「『ファイアー・レジスト』…………それでは皆さん、行ってきますね」
「おう」
アクセルの街から少し離れた共同墓地。
そんな告白するようなムードとは程遠いその場所に着くと、そこにはすでにデュークの姿が。
古めかしいローブとマントを羽織ったその格好はどう見てもこれからプロポーズをしようという姿ではない。
こりゃ仮面の人が正しそうな予感しかしない……
そんなこと思っているとデュークがこちらに気づいて。
「今回は逃げないのだな」
「ええ……あなたに確認したいことがあってきましたから」
「確認したいこと?」
「…………貴方は、魔王軍幹部候補、で、間違いないのですね」
ウィズのそんな言葉を聞いて、一瞬目を丸くした後、クツクツと笑い始めるデューク。
しばらくして笑いが収まり、おもむろに自分が身にまとっていたローブを脱ぎ始め――
その体には魔王軍の紋様が刻み込まれていた。
「そうだな、確認は大事だ。……俺の名はデューク、魔王軍幹部の候補にして、神に反逆せし者」
デュークの名乗りにめぐみんが
「何ですか! 何なんですか、あの紅魔族の琴線にびんびんと響いてくる名乗りは! 神に反逆せし者だなんて、かっこよすぎます!!」
と、興奮のあまり目を真っ赤に染め上げ、思わずサインをくださいと言わんばかりに向こうに行こうとしてるのでバインドで押さえつける。
それでもなんとか這いずっていこうとするめぐみんの手綱をダクネスに渡し、会話の続きを見ようと視線をそちらに戻す。
「貴方は、私の後を引き継ぐと言っていましたが、それは戦いに関係のない人に、この街の人々に攻撃を仕掛ける……そう捉えても構わないのですね」
「ああ、何を当たり前のことを。というか既にこの地のことは魔王様のもとへ報告している。消息不明であった魔王軍幹部、大物賞金首……その全てにそこにいる男が関わっているとな。いずれこの町は魔王軍の最重要拠点となるだろう……聞きたいというのはそれだけか?」
「ええ。それだけです」
「いやお前何言ってくれてんだよ!」という言葉はウィズの冷え切った言葉に遮られる。
というよりその覇気に押されて言葉に詰まってしまったと言った方が正確か。
決別の意思が固まったウィズの周りの空気が冷やされ、地面に氷が張っていく。
万が一、自分と同じように人類と共存を目指すタイプであれば告白に応える予定だったのだろうが。
確実にそうではないと言い切って見せたデュークは敵だ。
かつて、氷の魔女と恐れられたウィズ……それは何も氷の魔法を操るというだけではない。
敵とみなしたものは容赦なく――
「元は氷の魔女と呼ばれ、至高の冒険者パーティーを導いた者よ。今となってはアンデットになり下がり、されど魔道の真髄を追い求めるものよ。俺の名はデューク。俺もお前と同じくいつしか魔道の真髄を極めんとする者だ。魔王軍幹部になる覚悟もないアンデッドの王よ、その覚悟、俺がもらい受けるぞ! お前に決闘を――」
「ふふっ」
「……何がおかしい」
「いえ……その覚悟、随分と滑稽に見えたもので」
笑い声には実が伴っていない。
いつになく冷え切った目つきのアンデッドの王がそこにいた。
アルカンレティアで討伐したデッドリーポイズンスライムのハンスの時のような凍てつく視線だ。
「それに今、決闘とおっしゃってましたが、ちょっとその言葉は違いますね」
「何が違うというn――」
「貴方に反撃の余地なんて一切与えませんから」
凍てつくような目つきでにらみ付けると同時に地面の草木はしわがれ、霜が降り、睨まれたデュークが弾き飛ばされた。
幾つもの墓石を貫き、止まったかと思えばその勢いは止まらず墓石にめり込んでいく。
デュークは血を吐き、苦しげに。
「今、一体、何が……。攻撃された……? これほどの威力、起こりは一切なかった、重力系か……いや、魔力も感じない……この攻撃を、俺は魔法として認識できていない……!? 馬鹿な、俺は、炎魔術の極みに至ったはずなのに……これは、魔法なの……か!?」
「魔法ですよ? この程度は極みでも何でもないです。『フリーズ・ガスト』」
あの魔法と言っていいのかわからないソレの効果範囲外から離れたのか、よろめきながら立ち上がるデュークに追撃の魔法を放つ。
敵と認定した魔王軍の者から目を離さず、無詠唱で放たれた氷の魔法はその四肢にまとわりつき、完全に使えなくする。
反撃の余地を与えないと言った言葉はまさしくその通りで、まだまだ体力はあまりつつも現在の状況に本格的にまずいと思ったのかデュークは。
「グッ……ま、待ってくれ! 何か誤解をしているようだ! お、俺は魔道の深淵を探求するものとして手合わせ願っただけで、死合おうとは言ってない! さ、先ほどの魔法は一体何だ」
「さっきの魔法が一体何だったのか、ですか?」
「そ、そうだ! 得意属性が反対のもの同士仲良くすればより魔道の高見へと……」
「魔法の時間稼ぎは結構なことですがもう少し隠してやってくださいね。魔力、漏れ出てますよ?」
「くっ……このっ『インフェr――」
「『クリスタル・プリズン』」
ウィズの魔法はあらかじめ準備されていたのか、氷の監獄がデュークの周りを素早く覆いつくし、炎の魔法を無効化する。
「く、『クリムゾン・レーザー』!」
赤い熱線が放たれ、氷の壁を突き破り、ウィズに迫る。
しかし魔法の発動を予知していたのか、それを難なくかわす。
崩れ去った氷の残骸を見ると、そこには、ダメージを負った姿のデュークが。
インフェルノ――敵を燃やし尽くさんと放たれた魔法が氷の壁に反射し、牢獄内部の温度を激しく上昇させ肌を焼いたのだろう。
「はぁ……はぁ……よくもやってくれたなっ! そろそろ俺も本気を出さねばなら――」
「『カースド・クリスタルプリズン』――ッッ!!」
デュークが何か技を繰り出そうとした瞬間……えげつない、それを待たずに攻撃の手を緩めないとは。
俺は鬼畜だのなんだのとみんなからさんざん言われてきたが、覚悟が決まったウィズほどじゃあない。
てめぇは怒らせちゃあいけないヤツをを怒らせた……うん、まじで。
「いやぁ、壮観だなぁ」
「だな。やっぱこういう激しい本物の魔法戦は華があっていいな」(←?)
「おい、私の魔法は本物の魔法じゃないと言うならば一体どういうわけか聞こうじゃないか。さもなくば私もあの戦いに参戦し、本物の魔法を叩き込むことになる」
「それは名案だ。それで、できることならば私はあそこの中に飛び込んで燃やし尽くされたい……わかるだろう、私のこの抑えきれずにたぎっている高揚感を!」
「わからん。『バインド』」
「あふん///」
ダクネスのそんな声を聞き、思わずノンルックでバインド。
どうして俺のパーティーメンバーはこんなにも抑えが効かない連中ばっかりなのだろうか。
そんなことを思っていたらふと、知らない声が混じっていたことに違和感を覚え、その方を見ると。
「……さっき、あんなに激しく抵抗して魔道具店に行くのを拒否してたのにどういう風の吹き回しだよ、今のウィズと同じくらい攻撃がえげつないと評判の仮面の人」
「俺が行きたくなかったのはあくまで魔道具店、と言うかめんどくさいヤツがいるところ。そして、俺の作戦通り、この場所にはそんなめんどくさいやつが来なくなった。十分介入できる現場になったってわけだ。まさか、ウィズにデュークの正体をバラすだけで一石二鳥にもなるとは、我ながらなかなかに冴えてた」
「……? もしかしてお前、バニルのこと嫌いなのか?」
「むしろお前、バニルのことが好きなのか?」
「愚問でしたすいません」
あの悪魔のことは嫌い……とまでは言わないが好きかどうかと問われたらそれは否と答えるのが当たり前。
むしろあんな悪感情を絞り出されて、それでもなおあの悪魔が好きなやつは相当に狂っている。
なお、悪魔界隈は除くものとする。
あちらの世界ではご褒美らしいし。
そんなことを思っていると簀巻きめぐみんが。
「ところで、バニルが来なくなったとか言っていましたが、もともとバニルは来る予定だったのですか? ウィズにデュークの正体をバラすこととバニルが来なくなることに一体どんな関係が?」
「バニルがウィズをそそのかす。ウィズがデュークの告白を受け入れる。だが奴にはそんな気は微塵もない。あとはわかるだろ?」
「なるほど、把握です。ふはははははとか言ってウィズの悪感情をもらいに参上するわけですね」
「そーゆーことだ」
なかなかにえぐいことをしてくるもんだな悪魔。
そりゃ悪魔だもん。
……ああ、だから今日店に行った時、バニルはふてくされてどっか行ってたのか。
本来は、何とかしてウィズの悪感情をもらおうとしてたんだろうが、仮面の人のせいでその計画は破綻してしまったのだ。
そんなことをしている間にもウィズの攻撃はデュークを追い詰めていく。
勝てない状況に追い詰められ、逃げ延びようと足掻き始めたデュークが。
「ま、待て! せめて、先ほどの魔法の話を、冥途の土産に教えてはくれないか!」
「……なんでも自分の情報を教えるの、負けフラグというらしいですよ?」
「本当に待っ……」
「『ドレインタッチ』」
「あばばばば!? やめっ、降参、降参する、か……ら……」
最後のあがきも通用せず、ウィズは淡々と敵を追い詰めていく。
そんなウィズに勝ち目がないことを悟ったのか、刻々と皺枯れていくデュークは白旗を振る。
俺だったらそんなこと言われようと気絶するまで吸い続けるだろうが……さすがに鬼畜のキの字もないウィズは――
「本当に、降参しますか? 今後一切、街の人に危害を加えないと誓いますか? もし、あなたがそのようなことをしたら……分かりますよね?」
魔王軍は一般人に手出しをしてはいけない。
ウィズを魔王軍の幹部として迎え入れる際にそういう取り決めをしたようだが、このデュークはそれを破ってお灸を据えられた。
今後一切そういうことがないのなら見逃してあげようかという、魔王軍幹部としての立場を考えればこそ、これ以上の追撃は不要だと考えたのだろう。
その言葉にデュークはうつろな視線をウィズに向けるとこくりと首を縦に振る。
ウィズの手から解放されると力なく地面へと倒れこむ。
こうして、今回の騒動は終幕を迎えた……ように思えた――
「事態はまだ、終わりではないぞ」
「……は?」
そんな仮面の人の言葉に、俺はふと気になり、解放されたはずのデュークの方を見て思わず「な、何してるんだあいつ!?」と、あまりの事態に声をあげる。
仮面の人がいきなり現れたことに気を取られていた隙に、即席で書いたと思われる魔法陣の中でデュークは自らの胸に黒いナイフを突き立てたのだ。
「あいつ、降伏したふりをして魔導の奥義の一つであるリッチになる儀式を執り行ったんだ! クソッ、ここまでの作戦は完璧だったのに!」
「な、なんだって!? ウィズ! 離れろ!」
デュークはリッチになる前ですらウィズの猛攻を耐えしのいでいた。
はたしてそんな存在が物理攻撃や状態異常が通用しない、魔法に対して強い耐性を持つ最強のアンデッド、リッチーになったら……!?
想定外の事態に思わずウィズに叫び、距離をとらせる。
「ゴハッ……! 見ろ、この湧き上がる強大な魔力を……。ああ、黒の短剣に刺された箇所から、徐々に力が湧き出してくる……! 身体一つ一つの細胞から命が失われていく傍から、不死の肉体に変わっていく様がわかる! 俺は落ちたとはいえもとは天使の身、この手だけは使いたくなかったが仕方ない……。さあ、慌てようともう遅い! 油断こそが命取りだということ、高い授業料――」
「なんてな」
「……は?」
仮面の人が突き出す右手に集う眩く熱い球。
いつの間に詠唱したのだろう、それは爆裂魔法。
「さっ、さっき、ここまでの作戦は完璧だったと!」
「言った。……でもな、ここからの作戦が失敗したとは誰も言ってないんだぜ? 何だっけか、お前が言いたかった台詞――『高い授業料はお前の命で支払ってもらおう』でいいのか?」
「ま、待て! 貴様はバニルの眷属か何かだろう! 俺は魔王軍幹部候補の……」
「だがよぉ、こっちにおわすのは魔王軍幹部の先輩リッチーさんだぜ? つーわけで『エクスプロージョン』――ッッ!!」
「ひぎゃああああああああああ!」
……何というか、ウィズのことをえげつないだの何だのと思っていたが、本物には勝てないな。
口で負かされ、魔法で燃やされ、憐れすぎて何も言えない。
しかしここで追撃をやめるのは真の鬼畜じゃない。
「そえばめぐみんさんや」
「何ですか仮面の人? 今の私はぐるぐる巻きにされて身動き一つできない状態なのですが? できれば敵対リッチーとの戦闘に巻き込まれないように遠くへ避難させて欲しいのですが?」
「それは別にいいけど……いいのか? 魔王軍の幹部から降り立った堕天使がいるんだが、何でもそいつは世界最強の魔法使いらし――」
「『エクスプロージョン』――ッッ!!」
「ひぎゃああああああああああ!」
「これで私は名実ともに世界最強の魔法使いですね! ふーはっはっは!」――じゃねーよ!
墓地で爆裂魔法を撃ち込むな!
いや、仮面の人が撃ってたのでじゃなくて!
おかげでデュークどころか墓地が半壊して……
「とどめだ! ウィズ!」
「初恋の人……さよならです! 『エクスプローション』――ッッ!!」
「いやちょっと待って!? さっきめぐみんのエクスプロージョンで消し飛んだよな!? 燃えカスすら残っていないそこにどうして今撃ち込んだ!?」
「いやわからないぞ、メタルスライムみたいに逃げ足だけはすごいあいつのことだ。ライト・オブ・リフレクションをしてその辺に隠れてるかもしれない! カズマ! さらに追い打ちだ!」
「一体アンタは堕天使と墓地に何の恨みが!?」
「カズマ! エリス様に逆らった不届き者に天誅を下さねばならない! 私はあいつを拘束するのでぜひカズマの魔法を!」
「撃たねぇよ! お前はただ焼かれたいだけだろ!!」
――こうして俺は、何もしてないのに賠償金を支払うことになった。