポート地点に飛んだだけだ」
「むしろその方が怖いが? ストーカー極まれりって感じなんだが!?」
「まあまあそんなことは置いといて、お前らが連続で失敗して入れたあのデュークとかっていうどこぞの馬の骨とも知らない魔王軍の幹部候補とピンクミュルミュル貝の話で意気投合してきたから」
「マジかこいつ! 意気投合って意図的に作り出しているようなもんなのか!? あとピンクミュルミュル貝って何!?」
「まあまあまあまあ、そういうわけで意気投合してきたついでにウィズに伝言をしてくれと頼まれてな。今日これから共同墓地で待ってるらしい。事の真相を確かめたいというのなら、いざゆかん約束の地へ」
共同墓地だって?
リッチーなら確かに住みやすそうな環境かもしれないが、世間一般で言う告白するための場所としては絶対ありえない。
だがしかし、そこに行ってみないことには話は進まない。
「ウィズのところへ行ってみましょうか。今回の件に関して、一体何が真実かを見定めに」
「めぐみんの言う通りだ。それに、もしあの情熱的な男がプロポーズをするならば、一体どのように決行するのか気になる」
「どっちにしてもまずはウィズにデュークが待っている場所を伝えに行かないと……みんなで行ってみるか」
「俺は遠慮しときます」
「いや張本人だろ! 一緒に来い!」
魔道具店のドアを開けると、カウンターにはなぜか着ぐるみが店番をしていた。
「いらっしゃいませ、ウィズ魔道具店……へ……。おっと、ダスティネス卿とそのお仲間たちか」
「……ここの店主と覆面アルバイターは?」
「ああ、あの二人をお探しか。バニル様はどういうわけかふてくされた様子で仕入れに、店主殿はお花を摘みに行って……ちょうど帰って来ましたね」
どうしてバニルがふてくされているかとか、お花摘みってトイレって意味じゃなくてマジで花摘んできたのかだとか、色々ツッコミどころはあるがそんなことはさておき。
「ウィズ、仮面の人から受け取ったデュークからの伝言を持ってきたぞー」
「なんだかややこしい状況ですね……というかどうしたんですかその泥がついた状態は……」
「本当は奴の口からウィズに伝えて欲しかったのだが、私たちの前で言うだけ言ってここには来ないと頑なでな。とっ捕まえて引きずってこようかとも思ったが……まあ、ご覧の有様というわけだ」
「まさかクリエイトウォーターとクリエイトアースを使ってぬかるみを作り逃亡するとは思いませんでしたよ……どうしてこの店に来たくないのか、ますます疑念が深まるばかりです」
「それはそれはなかなか大変だったんですね」
一応泥は落としてきたんだがさすがに拭うだけじゃ全て落としきれなかったようで。
ウィズの労りの言葉を受け取りつつ、俺は伝言を伝える。
「デュークは街の外れにあるあの共同墓地で待ってるんだってよ」
「そうでしたか、わざわざありがとうございます……。あの……」
「ん? どうしたウィズ?」
「――私、あれから真剣に考えたんです」
前に来た時もずいぶん様子がおかしかったが、今回はまた違った意味でおかしい。
いつもおっとりしているようなウィズが今日はいつにも増して厳しい顔持ちで、真剣さが伺える。
「ダンジョンにこもってた最初こそ、デュークさんの想いに答えるべきか否かを考えていました。どうしてデュークさんは私のことをあんなに情熱的に口説いてきてくれるのだろうと。だって私はリッチーですよ? それなのに、俺はそれでも構わないと、アンデッドでも美しいと、そのままのお前が好きだと言ってくれて……」
「そんなセリフ言ってたかな……」
「あったばかりだというのにいきなり家庭を持ちたいだなんて……しかも可憐なお前に危ない仕事は似合わない、これからは俺が前を守ってやるから、と……」
「そんなこと言ってないよね」
「ですが、仮面の常連さんの話を聞いて、考えたんです。自分を愛してくれる人が、自分が愛して止まないこの街の人々に害をなす……。そう考えたら初恋の人を取るのか、それとも……」
「お、おい、さすがにまだあいつがそういうやつだって決まったわけじゃ……」
「いえ、違うんです。私、心配で魔王さんに確認を取ってきたんです」
なんと、ここでそんなビッグネームを聞くことになるとは。
そういえば俺がいる世界って魔王が人類を滅ぼさんとする過酷な異世界だったことを思い出す。
そして目の前の存在は、そんな魔王軍幹部が一人、ノーライフキングであると思い出した。
普段の様子からは全くそんなことを連想できないのに、周囲の空気が微妙に冷たいせいか、普段の彼女には見られない覇気を感じた。
俺はごくりと唾を飲み、激しく打ち付ける心臓の鼓動を感じながら。
「それで、どうだったんだ……」
「デュークさんは、魔王軍の幹部候補でした。……もし、あの人と付き合うなら、私は、このお店も、この街も、全てを捨てなければいけないということに気づいたんです。だって、私のように平和的な魔王軍の方なんて、人類との共存を目指す目標を掲げた方なんて……」
その瞳に宿っていた恋の色は置き去りにし、代わりに見えるのは燃える炎のような熱い意志。
アルカンレティアで見たことがある、本気になった時のあの瞳と同じだった。
「それでは行ってきますね、決別に」